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シナリオ詳細

<伝承の帳>シアンの困惑

完了

参加者 : 8 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

オープニング


 あなたに光が溢れたならば。
 わたしは夜に佇みましょう。

 あなたが天使になったのならば。
 わたしは悪魔になりましょう。

 あなたが誰かを愛したならば。
 わたしは誰かを殺しましょう。

 あなたとわたしは、ふたりでひとつ。ひとりでふたつ。
 もう二度とは別たれないように強く手を握っていましょう――?


 帳は、昏き気配をさせていた。レガド・イルシオンにしか思えぬ空間であると云うのに、どこもかしこも違って見える。
 ルミネル広場に伸びた影を夕日が照らす。ぴたりと足から離れることのない黒は徐々に歪んで消え失せて行く。
 スラム街に跨がった気配をひしひしと感じ取りながら『聖女の殻』エルピス (p3n000080)は佇んでいた。
「ここが、神の国」
 天義の『異言都市(リンバス・シティ)』に存在したアリスティーデ大聖堂から訪れた幻想の街は何処か風変わりであった。
 この場所が現実ではないと知らしめる様に空と大地がひっくり返る。遠く戦乱の気配がした。
 硝煙のにおいは鼻先をつんと突き雨上がりの匂いは薄れて行く。外の喧噪に耳を傾けながら、エルピスは小さく息を吐く。
「階層が別れているのだ、そうです。それが、徐々に、大地に落ちていく。
 天が、地に交われば、何れは空の青が海をも満たすのでしょう。そうやって、全てが作り替えられてしまう、のだそうです」
 エルピスは困ったようにそう言った。すべてが作り替えられる、それは余りにも荒唐無稽で、余りにも分かり易い。
 まだ、外には帳は降りていない。『核』たるものは落ちて居らず、幻想王国自体そのものに大きな影響を及ぼしているわけではないらしい。
 しかし――此の儘、されるが儘に帳が降ろされてしまったならば。
「……この場所は全て、テセラ・ニバスのように、飲み込まれて仕舞うのでしょうか」
 エルピスの唇が震えた。聾者であった彼女は神様の声を聞くことが出来ると聖女として担ぎ上げられた。
 次第に、何も聞こえない事を糾弾され『にせものの聖女』として扱われたのだ。
 そんな彼女とて、天義を恨んでいないわけではなかった。最初は、苦しかった。自らの境遇に涙したことだってある。
 それでも。
 イレギュラーズというあたたかで、つよい人々を見て居れば、自分のかなしみなんて、乗り越えられる気がしたのだ。
「皆さんにとって、幻想ははじまりの地だったと、思います。
 たくさんの人々が、召喚されローレットに訪れて……そうして、わたしは巡り会えた。
 うれしいことも、かなしいことも、イレギュラーズのみなさんが教えてくれました。
 そんな、みなさんの大切なローレットがあるこの場所を、喪いたくはありません」
 エルピスは指を折り重ねて、そういった。
「どこかに、核が、あるそうです。遂行者と呼ばれる方も、いるそうです。探しましょう……この場所を、護りたいから」


 しとしと、雨が降る。
 レガド・イルシオンの下町。薄暗い場所に白い衣を纏った女が立っていた。
 白い衣に覆い被さったぬばたまの髪は波打ち流れて行く。眼を伏せった彼女は酷く不安げに息を吐いた。
「シャトンと別行動だなんて、悲しい。仕方ないけれど、悲しいったらありゃしない。
 どうして、イレギュラーズなんて者が居るのかしら。わたくしの邪魔をしないで。邪魔なの、邪魔、邪魔」
 項垂れた女の名はシアン。いとおしい番と引き離されて此処までやってきた。
 薄汚れた街並みは、消え去ってしまっても誰も気にも留めないような場所だった。
 どうせ、世界から落魄れた人間が集う場所だ。慈善事業だと褒めて欲しい。
「可哀想な子達。けど、わたくしのほうがもっともっと可哀想。わたくしのシャトン、一人で泣いていやしないかしら」
 つがいの事ばかりを考えてさめざめと泣いた女は雨の匂いがした。
 すらりと長い手脚を有した女がふらつきながら歩いている。
 遠く――見えたのは黒衣の者達だった。神様の代行者を名乗った、愚かな邪魔者。
『わたくし』にとっての『愛しい時間を破壊する』者達。
「シャトンとわたくしは世界が終る時までしあわせにしあわせに暮らすだけなのに――
 邪魔者がやってきた。ああ、愚か。世界が終ることで物語が終ることにさえ気付かないのね」
 ふらつきながらおんなは歩き出す。
 この場所を飲み込もうとする帳の核はお食べなさいな、かわいい『わたくしの子犬ちゃん』

