シナリオ詳細
<黄泉桎梏>異国の薬瓶。或いは、ある薬売りと山賊の雨季譚…。
オープニング
●異国より流れ着いたもの
雨の降る日のことである。
粗末な小屋の片隅で、膝を抱えて座り込んだ男が1人。泥だらけの外套を纏い、大きな笠を被った男だ。地面に座った男の隣には、大きな木箱が置かれている。
木箱には「>」と「〇」を組み合わせた記号が描かれている。それは、豊穣の辺境で使われている“薬”を表す記号であった。
笠の男……サンヤクは薬売りだ。
きっと長い距離を、薬を売って旅して来たのだろう。
大雨によるものとはいえ、身動きの取れない今日という日は彼に訪れた久方ぶりの休日と言えた。
「はぁ……参ったな。こう強い雨が降っていると、全然、先に進めない。これじゃ川も渡れないし……」
覗き窓から外を見て、サンヤクは重たい溜め息を零した。
もう数日も、強い雨が降り続けている。
小屋の近くにある川も、すっかり増水していてとてもじゃないが渡れそうな状態にない。
日頃であれば、川辺で待機している渡し人たちもどこかに姿を消していた。
「急いで先に進みたいんだが」
何度目かの溜め息を零して、サンヤクは懐から小さな瓶を取り出した。真白い陶器の薬瓶だ。中身は空だが造りがいい。
滑らかな手触りから、きっと高価で古いものだと理解できた。
「異国の品だな。適当な薬を入れて金持ちに高く売りつけてもいいし、数奇者に譲るのでもいいな。そうすりゃ、暫くは飲み食いに困らないぐらいの金になるだろ」
サンヤクは薬売りだが、こと“品質”の目利きに関してはなかなかのものだ。よく似た薬草と毒草を見分けることで、鍛えられたものである。
「とにかく、こんなもん持ってて山賊にでも目を付けられちゃ厄介だ。一刻も早く大きな街に行って、売っちまうのが……ん?」
そこで、サンヤクは気が付いた。
増水した川を泳いでいる者がいるのだ。
「はぁ?」
川幅は200メートルを悠に超えている。
川の水も増えているし、流れも速い。
そんな川を泳いでいるのは、どうやら若い女性のようだ。激流をものともせずに、気持ちよさそうに泳ぐ女性の傍には、巨大な蛇らしき影も見えている。
蛇に追われているのだろうか。
否、そうではない。
人を背に乗せられそうなほどに大きな蛇と女性はきっと友なのだろう。
「海種か。あぁ、そりゃ海種ならこんな川でも泳げるか」
泳ぐ女性を観察しながらサンヤクは暫し思案した。
「そう言えば外にオンボロの小舟があったな。あいつにそれを曳いてもらえば、雨なんて気にせず川を渡れるんじゃないか?」
それはとても、良い閃きであるように思えた。
良い閃きが、良い結果に繋がるとは限らないけれど。
●『触媒』となった薬瓶
『触媒』と呼ばれるものがある。
それは天義で造られた。
『触媒』を起点に『現実に神の国を定着させる』べく、遂行者たちの手によって豊穣の各地にばら撒かれた。
「そのうち1つ、“薬瓶”が見つかったっす。なもんで、それを回収し破壊して来てほしいんっすよ」
そう言ってイフタフ・ヤー・シムシム(p3n000231)はため息を零す。
“薬瓶”を手に入れたのはサンヤクと言う薬売りだ。
彼は、薬瓶をどこかに売り払うつもりらしい。壊してくれればよかったのだが、金に目が眩んでのことだろう。人とは欲を持つ生き物であるため、責めるつもりにはなれないが。
「私だってお金、たくさんほしいっすからね。さて……サンヤクさんはいい目を持ってる人らしいっすけど、運が無いっすね」
肩を竦めたイフタフが、ポケットから1枚の紙を取り出した。
どうやらそれは手配書のようだ。
「海種の盗賊、名はサンガ。相棒の海蛇と一緒に仕事をするって話ですが、どうも犯行は雨の日に限るみたいで」
