シナリオ詳細
<黄泉桎梏>夏の浜辺の聖女
オープニング
●
静謐に満ちた砂浜を月明かりが照らしている。
ただそれを打ち消すはざざぁ、ざざぁと押し上げる波の音。
穏やかな月と穏やかな海、砂浜にぽつんと木製の椅子と傘が置かれていた。
昼間であれば日除け、夜である今はただ風情のためばかり。
竹と和紙を用いた傘も、檜細工の椅子もこの地特有の文化である。
イレギュラーズが訪れたのはカムイグラ――豊穣郷、その一角たる海岸沿いを再現したらしい神の国だった。
「この時間だと日焼けしなくて良いわねぇ」
ふと声を聞いて、そちらを向けば、椅子に寝転びくつろぐ1人の美女――オルタンシアの姿が見える。
ボリュームのある美しい白髪をくるりと纏め、その名を示す紫陽花の花飾りが映えてみえよう。
「……潮風で髪が傷みそうなのは変わらないけど」
ぽつりとぼやくオルタンシアは青色の瞳を閉じて波音に耳を傾けている。
「……姫様、お客様です」
「……そうみたいねぇ」
オルタンシアの隣に控えていた騎士を思わす女性が言う。
ベルナデッタと名乗る彼女は『遂行者』である彼女が傍に置く致命者である。
こちらの姿に気付いていたらしい2人はゆっくりとこちらを見た。
「こんばんは、神の代行者さん? 今日は良い夜ね」
「オルタンシアさん……」
「しぃ、静かに、ね? もう夜でしょう? 静かにしないと……良からぬものが起きて来るかもしれないわ?」
口元に指を添えてオルタンシアがいう。艶のある笑みを絶やさずに。
「……ここで、何を」
セシル・アーネット(p3p010940)が問えば、オルタンシアは微笑みを絶やさぬままにどこか驚いたように首を傾げた。
「あはっ♪ 私は遂行者よ? なら、ここにいる理由なんて知れているわ」
天義へと姿を見せた真の歴史の遂行者を名乗る者の1人、それが目の前に立つオルタンシアだ。
「そう。名乗る以上は、やっぱりお仕事はしないとね」
そうどこか揶揄うように笑ったオルタンシアは、しかし『それだけ』ではなかろう。
「……その格好で仕事、ですか」
セシルは思わず言った。あるいはそれはこの場に訪れた面々の総意であったかもしれない。
「あはっ♪」
彼女は「そうよ」と擽るように、楽しそうに笑う。
「折角、練達で手に入れたのだもの――1回くらい、着ておかないと損でしょう♪」
そう語ったオルタンシアがこちらに向き直れば、その肢体が揺れる。
遂行者たる純粋なる白、その衣装を今の彼女は纏っていない。纏うのは黒――いや、纏っているというのは正確ですらない。
月明かりに照らされるオルタンシアの白い肌、隠しておくべき部分を辛うじて黒が覆っている――それは俗に黒ビキニとでも呼ぶべき水着姿。
「そういうわけだから、今日はお仕事だけど、私は戦う気はないの。
触媒の破壊なり好きにすればいいわ。どうしても相手にしてほしいのなら、相手をするけれど」
それだけ言うとオルタンシアは再び椅子に腰を掛けてのんびりと目を伏せた。
「……それに、ほら。貴方達の相手も来たみたい」
そう言ったオルタンシアの視線の先――そこには1人の女性が立っている。
●
「鶴姫伝説。この海岸付近に伝わる実在したかもわからない伝説。
その逸話はやがて『ザントマン』のように独り歩きして、溢れる滅びのアークに穢され『純正肉腫』を生む」
寝物語でも語るようにオルタンシアが言う。
「――ってことにしておいたわ。ふふ、あれはそういう設定のワールドイーターね」
楽しそうに笑うオルタンシアは――まるでこちらを酒の肴にするかのように、徳利から日本酒を注いでいる。
「父祖伝来の地を侵す者よ、覚悟なさい」
そう叫んだのは戦闘に立つ飛行種の女、その背後から何人もの鬼人種を思わせる影の天使たちが姿を現した。
「皆の衆、いざ、参ろう! 突撃!!」
鶴姫の声が戦場に響いた。
- <黄泉桎梏>夏の浜辺の聖女完了
- GM名春野紅葉
- 種別通常
- 難易度NORMAL
- 冒険終了日時2023年07月20日 22時05分
- 参加人数8/8人
- 相談6日
- 参加費100RC
参加者 : 8 人