「ご機嫌よう、黒衣の皆様。わたくし、シアンと申しますの。
 ……ねえ、物語には終わりはつきものでしょう? 永遠なんてどこにもありはしないの。
 有限であるからこそ、すべてがしあわせになるというのに、どうして無理をしてまで滅びに抗うの?」
 女の黒い瞳がイレギュラーズを見て居る。その背後にはワールドイーターが大口を開いて待ち構えていた。
 しとしと、雨の音がする。湿っぽい雨の匂いをさせた女は虚ろに微笑んで指先を動かした。
「この国毎、死んでくださいませんこと?」

GMコメント

 日下部あやめと申します。

●成功条件
 『核』の破壊

●フィールド情報
 神の国内部です。まだ降りきってない帳、レガド・イルシオンのスラム街が舞台となります。
 しとしとと雨の匂いがしており、変貌した空間は硝煙の薫りや血のにおいが漂っています。
 周囲は暴動が起きたのか、何か戦いでもあったのか荒れ果てており、死骸も転がっているようです。

●遂行者『シアン』
 ウェーブした黒髪に、すらりとした手脚。真っ白の衣装を身に纏った遂行者です。
 ワールドイーターを子犬ちゃんと呼び、この場には居ない番のシャトンを何よりも愛しています。
 会話をして居るのに成立していないかのような、何処か夢見るようで、話の通じない奇妙な雰囲気です。
 手には大ぶりの鉈を持っています。狂気がかった女性のようです。
 おはなしをしています。積極的に攻撃されない限りは「ちょっとだけちょっかいをかける」程度です。
 ワールドイーターが倒され核が破壊されると撤退します。

●ワールドイーター『子犬ちゃん』 5体
 大きな犬を思わせるワールドイーターです。子犬ではなさそうです。とても、大きくグロテクスです。
 鋭い攻撃を放つことを得意としています。回避は低いようですがとてもタフです。少しだけ回復なども出来るようです。
 5体のうち1体が『核』を持っています。聖遺物と思わしきツボを食べてしまったようです。
 お腹の中にあるので『核』ごと破壊した方が良さそうです。

●同行NPC
 エルピスがご一緒しています。ヒーラーです。指示があれば従います。

●情報精度
 このシナリオの情報精度はCです。
 情報精度は低めで、不測の事態が起きる可能性があります。

  • <伝承の帳>シアンの困惑完了
  • GM名日下部あやめ
  • 種別通常
  • 難易度NORMAL
  • 冒険終了日時2023年06月01日 22時05分
  • 参加人数8/8人
  • 相談7日
  • 参加費100RC

参加者 : 8 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

参加者一覧(8人)

エクスマリア=カリブルヌス(p3p000787)
愛娘
コラバポス 夏子(p3p000808)
八百屋の息子
スティア・エイル・ヴァークライト(p3p001034)
天義の聖女
アルテミア・フィルティス(p3p001981)
銀青の戦乙女
タイム(p3p007854)
女の子は強いから
ルーキス・ファウン(p3p008870)
蒼光双閃
結月 沙耶(p3p009126)
少女融解
ニル(p3p009185)
願い紡ぎ

サポートNPC一覧(1人)

