シナリオ詳細
<フイユモールの終>峻険なりし嶽麓の碧き女王
オープニング
●『碧岳龍』
その龍は覇竜領域の奥、数多の山々連なるその裾野にあった卵より生まれ落ちた。
どこの竜がいつどのように産んだ卵であったのか、誰も知りやしない。
殻を破り、雛龍として生を受けたその時、彼女はある男を見た。
『冠位暴食』と呼ばれる男、自らを子のように育てたその竜の王が時折どこか『飢えた』ように見えて、女は不思議だった。
輝かんばかりの竜がその身を彼に捧げた後、酷く悲しむあの男を見た。
それから少しして、人の子を見たことがある。それらは酷く儚く、弱く、もろかった。
ただ一度見ただけでも『あぁ、これらと関わっては容易く壊れてしまう』と気づけるほどに、脆い生き物を。
けれどそれらを相手にしても『自分達に向けるのと同じ目で見ている』暴食の王を見れば、嫌でも気づいた。
きっとお前は、全てを愛せるのだろう、その癖それらを全て食らいつくすのだろう。
――なら、我は少しでもお前の悲しみが少なく終われるのを望むだけだと。
「ベルゼー。お前がこれから我が為そうとしていることに気づいたら、お前は我を喰らうのを早めるのだろうか?
あるいは、まるで気にも留めないだろうか――ふふ、どちらでもいいわ」
碧岳龍は山麓の恩寵と畏怖の化身である。
そう定義し、己を枠に当てはめることで自分を御してきた。
「けれどね、ベルゼー。これでも我は龍の一。そう容易く、食われ尽くすとは思うな」
だが――そもそもの前提として自らを『山麓の化身などと定義』づけするようなモノが傲慢でないはずがないのだ。
飽くなき暴食の胎の内、姿を見せた龍を眼前に据えた碧岳龍はそれを睨め付けた。
「あぁ、少しだけ――少しだけ、不愉快ね……昔の自分を見せられるのは」
嘆息でもするように漏らされた声は今は誰にも届かない――
●
「とりあえず、戦況図引いてこの後の進撃の話しましょっか」
そう言ったのは佐藤 美咲(p3p009818)だ。
黄昏の地が壊れていく光景は未だ終わりそうにない。
否、寧ろその速度を上げ続けているというべきか――天は割れ、地は哭いている。
大気の震えも地の亀裂も、冠位暴食が権能は今に全てを喰らいつくそう。
「先に行って場を整えておくって言ってたわ。なら追いかけるまででしょ!?」
秦・鈴花(p3p010358)の言葉を否定する者はないだろう。
「眷属が迎えに来るって言ってたけど……」
スティア・エイル・ヴァークライト(p3p001034)が気にかかるのはそれだった。
「目指す場所は同じ……手を取り合えたら良いんだが」
クウハ(p3p010695)はそう言ったところで気配を感じて顔を上げた。
一同が視線を向けた先、そこに立っていたのは一匹の牡鹿だった。
否、そう見えるだけで亜竜の一種だろうか。
なにせ彼の個体が開いた口は牡鹿というにはあまりにも肉食然としていた。
棹立ちになったそれはまるでついてこいと言わんばかり。
頷きあった一同は走り出したその亜竜に続くように駆けだした。
●
『飽くなき暴食』――それは『冠位暴食』ベルゼー・グラトニオスが権能そのものである。
あらゆる物を呑みこむ腹は空腹を訴え、遂にはその本質を露わにする。
それはきっと、竜種でさえ抗えぬ目に見えぬ脅威であろう。
道なき道を『奇蹟の道標』を以って駆け抜けていく――先を行く牡鹿が無事なのはなぜだろうか。
やがて、光が見えて、美しき緑が周囲を包み込んだ。
「トレランシアさん……?」
走っていた足を緩めながらスティアはその光景に目を瞠る。
「無事についたみたいね、人の子ら」
「……これはどういう状況でス?」