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参加者一覧(8人)
リプレイ
●
月灯りと波の音、穏やかな夜に混じるノイズは甲冑の響く音。
「……随分と楽しそうですね、私達の戦いは見世物ではないし必死なんですけども。
大体なんですかその水着は。元々胸元とかの布地少ない人ではありましたけども見せつけるの好きなんですか貴女」
展開する兵士達――ではなく、この状況を作り出した遂行者へと『白銀の戦乙女』シフォリィ・シリア・アルテロンド(p3p000174)はそう声をあげるものだ。
「ふふ、良いでしょう? 貴女も水着さえ着れば大概な気がするけれど?」
「……まぁ、誉め言葉として受け取っておきましょう」
こちらのことをまるで気にも止めぬオルタンシアへ突きつけるぐらいの気持ちでシフォリィは愛剣を抜くものだ。
(『正しい歴史』ならば世界地図に載るはずの無かった豊穣。
遂行者達がやってくる事は想定内だったけれど……『巡礼の聖女』とは無関係な場所にオルタンシアが現れるとは思わなかったな)
その様子を見ながら『ウィザード』マルク・シリング(p3p001309)は黙する中に思う。
微かに聞こえる木の鳴る音はオルタンシアが椅子の上で身動きをした音だろう。
(やれやれ、帳が降りたと聞いて駆けつけてみればなんという……)
思わず気が抜けるような気持ちになっているのは『夜砕き』如月=紅牙=咲耶(p3p006128)である。
オルタンシアの世話をする女性へと同情の瞳を向ければ、その相手は傍に控えるように立っている。
「敵同士の間とは言え、よく似合っておられる。
生憎、今は水着の持ち合わせがござらぬ故、此の様な姿で許されよ」
「ふふ、褒められて嫌な気はしないわね♪」
言うや手甲から幾つかの苦無を手に乗せた咲耶の後ろから楽しそうな声が聞こえてくる。
まるで特等席でショーでも見ているかのような声色だ。
(遂行者さんにはあまり緊張感が感じられませんが……)
その様子に『豊穣の守り人』鹿ノ子(p3p007279)も思うところはある。
(純正肉腫がいるのであれば話は別です。複製肉腫を増やされては困りますし、ここでしっかり倒しておきましょう)
迫る純正の肉腫を再現したというワールドイーターを見やれば。
「何より、遮那さんのおわすこの豊穣に乱あるを許さず――鹿ノ子、抜刀!」
「ふふ、可愛らしいわねぇ」
オルタンシアがのほほんと笑う声が聞こえる中、鹿ノ子は愛刀をすらりと抜き放つ。
「その格好でお仕事とか色々と無理があるって言うかバカンス気分で遊びに来てるよね?
色々とツッコみたいところはあるけど、オルタンシア……だっけ?」
オルタンシアの格好に驚きを隠さずにいた『堅牢彩華』笹木 花丸(p3p008689)は改めて遂行者を見やる。
「あはっ♪ 私の仕事は『神の国』を作って帳を降ろすことだもの。その間に何をしようと私の勝手でしょう?」
「……戦う気がないって言うなら、今は放っておくよ」
花丸の言葉にオルタンシアは意味深に笑むばかり。
(ニルはよくわかりませんが、ああいうのをきわどいって言うのですね。
オルタンシア様はきわどい。ニルはおぼえました)
そんなオルタンシアの様子を見ていた『あたたかな声』ニル(p3p009185)は内心に思う。
「夏を満喫するのはいいのですけど……どうしてこんな、かなしいことをするのですか?」
ニルの視線に気づいたらしきオルタンシアが視線を向けてきたのを見て、ニルはそう問うものだ。
「ニルは神の国がいやです。今あるものやひとを否定する神の国。
ニルの大切なひとたちを傷つけるもの。どうして……?」
「どうして、と言われてもねぇ……ほんとのところ、この国がどうなろうと知った事ではないわねえ……なんて。
貴方が求めてるのはそう言う答えではないのでしょうけれど」
日本酒をさらりと飲み干してそのまま次を注ぎ始めたオルタンシアが、ニルに向けて笑う。
「そもそも、『それ』はそれぞれの結論でしょう? 私達は『傲慢』よ。
まさか、そんな連中が皆して一つの行く先を行こうとしてるとでも?
