シナリオ詳細
ティーグルは斯く語りき
オープニング
●昏き森
その場所に名前はなく、単に『森』と呼ばれている。
背の高さの異なる樹木が日光を奪い合うように生えたそれは天然の暗幕が何層も重なったようになり、非常に暗い。
領地に使える兵士ヒルデはランタンの灯りを頼りにその森を進んでいた。
「なあ、本当に出たのはチェルヌイなのか? 冬眠から目覚めたクマじゃなくて」
「今更だろう」
短く答えたのは同じく兵士のライアン。彼はランタンを持っていないが、かわりに夜目が効くのだ。
「目撃者も黒い影のようなものを見ているし、このあたりの森に出現するのは間違いないんだ。大体――」
説教でも始めそうな調子のライアン……だったが、その口が途中で止まる。
と同時に、腰にはいていたサーベルを抜いて振り返った。
ギンッ、という金属をぶつけ合わせたような音と共に火花が散り、ヒルデはそれが敵襲のものであると察する。
振り返り、ランタンで照らすとそこに現れたのはまさに『影』。人間を歪めて黒く塗りつぶしたような存在が、ゆらりとそこに立っている。指の先が奇妙に尖り、鉤爪のようになっているのが特徴的だ。おそらくサーベルとぶつかったのはこの爪だろう。
間違いが無い。暗闇に立つ魔物、チェルヌイだ。
「野郎、出やがったな! チェルヌイ!」
ヒルデは腰に下げていたフリントロックピストルを抜くとチェルヌイめがけて発砲――したが、その弾は空を穿つ。
チェルヌイが地面の暗闇へと溶けるように、あるいは落ちるようにすとんと消えてしまったのだ。
直後に。
「ぐああ――!?」
ライアンが苦痛に声をあげた。背後に現れたチェルヌイによる攻撃を受けたのだ。
素早く背後に移動したというのか。
ヒルデはピストルを向けようとして、しかし判断を変えた。
自分達の目的はこの魔物を倒すことではない。『存在を確かめること』だ。
「逃げるぞ!」
血を流し顔をしかめるライアンに肩を貸し、走り出すヒルデ。
その背を……チェルヌイはただじっと眺めるように、暗い森の中に立っていた。
遠ざかるランタンの灯りによって深まる闇は、やがてチェルヌイの姿を消していく。
塗りつぶすように。溶けるように。
●エトワール
あなたが扉の前に立つと、上品な老執事が静かに扉を開いた。
ぱちぱちと燃える暖炉の上には大鏡。その両脇には誰もが知るような美しい絵画が飾られている。部屋は上品な花の香りに包まれ、シャンデリアのやわらかい光が照らしていた。
「ようこそ。さ、入って」
そう述べたのは老婦人だった。その声には凛とした鳥のような美しさがあり、老いをしかし感じさせない。
ぴんとのびた背筋と柔らかい物腰は、ソファに座っていてもわかるほどだ。
言われた通りに部屋へと入る。
毛の長い絨緞は歩く度に足音を吸い、あなたが部屋に入ったのを確認してから扉がそっと閉じられる。
ここレガドイルシオン幻想王国に旧家名家は数あれど、エトワール十二家門といえば幻想南部では有名だ。
ここはそのひとつティーグル家の屋敷であり――あなたはその指名をうけてやってきたギルド・ローレット所属のイレギュラーズである。
目の前の老婦人はあなたが座るのを待ってから、こう話を切り出した。
「私はビェーリイ・ティーグル。このあたりの土地を治めています。あなたのように有望な冒険者と出会えて光栄だわ――あなたさん」
まだ名乗ってもいないのにこちらのフルネームを呼ぶあたり、さすがは幻想貴族名家といったところだろう。
「あなたを呼んだのは他でもありません。この領内に棲み着いた魔物を退治していただきたいのです」
ビェーリイ・ティーグルの切り出した内容は、言ってみればシンプルなものである。
世の大半の者がローレットの所属員をイレギュラーズと呼ぶのに対して、彼女が冒険者と表現したのもそのシンプルさゆえだろう。
しかしシンプルであるがゆえ、その背景には無視できないものがあるというのが世の常である。
「毎年この季節になると、私達の街では星譚祭と呼ばれる祭が行われます。
町中の灯りが消され、空の星に祈りを捧げ今年の豊作と健康を祈るというものです」
祭を語るビェーリイの目には、どこか優しい温かさがある。
孫娘の頭を撫でるときのような、眠る娘にキスをする時のような。
そしてそれゆえに、込められた想いもまた温かい。
「それはもう、静かで豊かなお祭りなのですよ。町中の灯りを消すと、夜の空がよく見えるでしょう?
