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シナリオ詳細

<伝承の帳>やさしい奇跡の殺しかた

完了

参加者 : 8 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

オープニング

●美しい思い出を殺してでも
「テセラ・ニバスの帳の内部にアリスティーデ大聖堂を見つけ、各地の神の国への入り口を見つけた、ですか?」
 砂糖壺を開き、角砂糖を一つ、二つ、三つとつまみ上げる。
 手のひら一杯に詰まれた角砂糖を、隣のコーヒーカップへ一つ、二つ……ぽちゃりぽちゃりと落としていった。
 カップが溢れるギリギリまで投入したところで、異端審問官メディカはようやくカップを手にしたのだった。
 表面張力でようやく保ったそれを唇につけ、ゆっくりと傾ける。熱湯とさほど変わらぬ熱さであろうに、傾く速度が緩むことはなく、そして周囲の者が異様さにやっと顔をしかめた頃には、カップの中のコーヒーは飲み干されていた。
「笑止千万」
 コンッ、とテーブルにカップを叩くように置く。底に残った溶けかけの砂糖の塊が鈍く揺れ。
 メディカはまるでオモチャを前にした子供のように美しく微笑んだ。
「不正義は全て、叩き潰してあげませんと」

 まずは『神の国』について、説明をせねばなるまい。
 現在、幻想王国より高次のレイヤーにおいて『神の国』が発生し、これを放置すればいずれ帳がおりゼノグラシアンたちが蔓延るリンバスシティへと変貌してしまうという。
 具体的にどのようなことが起こるのかを、あえてイメージの上で述べることにしよう。
 まず帳がおりることで幻想王国の民は言語を崩壊させてしまう。『崩れないバベル』によってネイティブに会話をしていた者たちは次々に読解不能の異言(ゼノグラシア)を話し始め、彼らはありえざりし歴史の中に生き始める。たとえば魔種の率いた狂気のサーカスがローレットによって倒されていない歴史の上であるとか、ベアトリーチェもアルバニアも倒されておらず世界が魔種たちの遊園地と化していった歴史であるとか。
 それは彼ら――冠位魔種ルストの陣営に属する『遂行者』たちにとっての『正しい歴史』であるという。
 そうなれば、幻想王国内部の兵力も政治力も意味を成さない。影の天使とワールドイーターたちが闊歩する地獄へと変貌していくことだろう。
 それを実現させうるのが、現在高次のレイヤーに存在する『神の国』であり、それを作り出している『聖遺物』なのである。
「『神の国』というのは、いわば特殊な異空間。外からの破壊はできず、内部へ入り込むほか方法はありません。お姉様、ご準備は?」
 メディカが首をかしげて振り返るので、アーリア・スピリッツ(p3p004400)は肩をすくめた。
「ええ、いつでも。あなたはすぐにでも行きたいのでしょう?」

●理想的な僕達私達、或いは、『涙する石榴石』
 今回突入することになる神の国(異空間)は、聖遺物『涙する石榴石』によって作り出されたものである。
 その特性は、入り込んだものの心を写し取り、仮想的幻想王国の街で幸せに暮らす風景が描き出されるというものである。
「調査隊の証言によれば、チームで突入したにもかかわらず個々に分断され、死んだ筈の父との暮らしが再現された空間に飛ばされたり、決別した筈の姉との生活が再現された空間へ飛ばされたりしたらしい。
 一部の者はその優しい微睡に飲まれ、精神を溶かしてしまったのだろう。神の国から帰還することはなかった……。
 だが、その生活を『破壊』することができれば、異空間から一時的に脱し、これらの空間の核となっているワールドイーターに挑むことができるという。
 調査隊は戦力不十分を理由に撤退したが、ここまで分かっているなら挑むことは可能だろう」
 調査報告書を読み上げた神父がそこまで説明すると、メディカやアーリア、そして集まったローレット・イレギュラーズたちへと視線を向けた。
 ここは幻想王国と天義の間にある酒場の個室。時折両国間にわたりそうな問題があったとき内々に解決するべく使われたこともある、由緒正しき内緒話部屋である。天義の異端審問会に所属するスナーフ神父は肩をやや竦め、集まったイレギュラーズたちの顔ぶれを見た。
「この空間内に入れば、失った友や別れた家族といった者と再会するかもしれない。
 アーリア君やメディカ君であれば、ご両親がつつがなく生活する風景が再現されることだろう。
 それを、『破壊』してもらいたい。方法はどんなものでも構わない。己がそう確信できるのであれば」
 メディカが「簡単でしょう?」とかたわらに置いたハンマーをつついて笑った。
「破壊する作業はお姉様にお譲りします。もし『できなければ』私が代わりに叩き潰して差し上げますけれど?」
「……」
 アーリアは眉を少しだけあげて、そしてどこか妖しく笑った。憎まれ口の、照れ隠し。そこまで分かってあげられるのは、きっと姉の自分だけだろうと。
 スナーフ神父はコホンと咳払いをしてから手元の資料をめくった。
「ワールドイーターの戦力は多少だが分かっている。影の天使を複数従え、聖遺物『涙する石榴石』を核として動いているようだ。外見は人間の神官に近く、錫杖を武器とし魔術を行使するという。強力ではあるが、今ここに集まっている戦力であれば勝利できるだろう」
 最後に資料をまとめ、テーブルに置いてこちらへと突き出してくる。
「あとは任せた、メディカ君」
「ええ」
 資料を受け取り、メディカはその薄目を開きその奥に炎を燃やした。
「『純粋なる黒衣を纏え。此処に聖戦の意を示さん』」

