PandoraPartyProject

シナリオ詳細

女王の意志を継いで

完了

参加者 : 10 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

オープニング


 ラサ国内で人気のある美しい宝石、紅血晶。
 入手は困難ではあるが、怪しい輝きに見入られて手にした者は若干ではあるが存在する。
 しかし、それを手にした者は、化け物になり果てるという不吉な噂も……。

 焼けつけるような太陽。
 烙印を刻まれることこそなかったが、完全に晶獣となり果てたその少女は顔そのものが紅血晶となり果てていて。
 少女の名はビジュー。ラサの宝石商の娘だ。
 砂地に放り出された彼女は、あの戦いで女王や博士が敗北したことを知る。
「ああ……女王さま……」
 顔面はなくともそれぞれの部位の機能は残っているらしく、宝石から涙が漏れ出していた。
 女王の為なら命など惜しくないと思っていた。
 だって、晶獣となり果てたわたくしをあれほどまでに寵愛してくれたのだから。
 だが、月の王国はもう存在しない。
 彼女は一度密かに古宮カーマルーマにも向かったが、大きな樹があって立ち入るのも難しい。
 それを確認し、どうしたらよいのかとビジューは数日の間泣き続けた。
「わたくしは、どうしたら……」
 人前に出ることもできず、物陰に潜んでいたビジューにそっと手を差し伸べてくれたのは、一人の吸血鬼だった。
「貴女も行き場がなくなったのね……」
 見たところ、その女性は幻想種の特徴である長い耳を備えていたが、病的なまでに肌は色白であり、口からは二本の牙がのぞいている。
 そして、彼女は腹部に刻まれた刻印を見せた。
「私はロヴィーサ。見ての通り吸血鬼よ」
 元は幻想種だったこの女性は、とある事件で深緑が閉ざされた影響で、同族と共にラサへと逃れた。
 しばらく、ロヴィーサも精霊術と薬学知識などを活かしてなんとか生活の糧を得ていたのだが、ある時盗賊や傭兵らによって捕われてしまう。
 幻想種は金になる。そう考えた悪徳商人によって匿われていたが、やがて同族と共に体に烙印を刻まれ、吸血鬼となってしまった。
 最初はそれを恨み、変わりゆく身体と心にロヴィーサも苦しむ。
 そんな中、あの戦いでイレギュラーズと対峙したが、同族達が倒される中、自分1人が晶竜と共に生き残ってしまった。
「その後、完全に吸血鬼となった私は日光を厭い、木々に隠れつつ仲間を集めていたの」
 自分達の存在意義。それは、月の王国の建設。そして、このラサを飲み込んでしまうこと。
 女王や博士の為にと思えば、なぜか苦にはならず、むしろ気分が高揚さえした。
「あなたも私と一緒に新たな月の王国の為、力にならない?」
 そっと差し伸べてくるその手はビジューにとってとても温かくて。
「はい。是非……」
 もう存在しない女王。
 ただ、その意志を継ぐことはできるはずだと、ビジューは決意し、ロヴィーサの手を取るのだった。


 ラサ、ネフェルスト。
 日が長くなり、徐々に日中の暑さが増す中、『穏やかな心』アクアベル・カルローネ(p3n000045)は喫茶店にメンバー達を誘う。
「月の王宮での決戦、お疲れ様でした」
 彼女は笑顔を見せつつ、冷たいカフェオレで喉を潤す。
 皆も銘々に頼んだドリンクを口にしたのを見て、アクアベルは本題に入る。
「あの戦いでほとんどの吸血鬼を掃討できたのですが……、残存勢力が存在します」
 そこで、アクアベルが呼んだのは、とある兄妹。
 彼らはそれぞれ、クラッド、クラーラと名乗った。
 2人は以前吸血鬼となっており、それぞれ別の依頼でイレギュラーズに保護されたのだが、決戦の後で得られた薬によって烙印の影響が消え、ほぼ人間に戻っていた。
「兄様と合わせてくれて、本当にありがとう」
「元に戻してくれたことは感謝してる」
 なんだかんだ仲の良い兄妹といった印象だが、吸血鬼となれば人格すらも歪んでしまうとアクアベルは前置きする。
 戦いの中、撤退せざるを得なかったチームもおり、討伐がかなわなかった晶竜と合わせ、保護できなかった吸血鬼(となった幻想種女性)がいた。
 もはや、この女性に幻想種としての自我はないようだ。
 また、月の王宮には、女王が寵愛していた晶獣の少女がいた。
「詳しく聞かせてくれ」
 囲 飛呂(p3p010030)の要望に応え、アクアベルはこの晶獣ビジューについても話す。
 元はラサの宝石商の娘。
 親が商品として扱った紅血晶に心奪われ、やがて姿をも変化させて晶獣へとなり果てたのだという。
 その姿は美しく、女王に可愛がられたのだそうだ。
「両者は別々の理由であの決戦を生き延びました」
 生きる理由をなくしていた2人だったが、やがて彼女達は女王の意志を継ぐべきだと思い立ったらしい。
「女王に尽くそうとしていた2人はその意志を継ぐべく、このネフェルストへと侵攻してくるようです」
 生き残った晶竜に加えて多数の晶獣を引き連れ、さらに街で密かに吸血鬼を増やしていたこともあり、小隊規模は決して小さくはない。
 幸い、事前にアクアベルが予見できたことで、相手が行動を起こす前にこちらも準備できそうだ。
 とはいえ、ネフェルストが巻き込まれるのは変わらない。
「彼女達は本気でラサの乗っ取りを目論んでいます。それが女王の意志だと信じて」
 決戦の後とあって、ラサに対処する力はあまり残されていない。
 今はイレギュラーズが頼りだ。
「ともあれ、晶獣及び吸血鬼の撃退を。よろしくお願いします」
 アクアベルは深く頭を下げ、この事態に臨むよう願うのである。

GMコメント

 イレギュラーズの皆様こんにちは。GMのなちゅいです。
 こちらは、<月だけが見ている>砂漠に生えた森の結果を受けたシナリオであり、囲 飛呂(p3p010030)さんの関係者シナリオも兼ねております。
 月の王国の残党が集まり、ネフェルストへと攻め込んできておりますので、この撃退を願います。