美咲もまた呟くものである。
「龍がもう1体!」
「あの龍、トレランシアの尻尾と似てた尻尾が生えてるな」
拳を握った鈴花や鎌を構えたクウハと2人の反応は異なっていた。
スティアや美咲はその龍の姿を一瞬だけ――トレランシアと初めて遭遇した際に見た覚えがあったが故に。
「あれは我――をベルゼーの権能が食らって生み出した存在よ」
トレランシアはどこか不機嫌そうに呟いた。
「我は碧岳龍。山は自ら動かない――と定めるよりもずっと前。我が龍らしく生きていた頃の我……を模倣したのね」
そう言ったトレランシアがどこか不機嫌な理由は言葉にせずとも何となく理解できた気がした。
要するに、目の前のもう一体は『若かりし頃にやんちゃしていたトレランシア』なのだろう。
つまるところは、黒歴史というやつである。
「人の子ら、手伝ってもらいましょう。貴方達、あれを倒してもらえるかしら」
「私達がですか?」
驚いた様子を見せた美咲に、トレランシアは頷き。
「我は今、ベルゼーの権能を一部預かっている。あの我の紛い物は言うならばその基礎でね。
あれが倒されれば、我はこの地を放棄して外に出る。そうなれば、ベルゼーの権能を多少なりとでも削ることになろう」
「……ベルゼーを殺すためにか」
クウハが苦渋を滲ませて言えば、トレランシアは微笑を残して頷いた。
「だが、我自身にアレは手を出せないわ。だって――今も消化されて続けているから」
「えっ」
スティアは再び目を瞠り気づいた。
平然と立つその龍もまた、腹の中にあるのだ。
トレランシアは言う、権能の一部を預かっているとはいえ、食われているのには変わらないのだと。
「大丈夫よ、『光暁竜』パラスラディエの『古竜語魔術』とか、我が抗ってるのもあって、あれは『我よりも遥かに弱い』――お前達が殺しきれる程度にはね」
「しかし、貴方のあの力をどうにかしないと困りまスよ?」
そう美咲が言ったのはトレランシアの能力の1つ。
恐らくは高度な精神抵抗力を要求される『目の前にいるはずなのにどこか遠くに感じる』能力。
「……たしかにな」
クウハはほんの一瞬目を離した刹那に姿を見失いかけた時を思い起こす。
「あぁ、それなら我が全く同じ力をぶつけて打ち消しましょう――出来るわよね、秦家の娘」
「――言われるまでもなく、私は空覇、どんな山だって越えてみせる!」
鈴花が言えば、トレランシアが「それでいいの」と笑みをこぼした。
- <フイユモールの終>峻険なりし嶽麓の碧き女王完了
- GM名春野紅葉
- 種別通常
- 難易度HARD
- 冒険終了日時2023年07月25日 22時05分
- 参加人数8/8人
- 相談7日
- 参加費100RC
参加者 : 8 人
冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。
参加者一覧(8人)
リプレイ
●
ゆらゆらと山脈の峰を思わす長く美しい龍がそこにいた。
「人の子ら。我を誰と心得る? 我はトレランシア――龍なるぞ」
静かにウィンクルムが声を発し、咆哮を上げる。
それは攻撃でさえないただの脅しのようなもの、ただそれだけで周囲の木々の幾つかがぐねりと強烈なしなりを描く。
「なんだか若々しい感じ……」
力が有り余っているといった雰囲気を感じ取って『聖女頌歌』スティア・エイル・ヴァークライト(p3p001034)はそんなことを呟いていた。
(でも、これが冠位暴食の権能……数多の竜が呼び出せるとなると脅威だね)
ちらりと横目に見たトレランシアの視線はウィンクルムの方へ向いている。
「トレランシアさんに協力して貰えるなら百人力! 権能の力を削ってやる!
