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シナリオ詳細

<黄昏崩壊>其は山麓の化身にして憐憫の龍なり

完了

参加者 : 8 人

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オープニング


 世界が滅びを迎えている。
 そうと錯覚するほどに、黄昏の楽園は崩れつつあった。
 覇竜領域デザストル――その果てに存在する『冠位暴食の気まぐれ』で作られた楽園である。
 名の知れぬ美しき花々が咲き誇り、麗らかなる日差しに満ちた優しい景色は亜竜や竜種達の憩いの地であり住まいであった。
 乱雑なる石の山は人々と竜との歩み寄りを願われて作られた遺跡達。
 穏やかな楽園は他ならぬその男の手によって脆くも滅ぼうとしていた。
 空は赤く染まり、遺跡を構成していた大岩は『何かに引っ張られるように』宙へ漂っている。
「……ベルゼー」
 長身の女は小さく声を漏らし、切なく目を伏せた。
「……貴方の腹を少しでも満たすために我が犠牲になるのも厭わないけれど、きっと貴方はそれを望まないわね」
 瞳を震わせた女は小さく嘆息する。
 寛容の名を冠し、碧岳龍の異名を持つ龍はその光景が憐れで仕方がなかった。
「ベルゼー。憐れな貴方が心穏やかに眠れるよう願ってやまないわ」
 冠位を憐れんだ女の眼前に黒い影が浮かび上がった。
 それは正しく竜の如き黒い影。
 5つの首を有した有翼の竜モドキは咆哮を上げる。
 それは眼前の龍への敵意に満ちていた。
「……お前も、ね。ベルゼーを止めたいの? それとも、この地を……黄昏の滅びを止めたいのかしら。
 ……そのために我をも敵にするというのね。どちらであっても悲しい事よ、巨竜の残滓」
 レムレース・ドラゴンと名付けられるそれは、『過剰反応を示した女神の欠片』である。
 ある意味では、フリアノンの残滓が冠位の影響で暴走した姿ともいえよう。
 咆哮を上げたレムレース・ドラゴンへ龍は静かに嘆息し――応じるように影が咆哮を上げた。
 そのまま龍へと飛び掛かった影は、不意に動きを止めて周囲へと首を巡らせる。
 それはまるで、『どこかへと迷い込んでしまった』が如く。
 やがて、レムレース・ドラゴンは互いの首同士で喰らいあい、自らを痛めつけ始めた。


 イレギュラーズは冠位暴食の前へと至らんと朽ちゆく楽園を進んでいた。
 その視線の先に、その女は立っていた。
「来たのね、人の子よ……我は『碧岳龍』トレランシア。山麓の恩寵と畏怖の化身である」
 碧色の長髪の下、碧色の瞳は穏やかだ。
「……トレランシアさん、退いてはくれないんだよね?」
 スティア・エイル・ヴァークライト(p3p001034)はその女の姿を見て問うた。
「憐れなベルゼーのことを思うなら、今一度、退きなさい。
 あれがこの黄昏の楽園を喰らい尽くす前、それに巻き込まれぬように」
 静かに語る龍は後ろには、影で出来た竜が如き存在が5つ見えた。
 本来ならば周辺の生物全てを敵視するはずの影は、お互いや自らを痛めつけている。
 さながら混乱や狂気に陥っているかのように。
 ここでのみ『そう』動いているのなら、即ちここにいるものの影響であるはずで――ならば原因は目の前の龍に他なるまい。
「以前にも言いましたが、こちらにも退けない理由があるのでス」
 そう義手の出力を上げる佐藤 美咲(p3p009818)の答えに、トレランシアは嘆くように息を漏らす。
「退いてくれ。俺達はベルゼーを止めるためにも先に進まないといけないんだ」
 続けたのはクウハ(p3p010695)である。
「ならば仕方のないことだ――貴様ら全員、纏めて叩き潰して入り口まで追い返してくれよう」
 それでも退くわけにはいかない。
 冠位暴食は彼女の向こう側、遥か先にいるのだから。
 それはある者にとっては彼を討ち滅ぼすために。
 ある者にとっては彼と話をするために。
 眼前の龍を越えて行かねばならないのだから。