●概要
 居場所が失われた晶獣、吸血鬼が残党を集めてネフェルストへと攻め込んできております。
 街の人々を守りつつ、この一隊の撃退を願います。

●敵:晶獣ビジュー以下吸血鬼混成隊
◎晶獣:ビジュー
 元人間種。ラサのとある宝石商の娘。親が販売していた紅血晶の魅力に取りつかれ、晶獣となってしまいました。
 女王の信望者であり、その意志をついでラサを吸血鬼の物にせんと決起しました。
 事前情報に乏しく、戦闘能力は不明です。

◎吸血鬼×8体
〇ロヴィーサ
 元幻想種女性。悪徳商人によって捕らえられた一人。
 烙印を押され、そのまま完全な吸血鬼となり果ててしまいました。
 直接噛みついてくる他、風の精霊を操ってきます。

〇吸血鬼×7体
 全員、人間種の若い男女です。
 こちらは烙印を押されただけの者達。主にロヴィーサが付与した街の住民であり、事後なら救出可能です。
 手に小回りの利くナイフや探検を所持。人間離れした動きで襲い掛かってきます。

◎晶竜(キレスアッライル):名称不明(略称:晶竜)×1体
 全長6mほど。紅血晶が埋め込まれたとっても大きなキマイラ。
 竜種をイメージされて作られたと思われますが、人を思わせる頭に鳥の翼、獣の両腕に巨木の幹を思わせる胴体、爬虫類の尻尾に魚の下半身と滅茶苦茶な姿をしています。
 自我はなく、狂ったように獣の腕の叩きつけ、殲滅する力を使うことが確認されています。
 他にも、尻尾と魚の尾の叩きつけ、巨木タックル、跳躍してからの自重のしかかりなど、攻撃方法は多彩です。

◎晶獣(キレスファルゥ)
 紅血晶が埋め込まれたキマイラです。

〇シャグラン・プーペ(ゴーレム)×2体
 ラサの遺跡に眠っていたゴーレムに紅血晶が反応したことで生まれた存在。
 無差別に暴れる破壊の使途となり、強力な物理近距離攻撃を行うマッチョタイプなアタッカーに。
 『渾身』を持つ攻撃を多用することがわかっています。

○サン・ラフィ×3体
 全長3m程。エリマキトカゲを思わせる姿をした魔物ラフィザースが晶獣化。
 強い脚力を活かした飛びかかり、キック、タックル、食らいつきなどを行います。

〇リール・ランキュヌ(略称:怨念)×6体
 紅血晶が付近の亡霊と反応し、生まれたアンデッド・モンスター。
 全長1m程度。人間の上半身のみを現した状態で空中を浮遊しています。
 強化された怨念による鳴き声は強力な神秘の魔術に匹敵し、毒や狂気をもたらします。

●情報精度
 このシナリオの情報精度はCです。
 情報精度は低めで、不測の事態が起きる可能性があります。

 それでは、よろしくお願いいたします。

  • 女王の意志を継いで完了
  • GM名なちゅい
  • 種別EX
  • 難易度HARD
  • 冒険終了日時2023年06月25日 22時10分
  • 参加人数10/10人
  • 相談6日
  • 参加費150RC

参加者 : 10 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

(サポートPC4人)参加者一覧(10人)

武器商人(p3p001107)
闇之雲
天之空・ミーナ(p3p005003)
貴女達の為に
冬越 弾正(p3p007105)
終音
ルクト・ナード(p3p007354)
蒼空の眼
アーマデル・アル・アマル(p3p008599)
灰想繰切
ニル(p3p009185)
願い紡ぎ
囲 飛呂(p3p010030)
きみのために
ユーフォニー(p3p010323)
竜域の娘
クウハ(p3p010695)
あいいろのおもい
トール=アシェンプテル(p3p010816)
ココロズ・プリンス