最初は真っ暗に感じても、じきに目が慣れると人々の顔が星明かりに見えるようになるのです。
特別なことはないのですよ。
街で作られたワインを飲みながら、その時間をただゆっくりとかみしめるのです。
平和で、静かで、豊かな時間を。それが私達の祈りとなるのです」
そう。誰もが抱く、当たり前の祈り。
こんな日常がいつまでも続きますように、と。
「ですが……」
ビェーリイはそこで目を伏せた。悲しみに、あるいは痛みにこらえるように。
「街の外れの森に、『チェルヌイ』という魔物が棲み着いたのです」
説明を、と部屋の隅に静かに立っていた執事にビェーリイが声をかけると、執事はスクロールを一本持ってあなたへと差し出した。
スクロールを広げてみると、チェルヌイと言う魔物についての知識が書いてある。
もしあなたにモンスターに関する広い知識があったなら、読まずともこのことを知っていたかもしれない。
チェルヌイとは知恵の深い魔物で、人を欺き喰らうという性質をもった魔物である。
影から影へと移動し特に闇夜に乗じて人の子供を浚い喰ってしまうという話もある。
もしチェルヌイが討伐されていなければ、人々はその不安から星譚祭を開くことができないだろう。
そうでなくとも、街の人々は夜な夜な愛する我が子が攫われないようにと恐怖に怯えながら過ごしているはずだ。
「どのあたりに現れるかは、もうわかっているのです。
ですが、討伐するための戦力までは割くことが出来ません。祭の準備や街の警戒をおろそかにすることはできませんから……」
ですから、とビェーリイはあなたを今一度見つめた。
優しい、灰色の宝石めいた瞳で。
「あなたの力が必要なのです。どうか、チェルヌイを討伐してくださいな」
- ティーグルは斯く語りき完了
- 貴族より魔物退治を依頼されたあなたは――
- GM名黒筆墨汁
- 種別通常
- 難易度NORMAL
- 冒険終了日時2023年07月08日 22時10分
- 参加人数8/8人
- 相談6日
- 参加費100RC
参加者 : 8 人
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参加者一覧(8人)
リプレイ
●森へ
夕闇涼む暮れの道。遠い虫の声を聞きながら、『ホストクラブ・シャーマナイト店長』鵜来巣 冥夜(p3p008218)は森へ続く道をゆく。
足元を照らすランタンの灯りが、ほのかなオレンジ色に背の低い草を照らしている。
「ビェーリイ様や街の皆様とよいコネクションを持てる好機……逃せませんね」
「コネクション?」
前を歩いていた『きっと平和のために』レナート=アーテリス(p3p010281)は振り返り、冥夜は眼鏡にスッと指を当てた。
「ホストクラブ『シャーマナイト』、幻想支店。その出店のためのコネクションですよ」
「そ、そうなんだ」
深緑を出てからいろんな考えかたをする人に出会ったレナートだが、未だに新鮮な『変わった人』を見つけるものである。
冥夜などはむしろ分かりやすい方で、変わった人どころか率直に『変人』と称して構わない人もそれなりに見えてくるもので。『アイアムプリン』マッチョ ☆ プリン(p3p008503)などはいたいけな少年の姿でグッと親指を立てた。
「なるほど、それもプリンだな!」
「なんて?」
「皆で星を見る祭りか……良いな!」
「聞いて?」
「こういうのってな、星と星を繋げて星座を見つけるのが楽しいんだぞ? オレがいっぱい見つけたプリン座、教えてやるぞ!」
強引に会話の軌道を変えるマッチョ☆プリン。
どうしようと思っていると、『激唱乙女』綾辻・愛奈(p3p010320)がこくりと頷いた。
