PandoraPartyProject

シナリオ詳細

砂漠の迷い犬

完了

参加者 : 10 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

オープニング

●ラサから来た少年
「おはようございます。……依頼が、あります」
 早朝。12~3歳くらいだろうか、1人の少年が、2匹の小型犬を連れてローレットへとやってきた。周囲からの視線に少し戸惑う様子を見せながらも、少年は静かに話し始める。
「僕は、ラサから来ました、隊商の一員です。こちらへは今さっき着いたところです。あの……犬を、探してほしいのです」
 ニレと名乗った少年は、うつむいて眉根を寄せる。
「砂漠を抜ける手前で、竜巻に襲われてしまい。隊商の番犬たちが、行方不明になってしまったのです」
 そもそも途中で盗賊に出会って戦闘になったため、本来通るはずのルートから逸れてしまっていたのだという。

「お父さ……隊長は、あの子たちより隊商を優先しました。おかげで他のみんなは、無事に到着できました。……でも、あの子たちも、商団の家族の一員なんです」
 2匹の犬が、ニレを気遣わしげに見上げている。
「この子たちがいれば、砂漠の中でもにおいをたどって行けるはずです。どうか」
 お願いします。そう言って、ニレは竜巻に襲われた地点を地図で示し、そして2匹の犬――ルーンとルルーをイレギュラーズに託した。

●砂漠の3匹
 時が経つにつれて、苛烈になる日差しの下。はぐれた3匹の番犬たちは、岩陰に身を寄せ合っていた。身体を覆う影が、徐々に小さくせまくなっていく。

 ……移動しなくてはならない。
 番犬たちのリーダーであるユーガは垂れた耳を持ち上げ、ひとつ鼻息を吐いた。どうやら少し先に水場があるらしかったが、そこまで安全に行けるかどうか。犬たちは竜巻のせいでそれぞれ傷を負っていたし、とくに一番年下のビビンは、後ろ足から血を流している。
 ……こわい。誰かきてほしい。
 痛む足を震わせて、ビビンは身を縮こませている。この様子では、もし敵に襲われでもしたら一巻の終わりだろう。それに血痕やにおいも気がかりだ。
 ……はやく行こう。はやく。
 しかし一方では、ヘナが焦れた様子でうなっている。たしかに。ここに留まっていても、消耗していくだけだ。是非もないのである。どうにかして、主人の待つ群れに合流しなくては。

 やがて犬たちは岩場を離れ、昼の砂漠を移動し始める。ユーガがビビンに寄り添って庇い、ヘナが先行して安全を確かめながら。
 このまままずは水場に向かい、喉を潤そう。それから移動しやすい夕方になるまでしっかりと休み、そして群れを追いかけよう。
 そういう計画である。

 しかし犬たちのいる場所は、夜になると黒いサソリの大群が現れるエリアであった――

GMコメント

 こんにちは、キャッサバです。職場でも家でも猫に囲まれていますが、犬も好きです。犬、尊い……

●目的
 3匹の犬を見つけ出し、隊商まで送り届けてあげてください。

●3匹の行動
 においと音を頼りに、岩場から小さなオアシスへ向かってゆっくり移動中です。とくにタイムロスがなければ、この道中でイレギュラーズと出会うこととなりそうです。
 オアシス到着後は、夕方まで休みます。それから隊商と合流すべく、再び砂漠を移動していきます。

●黒サソリ
 夕方以降、砂漠に出現。5~8センチ程度の大きさですが、大群で襲ってきます。砂の中から黒い水が染み出てくるように、ほぼ無音で一行を取り囲むように現れます。
 麻痺効果のある毒針で相手の行動を封じ、集団での捕食を狙います。

●ルーンとルルー
 小型犬。イメージはミニチュアダックスフント。イレギュラーズと同行し、砂漠へ向かいます。人見知りせず、指示にもそこそこ従ってくれます。また普段から隊商の荷物と一緒に移動していたため、鞄などに入ることにも抵抗はありません。犬たちの中で一番の嗅覚を持っています。
 またかなり気の強い性格でもあり、黒サソリ出現時は、突破すべく吠えたけりながら向かっていってしまいます。

