PandoraPartyProject

シナリオ詳細

桃の花、咲き乱れて誘う

完了

参加者 : 9 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

オープニング


 見事な花桃が咲き誇っている。
 この季節が過ぎ去ってしまうことなど考えもしないというように、めいっぱいに咲き誇っているのだ。零れ落ちるような花弁の上を、みずみずしい朝露が、ぽたり、と、ひとつばかり滑り落ちていった。
 花の枝がそれほどに美しいのは、眺める人びとがいればこそなのか、それとも、生まれ持った植物の性質なのか。
 物言わぬ花であっても、精一杯に生を全うするものだろうか。
 ここは豊穣郷(カムイグラ)――京の中心部からはやや離れた場所だが、この時期には例外的に客で賑わいを見せる。

 春も盛りの豊穣の地は、花を見に来た者たちでにぎわっている。それを相手にする屋台が、通りを追いかけるように並んでいた。
「……ここも変わりましたね」
「そうですねぇ」
 小さな盃に酒を浮かべ、ちびちびと飲んでいた花見客。着物のそっけなさ具合から見ると、地元のものであろうか。……どこか懐かしそうに言った。
 やや奇妙なのは、やたらとお面をつけたものたちが多いというところだろうか。お面や、手拭いで頭を隠しているもの、鬼人種(ゼノポルタ)なのか、精霊種(ヤオヨロズ)なのか。もっとそれ以外の者か――。
 誰何するのも野暮というものだろう。もはや世界は開かれている――世界は広い。イレギュラーズたちの活躍によって、均衡は崩されたのだ。きっと良い方向に……。
「こうやって酔っぱらってくだまいてるくらいだ。心残りってのもありますがねぇ、でも、命がけで戦った甲斐もあるってもんでさぁ」
「ですねぇ、旦那。おかげさまで人通りも増えて、あっしみたいな『客人』でもこうして堂々と花見ができるってもんでねぇ」
「良い時代になったもんですよ。ああ、生きてこれが見れたら、と思いますがねぇ。ま、ひとにはひとの役割があるってもんでね」


「異常、ないようですね」
 美しい羽を折りたたみ、『天空の魔王』ハンナ・フォン・ルーデル(p3p010234)は地に舞い降りる。
「危険はない依頼」。そう聞いてはいたものの、何があるか分からない以上は、簡単に警戒を解くわけにはいかなかったのだ。
 それでも、下調べをしていた仲間たちは「害はない」と口をそろえているので、おそらく本当にそうなのだろうと、ようやく物心ついた。
「お疲れ様」
『高貴な責務』ルチア・アフラニア(p3p006865)がハンナを迎えた。
「大丈夫そうですか?」
「ええ。迷子を少しみつけたくらいだったわ」
 依頼は、こうだ。
 賑わいもますますになってきて、喜んだ熱心なお役人がいた。さて、どれほど増えたものかと記録をするように言いつけて、花見客を数えさせたところ、表通りから「入る」客よりも「出る」客のほうが少ないというのである。
 しかし行方不明者も困っているものもいない。それで、危険がないかどうか調べるのが今回の依頼というわけだった。
「ああ、騒がせてしまってすみませんって? ええよ、気にせんと。もともとアンタらの場所なんやろ」
『放逐されし頭首候補』火野・彩陽(p3p010663)は顔をお面で隠した女性に手を振った。
「人ごみに酔ってしまったんだね。大丈夫だよ。ほら、ついた」
『彼岸の魔術師』赤羽・大地(p3p004151)は小さな子供に目線を合わせる。
「モウはぐれんなヨ」
「別に悪さもしてないんだろ? じゃ、この依頼は『異常なし』ってことになりそうだな」
『悪戯幽霊』クウハ(p3p010695)は、誰かに向かって笑いかける。……桃の花に向かって、に見えた。酔っぱらった表の客はそれには気が付かなかったはずだ。
「ヒヒヒ。なかなか可笑しなモノが売っているねェ」
『闇之雲』武器商人(p3p001107)は屋台を回っている。
「ずいぶん、古いものもあるんですね」
『守護者』水月・鏡禍(p3p008354)は骨董市の品物を眺めていた。ほとんどガラクタなのだが、法外な値段をつけられている茶碗があった。
「ああ、違うんだ。そいつはね。売りもんじゃない」
「いいものですね。……大事にされてきたんですね」
「おっ、わかるかい?」骨董品屋の主人は抜けた歯で笑った。「そいつはね、自慢のためにおいてるだけなのさ。実際価値はねぇんだが、人を見たいっていうんで、見物させてんのさ」

