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シナリオ詳細

<黄昏崩壊>雨に沈んだ竜

完了

参加者 : 8 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

オープニング

●雨纏の竜
 風光明媚な佳景は最早喪われ、『いつもの』場所が『いつもの』姿ではなくなった。
 黒く澱んだ空。景色を引き裂く雷鳴。割れた大地。石を積み上げて出来た不格好な建物紛いの物体もすっかり崩壊し、今となっては辺りを石が漂うばかり。
 ――どうして、こんなことに。
 黄昏の地にて、黄昏から程遠い鈍色の竜が溜息を吐く。
 ぱたぱたぱた。
 そんな竜の周りで雨が降り続いた。否、竜が居るところでだけ雨が降る。冷たく暗い雨が、延々と。
 ――来ないで。おねがい。
 来訪者の姿は、まだ此処に無いけれど。間もなく訪れるであろう存在を思えば思うほど、竜の嘆きへ寄り添うかのように、降りやまぬ雨が強さを増した。
 重たい雨粒は硬い土や石を叩いては撥ねさせて、荒れた地をますます汚していく。
 おかげで竜の足元さえ、泥で黒く染め上げられているけれど。
 ――来たら、ベルゼーが悲しむ。
 自身が汚れることも厭わず、大きな竜はじっと居座り続ける。

 ベルゼーを悲しませたくないから。
 だから鈍色の雨は、此処で泣き続ける。

●阻む者
 進路を切り開き、『冠位暴食』ベルゼー・グラトニオスの元へ向かおうとするイレギュラーズの前に、その竜は現れた。竜からすれば、イレギュラーズが「現れた」と言えるだろう。
 まるで石像のように佇んでいた鈍色の竜は、来訪者をもてなす為ではなく――追い返す為に、もぞりと頭をもたげた。
「ニンゲン、帰って」
 鈍色の鱗を持つ竜は、開口一番にそう告げる。
「あれが……竜種」
 イレギュラーズの間から、ぽつりと落ちた声。
 強大なる存在を前にした想いは、それぞれ違ってくるはずだ。
 しかし、長雨の頃を連想させる湿った空気は誰もが拭えず、皆一様に竜の周囲を確かめた。
 天候はヘスペリデスの何処を歩いても大して変わらないはずだが、鈍色の竜の周りでだけ、常に雨が降り続けている。
 止まずの雨を纏う竜だと、イレギュラーズは情報屋から聞いてきた。
 雨が降っている範囲――『雨纏』の域に足を踏み入れれば、『雨纏』の効果はもちろん、体温も奪われ、足元もぬかるんで危ないだろうと。
「本当に雨が降ってる。それも結構な強さで」
「なんだか、雨が降っているとこ……周りよりも暗い?」
 イレギュラーズが、目の当たりにした『雨』について言葉を交わす間も、竜は件の雨に打たれ続けている――が、全く動じていない。今までずっと付き添って生きてきたかのように、これっぽっちも。
 そして竜が纏う雨の向こう、道を塞ぐ結界めいた光がたなびいていた。
 七色に輝く横長の光たちは、一つの魔法陣によって繋ぎ止められ――この魔法陣こそ、進路を切り開くために邪魔な存在となっている。
「帰って。ベルゼーが、悲しむから」
 魔法陣を後方に庇う鈍色の竜が、悲しげな音を零す。
 だがイレギュラーズにも帰れぬ理由が、帰らぬ理由があるのだから退きはしない。
 イレギュラーズはふと、出立前に情報屋が念を押していた一言を思い起こした。
 ――竜種に挑もうなどと思うなかれ。
 竜種の強大さは、目の当たりにしても肌がひりつく程に感じているだろう。好奇心などから危うい行動を採ればどうなるかは、想像に難くないはずで。
 自分たちが本作戦で切り開かねばならぬ進路が、「活路」にならないことを祈りつつ。
 彼らは障害物を破壊するべく、この場に留まると決めた。すると、そうして留まる意思を見せた彼らに、竜は「どうして?」と首を傾げる。
「ベルゼーのとこ、ニンゲンも危険。なのに、どうして?」
 不思議そうな声色で尋ねて間もなかった、巨大な竜は。
「帰らないなら、フレビリスが追い返す。それでも、いいの?」
 フレビリスという名の竜は、言いながら射貫くような眼を来訪者たちへ向ける。
 その眼差しは恨みか、怒りか、それとも。

