シナリオ詳細
紫陽花館。或いは、いざ、お化け屋敷へ…。
オープニング
●ありし日
床にも、壁にも、天井にも血飛沫が飛び散っていた。
部屋の真ん中に立っているのは、全身血塗れの男性だ。右手には同じく血塗れの斧を下げ、どこか茫然とした様子で足元を凝視していた。
男の足元に転がっているのは3人の遺体。
男性が1人と、女性が1人、幼い少女が1人。全員、斧で頭部を叩き割られて絶命している。
夫婦とその娘だろうか。
割れた頭蓋から脳漿が零れる。
男はそれをじぃと見やって、泣いているような、笑っているような、それでいて怒っているような……そんな表情を浮かべている。
ごとん、と重たい音を立てて男の手から斧が零れた。
よろよろとした足取りで、男は窓の方へと向かう。窓際に置いていた猟銃を手に取ると、男は少し躊躇いながら、銃口を口に咥える。
時刻は早朝。
窓から差し込む、眩しい朝の光を見ながら、男は銃の引き金を引いた。
●紫陽花館
「ここカ?」
「あぁ、ここみてぇだな」
「へェ? 立派な屋敷じゃねェか」
幻想。とある森の奥。
静かな屋敷を訪れたのは、赤羽・大地 (p3p004151)、クウハ (p3p010695)、そしてフーガ・リリオ (p3p010595)の3人だ。
事の発端は、クウハが手に入れた1枚の依頼書。
依頼主は、付近一帯を治める領主だ。
依頼の内容は「テストプレイ」。
実のところ、この屋敷はお化け屋敷なのである。
「依頼の詳細はこうだ。持ち主不在の立派な屋敷に手を入れて、お化け屋敷として再建したんで一般公開前の最終テストとして楽しんでくれ……だとさ」
依頼書に視線を落としてクウハは言った。
屋敷の名前は“紫陽花館”。
クウハたちは知らないが、付近では有名なホラースポットである。
ノッカーを握って、ノックを数回。
重厚な木製扉を叩く音。返事は無い。
「鍵は開いてるな」
ゆっくりと、大地が屋敷の扉を開けた。
途端、暗かったロビーに明かりが灯る。玄関を潜って、まっすぐ進んだ先には大きな扉があった。炎のように揺らぐ明かりが原因か。扉の全容は視認しづらい。
「……アァ?」
「ん?」
クウハとリリオが、ほぼ同時に疑問の声を零した。
2人の視線も、扉の方へ向いている。
「なんダ? どうし……ん?」
2人から少し遅れて大地も気づいた。
扉の端から、じわりと“赤”が滲んでいるのだ。
波打つように、零れるように……“赤”は徐々に量を増す。
液体……それも、光を通さぬ濃い赤色は、まるで血液のようである。
3人が“赤”に気付いたことがきっかけか。“赤”は、血は、加速度的に増えていく。決壊したダムを見ているようだ。鮮血の津波が押し寄せる。
「うぉぉ!? な、なんダ!?」
「何だじゃねェ! 閉めろ閉めろ!」
「飲み込まれるぞ! 急げ!」
鮮血の津波が3人の足元に届く寸前、フーガとクウハが蹴飛ばすように扉を閉めた。
それっきり、扉を津波が打つかのような音はしない。
物音のひとつもしない静けさだけが、辺りを包む。
扉の前で、3人が顔を見合わせている。
「ん? あぁ、お客さんか。確か、テストプレイで人を寄越すって話だったけど、君たちがそうかい?」
背後からかけられたのは、男の声だ。
足音も、気配もしなかった。
数々の戦場を経験した習慣か、3人は即座に臨戦態勢を整える。
背後を振り返れば、そこにいたのは斧を手にした中年の男。力仕事が多いのか、年齢の割に筋肉質な体格をしている。
「おっと、驚かせちまったか? あぁ、斧が駄目だったかな。ちょうど裏で薪を割ってたもんでな」
男は朗らかに笑っている。
まるで、悪戯を成功させた子供のような笑顔にも見える。
「俺はグレイ・D。管理人だ。それで肝試しだったな。まぁ、内容は簡単だ。君たちは屋敷の中を自由に歩き回っていい。好きに歩き回って、217号室を目指すんだ。217号室にある机の上には、原稿用紙が積まれているから、1枚を取って裏口に行ってくれ」