「人数の不整合は……数え違いってことで、問題ないわよね」
 依頼主への説明を考えているルチアの思考を、クウハが引き取る。
「ま、裏道があって、そちらから抜けている、という説明でいいんじゃねぇか。ホントに行儀良い連中みてぇだし、害はないな」
「せやな。むしろ生きてる連中のほうが騒がしいわな」
 クウハたちが言うのなら、間違いないのだろうと『ふもふも』フーガ・リリオ(p3p010595)は思った。
「それじゃあ、もうはぐれないように気を付けてくださいね」
『ふもふも』佐倉・望乃(p3p010720)がお面をつけた幼子と別れる。
「子どもって、可愛いですよね」
 望乃の唐突な発言に、リリオは少しせき込んだ。
「ふふふ♪」

GMコメント

●目標
・豊穣郷(カムイグラ)、通称「裏境(うらざかい)」で桃の花を楽しむ

出入りの人数が合わないことから持ち主が不安に思ったようですが、全く平和な世界です。
しかし、ついでに、見回りがてら楽しんでおくといいでしょう。

●裏境(うらざかい)
 豊穣郷(カムイグラ)の「裏境(うらざかい)」。高天京から外れた場所にある景勝地です。
 鬼人種(ゼノポルタ)と精霊種(ヤオヨロズ)が多いです。
 結構な人数の客ががお面をつけているようです。お面をつけた客の中には、普通の人間もいますが、「お客さん」が多そうです。

●施設など
表通りは屋台などもぽつぽつあり、にぎわっていますが、離れると人の少ない場所になります。静かに楽しみたい人向け。
桃の花をはじめとして、レンギョウや、やや季節外れの桜がかすかに咲いています。植物について詳しい人間であれば、不自然に思えるかもしれません。

~その他の設備~
・茶屋「桃源亭」
旅人の休憩所となっている甘味処です。ぜんざいや抹茶アイス、つきたての餅といった甘味や、雑炊やおにぎり、蕎麦なども手広く取り扱っているようです。

・お面屋
いろいろな面を売っています。

・金魚すくい屋
「花びら金魚」という看板が立っています。依頼を終えるとだいたいは花弁に変じてしまうようです。

・水風船すくい屋
「つぼみ風船」という看板が立っています。こちらも、依頼を終えるとだいたいは花弁に変じてしまうようです。

・わたあめ屋
「ホンモノのわたあめ! ホンモノです」と書かれていていぶかしまれています。
普通のわたあめです。

・消えモノくじ屋 ハズレなし
巻物、反物、宝飾品など、値段の割には夢の様に豪華な品がそろえられていますが、「一時の栄光、通りを抜けると消えてしまいます」という看板が立っています。

その他、お祭りにありそうな屋台が出ています。このあたりで珍しいものではクレープ屋なんかもあるようです。味は確かですが、珍しいのか、繁盛はしていないようです。

●情報精度
 このシナリオの情報精度はAです。
 想定外の事態は絶対に起こりません。

  • 桃の花、咲き乱れて誘う完了
  • GM名布川
  • 種別リクエスト
  • 難易度-
  • 冒険終了日時2023年05月15日 22時06分
  • 参加人数9/9人
  • 相談8日
  • 参加費---RC

参加者 : 9 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

参加者一覧(9人)

武器商人(p3p001107)
闇之雲
赤羽・大地(p3p004151)
彼岸と此岸の魔術師
ルチア・アフラニア・水月(p3p006865)
鏡花の癒し
鏡禍・A・水月(p3p008354)
鏡花の盾
ハンナ・フォン・ルーデル(p3p010234)
天空の魔王
フーガ・リリオ(p3p010595)
君を護る黄金百合
火野・彩陽(p3p010663)
晶竜封殺
クウハ(p3p010695)
あいいろのおもい
佐倉・望乃(p3p010720)
貴方を護る紅薔薇