「祭をゆっくりと楽しむことができれば、それもかなうでしょうね」
あ、乗っかるんだ。と思っていると『【星空の友達】/不完全な願望器』ヨゾラ・エアツェール・ヴァッペン(p3p000916)が更に乗っかった。
「星譚祭……静かな、素敵なお祭り。興味深いなぁ。
ビェーリイさん達や街の人達が安心して過ごせるよう、お祭りを楽しめるよう……。
チェルヌイは全部倒しておかないと、だね」
なるほどそこに話が繋がるのかとレナートが感心などしていると、『侠骨の拳』亘理 義弘(p3p000398)が仲間たちの顔をちらりと見た。
「準備は出来てるな?」
彼がそう言って翳したのはビェーリイから借りてきたランタンである。
「OKOK~」
同じくランタンを翳してみせる『黒き流星』月季(p3p010632)。
彼女は他のメンバーと違って微妙に空に浮いて移動していた。
一定のリズムを刻む足音の中に、彼女の翼がゆっくりと羽ばたく音が混じっている。
静かな夜だけあって、その音の微細な空気の動きまでわかるようだった。
やや露出の大きな、そして涼しげな服装で足をぱたぱたと振る月季。
身体にはしった茨のような模様がランタンの光に妖しく照らされる。
「なんか、ランタンをどうにかしてアレするんだったよね。大丈夫完璧」
「完璧なのか? それは?」
「完璧完璧」
「大丈夫でしょう。なんとかなるのだわ」
『蒼剣の秘書』華蓮・ナーサリー・瑞稀(p3p004864)が楽観した様子でくすくすと笑う。
「それより、倒したあとのお祭り……星譚祭が楽しみなのだわ。
こういうお祭りはとっても好きなのだわよ。忙しい日々の中でこそ、こういう時間が必要なのだわ……このお祭り、絶対に守らないとね!」
ね! と念を押すように拳を作ってみせる華蓮。
ヨゾラたちは笑顔で頷き、森へと入っていくのだった。
●チェルヌイ
森は言われた通りにひどく暗い。それが夜であることを差し引いても、完全な闇であった。一般的に想像するような森の風景というより、地下室だとか暗室だとか洞窟だとか、そういったものを連想する風景だ。
空気もどこかひんやりとして、木々の感覚や太さもバラバラだ。
持参したランタンは人数分あり、それに加えて華蓮の使役した動物にくくりつけたものも含めて結構な数で周囲を照らしている。木々がそれらの灯りによって複数の影を作り、それもまた入り組み複雑怪奇な模様を地面に描き出している。
「影できまくってない?」
「自分から伸びる影を短くできればそれでいい」
義弘は地面から適当な棒を拾いあげると、腕力で無理矢理へし折って木刀のように握り込む。
「さて、そろそろか」
「だね」
手のひらを軽く翳し、星の光を宿したヨゾラが答える。
義弘はその超人的な聴覚で、ヨゾラはエネミーサーチスキルによって、それぞれかの怪物の接近を感知していたのだ。
影に紛れて忍び寄る森の魔物、チェルヌイを。
「そこなのだわ!」
彼らの視線をもとに注意深く観察していた華蓮は、自らの足元にある影がぷくりと膨らんでいたことに気がついていた。
まるで水面から海獣が飛び出すかのように現れた怪物の鉤爪も、やはり見えていたのである。
神弓『桜衣』。その弓そのものを叩きつけ振り払い、華蓮は大きく距離をとる。
そして即座に『稀久理媛神の追い風』を発動。神の加護による幸運が周囲の仲間たちへともたらされ、続けて祝詞を口にする。
放つのはそう、神罰の一矢。
――と続けざまに述べてみたが、要するに華蓮は手際よく自他を強化し、使役した動物たちによって照らし出された自らの影を踏みしめ矢を放ったのである。