「裏口……出口ってことカ」
「そういうことだ。裏庭にある巨大迷路の入り口に俺がいるから、回収した原稿用紙を持って来てくれ。それでゴールだ」
簡単だろ、とそう言って。
男は笑う。
「なァ、フーガ。あの斧……危なくねェ?」
「クウハもそう思うか? あれ、【必殺】と【致命】が付いてるよな?」
声を潜めて、クウハとフーガは言葉を交わす。
とはいえ、しかし。
ここまで来たのだ。お化け屋敷のテストプレイは、無事にこなさなければいけない。
- 紫陽花館。或いは、いざ、お化け屋敷へ…。完了
- GM名病み月
- 種別リクエスト
- 難易度-
- 冒険終了日時2023年05月31日 22時15分
- 参加人数7/7人
- 相談8日
- 参加費150RC
参加者 : 7 人
冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。
参加者一覧(7人)
リプレイ
●紫陽花館
扉を開けると、そこは薄暗いホール。
どこか遠くで、或いは近くで、低く高い音が鳴っている。壊れかけのピアノか、弦の歪んだヴァイオリンのような音色だ。
「マ、この赤羽様にかかりゃア、怨霊など小間使いに等しいからナ。任せとケ」
「そんな大口叩いてると、今に罰が当たるぞ?」
ずけずけとフロアに踏み込んで行く『彼岸と此岸の魔術師』赤羽・大地(p3p004151)と、その後ろに続く『ベルディグリの傍ら』ジルーシャ・グレイ(p3p002246)。
お化け屋敷・紫陽花館試験運用部隊第1班は、厳正なくじびきの結果、以上の2人に決まった。
「ハッ! そろそろ来るぞ?」
後ろから2人の背中を眺めながら『あいいろのおもい』クウハ(p3p010695)がくっくと笑った。
「ふ、ふふーん、これまで色々な依頼をこなしてきたんだもの。ちょっとやそっとじゃもう怖がらな」
ホールへ足を踏みこんだ瞬間、ジルーシャの背後で扉が閉まった。
それと同時に、扉の隙間から、端の方からじわりと“赤”が滲み出す。血のような赤色は、音もなく徐々に増えていく。
何リットル、否、何十、何百リットルもの血液が津波のように押し寄せる。仮にその血を人から得るなら、どれだけの人数を殺めて絞れば足りるだろうか。
「キャァァァア血の海ィ!!!」
ジルーシャの悲鳴が木霊した。
1階客室。
部屋に足を踏みこんだのは都合3人。
「観光資源の方法がお化け屋敷というのもいかがなものかと思いますが……せっかくですし見学させていただきましょうか」
『守護者』水月・鏡禍(p3p008354)が部屋の中をぐるりと見まわす。何の変哲もない部屋だ。ベッドにテーブル、チェストとゴミ箱。
高価な品ではないが、安物でも無い。デザインは簡素だが、材質は悪くない。泊まるのなら、こういう部屋がいい。変に豪華な部屋よりも落ち着いて過ごせることだろう。
「姿見が無いのだけ気にかかりますけど」
顎に手を触れ、鏡禍は呟く。
「お化け屋敷っつっても悪霊の俺からすりゃ心霊現象なんざ怖くもねーんだよな。オマエはどうだ?」
「お化けは平気。チビの頃から見てるから。声は聞こえないけど……あっちから話しかけてくれるんならいけるはず」
クウハの問いに答えを返し、『放逐されし頭首候補』火野・彩陽(p3p010663)は頭を掻いた。
「え? お化けですか? そもそもクウハさん悪霊ですし、僕自身も妖怪ですし、仲間みたいなものだと思ってますよ」
鏡禍も同様。お化けや霊の類に何も不安や恐怖を抱いていない。お化け屋敷のスタッフ側からしてみれば、実に脅かし甲斐の無い客たちである。もうジェットコースターとかバンジージャンプとかに行けばいいんじゃないかな。
実のところ、一行は既に何度かの怪奇現象に遭遇している。例えば、視界の端を3輪車に乗った少年が横切ったり、玄関付近にあった花瓶の位置が変わっていたりしたのだが、3人は一切、気にしなかった。