手配書こそ配布されているものの、今まで1度も捕まってはいない。
雨が“仕事”の証拠や痕跡を洗い流してしまうからだ。
サンガに殺められた者も多いが、殺害現場と遺体の発見現場はずれている。
「サンガは遺体を川に捨てます。サンヤクさんも、このままだとそうなります」
『触媒』である薬瓶は、サンヤクと共に川に捨てられるか。
それとも、サンガに持ち去られるか。
「どちらにせよ、そうなってしまうと探し出すのが面倒になるっす。なので、今のうちに見つけてしまおう……と、そう言う話っすね」
ついでに、サンガも捕縛できればなおいいはずだ。
何しろ相手は山賊である。
放っておいても、誰も幸せにならない。
「サンガと海蛇は【致死毒】【失血】【不調】【暗闇】が付与された毒物を使うらしいっす」
天気は雨。
戦場は川。
状況はサンガに有利だが、“薬瓶”は必ず破壊しなければならない。
- <黄泉桎梏>異国の薬瓶。或いは、ある薬売りと山賊の雨季譚…。完了
- GM名病み月
- 種別通常
- 難易度NORMAL
- 冒険終了日時2023年07月07日 21時55分
- 参加人数8/8人
- 相談7日
- 参加費100RC
参加者 : 8 人
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参加者一覧(8人)
リプレイ
●嵐の夜に
雨がざぁざぁ降っている。
空は真っ暗。
空気は冷たい。
数日にわたって振り続けた雨のおかげで、川の水も荒れている。通常であれば、そのような状況の川に近づくことさえ危険だというのに、どういうわけか1艘の小舟が浮いていた。
小舟に乗るのは、薬箱を抱えた1人の男。
小舟を牽くのは、巨大な海蛇を伴った粗野な女性だ。
小舟は現在、川の真ん中ほど。
思い出したように男……薬売りのサンヤクが声を張り上げた。
「いや、運が良かったよ、俺は。さっさと川をわたりたくってさ、あんたに会えたのは僥倖だった」
そう言ってサンヤクは濡れた髪を掻きあげた。雨は今も降り続けているのだから、髪を掻きあげ雨水を拭うことに何の意味もない。
「あはは! そうだね、運がいい! アタシも、アタシは運がいいと思うよ! 飯の種に有りつけたんだからさ!」
小舟を引く女……サンガは呵々と笑って見せた。サンガの真似をして、海蛇も大きな口を開け、笑うような仕草をする。
その口からは、鋭い牙が覗いていた。
それから、サンガはにやにやとしか顔をサンヤクの方へと向けた。
「でも、アンタは運が無いと思うけどねぇ」
「……あん?」
「なんたって……このサンガ様に逢っちまったんだからさぁ!」
牽引ロープから手を離し、サンガが背後を振り返る。
水中から引き揚げたサンガの手首に、ぬらりと光る銀色が見えた。手甲に仕込んだ短い刃……暗器だ。
水を蹴って、サンガが跳んだ。
サンヤクは目を丸くして固まっている。回避も、防御も、悲鳴を上げる暇もない。
サンガの暗器が、サンヤクの喉首を狙う。
サクリ、と喉を斬り裂いて、今日の仕事はこれでお終い。
簡単な仕事だ。
そのはずだった。
「遂行者でしたっけ? なんだかあいつらいろんなとこに来ますねぇ」
サンガの刃を受け止めたのは、水中から飛び出して来た『泳げベーク君』ベーク・シー・ドリーム(p3p000209)である。
水飛沫と共に甘い香りが漂った。
こんがりと焼け目のついた胴は、サンガの暗器を通さず弾く。
暗器を弾かれたサンガが、唾を飛ばして怒鳴り声をあげた。
「なっ!? た……鯛!? いや、たい焼きか!?」
「……なんとかして、こっちで破壊しないといけないんですよね」
サンガの方には目もくれず、ベークは視線をサンヤクへ。