飛び込むべき影を見失ったチェルヌイは矢の直撃をうけよろめき、そして手近な木の陰へと飛び込もうと走り出す。
「逃がしませんよ」
愛奈はホルスターから素早く拳銃を抜くと、両手でしっかりと構え連続発砲。
木の陰へと飛び込もうとしたチェルヌイは銃撃にひるみ足を止める。更に、愛奈は腰に下げていたランタンの蓋を開き光量を増した。光を強くあてられたチェルヌイが嫌がるように後じさりを見せたが、もうこれ以上逃げる隙を与えるつもりはない。
銃の代わりに手槍を掴み、大きく飛び込みチェルヌイの身体へと突き刺す。するとチェルヌイから黒いしぶきのようなものが吹き上がり、ギエエという声をあげてその場に倒れ伏した。
そして、身体からどろりと黒い幕のようなものが流れ落ちる。
倒した後に見てみると、チェルヌイは巨大なアリクイのような姿をしているのだった。
「これが……」
「む、危ないぞ!」
マッチョ☆プリンが叫び走ってくる。その時にはたと思い出した。チェルヌイは一体だけではないということに。
ざばりと音を――いや、たてていない。静粛に、かつ突然にチェルヌイが愛奈の背後より飛び出したのだ。
だがそれは奇襲と呼ぶにはいささか遅い。マッチョ☆プリンの突進が、攻撃よりも早かった。
「プリンキック!」
激しく助走を付けたドロップキックがチェルヌイに炸裂。吹き飛ばされたチェルヌイ……の先にいたのは。
「パスだ、決めろ義弘!」
「任せろ」
義弘が先ほど拾った木の棒を今度は野球のバットのように構え、飛んできたチェルヌイめがけて思い切りスイングしたのだった。
木の棒はそれはそれは太く硬いものだったが、その一撃でへし折れ途中から先が飛んでいく。
そこまでの打撃をぶちこまれたチェルヌイが無事であるはずがなく、頭を抑えその場を転がった。
「おらっしゃい!!! くたばれ!!!!」
そこへ急降下突撃を繰り出したのが月季だった。
翼を鋭く畳んで下向きの力を加えた彼女は槍のようにチェルヌイへと突っ込み、スタンピングを叩き込んだのである。
一度激しくのけぞったチェルヌイは、どろりと黒い幕を流し落とし脱力したように動かなくなる。
「フッ、作戦どおり……」
なんとなく言ってみるだけ言ってみた月季である。
一応説明を加えておくと、光をあてる方向を決めておくことで影のできる場所を制限し、出現に素早く対応しようという作戦である。基本的には上から照らせば影は短くなるので足元への警戒で済む。愛奈がやったように強く光で照らした際に長い影ができるがその際は特別に注意をすればよいという寸法である。
どうやらチェルヌイ側も影からの奇襲が意味を成さないと気付いたのだろう。
彼らはあちこちの木の陰から姿を現し、鋭い鉤爪を構えるようにしてこちらを取り囲み始めた。
狩りのしかたとして非常に順当だが……それは彼らの鉤爪で仕留められる相手ならの話である。
チェルヌイが襲いかかったその時、盾を構えたレナートが激しい突撃によって割り込みをかけた。
がきんと盾が鉤爪を弾き、そのまま強く押し込むことで木の幹へとサンドする。
「皆さん、今のうちに!」
レナートはそう言いながらもソーンバインドの魔法を唱えていた。茨が地面から生え、チェルヌイの身体を木の幹へと縛り付けていく。
それをなんとか振り払おうと抵抗するが、そんな暇はもちろんない。
冥夜はスッと美しく手をかざし、指を鳴らした。
彼の持参していたアタッシュケースがばかんと開き、中から美しい男性型のビスクドールが身体を起こす。
服装はまるでホストクラブのそれであり、手にしているのは大きな鋏。それを剣のように握り込むとチェルヌイめがけて飛び出した。