視界の端を霊が横切る程度のことは日常茶飯事なのである。
血の津波が押し寄せる。
視界を埋め尽くすほどに大量の血が、ホールに置かれたソファーやチェストを押し流す。
「きゃー。フーガ、わたしも血の海こわーい」
『ずっと、あなたの傍に』佐倉・望乃(p3p010720)は恐怖し、ずっと、キミの傍に』フーガ・リリオ(p3p010595)の腕に縋りつく。
その口調は妙に平坦なもの……有り体に言うなら“棒読み”であったが、フーガはそれに気づかない。
「大丈夫。おいらが傍にいるからな」
その頬に冷や汗が伝う。
取り乱すようなことは無いものの、台詞ほどに精神的な余裕は無い。
●紫陽花館試験運用部隊
ところは食堂。
望乃とフーガが足を踏みいれた瞬間、ほんの一瞬だが何十人もの人影が見えた。
「っ!? な、なんだ!?」
望乃を庇うようにして、フーガが腕を横へ伸ばした。
だが、人影が見えたのはほんの一瞬。気づけば、食堂に立っているのはフーガと望乃の2人だけ。
否……もう1人いた。
「フーガ……あれ」
望乃が指差したのは食堂の奥に設えられたバーカウンターだ。そこには中年のバーテンダーが立っている。
この洋館の管理人であるグレイ・Dではない。彼以外にも人がいるなど聞いていない。
2人に気付いたバーテンダーが、慇懃な仕草で礼をした。敵意や悪意は感じないが、どうにも望乃は、不気味な気配を感じている。
杞憂ならいいが、そうでなかった場合はどうか……。
食堂の入り口に短剣を置くと、フーガへ視線を送った。頷きを交わし、2人はバーカウンターの方へと近づいていく。
「大丈夫。血の海も、幽霊も、怖くない」
そう言って、フーガは前へ。
再び礼をしたバーテンダーは、にこりと人好きのする笑みを浮かべた。
「ようこそ紫陽花館へ。ご存知ですか。この館にまつわる血塗られた過去を」
ノンアルコールのカクテルをグラスに注ぎ、バーテンダーは語り始める。
紫陽花館の管理人だろうか。
「いいえ、知らないですね。よければ教えてくれますか?」
「ちょっと、望乃……」
「……得られるだけの情報は、得ておいた方がいいような気がするの」
カクテルに手を伸ばし、望乃は答えた。
浅く頷き、バーテンダーは語り始める。
「以前の管理人の話です。彼は妻と子供と一緒に住み込みで館を管理していました。ですが、こんな辺鄙なところにある館ですからね。滅多に人は訪れない。静かで自然豊かな場所と言えば聞こえはいいですが、閉鎖された環境と孤独は人を容易に狂わせる」
洗ったばかりのグラスを手に取り、バーテンダーは言葉を続ける。
食堂の景色が映し出されるぐらいに、ぴかぴかに磨かれたグラスだ。
「彼はいつしか妻と子供に辛く当たるようになっていた。怒鳴る、叩くは日常茶飯事……そして遂に、躾けと称して妻と子供を斧で殺めてしまったんです。そして自責の念からか、それとも別の要因によるものか、彼自身も自ら命を絶った」
それ以来、紫陽花館は空き家になった。
……つまり、この物語は“お化け屋敷・紫陽花館”の設定なのだろう。
「噂では、今でも彼の霊は館に留まっているとか。お2人も、どうぞお気を付けください。とくに217号室には決して立ち入らないように」
なんて。
そう言って、バーテンダーは薄く微笑む。
その笑みには、ほんの少しの澱みが見えた。
話は終わりだ。空になったグラスを下げて、男は2人へ退席を促す。
食堂を後にする直前、フーガは掠れた声で言う。
「あの人、磨いているグラスに姿が映っていなかったように思うんだけど」
「奇遇ですね。わたしにもそう見えました」
最初から何となく気付いていたことではあるが。
この紫陽花館、何か様子がおかしいようだ。
「ァァ……ウ“ァァ”」
それは死霊の呻き声。或いは亡者の呼び声か。
否、それはジルーシャの声である。
「大丈夫かジルーシャ? ウルタールかリコリス貸そうか?」