●ユーガ
 大型犬。イメージはセントバーナード。思慮深く洞察力に優れた、犬たちのリーダー。気配りもでき、とくに年少者や身体の小さな相手は保護し面倒を見ようとします。イレギュラーズが何のために来たのかもすぐに理解し、何かと協力してくれます。前足をぶつけたらしく、少し痛いようです。
 黒サソリ出現時は、突進していくルーンとルルーを庇おうとします。

●ビビン
 大型犬。イメージはゴールデンレトリーバー。愛想が良く人好きで、イレギュラーズが来てくれたことに大喜びして、全員にあいさつして回ろうとします。まだ子供っぽさが抜けきっていませんが、相手の表情をよく読んで、寄り添うような対応もできます。後ろ足を怪我しており、血が出ています。
 黒サソリ出現時は怯えてしまい、為す術がありません。身体能力的には、ジャンプしてサソリの群れから逃れることも可能です。

●ヘナ
 中~大型犬。イメージは和犬。隊商メンバー以外には懐かず、食事を与えられても拒否します。イレギュラーズ合流後は、一行の後ろから、少し離れてついてきます。下手に近づいた場合、割と本気で噛んできます。ただし喧嘩や力比べをしてヘナに勝つと、少し認めてもらえます。腰あたりを怪我していますが、隠しています。
 黒サソリ出現時は即座にジャンプして、包囲網から脱出します。しかしビビンが動けなくなっていることに気づき、引き返そうとしてしまいます。

●フィールド
 砂漠が舞台となります。とくにオアシスでの休憩後は、夕方~夜の砂漠を移動することとなります。日が落ちて気温は下がり、月と星が明るいので視界も問題ありません。しかし砂の上なので、少し歩きづらいかもしれません。

●依頼主
 依頼はニレ少年の独断ですが、このことはイレギュラーズ出発後、隊商リーダーの知るところとなります。しかしニレは「相談せずに動いた」ことのみを叱られ、依頼自体に影響はありません。ニレの父親でもあるリーダーにとっても、犬たちは大切な存在です。

●情報精度
 このシナリオの情報精度はBです。
 依頼人の言葉や情報に嘘はありませんが、不明点もあります。

  • 砂漠の迷い犬完了
  • GM名キャッサバ
  • 種別通常
  • 難易度NORMAL
  • 冒険終了日時2023年05月22日 22時05分
  • 参加人数10/10人
  • 相談7日
  • 参加費100RC

参加者 : 10 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

参加者一覧(10人)

ノリア・ソーリア(p3p000062)
半透明の人魚
ウェール=ナイトボート(p3p000561)
永炎勇狼
リカナ=ブラッドヴァイン(p3p001804)
覇竜でモフモフ
エマ・ウィートラント(p3p005065)
Enigma
ペッカート・D・パッツィーア(p3p005201)
極夜
モカ・ビアンキーニ(p3p007999)
Pantera Nera
ルナ・ファ・ディール(p3p009526)
ヴァルハラより帰還す
レイン・レイン(p3p010586)
玉響
紫暮 竜胆(p3p010938)
守護なる者
ピリア(p3p010939)
欠けない月

リプレイ

●昼の砂漠
 砂漠に強い日差しが降り注ぐ。『半透明の人魚』ノリア・ソーリア(p3p000062)はその上空を泳ぎ、彷徨える犬たちの姿を探していた。
(きっと ニレさんにとっての 犬たちは
家畜や ペットではなく 家族なのでしょう…)
 家族の一員を置いて逃げることとなり、今どのような心持ちでいることか。ノリアは依頼人の心情を思い、まぶしい照り返しの中でも懸命に目をこらした。