エルピス(p3n000080)
聖女の殻

リプレイ


 彼女は雨の匂いがした。ペトリコールのエッセンス、ぬれたぬばたまの髪を揺らがせる、美しい白衣の娘。
 大ぶりの鉈を手にした彼女は首を傾げる。どうしたって、世界に滅びの預言が成されてたというのに、日々が過ぎ去っていく中で彼等はそれを是としない。
 人生とは一冊の本だ。腹に宿った命が、成長し、生れ落ちてから灰になるまでの物語。滅びに抗わぬ美しい有様。
 藻掻き生きた人間らしい『わたくし』達。定められたレールの上を転がり出せば、もう止ってはならないのだ。それは万人に訪れるべき滅びなのだから。
「……ああ、そうだ。物語には終わりは付きものだ。永遠があるとしてもそれはきっと夢物語だろう。
 有限だからこそ私達の命も輝ける。だが、だからといって滅びをそのまま受け入れるのはそれはただの思考停止なのだよ」
 淡くエメラルドグリーンが風に揺らいだ。『奪うは人心までも』結月 沙耶(p3p009126)の眼前に立っていたのは遂行者と呼ばれる女だ。
 その名をシアンと言うらしい。彼女は頬に掌を遣ってから「そうかしら」と瞬いて。
「どうせ滅びるならば、全てを救ってハッピーエンド、その犠牲となって滅びるとか――そっちの方が幾分も最高ではないか?」
「人間はそうであればよいでしょう。けれど、皆様は延命措置を行なおうとしているのではないでしょう?」
 延命措置を行なって、滅びの時まで足掻き続けるのではない。滅びそのものを無くしてしまおうとする所業。余りにも目にも余るのだと首を振った女に言葉の端も通じやしないと『金の軌跡』エクスマリア=カリブルヌス(p3p000787)は眉を顰めて。
「永遠の有無と、幸せかどうかはそもそも無関係だ、な。限りが有ろうがなかろうが、幸せなどというのは、その時の気分、だ」
「と、いうと?」
「お前達こそ、負け続けた結果を認められずに、無理矢理にひっくり返そうなどと、無様に過ぎる。
 この際、だ。はっきり言わせてもらう、ぞ? 『滅び如き』が、生きようとするものに、抗うな――歴史より何より、それが一番の間違い、だ」
 エクスマリアの淡々とした言葉にシアンの眸がかぁと見開かれた。鮮やかすぎる双眸の煌めきが解けるように敵意を剥き出した。
「『神の創造物(せいぶつ)』が神の定めた歴史に抗うことこそが、無様ではなくって?
 ……ああ、だめ。シャトン。シャトンがいないとわたくしったら、どうしてこう。ああ、ああ」
 ぶつぶつと呻き俯いた女にタダならぬ気配を感じ取りながら『八百屋の息子』コラバポス 夏子(p3p000808)は肩を竦めた。
 此処は『はじまりの地』。幻想だ。久しぶりに立ってみれば初心というものを思い出さずには居られない。目の前の女の存在を一度、視線の端から追いやってから、だが。
「まあ、聞いてよ。ご婦人。世界平和の目標は今も色褪せる事無く、オラが心に掲げてある。
 まだまだヤる事ぁたんとある。今日も明日も明後日もまた――より良い未来を目指して。ってェ、算段よ」
 ひらひらと手を揺らがせてから周辺に保護の呪いを広げた夏子の傍に『この手を貴女に』タイム(p3p007854)は立っていた。美女に対して思うことはと問いたげな彼女も変貌したシアンの雰囲気に視線をすい、と逸らす。
「混沌世界には沢山の思い出があるの。それが私にとって嘘偽りない真実。それを後出しで歴史を塗り替えるなんてやめてよ」
 あたりまえであった日常が突如として『嘘偽り』だと指差して糾弾される。真っ赤に染まる現実が、余りにも悔しくてたからない。
 こんなこと、何時まで続くの、と。唇がざらりとした音を乗せた。
「……シアン様の仰ることを、ニルは認められません。
 誰かのたいせつなものが……帳にのみこまれて、上書きされて、たいせつなひとが、たいせつな場所がなくなってしまう。
 そんなのは、とってもとってもかなしいのです。ニルは、かなしいのはいやなのです。ニルも、この場所を、まもりたいから」
 本来の歴史と違う、だなんて。そんな言葉を『あたたかな声』ニル(p3p009185)は理解も出来なかった。
 美しい幻想の街。ルミネス広場に伸びた夕日を受けながらペトリコールを漂わせた女は酷く悲しげに眼を細めた。ああ、だって、残念だ、と。