ところは2階の廊下である。
ほんの数分でジルーシャは10も老けたように思える。精神的な憔悴は、かくも人から活力を奪うものなのか、と大地は1人で感心していた。
「アタシ幽霊とかゾンビだけはホントにダメなのよぉ……!」
「そうみたいだナ。見りゃ分かル」
見れば分かるが、だからといってどうにもできない。
何故なら、紫陽花館のテストプレイは正式な依頼であるためだ。投げ出さないことと、あきらめないことと、自分を信じ抜くことが依頼達成の秘訣であるため、ジルーシャには頑張ってもらうしかない。
「く、くるなら来てみなさい……! 来たら泣くことになるわよ!」
「誰が泣くっテ?」
「アタシが!!」
今日一番、気合の入った返答であった。
「そうか。だったら、ほら……あっちを」
大地が指差したのは廊下の奥の暗がりだ。
そこにいるのは2人の少女。揃いの青いワンピースを着た金の髪の双子であった。
「っ……ぁ“ぁ”ぁ“ぁ”ぁ“ぁ”」
絶叫さえも、もはや掠れて響かない。
ひと昔前の漫画でしか見ないような顔をしている。例えるなら「ギャーーーーッ!」という感じの顔である。
悲鳴を聞いても双子は表情を変えない。
ただ、じぃっと無感情の顔をしてジルーシャと大地を凝視している。
「やっぱテストプレイハ、お客様の声を聞きたくてやるモンだしなァ。その点、ジルーシャはいいお客さんだろうヨ」
「お化け屋敷でいいお客なんて思われても嬉しくな――ッ」
にこり、と双子が笑った気がする。
「ギャァァァ嘘嘘ごめんなさいすっっっっごく嬉しいわ!! 嬉しすぎて泣きそう!!!」
「あっ!? おい、どこに行く?」
嬉しすぎてジルーシャは遂に駆け出した。
歓喜の念が最高潮に達したのだろう。その目尻が、きらりと光っていたように見えたが。
問題は無い。
人は嬉しい時にも泣くのだ。
1階、客室。
浴室にあるのは、老婆の腐乱死体であった。
「……ビックリさせてくるくらいやろ思とったけど、なんや。ただの御遺体かいな」
「普通は絶叫ものなんでしょうけどね。驚かせるだけじゃなく怪我までしてしまったらお化け屋敷としては問題ですから」
遺体を見下ろし彩陽と鏡禍は言葉を交わす。
濡れた髪、白濁した瞳、うじゃけた肌。腹の辺りの肉は腐敗し、内臓や骨の一部が見えている。精巧な作りだ。まさに腐乱死体そのものだ。
「絵画が動く、悲鳴が聞こえる、扉が勝手に開く、ナイフが飛んでくる、本が降ってくる、棚が倒れかかってくる、体が動かなくなる。扉に鍵がかかる、暗闇から何かが襲いかかってくる……どれも悪戯で散々やったが、なるほどこういうやり方もありかもな」
ふむ、と納得した様子のクウハも、今更遺体の1つや2つで恐怖するような性質ではない。そもそもクウハの住処には、半ば遺体のような住人もいるのだから。
「ってか、これ本物の遺体じゃね?」
つん、と遺体を指で突注いでクウハは「おや?」と首を傾げる。触った感覚や、体温など、本物の遺体と何ら遜色は無いように思える。
「事件ですか事故ですかー、って? ほな、後でグレイ・Dに報告しとこか」
「あの人が“生きている人間”である保証も無いですけどね」
いつまでも遺体を眺めていても何の意味も無い。
3人は腐乱死体をその場に残して、客室を後にするのであった。
「ところで、この洋館って左右対称の造りになっていますよね?」
廊下の窓から前庭を眺め、鏡禍はそう呟いた。
彩陽は我関せずと言った様子で、きょろきょろしながら先へと進む。
足を止めたのはクウハだけだ。
「左右対称だとなんか問題あるのか? そういう造りのところは幾らでもあるだろ?」
「そうなんですけど。1階の広さや客室の数を考えると、2階にあるのはせいぜい14~16室程度が限界だと思うんですよね」
「……アァ?」
「ですから、217号室って一体どこにあるのかな……と」
左右対称、そして鏡禍の目測が確かであるなら、2階には216号室までしか存在しないはずなのだ。