それにこのまま消化なんてさせないよ!」
「ふふふ、心強いわねぇ」
対する本人もとい本龍は消化されていると言っていた割には随分とお気楽なようだが。
「力あるものが歳を取ればそうも昔の事を忌み嫌う物なのですか? なるほど、長命種として一つの参考にさせていただきます」
そう語る『雨宿りの雨宮利香』リカ・サキュバス(p3p001254)に対して、トレランシアは「そうねぇ」と首をかしげている。
「私としては山も時には荒れ狂い揺れ動くものと存じているのでそこまで問題は無いとは思うのですが……
……まあ、暴れられるこっちからしたら勘弁願いたいのは確かですけどね!」
「ふふ、そうでしょう? それにねぇ、ほら。
雑魚が自分の顔をして粋がってるのって、嫌でしょう?」
「あ~……ま、介錯のお手伝いは受け賜りました。
さて。あのコピー品に揺れ動く心があるかどうか……」
ウィンクルムはパラスラディエの古竜語魔術によって弱体化している。
その上、今より若い頃の――今の自分より弱い自分となれば確かに多少の不快感も納得できる。
「山、山が相手ね……いや、私の長い人生でもそう数はない経験だよ」
そう語るのは『紅風』天之空・ミーナ(p3p005003)である。
「数がないだけで、全くないとは言わないけどね」
異界において数多の経験を積んできたミーナはそっと獲物を構えるものだ。
「へぇ、すごいのねぇ……」
不思議そうに首をかしげるトレランシアはまともに取り合っているのかいないのか――
「今から見せてあげるよ」
「ふふ、愉しみね」
続けて言えば、トレランシアがのんびりと笑っていた。
(七罪の腹の中で戦うなんて、不思議な感覚ね。
しかも中の敵を倒すことが勝利に繋がるなんて……。
権能の性質も、こんなものが暴走しないように数百年身を捧げてきた竜種も、規格外の強さね……)
そう思考しつつ、ロレイン(p3p006293)はちらりとトレランシアの方を見た。
「……アレっスか? もしかしてリーティア氏と同じ様にアンタも死ぬんスか?」
「そうねぇ、このまま此処にいたら、そう長くは持たないでしょう……ベルゼーも龍を食べなれたらしいから」
そう問いかけた『合理的じゃない』佐藤 美咲(p3p009818)にトレランシアは小さく笑みを刻んだままだ。
「まあ、生きようが死のうが実はあまり関係ないんスけどね。
アンタがやるべきと思ったのなら往くべきでしょう」
そう美咲が続ければ、トレランシアが少し驚いたように見えた。
「さあ、始めましょうトレランシア。永い清閑の果てを見に行くために」
「ふふ、そうね――それは見てみたいわ」
義手にブーストを掛けながら言えば、トレランシアが穏やかに笑った。
「消化って、そんな軽く言う話じゃないだろ……」
対する『点睛穿貫』囲 飛呂(p3p010030)はそんな様子のトレランシアへとそう呟くものである。
「そうかしら? 自分から食べられたのだから消化されるぐらい、どうということはないわ。
それにね、ふふ。山を一つ食べるのだから――少しくらいはもつわ」
自分が山麓の化身である、龍である、だからこその言葉でトレランシアは余裕を見せた。
「……竜にとっては大したことないのかもしれないけど、それでも俺はやっぱ嫌だ」
「そう、それなら仕方ないわね。貴方個人の考えを我がどうするなんてできないでしょうし」
「あんだけデカい口叩いておいて、自分は消化されてるなんてなんなのよ」
同じようにそう語るのは『秦の倉庫守』秦・鈴花(p3p010358)である。
「そうは言ってもねぇ……なんだか、ベルゼーの気質? が変わったきがするのよねぇ……他の連中が感じてるのかは知りようはないけれど。
さっきまでは割とどうでもよかったのだけど、なんだか今は掛かってるわねぇ」
そう首を傾げたトレランシアは知らない――冠位暴食の離反、分裂を。
