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シナリオ詳細

<伝承の帳>大司教猊下のリフレイン

完了

参加者 : 10 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

オープニング

●RE:出発の日
「リンバス・シティ、でしたか……」
 大聖堂の礼拝所にて、豪奢なステンドグラスを眺めながら、イレーヌ・アルエ(p3n000081)はつぶやいた。
 かつては天義の神学校にて学んだ身分である。今は幻想の大司教という身ではあっても、天義の内情を知る伝手は、幸いなことに存在した。旧知、といってもいい、ほんの僅かな、まったく数少ない『同窓生』ともいえる存在は、イレーヌへ世界の危機を伝えている。
 それに、幻想と近い港町でも諍いが起こったとのことだ。そうなれば、付近住民の不安の声も届くというもの。イレーヌにしてみれば、『世界を塗り替える』という、いっそ反則的ともいえる傲慢な手法について、頭を痛めないわけがない。
「この世界の別レイヤーからの襲撃。対応できるものは、本当に限られてくるでしょうね」
 幻想中央教会のあらゆる手を講じても、『神の国(レイヤー世界)』へのアタックは不可能だった。そうなれば、唯一の希望であるローレット・イレギュラーズに対しての援助を行うくらいしか、イレーヌのやれることはない。
「……アーデルハイト神学校の主席がこれでは、なんとも情けない」
 思わず苦笑する。どうも天義の事件ということもあってか、神学校時代を思い出してしまう。寮で同室だった、カチヤという少女もいた。あの、すべてを敵に回していたような状態だった自分に対して、随分と仲良くしてくれたことを覚えている……熱心な子でもあった。彼女は、今は立派に神職を務めているのだろうか。
 懐かしい、という気持ちがフラッシュバックした。目の前に、アーデルハイト神学校の、懐かしい寮が開かれているような気がした。グラグラと視界がゆがむような気もする。何か――『まずい』感じがした。世界に、何か、覆いかぶさってくるような、そのような感覚。
 とっさに、イレーヌは自分の太ももを強く殴りつけた。手段は何でもよかった。この際、意識をはっきりとさせたかったのだ。ばちん、という音と痛みが、わずかに自分の意識をはっきりさせてくれた。それが、わずかなところで、イレーヌが『レイヤー』に覆われるのを防いでくれた。同時に、記憶と意識すら上書きするような感覚が、イレーヌを襲い、混乱させていた。
 今日は何の日だ。とっさにそう思ってしまった。理性がこう返す。『今日は神学校入学のために、天義へと旅立つ日ではないか』。
「お見事――神の国において、そこまで意識を保つとは」
 ぱち、ぱち、ぱち、と大げさな拍手が響いた。幻想中央教会の礼拝室は、イレーヌの見慣れたそれとはまた変わっていた。『今』よりも、朽ちた、うらぶれ、打ち捨てられたようなそれへと変わっていたのである。
「……幻覚の類……いいえ、これが『被象(レイヤーをかぶせた)』のですね?」
 イレーヌが奥歯をかみつつ、声の主をにらみつけた。やられた、と内心臍を噛む。引きずり込まれたのだ。敵の、領域へ。
「あなたの正体は推測できます。ワールドイーター……いえ、遂行者、でしょう。
 素敵な仮面ですね? ですが、ここは礼拝の場。神の前にて隠し事などは不要ですよ?」
「ああ、やはり気丈で美しい。あなたのような方の命を奪えるとあれば恐悦至極。
 お初にお目にかかります、イレーヌ・アルエ大司教。私はサマエル。遂行者サマエルと申します」
 芝居がかった口調で、仮面の男が――遂行者、サマエルが一礼をする。
 まさか、直接幻想を狙ってくるとは――イレーヌは警戒ゆえに僅かに後ずさろうとして、違和感を覚えた。
 妙だった。世界が、随分と大きく見える。目の前の男も、おそらくは二十代の半ばから後半ほどであろうに、随分と大きく見えた――。
「違う。私が若返っているのですね……!?」
 にらみつける。思えば、聞こえる自分の声も、随分と『若い』ように聞こえた。おそらくは、本当に、神学校へと向かう、そのくらいの年齢へと変えられているはずだ。
「ええ、そうです。本来の歴史であるならば、あなたは『神学校に向かうことなく、暗殺されていた』はずなのですから」
 わずかに、胸の奥に痛みを感じた。夢のまどろみのように感じる、あの記憶。あの夜に助けてくれた、名もない『あなた』。
「本来ならば、思考もその姿なりになるはずでしたが――もう一度称賛を。そこまで意識を保つとはまさに女傑。
 されど、ここは私が秩序の、正しき歴史の世界――あなたは全く、子供同然なのです」
 その言葉は脅しではあるまい。あれほど学んだはずの神聖魔術が、まったく脳裏に浮かんでこない。そのことを思い出せば、霞がかかったような感覚になる――。
 戦えない。この状況で。歯噛みをする。何か、手はないのか。イレーヌという少女は、まさに才媛という言葉通りの少女に間違いなかった。この時期は、多少の甘さと幼さはあれど、諦観に屈しないと、あの夜自分を助けてくれた名もなき『あなた』の活躍に、勇気づけられていたはずだ。
 イレーヌはあきらめない。それは、かつてであろうと今であろうと。どれかで過去をリフレインさせられようと、あがき続けることまでも、それは変わらない。
「いいえ、一つ手を思いつきました」
 にこり、とイレーヌがわらう。静かに、詠唱を行う。
「情報によれば」
 サマエルは楽しげに笑った。
「この時期のあなたは、神聖魔術の習得はまだのはずでしたが」
「ええ、まったく。
 ですが、子供の遊び程度の術なら、使えないこともなかったのです。
 覚えてお帰りなさい。イレーヌ・アルエは、『クラッカーをならす』程度の術は使えたということを」
 ぱちん、と指を鳴らした。それが、強烈な音となって、あたりに鳴り響いた! 轟音。それは、音を鳴らすだけの、ただそれだけの術式である。
 だが――『あなた』には、それで充分だったはずだ! リンバス・シティの『アリスティーデ大聖堂』より神の国へと侵入し、この異常を現していた幻想中央教会へと向かっていた、『あなた』であったならば――!
 『あなた』が、礼拝室の扉を強く開けた。サマエルが警戒する。その隙を、イレーヌは見逃さなかった。イレーヌは全力で走り出すと、『あなた』の下へと飛び込んだ。
「こうやって助けられるのは」
 イレーヌが笑った。
「二度目になるかもしれません。いえ、忘れてください。
 状況は――あなた達の方が、詳しそうですね」
 『あなた』、そして仲間たちは力強くうなづいた。『神の国』へイレーヌを連れ込んだうえでの、暗殺。それが彼ら遂行者の目的であろう。もしイレーヌがいなければ、幻想教会はおそらく貴族たちの傀儡と化し、幻想の伏魔殿の一翼を担っていたに違いない。それは、幻想を真に破滅させる一端に間違いないのだ。そしてそれこそが、彼ら遂行者の言う、正しい歴史であるのだろう――!
「やれやれ、どうも――私は女性の扱いは上手くないようだ。聖女にも嫌われてしまうな」
「遂行者、サマエルか」
 仲間の一人がそう声を上げる。
「いかにも――そしてこれは、私の友人たちだよ」
 パチン、と指を鳴らすと、『影の天使』たちが一斉に姿を現した。それは、天義の聖騎士たちの姿をしているように見えた。
「それから、お察しの通り――私は、このエリアを維持するための核を用意している。それが、このワールドイーターだ」
 ぎろり、と、教会のステンドグラスに描かれた天使がその眼をかっぴらいた。ずるり、と液体のようにステンドグラスの天使が這い上がるや、ステンドグラスからぼどん、と地面に垂れ堕ちる。それは粘性のスライムのようでありながら、しかしすぐに天使としての姿を作り上げた。その胸には、古い万年筆が納められ、しかしどこか邪悪な気配を伴っている。
「聖レオの万年筆。多くの人民の嘆願を拾い上げ、当時の教皇に直訴した聖人の使っていた万年筆だそうだ。
 だが今は、我々の正しき歴史を紡ぐために利用させてもらっている」
 ばぐん、と、スライムの天使がそれを飲み込んだ。天使が、讃美歌を奏でるように、甲高い声を上げる。
「状況は簡単だ。君たちはイレーヌ・アルエを守りながら、ワールドイーターを倒せばいい。
 私はその逆。
 始めようか。時間は有限であるからね」
 サマエルは、手にした特徴的な大盾から、純白の剣を抜き放った! 合わせるように、影の騎士たちも、天使も、戦闘態勢に入る!
「もうしわけありません、今の私は、簡易な傷の手当しかできません」
 イレーヌが申し訳なさそうにそういった。
「皆様に頼ることしかできません――どうか、お力添えを」
 『あなた』は力強くうなづくと、手にした武器を強く握った。
 もとより、世界の危機だ。あなたが力を振るわない理由はない!