だというのに、目的の部屋は217号室であるという。
「そりァ、あれじゃねェの? 204号室が無い、とか」
「いや、そういうわけでも無いんやない? ほら、1階には4号室、あるみたいやよ?」
客室の1つを指さして彩陽は言った。
3人は顔を見合わせ、思案する。
いくら思案したところで、答えなんて出るはずは無い。
と、その時だ。
ラッパの音色が、静寂を断ち切ったのは。
●紫陽花館の惨劇
All play and no work makes Jerusha a dark personality, All play and no work makes Jerusha a dark personality, All play and no work makes Jerusha a dark personality……。
「なぁに、これェ……」
原稿用紙一杯に綴られた同じ文面に視線を落とし、ジルーシャは顔色を青くした。
「感想でも書こうと思ってたが、そんな余白は無さそうだ」
ところは217号室。テーブルに積まれた原稿用紙を手にとって、大地は目を丸くする。
ざっと見たところ、どの原稿用紙にも隙間なく文字が……同じ言葉が記されていた。
「っていうか、なんでアタシの名前……名乗ってないわよぉ」
大地はともかくジルーシャは、そもそもグレイ・Dと顔を合わせてさえいない。ここに至るまでの道中、紫陽花館の関係者に名前を告げた覚えも無い。
だというのに、原稿用紙一杯に綴られた文中には、たしかにジルーシャの名前が見られる。
「やだ……怖いわ。怖くない?」
「今更だロ」
怯えるジルーシャ。呆れる大地。
その時、部屋の外でゴトンと重たい音がした。
「な……にっ!?」
ズドン、と。
洋館全体が震えるほどの大音声。
部屋の扉の一部が砕けた。飛び散る木っ端と、鈍く光る斧の先端。
割れた扉の隙間から、血走った男の目が見える。
「いっ……ギャァァァァアアアア!?」
人間、急に大きな音が鳴るとビビるものなのだ。
例に漏れず、ジルーシャはその場にへたり込む。
一方、大地は本を取り出し扉の向こうの血走った目を睨み返した。
「一度は鋏で落ちたこの首、今更斧など恐れるものか!」
覚悟完了までが早い。
217号室の扉を、斧で叩き割ったのは血走った目の中年男だ。
「乙女の直感が告げています。あの男が怪しいと!」
「見れば分かるよ! おいらが行くから望乃はここで待っててくれ!」
トランペットに手をかけて、フーガが前へと駆け出した。
斧を持った男……グレイ・Dは割れた扉の隙間から部屋の中を覗き込んでいる。部屋の中から聞こえているのはジルーシャの悲鳴か。
「ひゃわっ!? ちょ、フーガ、そんなところを触ったらくすぐったい……あら? でもフーガは前にいる?」
「……何だって?」
背後で聞こえた望乃の声に、フーガは思わず足を止めた。
眼前の光景にだけ意識を向けていたせいで、新手の登場に気付けなかったのか。
「と言うことは今わたしを触っているこの手は、一体誰の………っ!?」
「っ……何が起きてるんだよ、こりゃ!!」
望乃の足を掴んでいたのは、腐乱した老婆の遺体であった。白濁した目で望乃を見上げ、声にならない叫びを口から零している。
人手が足りない。
現状が全く理解できない。
トランペットに口を付け、フーガは大きな音を奏でた。
屋敷全体に響くトランペットの音色が、仲間をここへ……217号室へ呼んでくれるはずだ。
斧が振り下ろされるのは、これで果たして何度目か。
今度こそ扉を叩き割るほどに、力のこもった一撃だ。だが、グレイ・Dの斧が扉に届くことは無かった。
「重点的に調べている時間は無さそうですね」
鏡禍が間に割り込んで、斧の一撃を防ぐ。
その手の動きに従うように1枚の鏡が宙を舞っていた。その鏡面に、グレイ・Dの姿は映らない。