リプレイ


 ラサ、ネフェルストの街。
 人で賑わうこの場所が襲撃されるという情報を受け、イレギュラーズの一隊が駆けつける。
「あの時倒し損ねた晶竜と助け損ねた吸血鬼か……」
「あの時、私たちが終わらす事が出来ていればこんな事には……」
 猫耳フードをかぶった自称悪霊『あいいろのおもい』クウハ(p3p010695)、色白で可愛らしい女性軍人といった印象の『女装バレは死活問題』トール=アシェンプテル(p3p010816)が言っていたのは、月の王国での決戦での一幕のこと。
 クウハ、トールが臨んだ王宮前、砂漠の生えた森での一戦は敗戦を余儀なくされた。
 その際、敵対していたのは複数種族を歪に組み合わせた晶竜で、数人の吸血鬼化した幻想種がいて助けられなかった女性一人が完全に吸血鬼化してしまったようだ。
「烙印による影響は博士や女王を倒した後も……」
 多数のドラ猫を連れた旅人女性『相賀の弟子』ユーフォニー(p3p010323)はその影響が事後となっても色濃く残っていることを憂う。
 全部元通りにできる方法があればよかったが、紅血晶によって完全に晶獣になった者、そして、烙印が完全にその身を吸血鬼としてしまった相手はもう救い出すことができない。
「……遣る瀬無いです」
 それぞれ、晶獣、吸血鬼となり果てた2人の少女は、博士やリリスティーネ女王に……とりわけ後者に対する敬愛の度合いが非常に強く、その意志を継ぐと主張しているらしい。
「……女王の意志、か。 残された身として思う所があるのだろうな」
 チームで唯一重傷の身で依頼に参加している『蒼空の眼』ルクト・ナード(p3p007354)が小声でそう告げる。
 冷静に物事へと当たっているルクトは痛みを覚えつつ、無表情のままこの依頼に参加していた。
「もう女王も博士もいないってのに、それでもまだ尽くそうとするのか」
 練達、再現性東京出身の高校生、『点睛穿貫』囲 飛呂(p3p010030)は彼女達が女王らを敬う気持ちの異常さ……狂気にも近しい感情を痛感し、怒りなどよりもやりきれなさを覚えてしまう。
「慕うのは一向に構わないが、かの女王は本質的にはラサを欲していたわけでは無い」
 そこで、脚にまで伸びた銀髪を揺らし、『闇之雲』武器商人(p3p001107)が皆の会話に応えるようにして呟く。
 結局、博士や女王が何を思ったのかは分からずじまいではあった……が。
 その研究成果、そして、残された義姉であり『唯一』。
 それらを知れば知るほど、ラサという国が目的であったのではないことは明白だ。
「そこを理解して、侵攻を止めてくれればいいのだが」
 博士や女王の所業によって、2人の少女は生を歪められたのは事実。
 その主だった存在がいなくなり、生きる目的が見いだせなくなったのだろうと武器商人は推察するが。
「その為に彼女を歪めて見るのはよろしくないよね」
 武器商人の言葉に皆、しばらく沈黙する。
 少女達は元の自分を忘れ、妄信する女性の陰を追うだけの存在になってしまったのかもしれない。
「かなしいのが、続いてる。ニルは、かなしいのは、いやです」
 ゆるふわ系秘宝種、『あたたかな声』ニル(p3p009185)が本心を口にする。
 ネガティブな想いが強くなれば、ニルはギフトで強制的にそれを封印しようとしてしまう。
 だが、今は、今だけは。
 なぜなら、その少女達は女王らの遺物と共にこの街へと攻め込んできていたから。
 グアアアアアアア、アオオオオオオオオオオ!!
「「きゃああああああああああ!!」」
 竜の咆哮に続いて、人々の悲鳴が聞こえてくる。
 おそらくはこの一時もまた同胞を、吸血鬼を増やそうとしていたのだろう。
 掛け違えた想いは大きく歪み、新たな悲劇を生もうとしている。
「……やれやれ」
 背に赤い翼を生やす旅人女性『堕ちた死神』天之空・ミーナ(p3p005003)は生憎と記憶が消えており、何とも言えないと言うが。
「無性に腹が立つんだよね、無辜の人達を巻き込む復讐って!」
「窮鼠というには、いささか大きすぎるな」
 ミーナに大きく同意したのは、音の因子を持つ精霊種『黄泉路の楔』冬越 弾正(p3p007105)だ。
「縋るものを失う悲しみは理解するが、傭兵の破壊は見過ごせない」
 いなくなった女王を思うがあまり、ありし日に女王が発した言葉の真意まではくみ取れず、力尽くでラサを制圧することを選んだ少女達の所業を、弾正は放置できなかったのだ。
 その気持ちは、ルクトにも理解できない訳ではない。 だが、だからといって見過ごせる訳でもなく。
「……私は今のラサを守る。その為にここに居るのだからな」
 せめて、その意志を抱えたまま、終わらせてやろうとルクトは静かに告げる。
「正直、怒りより遣り切れなさが強い。でも今は、この襲撃を終わらせる」
「……そうだな、上を叩けば全て片付く訳ではない」
 しばし物思いに耽っていた『灰想繰切』アーマデル・アル・アマル(p3p008599)も感情が出にくい為か、これまでほとんどメンバー達の言葉に大きなリアクションを見せてはいなかったが、自身で納得するように頷く。
「戻れるものは陽の下へ、戻れぬものは……往くべき処へ。それが俺の在り方、生きる道」
「かなしいことを引き起こす宝石も……もう、おわりにしましょう?」
「今度こそ救い、倒し、終わらせましょう!」
 アーマデルの言葉に、ニル、トールが同意の声を上げる。
「後始末はキチンとしねェとな」
 メンバーの前方で、激しい破壊音が聞こえてきた。
 すでに、敵対勢力は破壊活動を開始している。
「……行きましょう、ココア」
 ぎゅう、と杖を握りしめたニルは仲間と一緒に更なる轟音が鳴る方向へ駆けていくのである。


 まずは迅速に敵を探す必要がある。
(吸血鬼、気配独特なんだよな)
 そう呟く飛呂やクウハのエネミーサーチでその居場所を突き止め、さらにその2人のハイテレパスで情報共有し、事態に当たる。
 ラサは続く戦いで疲弊していたはずだが、追い打ちをかけるように襲撃を仕掛けてきたのは……。
「さあ、思うままに振る舞いなさい」
 尖った耳と牙を持つ少女ロヴィーサが従える巨躯の晶竜や多数の晶獣を思うままに暴れさせる。
 さらに、吸血鬼となったネフェルストの住人が目を血走らせ、小回りの利く刃を振り回す。
 そして、強く目を引くのは、顔面が紅血晶となった少女ビジュー。
「遠慮はいりませんわ」
 彼女もまた取り巻きらを従え、指示を出す。
 事前情報のない相手だが、どう出るか……。
 ともあれ、今は被害を拡大させないことが先決。
 ミーナや弾正の支援によってメンバーが様々な能力を拡大させ、人々の救出、避難、救護へと当たる。
 武器商人が戦況を把握するべく、上空から見下ろす視座を持ち、超視力を働かせる。
「シンデレラ、シトリンのコ、頼んだよ」
 武器商人の呼びかけに応じ、シンデレラことニルはファミリアー2羽を使って状況確認する。
 同時に、ニルは広い範囲に保護結界を展開し、二次被害を食い止めようとする。
 シトリンのコ……トールは瓦礫を飛行して飛び越え、人助けセンサーを働かせて崩れかけた建物や障害物に挟まれた人々を救助していく。
 その際、障害物が邪魔だと判断すれば、トールも輝剣を握ってオーロラの刃を発し、瓦礫を切り裂いて見せる。
「ありがとうございます……!」
 難を逃れた住民はトールに頭を下げてその場を離れていく。