GMコメント

●あらすじ
 天義で猛威を振るった『神の国』が幻想王国にも現れました。
 これを放置すれば幻想もまたリンバスシティのように変貌してしまうでしょう。
 それを防ぐため、神の国への突入と破壊が依頼されました。

●パート構成
・前半:『偽りの幸せ』パート
 あなたは神の国へと突入後、仲間と分断され異空間へと飛ばされます。
 そこでは、あなたが叶わなかった幸せな生活が再現されているでしょう。
 その空間をあなたなりに『破壊』することがこのパートのミッションとなります。それが物理的なものでも、精神的なものでも、あなたが確信できるのであれば成功するものとします。
※プレイング前半には、あなたが叶わなかった幸せな生活があるとしたらどんなものか書いてみてください。
※一緒に参加するPCのなかで一緒に同じ空間に入りたい方がいたら双方同意の上プレイングに記載してください。
(ここではメディカ、アーリア姉妹は同じ空間に入るものとします)

・後半:ワールドイーター戦パート
 異空間を破壊したあとは、これらの空間を支配しているワールドイーターとの戦いになります。
 神官の姿をしたワールドイーターは錫杖を武器とし魔術を行使して戦うと言われています。
 また、配下として影の天使たちを複数従え、これらは剣や槍といった武装でこちらに襲いかかってくるでしょう。
 皆と力を合わせ、ワールドイーターを撃滅してください。
 そうすることで核となっている聖遺物『涙する石榴石』も破壊することができ、この神の国をも破壊することができます。

●味方NPC
・メディカ
 超絶に過激な正義思想をもった異端審問官。にして、アーリアの妹。
 月光人形事件において、騙されたとはいえ自らが不正義を働いてしまった事実とその葛藤によって長い間眠っていたがアドラステイアがらみの事件に決着を付けるべく覚醒。
 姉妹の再会を果たし、今では共に不正義を叩き潰す姉妹となった。
 今回は冠位魔種級の不正義との戦いということで、『純粋なる黒衣』を纏い殺意をフルに高めて挑んでいる。
 巨大なハンマーを武器とし、聖なる力で身を守って敵陣に突っ込みパワーで叩き潰すゴリ押しぎみな戦法を得意とするタンクアタッカー。

●情報精度
 このシナリオの情報精度はBです。
 依頼人の言葉や情報に嘘はありませんが、不明点もあります。

  • <伝承の帳>やさしい奇跡の殺しかた完了
  • GM名黒筆墨汁
  • 種別通常
  • 難易度NORMAL
  • 冒険終了日時2023年05月29日 22時05分
  • 参加人数8/8人
  • 相談7日
  • 参加費100RC

参加者 : 8 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

参加者一覧(8人)

Lily Aileen Lane(p3p002187)
100点満点
アーリア・スピリッツ(p3p004400)
キールで乾杯
エッダ・フロールリジ(p3p006270)
フロイライン・ファウスト
マリア・レイシス(p3p006685)
雷光殲姫
ゼファー(p3p007625)
祝福の風
小金井・正純(p3p008000)
ただの女
リスェン・マチダ(p3p010493)
救済の視座
マリエッタ・エーレイン(p3p010534)
死血の魔女