GMコメント

 お世話になっております。洗井落雲です。
 イレーヌ・アルエを守りつつ、遂行者サマエルを迎撃します!

●成功条件
 『影の軍勢』・および『ステンドグラスの天使』の撃破。

●特殊失敗条件
 イレーヌ・アルエの死亡。

●情報精度
 このシナリオの情報精度はC-です。
 信用していい情報とそうでない情報を切り分けて下さい。
 不測の事態を警戒して下さい。

●状況
 遂行者たちによる、幻想への攻撃が行われています。攻撃といっても、直接攻撃ではなく、神の国、別レイヤー世界での進撃です。
 この状況を看過していては、このレイヤーが現実の幻想におおいかぶさり、幻想国にリンバス・シティが誕生する可能性があります。それは阻止しなければなりません。
 天義のリンバス・シティに存在する『アリスティーデ大聖堂』より、神の国のレイヤー世界へ侵入した皆さんは、そこで幻想の幻想中央教会を目指します。そこでは、若返らされたイレーヌが、遂行者サマエルによって暗殺されかけていました。
 これを止める必要があります。敵の軍勢を打ち負かし、イレーヌを救出してください。
 作戦結構時間は昼。作戦エリアは、神の国の幻想中央教会、礼拝室。
 あたりは充分に広く、明かりもあり、ペナルティなどは特に発生しないものとします。

●エネミーデータ
 遂行者、サマエル ×1
  遂行者の一人であり、仮面の男です。純白の騎士然とした男で、どこか神聖な気配を感じさせる大盾と、銀の刃を用いた攻撃を行います。
  大盾の力なのか、非常に防御性能が高く、体力面でもタフです。攻撃能力は、シンプルな近接格闘タイプですが、それ故に持つスキルは高水準なものとなります。
  今回は様子見という状況なのか、全力ではないようです。ですが、強力なユニットであることは変わりないので、倒してしまうというよりも、最低限の戦力で動きを抑えることにしつつ、他のメンバーで残りの敵を撃破する方向にもっていった方が無難です。