リプレイ

●狐面はにっこり
「ルチアさんには、こちらはどうでしょうか」
『守護者』水月・鏡禍(p3p008354)が選んだのは黒い狐の面だった。「ありがとう」と、『高貴な責務』ルチア・アフラニア(p3p006865)は微笑み、くるりと回し、横にくっつける。
「あなたにはどれが似合うかしら……」
「僕ですか? 僕は別にどうでもいいので」
 と言いつつも、ルチアが自分のことを思い、面を選んでくれるのは嬉しいものだ。ただ……。
「……あの、白いうさぎさんのお面なんて可愛いわね」
「……え? ウサギ?」
 思わずジト目になる鏡禍。バニーになった思い出は……いや、不可抗力だった。
「え、駄目なの? …………なら、あっちの白い狐さんで構わないわ。お揃いだし」
「それなら狐でいいです、狐で」
 そういってかすかに鏡禍は顔をそむけたが、それでも楽しいものだった。
(デートだなんて言うのは気恥ずかしいのだけれど……)
 揃いの面をつけて、連れ立って歩く姿は恋人同士のそれである。
(あなたが嬉しそうな顔をしているならそれでもいいわ)

「……祭りか」
『放逐されし頭首候補』火野・彩陽(p3p010663)はなんともなく珍しそうにこの光景を見ていた。
 囃子の音。にぎやかな風景の音にこそ覚えはあるものの、自身はあまりこういった場所に行かせてもらったことはなかったし、行くこともなかった。
 浴衣を着て、面をつけている子供を見て、自分には遠い世界のものだと思ったものだ。
「ここなら狐面だろ、やっぱり」
『彼岸の魔術師』赤羽・大地(p3p004151)はさらりと狐面をとって被る。
「これで景色に溶け込めるね」
「さて、どこから見ていこうか」
「マ、曲がりなりにもオシゴトだシ? 隅々まで回ってもバチは当たらんと思うゼ?」
「それお前が遊びたいだけなのでは……」
「なるほど、こういうの被るん?」
「マ、ここでの流儀ってやつだな」
 彩陽が尋ねれば、赤羽が答える。
「郷に入っては郷に従え、ってやつやな」
 彩陽はニンマリと笑みを浮かべた狐面を選んだのだった。おそらくは、面の下でもいつもよりも笑みを浮かべているのだろう。少し楽しそうに目じりの下がった面だ。
「じゃ、買い食いがてら行ってくるわ」
「とかいいながらシゴトしてそうだな」
「一応は依頼だしね?」

●思い思いの浴衣を纏い
「それじゃ、また後ほど」
「連れねェこというなよ、慈雨」
 ヒラヒラと手を振り、離脱しかけた『闇之雲』武器商人(p3p001107)を『悪戯幽霊』クウハ(p3p010695)が引き留める。
「……我(アタシ)もいいの、2人とも?」
「一緒にいてくださったら、嬉しいです」
「ハンナと二人っきりてのもいいが、折角なら自慢の主人と恋人を自慢して回りたいからな」
 恋人、の言葉に『天空の魔王』ハンナ・フォン・ルーデル(p3p010234)はかすかに照れたようにうつむいた。
「じゃあ、ルーデルのエスコートを頑張らないとねぇ……」
 こういった場所にはあまり来たことがないのだ。
「あの……よろしくお願いします。とても楽しみです」
「お任せを。さって、まずはどうする?」
「アレとか、参考になるんじゃないかい?」
 と、武器商人が指したのは……。

「どうしたんですか?」
「……。あ、いや、見とれてたんだ!」
『ふもふも』フーガ・リリオ(p3p010595)はくるりと回る愛しい『ふもふも』佐倉・望乃(p3p010720)のすがたをまじまじと見つめていた。
「ふふ、一度着てみたかったのです。……似合う、かしら?」
 ふわりとした髪を、桃の花咲く簪がまとめている。浴衣は桃色の花模様。似合っている、というレベルではない。その浴衣は望乃を待っていたのではないかとすら本気で思っていた。
「まるで桃の花の精霊かと思ったぜ……なんて。へへ」
「ありがとうございます」
「おいらも浴衣を着たの初めてだけど……似合うかな?」
 フーガが着ているのは、藍色の花流水の浴衣だ。
「フーガもとても素敵ですよ。……もっともっと、好きになっちゃうくらいに」