 手分けして事態に当たるメンバー達。
 仲間の支援でスキルを強化しつつも、ユーフォニーはドラネコさんのリーちゃんを呼び、上空俯瞰によって敵の位置を把握する。
 相手は破壊を優先しており、人命は今のところ二の次といった様子。
 おそらくは事後、住民らを吸血鬼とすることまで視野に入れているのだろう。
(命まで狙っていないのは、不幸中の幸いでしょうか)
 ユーフォニーは飛行し、人助けセンサーに感知した人から最短ルートで救助していく。
「ウアアアアアアアアアッ!」
 そこに襲い来る吸血鬼が振るってきた爪から、ユーフォニーは助けた男性を庇って。
「街の外に向かって逃げてください!」
「わ、わかった」
 突然の人外の来襲にあたふたする男性は、ユーフォニーの言葉通りにこの場を離れていく。
 それでもまだ、この襲撃に巻き込まれた一般人は多数いる。
 ミーナが統率力を活かして避難を促していたが、そんな彼女を母親であるヒリュウがやや心配そうな面持ちで手助けする。
「大丈夫?」
「……大丈夫だよ。記憶がぼやけてると言っても私は私。少なくともお母さんよりは強い自信あるから」
「そう、しっかりね」
 人々の避難へと向かう母親の背に、ミーナはぼそりと一言。
「……嘘だけどね」
 ミーナは思う。貴女ほど私は強くもないし、人望もない、と。
 だから、ミーナは母親を信じてこの世界の人々を託すことにする。
(貴女の、消えることのない明るさと笑顔は、皆の希望だ)
 そのままミーナは逃げ遅れた人々の元へと駆けていく。
 浮遊していたルクトは避難誘導の足しになりそうな関係者を呼んでおこうと、予め声をかけていたのは、『運び屋(キャリア―)』ミオだ。
 死体に敏感なルクトの知り合いとのことだが、運び屋兼行商人である彼女はこのラサで仕入れから販売まで手を出しており、その分顔が広いし人相が良い。
「くれぐれも、ゴーレムなどの相手はしないように」
「わかったよ~」
 ミオは軽い返事でルクトに応え、避難誘導に当たる。
 傍では、弾正もこの事態の対処の為、知り合いを読んでいて。
「害のない吸血鬼のジュムア殿!」
 弾正がそう呼ぶのにも理由があり、ラサで商人を営むジョムアは旅人の吸血鬼であることが大きい。
 今回の一件とは何の関わりもないどころか、他者から紅血晶を流通させていると疑われていたのを、弾正が助けたことがきっかけで知り合ったとのこと。
「害のあった吸血鬼達を不殺した後、安全な場所まで連れていってくれないだろうか……」
「風評被害がひどすぎるよぉおお!」
 思わず叫ぶジョムアはこれ以上なくメンタルにダメージを追っていたようだ。
「嗚呼、凹まないでくれ。次はもっとマシな呼び方を考えておくから!」
 なんとか彼をなだめつつ、弾正は追加で願ったのは商店街の男手を募ってバリケードを準備すること。
 弾正自身もそうだが、仲間達が次々に保護結界を展開こそしているものの、攻撃手段すら分からない相手もいる以上、何が起こるかもわからないのだ。
「まあ、やれるだけやってみるよ」
 とはいえ、以前の騒ぎがあったからこそ、彼の存在は一般人の知るところとなっている。
 商店街の男衆もジョムアに協力する意思を見せている。
 何事も自分の命優先と釘を刺し、弾正は襲い来る敵に向かう。
 また、クウハは別途駆けつけていたサポートメンバーと連携をとっていて。
 サポートに駆けつけた4人は【館組】なるチームを組んでおり、やはり避難行動へと当たってくれている。
 『洋服屋』ファニアス(p3p009405)が連鎖行動を起こし、『永遠の少女』ルミエール・ローズブレイド(p3p002902)が共鳴によって、武器商人やクウハと情報共有して避難誘導し、避難民を【館組】メンバーそれぞれの馬車、ドレイク・チャリオッツへと乗せていく。
 『ずっと、キミの傍に』フーガ・リリオ(p3p010595)、『ずっと、あなたの傍に』佐倉・望乃(p3p010720)は馬車へと乗る住民の怪我をホワイト・クィーンによって応急処置する。
 彼らの馬車へと住民を誘導するのに当たっては、クウハも協力していた。
 ニルはその中で、敵攻撃や瓦礫などで怪我した人々を陽光で照らして癒していく。
 さらに、ニルは誘導に従う人々に異変がないか確認する為、ファミリアーの1羽をつかせていた。
 さて、街で活動するイレギュラーズを、晶獣、晶竜、吸血鬼らも見過ごしはしない。
 アオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!
 歪に組み合わされた晶竜や、紅血晶を埋め込まれた晶獣どもにトールが内なる炎を発して強く気を引く。
 さすがに、それら楚辺手を請け負おうとすれば、身が持たない為、あくまでトールは時間稼ぎと引き付けに当たる。
「ニルたちがまもります、落ち着いて行動してください!」
 統率力を生かしたニルは、自ら盾になってでも住民を守ろうと身構える。
 飛び込んでくるのは、晶獣となり果てた少女ビジューと、吸血鬼となり果てた少女ロヴィーサだ。
 そんな2人に、イレギュラーズも呼びかけずにはいられない。
「月並みな言葉だけど、女王はこんな復讐なんか望んでなかったと思うけどね」
「「…………」」
 女王というフレーズに、ビジュー、ロヴィーサ両名が注目する。
 彼女達が指示を出す手が止まるだけでも、配下の晶竜や晶獣の動きに纏まりがなくなる。その隙に救助活動も加速する。
「私は直接会ってないけど。話に聞く限り、ただ愛されたかっただけの可哀想な娘だったんだよ」
「知ったようなことを」
 元来、幻想種のロヴィーサは女王など意にも介さぬ存在だったはず。
 如何に烙印の影響が大きいか、メンバー達は再認識させられる。
「それはそれとして、お前達は許さないがね」
 明確に宣戦布告するミーナ。
 開戦の兆しのあるこの場所をルクトが伝達し、続々とメンバーが集まってくる。
(ロヴィーサ様たちも、本当は傷付けたくないのです)
 その1人、ニルは仲間達にテレパスでそのまま自らの思いを告げる。
 例え、女王様がいなくなっても、終われない……終わらない。
(でも、ニルはこの街を、まもりたいから)
 皆が戦う意思を再確認する間に、ビジュー、ロヴィーサは頷き合って。
「やはり、イレギュラーズは相成れない存在……」
「親愛なる女王様の手向けといたしますわ」
 異形となり果てた少女達は配下を集め、イレギュラーズを排除すべく攻撃を仕掛けてくるのだった。