 ワールドイーター、『ステンドグラスの天使』 ×1
  ステンドグラスから生まれ落ちたような、スライム状の怪物です。
  神秘攻撃による遠距離戦も扱うほか、スライム状の体を自由自在に変化させての格闘戦もこなします。
  BS面では、『毒』『出血』系列の付与を行ってきます。全体的に能力は平らで、得手はないが不得手もないといった感じです。特化したキャラであれば、一方的に打ち負かすチャンスはあります。

 影の軍勢 ×20
  天義の聖騎士を模した影の天使と呼ばれる敵ユニットたちです。
  半分が剣で、半分がクロスボウで武装した、近距離攻撃タイプと遠距離攻撃タイプです。
  頭はそれなりによいため、連携攻撃を行ってきます。特筆すべき能力はありませんが、数と連携で補う雑魚ユニットになります。
  うまくまとめて攻撃したり、連携を切り崩すように吹き飛ばしてやったりなど、持ち味を生かさぬように調理してやるといいでしょう。

●味方NPC
 イレーヌ・アルエ
  幻想大司教その人です。ですが、今回は神の国の影響で、幼い少女の姿へ変えられています。
  本来は強力な神聖魔術の使い手ですが、今回はちょっとした傷の手当てができるくらいに弱体化しています。
  BS回復などができますので、いざというときは傷薬程度に頼りにしてもいいかもしれません。
  ただ、基本的には護衛するユニットになります。

 以上となります。
 それでは、皆様のご参加とプレイングを、お待ちしております。

  • <伝承の帳>大司教猊下のリフレイン完了
  • GM名洗井落雲
  • 種別EX
  • 難易度HARD
  • 冒険終了日時2023年06月06日 22時05分
  • 参加人数10/10人
  • 相談7日
  • 参加費150RC

参加者 : 10 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

参加者一覧(10人)

ヴァレーリヤ=ダニーロヴナ=マヤコフスカヤ(p3p001837)
願いの星
リースリット・エウリア・F=フィッツバルディ(p3p001984)
紅炎の勇者
ゴリョウ・クートン(p3p002081)
黒豚系オーク
寒櫻院・史之(p3p002233)
冬結
レイリー=シュタイン(p3p007270)
ヴァイス☆ドラッヘ
タイム(p3p007854)
女の子は強いから
バルガル・ミフィスト(p3p007978)
シャドウウォーカー
ヲルト・アドバライト(p3p008506)
パーフェクト・オーダー
郷田 京(p3p009529)
ハイテンションガール
煉・朱華(p3p010458)
未来を背負う者