リプレイ

●『ささやかな祈り』Lily Aileen Lane(p3p002187)のやさしい奇跡
 みんながいた。
 パパもいた。ママもいた。執事やメイドがいた。
 館の大きなテーブルにご馳走が並び、にこやかに語らうパパとママ。こちらに微笑みかけるその姿に、Lilyは目を細めた。
「あぁ、幸せです。このままずっと――」
 そう。このままずっといられればどんなに良いか。
 そんな風に考えた瞬間、脳裏に誰かの姿がよぎった。
 ――母親になってくれた神
 ――皆に優しく強い女装男子騎士
 ――格好良いライオンさん
 人は失い、空っぽになることがある。
 それは確かに不幸なことで、悲しいことだ。
 しかしだからこそ、新しく得るものがあった。
 はらはらと頬を伝ったのが涙だと気付いた時、Lilyは微笑む。
「あ、そっか……夢なんです、ね……」
 失わなければ、きっとあのままだった。それはそれは、幸せなことだけど。
「でも行かなくちゃ」
 私にも大切な仲間がいるから。
 失ったから手に入れた、これもこれで、幸せなことだったから。
「行ってくるね。そこで見守っていてね。……だから」
 だから、なかったことになんか、できない。
「お父様、お母様バイバイ!」
 目元を拭って、Lilyはゴシック調の棺を召喚した。
 どこからともなく現れたそれは蓋を開くと、大量の砲身を出現させる。
 鉛弾の嵐が、幸せな風景をなぎ払っていった。

●『キールで乾杯』アーリア・スピリッツ(p3p004400)のやさしい奇跡
「お姉様の幸せって、こんな風だったのですね」
 アーリアとメディカは、家の庭に立っていた。こちらを優しく見つめるのは、当時の父と母。
 妹は教会へ、私は父と母の手伝いで診療所へ。
 世界が滅びる信託を受けたって、最期の日まで街の人々を救う。
 仕事が終われば家族で食卓を囲んで、今日も神様に感謝の祈りを――。
 揃いの黒衣を身に纏い、メディカはアーリアの隣でくすくすと笑った。
 風景が切り替わり、優しく温かな家族の食卓が現れる。
 テーブルの中央に置かれた砂糖壺を引っ張って、アーリアはその中身を乱暴に握りしめた。
 角砂糖が潰れるくらいに握ったそれを、自らの紅茶のカップの上で開く。
 ぼちゃぼちゃとはしたなく鳴るカップに両親が目を丸くするけれど、アーリアは気にせずそれを口に放り込んだ。
「甘ったるいわ。なんでこんなのがいいのかしら」
「頭が良く動きそうでしょう?」
「全然理解出来ない」
 アーリアはメディカの軽口を受け流すと、手で乱暴に口元を拭う。
「けど、目が覚めたわ」
 にっこりと、糸目で微笑むような顔をしているメディカ。
 アーリアは知っている。この目の奥で、彼女はずっと怒っている。
 不正義が許せなくて、いつかの自分も許せなくて、いつかの母も、許せなくて。
 だから、あえてなのだろう。
「ねえメディカ。そのハンマー、貸して頂戴」
 手を出すアーリアに、メディカは一瞬だけいぶかしげな目をした。そして、『どうぞ』といって差し出してくる。
 ずしりと重いソレを両手でしっかり握りしめ、振りかざす。
 両親があげる悲鳴にも耳を貸さずに、アーリアは風景を破壊する勢いでハンマーを叩きつけた。