 仲の良い夫婦のほわほわした様子は、本当にそこに花が咲いているかのようにも思える。
「ってわけでねぇ」
「浴衣ですか」
「浴衣を着る方が雰囲気出るね」
 と、武器商人は言うのだった。なら間違いない……と思いつつも、ハンナは落ち着かなかった。
「折角だし、俺達も何処かで浴衣を借りようか」
「クウハ、我(アタシ)の分は男物と女物どちらがいい?」
「んー、そうだな」
「フゥン。……じゃあ女物で」
 ハンナがやり取りを見守っている間にも、話はどんどん進んでいく。
「ハンナは普段、軍服だからな。たまには明るい……おっ、これなんかどうだ?」
「サイズもピッタリだね」
 ピンクの浴衣に赤い帯。小さな桃の花が散っていた。
「素敵ですね。しかし……私にこのような明るいかわいらしい着物が似合うのでしょうか……?」
「俺様の見立てに間違いはないさ」
「ああいえ、貴方がせっかく選んでくれたものですし……その。貴方がそう言ってくれるのならありがたく着させていただきます」
「我(アタシ)はこれにするかねぇ」
 武器商人が選んだのは、藤色の浴衣に白の帯だ。美しく下を向く花の模様は、控えめで上品だった。店の主人にもお目が高いと太鼓判をもらった。
「おっ、髪くくったのか」
「まぁね。こういうんだろ? 簪ってのはコツがあるんだ。どれ、教えてやろうかねぇ」
「……どうでしょう、似合っているとよいのですが」
「似合ってないわけないだろ?」
 その通りだった。

●骨董市があちらに
「『お客さん』がこれだけ多いと、お役人の人も大変ね」
「そうですよね」
 ルチアの嘆息に、鏡禍は頷いた。
「不審な人はいないし事件も事故も起こってない、裏道から抜けているだけ……なんて説明で、納得して貰えると嬉しいのだけれど。ま、嘘は言ってないわよね。裏道がどこに繋がっているのかは、また別の話だし」
「おーい、楽しんどる?」
「はい。おかげさまで」
 鏡禍は楽しそうな彩陽に手を振り返した。
「クレープ屋さんがあったんですね」
「おかず系のもあるんやな。あ、あっちに骨董市あってな」
「骨董市ね」
「面白そやったよ」
「ありがとうございます。見回りですか? お疲れ様です」
「ん」
 というやり取りをした直後だった。赤羽と大地もやってきて、「あっちに面白そうなもんがあったぜ」と言ってくるものだから、思わず顔を見合わせて笑ってしまった。考えることは同じらしい。

 というわけで、二人は骨董市にやってきた。
「こうやって色んなものが並んでるのを見ると、ちょっとした宴会みたいですね」
「豊穣になると、品ぞろえも変わってくるわね」
「見物したい、というのはまるで人のようですよね」
 鏡禍は手鏡を取り出し、眺めてもいいか尋ねた。構わないという返事で、先約アリと書かれた奇妙な値札をもらったのだった。
(先約……)
「これは相当に貴重な品ね。値段にしては高いわね。ああ。いいのよ。別に、価値を見定めたり、佳いものを買いに来た訳じゃないものね」
「こちらはお安いみたいです。そろそろ出かけたいんですね。……そうですか。納得したうえでそのお値段なんですね」
 品々と語らうような二人の恋人たちを、市の人間は好意的に見守っているようだった。むしろ見てもらいたい、というように「こっちにもいい品があって」と呼ばれてはなにかと古い品を検分させられるのだった。
 ただ価値のわかる者に、顔を見てもらいたい、とでもいうように……。
「僕の世界には大切にされた物にも神様が宿るって話がありまして、あのお茶碗もきっとそれに近いのでしょうね」
「想われた物に神が宿る……私にとって、神様は一人だけだけれど、そういう考えがあっても良いわね。それだけ想われて使われた物なら、きっと幸せでしょうし。ね、そうじゃない?」
「ルチアさんは何か気になるものはありますか?」
「そうね、これは……」
 一周して戻ってくると、気になっていた和食器がそろえてあった。値段はなぜか、4桁ほど安くなっている。ルチアの姿を見て、店主が書き換えたようなのだった。
「ああ、そいつはね。気が向いたら連れてってくれっていうもんでね。ただ、無理にとは言わないってんで、気が向いたらでいいと」
「一式もらえるかしら」
「良かったですね」
「使うのはあなたも、よ?」
「え?」
 鏡禍が家に来たときに、使う食器にするつもりなのだ。