 トレランシアは自らを『山麓の化身』であると定義していた。
 慢性的な退屈はある種の飢えである。山は不動であり、ただ来るものを受け入れ、癒やし恵みを与う存在である。
 そう定義し、そのように生きてきた。それはある種の演技のようなものだ。
 無意味に長いその生を、定義付けすることで意味あるものと暗示して生きてきた。
 ――山とは恵みであり不動である。
   けれど、忘るる事なかれ。
   その山が火を吹くものでないと、その頂を見えずして知りようは無いのだから。
   その山の奥深くには、人々の遭ったことのない病気が潜んでいるやも知れぬのだから。

GMコメント

そんなわけでこんばんは、春野紅葉です。
早速始めましょう。

●オーダー
【1】トレランシアの撃退
【2】龍と停戦する。
 いずれかの達成

●フィールドデータ
『ラドンの罪域』の向こう側、独特な花、植物が咲き乱れる風光明媚な空間『ヘスペリデス』の一角でした。
 今や天空は荒れ狂い、遺跡を作り上げていた石や草花は『何かに引きつけられるように』宙を漂っています。

●エネミーデータ
・『碧岳龍』トレランシア
 自らを山麓の化身と自負する竜、種別は将星種。
 比較的穏健派な方ですが、それは『ベルゼーがそう望んでいたから』であり、
 ベルゼーが悲しみ嘆くと分かるが故にイレギュラーズを逃がした上で自らも撤退しようと目論んでいます。
 その目的から皆さんに対して『殺さない程度』には手加減をしています。
 とはいえ、気を抜くと普通に大怪我をしますのでご注意を。

 その行動原理は『如何にしてベルゼーが苦しまずに、悲しまずに終えれるか』にあります。
 その感性は『苦しみながらも死ぬこともできぬ老いた父に安らかな死を求める子供』に近いのかも知れません。
 そう考えるに至るまでにはあまりにも長い『ベルゼーの権能を無くす方法』を探し求めた期間がある……のかもしれません。
 本人もとい本龍がそれを認めるかはわかりませんが。

 山の化身と自負するだけあり、途方もなく堅く、抵抗力があり、また豊富なHPを持ちます。
 背後で繰り広げられるレムレース・ドラゴンの同士打ちを見るに【混乱】系列のBSを用いることが推測されます。
 また、ラドンの罪域では【窒息】系列のBSを用いていたと思われます。

 とはいえ、事実上戦闘対応は初めてです。
 真正面切ってシンプルに勝つのはかなりの困難といえます。

 山の奥へと突き進めば見たことのない疫病が潜んでいるかも知れませんし、
 この山が火山でない保証もどこにもありません。くれぐれもお気をつけください。

 そうでなくとも竜の撃破とは伝説級の逸話なのですから……。
 停戦にせよ撃退をせよ、何らかの条件付けを要請するといいかもしれません。

 なお、どうあれ確実に戦闘を行う必要があります。
 戦闘を回避しようとする場合、酷く失望される恐れがあります。
 生かすためであれ殺すためであれ、皆さんは冠位暴食の下に向かうのです。
 その障害となる竜を退ける気概もないのか、と。

・レムレース・ドラゴン×5
 ヘスペリデスの崩壊に伴い『女神の欠片』が過剰反応して出現した存在です。
『黒い影で出来た竜』のような姿をしています。
『女神の欠片』が暴走したものなので撃破すれば『女神の欠片』の確保が可能です。