……なぁんて。これも私の個人的な考えだけれどね」
オルタンシアはのんびりとしたものだ。
「うっひょーイイ女がいる! ローレットにも美人はそりゃもう山ほどいるがそれに劣らず……いやかなりの上玉だぜ」
月明かりに照らされるオルタンシアの白い肌を見る『流浪鬼』桐生 雄(p3p010750)の口から欲望がただ漏れている。
「元気ねぇ……」
そんな雄の声に気付いたらしきオルタンシアが視線を巡らせて笑みを湛えるままに首を傾げた。
「よお姉ちゃん、俺はローレットの桐生雄ってんだ。アンタみてぇな美人の艶姿を拝めるたぁツイてるなぁ」
「あはっ♪ 正直なこと」
「しかし遂行者なのにこっちの邪魔はしねえの? まぁ月の海、風情はあるからさっさと切り上げて一杯やるってのはわかるけどよ」
「私の仕事は終わってるもの。終わった仕事場で楽しいショーが始まるなら見ないとね」
さらりと答えたオルタンシアはそう言って視線を鶴姫の方に向ける。
「どうよ、お伴連れてるとはいえ一人で飲んでるより俺と……楽しまねえ?」
「ふふ、女が一人で楽しんでいる夜を邪魔してるようじゃあ、楽しめる夜も楽しめないわ?
まずは私を楽しませてもらわないとね」
ひらひらと手で拒否を示したオルタンシアはそのままゆるりと視線を外す。
「いいぜ、俺の戦いっぷりよーく見てな!」
その言葉を聞くや、雄は愛刀と共に走り出す。
「こんな綺麗な海で戦わなければならないなんて……いくよ、マーシー!」
ちらりとオルタンシアを盗み見た『氷雪剣舞』セシル・アーネット(p3p010940)は振り払うようにソリに飛び乗った。
トナカイのマーシーが号令に合わせて走り出す。
「ふふふ、純情で良いわねぇ……」
そんな声が聞こえてきたのは振り払ってセシルは駆ける。
●
始まった戦いはイレギュラーズの優位を以って進んでいる。
開戦の流れを作り出したのはシフォリィである。
迫る鶴姫軍に圧倒的な反応速度を以って反撃したシフォリィの後の先を撃つ斬撃は瞬くような輝き。
「お酒の酔いが回る前に片づけてやりますよ。バカンス気分はすぐ終わらせてやります!」
「あはっ♪ それは楽しみね」
堕天の輝きを帯びた閃光の軌跡は幾重にも重なりながら鶴姫軍の多くを封じ込める。
白銀の髪が月光に踊り、月夜を覆いつくすような黒い斬撃を描く。
走り出したセシルはセシリウスを一閃する。
月明かりに照らされた氷の刃が煌く燐光を引きながら戦場を駆け抜ける。
「んっ、ふぅ……」
そんな声を聞いて思わずそちらを見やれば、セシルの視界に体を起こして伸びをしたオルタンシアが映った。
「ふふふ」
揶揄うように笑うオルタンシアと目が合って、思わずさっと視線を逸らす。
(恥ずかしい! でも……フラヴィアちゃんがあの水着をきたら……? あわわ、素敵だけど……)
少し恥ずかしそうに黒髪の少女がオルタンシアの着ている物を着込んだ姿を思い浮かべ、ぶんぶんと頭を振った。
「あらあら、純情ね♪」
楽しそうに笑う声がして、それから気を逸らすように剣を払う。
「父祖伝来の地を侵すだとか私達にそんなつもりはないんだけど……ねっ!
寧ろ今この地で悪さしようとしてるのは……って言っても伝わらないのかな?