正しくは、サンヤクの持つ“薬瓶”……【触媒】の方へ目を向けた。
「沈めろ! 沈めちまえ! 水ん中なら、どうとでもなる!」
妨害が入ったと気付いた瞬間、サンガすぐに作戦を変えた。確実性は少々下がるが、船ごと沈めてからサンヤクの荷を奪うつもりだ。
サンガの命令に従って、海蛇が身体をうねらせた。牽引ロープを加えたまま水中に潜り、船の真下へ潜り込む。小舟に巻き付き、締め上げ、破壊するつもりだ。
「おわぁ!! あんなのに巻き付かれちゃ、こんなボロ船持たないぞ!」
川面に映る大蛇の影を見下ろして、サンヤクが悲鳴を上げている。
大人しくしていればいいものを、慌てているのか船の縁に手をかけて水面を覗き込んでいるのだから救えない。
思わずベークは舌打ちを零した。
守るのは得意だが“絶対”は無い。ましてや、自分から死地を覗き込むような死にたがりは救えない。
「おぉい! アンタ! 海蛇が来るぞ、海蛇……んガッ!」
「大丈夫、うちの神様も応援してくれているのだわ!」
船から身を乗り出したサンヤクの額を、何かが叩いた。後ろに転がり、サンヤクの体は甲板へ。サンヤクを叩いたのは『蒼剣の秘書』華蓮・ナーサリー・瑞稀(p3p004864)だ。
イルカに跨った華蓮は、そのまま水中へと跳び込んだ。
イルカが尾をくねらせる。
一直線に海蛇へ。
迎え撃つべく海蛇は、牙を剥き出し、限界にまで顎を開いた。
海蛇の動きが止まる。
尾の先を、何かに掴まれたからだ。
「蛇連れた山賊。手配書に名前書いてあったっすね、サンガでしたっけ?」
海蛇を捕まえたのは『歪角ノ夜叉』八重 慧(p3p008813)だ。
拘束から逃れようと海蛇は藻掻く。だが、多少暴れたぐらいでは、慧は手を離さない。
長い身体で、慧を打ちのめす。
身をくねらせて、慧へ牙を突き立てる。
慧は首を傾けることで、歪な角を牙の前へと差し出した。鋭い牙が角に刺さるが、大蛇に噛まれた程度で砕けるほどに軟な角ではないのだ。
「らしくないぞ、相棒! 水ん中でアタシらが遅れを取るなんてありえねぇ!」
サンガが叫んだ。
視線は慧に向いている。構えた暗器で、慧を斬り裂くつもりだろう。
しかし、サンガの目の前にふわりと水中から何かが浮き上がって来た。荒れ狂う川の流れに逆らって、『玉響』レイン・レイン(p3p010586)はその場に留まる。
「僕だって……海の眷属……川より……海の方がもっと荒れるよ」
薄桃色から紫へ、グラデーションする長い髪が水中に広がる。
その姿には覚えがある。
「クラゲかよ」
「僕は……陸も海も……制圧したい。僕のまま、でも……居られるように……僕を……取り戻したい」
「アタシの知ったこっちゃねぇな! 相棒から手を離せよ!」
そう言いながらも、サンガはレインから距離を取った。
ここまでに4人の妨害が入った。
そして、妨害が4人だけとは限らない。
「やっぱり……まだ、居やがるな!」
サンガが見つけたのは、水底で光る巨大な岩だ。
それも動く岩……正確には岩のような巨躯の秘宝種、『水月花の墓守』フリークライ(p3p008595)だ。
どういう仕掛けか、フリックの体は発光している。
フリックが近づいて来るにつれ、暗闇だった水の中が徐々に明かりに包まれていく。
「戦闘に、支障無イヨウ照ラソウ」
「……明るいのは苦手なんだよ。闇に紛れて、ってのが玄人っぽくていいのによ」
忌々し気にフリックを見下ろし、サンガは舌打ちを零す。
水中を走る衝撃の波。
不意打ち気味の攻撃を受け、サンガの体が水底へ沈む。
「不謹慎デスガ攻撃ヲ主ニ立チ回ルノハ、初メテノ事ナノデ新鮮ナ感覚デス」
サンガは姿勢を立て直し、衝撃波の来た方を向いた。
フリックの放つ光源で、襲撃者の姿は見えている。
「女……か?」
本当に?