 今まさに戦いが始まろうとしていたその時、逃げ遅れた住民の姿が。
「ニル、守るぞ」
「はい、飛呂」
 危機を察し、動く飛呂とニル。
 ユーフォニーもさらに要救護者がいないかドラネコさんに捜索を願い、クウハも連携をとるべくテレパスを働かせる。
 残るメンバーは被害を軽減させるべく眼前の敵を抑えにかかる。
 すでにトールはゴーレム……晶獣シャグラン・プーペを含めた複数の敵を引き付け、それらの攻撃を凌ぐ。
 中には吸血鬼となったネフェルストの住民もいたが、彼らはまだ刻印を刻まれてから日が浅く、月の雫と呼ばれる実を与えることで元に戻すことができるはずだ。
(ならば、俺も不殺を心がけよう)
 完全に吸血鬼化したロヴィーサ以外を救える事を意識しつつも、アーマデルは地に足をつけたまま別の敵を見定める。
「残すとより厄介な相手だからな」
 万全な状態のゴーレムが繰り出す強力な一撃は街だけでなく、こちらのメンバーの身体すら粉砕しかねない。
 事前情報からそう戦略を立てていたアーマデルはそれが最優先であると再確認しつつ、仲間と共に攻撃を集中させる。
 アーマデルは先んじて素早く蛇銃剣の呪術回路を起動させ、錬成した非実体の弾丸をばら撒く。
 2体のゴーレムを中心として、敵陣に降り注ぐ散弾。
 動きが止まったゴーレムらへ、ミーナも続けて大鎌を振り回して乱撃を見舞う。
 あちらこちらで飛ぶ吸血鬼の血は花弁となっており、人外に近づいている証左でもある。
 彼らには烙印がそれぞれの身体……肩や腕、腹部などに確認でき、合わせて体の一部が水晶となっていることから20日は経過していることがわかる。
 一刻も早く救い出さねばならないとミーナは更なる血を飛ばしながら考えていた。
 それら吸血鬼は弾正が抑えに当たる。
 一時的に無我の境地へと至った彼は内から発する炎を浴びせかけることで、吸血鬼達の気を引く。
 刃物を手にした吸血鬼は元々一般人だが、すでに人外の力をもって襲い掛かってくる。まだ人間としての自我があり、やや苦しんでいる様子が窺える。
「人間なんて辞めてしまえば、楽になりますわ」
「――女王の意志はここで潰える。私が貴様を殺すからだ」
 もはや人間を見下してすらいるビジューにルクトが迫り、名乗り口上を行う。
 顔面が紅血晶となったビジューだが、顔の部位の機能はしっかりとあるようで、くすくすと笑い声を上げる。
 それでも、女王を否定されたのが癪に障ったらしく、ドレスを翻しながらも軽やかにルクトへと蹴りかかってきた。
 お嬢様とは思えぬ打撃力に、ルクトは顔を顰める。
 とはいえ、彼女もタイマンで戦うべく気を強く持って、次なる攻撃を仕掛けていく。
 人的避難を確認していたクウハだが、ロヴィーサがフリーとなっていたことで、取り急ぎ、吸血鬼ロヴィーサと晶竜を合わせて相手取る。
「あの時オマエ達が殺し損ねた奴の一人だ、覚えてるか?」
 クウハに向け、荒れ狂う晶竜が噛みついてくる横から、ロヴィーサは鋭い視線を彼へと投げかけて。
「ええ。取り残されて絶望したよ。あの時は」
「……憎けりゃかかってくるがいい!」
 だが、相手は風の精霊を行使し、風の刃を飛ばしながらも予想外の言葉を返してくる。
「憎い? いえ。感謝すらしているよ。完全な吸血鬼になれたのだから」
 刃に切り裂かれるクウハに歪んだ笑みを浮かべるロヴィーサはもう幻想種としての暮らしには戻れない。
 それは、完全な吸血鬼となったことで、価値観が根本的に変わってしまったということだろう。
 そして、仲間達の抑えから漏れた敵をしっかりと見定め、怨念……リール・ランキュヌやサン・ラフィなど晶獣を中心に衒罪の呼び声を聞かせる。
 いずれの敵も気を許せぬ相手だが、武器商人はじっと身構えて怨嗟の鳴き声や飛び蹴りに耐えつつも仲間の状況にも気を払う。

 一足早く避難誘導を終えた【館組】メンバー4人が戦場へと駆けつける。
 馬車やドレイク・チャリオッツを使った迅速な避難を終え、彼らはすぐさま戦場での支援を始める。
「後顧の憂いはファニー達が断つ! さあ行くぞ♪」
 避難誘導用のギアチェンジを切り、ファニアスはクェーサーアナライズを働かせてから天使の歌を響かせる。
 同じく、クェーサーアナライズを使うルミエールは敵の中で特に目を引くビジューに注目して。
「可哀想な宝石のコ」
 思わず、そう漏らしつつも、彼女は微かな祝福をメインメンバーへともたらす。
 そのルミエールの知らせを受け、フーガ、望乃も戦闘補助に回る。
「これ以上、おいらの親友達や街の人を巻き込むのも許さねえからな。絶対に」
「街への被害を抑え、皆で無事に帰る為に最善を尽くします」
 ネフェルストを守るという強い意志はメインで戦うメンバー達にも負けない。
 前線で戦うメンバーを全力で支えるべく号令を出し、効率よく支援できるよう声を上げていた。
 そこに、近場に残っていた住民の避難を終えたメンバーが駆けつけてくる。
(……目標はあくまで街を守ることと敵撃退。でもできる限り戻せる敵は救出したい)
 一通り、戦況を確認する飛呂は分担して敵が攻めてくる可能性も頭に入れつつ、敵から適度に距離をとる。
 自身を最適化してから突撃戦術に出る飛呂だが、己の脆さを自覚していた事もあって敵との接近を避け、まるで曲を奏でるかのように弾丸を掃射する。
 鉛の弾丸は晶獣や吸血鬼も捉えていたが、やはりメインはゴーレム。
 その体……特に関節部を崩すことで、飛呂は渾身攻撃を防ごうとする。
 続けて、ユーフォニーもゴーレムを崩すべく、己の勇気を灯す色で照らしてから彩波揺籃の万華鏡で一帯を包み込む。
 本来は発動に時間がかかるが、ユーフォニーは高速詠唱によってその点をクリアし、更なる一撃を見舞うべく再び詠唱を始めていた。
 その後、アタッカーとなるトールもまた身体を戦いに最適化させ、剱神残夢に至ってから仕掛ける。
 相手は晶獣となっていても、元は遺跡のゴーレム。
 トールは対物特化の輝刃斬城閃でその景色ごと片割れを切り裂きにかかる。
 ニルもまたゴーレムを中心に多くの敵を巻き込んで攻撃できるよう攻撃に出るが、全力で戦うべく杖に想いを込める。
(抜けて住民のみなさまの方に行くのだけは、ぜったいぜったい防がなきゃ!)
 せいいっぱいの想いで力を込めたニルは、発動させたケイオスタイドを敵陣へと浴びせかける。
 混沌にたゆたう根源の力。それを汚れた泥と化す。
 雪崩のように押し寄せる泥に塗れる晶獣達。
 ただ、ニルはそこに吸血鬼達がいないことに安堵する。
(吸血鬼の人たちは……戻れるのなら、できるだけ傷つけたくない、のです)
 弾正による引き付けがうまくいくようにと、ニルは小さく祈るのである。