●美味しいものをいくつでも
(綺麗だねぇ……)
 武器商人は喧騒をクウハにまかせ、藤の花に見とれていた。
「あまり見慣れない食べ物の屋台がたくさんありますね」
 ハンナはいちいち珍しそうに足を止め、武器商人もクウハもそれを優しく見守っているのだった。
「祭りと言えばたこ焼きか」
「それは……? タコ焼きというのですか。なるほどこういうのもあるのですね」
「じゃ、一つ」
「あ、ありがとうございます……」
「熱いからな」
 クウハはふーふーと冷まして、そっと近づける。
「えっ!? いやいや流石に食べさせてもらうわけには……!」
「遠慮するなよ」
 たこ焼きはとてもおいしそうだったが、それにしても手づから食べさせてもらうのは恥ずかしい。まあ、ハンナのこの反応は、予想していたことである。
(そういうところが可愛いんだよな)
「あ、うう……あーん」
 結局、ハンナが折れる。そっと口を開いた。
「ん、これはなるほど、おいしいです……!」
 嬉しさをこらえきれないように、翼が小さくパタパタ揺れる。気が付いてないんじゃないかと思うと余計にいとおしかった。
「ん、なぁにクウハ。たこ焼きくれるの? ありがとぉ……あーん……。ん、美味し……」
 武器商人とのやり取りは慣れたものだ。
「お礼に牛串買ってあげる。はい、あーん……ルーデルの方の分もあるからお食べ?」
(あれ、普通、でしたっけ?)
 ハンナはなんだか自分だけが照れていたのが意識していたようで恥ずかしくなったりもした。なんだか不思議な心地のまま、クウハがいうに任せて口を開けるのだった。

 望乃とフーガは、離れないように手を繋ぎ、ゆっくりと祭りを楽しんでいる。ただフーガが見とれているのは、きらきらと輝く妻の瞳だったりもした。
「やっぱり、祭りは慣れてるか?」
「いいえ、ここはまた違う雰囲気で、見たことが無いもの、素敵なものがたくさんです。うぅ、どこに行こうか悩んでしまいま…………っ!」
 言葉を止めた望乃の目が、よりいっそう輝いた。
「あっ、えっと、これはですね」
「……ふふ、買ってみるか?」
「そ、そうですね。食べ歩きもお祭りの醍醐味ですもの」
「雲のように真っ白、桃色……虹色も、あるのか?  望乃はどれがいい?」
「迷ってしまいますね」
「おいらも食べるぜ……。そうだなあ、白いのが、欲しいな」
「それじゃあ、この、おっきなわたあめ一つはどうですか? ふわふわ真っ白い雪みたいなわたあめ、くーださーいなっ♪」
「一緒に食べるのか」
「ホンモノのわたあめ、とっても美味しいですよ。はい、どうぞ♪」

「わたあめか……」
 クウハがわたあめ屋の前で足を止めた。フーガと望乃の様子を見るに、悪いものではなさそうだが、妙な味もある。ここは超常の場所ではない。一応、毒見するべきか。
「まあ胡散臭さが前面にあふれ出てはいますが……いえ、やっぱり怪しいですね」
「ま、大丈夫だろ」
 と、クウハはすかさず先に食べる。……毒見を兼ねていたりする。
「我(アタシ)の猫は心配性だねぇ……ん、甘くてふわふわで美味し」
「甘い……です」
「ん、これも美味だね」
 そういって大切そうにわたあめを食べるハンナと、それを見てから食べる武器商人。
(女にわたあめってのはどうしてこうも似合うんだろうな? 慈雨は女ってわけじゃないが、時々妙に子供っぽいんだよな)
「ん、どうしたのクウハ。似合う? ああ、可愛らしいよねぇルーデルの方」
「ええ、とてもお似合いですね商人さ……えっ私ですか……!?」
 あわあわと慌てだすハンナの反応がおかしくて、クウハは思わず笑みを漏らしてしまった。