何故だろうか。サンガは自分の目に映る敵の姿に、得体の知れない不安と疑問を感じている。サンガに衝撃波を見舞ったのは『観測中』多次元世界 観測端末(p3p010858)。
そして、もう1人……『金剛不壊の華』型破 命(p3p009483)の姿もある。
「若い女が山賊家業ねえ……。あんまり気持ちのいい話じゃあ無いな」
「じゃあ、大人しく死ねってか? そいつぁ、あんまりじゃねぇかなぁ? 二枚目の兄ちゃんよ」
数の上ではサンガが不利だ。
相棒の海蛇とも分断されたし、獲物にしていたサンヤクの方にも護衛が付いた。状況は悪い。悪いが、サンガは笑っている。
そもそも1人と1匹だけの山賊なのだ。
不利な状況に置かれることもあるだろう。
「とりあえずぶちのめして、船を沈めて、一旦退くか」
川底の地面を蹴り飛ばし、サンガは急激に加速した。
浮力と、跳躍力とを合わせた直線機動の高速移動。両手首の暗器を展開し、すれ違いざまに観測端末と命を斬り付けるつもりだ。
雨の降る中、川の水面に立つ影が1つ。
目を閉じて、腰から下げた刀に手を添え、『豊穣の守り人』鹿ノ子(p3p007279)はただ“その時”を待っていた。
水の跳ねる音がした。
それから、水流のうねる気配。
目を見開いた鹿ノ子は、するりと音もなく刀を引き抜く。
「たとえ水の中であろうと、遮那さんのおわす豊穣に乱あるを許さず――鹿ノ子、抜刀!」
刹那。
鹿ノ子の姿が掻き消えた。
後に残るは、濁流に僅かな波紋のみ。
●濁流の抗争
流れの速い川の真ん中に、小舟だけが取り残された。
小舟は流されていくが、サンヤクにはもはやどうにもできない。櫂を備えてはいるが、増水した川の流れに抗うには大幅に力不足と言える。
「おいおい! 何が起きてるんだ? このまま流されるのは御免……っんぉ!?」
川を覗き込むサンヤクを、ベークが後ろへ引き倒す。
先ほどまでサンヤクのいた位置を、数本の寸鉄が通過した。水中からサンガが放ったものだろう。
「ご無事ですか?」
間一髪で、サンヤクは命を拾った。
その事実を悟ってか、青ざめた顔でベークを見上げて震えている。
「ご無事そうですね。ですが、流れ弾がひどいのか、狙って来ているのか」
サンヤクを庇うようにベークが船の端に立つ。重心が移動したことで、船が大きく傾いた。瞬間、再び水中から寸鉄が飛来する。
それを魔力の鎧を纏った腕で弾きながら、ベークは小さな溜め息を零す。
「さて、それはさせませんよ」
とはいえ、防戦一方となると小舟がいつまで持つか分からない。せめてもう少しサンガを遠ざけてもらえれば、ベークが小舟を岸まで運んでいけるのだが……。
「皆さんに期待するほかなさそうです」
サンヤクを1人にしておくと、何をしでかすか分からない。
なるほど、確かにサンガの言葉は正しいようだ。
このサンヤクと言う男、なかなかどうして“運”が悪い。
海蛇は、サンガの命令に忠実だ。
小舟を目指し、身をくねらせて浮上していく。全身の筋肉をフル稼働させた遊泳力は侮れない。尾を掴む慧を、引きずったまま、猛スピードで水面へ向かっていくではないか。
「ちぃっ」
泡を吐きながら、慧は呪符を蛇の尾へと貼り付けた。
呪符を中心に、血のような赤い軌跡が蛇の身体を這い廻る。不快感からか、それとも痛みでも伴うのか、海蛇は視線を慧へと向けた。
「ほら、その厄(どく)を向ける相手はこちらっすよ」
牙を剥き出しにし、蛇は慧へと襲い掛かった。
血走った目で慧を睨みつけたまま、躊躇なくその首に牙を突き立てた。慧は首を傾げ、牙と首の間に角を割り込ませる。
2本の牙のうち片方は角へ、もう片方は首の肉を穿つ。
「ですが、餌になる気はないんすよ!」
蛇の頭部へ掌打を1発。
見えない何かに弾かれて、蛇の身体が水底へ飛んだ。
視界を淡い燐光が舞う。
まるで水中に、蛍でも飛んでいるかのようだ。
その光景は懐かしい。海蛇の記憶にも残る、確かクラゲという生き物が、こんな風ではなかったか。
「皆を的にしない様に……抑えさせてもらうね」
光るクラゲ……レインの手が、海蛇へと差し向けられた。
その手を中心に、紫色の魔力が渦巻く。