兎も角、止めさせて貰うよっ!」
迫る鶴姫を見た花丸はちらりとオルタンシアの方を見やる。
視線の先ではオルタンシアがまたお酒に口を付けている。
「なれば、こちらも奪われる前に打ち倒させてもらうまで!」
花丸はそう叫ぶ鶴姫の連続する刺突を全て撃ち落として抑え込む。
「此方の手など幾ら見られて減るものでもなし、しからばゆるりと観てゆかれい!」
そう語った咲耶の放った苦無が戦場に雨の如く降り注ぐ。
鋼鉄で出来た黒雨は足を止めた鶴姫軍を躍らせる。
甲冑を穿つ金属の音が響き、呻きをあげる兵士の声が続く。
美しき壮烈の楽団が鳴らすのは音楽というには少々がちゃついているか。
「鶴姫様は、きっとこの場所をまもりたかったひと。でも、こんなことをしたかったわけではないはず。
こんな形で利用するのが、正しいことだとはニルは思えないのです」
そう呟くニルはミラベル・ワンドに魔力を籠める。
星のように輝く魔力が循環し、飽和した輝きが戦場に瞬く。
綺羅星の如く輝いた光に魅了されたように兵士達の動きが立ち止まる。
「まだまだ参りますよ!」
それは花びらの舞い落ちるように、鹿ノ子の舞は敵と斬り結ぶ。
まるで全てが見えているが如く、鋭く、美しくその太刀筋は敵兵の刀を掻い潜って駆け巡り。
あるいは甲冑の隙間、関節といった比較的薄い箇所を断ち割るように振り下ろされる。
「これぞ花の型・改『桜花散撃』! 連続攻撃ならば、僕の十八番です!」
数多の敵兵の攻撃を全て見切るが如く躱し、返す刃はあまりにも鮮烈に過ぎる。
「皆、散開の準備を!」
マルクはワールドリンカーの出力を高めながらも戦況の把握も絶やさない。
数を減らす敵兵と残りの傷の具合をざっとみれば、そのまま魔弾を放つ。
キューブ状の魔弾は複雑な軌道を描いて獲物たる敵兵を撃ち抜き、その内側を縦横に駆け巡り蹂躙する。
「イイ女に見られてるとあっちゃ気は抜けねえ!」
雄は豪快に笑いながら跳躍、敵陣のど真ん中へと飛び込んでいた。
鬼神が如き乱撃の一閃は数多の軌跡を描きながら兵士たちに傷を刻む。
●
「……まだ、だ。まだ……先祖伝来の土地、盗まれてなるものか!」
声高に叫ぶ鶴姫の一閃が戦場を薙ぐ。
散開する面々には効果的とは言い難き斬撃、鹿ノ子はそれを鮮やかに受け流して見せれば、一歩前に出るものだ。
既に敵兵は全て薙ぎ払われ、鶴姫による最後の抵抗といった趣きになっている。
「先ほどまでの僕と同じとは思わないことです。
同じ手札でも一撃の重さは段違いですよ! 躱せますか! 耐えきれますか!
まずはその甲冑から、何度も同じ個所を斬り付けて破壊してさしあげましょう!」
白妙刀を手に、一歩前へ。
透き通るような白き太刀は月灯りをも呑むように美しい。
厳冬さえも耐え忍び残る花のような美しき太刀から放たれる斬撃は恐るべき殺人剣。
白刃が瞬くうちに黒い滅びのアークの跳ね返りに汚れていく。
連撃が致命傷を生み終える頃、残心する鹿ノ子の刃は、既に透き通るような白刃としてそこにある。
追撃とばかりにマルクは踏み込んだ。
「僕達には盗む気はないけど、ここは貴方の土地でもないんだ」
静かに告げたマルクはその手に魔力を収束する。描くは蒼穹の極劇、青々とした閃光の柱を天に伸びていく。
(触媒は……)
同じように肉薄するニルは鶴姫の動きをずっと観察している。
彼女の動きの細かいところまで見据え、愛杖を叩き込む。
アメトリンの如き輝きを帯びた一撃が鶴姫を削り落とさんと炸裂する。
「終いにしようぜ。俺もそろそろ美人と酒が飲みたいんでね」
続く交戦の中、雄はそう告げるや鶴姫に向けるままに一閃を払う。
渾身の力を込めた一閃は白刃に月光を散らして空を撃つ。
放たれた聖光を帯びた剣閃の赴くままに、鶴姫を斬り下ろす。
「貴女も封殺がお得意のようですが、どうやら私の方が速いようですね!」
動き出さんとする鶴姫、その後から続き、彼女を追いこすようにシフォリィの刺突が炎を纏い打ち出される。
極小の炎は夜の空に打ち上げる花火のように輝きを放つ。
「くっ、おのれ……」
燃え上がる翼に崩れ落ちた鶴姫が膝をついた。
その刹那を衝いた破邪の結界が鶴姫を完全に抑え込む。
それをセシルは見逃さない。
「面妖な術を使う……!」
歯噛みするような眼でこちらを見る鶴姫へ、セシルは剣を構えた。
「鶴姫さんには罪はないですが、海が荒れる前に終わらせます!」
構えた愛剣は光を帯びる。