GMコメント

●成功条件
 進路を切り開く
(魔法陣を破壊できればOK)

●情報精度
 このシナリオの情報精度はCです。
 情報精度は低めで、不測の事態が起きる可能性があります。

●ロケーション
 そこかしこで浮かぶ大小様々な石は、不動ではありません。
 戦いの余波で動きもしますし、竜の翼や尾などにぶつかって飛んでくることも。
 ただの石ですが、ぶつかったりよけたりする際に、一瞬だけ動きが鈍ってしまう可能性はあります。

●魔法陣
 進軍を阻む結界を築いた、開いた傘を真上から見たときのような形の魔法陣。
 ダメージを与えれば壊せますが、この方法だと少々時間が掛かります。
 術者はフレビリス自身なので、短期決戦を目指して他の方法を探ってもいいですし、しなくてもいいです。
 直径5mぐらいある大きさなので、攻撃を外す心配はしなくてOK!

●敵:雨纏のフレビリス(竜種)
 体長5m程で鈍色の鱗を持つ若き竜。
 翼も長くて太い尾もあり、四足歩行をします。
 竜種の中でも明星種『アリオス』と呼ばれる種。

・雨纏
 『雨が降りやまぬ範囲』の、便宜上の呼び名。
 範囲は、フレビリスを中心として半径20m前後。
 なぜ常時展開されているのか、どうすれば弱めることができるのかは不明ながら、フレビリス固有の能力であることだけは確か。
 現在分かっている効果は二つ。
 一つは、雨がフレビリスを癒すこと。
 もう一つは、範囲内に入ると能力を上昇させる類の効果が消滅してしまう上、中に留まったままではバフ効果の掛け直しができなくなること。これは何故かフレビリスにも効くため、フレビリスも自身を強化しません。しなくても強いです。
 ただし、デバフ類は『雨纏』に左右されません。

・雨樋
 集まった雨の勢いで、直線上にいる存在を遠くまで押し流します。呪殺あり。

・虹焔
 フレビリスが吐く虹色の焔。紅焔、苦鳴あり。
 一息で広範囲に及ぶ高威力の攻撃。

  • <黄昏崩壊>雨に沈んだ竜完了
  • 雨はやまぬ。かの竜が其処に在る限り
  • GM名棟方ろか
  • 種別通常
  • 難易度HARD
  • 冒険終了日時2023年06月29日 22時05分
  • 参加人数8/8人
  • 相談6日
  • 参加費100RC

参加者 : 8 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

参加者一覧(8人)

ウェール=ナイトボート(p3p000561)
永炎勇狼
マニエラ・マギサ・メーヴィン(p3p002906)
記憶に刻め
カイト(p3p007128)
雨夜の映し身
回言 世界(p3p007315)
狂言回し
鵜来巣 冥夜(p3p008218)
無限ライダー2号
ルーキス・ファウン(p3p008870)
蒼光双閃
幻夢桜・獅門(p3p009000)
竜驤劍鬼
囲 飛呂(p3p010030)
君の為に