●『フロイライン・ファウスト』エッダ・フロールリジ(p3p006270)のやさしい奇跡
(どこかで何かが上手く行けば。
 そんな選択肢があるとしたら、生まれた時から私の人生は間違っていた)
 大鏡に映る自分の姿がころころと切り替わっていく。
 背が高く屈強な女軍人。
 上品なドレスに身を包んだ令嬢。
 あるいはグラマラスな肢体をスーツに包んだ事務官の姿か。
(だれよりも不遜で理想の高い心と、それを全て取りこぼすに足る貧弱な肢体。そんな私が報われたいと思ったことはありません)
 願いがあるなら、ひとつだけ。
(そんな私でも、善き人々に報いたいと思ってしまったのです。
 その為に、罪を裁き、敵を倒し、世界が少しでも良くなればと、全ての悪を根絶するべしと)
 生まれなければ幸せだった。
 課せられた課題は大きすぎて、両の手には余った。
(だから私は/自分は、そんな世界に放り込まれた瞬間にそこを否定するでしょう。
 だって、そんな理想が叶ってしまった世界なんて、絶対にだれも幸福にならないから。
 最初から矛盾した、成就することないこの想いをそれでも追い求める。その姿勢こそが理想なのだと、とっくに気付いているのだから)
 何もない暗闇で、エッダは鋼のグローブを拾いあげた。
 ああ、見よ。暗闇の先で、理想的で強く気高い自分が皆に慕われ笑っている。
「何を笑っている」
 燃え上がるそれは、両の手に余ったからこその。
 強く望んでしまったからこその。
「この憤怒こそが、私の理想だ!」
 殴りつけた景色は、ひび割れて――。

●『雷光殲姫』マリア・レイシス(p3p006685)のやさしい奇跡
 マリアの眼前に再現されたのは、何気ない生活だった。
 普通の、普通の、なんでもない光景。
「我ながらなんて地味で普通の生活なんだろう。叶わなかった理想の生活というのがこれとは皮肉だね。我々ガイアズユニオンのイージス(十二の神盾)は、誰しもがこんな風に暮らせる世界にしたくて戦っていたというのに……。まぁだからこそ、なんだろうね……」
 求めたのは、願ったのは、間違いじゃない。それが彼女の全てだった。
 そうだ。全てだった。過去形だ。
 その全て捨ててでも、彼女は――恋をしてしまったから。
「さて、終わりにしよう。確かにこれは叶わなかった理想の生活の一つなのかもしれない。でもさ、今の私はそれよりもずっと素敵な生活を送っているのさ。ヴァリューシャが居れば……私は他に何もいらない。私はあまり器用なほうではないのでね。雷撃で盛大にお別れするとしよう!」
 今がこんなにも幸せだから。
 だからもう、いらないんだ。
 さようなら、過去の私。過去の願望。
 私は前に進んだよ。
「極天式電磁投射砲! 緋雷絶華!!!!」
 荒れ狂う赤き雷が、風景の全てを崩壊させていく。

●『猛き者の意志』ゼファー(p3p007625)のやさしい奇跡
 たき火を挟んで二人。向かい合っている。
 沢山出会って、沢山分かれて、沢山忘れられた彼女の経験した、ひとつの大きすぎる別れ。
「もう、何年もロクに顔も見せやしない癖に。
 こういう時には都合良く出てくるのね、師匠(おじいちゃん)」
 たき火越しに照らされた顔は、優しく微笑んでいるように見える。
 だからだろうか。
 口にするべきじゃないようなことすら、今はすらすらと口に乗った。
「未だ教わりたいこともあったし、行ってみたいところもあった。
 此の冒険と戦いの日々に、隣にいてくれたなら色んなことが違ったでしょう。
 今みたいな刺激的な日々もいいけれど、少しずつ背中が曲がっていく姿を見届けるなんても悪くはなさそうだったかな。
 だって私にとっては、師匠が親代わりみたいなものだったから」
 本当に面と向かっていたら、こんなこと絶対に言わなかっただろうに。
 ああ、でも、そうだ。
 本当だったら、こんな風に微笑まなかったろうな。
「こんなときまで、優しいんだか厳しいんだか」
 ゼファーは『槍』を手に取った。それこそが、別れの証。さよならの印だから。
「さよなら、もう行くわね」
 槍の穂先が、空を穿つ。