 形が竜に似ているだけで竜ではありませんし、実力も竜程ではありません。
 トレランシアの後方で同士討ちを繰り広げています。
 何故でしょうか、皆さんはこれらの5体のレムレース・ドラゴンの姿を見て『どことなく1体と対峙している』感覚を受けます。

●情報精度
 このシナリオの情報精度はCです。
 情報精度は低めで、不測の事態が起きる可能性があります。

  • <黄昏崩壊>其は山麓の化身にして憐憫の龍なり完了
  • GM名春野紅葉
  • 種別通常
  • 難易度HARD
  • 冒険終了日時2023年06月29日 22時06分
  • 参加人数8/8人
  • 相談6日
  • 参加費100RC

参加者 : 8 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

参加者一覧(8人)

スティア・エイル・ヴァークライト(p3p001034)
天義の聖女
イグナート・エゴロヴィチ・レスキン(p3p002377)
黒撃
ルチア・アフラニア・水月(p3p006865)
鏡花の癒し
アルヴィ=ド=ラフス(p3p007360)
航空指揮
佐藤 美咲(p3p009818)
無職
秦・鈴花(p3p010358)
未来を背負う者
煉・朱華(p3p010458)
未来を背負う者
クウハ(p3p010695)
あいいろのおもい

リプレイ


(あれで気を使ってるってのはわかりまスよ。
 でも、私らは別に使役されてるわけではない……ここで言わなきゃ対等になれないんスよ)
 そんな中、『合理的じゃない』佐藤 美咲(p3p009818)は独り、胸の内に思う。
 目の前に立つ龍に理解を示すように努め、一歩『後ろへ』進めた。
「なんで付き合わないといけないんスか? 補給・消耗の面から考えて無視が最も効率が良いんスけど」
 驚いた様子を見せつつも、龍が笑みを向けてくるのを見据え、美咲は手を握り締める。
「其方が何を言おうが此方の決意は変わらない。
 俺らはベルゼーを止めて、黄昏の楽園を崩壊から救う。
 超えねばならない山として立ち塞がるのなら、全力で超えてみせるだけだ」
 静かに立つ『航空猟兵』アルヴァ=ラドスラフ(p3p007360)の服ははたはたと重力に逆らい空へと向かっている。
「そう、それでいいのよ、人の子。山を越えて行くのが人の子なのだから」
 穏やかにただ笑って龍が頷く。
「……いつか戦う事になるかもしれないとは思ってた。
 ベルゼーに会おうとするのなら、トレランシアと向き合う覚悟ぐらいは無くちゃあな」
 龍の方を見て、『あいいろのおもい』クウハ(p3p010695)は小さく呟くものである。
「ならば――気を強く持つことね。山の中で迷わぬように」
 微笑する龍の言葉の意味するものは果たして何なのか。
「私達のことを大切に思って貰えるのは嬉しい。
 でもベルゼーさんを助ける為にはここで退く訳にはいかないんだ!」
 静かに立つ龍へ『聖女頌歌』スティア・エイル・ヴァークライト(p3p001034)が真っすぐに視線を向けて。
 出力を高めたセラフィムが羽の残滓を散らし、空へと呑まれる景色とは対照的に大地へと落ちて行く。
「仮にも冠位たる竜に挑もうというのに、その子を退ける事すらできないなら資格はない、って事よね」
「理解が早くて助かるわ、小さな赤毛の子」
 魔導書を媒介に魔力を高める『高貴な責務』ルチア・アフラニア(p3p006865)に対して、龍は答える。
「上等じゃない、そちらがこちらを見定めるつもりなら、力を示すまでよ」
「――えぇ、それでいいのよ、赤毛の子」
 重ねて、龍が笑った。
「最強種である竜にですら変革期はやって来るらしいね! それに立ち会えるなんてコウエイだよ!