リプレイ

●偽りの/正しき、大聖堂
 神の国、というのは奇妙な感覚だ。
 間違いなく、正常な世界ではない、ということを、頭では理解できる。
 それは、これまでの経験や記憶に基づく、違和感のようなものを的確に感じ取っているからかもしれない。
 だが、そのうちにじわじわと、それが侵食されるような気がする。
 これこそが、正しい場所なのではないか、と錯覚するような感覚。例えば、自分以外のすべての人間が偽りを語っている状況で、自分こそが間違いを信じているのではないか、と錯覚してしまうような、そのような状態。
 神の国。それは、間違いなく、遂行者なる魔のものたちが生み出した、偽りの世界である。
 それでもそう思ってしまうのは、人間の機能限界だろうか。ともすれば、今隣にいるイレーヌ・アルエという女傑が、実際にはか弱い少女であるということを是と認識してしまような、そのような――。
「気をしっかり持ってください」
 と、イレーヌが、イレギュラーズたちに言った。
「飲まれれば、敵の思うつぼでしょう。
 お気持ちはわかります。私とて、今この状況において、体に意識が引っ張られるのをいつまでも耐えられません」
 幼子の姿をしながら、心は女傑のままのようである。だが、それもいつまで持つか。実際に、イレーヌは、その成長過程で得た知識を、今散逸しかけていた。故に、聖術式の使い手は、今や簡単な回復術しか使えぬ程度に落ちぶれている。
 とはいえ――敵の目的は、達成されていない。敵の思う通りには、今はなっていない、ということは、イレギュラーズたちに確かな手ごたえと、「間に合ったのだ」という勇気をくれた。
「イレーヌ様もこの国の歴史も、奪わせはしないわ」
 だから、『この手を貴女に』タイム(p3p007854)はそういった。まだ、この手の中に、「正しいもの」は残っている。それを、彼らの言う「正しさ(わがまま)」に上書きさせてやるつもりなんて、ない。
「まだ歴史は変わってない。私たちの紡いだ歴史は、上書きなんてさせない……!」
「その通りだよ」
 『若木』寒櫻院・史之(p3p002233)が、タイムの言葉にうなづくように言った。
「お前が俺たちの紡いできた歴史を偽りだというのならば、そんな考え自体が偽りだ。
 お前のわがままに、俺達は付き合ってやるつもりはないんだ。イレーヌさんもね。
 イレーヌさん、はじめましてとご挨拶したいところだけど、残念ながら状況がそれを許さないようだ。
 あなたの身は俺たちが必ず守る。
 必ずだよ。
 俺はね、言ったことは守るようにしてるんだ。
 だから安心してね」
 その言葉に、イレーヌはうなづいた。
「……頼りにしています」
 信頼を深くにじませるその言葉は、イレギュラーズたちの背中を押すだろう。守るべきものが、背にある。それは間違いなく、力となるのだ。
「暗殺に際し、目標を弱体化させる。シンプルな手段ですが、けだし最善手となりうる。あらためて、それは確認させていただきました」
 『酔狂者』バルガル・ミフィスト(p3p007978)が、静かにそう告げる。
「この知識は、我々が、正しく歴史を紡ぐうえで活用させていただきます。
 あなた方の目的を達成させるためではない」
「君たちの紡いできた歴史、か」
 くく、とサマエルが笑った。
「だが、君たちの紡いできた歴史こそが、偽りを歩んできたとは思わないのか」
 サマエルが、仮面の下の瞳をじろり、と見据えた。
「君たちの歩みこそが正しい。それを誰が証明したのだ。神だというのならば、我々にも神がいる。我々の行いを保証する神だ」
「狂人の言い訳ですわ」
 『祈りの先』ヴァレーリヤ=ダニーロヴナ=マヤコフスカヤ(p3p001837)が、きっぱりとそういった。
「どうせ魔に属するもの。彼らの神がいたとして、ろくなもんじゃあありませんわよ。
 仮に一万歩譲って私たちの神に正しさの保証がないとしても、彼らのあがめる魔に比べたら、一億倍マシですわ」
「その通りです、マヤコフスカヤさん」
 イレーヌが言う。
「所詮は魔に属するもの。彼らの正しさなどは、破滅で舗装された道に間違いありません」
「随分と頭が固いものたちだ」
 ふ、とサマエルが肩をすくめる。
「だが……君たちとて思ったことがないわけではないだろう?
 今の体制が間違っている、と。汚濁に塗れた伏魔殿、幻想国。弱肉強食のお題目を掲げ、弱者が虐げられ強いものだけが富を独占する、鉄帝国」
 じろり、と、サマエルが、見透かすように二人を見つめた。
「一度壊れてしまえばいい。いや、理想で覆い隠してしまえばいい――そう思ったことがないとは言わせないよ、二人の聖女様」
「確かに」
 ヴァレーリヤが言った。
「それはどれだけ楽で、簡単な誘惑でしょう。ですが、それを抑えて、私たちは戦ってきましたわ。
 おかげで、それを隣で支えてくれる、大切な人も、できました。