それだけではない。人形は手にしていたランタンを開きチェルヌイを照らし、別の方向から折りたたみ式歯車兵、メカ子ロリババアがそれぞれ光を照らす。
ライトアップされたチェルヌイは逃げ場をなくし、人形の突き出す鋏に腹を貫かれた。
鋏から伝達した魔法がチェルヌイの中で暴れ、その腹を爆ぜさせる。
「ギッ――」
おそらく不利を察したのだろう。
残ったチェルヌイが背を向け走り去ろうとする。
「影の魔物を呑み込め、星空の泥よ!」
だがそれを逃すヨゾラではなかった。
素早く『星空の泥』を発動。逃げようとしたチェルヌイは派手にその場で転倒した。
「黒い影、人を襲い星を見るのも邪魔するなら…全力でぶん殴る!」
そしてトドメはやはり星の破撃。別名『夜の星の破撃(ナハトスターブラスター)』だ。
神秘の力を鼓舞しに集め、転倒し慌てて起き上がったチェルヌイめがけ叩き込む。
爆発した星の力はチェルヌイを破壊し、吹き飛んだ身体は木の幹にバウンドし地面に転がった。
「やったか!」
マッチョ☆プリンが独特なポーズをとって周囲を警戒する。
すること、しばし。
聞こえてくるのは虫の声だけ。
「やったな!」
「その台詞を言って本当にやった所を初めてみたな」
義弘が感心したように頷くと、マッチョ☆プリンは親指を立てて見せたのだった。
「帰ってランタンを返そう。それで、あとは星譚祭だ」
ヨゾラがにっこりと笑ってランタンを翳す。人形たちに大量にもたせていた冥夜はそれらを閉じさせ、人形の分だけのランタンで足元を照らさせる。
「折角です。準備も手伝っていくことにしましょう。一緒にいかがですか?」
「お、アゲアゲで行く感じ? 行く感じ?」
月季がビッと両手の人差し指で天をさす。
「星を見る時間がくるまではアゲアゲで行きます」
「ヤッター!」
「そうですよね。折角守ったわけですし……」
レナートはほっと息をついて仲間の顔を見た。
愛奈がこくりと頷いて返す。
「雇われ仕事をしただけとはいえ、意義のある仕事でした」
「きっと村の人たちは星譚祭を大切にしてる筈なのだわ。それを守るってことは……」
華蓮がそこで言葉を句切る。
大切な星譚祭を守るということは、彼らの心を守ったと言うことだ。
時間を、空間を、思い出を、そして何より想いを。
それらはかけがえのないもので、それを守った彼らにこそ、味わう権利のあるもので。
「さあ、行きましょうか」
誰からとも無く、そんな言葉が出た。
●星譚祭
灯りひとつない、静かな夜だった。
真っ暗な野外に椅子が並べられ、座った人々がとなりの誰かに聞こえる程度の声で囁く。
まるで蛍を気遣うかのように潜められた彼らの声は、それが何代にもわたってずっと続けられてきたことだということを案に示していた。
空を見上げる。
広がっているのは満天の星空だ。落ちてくるような……いや、まるで星の海へ落ちていってしまいそうな感覚が、身体のなかに広がっていく。
(キラキラ輝くこの星空を、ローレットでも誰かが見上げたりしているのかしら。
レオンさんもこれを見ていたりしたら、何だかとっても嬉しいだわね)
心の中でつぶやきながら、華蓮は星の海に漂う自分を空想する。
(来年もまた、この季節にここを訪れたいのだわ……)
それはきっと、誰の心にもあることなのだろう。
誰もが静かに星を見上げ、時折はあと感嘆のため息をもらす。
それまで場を盛り上げていた冥夜も、今ばかりは静かに椅子に座り、星空を見上げるというただそれだけの時間をすごすほどだ。
(グラスの水面に星明りを映して飲むのも、オツなものですね)
傾けるワイングラス。
同じようにグラスを傾けていた愛奈の姿が、やがて夜目になれてきた視界にうつる。