 余所者ながら、その変革期に立ち会った存在として、オレたちは自分たちの意志を貫かせて貰うよ!
 そっちからしたら新参者がいきなりやって来て場を荒らしてるようなもんで不快だろうけれどね!」
 拳を作る『業壊掌』イグナート・エゴロヴィチ・レスキン(p3p002377)の真っすぐな視線は目の前に立つけれどどこか遥か遠くに思える龍を見ている。
「好きにすればいいわ、小さな子。人の子が多少荒らした程度で不快に思うまでもないもの」
 穏やかに、けれど種としての圧倒的な自負からくる傲慢さでもって竜は微笑むばかり。
 それへと挑むように、イグナートは走り出した。
「初めましてでこんなこと言うのは悪いかもだけど、アンタ何様なのよ」
 目の前に立つ龍へと『秦の倉庫守』秦・鈴花(p3p010358)は静かに視線を向ける。
 紅の戦装束が重力に逆らい浮かぶのは何も天候のせいだけではあるまい。
「『憐れなベルゼーのことを思うなら?』
 アタシはあのオジサマを憐れだなんて思わないし、そう思うアンタに腹が立つ」
 拳を突きつけるようにして構えて、鈴花は静かに語る。
「言葉を交わしたのなんて数度だけれど、里の皆がどれだけあのオジサマを慕っているか!
 アイツは憐れなんかじゃない――それを証明するために、アンタを倒す!」
 そのまま人差し指を突きつけるようにして宣告すれば、龍がこちらを見て、少しだけ観察された気がする。
「貴方は、たしか秦家……?の子ね。あぁ、ならそちらは朱家の子かしら?」
 龍が不思議そうに首をかしげる。
「会ったことはない、はずよね」
 穏やかに言った龍へと示した指に僅かに力が抜けた。
「ええ、無いわ。ただ、随分と昔に集落を見た時に貴方の……先祖? を見ただけ」
 龍はどこか穏やかに笑い、どこか悲嘆するように溜息を吐いた。
「ベルゼーは当代も慕われているのね……だから、貴方達を喰らいつくす羽目になるベルゼーが憐れだというのよ」
 それだけ言って、けれどそこから動かない。
「竜を相手に言葉だけを尽くしたところで全てが上手くいく訳がないものね。
 力を尽くして、言葉を交わして、全てはソレからでしょ。
 もう連中とは何度もやり合ってきてるんだもの、それ位もう分かるわ」
 『煉獄の剣』朱華(p3p010458)は自分が見られていることに気付くと、剣を構えた。
(これは儀式として必要なこと。相手が上位存在であるなら、その認識を折らないと他の人の説得が通りにくい。
 まずは『私達がトレランシアに付き合ってやっている』という交渉状況を作らないとスね)
 冷静に、そう冷静に――美咲は意識を切り替える。
(……別に、私の気分は関係ないスから)
 切り替える。冷静に、あるべく。
「前にも言いましたが、ベルゼー関係は練達復興公社の仕事。突然掌返しされようと、従う義理は無いんスよ」
「それなら、仕方ないわね」
 目の前の龍の瞳にどこか失望のようなものを感じ取りながら、それを引き金に仲間達が動き出す。
「レグルス級の強さは身をもって知っている。だからこそ、万全を期させてもらう」
 龍へと視線を向けるまま、アルヴァは仲間達へと術式の籠められた魔弾を撃ち込んでいく。
 こちらを微かに見た龍と視線が合えば、スティアは魔力を空に向けた。
「実力不足だって思われているから逃がそうとしているんだよね? じゃあ私は大丈夫だってことを示さないと!」
 天使の翼を思わせる美しき魔力が羽ばたき、放たれた羽状の魔力が何枚も龍へと炸裂する。
「えぇ、私達は相手が何であろうとも、退くことはないって、ね、示してみせる」
 視線を龍に向けたまま、ルチアは魔導書に魔力を籠めた。
 戦場に生まれるは聖人の祝福を得た斬撃。
 苛烈極まる一閃が戦場を奔り、龍へと炸裂する。