 あなた達のように、私たちは怠惰ではありませんわ!」
 というか! と、ヴァレーリヤは叫んだ。
「私、ほんとはあなた達の事情なんてよく分かってなくてよ!
 ただ、解っているのは、あなた達が悪党で、それをどっせい、とぶっ飛ばせばよいということだけ。
 それなら簡単ですわ! 私、そういうのは大得意ですの!」
「ぶははははっ! いいまかされたな、色男さんよ!」
 『黒豚系オーク』ゴリョウ・クートン(p3p002081)が楽しげに笑った。
「シンプルに行こうぜ。女子供を手籠めにしようたぁ、見下げ果てた悪党だ!
 そんな奴らが、正しいだのなんだのを語るんじゃねぇってな。
 だから、悪党はぶっ飛ばされる。それだけなのさ」
 にぃ、と笑んで見せる、ゴリョウ。
「なるほど――シンプルで、よい。確かに」
 くく、とサマエルは笑った。ゆっくりと、剣を引き抜く。それは、聖騎士が扱う、聖なる剣に似ていた。
「悪党はぶっ飛ばされる、だったな。悪魔どもめ。それはお前たちであると知るがいい」
 ぼう、ぼう、と、サマエルが手にした盾がほのかな光を放った。それは、邪悪なものであったが、しかし根底にあったのは、聖なる祝福であったことを理解させる。
「……何か力を感じるわ。元々は、純白の汚れなきそれであったものを……!」
 『ヴァイスドラッヘ』レイリー=シュタイン(p3p007270)が驚いたように声を上げた。
「まさか、聖遺物なの……!?」
「いかにも。天義に伝わる『聖盾』。これこそが私を私たらしめる純白なる正義だ」
 そういって、サマエルは笑った。聖盾。天義のオリオール家に伝わる聖遺物であり、本来ならば今代のセレスタン・オリオールが継承するはずであったが、先の戦乱の際にアストリア派に奪われ、そのまま行方不明となっていたものである――。
「この聖なる盾が伝えているのだ! 世界は過ちを犯し続けていると! 我らにこそ正義ありと!
 天義を食い散らかす不正義の輩よ! 今ここで裁きを下してやろう!」
 ざ、と、あたりから、影の騎士たちが一斉に抜刀する。それらは、純白の衣をまとう、聖騎士の姿のようにも見えた。
「正義の使徒ごっこか? 下らねぇ」
 『幻想の勇者』ヲルト・アドバライト(p3p008506)が、静かにそういう。
「お前らの言う、正しい歴史には露ほどの興味もない。正史だろうが偽史だろうが、進んできた歴史は覆らない。
 が、お前らがそれを正したいというなら、それも構わない。だが、お前らはひとつ間違いを犯した。
 それは幻想に手を出したことだ。
 オレが……リーモライザがいる限りは、この国に手出しはさせない」
「この国に災厄をもたらすというのならば、もはや語る舌を持ちません」
 『紅炎の勇者』リースリット・エウリア・ファーレル(p3p001984)が、ゆっくりと剣を抜き放つ。
「遂行者。レガド・イルシオンに剣を向ける厄災よ――疾くと去ね」
「イレギュラーズ。世界を乱す悪魔よ。消え去るがいい」
 構える。両者が。剣を。意志を。決意を。
「正しいとか正しくないとかアンタらが決める事じゃないのよ。
 過去よりも未来を見なさい、未来を。暗いったらありゃしないわ。
 どうしても歴史をひっくり返したいなら、考古学者にでもなるのね」
 『ハイテンションガール』郷田 京(p3p009529)が、ゆっくりと声を上げた。不敵に笑う。
「後ろばっかり振り返っていくっていうのならば、アタシに追いつけるわけがない。
 教えてあげる。いつだって、前を向いている奴の方が強いんだから!」
「ドラゴニアの私は、今の歴史があるからこそ、大きな世界を見ることができるようになった」
 『煉獄の剣』朱華(p3p010458)が、そういった。イレギュラーズたちが紡いできた歴史。歩んできた道。それが、覇龍領域の亜竜種たちに、新しい道を教えてくれた。
「それを否定するっていうんだったら、私は絶対に、許さない!
 私や皆が紡いできたものを上書きしようって言うのなら、何度だってぶっ飛ばして否定してやるわ。
 ――だから、任せておきなさい。あんな奴らに私達は負けたりしないんだからっ!」
 イレーヌに、そう伝えるように。仲間たちに、意志を共にするように。自分に決意を抱かせるように。朱華が、そういった。
「では、始めようか」
 サマエルが、そういった。それは、合図。これより始まる。歴史をかけた戦いの、始まりを告げる音。
 ――イレーヌが、静かに祈りをささげた。
 ただ、無力に勝利を祈ったのではない。
 自分にできることがそれであるのだから、イレギュラーズに勝利をささげるために祈ったのだ。
 それが、果たして神に届くかはわからない。
 だが、その祈りは祝福と癒しの力を以って、イレギュラーズたちの背中を押した。
 ゆえに――。
 彼らは、跳び出した。戦場の、ただ中へ!