●『明けの明星』小金井・正純(p3p008000)のやさしい奇跡
 彼がいた。
 弟のような彼が。後悔でいっぱいの彼が。その先を見守りたいと願った、彼が。
 この想いを捨てた時に切った髪も元の長さに戻っていて、笑いあっている。
 そこには何の負い目も、悲しみも、苦しみもない。
 R.O.Oで見た正純のような葛藤もなければ、現実の彼女のような諦めも。ただ素直に愛を告げられたなら。それが許されたなら。
 縁側で二人並び、見つめ合う姿がある。
 ああ、そこでやっと気付いた。
 自分は『そこ』にいてはいけないのだと。これは、幸せの客観に過ぎないのだと。
「溺れたくなる。
 夕焼けに照らされた、貴方が名前を教えてくれたその花を、貴方とずっとみていたくなる。
 でもそれは、私の我儘で、私の望んだ勝手な幸福。
 だからごめんなさい」
 偽りとは言え、弓を引くことを。
「今でも貴方を愛しています」
 だから、ここにいてはいけないのです。
 正純の放った矢が、振り返る彼の胸へと突き刺さった。
 世界の終わりを、示すかのように。

●『救済の視座』リスェン・マチダ(p3p010493)のやさしい奇跡
「リスェンちゃん、そのリボンかわいいね」
「自分で作ったの? すごい! 今度作り方教えてほしいな」
 ここはどこだろう。
 この子達は、誰だろう?
「今度リスェンちゃんの家に遊びに行ってもいい?」
「じゃあ私クッキー焼いてくよ。作り方覚えたんだ」
 仲睦まじい声と風景。
 光に満ちたような野原で、笑う自分の姿が見える。
 手を伸ばして求めたなら、自分は『彼女』になれるだろう。
「みんなでクッキーパーティーだね」
「ねー」
「リスェンちゃんは何味がいい? チョコチップ? それともミントとか?」
「あたしはトマトで」
「あんたには聞いてないし。しかもトマト味のクッキーって」
 友だちがいて、笑い合える。ただそれだけの日常。
 リスェンはそんな物語を読んで過ごしていた。
 興味がないふりをしてたつもりだけど、外から聞こえてくる賑やかな声が、ほんとは羨ましかった。
「え、リスェンちゃん、泣いてる...?」
「大丈夫? 何かあった?」
 ハッと気付けば、自分は『彼女』になっていた。
 差し伸べられた手の温かさを、まるで知っているみたいに。
 リスェンは振り返り、目元を拭う。
 どんなにその手が温かくても、自分で涙を拭わなきゃいけない。
 そうしなきゃ、いけないから。
「きゅ〜」
 と、羽リスが鳴いた。
 今のわたしには、もっと大切な友だちがいるから。
 悔いなんてない。振り返ったりしない。
 掲げたおんぼろの杖が、破壊の光をまき散らす。

●『輝奪のヘリオドール』マリエッタ・エーレイン(p3p010534)のやさしい奇跡
 真っ赤な月夜だった。
 血塗られた道の中で、自分に手を差し伸べる誰かの姿がある。
 その手を、愛しいと感じた。
 この人に浚われたいと感じた。
「なるほど……これは"私"ではなく……"貴女"の幸せな生活ですか、魔女さん」
 だとしても、とマリエッタは呟く。
 手を取ったらどんなにいいだろうとざわめく心を押さえつけて、マリエッタは自力で立ち上がった。
 翳した腕に、ナイフを当てる。
「私も貴女も気に入らない。ぶっ飛ばしてあげましょう。
 私達は自らの手で幸せを放棄し、誰かの手ではなく自らとどまらず先に進む者達だと――!」
 腕に走らせた刃は血を吹き上げ、それは大きな鎌を成す。握った柄を強くしめ。かみしめるように振り抜いた。
 風景に斜めの亀裂が入り、砕けたその先は――巨大な聖堂の中だった。

「幻想にまで手を出してくるなんて…世界そのものを、あるべき世界へ。真なる歴史へ
 ……ええ、その想いや考えは立派でしょう。けれど、私達を異物とするなら、存外黙れないのが私。
 死血の魔女……というものですよ。なんて、遂行者達にはずいぶん色々されましたので怒ってる部分が多いだけです」
 マリエッタは微笑んで、神官の姿をしたワールドイーターへと向き直る。見れば、仲間達も意識を取り戻しているようだった。
「さあ、始めましょうか。私達なりの『破壊』を。幸せを選ばなかった理由を」