打ち出した斬撃は鮮やかに輝きながら戦場を行く。
質量を伴った斬撃は毒性を帯びて鶴姫を穿つ。
「やられた分は確りやり返さないとね!」
鶴姫の猛攻を捌き切ってみせた花丸は拳に力を籠めるもの。
闘志が揺らめき、神聖を帯びる。
「――行くよっ!」
硬く握りしめた拳は真っすぐの正拳。
光輝に満ちた一閃は星のように鶴姫へと痛撃を叩き込む。
「そろそろ木偶共の相手には飽きてきたところ。伝説の武者よ、お主は食いでがあるのでござろうな?」
「見知らぬ忍びか」
片膝をついていた鶴姫が再びゆるゆると立ち上がり、なんとか薙刀を構えた。
「御身は紛い物であれど、その武芸の冴えに陰りなければ相手にとって不足無し! その御首頂戴致す!」
静かに呟き、咲耶は大きく跳躍すれば、鶴姫の背後へと回り込む。
踏み込んだままに打ち出した忍刀が鶴姫の首を背後から跳ね上げんと駆け抜けた。
●
(ベルナデッタさん、フラヴィアちゃんに似てる。
お母様と聞いたけれど、フラヴィアちゃんも大人になったらあんな風に綺麗になるのかな)
帳が払われ、豊穣の景色が戻ってくる。
その最中、セシルはふとオルタンシアの隣に立つ女性を見た。
「……何か?」
視線に気づいたらしきその女性が静かにセシルに視線を向けてきた。
「あっ、えっと……ベルナデッタさんはフラヴィアちゃんを覚えていますか?」
「……貴方の思っている意味で『覚えているか』と言われれば、覚えてないということになるでしょうね」
致命者は言うならば故人の皮を被った偽物、その身に宿る人格は故人のそれとは別物だ。
(やっぱり、このベルナデッタさんは、フラヴィアちゃんの本当のお母様じゃないんだ)
セシルは胸がキュっと締まるような感覚を覚えながら、もう1つの問いを向ける。
「ベルナデッタさんはなぜオルタンシアさんを姫様と呼ぶんですか?」
何か特別な関係があるのかと、セシルは疑いを持ち始めていた。
「特に意味はありませんね……聖女様では被る方が居られるから、ぐらいの理由ですね」
さらりとベルナデッタは答える。
恐らくは遂行者たちの中でも特別な存在であるらしき聖女ルルのことだろう。
(しかし豊穣に随分と滞在しているみたいですが、遂行者は一体ここに何をしに残っているんでしょうか)
シフォリィの疑問を見抜いたようにオルタンシアが笑う。
「遂行者……って事は分かるんだけどそれにしてはバカンス気分だし、
何だかつかみどころがないって言うか……貴女は本当は何がしたいのかな?」
そんなシフォリィの様子を見つつ、花丸が問えば。
「あはっ♪ 本当にバカンスだとしたら?」
「まさかわけないでしょうに」
冗談でも言うように笑ったオルタンシアへと、シフォリィも思わず半目で言うものだ。
それにも楽しそうに笑ってオルタンシアが立ち上がる。
「聖女殿よ、余り気軽に帳を降ろされても拙者達も困るでござるなぁ……次は何方へ向かわれるので?」
「ふふ、どこだと思う?」
そんな遂行者を呼び止めるように咲耶は問えば、オルタンシアが立ち止まって笑った。
「ふむ、では少しくらいは教えていただきたいござるなぁ。北、あるいは西でござろうか?」
遂行者達は復興の最中たる鉄帝を、深緑とラサを攻めている情報がちらちらとある。
「ふふふ、寂しくならないようにしてあげる。安心してね?」
どちらかとも答えずに、オルタンシアは揶揄うように目を細めた。
マルクはオルタンシアへと近づくと彼女へマントを差し出した。
「僕だって健全な男子だからね。素敵な水着だけど目の遣り場に困るし……夏とはいえ、夜は冷えるからね。着た方がいい」
「まぁ、紳士的ね。それで? お礼はなにがいいのかしら?」
「……エリーズさんの事を教えてくれないかな?」
「あの子のことを?」
マルクの問いかけにオルタンシアは少しばかり考えた様子を見せ、秘密っぽく笑むと口元に指を添えた。
「駄目ね。あなたの紳士的な行いと、見せてくれた余興を加味しても、この月夜に明かすには少し湿っぽいもの。
それに……情報とは等価で交換しなくてはね?」
そうすげなく彼女は返す。得られなかったと悔いてもいいのだろうが、マルクは愚かな男ではない。
(情報は等価でなくてはならない……のなら)
元々、オルタンシアはその手の話をよくしてくるものだ。
ならば、『得られないこと』にも意味がある。
(オルタンシアにとって、エリーズには……エリーズ周りの情報には、それだけの価値がある?)