リプレイ

●冷雨
 終尾を描いたかのような領域で、冷たい雨が降る。
 『点睛穿貫』囲 飛呂(p3p010030)が第二の視点で確かめても、世界を覆う絶望の色は霞まない。
「只でさえ天変地異みたいな有様だからな、雨にまで囚われたくないとこだが」
 そんな飛呂の呟きに『狂言回し』回言 世界(p3p007315)も頷く。
「随分な雨男らしいから、それに負けない晴男が要りそうだ」
 竜を一頻り眺めてからの世界の発言は、『導きの双閃』ルーキス・ファウン(p3p008870)の耳にも届いた。
「一筋縄ではいかない、ということですね」
 言葉ではそう模りつつ、ルーキスの眼差しに諦めの色は無い。
 踏まずの雨を心に留める『雨夜の映し身』カイト(p3p007128)は、仲間たちの話を受けてひとつ息を吐く。
「やるとするか」
 ――あのお人好しの『おじさま』が、愛したものを平らげちまう前に。
 カイトの呑み込んだ意思に呼応したのか、そこかしこで浮かぶ石たちが身震いする。
 各々、浮遊物への対策は怠っていない。止まぬ雨との向き合い方も。
 だからルーキスは鍛えた技の証を刻むため、魔法陣との距離を縮めに地を蹴る。
「魔法陣相手ではありますが、先ず挨拶を」
「ええ、第一印象は大事ですからね」
 連なるように口角を上げて、リトルワイバーンに跨った『ホストクラブ・シャーマナイト店長』鵜来巣 冥夜(p3p008218)も動いた。こうべを垂れた四脚の竜を視界に捉え、眩さを地上で疾駆させる。忽ち、満ちる不穏の気配をも穿つ黒雷が、フレビリスと魔法陣へ挨拶した。
 そこへ世界も。
「あ、ジュースいる?」
 飲んでいた林檎ジュースをちらつかせると、フレビリスが少しばかり頭を低くした。
「ニンゲンの、小さすぎる」
「うん、まあ、そっちがそのサイズだと味もわからないかもな。旨いんだけど」
 残念そうに頭を揺らした後、世界は呪いの念を撃ち込んだ。
 彼らの挨拶が届く頃には、ルーキスが鬼の力を宿した斬撃を陣に加えていて。明らかに魔法陣を注視する彼らの様子に、フレビリスは眉を顰めた。
「どうして、帰らないの。どうして」
 独り言ちる竜をよそに、ううんと唸った世界が喉を開く。
 すぐさま皆へ告げた。ネイリング・ディザスターが魔法陣には有効では無いという事実を。
 痛みを伴う状態異常は受け付けない魔法陣だと聞いて、『威風戦柱』マニエラ・マギサ・メーヴィン(p3p002906)はそっと瞼を伏せた。
「それは確かに長引きそうだ。速戦即決と行こう」
 水の匂いを含んで重くなった銀の尾を揺らし、暴風が運んでくる石を躱す。
(やはり手が止まるのはちと厄介だ)
 雨のみならず、絶望渦巻く空模様までもが竜の味方をしているようで、マニエラは肩を竦めた。
「さぁ、全力で戦ってくれ賜え。弾ならこちらで用意する」
 マニエラの言を受け、決着を急ぐのなら尚更と『竜驤劍鬼』幻夢桜・獅門(p3p009000)は雨も構わずフレビリスへ近寄る。死に近い空の下でもカラカラと笑いながら。
「おうおう、心配してくれてありがとうよ」
「心配とかじゃ、ない」
 むすっとした声でフレビリスが返す。
「なあ、フレビリスの旦那。……や、姐さんかな?」
 首の後ろを軽く掻き、一度は獅門も言い淀む。
「フレビリス、姐さんじゃない」
「そうか、じゃあ旦那でいいな。気遣いを受け取りたいのは山々だが……そこを通しちゃもらえねぇか?」
 けれどフレビリスの決意は固く、通さないの一点張り。解ってはいたが、と息を吐いて獅門は竜からの施しを――ベルゼーの元へゆかせまいとする虹色の焔を――拒む。
「俺たちにもやりてぇことがあるんでな!」
「どうして……」
 獅門が堂々と名乗りをあげても、やはり竜は不思議がるばかり。
 竜の焔が煌々と辺りを照らす中、我が子に一片も似ぬ風貌を前に、『永炎勇狼』ウェール=ナイトボート(p3p000561)は歯噛みした。二色のまなこが映すのは、果たして竜か幼子か。
(言って聞くなら苦労しない。が……)
 惑わされぬ相手へ、ウェールが声に籠めた改竄の力をぶつける。
「もうやめてやれフレビリス!」
 吠え猛る彼を前にしても、竜に動じる素振りはない。それでも続けた。
「ベルゼーを独りぼっちにさせていいのか!?」
「ひとり……ぼっち?」
 物悲しげな響きをフレビリスが繰り返す。
「ああ、解らないんだろう? このままだとどうなるか」
 暗がりでかれの感情が灯る予感を抱きながら、ウェールは言葉を重ねる。
「ベルゼーはいずれ覇竜以外を喰らいつくし、やがて覇竜を喰らいつくす」
「わかってる。ベルゼー、ぜんぶ壊す。ニンゲンに言わなくたって、わかってる!」
 予感は現実となり、フレビリスが沸き起こった憤りを露わにする。
 瞬く間に雨脚が強まった。まるで竜の気持ちへ寄り添うような雨に、くん、とウェールが鼻を鳴らす。
 嘆きの香が濃くなったと感じるのは、マニエラも同じだった。だから癒しを降らせる。どんよりとした重苦しさも跳ね除ける程、眩い陽の癒しを。言霊を操り、皆を支えながら。
 しかし強さを増した雨纏は、邂逅当初よりも遥かに暗く重い粒で全てを押し戻そうとする。
「雨に打たれるのはしんどいものだ、速戦即決と行こう」
 呼びかけさえも雨音が喰らう。喰らわれても声を張り、鼓舞するマニエラがいる一方。
 カイトはバイザー越しに映る澱んだ風景に、眉根を寄せていた。
(只でさえ不祥な景色ではあるが、なに、ちょうどいい)
 招く舞台は十全だ。そうしてカイトが嘆き齎すのは、舞台に見合った禍々しさ。
「試しに裏返してみるか?」
 雨の帳を下ろす中、黒き雨を大地に滲ませ、降雨という現象を反転させていく。はたから見れば、黒竜が天まで昇るかのようで。
 強まったフレビリスの雨と対峙する、カイトの雨。
 止む気配のない雨と、終わりを知る雨が混ざり合う地で――互いの想いの境界線は、はっきりしていた。