「……まぁいいわ。目の前の竜を倒して、ベルゼーも倒して、本物のアンタともう一度殴り合うわ!」
「ふふ。面白いことを言う子。けれど……『挑戦』というのなら、今度は本気を出すことになるわね?」
柔らかく笑い、囁くように言ったトレランシアの雰囲気が一瞬だけ代わり、ぞわりと背筋に寒気が走る。
ジャバウォックら天帝種達の本気のそれに比べれば、まぁまだマシだが――そう喰らいたくはない殺気だった。
「……っていうかアンタ、昔はやんちゃしてたのね? いやはや……」
「ふふふ、そうねぇ。昔は力が有り余っていたもの。好き放題あばれてたわねぇ」
話を切り替えるように鈴花が言えば、トレランシアは柔らかく笑いながら遠くウィンクルムを見た。
(トレランシアにも黒歴史があったとは……たしかに俺も昔は好き放題暴れてた。それもある意味じゃ黒歴史か)
その話を聞いていた『あいいろのおもい』クウハ(p3p010695)は往時を振り返りふと思う。
当時の自分が目の前で粋がっている――あぁ、なるほど。少しばかり気持ちも分からなくもない。
そんなことを思っていると、上から声がした。
「いつまでも、龍を前に随分と余裕だな、人の子」
少しばかり、苛立ったような――ウィンクルムの声だ。
「待たせて悪いな――」
クウハはその声を聞いた刹那、瞬時に動き出していた。
金環の権能を纏い、にんまりとした笑みを浮かべて挑戦するように言えば、ウィンクルムが顔を上げる。
●
「こいよ、全部受け止めてやる」
鎌を自分の前でくるりと回して壁を作れば、クウハは再び笑みをこぼす。
重ねて纏った銀環の権能。
王者たる百花の環、女王たる繚乱の環を重ね合わせたその身に宿る百花繚乱は、向かう攻め全てを弾く鉄壁。
(大きさもあって横薙ぎされると近くの奴を巻き込むな……)
冷静に分析しながら、クウハは敵の咆哮を聞く。
「雷の様に激しく……血を散らすのですよ!」
続けてリカが飛ぶ。握る夢幻の魔剣、打ち込む一閃が雷光を纏い龍の肉体へと炸裂する。
鱗と鱗の間、比較的に柔らかいであろう部分を斬り裂く一閃が残す雷霆は内側からウィンクルムの身体を切り刻む。
尋常じゃないタフさか、はたまた元々の守りの硬さか、あるいはその両方。
まるで聞いた気配すら感じぬウィンクルムへ、リカの一閃は再び走る。
鮮やかに恐るべき速度で狙い定めた斬撃は龍の鱗に少なくない傷を入れる。
「それにしても黒歴史ねぇ……私、『佐藤 美咲』には黒歴史は『全くありません』けど、でも、最近気づいたことがありましてね」
美咲は戦闘準備を整えながらぽつりとトレランシアへと語り掛けた。
「人の命は黒歴史をじっくり振り返れるほど長くはないんスよ」
美咲は術式を自らと鈴花へと刻む。
「……黒歴史、あぁ――あれみたいなのを言うのよね。ふふ、なるほどねえ」
「身体が軽い! 美咲ありがと、ぶちかましてくるわ!」
トレランシアの声と同時、鈴花が飛び出していく。
(なるべく早く済ませたいけど、模倣体とは言え相手は竜。急がず、確実に倒すのが一番早い)
銃口を敵へ向けた飛呂はそんな声を聞きながら落ち着いてその時を待っている。
それは自らの最善手を掴むための準備である。
「ちまちまと――鬱陶しい」
その時だった――空を泳ぐようにゆらりと動いたままに、その大きな体がぐるりと動く。
横薙ぎに身体を払うような攻撃が、戦場を薙ぎ払う。
クウハはそれを正面から受け止めた金環の加護が無ければ今頃、体捌きを駆使しても強い衝撃を受けただろう。
ミーナはその一撃を何とか躱して見せた。
遥かなる鉄帝に見た古の怪物、あれはただのやたらと大きな蛇だった。
だが、形状が似ている以上、その『横薙ぎ』の予備動作も似ざるを得ない。
「だから、ここだ!」
そのまま飛び込み、死神の鎌を振るう。
物質の刃が防がれど、神秘を帯びた一閃はウィンクルムに傷を入れる――が。
(流石に、蛇と龍じゃあ硬さが違うね)
(権能の及んだ先が竜種で良かった……のかしら?)