そこに秘められたものは、どうやら随分と重い価値であるらしい。
「それにしても……聖職者の方が露出の高い水着を着用するのは、普段の反動か何かなんでしょうか?」
晴れ晴れとした豊饒の海が姿を見せる頃、そう首を傾げるのは鹿ノ子である。
オルタンシアのみならず、知る限りのそう呼ばれる立場の者の水着姿をなんとなく思い起こしていた。
「んーっ、あの人の姿を見てたら海開きが待ち遠しくなってきたかも!」
夏の陽射しある晴天の空に手をつくように花丸は身体を伸ばし、その日のことを考えながら歩き出す。
成否
成功
MVP
状態異常
なし
あとがき
お疲れさまでしたイレギュラーズ
GMコメント
そんなわけでこんばんは、春野紅葉です。
ノキアIL様に頂いたオルタンシアの水着イラスト、このままではお披露目も出来ない!というわけでバカンス中のオルタンシアに見守られながら(?)バトルです。
●オーダー
【1】触媒の破壊
●フィールドデータ
月明かりに照らされたカムイグラの浜辺および海岸線――を再現した『神の国』です。
穏やかな海から波の音が聞こえてきます。
●エネミーデータ
・『ワールドイーター』鶴姫
甲冑を纏い、髪を後ろでひとまとめにした飛行種風の女性、武器は薙刀です。
豊穣、カムイグラの一角に存在する海岸沿いの集落にて伝わる伝説上の人物です。
正確には鶴姫が活躍する『伝説ないし逸話』が純正肉腫化した存在、を再現して作られたワールドイーターです。
伝説によれば、近隣を領地とする小領主の姫君で、領地拡大を目指した近隣の大名の攻撃を2度撃退した末に投身自殺したとかなんとか。
体の中に『触媒』が埋まっています。この個体を撃破すれば『触媒』を破壊して『神の国』の定着率を下げることになるでしょう。
薙刀を振る都合上、刺突よる単体攻撃、斬撃による扇や範、列などの広いレンジの攻撃が予測されます。
同時、刺突には【封殺】や【スプラッシュ】、【多重影】、斬撃には【邪道】や【出血】系列、【致命】などのBSが予想されます。
・影の天使×16
鬼人種や精霊種といった雰囲気のある影の天使たち。
恐らくは鶴姫伝説において鶴姫と共に敵と戦った同士を再現したものということでしょう。
槍や刀を装備した前衛、弓を装備した後衛の2タイプ。
前衛は槍兵が槍衾を構築して守りを固めつつ、刀を装備した兵士達による遊撃を行なってきます。
刀による攻撃には【凍結】系列や【連】などが予測されます。
後衛は矢を雨のように降らせることで【足止め】系列や【乱れ】系列のBSを用いて足止めを行なう他、火矢を用いて【火炎】系列を与えてきます。
・『遂行者』オルタンシア
『遂行者』と呼ばれる者達の1人。非常に強力な存在です。
今回は遂行者としてのお仕事として豊穣に訪れています……が、どう見てもバカンス気分です。
月と波の音、次いでにイレギュラーズの戦いを肴に黒ビキニ姿で晩酌をしています。
放っておけば手を出しては来ませんし、話しかけても構いません。
イレギュラーズ陣営から攻撃した場合は普通に反撃してきます。
なお、イレギュラーズがワールドイーターを撃破すれば帰ります。
・『致命者』ベルナデッタ
長髪の女性聖騎士の姿をした致命者です。手数を重視するサポートアタッカータイプ。
オルタンシアの近くでお世話をしています。
イレギュラーズがワールドイーターを撃破すれば帰ります。
●情報精度
このシナリオの情報精度はBです。
依頼人の言葉や情報に嘘はありませんが、不明点もあります。
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