●やさしい奇跡の殺しかた
「まどろむ中に朽ちてゆけば、幸福であったものを――」
 宙に浮かぶ神官のような姿をしたワールドイーターは、唇を歪め嘲笑でもするようにこちらへ呼びかける。
 マリエッタの目がすぅっと細くなる。
 構わず、ワールドイーターは手にしていた錫杖を振り、影の天使たちを召喚した。
 どこからともなく浮きあがるように現れた天使たちは、手にした槍を握って襲いかかる。
 マリアエッタは鎌によって槍の一撃を払いのけると、返す刀ならぬ血の刃で影の天使を切り捨てる。そして散った血を操り、ナイフの群れへと変えて発射した。
 一方で、Lilyは顔を覆い膝を突いていた。
「うん、辛い……辛過ぎる……です。
 幸せな夢と、決別するの辛い……」
 指の隙間で、目が開く。
「だからこそ赦せない、人の心中を無理矢理開けられた事が……!」
 彼女を挟むようにそびえ立った二つの棺が開き、中から顔を覗かせた重機関銃が長い弾帯を踊らせながら鉛の雨をばらまき始める。
 宙へと浮かび上がるLilyを追従するビットとなった棺たちは、そのまま踊るように周囲へと射撃をばらまき続ける。
「ゼファーちゃん、エッダちゃん、前は任せたわぁ」
 アーリアは胸元から小瓶を取り出すと、その蓋を開いて自らの手のひらへと注ぎかけた。
 立ち上る甘い香りが魔術を成し、恐るべき呪いとなってワールドイーターへと襲いかかる。いや、襲いかかったのは呪いだけではない。ハンマーをアーリアから返されたメディカが、猛烈な勢いでワールドイーターへと突進をしかけたのだ。
 放たれる光の矢を聖なる障壁によって無理矢理キャンセルし、そのハンマーでもって殴りかかる。
「叶った幸せなんて、そんなものに価値は……。
 いや、こんなうす暗いメンタル自分だけでありますか? あっれぇ?
 くそが、マリアに後で猫缶食わせて気晴らしするであります」
「どうして?」
 側面から回り込み、鋼の拳によって殴りかかるエッダ。
 すぐに錫杖を翳し防御をこなしたつもりのワールドイーターだが、エッダのパンチはその程度で防げるものではない。
 思い切り吹き飛ばされ、聖堂の柱に激突した。
「ここからは軍人としての本分を全うしよう! 加減はなしだ! 雷装深紅!」
 崩れる柱から離脱し反撃を――と試みたところでマリアの蹴りが炸裂する。
 赤い雷を鎧のように纏ったマリアの蹴りはワールドイーターの身体をくの字にへし折るだけの威力があった。いや、より大きなダメージはワールドイーターが放とうとした光の砲撃をエネルギー不足によってキャンセルさせたことだ。
「うっ――」
 通常攻撃に切り替え、マリアをはねのけるワールドイーター。
 が、ワールドイーターの放つ何発もの光の矢は、リスェンが展開する治癒のフィールドによってダメージごとキャンセルされていく。
「ちょっと調子が狂ってしまいそうですが……」
「戦場でなければ、怒りのままに暴れているところですが。
 今はちょうどよく、目の前に敵がいます。
 虫の居所が大変悪いので、このモヤモヤ、ぶつけさせて頂きますね?」
 リスェンの治癒に守られながら、ぴんと背筋を伸ばした正純は弓を構えた。
「不愉快なもの見せてくれたお礼です。消し飛べ、クソ野郎」
 放たれた矢は光の矢を真っ向から破壊しながら、ワールドイーターの胸へと突き刺さる。
 それだけではない。
「向き合うべき過去も、振り払うべき過去も。其の時が来れば、其の時にケリをつけるわ。
 そして、其れは今日じゃないってことははっきりと分かってるの。
 だから、私は大丈夫」
 崩れた柱を足場にして跳躍したゼファーの槍が、ワールドイーターへと思い切り突き刺さり、貫いた。
「今頃、何処をほっつき歩いてるんだか。ぼやぼやしてたら、耄碌しちゃうわよ。あの爺ったら」

 『涙する石榴石』が破壊されたのだろう。神の国は消え去り、いつの間にか彼女たちは幻想の街中に立っていた。
「あーもう、嫌な夢見たし飲み行きましょ!」
 アーリアのそんな一言に、異を唱える者は無い。皆連れだって、街の酒場へと入っていくのだった。
 閉じた扉の外で、一陣の風が吹きぬける。

成否

成功

MVP

Lily Aileen Lane(p3p002187)
100点満点

状態異常

なし

あとがき

 ――mission complete

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