 高く飛ぶノリアの下では、他イレギュラーズたちがそれぞれ砂の上を進んでいた。『Enigma』エマ・ウィートラント(p3p005065)は砂に足を取られないよう、ほんの少し身体を浮かせながら。
(これは急いだ方が良いでごぜーますね……)
 浮いたおかげで歩きにくさはないが、やはり暑い。そして時折吹く風が砂を巻き上げ、服にも髪にも砂が降り積もっていく。
 竜巻……というか砂嵐だろうか。巻き込まれた犬たちの体力は、あとどれくらい残っているだろうか。エマはあの厄介な暴風を思い出しながら、先を急いだ。

『玉響』レイン・レイン(p3p010586)の桜色の傘が、砂で薄らくすんでいる。レインはパカダクラの上から、周囲を注意深く見ていた。遠くの景色は砂でかすんでいたが、レインの視力は広域を捉えていた。
 そうして周囲を見ながら、レインは時折小さな笛を咥え、息を吹き込んだ。普通の人間には分からなかったが、ずば抜けて耳の良い者や犬たちなら聞こえただろう。その笛は、ニレから預かった犬笛であった。

「な、のー!」
 車輪が砂に沈む。その度に亜竜のシュヴァくんは気合いのこもった(?)鳴き声とともに、頑張って馬車を引き上げ、前へと進めた。『永炎勇狼』ウェール=ナイトボート(p3p000561)はそんなシュヴァくんを労りながら、少しでも進みやすい道を選んで馬車を操っていた。
「わんちゃんたち、どこかな? まだかな?」
 そんなウェールに近づいて、『欠けない月』ピリア(p3p010939)は問いかける。ウェールの肩かけバッグのなかには、ルーンとルルーが入っていた。ピリアは迷子の犬たちを心配するあまり、何度も2匹に話しかけていた。
 ルーンとルルーはバッグから顔を突き出して、周囲のにおいを確かめた。そして見つからないと言うように、くぅんと小さく鳴いた。しょんぼりしたピリアも、2匹につられて声を漏らした。彼女の頭の上ではカラクサフロシキウサギのうみちゃんが、励ますように花を撒いていた。

 皆の頭上を1羽のカラスが飛んでいる。『極夜』ペッカート・D・パッツィーア(p3p005201)の召喚したファミリアーであった。一方悠然と飛ぶカラスとは対照的に、ペッカート本人は砂に足を取られそうになっていた。歩きにくいうえに熱い砂をかき分けて、ペッカートは気合いで進む。
「わんちゃ…ンンッ、犬殿はさぞかし心細いに違いない。一刻も早く見つけねばならないな、くもり殿」
 そして『かわいいもの大好き倶楽部』紫乃宮 竜胆(p3p010938)もまた気合いで歩きつつ、カラクサフロシキウサギのくもりちゃんに話しかけていた。しかし話しかけられたくもりちゃんは、砂漠に着くや否や早々に歩行を諦め、竜胆の頭の上で寝息を立てていた。

(犬、即ちもふもふ)
 もふもふ。『覇竜でモフモフ』リカナ=ブラッドヴァイン(p3p001804)は並々ならぬ熱意を持って、犬たちを捜索していた。
 もふもふかつ、依頼人の言葉によれば、忠誠心の篤い勇敢なわんこたちらしい。『覇竜でモフモフ』のリカナさんとしては、これを放っておく手はなかった。必ずや探し出し、モフり届けなければならない。リカナは使命感に燃えた。
 そして一行からやや離れた場所では、『Pantera Nera』モカ・ビアンキーニ(p3p007999)が飛ぶ鳥を落としていた。疲れているだろう犬たちに、新鮮な食事を提供するため。モカは道すがら獲物を見つけては、すばやく狩りを行っていた。