●影と、仮面と、天使と
「オレたちの目標は」
 ヲルトが声を上げた。
「あの天使の撃破。それから、イレーヌの護衛だ」
「ですが、天使にそうそう攻撃させてはくれないでしょうね!」
 リースリットが叫んだ。緋色の剣をかざせば、影の騎士のま白き剣が振り下ろされる。それを受け止め、振り払った刹那、リースリットは後方へと飛びずさった。間髪入れず、クロスボウの矢が、直前までリースリットのいた地面に突き刺さる。
「数が多い……! 影の騎士たちを無視はできません!」
「それに、サマエルをフリーにもできない!」
 ヲルトが叫び返す。今ゆっくりと歩むサマエルは、着実にイレーヌの下へと向かおうとしている。今回は様子見のつもりか、些かゆっくりとした動きであるが、しかしいつまでも放置しておいて無事で済むとは思えない。
「なら、俺が抑えるよ!」
 史之が声を上げて、駆けだした。
「わたしも手伝うわ!
 油断しないでいきましょ、史之さん」
 あわせ、タイムが声を上げ、一気に駆け出す。二人のイレギュラーズが自身へ向かうのを、しかしサマエルは悠然と待ち構えて見せた。
「ダンスのパートナーは君たちか」
 恭しく、胸のバラを手にとり、二人に差し出した。
「今日の出会いを祝して――如何かな?」
「あら、思ったより紳士的なのね。
 でも残念。女が皆、薔薇で喜ぶとは思わない方がいいわ」
「僕の方も、パートナーさんがいるんでね。お断りさせてもらうよ」
 身構える。サマエルが大仰に肩をすくめてみせた。
「どうにも、私の薔薇は評判が悪い。聖女ルルにも、よくよくしかられているよ――では」
 サマエルが、盾を前に、ゆっくりと剣を振り上げた。防御重視の構えか。
「シャル・ウィ・ダンス?
 短い間だろうが、踊ってもらうか」
 たんっ、と、サマエルが踏み込んだ。早い! 史之は一瞬で思考を切り替えた。相手は自分よりはやい。ならば、そのような戦法に切り替える。
「ふっ」
 と、サマエルが息を吐きながら、その刃を振るった。横なぎの斬撃。タイムがその手を掲げた。障壁が展開される。ルーン・シールド。描かれたルーンがサマエルの斬撃を受け止める。
「ほう」
 感心したように声を上げる。
「今のを受け止めるか。華奢な指ながら、その心は高潔――崩し甲斐がある」
「おあいにくね、口説くなら別の人にして頂戴!」
「それに、ダンスの相手は彼女だけじゃあないよ!」
 史之が、太刀を振りかざし、踏み込む! 上段から振り下ろされる太刀の一撃! 紅の雷がほとばしる――が、サマエルは、左手の盾を構え、それを受け止めた。奇妙な手ごたえが、史之の手を襲った。反発するような、そのような感覚。視線を移してみれば、刃は盾に接触していない。
「聖盾……! やっぱりただの盾じゃないんだな……!」
「如何にも。君の不浄(バッドステータス)などは、この盾が防いでくれよう」
 つまり、異常なほどに防御性能が高いということか。無論、完全に不浄(バッドステータス)を防ぎきれるわけではないだろうが、それでも、相手に一太刀入れるのは相当な苦労が必要ということになるだろう。
「まぁ、そうがっかりしないでもらいたいな。君の先ほどの紅の雷は、わずかでも私の体に傷をつけた。ほんの、小さな傷だがね。そこは称賛に値しようか」
「何でもかんでも防いでくれる、というわけじゃないってことか。それを教えてなんになるんだい?」
 史之がそういうのへ、サマエルはうっすらと笑った。
「私は今慢心はしていない、ということだよ。
 君たちを舐めたりはしない。むしろ評価している。
 リンバス・シティがあれほど切除されたのは、私にとっては想定外だ。
 だから、断言しよう。ここで、君たちが私の首をとることはない」
「自信満々な男ね。気障に過ぎるやつはモテないわよ」
 タイムが言った。ちらり、と史之と視線を合わせる。今の一太刀の打ち合いでもわかる。確かに、サマエルは強力な相手だ。おそらく、魔種クラスか、一般的な魔種程度ならそれを超える力を持っているに違いない。
「では、もう少し踊ろうか。時は有限だ」
 再度構える。今度は、盾を少し、体から外して。剣を前に押し出した形。攻撃の型。
「……重責よ。一緒に背負ってちょうだい」
 タイムがそういった。力を貸せ、と、そういった。史之が頷いた。
「もちろん――妻さんを怒らせない程度に、だけどね」
 自分を落ち着かせるように軽口一つ、史之が構えた。目の前の仮面の男は、あまりにも恐ろしい魔であることに間違いはなかった。
 三人の激しいダンスが繰り広げられる中、残るイレギュラーズたちの決死の戦いは展開されている。
「人を真似て作った影……のようですわね。だったら、手加減する必要もありませんわね!
 いきますわよ! どっせえええええええいっ!」
 ヴァレーリヤが雄たけびとともに突撃。炎のメイスが、影の騎士の刃と強烈なつばぜり合いを演じた。ぎりぎりと、影の剣と、炎のメイスがぶつかり合う。
「もういちど! どっせえええええええいっ!」