●豪雨
 地団駄を踏んで来訪者へ追い縋り、巨体から繰り出す尾で大地ごと叩き潰そうとしてくる。ウェールか獅門か、標的も時おり変わりながら竜は苛立っていた。
「ニンゲンのくせに、弱いくせにッ!」
 フレビリスが怒りの矛先を向けて動き回れば、彼を包む『雨纏』も移りゆく。
 凍えるぐらいの雨に降られても、海神に纏わる伝承を持った鎧が飛呂を守っていた。それでも感じる寒さから腕をさすり、飛呂は立ち位置を調整しながら沈思する。
(傘を広げたような形……なんでだ?)
 竜には無用の長物だろうと首を捻った。
 自分が知る傘の構造を思い起こし、未知の存在を読み取ろうと挑む。壊れやすい部分といえば骨と、布を止めている露先だと思い至って。
「こっちにも譲れないもんはあるんだ」
 直後、神眼の射手が放った死神の狙撃は、紋様の露先めいた箇所で火花を、魔力の雨粒を散らす。
「露先だ! 傘の露先を重点的に!」
 端的に叫んだ飛呂に呼応して、ルーキスが鬼百合で魔法陣を削る。青き冴えでの一撃は反動も尋常ではないけれど、使用者たるルーキスに迷いなど微塵も無い。
 尚もウェールや獅門たちを追う尾撃が、彼らの膝を折らせぬようにと、世界とマニエラが機を合わせる。
(兎にも角にも、動けなくなっては意味がない)
 だからマニエラは号令による立て直しを率先して行った。
「君にはすまないが、無茶だなんだと言ってられんのだよ」
 己がどれだけ雨に打たれようと、雨風を凌ぎはせず、両の脚へ力を込めて立つ。
「……クリスタラードに借りを返さねばならんのでな」
 マニエラの眼差しは疾うに未来を見据えている。
 更には世界が眼鏡を押し上げ、暖かなる風光を呼び込んだ。万物を抱擁する慈愛の息吹が、荒れた領域にも屈せず広がっていく。それでも戦いの余波で泥や石は跳ね続けた。
 雨曝しになっても踊り狂う石らをよそに、冥夜は狂気に侵す黒い雨を招いて。
「此方の雨はいかがでしょう?」
 黄金・炎雨乱雨が地獄の炎で鈍色の鱗を覆う。けれどフレビリスに苦悶の表情はない。
「いずれは陽の光を思わせる色に変わる、私の……いえ、私たちの術です」
 静かに滾る冥夜の信念を遠く聴いたところで、フレビリスの喉が低く鳴った。
「揺らがない。崩れない。脆いのにどうして。この先には行けないのに、なんで」
「フレビリス。この雨は君の悲しみから出来ているんじゃないか?」
 低く翔けつつ、冥夜が呼びかける。彼自身の呼びかけ方に覇竜の導きも重なり、視線を吸い寄せた。冥夜の牽引で竜が魔法陣から少しばかり離れた隙に、ウェールの焔光めいた一矢が、結界を織りなす紋様へと突き刺さる。
 一撃を与えるたび、魔法陣から伸びる七色の結界が、ひらり揺らめく。
「まるで虹の様だな」
 その瞬間を目撃した一人、ルーキスがぽつりと零す。
 同じく舞い踊る雨と石を払い除けながら、カイトも。
「あのお人好しの『おじさま』はあんたらを愛した。俺らの事も」
「ベルゼー、やさしい。知ってるなら、どうして帰らないの?」
 カイトの靴裏が、雨と嵐の境目を擦る。晴れ間と呼ぶにはあまりにも物足りない地を。
「確かによ。雨は悲しみを表すたぁ言うが」
 顎の辺りを掻くカイトの口振りは、どこか言葉で模りにくそうで。
「これ以上悲しませない為に踏み込むんだよ。俺らは」
「……上手く言えねぇが」
 言葉の波が途切れぬうちに、獅門も口を開く。不可能なる幻想を穿つ一手で、フレビリスを抑えながら話す。
「どうしても心配なら、旦那も一緒に行けばいいじゃねぇか」
 獅門の竜撃で、竜の体躯は体勢を僅かに崩すも。
「一緒? ニンゲンは絶対いかせない……っ」
 頑として譲らぬ竜の意思が雨を纏い、彼らイレギュラーズを焼いていった。