「やっぱ人じゃなかったか! だが、問題ねェ! グレイの斧に必殺はついてるがブレイクはついてねェんだ、何も怖くねェな!」
グレイ・Dの背を魔弾が撃ち抜く。
短い悲鳴を口から零して、グレイ・Dがクウハを向いた。
グレイ・Dが振り返るのと合わせて、彩陽が廊下を駆け抜ける。まっすぐ部屋に辿りつくと、力任せに半壊した扉を引きはがす。
「死んでへんやろね?」
「問題なイ! 原稿用紙も手に入れたし、このまま裏口へ逃げるゾ!」
「今更、意味あるんかな? まぁ、いいわ。ジルーシャは俺が引き摺っていくから、先導は頼んますよ」
部屋から飛び出して来たのは、原稿用紙を数枚握った大地である。
その次に這い出して来たジルーシャの腕を、彩陽が掴む。廊下を引き摺られていくジルーシャへ、グレイ・Dが目を向けた。
「悪い子にはしつけが必要だ」
だが、斧を振り下ろすことは出来ない。
「悪い子しかいねぇよ、ここにゃァよ!」
「え、僕も悪い子に入ってます?」
斧の刃を鏡禍が抑え、空いた腹部へクウハが魔弾を叩き込む。
グレイ・Dがよろけた拍子に、その腹部をクウハが蹴った。倒れたグレイ・Dを残して、一行は裏口へ向かって逃げて行く。
「びっ……くり、しました」
「怖いのに、頑張ったな、望乃……おいらも、ちょっとこわかった」
胸を押さえた望乃を抱え、フーガが裏口の扉を開けた。
望乃の足を掴んでいた腐乱死体は、既にフーガが撃退している。グレイ・Dも追って来ないし、先の一件からここまで、何の怪奇現象も起きていない。強いて言うなら、全身に絡みつくような視線を感じる程度である。
「やっぱグレイ・Dはいねぇか」
「待て。あれ……じゃ、ないのか?」
裏庭にグレイ・Dの姿は無い。
溜め息を零すクウハの肩をポンと叩いて、大地は巨大迷路の前を指さした。
そこにあるのは、苔むした墓石だ。
「グレイ・D、ここに眠る……墓、のようだな」
217号室から持ち出した原稿用紙を、大地は墓石の前に置いた。
さっきまで、紙面一杯に書き込まれていた不気味な文字は、いつの間にか消えている。
「危険! 計画中止を進言する! っと……お客様のご意見ってのは大事なもんだろ?」
紙面に大きく感想を書いて、クウハは肩を竦めて見せた。
依頼はこれで達成だ。
なお、ジルーシャは既に気絶している。
成否
成功
MVP
状態異常
あとがき
お疲れ様です。
紫陽花館のテストプレイは無事に完了しました。
どうやら危険であることが判明しました。
今回はシナリオのリクエスト&ご参加、ありがとうございました。
縁があれば、また別の依頼でお会いしましょう。
※なお重症は精神的なものです。
GMコメント
●ミッション
最低1人がお化け屋敷のテストプレイをクリアする
●ターゲット
・グレイ・D
お化け屋敷“紫陽花館”の管理人。
朗らかで、親切な中年男性。
屋敷の裏口を出たところにある、巨大迷路の前で皆のゴールを待っているらしい。
なぜか足音がしないし、気配も希薄。そういう体質なのだろう。
斧:物至近単に大ダメージ、致命、必殺
薪割りに使う斧。
●フィールド
幻想。
とある森の奥にある大きな屋敷“紫陽花館”。
何らかの事情により空き家となっていた物件を、領主が改築……観光資源の1つとして、お化け屋敷に変えた。
今回イレギュラーズはテストプレイの為に呼ばれている。
1階には食堂やキッチン、書庫、客室。
2階は全室客室となっている。
屋敷内では、客を驚かせるための仕掛けがある……らしい。
※お化け屋敷のルールは以下の通り
屋敷内を散策する
217号室で原稿用紙を1枚、手に入れる
1階裏口から外に出る
裏庭の巨大迷宮前にいるグレイ・Dに原稿用紙を渡す
●情報精度
このシナリオの情報精度はCです。
情報精度は低めで、不測の事態が起きる可能性があります。
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