真っすぐに銃口をウィンクルムに向けながらロレインは思う。
(彼の人柄を認め、慕い、共存し、そして内包する危険には命を賭して手を打ってきた……
魔種を絶対悪と断じる天義の生まれだけど……素敵ね。竜と暴食の関係は)
それは魔種を絶対悪と断じる国である以上に、信仰の国である天義人として素直に、そう思えた。
指を置いた引き金、銃口に纏う魔力は静かに、苛烈に――信仰心を示すように真っすぐに放たれる。
斬り開かれた戦端、堅牢なる守りを削り続けるようにして紡がれた大いなる隙。
「体力には自信があるんでしょうけど、流れる血はじわじわ体力を奪っていくわ!」
鈴花はそこへ拳を叩き込んだ。痛撃を撃つ本命、真の本命と言える拳打が遂には鱗の下を削り落とす。
「トレランシアさんも見てて! 偽物になんて負けないから!」
スティアはセラフィムに魔力を籠めていく。
幾重もの天使の羽根が残滓となって空気に溶けていく。
循環し高められた魔力をネフシュタンの先端へと注ぎ込む。
蒼き光を携えた聖杖はその美しき光を強め、今受けた傷を瞬く間に癒していく。
●
長い戦いがあった。
激闘はイレギュラーズに少なくない傷を生みながらも、やがて終わりを迎えていく。
「――良く戦った。だが、そろそろ終わりだ、我の全霊を馳走しよう」
その刹那、ウィンクルムの口腔に高密度の魔力のようなものが集まっていく。
それは破壊的なまでの物量を秘めた龍の吐く息吹。
注意を惹きつけようと、扇状に全てを押し流す地滑りのようなもの。
「――トレランシア!」
クウハはその刹那、龍の方へと手を伸ばす。
悠然と立つままの龍に、手を伸ばす。
それが生意気だと思われるのは分かっていた。
それでも、心配性な自分が飛び出している。
(――誰一人として欠けさせたくはないんだよ!)
「馬鹿な子ね……」
戦場を物理的な衝撃が席巻するなか、慈愛に満ちた声がした。
「我よりも弱い我の攻めなど、受けるまでもないけれど――良い判断をしたわ、霊の子」
全てがなぎ倒された戦場でたった9つの生命は生きている。
まるで地滑りが自分達だけを避けていったような惨状が広がっていた。
「……力を貸してくれて嬉しいよ。有難うな、トレランシア」
何が起こったのか何となく察して、クウハはホッと胸を撫でおろした。
(……嗚呼、護りたい者が多すぎる。腹が減って仕方ない)
「でも、気を付けた方が良いわ。いつかお前の大切なものの危機を生む時が来るから――分かっているかもしれないけれどね」
「我も老いぼれたらしいな」
どこか不快感を覚えたようなウィンクルムの声がする。
スティアはそれと相対した。
「トレランシアさんの力だけじゃないよ!」
ネフシュタンの蒼き光に身を包み、スティアは静かに向かい合う。
偽物の貴女の攻撃なんて、通用しないのだと。
胸を張って示すように。
「それより私を放置していいのかな? 皆を癒しちゃうよ」
スティアの挑発は龍の視線を巡らせるに十分だ。
(――皆を護る力を)
スティアは目を伏せ静かに祈りを捧ぐ。
加護を願い、それに答えるようにネフシュタンの先端が輝きを増した。
その背に天使の羽根を戴くように、輝かんばかりの光と共に紡いだ幻想の音色は傷を受けたばかりの仲間を癒していく。
「度し難い――」
開かれた口元、再び放たれんとする地滑りの如き衝撃波。
だがその性質が先程までとはいささか異なっているように見えて、リカは前に出る。
「おやおや手の内バレちゃいました? なら出番ですね……暴食相手だろうが精気を貪る……リカちゃんの意地って奴を見せないとね!」
「精気……夢魔風情が――舐めるな!」
放たれた衝撃波が戦場を疾駆する。
直線上を貫き、身体の内側まで破砕するような衝撃は人によれば噴火のようにさえ思えるだろうか。
夢魔の女王の視線に魅入られたようなウィンクルムの猛攻はリカへと集束する。