●涙雨
 イレギュラーズを焦がし、押し流してもまだ雨は弱まらない。
 切っても切れぬ縁で繋がった虹と雨を想い、ルーキスは傘へと注がれていく雨を仰ぎ見る。
(虹が結界なら、つまり……傘を伝って虹を維持している雨を止ませる必要がある)
 竜種に協力が仰げるかと問われれば、ルーキスも渋い顔をせずにいられない。だが可能性を信じて、声をかけずにもいられなくて。
「俺達はベルゼーの元へ行く」
 断言するルーキスの眼は、真っすぐフレビリスを射貫いた。
「彼を悲しみと苦悩から解放する為に行くんだ」
「解放……」
「ああ。このまま放置すれば、彼の苦しみは深くなる一方だろう。危険など百も承知の上だ」
 引き下がれない。引き下がるわけにはいかないと繋げて傘へ鬼百合を仕掛けるルーキスに、フレビリスではなく魔法陣が震えた。皆でここまで積み重ねてきたものが、傘を脆くさせている。
 そうと信じ、深呼吸で自らを奮い立たせた獅門が我流の一太刀を浴びせる。水を背にした覚悟を以ての一戦を。
「何が起きるのか。どんな結末になるのか。見届けてくれねぇかな?」
 誘いには、フレビリスもかぶりを振るうばかり。
 ばたばたばたと、雨音も激しさを増していく。
「おっと」
 低く飛んでも跳ね返った泥が世界へ纏わりつこうとした。
(足を滑らせなくても、後々汚れを実感して疲れそうだな)
 既にどっと疲労を覚えつつある世界は、下がらぬ自身の体温と、自然の調和を賦活の力へと変えだす。大いなる癒しの加護を、これまで同様に獅門とウェールへ順番に与えていった。苦境を潜り抜けるための号令と共に。
 それでも竜からの贈り物は凄まじい。
(これが竜種か、こんなのが、これ以上の存在がゴロゴロいる場所なんだよな……)
 湿気に遊ばれた髪を掻き、世界は長めの息を吐く。
(俺ってば生きて帰れるかな)
 淡々と気持ちを整える世界に合わせて、マニエラが無防備に開けた手のひらこそ――星々の瞬きを招き悲しみを拭うアルクル・レトワール。早い段階でマニエラも、仲間と回復を重ねることに専念してきた。長雨にも似た厄介なひとときの中、皆を支えていく。
「……止まない雨はなんとやら」
 マニエラは雨纏の渦中へ舞い戻った。仲間を鼓舞する一方で彼女の嫋やかな身と凛とした心は、冷雨に打たれる。
「ほら、戦えない私の代わりにキツい一撃を入れてくれよ?」
 けれどマニエラの双眸は、緩く艶やかさを湛えたまま、フレビリスを映す。
「たまには晴々とした空を見上げるのもよかろうて、ね?」
 若き竜へ囁く彼女からの癒しを得て、ウェールは雨纏から飛び出した。フレビリスは猶々歩き続けるが、構わず傘の紋様へ『赫焉』という名の想いを放つ。フレビリス、と名を呼んで。
「お前さんのように泣いてくれる者はすべて腹の中。独りでいたら、命が助かっても心が摩耗して死ぬ!」
 声をかけ続けた。伝えることをやめなかった。
「心を見殺しにしていいのか!? お前さんの大切な者なんだろう!?」
 そんな彼へ圧し掛かりながら、竜が問う。
「……ニンゲンは心ってもの、守れるの?」
 好奇心めいた彩りが声音に差したのを、ウェールだけでなく仲間たちも感じ取る。
「弱くて脆い。なのに心、守れる? ベルゼー、ずっとずっと悲しんでるのに」
「脆くても俺は! 心だけでも守る為に行く!」
「どういう、こと……?」