 やがてエマが精霊から声を聞き取り、ノリアの視界の端で、何かが動いたような気がしたとき。
 ウェールの鞄からルーンとルルーが顔を出し、しきりに吠え始めた。ウェールは馬車を操る手を止め、2匹に方角を訊ねる。馬車は目の前の砂丘を迂回しながら、示された方向に――
「ルーン! ルルー!」
 その動きに焦れたのか、ルーンは鞄から飛び出すと、猛然と走り始めた。次いでルルーも飛び出す。
「任せな!」
 しかし2匹がイレギュラーズたちからはぐれてしまうことはなかった。『黒き流星』ルナ・ファ・ディール(p3p009526)が即座に駆け出し、その後を追ったのである。そしてルナの耳にはすでに、ルーンとルルーの吠え声に対する返答が聞こえていた。ルーンとルルーを追い抜いて、ルナはその声の元へ駆ける。後方の2匹をちらりと見て、ルナは不敵に笑う。
「――!!」
 そんなルナに挑発されてか、2匹は速度を上げる。けれども小さな身体に短い足。そもそもルナとは勝負にならないのである。しかし2匹は負けん気を起こして追いすがり、ルナは微笑んだ。ほんの少しだけ優しく。
 そしてレインがもう一度笛を吹いたとき、嬉しそうな犬たちの声が、誰の耳にも聞こえた。

 *

 イレギュラーズたちに保護され、ビビンはすぐに馬車へ乗り込んだ。そしてビビンはモカが差し出した水をせっせと飲んで、それからモカの頬をぺろりとなめた。冷えた舌の感触がモカに伝わる。それは心からの感謝の訴えであった。
 ユーガは一同を見渡した後、ウェールのそばへと近づいてきた。そして彼から事の経緯を聞くと、ほっとしたように息を吐き、ウェールの手に鼻先をこつんと押しつけた。それから一声鳴いて、静かに馬車へ乗り込んでいった。ルナと競走をしたルーンとルルーは、すでに馬車の中で伸びていた。
 ピリアは犬たちとともに馬車に乗り込み、ビビンとユーガの傷を癒した。2匹ともとても驚いた様子を見せたが、すぐにビビンは嬉しそうに小さく鳴き、ユーガは大きな頭をそっとピリアにすり寄せた。

 一方ヘナは、頑なに馬車への乗車を拒否した。ついては来るものの、水も受け取ろうとしない。近づいてきたモカに対して唸り声を上げ、牙をむき出しにしている。
 やがてさらに近づいたモカに対し、ヘナは噛みつきにかかる。しかしモカは身をかわしてそれを避ける。もう一度近づいてきたモカに、ヘナが今度こそ噛みつこうとする。しかしモカはまた避け、ヘナは消耗して息を荒くしていった。
「ヘナちゃん、だいじょうぶかな……?」
 馬車の中からヘナとモカを見て、ピリアはユーガに訊ねた。ユーガは心配そうなピリアの頬を一舐めすると、あくびをして身体を伏せた。放っておいて大丈夫、らしい。

●オアシス
 オアシスに到着すると、馬車に乗っていた犬たちは勢いよく駆け出したり、ゆっくりと伸びをしたりしながら、それぞれに降りていった。ヘナも水を飲みに行き、ようやく身体を休めることができそうだ。
 ペッカートは持参したドッグフードを振る舞いつつ、犬たちを順番になでていった。ルーンとルルーもユーガも、なでられながらも食事を続ける。
「!」
 しかしビビンだけは食事中でもすぐに反応し、なでてもらったお返しとばかりにペッカートの頬をべろべろ舐めた。
 顔を食べカスまみれにされたペッカートは、泉に向かった。泉のそばではレインとモカが、持参した食糧と狩った獲物を使って、イレギュラーズたちの食事と犬たちの食事を、別々の鍋で作っていた。犬たちの食事は味が濃くならないよう、モカは注意を払っていた。レインは鍋をかき混ぜながら水を飲み、人心地ついていた。