「行きましょう、トレランシア氏! 人のように短絡的で愚かに、今と明日だけを見て走るとしましょうか!」
「ふふ、人のように、ね」
笑うトレランシアの声はずっと続いている。
(……そういえば、初めて氏付けで呼んだな……)
それに相手が気づいているのかは――そこにどんな意味があるのかは、知られてないだろうけれど。
はじき出すように放った弾丸が数え切れないほど龍の巨体へ吸い込まれていく。
喰らっているのかさえ定かではない連撃、続けるように叩きつけた弾丸は桜華を思わせる火花を散らしていた。
「――捉えた」
その刹那、飛呂は引き金を弾いた。
美咲の弾丸が龍の動きを微かに食い止めたその刹那だ。
押し込むように放つラフィング・ピリオド。
不可避の弾丸が美しい龍の頭部、瞳へ向けて走る。
真っすぐに撃ちだされた弾丸が龍の瞳へと炸裂し、その瞬間、ウィンクルムがふるふると頭部を振る。
あまりにも大きな隙、そこをイレギュラーズが見逃す愚かを侵すはずはなかった。
「人間に山は崩せないとでも思った? 生きている者なら……なんだって崩して見せるのが私だよ」
まず速攻で飛び込んでいくのはミーナである。
龍にとっては刹那の隙だ。
否、そもそも好きという認識にすら至るまい――だがそれは人には縋り、つかみ取るには十分な勝機だった。
手に握りしめたるは希望の剣、振るうのは今この時を持って外なるまい。
懐へ――山は超えるものだ、同時に貫いて道を斬り開くのが人だ。
堅牢に過ぎるウィンクルムの身体を削り、抉り、奪い。
真紅の猛攻を叩きつける。ミシリと音を立てたのは、剣か鱗か。
その刹那、ミーナは死神の鎌を振り抜いた。
紅の閃光放つ最終斬撃が、鮮やかに龍の身体を刻み――
「我が心に剣あり……不可視の刃よ、我が敵を切り裂け」
愛銃を縦に持ち、ロレインは静かに祈りを捧ぐ。
信仰の国に生きる者として、剣を捧げるように天へと誓い――静かに伸ばした銃口の先に、勝機はある。
(この状況も結果も、全てはベルゼーに身を捧げてきた竜種たちの功績よ……私達はそれを無駄には出来ない)
ただ引き金を弾く――それはいつもと何ら変わりのない行為だとしても。
紡がれる結果はきっと違うから――打ち出した砲撃が戦場を翔ける。
自分が連撃を受けたことに驚いた様子を見せる龍の下へ、致命的な弾丸を刻む。
「トレランシアに言ったのよ、アタシは私は空覇、どんな山だって越えてみせるって!」
そこへ続けて注がれる鈴花の拳。
拳に塗れた血は皮膚が破れたせいなのか、返り血なのか。
最早判別もつかぬ――だが、それが止める理由になどなりはしない。
刻む拳は変幻邪剣の動きを拳で無理矢理に再現した竜の一打が痛撃を刻んだ刹那。
残る闘志をすべて吐き出すように鈴花は再び拳を握りなおす。
「――だから、アタシは! 竜(アンタ)を越える!!」
竜顎を思わす闘志を纏った一撃が、最後の一刺しを叩き込む。
「――おぉぉ? おぉ!?」
ぐらぐらと揺れた龍が、そのまま浮かぶ気力もなく、滑るように地面へと倒れこんだ。
●
「ふふ、お疲れ様、人の子ら」
代わってレランシアがのんびりと声をかけてきた。
そんな彼女へと、飛呂は外へと出るように促すものだ。
「今も消化されてるんだろ……トレランシアさんにもベルゼーさんにも、痛いもんだと思うから」
「優しい子ね。そうね……長くはいたくないのも事実ではあるから――もうそろそろ放棄しましょう。
「ねえ、トレランシア」
そこへと声をかけたのは鈴花だった。
続きを促すように首を傾げた龍へ、鈴花は真っすぐに視線を合わす。
「ベルゼーを倒したら、アンタの事は救えるの?
アタシも傲慢だから――救いたいって、思っちゃったのよ」
「……そうね。少なくとも、長年の悩みは消えるでしょう。
ベルゼーが穏やかに眠れたのならね」
「……また会えるのよね?」
「我は龍。そう簡単に外界に出向くようなことはしないわ。
それだけで、人の子らは怯えるでしょう?