 気合の雄たけび。ヴァレーリヤが猛牛のごとく踏み出した刹那、火炎が影の騎士を包み込んだ。騎士が炎のうちに吹っ飛ばされながら消滅する。ヴァレーリヤが一息つく間もなく、飛びずさった。遠方から、ステンドグラスの天使の放った光弾が、着弾するのが見えたからだ。
「数が多いですわね!」
「いつまでもアンタ達に構ってられないのよ、さっさと倒れなさい!」
 京が一気に、影の騎士に殴りかかった。影の鎧が、その拳の一撃でひしゃげるのが見える。ぐぼ、と激しくせき込みながら、しかし影の騎士は反撃に転じた。京は、ひねっていた左半身、その拳をタイミングを合わせて振り上げた。右側から薙ぎ降ろされた刃、その腹を、京の左手が、アッパー気味に打ち上げる。ちっ、と神一本を切り裂いて、流れた刃が上空を切った。
「――」
 す、と息を吸い込む――刹那、影の騎士の後方から、鎖付きのナイフが飛び込み、その心臓部分をえぐった。ぎゃあ、と、まるで作られた音のようにも聞こえる悲鳴をあげながら、影の騎士が消滅する。しゃっ、と音を上げて鎖付きのナイフが引っ張り上げられるや、そこにいたのはバルガルである。
「奇襲も一発だけなら許してくださる事でしょう。あなた方が行った様に」
 いつも通りの不審な笑みを浮かべて見せる、バルガル。だが、影の騎士たちも黙ってはいない。すぐに反撃に転じた騎士が、クロスボウの援護受けながらバルガルに迫る。バルガルは鎖でクロスボウの矢をからめとり、そのまま振り下ろされた影の騎士の刃を受け止めた。ぎり、と衝撃が体を駆け巡る。
「とはいえ、ここからは正面から、ですか!」
「影の騎士の数が多いのはもちろん、ステンドグラスの天使の遠距離攻撃も厄介だね!」
 京が舌打ちしっつ、再び飛びずさった。ステンドグラスの天使から放たれた魔術光弾は、まるであめあられのように戦場に降り注いでいる。
「抑えに行きたいけど、うちのエースはサマエルと影の騎士の抑えに任せちゃってるからね……!」
 まさに盾役を買って出たのは史之、ゴリョウ、タイムであったが、その三人ですら、すべての敵を相手取るのには苦労が必要だった。特に、史之とタイムの二人がかりでようやく抑えられているサマエルをフリーにするわけにはいかない。その分、二人への負担は尋常なものではないが、それを軽くするためにも、さっさと事態を打開したいものである……!
「ゴリョウ! 大丈夫!?」
 朱華が、こちらに狙いを定めていたクロスボウの騎士に向かって、その火焔の剣を振るった。殺戮楽団の奏でる鉛玉のごとく、無数の火炎弾がクロスボウの騎士に降り注ぐ。攻撃の手を妨害された騎士たちのうち、一名が炎のうちに消えていった。
「ああ、問題ねぇ!」
 ゴリョウが叫んだ。
「だが、早めにカタをつけてくれるとありがてぇな!」
 そう返すのへ、朱華はわかりやすく表情をゆがめて見せた。追い込まれているかのように。
「わかってる、けど……!」
 敵の数は多い――着実にイレギュラーズたちは攻撃を行い、その数を減らしているが、それでも……。
「イレーヌさん、心配しないで」
 レイリーがにっこりと笑った。
「必ず、この状況は打開して見せる……だから、信じて。ヒーローたるヴァイスドラッヘを……いいえ、わたしたち、皆を」
 イレーヌの直掩についたレイリーであるが、イレーヌを狙う影の騎士、そしてステンドグラスの天使からの攻撃を一身に受ける立場でもある。もちろん、ある程度はゴリョウや、他のイレギュラーズたちによって阻止で来ていたが、そのすべてを受け止めきれるはずがない。必然、それた攻撃は、レイリーの体を傷つけることになる……。
「……信じます」
 だが、イレーヌはあえてそうとだけ伝えた。それ以外の言葉は、レイリーの矜持に傷をつけ、イレギュラーズたちの実力を疑う行為だった。
 信じる。それ以外に、イレーヌがとりうる選択肢があろうか? それを理解していたから、レイリーもにっこりと笑った。
「お任せを!」
 ……だが。
「どうやら、押し負けているようだな」
 サマエルが、ふむ、とうなった。目の前には、既に疲労の色を見せている、史之とタイムの姿があった。
「このままでは、ワールドイーターに傷一つ付けられぬまま、君たちは敗北することになる。
 時は有限だ。華は摘めるときにこそ摘め――とは、どこかの世界のことわざだったかな?」
「相変わらず気障ね、騎士様? その振る舞い、あなたの仮面に何か理由があるのかしら?」
 そう、タイムが言った。探る様に、ふ、とサマエルが笑う。
「確かに――それなりにしつけられたものさ。だが、この仮面は、決別でもある」
「何との?」
「――」
 つぶやいた言葉は聞こえない。何を、彼が語ったのかは。だが、それは何か、彼の片りんに触れた言葉のようであった。
「いや、言っても詮無いことだろう。
 ここまでだ、悪魔よ。自らが紡いできた、悪しき歴史の重みにつぶれて死ぬといい」
 サマエルが、刃を振り上げる。
 刹那――。
 光が、弾けた。