 ヘナは水を飲んだ後、皆から少し離れた木陰で身を伏せていた。モカたちの作る料理に鼻がひくつき、苛立たしさのあまり唸り声が出てしまう。おまけに先ほどから、ノリアのつるんとした蠱惑的な尻尾が視界を行ったり来たりしていて、何故だか目が離せない。よだれが出てきてしまう……
「! き、気がすむまで、噛んでくださって、かまいません、ですの!」
 そしてヘナの熱烈な視線に気がついたノリアは、いっそ我が身を差し出すようにそんなことを言う。傍らで、エマの目がキラリと光った気がする……
「――!!」
 しかしヘナは誘惑を振り切り、吠え立ててノリアを遠ざけた。
 そしてヘナの声に驚いたビビンはひっくり返り、手ずから水を飲ませてくれていたウェールに激突した。

 リカナは犬たちを次々モフモフトリートメントでつやつやのサラサラに整えていた。先にモフられたユーガは砂も血もすっかり落ちて、まるで高級な邸宅に暮らすわんこのように、艶やかで美しい毛並みを風になびかせていた。
 そしてルーンは今まさにモフモフされ、待ちきれない様子のルルーはリカナの周りをぴょんぴょんと跳ね回り、そして何故か泉にダイブしていった。
(ったく、犬ころが……)
 そして騒がしい犬たちを横目に、ルナは木陰で休んでいた。気晴らしで受けた、この度の依頼。しかし自力で生き延びられないようなやつは、そもそもラサの砂漠にいるべきではないだろう。だというのに依頼人はこんな犬たちにこだわって、わざわざローレットにまで出向いて。甘ったるいというか。なんというか。
「……」
 やがてビビンがルナに近づいてきて、遊んでほしそうに尻尾を振った。
 
 竜胆はひとり、静かにヘナへ近づいていった。頑なにイレギュラーズたちを拒絶する、ヘナ。食事もせず、どこか動きもぎこちない。怪我をしているのかもしれなかった。
 牙をむいて唸るヘナの目の前で、竜胆は刀を置く。そうして丸腰になってから、竜胆は利き手をそっと差し出した。唸り声が高くなり、それ以上近づいたら噛むという一線を、竜胆は越える。
「っ!」
 次の瞬間、竜胆の腕にヘナの牙が突き刺さった。血を流しながら、竜胆は怒りに燃えるヘナの目を静かに見つめた。そして優しく語りかける竜胆に対し、ヘナは歯がみするようにさらに牙を突き立てた。
「!? や! やだっ! おねがいっ、めっ! なの! めなのよっ!」
 そしてヘナに食事を運んできたピリアは、竜胆たちを見て顔色を失った。慌てて駆け寄ると、竜胆の腕に取りすがる。今にも泣き出しそうなピリアを前に、竜胆は困ってしまった。
「――」
 すると興が冷めたとでもいうように、ヘナは竜胆の腕を放した。そしてピリアが落とした食事を、ちびちびと食べ始める。
「ピリア殿、これはその……」
 ヘナとピリアを見比べて、竜胆は言葉に詰まり。ピリアはいかにもむすーっとした様子で、竜胆とヘナの傷を治療したのだった。

●危険な帰路
 夕方。オアシスを出発した一行は、再び砂漠を進む。その上空をペッカートのファミリアーが旋回していた。
 ウェールは馬車に毛布を敷いて、暖かい魔法結晶を設置していた。犬たちはウェールの言葉に従い、馬車に乗り込んだ。ヘナだけはやはり馬車に乗ろうとはしなかったが、皆から距離を取ることはなく、馬車に随伴し警戒にあたるつもりのようだ。
「必ず送り届けるからな」
 語りかけるウェールの言葉に、ヘナはひとつ鳴いて応えた。幌つきの馬車からは、レインのつけたランタンの灯りが、わずかに漏れていた。
 モカが先行して見張りを行うなか、馬車は静かに進んでいった。

 *

 そして星が明るく輝き、夜半も過ぎた頃。砂の中から現れた黒い帯が、馬車を取り囲んだ。モカが声を上げ、皆に敵襲を知らせる。
 それは黒いサソリの群れであった。

 ノリアは美しい尾びれを震わせて、サソリたちを引きつける。跳びつこうとするサソリを避け、けれど敵の群れから離れすぎず、ノリアは宙を移動する。馬車から遠ざかるように。
 そうして馬車から離れたサソリたちに、ペッカートが魔砲を打ち込む。派手な砂煙とともに、大量のサソリが吹き飛んでいく。そして砂煙が晴れたとき、ペッカートは手に火焔の大扇を構えていた。煌めく炎が夜の砂漠に踊る。