それに少しの間、休む必要はあるでしょうから……ただ、そうね。近い将来、どうしても何か困難が立ちふさがった時。
終わりが近づくようなそんな時であれば、1度だけ、お前達に手を貸してあげましょう」
そう言うとトレランシアはウィンクルム同様の――けれどどこか大人びたような気配を持った美しい龍の姿を取る。
「行きなさい、人の子ら。ベルゼーが穏やかに眠れるよう、私は遠くから祈っているわ」
それだけ言うと、トレランシアは光に包まれて消えた。
成否
成功
MVP
状態異常
あとがき
MVPはクウハさんへ。
トレランシアを庇わなかった場合、最低でも2、3人は落ちるか、守りを優先して数ターン、権能の相殺が剥がれた……かもしれませんでした。
GMコメント
そんなわけでこんばんは、春野紅葉です。
早速始めましょう。
●オーダー
【1】『ウィンクルム』碧岳龍の撃破
●フィールドデータ
ベルゼーの権能そのものです。腹のなか、と言い換えても構いません。
全てを無意識に取り込んでしまう権能ですが暴走前にベルゼーが承認していた場合に限り、自由に出入りできるようです。
一度限りではありますが、その『権能による承認』を受け、魔種や竜種は内部に存在しています。
場を『攻略』されることで権能が削られることになります。
戦場としては穏やかな木々に満ちた深緑風の土地。
それはベルゼーにとっての『深緑での思い出』とも、トレランシアが縄張りとする山の裾野のようにも思えます。
遮蔽物は多いですが、龍との戦いです。遮蔽としての価値はあまりないでしょう。
●エネミーデータ
・『ウィンクルム』碧岳龍
『碧岳龍』トレランシアの姿をした模倣体です。
翼や足のないするりとした体躯で美しい緑色の鱗をした東洋龍風のドラゴンです。
曰く黒歴史、己を山麓の化身と定義する以前の龍らしい暴の化身とのこと。
『光暁竜』パラスラディエの『古竜語魔術』やトレランシアの『竜語魔術』、消化率の低さなど、
多数の要因から倒しきれるスペックに大幅な弱体化状態にあります。
HARD相応の難易度で倒しきれる範囲です。
あらゆる攻撃が特殊レンジの広大な射程を持ちます。
豊富なHPとAP、高い防技と抵抗、とんでもない高火力を有します。
その一方で回避と反応に若干の難を持ちます。
トレランシアによればどちらかというと物理の方が得意とのこと。
巨大な体躯を駆使した物理戦闘の他、地滑りを彷彿とさせる物理的な衝撃を生むブレスを放ちます。
主に【足止め】系列や【乱れ】系列が考えられますが、BSよりも素の火力で押しつぶすタイプです。
なお前段シナリオで発動していた【窒息】系列、【混乱】系列のBSについては後述する権能に由来する為、今回は機能しません。
『非常に高い抵抗値を要求する抵抗判定付きの特殊な領域』を権能として所有していました。
今回はトレランシアに全く同じ能力をぶつけて相殺されています。
気にすることなくぶん殴りましょう。
●友軍データ
・『碧岳龍』トレランシア
自らを山麓の化身と自負する竜種、種別は将星種。
ベルゼーの事を大切に思う比較的な穏健派、やんちゃしていた頃はバリバリの武闘派だったようです。
山は普段、動かないものでしょう? とのこと。
『ベルゼーがこれ以上大切なものを自ら壊す前に彼に終わりが与えられること』を望んでいます。
ベルゼーの事前認可によりその権能の内部に潜入します。戦後は自身が保有する『エリア権限』を放棄して撤退します。
一応は友軍ですが、どちらかというとベルゼーに消化される速度を下げること、ウィンクルムの権能を打ち消すことに注力しています。
●Danger!
当シナリオにはパンドラ残量に拠らない死亡判定が有り得ます。
予めご了承の上、参加するようにお願いいたします。
●情報精度
このシナリオの情報精度はBです。
依頼人の言葉や情報に嘘はありませんが、不明点もあります。
Tweet