 こうして戦いは始まり、イレギュラーズは眼前に立つ龍へと迫る。
 ――しかし、直ぐに違和感が戦場を支配する。
「確かにアンタは強いよ。強いが今は孤の強さに過ぎない」
「そうね、けれど龍は独りで生きていける生物だもの」
 真っすぐに突っ込んだアルヴァの連撃をまるで気にも留めず受け止める龍はただそう答えるもの。
「アンタ、悩み相談できる奴とか居たか?」
 アルヴァは龍から視線を外すことなく重ねて問う。
「やっぱいい。いるわけないか」
 答えはない。けれど、独りで生きていける生物だ。
 当然の如く、そんなはずがいないことなど容易に理解できる。
(なら、一人で大層永い間悩んでたってことだろ? まったく馬鹿らしい話だ)
 流れるように跳びこんでいく。
 視線を外さず、風のように叩き込んだ蹴撃を龍はそこに立つままに笑った。
「俺とてベルゼーを苦しませる事は望んじゃいない。共存の方法がないなら殺すしかあるまい。最初からその覚悟だとも」
 揺らめくように立つクウハは仲間へと慈愛の風を放ち、龍の方へ向いた。
「そう、それならいいわ」
 遥か遠くにいるようにも見える龍はそう静かに答える。
「それでも『もしかしたら』と希望を持つことだってやめられはしない。
 トラレンシアもそうじゃないのか?」
「我が? どうしてそう思うのかしら、霊の子」
「違うというなら何故アイツらは互いを痛めつけ合っているんだろうな。
 まるで俺達を阻む事を拒絶しているみたいじゃないか」
 クウハはトレランシアから視線を外してレムレース・ドラゴンを見た。
「……あぁ、なるほど、そういうこと。でもそれは違うわ。
 あれは我が手を下す前に山麓に迷い込んで自滅しているだけだもの」
 暫くの沈黙の後、龍はクウハへと否定する。『あれ』ことレムレース・ドラゴンを振り返ることもせずに。
「人の子よ、お前達も迷わぬようにね。『あぁ』はなりたくないでしょう」
 そんな龍の声を聞いて、クウハはそちらを見やる――けれど、龍の姿はどこにもない。
「――クウハ!」
 突如立ち止まったクウハにルチアは思わず声をあげていた。
 張り上げた言葉に魔力を籠めた発破に彼が我に返ったように見えた。
「……何をしたの?」
 ルチアは視線を龍へと向け直す。
 ルチアもまた、龍の姿を間近に見据えていた。
「山の中で道を外れれば迷うのは避けられないものよ」
 龍へと問えば静かにそんな答えが返ってくる。
(……権能ってことよね)
 目の前に立つ龍の姿を見据え、ルチアは祈りを込めた。
 それは聖なる祈りの籠められた祝福の歌、柔らかな声が仲間達に一時の休息を与えていく。
 スティアは魔力をセラフィムへ注ぎこむ。
 美しき魔力の残滓は幻想的なる福音、目を閉じて耳を傾ければ、温かな光と共に力を取り戻させる。
「やっぱり、貴方は1体なんだね」
 そっと目を開け、黒き竜を見上げた。
(単純に考えたら女神の欠片を持ってる個体かなって思ってたけど……)
 5体は1つの女神の欠片を共有しているのだ。
 目の前に立っているはずなのにその龍は遥か遠くに見える。
 けれどそれすら気にせず、イグナートは拳を向ける。
「トレランシア! アンタも自分の欲望にスナオに戦ったらどうだい? ベルゼーをこのまま逝かせるのを惜しむならさ!」
 当たっているのかすら感覚として掴めぬ龍へと、打ち込める限りの掌底を叩き込みながら視線を向ける。
「我の欲望――か。我が望むのはベルゼーが穏やかに眠れることのだけだ」
 静かに龍が言う。その声色はどこか最初とは異なる様子を感じさせる。
「山麓の恩寵と畏怖の化身……山も竜も恐れるだけではきっと何も始まらない。
 何が潜んでいるかは分からないけれど、乗り越えてみせるわ!」
 朱華は龍から視線を外さず立ち向かうように無銘の剣を構えた。