 戦場となったネフェルストの一区域からはほとんど市民は避難していたが、遠ざかった一部の市民が弾正の依頼を受け、ヒリュウが警護する手前でバリケードを築いていた。
 イレギュラーズと吸血鬼ら一隊との戦いからはかなり距離が開いてはいる。
 加えて、弾正は仲間と手分けして保護結界は張っているが、相手が何をしてくるか分からない以上、できる限りのことはしておきたいと考えていたのだ。
(自分達の命優先で動いてくれていればいいが)
 ともあれ、今は全力で目の前の吸血鬼達の対処を。
 弾正はルーンシールドを展開しつつ、吸血鬼となった一般人の噛みつきや刃をやり過ごす。
 その攻撃の合間に刹那飛躍的に力を高め、弾正は無響の爆発を巻き起こす。
 幾度目か爆発を起こし、弾正は1人、また1人と意識を奪い去る。
 倒れた吸血鬼を見たジョムアは素早く駆けつけ、急いで吸血鬼を搬送していく。
「音蜘蛛の旦那、こっちは任せな」
 武器商人も弾正と連携をとって吸血鬼の対処を進める。
 晶獣を多く引き付けていた武器商人だが、先に対処すべきは吸血鬼と瞬かせた神気閃光で数体を包み込む。
 その際、2人が崩れ落ち、こちらもミオが運び出しに当たっていた。
 さて、前線のゴーレム、シャグラン・プーペもダメージが深まってきている。
 その太い腕から繰り出される一撃も威力が落ちていたが、イレギュラーズの攻めは止まらず。
 仲間達が一気に攻めていることもあり、ユーフォニーは燐光を輝かせる。
 恍惚としてそれに見入ってしまっていたゴーレムは程なく全身に亀裂を走らせ、轟音を立てて崩れ落ちていく。
 もう1体のゴーレムもまた大きな体躯をぐらつかせていた。
 アオオオォォォォ……。
 ただ、周囲の怨念、リール・ランキュヌも鳴き声を上げてくるのが面倒とあって、杖を握りしめたニルは纏めて堕天の輝きで照らす。
 複数の怨念の動きが鈍る中、中心にいたゴーレムから光が消え、関節部の繋ぎ目すらも保てなくなってガラガラと地面に転がっていった。
 ゴーレム2体が倒れ、武器商人は怨念やサン・ラフィの怒りを買うよう動くと、他メンバーが怨念の殲滅に当たる。
 すでに、ゴーレムに幾度もメンバーからの攻撃を受けていたこともあり、怨念達は存在が薄れかかってきている。
(状態異常は厄介だからな)
 それらを完全に消し去るべく、飛呂が狙撃銃を乱射し、曲を奏でるかの如く鉛を発する。
 多数の弾丸が紅血晶によって具現化した怨念を貫通していき、2体がかき消えていく。
 吸血鬼側の対処がうまくいっていることを認め、アーマデルも怨念を打ち払わんと神酒を振りまく。
 それは毒と病を司る『一翼の蛇』へ奉納された一品であり、浴びた者を猛毒に侵し、強い呪いを与える。
 アーマデルの朱い酒によって全身が強毒で満たされた怨念は1体、また1体と耐えることができずに霧散していく。
 アーマデルはいくつかの攻撃手段を使ったサイクルで次なる相手へと向かう。
 残る怨念も身体を駆け巡る毒でみるみる弱っていたが、もがくように上体を揺れ動かして抵抗する。
 オアアアアアァァァァ……!!
 その叫びを耳にするだけで、身体に毒素が生まれ、気が狂いそうになるから恐ろしい。
 だが、次なる声を上げる前に、ミーナは終焉を刻み込むべく怨念の全身を切り刻んで仕留めて見せる。
 それだけではない。態勢を整え直したミーナは仲間の攻撃が集まる残る最後の怨念を闘気の棘で貫く。
 続けて、フェイントを織り交ぜて影から奇襲の一太刀で怨念の身体を寸断してしまった。
 吸血鬼側も順調に対処が進む。
「輝け、ティタノマキアの閃光!」
 少しでも早く吸血鬼を片付けるべく、弾正は全力で無響の爆発を引き起こして1体を無力化する。
 傍らでは、武器商人が閃光を煌めかせて別の1体を卒倒させると、最後の1体が牙を剥いて噛みついてくる。
 武器商人が堪える間に、弾正は更なる爆発によってその吸血鬼も倒してしまう。
 ジュムアらが倒れた吸血鬼を抱えて退避していくのを横目に見て、弾正や武器商人は残る晶獣サン・ラフィの排除に力を注ぐ。
(彼らは元はどんなひとだったんだろう)
 タイミング的にユーフォニーは吸血鬼となった人々に声をかけることはできなかった。
 しかし、彼らが本来の自分を取り戻すことを願い、ユーフォニーは仲間を追うように次なる敵へと対するのである。