 フレビリスの意識が言の葉の意味へと逸れている間に、冥夜が気糸の斬撃を展開した。どれだけ雨樋に流されても耐えてきた彼の祈りが、幸福の一片を繋ぎ止めている。だから祈りを形にした。
「……R.O.O.のベルゼーはいい人だった」
 馴染み深い名前を耳にして、フレビリスが顔を冥夜へ傾ける。
「魔種に堕ちた兄上も……最後まで自分の中の闇と葛藤していた」
 大切な人が、魔種の運命に歪み、翻弄されていく様を彼はよく知っている。
「ベルゼーを魔種の苦しみから救う為に、俺達は此処に来た!」
 胸裏に抱き続けた想い出が、印象に残る冥夜の声を響かせていく。フレビリスはそんな彼をじっと見つめるだけ。
 そこへカイトが靴先を向ける。先程まで周囲を飛び交っていた石を示して。
「好き好んで進む訳じゃないさ、ただ……見てみな」
 戦場のそこかしこを飛び回った痕跡たちが、フレビリスとカイト、二種の雨に呑まれ、震えていた。
「こんなにも悲しみが広がっちまっている。放置したら……逃げたら、もっと悲しむことになるだろうぜ」
 未来なき悲しみの渦中で『おじさま』がどう感じるか――カイトにも想像がつく。
 背負いたい訳でなくとも、必要とあらば背負うと腹を括っている彼には。
「なあ、それでも『心配して』通さないのか?」
「通さない」
 竜が顎を引いたものだから。
「そりゃまた……随分優しいんだなぁ」
 聞いていた獅門が浅く息で笑う。優しいと称された竜は、不服そうに目を細めた。
 直後、やまぬ復讐が因果となって、獅門からフレビリスへ贈られる。土砂降りですっかりくすんでしまった鈍色の鱗へ。途端にフレビリスが獅門をねめつけ――驚いた。
「ッは、どうだい、俺達そこそこ頑丈だろ?」
 満身創痍ながら言い切った獅門に、フレビリスの眼が細まる。
「あそこへ近づいても、悲しい事にはならないと思うぜ」
 口角を上げて訴えかける獅門の姿は、雨に濡れた目に不思議なものとして映ったのだろう。
 不信や敵意は変わらずとも、興味らしきものがフレビリスに芽生えつつあると踏んで、飛呂も言葉を連ねた。
「……俺はさ」
 後退りながらぽつぽつ話し出す。
「悲しいことは避けられないとしても、それだけで終わらせない為に行くつもりなんだよ」
 静かに告げながらも、異なる色の光を交えた彼の眼差しは、鋭く竜を捉えた。
「どうして、終わらせない自信、あるの。悲しいことにならないって、言えるの」
 獅門の一言も反芻したフレビリスの幼い質問に、飛呂が応じる。
「何もせずにはいられないからだな」
「何も……」
「フレビリスさんも、そうじゃないのか?」
舌先から滲み出る優しさの欠片で、ひとつずつ結わえていく。
「本当はベルゼーさんの近くで、何かしたかったりするんじゃないのか?」
 彼の言葉運びは説得よりも、教育に近い。
 飛呂がそうするのには理由がある。敵対し、死闘を繰り広げたとしても――後悔してほしくないという想いが、皮膚の下を巡っているから。
「悲しませ『たくない』じゃなくて。何か『したい』があるなら……」
 今まで仲間たちが差し伸べてきた手を、飛呂も差し出す。
 フレビリスさんも行こう、と。
「……行かない」
 竜からの返事は相変わらず素っ気なく。だが。
「一緒には、行かない」
 イレギュラーズが気付いた時にはもう、フレビリスは大きな背中を向けていて。
「おまえたち、変。だから一緒にいるの、やだ」