 天義で生まれ育った『聖女頌歌』スティア・エイル・ヴァークライト(p3p001034)にとって、幻想は第二の故郷だった。
 幼い頃の記憶を喪失し、行き場を亡くした娘を受け入れたおおらかなこの国を守りたいと願うのは屹度、間違いではない。
 天義が変わるきっかけこそ、幻想に存在したローレットで、様々な人との出会いが成長を促してくれたのに。
「絶対に守り通すからね」
「ええ。阻止してみせるわ。……ただでさえ、今の幻想は揺れている。これ以上の混乱は許さない」
 帳が降りてしまえば、貴族達もそれを認知するだろう。天変地異の前触れに、差し込む帳の気配は、雲間から光差す程度の空の違和感だっただろうか。
 幻想にまで、否、周辺にまで広がろうとする『神の国』の影響に『銀青の戦乙女』アルテミア・フィルティス(p3p001981)はぎらりと研ぎ澄ました敵意を滲ませた。
「……それにしてもこの惨状は、まるで戦乱でも起きたかのような荒廃具合ね。
 こんな世界が真実だなんて、今の幻想と置き換わるだなんて認める訳にはいかないわ」
「はい。……まるで、イレギュラーズが、召喚されず、サーカスが通り過ぎた後のような」
 不安げに告げる『聖女の殻』エルピス(p3n000080)にシアンは「そうでなくてはなりませんのに」と唇を尖らせた。
 先程までの敵意はなりを潜め、嫋やかな淑女の顔をして居る。その背後からぞろりと姿を見せた大きく、所々が崩れた『犬』は涎をだらだらと垂らす。
「イレギュラーズの介入はもっともっと、先の話でしかないのです」
「何を云う……世界を作り変えるなんて、馬鹿げているにも程がある。そんなことはさせない、絶対に!」
 鋭く睨め付けた双眸。『導きの双閃』ルーキス・ファウン(p3p008870)にとって、シアンの言い分は絶対的に納得できなかった。
 だが、シアンは答えることはない。その目は虚ろに何処かを見遣り重苦しい息を吐出すだけだ。
「……エルピス。一緒に戦おう。世界と、未来の為に。俺も皆も付いてるから大丈夫。何も心配することは無い」
「はい、任せて下さい」
 頷くエルピスの黒衣が揺らいだ。黒衣のマントをはためかせ、前線へと眩い炎の花咲かせるスティアに夏子は頷いた。
「んじゃタイムちゃん。僕の弱いトコお願いね」
「弱いトコッ!?」
 子犬と呼ばれる――決して小さく何てない、大きな――ワールドイーターを引き寄せる夏子にタイムが驚いたように目を剥いた。気をつけていこうねと励まし合ったのに、ああ、なんて言い方なのか。
「えっ、あっ、ああ、背中を守れってことね。紛らわしい言い方して、もう!」
 彼のことを信頼しているのに。どうしてかそわそわとして目で追ってしまう。他の人ならば、気が漫ろになる事なんて無いのに。やだなぁと滲んだ声音をも遮るように『子犬ちゃん』が叫んだ。
「……どれを倒すべきなのか、最初から分からないなんて困ったものね」
 瀟洒な剣に光を乗せて、アルテミアは状況を見ながらも夏子へと飛び付くようにして姿を見せたワールドイーターを斬り伏せる。
 肉を断つ、なんて言葉は似合わないほどの曖昧な感触。素振りを行なったよりも、弾力のあった何かに剣を打ち付けた程度に感じられる。
「ワールドイーター……奇妙だな……」
 鼻先をすん、と鳴らしてからエクスマリアは小さく呟いた。煌々と光帯びた藍玉に、不安の欠片の一つも滲まない。世界を破壊するなら、核を壊せばよいのだと聞いた。それを子犬が戯れで一飲みしたというならば、何らかの変化が生まれているはずだと考えて。
 犇めき合ったワールドイーター達へ、全力で、丁寧に、横へと薙ぐ。発砲音と強い光が響き渡り犬たちの呻く声が聞こえた。
「ヤりにくいんだぜ~ 犬は好きな方なんだ~」
「なら、殴るのはおやめになって。犬は愛でるものですもの」
 シアンのうっとりと笑う顔を見てスティアは僅かな違和感を感じていた。
「物語でも全て同じタイミングで終わることはないでしょ?
 この世界には無数の物語があって、物語の長さも内容も全然違うの。それに終わり方だって色々とある」
「いいえ、あなた。物語にはある程度のあらすじが必要でしょう。盤狂わせでは、作者(かみさま)の定めた結末なんてどこにもなくなってしまうもの」
 シアンが鉈を振り上げた。華奢な女の腕が振り上げるには余りに無骨なそれは見た目よりも重みがある。
 シアンの周辺に漂う雨の気配が鋭い針となる。スティアの躯を突き刺したそれ。ただ、遊んでいるだけのような雨針に肌を引き裂かれながら黒衣の乙女はふるりと首を振る。
「貴方達のやろうとしていることは未完成の物語を大量に産み出そうとしているだけなんだ!
 物語はちゃんとした形で終わらないと面白くないんだから! それぞれが精一杯に生きた証だから……」
「ひとつだけ、聞いて欲しいのです。誰かが役割を与えたとして、それにそぐうことないと迫害される。
 生きることも苦しく、餓えながら過ごす日々は『ちゃんと終った』ということですの? 芽吹いた不幸を、どう思われるの?」
 スティアに問うたシアンは首を傾げた。女の瞳はスティアを見て居るようで、焦点もあってはいなかった。
 遠く遠くの何かを見ている。神様にでも問い掛けるような声音の穏やかさ。
「そんな苦しみを糺す行いは自然に任せてなんていらっしゃらないでしょう。……なら? わたくしのように場を整えているだけ」
 スティアはそんな女の前に立って唇を引き結んでいた。彼女の何がその言葉を紡がせたのだろうか。