 龍はそこに立っているだけ――というのに、何故か遥か遠くにいるように見えた。
 握りしめた剣を振るい刻む斬撃は確殺を自負する必殺の太刀筋。
 それはたとえ大山でさえも殺して見せると苛烈に燃えるように振るう。
「そうよ。目にもの見せてやる!」
 続くように鈴花は拳を握り締めた。
 竜が繰り出す拳はただそれだけでも人を削り、血を奪うには充分だろう。
 けれど、目の前の龍に対しては手ごたえがあるのにあたっている気がしない。
 まるで文字通り山を殴りつけているかのような感覚――それでも。
「――アタシの属性は空。空の属性を超越する者! どんな高い山だって、越えてみせる!」
 振るう拳が幾度もトレランシアへと叩き込まれていく。
「――なら、これでどうだ?」
 アルヴァはくるりと愛銃を本来の持ち方にして銃口を仲間へと向ける。
 放つ弾丸は黄金の可能性を齎す祝福の弾丸。
 堅牢なる守りと加護を齎す魔弾が次の一手のために放たれる。
「それで、お前の意志とやらはなんだ、人の子」
 掌底に覚悟を纏い、黒き雷をスパークさせるイグナートはそんな声を聞いた。
「オレはさ、今後も竜種と戦うチャンスや覇竜での冒険のチャンスを無くしたくない! だからイロイロ巻き込んで自爆は見過ごせないよね!」
「――ふふ、随分と可愛らしいことだ」
  にやりと獰猛に笑ってみせれば、イグナートの答えに対して驚いたようでいて穏やかに龍が笑った。
「可愛いぐらいで持つかな!」
 黄金の残響を帯びた拳の向かう先、そこに立つ龍の存在感は今までと比較にならぬ。
 踏み込むと同時、龍へと叩きつけた拳は黒き閃光を放った。
「――届いた」
 今までよりも遥かにあった手応え、龍が少しだけ驚いた様子が見えた。
「アンタが何百年生きてるのか知らないけど、アタシも、朱華も、此処に居ないフリアノンの里長――琉珂も、この奥に居るオジサマに会いに行かなきゃいけないのよ!」
 言葉も武器にするように、気迫のままに鈴花は拳を叩きつける。
「トレランシア、アンタも手を貸して頂戴! オジサマに届くために!」
「――なら、高く飛びなさい、秦家の娘。大地を遮る山など見向きもせずに」
 龍がこちらを見た気がした。
「貴女が山だっていうのなら、燃やし尽くすだけよ!」
 紡いだ殺人剣の流れのままに、朱華は灼炎の剱を抜いた。
 そのまま掛けられているリミッターを解放し、暴れる炎の奔流を戦場に起こす。
「まぁ、それも一つの答えね」
 驚いた様子を見せつつも、龍が笑っている。
 朱華は全身の魔力を剣身へ籠め、烈火の如き一閃を打ち出した。
「私はベルゼーさんを止める為に先に進みたい! 亜竜種のお友達の育ての親だからなんとかしてあげたいなって思ってるの。
 トレランシアさんも力を貸してくれないかな? こんなに風に渡り合えてるし、力不足ってことはないと思うよ!」
 視線を合わせるスティアにトレランシアが驚いたように目を瞠っている。
 すぐ傍に立っているはずなのに遥か遠くにいるかのような感覚は、スティアにはない。
 それはスティア自身の持つ堅牢なる精神性が龍の権能にも乱されないからこそ。
「もし信じられないというなら私に全力で攻撃してくれてもいいよ。絶対に耐えきってみせるから!」
「ふふ、面白いわ――良いでしょう、この姿で出せる全力を出してあげましょうか」
 多重展開された天の華はスティアと龍の間を大きく隔て、大山が鳴動して崩れ出すようにスティアを包み込む――けれど全てを押し流す物理的な崩壊は、スティアの物理障壁を前に意味をなさぬ。
 ただただ、近くにいた憐れなレムレース・ドラゴンたちを消滅させただけだ。
「どうかな! 耐えきったよ!」
「……すごいわね」
 驚いたようでありながら落ち着いた様子で龍が微笑んでいた。