 順調に討伐が進んでいるかに見えたが、晶獣ビジューに吸血鬼ロヴィーサはやはりというべきか、一筋縄ではいかぬ相手だったようだ。
 軽やかに宙を舞い、蹴りかかってくるビジュー。
 それはおそらく、宝石商の娘とあって、学んでいたダンス技術を活かしたものなのだろう。
「見惚れてもよろしいんですわよ?」
 しかし、ルクトは戦闘経験で勝り、回避技能は決して低くないと自負している。
 姿を消してからの薔薇黒鳥、距離をとった相手に斬撃を与える飛刃六短、召喚魔術の触媒となる指輪を槍に変えて斬りかかり、ルクトはビジューを足止めしようとする。
 交戦の最中、そのビジューやロヴィーサに、飛呂が呼びかける。
 なお、彼の狙いは晶竜へと移っていた。
「博士は研究、女王は姉とのことが願いだった。国と侵略じゃない、それでも続けるのか」
「信用できませんわ」
 だが、ビジューは露骨に飛呂へと不信感を露わにし、一切認めようとしない。
 ロヴィーサに関しては耳だけを傾けてはいるが、ほとんど反論すらしない。
 その為、飛呂の呼びかけはビジューへと集中することになる。
(襲撃を諦めてほしいものだが)
 吸血鬼となったネフェルストの住民とは違い、基本的には撃破する対象と認識する飛呂は、できるなら退いてほしいと願いながらも、一言。
「家に帰ることも、もう考えないのか」
「……それもありかもしれませんわね」
 もう受け入れてもらえないのかもしれないと考えていた飛呂は、思わぬその反応に驚いていた。
 ロヴィーサはというと、名称不明の晶竜と共にクウハへと攻め込んでいた。
 グアアアアアア、アオオオオオオオオオオ!!
 己を制御できぬ力を周囲へとぶつけてくる晶竜。
 その猛攻を、クウハは堪える。
 できるなら、ロヴィーサと一対一で交戦したかったが、晶竜も同時に受け持たねばならなくなり、苦戦を余儀なくされていた。
「女王の真の願いは愛する姉に受け入れられる事。月の王国の建設じゃない」
 クウハもまた、ロヴィーサ、ビジューに呼び掛けようとしていたが、ビジューには声が届いていなかった様子。
「その願いは叶えられた。その上で侵攻を続けるつもりか?」
「女王様がそうおっしゃったの?」
 やはり、完全に吸血鬼となった彼女も、こちらの言葉に耳を傾けてはくれない。
「あの方はおっしゃった。吸血鬼の楽園を作るって」
 幻想種の血と吸血鬼の血が鬩ぎ合う間は、認めようとしていなかったというロヴィーサ。
 だが、吸血鬼の血が勝ってからというもの、それがこの上なく素晴らしく、至高だと彼女は疑わない。
「オマエ達が今後すべき事は、女王が愛した姉を支え、助力をし、護ってやる事じゃないのか?」
 クウハは金環、銀環の権能を纏い、鉄壁の守りで難敵を抑えようとするが、それでも権能が切れたタイミングの猛攻で体力が削られる。
「それが意思を継ぐという事だろう」
 サポートメンバーの癒しに加え、自らも慈愛の息吹を呼び込んで傷を癒そうとするが。
「ならば、その方を新たな王国の女王としてお迎えを……っ!」
 そこに駆けつけるトールが頭、喉、鳩尾とロヴィーサの急所を輝剣の一突きで撃ち抜く。
「まだ月の女王に意志に囚われているというのなら……妄執に満ちた血の連鎖、ここで断ち切ります!」
「獲物よ。満足いくまで食らいなさい」
 グアアアアアアアアアアア!!
 鋭い視線で更なる攻撃の意志を示すトールに、ロヴィーサは晶竜を差し向けてくるのである。


 ネフェルストの一角で起こる戦いは苛烈さを増すが、イレギュラーズの張った結界もあって被害はさほど大きくない。
 人々の傍にはミーナの母ヒリュウが有事に当たるべく控えており、現状のままなら問題はなさそうだ。
(人的被害も軽微だけど……)
 時折、ファミリアーを使って戦場外の状況まで確認するニルはうまく住民らが避難してくれたことに安堵するが、依然として強敵である晶竜、ビジュー、ロヴィーサは健在。
 【館組】のルミエール、ファニアス、フーガ、望乃の4人は手分けし、主力となるメンバー達の気力回復に努め、万全に戦えるよう支援する。
 彼らの支援によって、晶獣討伐も加速する。
 サン・ラフィは疾走してから飛び蹴りなど、脚力は異様なまでに発達している。
 他晶獣に比べれば脅威の度合いは低いが、まともに攻撃を食らえば危険な相手。
 だが、イレギュラーズが相手では分が悪すぎた。
 吸血鬼を掃討した弾正がこちらへと回り、瀕死となったサン・ラフィに竜牙双斬を浴びせかけ、その体を両断する。
 少しし、ニルが2体目に攻め入り、最大限に高めた魔力を杖に注ぎ込み、渾身の力で神秘の一撃を打ち込む。
 周囲を走り回ってから跳躍していたサン・ラフィだが、これには耐えられず上体を吹っ飛ばされるようにして地上へと転げ落ちる。
 残る1体は武器商人が相手になっていた。
 体力の回復を最低限としていた武器商人は青き槍を投げつける。
 さながら、流星の如き一射はサン・ラフィの腹を穿ち、見事に仕留めてみせた。
「これだけの晶獣を全て……」
「止むを得ませんわ」
 ロヴィーサが自分達へと向かってくるイレギュラーズの手腕に敵ながらと感嘆する傍らで、ビジューが小さく首を振る。
 そして、2人は何か示し合わせたかのように意思疎通し、ロヴィーサが何やら高周波を響かせ、ビジューも怪しげな光を発した。
 そこに現れる多数の晶獣。
 アマ・デトワール、サン・ラパースなど、事前情報にはなかった敵の姿もある。
(えっ、街の方から……?)
 街の外側へと避難した人々とは逆方向から現れたのにユーフォニーが驚く。
 こちらへと向かってくる敵の集団が街の人達を襲わぬよう、武器商人やニルが迎撃に当たる。
 再び、武器商人は晶獣の……新手の抑えに向かい、ニルはその回復に。【館組】の望乃もサポートへと向かっていた。
 ただ、新手は街には目もくれずに少女らへと一直線に駆けていた。
 おそらく、少女らはこの場から離脱するつもりだろうと踏んだメンバーは、その討伐を急ぐ。
「立ち直ろうとしてるこの街に、これ以上ちょっかいかけようとすんじゃねえ!」
 目の前のビジューへ、飛呂は最大火力をぶつけるべく、死神の狙撃で攻め立てる。
「我が主の名の下に……喰い荒らせ、ファム・ファタール!」
 指輪を突き出したルクトは例え晶獣らがここまで至っても、凌ぎ切って見せると身構える。
 一度姿を消してから、ルクトはビジューへと奇襲をかける。
 顔面が紅血晶となったビジューの表情を窺い知ることは難しいが、ルクトの強襲を受けてなお、相手は不敵に微笑んでいたようである。
 グオオオオオオオオオオオ、オアアアアアアア!!
 一方で、名前すら分からぬ晶竜は獣の腕を振り回す。
 晶竜を相手にしていたのは弾正、ユーフォニーがメイン。
 ただ、2人も仲間と交戦する少女らのことが気にかかっていたようで。
 大きな翼を羽ばたかせて浮遊する晶竜が自重を活かして潰しにかかってくるのを、弾正は辛くも逃れる。
 晶竜もかなり痛んでいたはずと考えていた弾正は、斬手をもって巨躯の竜を切り裂く。
 グガオオオオオ!!
「優しい言葉をかける事は無駄ではないが……」
 弾正は仲間達が幾度も呼びかけているのを目にしているが、少女達はもう後戻り出来ない所まできたのだと強く感じていて。
「ならば、全てイーゼラー様に捧げるのみ!」
 小さく祈りを捧げ、弾正はまず晶竜の撃破に力を注ぐ。
 ユーフォニーは人手の少ない晶竜を相手すべく燐光を浴びせかける。
 グオオオオッ、オオオオオオオ!!
 じたばたと魚の尾をばたつかせる晶竜。
 だが、ユーフォニーは人外となり果てた2人の少女が気にかかって仕方がない。
(彼女らはなりたくてああなったわけじゃないはず)
 できるなら呼びかけてみたい。
 吸血鬼や晶獣になる前のことを思い出してほしい。
 心の奥に何か残っていないだろうか。例えば、大切なひと、大切な思い出。
 弾正とは違い、ユーフォニーは割り切ることができない。
 ふとした瞬間、仲間の攻撃が集まる少女達に視線を奪われたユーフォニーに、晶獣の強烈な尻尾と魚の尾の叩きつけが襲い掛かる。
 一瞬の隙をつかれたユーフォニーは、軽く吹っ飛ばされ、意識が朦朧と仕掛けたが、パンドラを砕くことで強く気を保っていた。