 まもなく、竜は雨を連れて立ち去った。
 かの者が場を放棄したからか、傘に似た紋様も七色の結界も消滅したのを見届けて、カイトが空を仰ぎ見る。
「更に時間が掛かっていたら、どうなっていたか分からないな。後は……晴れ空が見れればだが」
「……淫雨に打たれすぎたかもしれないな。私たちも」
 濡れそぼった睫毛を伏せてマニエラは告げる。そしてふと、先刻までフレビリスが居た場所を一瞥して。
「気分が晴れない、というのもなかなかに尾を引くものだ」
 マニエラの呟きに、太陽の恵みを象徴する石を撫でて、冥夜も頷く。
「いつかは良い天候に恵まれるはずです」
 ヘスペリデスも。ベルゼーも。そしてベルゼーを思う竜も――晴れ渡る日はきっと来る。
 冥夜は信じることができた。受け入れて歩を進められる日が、必ず来ると。

成否

成功

MVP

ウェール=ナイトボート(p3p000561)
永炎勇狼

状態異常

ウェール=ナイトボート(p3p000561)[重傷]
永炎勇狼
ルーキス・ファウン(p3p008870)[重傷]
蒼光双閃
幻夢桜・獅門(p3p009000)[重傷]
竜驤劍鬼

あとがき

 お疲れさまでした。
 それぞれの作戦と方針、対策からフォローまで皆様とても素敵でした。
 戦い、向き合い、過ごしてきた時間は、きっとフレビリスにも影響を及ぼしたことでしょう。
 ご参加いただき、誠にありがとうございました。

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