●反撃、開始
「何事だ――!?」
 サマエルが叫んだ。突如として戦場に、輝きが発せられたのだ。
 それは、影の軍勢のただ中で発せられた光だった。なにものかの発した輝きだった。
「ぶはははッ、どっちが神の国の生き物か分かりゃしねぇな!」
 その光は、笑った。高らかに――我が策、成れりと。
「ゴリョウだと! 何を――!?」
 サマエルが叫んだ時。
 すでに、イレギュラーズたちは行動に移していた。
「燃えて溶けなさい!」
 ヴァレーリヤが叫ぶ! そのメイスから、聖なる火焔がほとばしり、一直線にステンドグラスの天使へ向けて宙を走った! 炎が、ステンドグラスの天使の体を包み込む! ごう、ごう、と異臭を放ちながら、ステンドグラスの天使の体が燃え盛った!
「サマエル、あなたさっき言ったよね。えーと、華は摘めるときに摘め、だっけ?」
 史之が、笑った。
「その通りだ。だから、俺達はこれから花を摘む」
 その言葉に、サマエルは気づいた。
 つまり、演技。
 追い込まれつつあったのも、すべて。
 サマエルが、目の前の二人に注力させられたのも、影の騎士たちが、イレギュラーズに拮抗していたように見えたのも。
 すべてこの瞬間――。
 均衡がぎりぎりに傾いたタイミングで、一気に敵の首をとる、その刹那!
 はっきりといえば、この段階でイレギュラーズたちの攻撃目標は『ステンドグラスの天使』へと変更されていた。ステンドグラスの天使は『平均的な性能をしている』ことはわかっていたが、しかし『弱い』というわけではない。もしすべての敵を平等に相手をするならば、すべての敵に相応の戦力を割かねばならず、そのうえで戦闘はさらに長引いたに間違いない。そうなれば、必然、イレーヌへ危害がくわえられる可能性も高くなる。
 ならば、と、イレギュラーズたちが採択したものは、一種のかけである。
 ステンドグラスの天使をほぼフリーとする。その分、ステンドグラスの天使からの攻撃は苛烈なものとなるが、其ればかりは全体で傷を覆うことを覚悟して耐えるしかない。だが、その代償として、影の騎士たちを速やかにせん滅させることが可能である。
 あとは、この均衡が崩れるタイミング、つまり『最高の状況で、相手の横面を殴りつける』のだ。残るメンバーによる、ステンドグラスの天使への一斉攻撃! ゴリョウの『発光』は、そのタイミングを告げるのろしであった。声では、全体に届かないかもしれない。届いたとしても、敵に察せられてしまうかもしれない。だが、光であるならば――。
「わたしたちにも届く。そして、わたしたちになら、伝わる」
 レイリーが言った。敵の反応は、この時、確かに一手、遅れた。
 その一手で、充分だ!
「叩きつけるぞ」
 ヲルトが叫んだ。
「奴に次の一手を打たせるな」
 構える。体には、無数の傷が走っている。痛みが、頭を殴りつける。でも、ああ、澄み渡っている。この一瞬。悪くはない。
「さっさと巣(天)に帰れ。ここはお前が来ていい場所じゃない」
 放つ――思うがままに、悪夢の弾丸を。放たれたそれは、火炎に包まれたステンドグラスに突き刺さり、その周囲の現実を歪曲した。悪夢に、食われる。世界が。ステンドグラスが――。
 べぎりべぎり、と割れるような音を立てた。その体が、無数にひび割れていく。
「不遜にも、レガド・イルシオンにヴェールをかぶせようなど」
 リースリットが、その刃を構え――。
「愚かな考えと知りなさい。
 そして、そのような行い、私たちが決して許さぬということを」
 振りぬいた。
 風が、大聖堂を駆け抜ける。
 風。偉大なる精霊の一撃。風神による、極撃!
 世界を裂くとも錯覚するほどの、強烈な颶風一閃! 風の斬撃が、世界を、ヴェールを、ステンドグラスを切り裂く!
 べぎり、とへし折れるような音を立てて、ステンドグラスの天使の体が上下に泣き分かたれた。ぼ、と音を上げた刹那、その体がまるでガラスが誘拐するかのようにどろどろと溶けて、地面に落下していく。
 刹那、世界が一瞬、ぶれるような感覚を覚えた。次の瞬間には、皆は『見知った大聖堂の中』にいた。
「影の兵士たちはまだ残っている!」
 ゴリョウが叫んだ!
「もう遠慮は無用だ! 一気にこの国から追い出してやれッ!」
「了解っ! なんだか無性に豚の丸焼きが食べたくなってきたわね、お腹減ってきた!!」
 京がけらけらと笑いながら、影の騎士に接敵する。そのまま、全力の『正拳突き』。ぼっ、と音を立てて、影の騎士の腹に穴が開き、漏れ出た影が爆発するように消滅する!
「見かけ通り、骨のない奴みたいね!
 悔しけりゃ追いついてみなさいな、あっはっはー!
 そらそらそらー、ぶっ飛べぶっ飛べ、ファイアー!! たーまやー!! ヒャッハー!!!」
「ちょ、ちょっと、やりすぎ!!」
 朱華が目を丸くして叫びつつ、
「でも、気持ちはわかる! よくも好き放題にやってくれたわねっ!」
 朱華の振るう刃が、再びの火炎弾丸雨を生み出し、影の騎士たちを撃ち貫く! ばしゅ、と音を立てて、影の騎士たちの体が崩壊していく。その弾雨の切り裂くように、バルガルの鎖剣が宙を縫い、その斬撃に影の騎士たちが斃れ、消滅していった。
「さて、種が割れれば、あとは速度」
 にぃ、とバルガルが笑う。
「視覚で分かりやすく、かつ声では戦闘音で聞こえづらい環境。いやはや、最初はびっくりしましたが、こうも策がハマるとは。お見事ですねぇ」
 ぱち、ぱち、とバルガルが手を叩き、
「これにてダンスタイムは終わりですよ、仮面の遂行者様?」
 慇懃に一礼をして見せる――その一方で、
「イレーヌ様!」
 リースリットが叫ぶ。イレーヌの体が、わずかにぶれるように変化しているのが分かった。子供の姿に、大人の姿が重なる。
「……ふ。してやられたか」
 サマエルが笑った。
「直に彼女は元の姿に戻るだろう。だが――」
 サマエルが叫んだ。横なぎに振るわれる斬撃。その一撃を、タイムが受け止める。
「ここまでやって、隙をつかれてやられました、なんてオチは認めないわよ!」
「強気なお嬢さんだ。
 それに、そちらの君は、随分と私を舐めているようにも感じるな!」
「あれ、ばれちゃった?」
 史之が、笑う。
 手加減じゃないよ、ただおまえは根性悪そうだからさ。
 体に教えないとダメかなって。
 イレーヌさんは、あきらめてよ。
 今日の所はすなおに引いてね」
「やりたいだけやってタダで帰るつもり? って言いたいところだけど」
 朱華が、声を上げる。だが、サマエルとさらにことを構えるだけの余力は残っていないことを、朱華は察していた。
「見逃してあげる」
 不定に笑ってみせる朱華。
「あなたが弱い、なんて思ってはいない」
 さらにレイリーが、イレーヌをかばいながら、言葉を紡いだ。
「けれど、わたしたちは負けない――あなたが退かないのならば、このヴァイスドラッヘが、受けて立つ!」
 その体に無数の傷跡を残しながら、レイリーが叫ぶ。いや、その声は、その言葉は、その意志は、ここに立つすべてのイレギュラーズたちが同じくした思いだ。
「――いいだろう、お嬢さん」
 サマエルが、肩をすくめた。
「此度は退くとしよう。いや、私も充分に楽しめた。そこの光るオーク。眼を奪われるとは、まさにこのことだったか」
「俺も口説く気か? 悪いが、嫁さんがいるんだ」
 にぃ、とゴリョウが笑う。サマエルが肩をすくめた。
「残念だ」
 ばさ、とサマエルがコートをひるがえす。まるで、その体をレイヤーが覆ったように、瞬く間に姿を消した。おそらく、神の世界へ撤退したのだろう。だが、新たにこの地にレイヤーを下ろすだけの余力は、今はあるまい。その証拠に。
「……また皆様に助けられましたね」
 そう、声を上げたイレーヌのすがたは、見慣れた幻想大司教としてのそれであったのだから。
「イレーヌ様、ご無事で何よりです」
 リースリットが言う。
「ですが……敵は、イレーヌ様の殺害そのものには興味がなかったのかもしれません」
「皆様の話を聞いたうえでの判断ですが」
 イレーヌが言う。
「神の国を下ろすことが成れば、私などは名実ともに無力化されたでしょう。
 となれば、私の命を狙うということ自体は、遂行者の執着であったのかもしれません」
「イレーヌ様に個人的な恨みが?」
「そこまではわかりかねますが……」
 イレーヌが苦笑した。
「本物や偽物に興味はありませんが、少なくとも、貴方はこの国に必要です」
 ヲルトが、静かにそういうのへ、「ありがとうございます」と、イレーヌは頷いた。
「我々大教会は、引き続き可能な限り、皆さんへの助力を惜しまぬことを、今日の働きの報いとして約束しましょう」
 そういって、女傑は静かに微笑んだ。
 いずれにしても、イレギュラーズたちは、此度の敵の目論見を打ち破ることに成功した。
 負った傷は深くとも、彼の仮面に一矢報いることができたのは、確かな戦果であった――。

成否

成功

MVP

タイム(p3p007854)
女の子は強いから

状態異常

なし

あとがき

 ご参加ありがとうございました。
 皆様の活躍により、イレーヌの身柄は無事に保護されました。
 サマエルは姿を消しましたが、まだいずこかで暗躍を続けるのでしょう……。

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