「……失望されたかもしれませんけど、私だって、数ヶ月付き合って自分から『手伝ってくれ』と言わないのには思うところがあるんスよ」
 入れ替わるようにして龍の前に立ち、美咲は啖呵を切ってみせる。
「アンタがちゃんと協力を求めれば! 私は仕事以上の意味合いを持ってベルゼーに向き合ってやるって言ってるんスよ!!」
「――はっ」
 龍が驚きを多分に含んだ声で笑った。
「というか、言い出しっぺなんだから貴方も来るのが筋でしょうに。先に行っていまスから……後からついてきなさいよ!」
「ふ、ふふふ、ふふ。はは、ははは! あはは!」
 かと思えば、声をあげて龍が笑いだす。
「はー、全く。人が、人の子が、龍に、出向けと! はぁ、面白いことをいう。
 まぁ、でもそうね、人の子というのはそうなのでしょう。
 ええ、ごめんなさいね、そんなことを言われるとは思いもしなかったから」
 龍はそう言うと、深く呼吸をする。
「……猶予がない事ぐらい分かってる」
「いいえ、お前は分かってないわ、霊の子」
 クウハの呟きを、龍は静かに否定する。
「だがこの間にも何か策が見つかっているかもしれない。
 それに、ベルゼーだって、本心じゃ生きていたいんじゃねェかな」
「どうかしらね。例えそうだとしても、ベルゼーはお前達とは相容れないわ」
「だとしても、愛し、愛され、共に在りたいと願う想いを俺は否定したくない……否定なんか、出来やしない」
 鎌を握る手に力が籠めて真っすぐに告げたクウハに、龍が暫し目を伏せた。
「トレランシアだってベルゼーをこのままに出来ないって気持ちは一緒でしょ」
「そうね」
 朱華は龍へと問いかけた。
「私や鈴花、琉珂だってそうよ。私達は絶対にベルゼーを止めてみせる」
「そうしてもらわないと困るわね」
「その為に、貴女の力を貸してくれない?」
「朱家の子……そうね」
 再びの沈黙が場を支配したかと思えば、不意に目の前に立っているようでどこか遠くに感じていた龍の存在感が目の前に飛び込んでくる。
 薄々と勘づいていたものの、その感覚自体が目の前の龍の持つ権能の一種であったらしい。
「しかし、ふふ。良いでしょう――けれど、着いてくるのはお前達よ、人の子」
 龍は微笑すると、そのまま本当の姿へと戻り咆哮を上げた。
 力を尽くして、疲弊したところへ放たれたそれは物理的な衝撃となってイレギュラーズを無理矢理吹き飛ばす。
「ベルゼーは暴走する――否、暴走しつつあるわ。この光景はそういうことでしょうから。
 お前達の思っているよりも、奴の我慢は効かない。だから――先に行って場を整えておくわ」
 龍はどこかを見やり、空へと浮かび上がる。
「義手の子、お前の言う通りにしましょう、手伝ってもらうことになるわ」
 美咲を見やり、龍は言う。
「――直ぐに我の眷属がお前達を招待するでしょう。これは我らだからできる事ゆえに」
 それだけ言うと、龍は空へと飛び去った。

成否

成功

MVP

秦・鈴花(p3p010358)
未来を背負う者

状態異常

なし

あとがき

お疲れさまでしたイレギュラーズ。

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