展開される紫の帳。海蛇の脳がざわついた。これは良くないものだ。であれば、レインを早々に排除しなければいけない。
さもなくば、自分だけでなくサンガの身さえ危ぶまれる。
海蛇は身をくねらせて、一目散にレインへ向かった。その牙をレインの首に突き立てる。
水の中に血が零れ、辺りを赤に染め上げた。
「そのぐらいなら……まだ、やれる」
レインはそう呟いた。
直後、水の中に“暖かな風”が吹き抜けた。
不可解だ。
だが、確かに風は吹いた。
次いで、海蛇の胴に激痛が走る。
1度ならず、2度続けて。
「当たりが出たらもう一本、なのだわよ!」
華蓮の放った光の矢である。
水中でも速度と威力を減らすことなく、硬い鱗を貫いた。
イルカに乗った華蓮が視界の隅を横切る。大蛇は華蓮を目で追った。構えた矢を警戒しているのだろう。
その隙に、レインがその場から離脱する。
「誰か落ちたのだわ! レインさんは、早くそちらの補助に行ってほしいのだわ!」
非常事態は、いち早く仲間に報告するに限る。
「ん……了解」
華蓮の指示に従って、レインは猛スピードで川下の方へと泳いでいった。
「行きますよ!」
水中を奔る白一閃。
サンガは咄嗟に腕を掲げて、仕込み刃でそれを弾いた。
だが、鹿ノ子の斬撃は止まらない。
水を蹴って、上下左右に跳びまわりながら斬撃の雨を無尽に降らせる。
「一撃、二撃、三撃、僕は止まりませんよ! さぁ、耐えられますか!? 躱せますか!?」
「ちっ……ちょこまかと!」
水中戦というアドバンテージが無ければ、とっくにサンガは致命傷を負っていただろう。
暗器を振るい、寸鉄を投げ、鹿ノ子を牽制する暇さえも無かったはずだ。
姿を隠そうにも、フリークライとレインの放つ光が邪魔だ。
川底に逃げても、補足されるだけだろう。
「くそっ」
サンガの腕や脇に裂傷が刻まれる。
サンガの投げた寸鉄が、鹿ノ子の肩に突き刺さる。
「何で毒が効かねぇんだよ」
舌打ちを零し、サンガは鹿ノ子の腹部を蹴った。
鹿ノ子から距離を取ると、周囲を見回す。
遥か眼下の明るい光。
暖かな光を放つフリックを視界にとらえ、サンガは気づいた。
「アイツか」
寸鉄を投擲。
フリックの胸部に突き刺さった寸鉄が、ボコボコと泡を噴き上げた。寸鉄に塗布していた毒が浄化されているのだ。
間違いない。
「我不朽。毒通ジズ。ドンナ毒デモ治シテミセヨウ」
サンガは悟った。
フリックを先に始末しなければ、サンガ必勝の戦法が通用しないということを。
「逃げるぞ! 分が悪い!」
サンガが怒鳴り声をあげる。
それと同時に持参していた寸鉄の全てを、水面に向かって投擲した。
まるで弾幕。
鹿ノ子を牽制しながら、水上の小舟に幾つもの穴を穿った。
ベーク1人で寸鉄の全てを防ぐことは出来ないだろう。揺れた船から、サンヤクが川へ投げ出される。
「さぁ、アタシを討つのか、薬売りを見捨てるのか?」
煽るようにサンヤクは叫んだ。
その声に従い海蛇が逃走を開始。だが、慧に掴まれていては逃げることは出来ないでいた。助けに行きたいが、余裕は無い。
サンガも、海蛇も、山賊なのだ。
当然、こういう日が来ることも織り込み済みだ。つまり、どちらかが生き延びるために、どちらかが命を失う日が来ることもあると。
だから、サンガは自分が生きることを何よりも優先した。
観測端末の放つ衝撃波を回避しながら、川上へと泳いでいく。
誤算があったとするなら、それは1つだけ。
「ブロック、逃走阻止」
「っ!? 泳げるのかよ!」
フリックが、水流に逆らうだけの遊泳能力を有していたことだ。
腕を広げた巨躯が眼前に立ち塞がった。
暗器で胴を斬り付けるが、岩肌が多少削れるだけだ。
「ちっ……硬い」
その隙を突いて、サンガの横に観測端末が回り込む。
「今度ハ逃走ノ隙間ハ与エマセンノデ」
構えた拳に火が灯る。
水の中だというのに、燃え盛る真っ赤な業火があった。
とん、と。
サンガの胸部に観測端末の拳が押し付けられた……その、直後だ。
衝撃。
否、それは爆発だ。
渦巻く業火が、サンガの身体を水底へ向けて吹き飛ばす。
「ちく……しょう。てめぇ、殺して……」
川の流れに身を任せながら、サンガは呻き声を零した。体はもう動かない。このまま溺れて死ぬのだろうか。