愛奈は暫し回りを見ていたようだったが、すぐに空へと視線を移した。
(立て続けに大きな戦が続く中で、こう言ういつも通りの日常の……ハレの日ならなおさら……守れるようにならなければ。
何かに願掛けするわけではありませんが……この星空を、もう一度。
またゆっくり楽しめるように、頑張らないといけませんね)
取り出した煙草に火を灯し、ゆっくりと煙を吸い込む。
空に吐き出した煙はふんわりと漂い、空気に溶けて消えていく。
そんな静かな時間に、それまで村の皆と『ジュースうめー!』と盛り上がっていた月季もさすがに黙ってジュースをちびちびやっている。
そして、すぐ近くの義弘に話しかける。
「これって、騒いだらNGなやつ?」
「悪くはねぇが……静かに楽しむのも風流じゃねえか」
ワイングラスを手に、すっと翳して振り返る義弘。ティーグル婦人と偶然目が合った。いや、偶然ではないだろう。ティーグル婦人はこの祭りを楽しみにしていた。星を見ることよりも、そうして美しい時間に浸る人々のことを。
だから今、村の人々がチェルヌイの恐怖から解放され静かに空を眺めているというこの事実を、きっとかみしめているのだろう。
それはある意味、ヨゾラも同じだ。
(この地の星空も、綺麗だね……素敵な星空、ずっと覚えておきたいな)
静かに空を眺めるなんていう決まりが、別にあるわけではない。けれど誰とも無く言葉をなくし、声をおとし、灯りを消し、この時間に浸ろうとしている。
美しいものをただ眺めるという、この時間を。
マッチョ☆プリンがただ静かに手をかざし、星をなぞるように指を動かしている。きっと彼が話していたプリン座とやらを沢山空に描いているのだろう。
レナートはそんな姿を横目にしつつ、星を再び眺めていた。
思い出すのは故郷の空だ。夜深く、灯りの消えた霊樹集落の空。
(空は、故郷と同じなんですね……)
まるで星に見守られているような気分で、レナートは目を閉じる。
静かな静かな時間が、流れていった。
皆で守った、大切な時間が。
成否
成功
MVP
なし
状態異常
なし
あとがき
――mission complete
GMコメント
●シチュエーション
あなたは幻想貴族の依頼を受け、森の奥に棲み着いたという魔物チェルヌイの討伐へと出かけました。
チェルヌイを倒す事が出来れば、街の人々は安心して祭を開くことが出来るようになるでしょう。
●フィールドデータ
チェルヌイの出現地点は分かっており、探索の必要はありません。
しかし暗い森での戦闘となるため、灯りになるものを持ち込んだり暗視能力をもっておくと便利でしょう。
(※今回は、特にそれらしいアイテムを装備していなくても、ビェーリイ氏からランタンを借りられるものとします)
●エネミーデータ
・チェルヌイ
夜の森に住まう魔物で、昼間には姿を見せないため夜間に戦う必要があるようです。
チェルヌイは影から影へ移動する能力を持ち、実体化した影のような姿をしています。
過去にチェルヌイと戦った冒険者によれば、鋭い鉤爪のようなもので斬り付けられたという報告があがっています。
また、どうやら複数体が存在しているらしくこちらを欺くように動くこともあるかもしれません。
●星譚祭
無事魔物の討伐に成功したら、星譚祭へと招かれるでしょう。
灯りを消して夜の星明かりの下でワインやジュースをたしなみながら、静かに平和を感じる一時をお楽しみください。
●情報精度
このシナリオの情報精度はBです。
依頼人の言葉や情報に嘘はありませんが、不明点もあります。
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