 レインは馬車を背に守り、気糸を展開し近づくサソリを次々に切り裂いていった。さらにノリアへ接近するサソリに向けて、レインは雷撃を放つ。うねりのたうつ稲光は、サソリだけを正確に撃ち抜いた。

 竜胆は砂漠の砂の上にあって、空を飛ぶような足取りで戦場を駆け抜けていた。刀から迸る紫電が闇を切り裂き、敵を薙いでいく。
「ヘナ!」
 そしてモカは、ヘナに近づこうとするサソリに気功を放った。ヘナは相変わらずモカに馴れようとはしなかったが、けれどモカとヘナは、この時までずっと一緒に馬車の護衛をしていたのだった。互いの死角を補い合うように、それとなく連携しながら。
 モカの一声にヘナは身構え、黒豹を象った誘導弾がサソリだけを葬り去った。

「頑張れ、シュヴァくん!」
「な、な、なのーー!!」
 サソリの出現により、砂が動いたせいだろうか。車輪が沈み、空回る。ウェールは馬車を後ろから押して、サソリたちの包囲から逃そうとしていた。シュヴァくんも気合いの雄叫びを上げて、必死に突破を試みている。
 そこへ押し寄せるサソリたちは、しかしウェールが呼び寄せた矢弾の通り雨によって散っていった。ウェールは再度馬車を押して、車輪を砂から脱出させた。

 だがそんな戦場の騒乱に駆り立てられたのか、馬車から小さな影が飛び出してきた。ルルーである。馬車を抜け出したルルーは一心に駆け、サソリの群れに突進――しようとしたが、びよ~んと後方へ引き戻された。
「こんなこともあろうかと!」
 と言って、ルルーに繋がる散歩ひもを握るのは、リカナであった。振り返れば同じく飛び出そうとしたルーンが、ユーガに咥えられて馬車へと引き戻されていくところであった。

 ルナはリカナからルルーを受け取ると、自らの背にルルーを乗せた。
「おら! 存分に吠えやがれ!」
 そして猛々しく名乗りを上げ、なおも馬車へ向かおうとするサソリを引きつけながら駆け出した。ルルーは揺れるルナの背に爪を立てながら、吠えに吠えた。
 寄せるサソリの群れを跳び越えながら、ルナとルルーは大喝した。
「……どこを撃っても大量に倒せているけど、キリがないわ」
 サソリの群れに砲弾を雨のごとく降らせながら。ルルーを連れて駆けるルナを見て、ルカナはため息を吐いた。敵の総数が分からないせいで、徒労感が募る。弾切れになる前に、この場を離れたほうが良さそうだ。

 黒いサソリは底の知れない泉のように、いくらでも湧いてくるように思われた。エマはそのとき、堕天の輝きによってサソリたちの動きを次々に封じているところであった。そしてさらなる追撃を繰り出そうとしたエマに、精霊たちからの警告が届く。
「! ウェール様、レイン様! 馬車が……!」
 振り返り、エマは馬車の近くにいた2人に呼びかける。馬車の真下から現れたのだろうか、見れば馬車の車輪がサソリたちで黒く染まっていた。音もなく、そして速やかにサソリたちは馬車の中へと侵入する。
 と次の瞬間、ルーンを咥えたユーガが、馬車から飛び出してきた。

 馬車から飛び出したユーガは着地するや否や、勢いをつけてルーンを宙に放り出した。イレギュラーズたちに向かって。そして身をひるがえし、ユーガは馬車へと戻ろうとする。しかしその首根っこを、走り込んできたルナが引っ掴んで捉えた。
(こいつらは)
 ユーガの身体は大きい。体重もかなりのものである。
(てめぇの命も危ねぇってときに)
 しかしルナは振りかぶり、
「他人の心配ばっかしてんじゃねぇ!」
 力一杯ユーガを放り投げた。今度こそ、戦場の外に。