「こっちよ! 大きな子犬ちゃん」
 呼ぶタイムに集ったワールドイーターをアルテミアはひらりと剣を突き刺した。引き抜いた刃の先に雷鳴が小さく響く。
 それだけでは終われない。フィルティスの娘として、使命をその胸に抱いてきたのだから。銀が揺らぐ。乙女の奔った奇跡は、色鮮やかに、月の滲んだあとのように。
「幻想は私が守り抜くわ。それが幻想貴族の勤めだもの」
 腐敗しきった国だと笑われたって。果実を踏み潰してのし上がる者の国。それが、この場所だった。
 愛おしい、言葉の欠片を拾い連ねるようにして、戦う事を諦めやしないから。揺らぐ蒼が涙のように煌めいた。
 アルテミアに噛み付かんとあんぐりと口を開いたワールドイーターに気付き夏子が掌を真っ直ぐに翳す。
「よしよし! 狙われない様 離れてなねッ」
「夏子さまも、どうか、タイムさまの仰るとおりに」
 エルピスのランタンの暖かな光に包まれながら夏子はぺろりと舌を見せて。むくれたタイムはどうしたって、彼がたくさんたくさんと惹き付ける事が我慢ならなかった。
 誰だって、護りたい人が居て、叶えたい希望があるのだと識っている。怪物を子犬と呼んだ遂行者を一瞥してからルーキスが大地を勢い良く踏み締めた。
 同じようにありったけ。杖の先の魔力は零距離に光を乗せた。ちらり、ちらり、と舞い散ったアメトリンの淡い光。
 だって、知っている。永遠なんて、どこにもない。それでも今が『おしまい』になる訳ではない。
 今を生きていく足を止める必要なんて無い。『まもらない』理由はそこにはないのだから、探す必要だってなかった。
 大好きな友人達が居る。たいせつで、だいすきで、そのひとたちが生きている世界にニルだって居たかった。
 ぎゅうと杖を握り締め、叩き着けるありったけの魔力がワールドイーターを風船のように破裂させた。ぱちん、と音を立てて消えていくそれの向こうに牙が見える。
 もう一体。エクスマリアの元から降り注ぐのは万物をも砕く星だった。眩い魔力の欠片が、その髪を編み込んだ手袋に包まれた小さな指先によって案内されていく。星の瞬きは、いのちの終わりのように。
 エクスマリアの眸は終までも眺めて居る。あのワールドイーター達は、此処で簡単に命を終えてしまうのだろう。
「終の瞬間に、何の感慨も抱かない、か」
「……ワールドイーターを何だと思っているのかしらね」
 問うたアルテミアにシアンは「可愛い子達が死んでしまったって、わたくしの愛は不滅ですもの。なんどだって、作り出しますもの」ところころと声音を響かせた。
 ちら、とエルピスを眺めてからルーキスはワールドイーターに肉薄する。シアンにとってのワールドイーターが在庫も豊富な当たり前の様な使い捨ての玩具であれど、今を生きる自ら達は抗わねば殺される。
 帳の光の下を奔る沙耶はじとりとシアンを睨め付けた。スティアの前で、佇み軽口ばかりを叩く彼女。時折、放たれる雨の針はちくりと肌を引き裂いて赤い血潮を見ては微笑むだけ。
「シアン、だったな。君はそれが、滅びこそが救済であると本気で思っているのか?
 この国が滅びるのがあるべき姿だと、本気で思っているのか?」
「ええ、勿論。その通り。」
 シアンは幼い子供の様にこくり、と頷いた。沙耶は『素直にそうだと本心から思って居る』であろうシアンを見て脱力する。
「……呆れたものだ。何が滅びで何が救いなのかもわかってやいない。ああ、それとも……それを考えたくないだけか?」
「いいえ。信仰とはかたちなきものでしょう。わたくしは神を信ずるだけ。
 神が仰った未来の為、『信なき悪魔』を処罰するのもわたくしたち遂行者の役目ではありませんこと?」
 当たり前の様に告げたシアンに沙耶はぞうと背筋に嫌な気配が走った。信心深い神の徒。心そのものが信仰によって培われたものならば、言葉は時に無力になるようで。
「……救えない」