それでも、せめて、1人ぐらいは道連れにしたい。
そう思い、動かない手を水面へ伸ばす。
迎え撃つべく、観測端末もサンガの方へと手を翳した。
「っと、こいつ暗器使いなんだよなぁ」
サンガの手首を、命が掴んだ。
それから命はサンガをじろりと一瞥し、視線を頭上へと向ける。
「仕込み武器で縄とか切って逃げられる可能性もあるか。鹿ノ子! サンガの身体検査をしてもらえるか?」
「いいですけど……捕まえて、どうするんです?」
「事情を聞いて、食い詰めてのことならサヨナキドリで雇うことも視野に入れるさ」
途切れかける意識の隅で、サンガは命の声を聞いた。
やはり、自分は運がいい。
命を拾って、食い扶持まで手に入るのだから……。
●薬瓶の回収
川に落ちて、流れに飲まれて、意識を失い、死ぬかと思った。
ところが、どうにか生きている。
不思議だが、自分は息をしている。
目を覚ましたサンヤクは、自分を覗き込む顔を見た。
「急に……ごめんね……」
1人はレインだ。
そしてもう1人、自分の胸部に手を置いているのは華蓮である。
「水は全部吐き出したみたいだし、これで問題ないはずなのだわ」
「オォ、蘇生シタンダ」
心肺蘇生を施してくれたのだろう。
感心した風に、観測端末がパチパチと拍手を送っていた。
岸に運ばれたサンヤクは、命から薬瓶についての話を聞いた。
にわかには信じがたいが、どうやらサンヤクの拾った薬瓶は“厄災の種”であるらしい。
「流石に売ったものが国家規模の問題を起こしましたってなったらアンタも色々後味悪いし不味いことになりかねんだろ?」
そう言って、命が薬瓶を取り上げた。
売ればきっと高い値が付く。
得体の知れなさに恐怖を感じるし、曰く付きである点も不安だ。だが、壊してしまうにはあまりにも惜しい。
思わず、サンガは薬瓶に手を伸ばす。
手を伸ばして、しかし薬瓶に触れることは出来なかった。
「う……あぁ」
「状況ガ状況デス」
諦めろ、というように観測端末がサンヤクの肩に手を置いた。
「強欲もほどほどにしとけよな」
なんて。
サンヤクの見ている前で、命が薬瓶を握り潰した。
砕けて飛び散るガラスの破片を目で追って、サンヤクはがくりと肩を落とした。
成否
成功
MVP
状態異常
なし
あとがき
お疲れ様です。
サンガと海蛇は捕縛されました。
薬瓶の破壊も完了したことで、依頼は成功となります。
この度はご参加いただき、ありがとうございました。
縁があれば、また別の依頼でお会いしましょう。
GMコメント
●ミッション
『触媒』“薬瓶”の破壊
●ターゲット
・サンヤク
豊穣の辺境から来た薬売り。
目利きは確かで、きっと高値で売れるだろう薬瓶を、それが『触媒』であるとは知らずに拾った。
大雨で足止めされていたところ、偶然、通りかかったサンガを目にして取引を持ち掛ける。
・サンガ
豊穣のとある川を縄張りとする山賊。
相棒の海蛇と共に、雨の日ばかりを狙って犯行するようだ。
海種らしく、水辺での立ち回りはちょっとしたもの。
サンヤクの依頼を受けて、彼を川の向こう岸に運ぶつもり……なのだが、おそらく川を渡り切る前にサンヤクを殺め、彼の財産を奪うつもりだろう。
暗器:物近単に大ダメージ【致死毒】【失血】【不調】【暗闇】
腕や足に仕込んだ暗器。海蛇から採取した毒が塗られている。
暗器(飛):物中範に中ダメージ【致死毒】【失血】【不調】【暗闇】
投擲用の暗器。海蛇から採取した毒が塗られている。
・海蛇
サンガの相棒。
海蛇なのだが、川も泳げる。
人が跨れるぐらいに大きな蛇で、アナコンダに似ている。
毒の牙:物至単に中ダメージ【致死毒】【失血】【不調】【暗闇】
噛みつき、毒を流し込んで、丸のみにする。
●フィールド
豊穣、とある山間の川辺。
日中だが、強い雨が降り続けており辺りは暗い。
川幅200メートルを超える広い川は水量が増え、流れも速い。
泳ぎに適したスキルを有さない場合は、流されるかもしれない。
●情報精度
このシナリオの情報精度はBです。
依頼人の言葉や情報に嘘はありませんが、不明点もあります。
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