「ヘナ殿!」
 そしてユーガと同じく馬車へ駆け寄ろうとしたヘナは、竜胆に押し止められていた。行く手を阻む竜胆に対し、ヘナは怒りを露わに吠え立てる。
「……どうか、信じてほしい。皆、私達が必ず守るから」
 しかし竜胆に見つめられ、押し黙ることしばし。ヘナもまた、戦場を離れて避難していった。竜胆はヘナを見送り、馬車へと向かった。

 そして馬車の中には、ピリアがいた。ピリアは不安がるビビンを抱きしめながら、外で戦う仲間の傷を癒していたのである。しかしサソリたちは影のように、馬車へと侵入してきた。後ずさるピリア。外からは犬たちの吠える声が聞こえ、傍らではビビンが震えている。
(……ピリアがみんなをまもらなきゃ、なの)
 そしてビビンだけでなく、馬車の中にはうみちゃんも、竜胆から預かったくもりちゃんもいた。
 ピリアは床に敷かれた毛布でビビンたちを覆い、その上から皆を抱きしめた。小さな身体を少しでも大きく見せるように、精一杯ひれを広げて。
「みんな、だいじょうぶなのよ」
 黒いサソリの群れから、ピリアは身を挺して皆を守る。

 馬車内へ殺到したウェールは、ビビンたちをピリアごと抱き上げ、その勢いのまま馬車から離脱した。サソリの攻撃から逃れるため、上空へと避難する。
 毛布から顔を出したビビンが、心底嬉しそうにウェールの鼻先をなめた。
 そして馬車の中ではレインの光翼が、サソリたちを一掃していた。

 *

「ヘナ、大丈夫……?」
 そしてサソリの包囲から脱出後。馬車に戻った皆の傷を、レインは聖体頌歌で癒した。ヘナも疲れたのか、皆を信用することにしたのか、馬車に乗ってくたっとしている。心配したレインが毛並みに触れても、小さく唸るきりであった。
 そんなヘナを微笑ましく見つめながら、竜胆は身動きが取れなくなっていた。眠るビビンと、ビビンに寄りかかって眠るピリアに寄りかかられて。

「旨いのか? これ……」
 その近くではペッカートが、倒したサソリをつついていた。もったいない、らしいので拾い集めてきたけれど。
「……たぶん」
 そしてそのサソリたちから、モカは毒針をもぎ取っていた。黒いサソリは分からないが、サソリならおいしいはずである。
 ペッカートはモカに聞きながら、その処理を手伝うことにした。

「エマさんに! 食べさせるためでは! ありませんの!」
 一方ノリアとエマは、何やら仲良く(?)していた。大量のサソリを引きつけていたノリアは、その後もなかなか大変な思いをしていた。サソリに好かれすぎて、皆のもとへ戻れなくなっていたのである。
 そしてやっと帰ってこられたと思ったら、エマがお腹を空かせて待っていたのである。
「サソリとノリア様…… 新しい料理が誕生しそうでごぜーますねぇ」
 くふ、くふふ、くふふふ。エマは楽しそうに笑い、ノリアは食べられまいとして暴れている。

「シュヴァくんも、お疲れ様」
「なのー」
 そうして無事、隊商のもとへ到着すると。モカは隊商長にあいさつをし、ウェールはシュヴァくんを大いに労い、犬たちは大喜びで群れへと帰っていったのだった。

成否

成功

MVP

なし

状態異常

なし

あとがき

ご参加ありがとうございます。

もう十年近く前になりますが、一月ほど砂漠での暮らしを体験したことがあります。車を走らせる際はタイヤの空気圧をかなり減らさないと身動きが取れなくなるのですが、戻すのを忘れて市街地に入り、バーストさせた思い出が…… 皆様もどうかお気をつけください。

お疲れ様でした。

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