 ぼやいた言葉にシアンは「恐らく、同じ言葉を抱くことでしょう」と微笑んだ。
 ワールドイーターを殴りつけれど、間合いに滑り込み攻撃しようとも、シアンは何も言わなかった。高みの見物でもしているかのような、そんな仕草だった。
 核を飲んだワールドイーターの腹を『抉る』事を厭わなかったルーキスは壊す前に彼女の前に立っていた。
「……先程から、心ここに在らずといった様子。もしかして何かをお探しですか? ……その大切な番とは何故、離ればなれに?」
「ええ。神は時に試練を下さいますもの」
 その眸に乗せられた淡い色彩にルーキスは理解も出来ないと息を呑んで、がしゃり、と『核』たる品を大地へと叩きつけた。
「んでさ、シアンちゃん? ……物語 終 フゥン 誰かとの永遠に溺れたいのかな~ やや支離滅裂で無秩序な賦詠だねー。
 別に無限でも幸せな時は幸せだと思うよ! 滅びに抗うってのも良く分からんケド滅びる気も感じんし無理もして無いカナー! 生きんの比較的楽しーよ。どーよ?」
 夏子が軽く問い掛ければシアンはくすくすと笑った。あまりにも悍ましく、あまりにも低く、確かめるような声音がぞろりと地を這って。
「シャトンが待っていますもの」
「……シャトンはどこににいったの? なぜ離れてしまったの? 探してるのなら手伝うわ」
 タイムにとって遂行者は敵で、好悪の情に照らし合わせれば後者だった。けれど、随分と執心しているその様はどうしたって気になってしまう。
「シャトンは……どこにいったのでしょうね。ああ、けれど、あの子も屹度素敵な素敵な終焉を求めて歩いている筈だもの」
 うっとりと笑ったシアンにタイムはシャトンとは『遂行者』なのだろうかとぴくりと肩を揺らがせた。
 美しいぬばたまの髪。纏う雨の匂いは郷愁の念をも湧上がらせる。出会えぬ愛おしいかたわれを探し求めるかの如き女は、手出しをしない限りは軽口とちょっかいばかり。
「何かよくわからんが探しているからヤる気なかった?」
 前線でやり合うこともなかったと夏子は肩をやわやわと竦めた。訳ありそうな美人は嫌いではないけれど、あれはちょっと正気がなさ過ぎる。
「ねえ」
 ひらりと白い遂行者の衣を揺らしてからシアンは振り返る。その名の通りの藍紫色がイレギュラーズを映して揺らぐ、寸分の風もない湖のように。
「また、逢いましょう。わたくしはあなたたちがきらいではなかったみたいだもの」
 硝子が罅割れるように崩れていく世界の中で女の残り香だけが漂った。雨のように、世界が降って終っていく。
 神様が世界を作るならば、何から作るだろうか。地を満たす水を天より降らし雨とするのだろうか。芽吹くようなひだまりのかおりとそれは早々易々とは出会えない。
 だから、雨(シアン)は陽(シャトン)をさがしている。
 ――あなたとわたしは、ふたりでひとつ。ひとりでふたつ。

「その衣装とても似合ってるし、とても可愛いと思う! これからも一緒に頑張っていこうね!」
 スティアをまじまじと見詰めてからエルピスは頬を赤く染めた。スティアさまも、と辿々しく紡いだ後、頷く。
「きっと、シアンさまは、『シャトン』と呼んだ何者かが近くにいらっしゃる筈。……追掛けなくては、なりませんね」
 聖女の如く清い空気を身に纏う聖職者と、小さな村で聖女と呼ばれていた過去を持った落魄れた娘。
 似ていて、違う。そんな二人の見据える先には雨の匂いだけが残っていた。

成否

成功

MVP

なし

状態異常

なし

あとがき

 この度はご参加有り難うございました。
 シアンには相方シャトンも、手を握る事の出来ない場所で動いているとおもいます。
 また、皆さんにお会いできますことを楽しみにしております。

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