 新手、晶竜、ロヴィーサにビジューとイレギュラーズは疲弊していく中で戦力を分断して交戦する。
 乱戦模様となってきつつある状況で、メンバー達も消耗戦を強いられていた。
 中でも、厳しい戦いを強いられていたのはロヴィーサと対する面々。
 トール、アーマデルが主として交戦していたが、戦局を察してミーナも駆けつけるが、それでも状況は厳しい。
「女王。見ていてください……」
 吸血鬼になったことで、より強力な風の精霊を操るようになったロヴィーサは、砂を巻き上げつつ嵐を巻き起こす。
「私達は王国を再建させます。必ず……!」
 もはや崇拝とすら言えるほどにまで、女王や博士を妄信する吸血鬼。
 烙印はこうまで人を変えてしまうのか。
 できるなら、無力化して倒したいと願うトール。
 ロヴィーサは立ち塞がる彼を、更なる嵐で巻き上げ、さらに風の刃で切り裂いていく。
 全身、血に染めて倒れたトールだが、パンドラの力で気を強く持ち、身を起こす。
「こちらの声が届かないのなら……私たちの手で彼女を終わらない悪夢から解放するしかありません」
 自身の代わりにミーナが相手の気を引く間に、トールは決意を新たにしていた。
 同じくロヴィーサを相手取るのは、戦況の変化もあって弾正と離れてしまったアーマデル。
 テレパスで聞こえてくる戦況の中、アーマデルは彼の無事を随時確認する。
(多少の無理はする、それが生き方であり歩む道故)
 それでも、無茶はしてほしくないと本心からアーマデルは願うが。
「依存している相手がいるって、素晴らしいと思わない?」
「…………」
 声をかけてきたロヴィーサに、アーマデルは狂気にも似た不協和音を響かせて動きを止めようとする。
 だが、少女は口元を吊り上げ、風の精霊にアーマデルの身体を貫かせる。
「貴方達が羨ましい。だって、大切な相手が傍にいるのだもの」
 運命の力に頼ったアーマデルは、ロヴィーサの呟きに寂しさを感じずにはいられなかった。
 次の瞬間、戦局が大きく動く。
 傷ついていたクウハがここぞとナイトメアユアセルフを発動させ、晶竜を滅亡へと導こうとしていたのだ。
 グアオオオオオオオオオオオオオ!!
 ただでさえ、自我を失っていた晶竜だが、より狂気を増してじたばたと暴れ、明後日の方向へと走り出していく。
 そこで、クウハはロヴィーサへと、今一度告げる。
「烙印なんぞに負けてんじゃねェよ。拾った命を無駄にするな」
「…………」
 戦場を離れていく晶竜の背をしばし見つめていたビジュー、ロヴィーサは冷静になってイレギュラーズから距離をとる。
「ダメ……」
 ビジューは大きく首を振る。
 ロヴィーサも力でこのまま押し通ることは難しいと考え、ビジューと共に身を退く。
「女王様、彼らの言うことは本当なのですか……?」
 だが、彼女はすぐにいやと気を取り直す。
「甘言には惑わされません。……いずれ、また」
 風を操るロヴィーサは、ビジューと共に高く空へと舞い上がる。
 呼び出した晶獣を残したまま、2人は街から姿を消してしまった。
「やはり、受け入れてもらえないか」
 敵対しなければ受け入れたい。
 ――銃口向けといてどの口が。
 飛呂は思い悩みながらも、残る敵の掃討を急ぐ。
 だが、多数現れた晶獣は少女達と晶竜が離脱すると、後を追うように去っていく。
 呼び声を発して晶獣の多くを引き付けていた武器商人だったが、少女達を追うように去っていくのを見て。
「シトリンのコ、街は守りきったよ」
 あくまで今回はネフェルストの防衛が最大の目的。
 住民を守り切ったことを安堵するニルだったが、去っていた少女達が気になっていたようで。
「ニルは、忘れません。ロヴィーサ様たちのことも、ここであったことも」
 ここで終わっていたとしても、ニルはそう考えただろうが。
 まだ、因縁は続く。皆、それを確信していた。


 イレギュラーズ達は去り行く敵の行方を追いながらも事後処理を進める。
 襲撃初期に破壊された建物をルクトがミオと共にチェックし、弾正がアーマデルと共に修繕していく。
 ユーフォニーは仲間と連絡を取り合いながら、拠点となりそうな場所の情報を集める。
「先程の会話、気にかかってまして……」
 途中、ユーフォニーが指摘していたのは、飛呂とビジューの会話。
 ビジューは家に帰るという言葉に反応したように見えた。
 実際、敵隊は彼女の実家に向かっているように見えたが、途中バラバラに動きだし、捕捉が困難になってしまったらしい。
「戻れないとしても、ひっそり暮らしてりゃこうはならなかった」
 願わくば、このまま表へと出ないでいてほしい。
 救いきれなかった少女を見せつけられ、苦しさすら覚えていた飛呂は、改めてそう願うのだった。

成否

成功

MVP

冬越 弾正(p3p007105)
終音

状態異常

クウハ(p3p010695)[重傷]
あいいろのおもい
トール=アシェンプテル(p3p010816)[重傷]
ココロズ・プリンス

あとがき

 リプレイ、公開です。
 MVPは多くの敵を倒し、活躍の場の多かった貴方へ。
 街の防衛、及び吸血鬼化した人々の救出お疲れ様でした。
 月の王国がなくなっている以上、ビジュー、ロヴィーサ両名共に捕捉するのはさほど難しくないとみられます。次シナリオをお待ちくださいませ。
 今回もご参加、ありがとうございました。

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