●誰かと一緒に遊ぶ
「フーガ、わたあめに付き合ってくれて、ありがとうございました。次は、水風船、ですよね?」
「んん!? よくわかったな」
「はい」
「水風船掬いは、わたしも初めてなのですが……」
「色どり豊かな模様のまん丸、じっとみているだけでもなんだか落ち着く」
「確かにそうですね。ぷかぷか浮いてて……。……」
 フーガの視線の先にあるのは、桃の花柄の水風船だった。同時に、望乃はフーガの浴衣とそっくりな模様を見つけた。
「よしっ、この、フックみたいのをひっかけるんだよな?」
「むむむ、是非とも欲しいのでやってみましょう!」
「おっ、急にやる気だな」
「大丈夫です! わたし、やればできる子ですので!」
 数度の格闘のあと、無事に目当ての風船を手に入れることができた。
「それじゃあ、これ……キミに」
「わたしも……」
 互いの浴衣にそっくりの風船を狙っていたことを知って、思わず笑いが漏れるのだった。

「ああ」
 祭りの雰囲気を味わいながらも隅々まで見回っていた彩陽は、奇妙なところでも立ち止まる。何もないような一角で、時折。
 これも慣れたものだ。
(お祭りの時ってそういう「迷子」さん一杯おるし)
「どうしたん? はぐれたん? 案内しよか?」
 人も、それ以外の子らも。
 ぼうと浮かび上がるような子供は白い浴衣を着ていたが、驚いたように顔を上げた。
 ごそごそとポケットを探るが、何もなかったらしい。
「お礼もなんもええんよ。やりたい事やってるだけなんやし。友達もおるん? 探しに行こか」

「おや」
 同じように、赤羽・大地の浴衣の裾を、誰かが引っ張った。
振り返ると、見知らぬ子供。お面を付けているから、顔までは分からないが……。
「なァ、コイツも『お客さん』なんじゃねぇノ?」
「……」
 その存在はなにも言わない。ただ、何かを頼むようにぐいぐいと引っ張る。
 どうやら彼も、屋台を見ていきたいらしい?
「いいんじゃない。金魚すくいと水風船は、俺も気になっていたし」
「オシゴトのうちってな」
「だァ〜しゃらくせぇな大地ィ! もっと端に追い込んでかラ、勢いでピャッと掬うんだよォ!」
 くすくすと笑った子供はぱしゃりと何かを釣り上げた。
「ふーン、悪くねぇじゃン、坊主。大地も見習えよォ」
「……お前そんなキャラだったっけ? まあいいや……」
「な、にぎやかでええよな」
 同じように子供を肩車した彩陽がひょいと顔を出した。
「遊びたいいうから。ほな遊ぼかってな」
 人の理とはまた違う、幽玄の時間が流れている。
「こら、帰るよ!」と誰かが呼んで、それで、ちらりと顔を見上げる子供は、面越しに不安そうだ。
「満足するまでお付き合いするよ。だから、ね。安心してな。俺、結構目がええんよ」


「おっと、迷子だ」
 望乃は怖がらせないように目線を合わせる。
「帰り道は、あっちかしら。不安なら、落ち着くまで一緒にお祭りを見て回りましょうか。ふふ、なんだか家族みたい?」
「迷子?」
 ちょうどルチアと鏡禍が出くわした。
 出会う『人ではない』誰かの存在はよく分かっているが、これは普通の子供なのだろう。
「ちょうどそっちに行くところですから、案内しますよ」
「そうだな、それじゃあ任せようかな。えーと、あのさ……」
 フーガは、子供にかがみこむ。
「……さっき、望乃が「子供は可愛い」とか言う時にせきこんだの、見なかったことにしてくれよ?」
 ただ……いつか、子供のいる家族もいいなあ、と思ってたのは本当だったりする。
 ルチアと鏡禍、それぞれが手をつなぎながら、真ん中には小さな子供がいる。
(僕らは人と妖ですけど、もし万が一子供ができたら、こんなふうに歩くことになるのでしょうか)
 鏡禍のほうも、そんなことを思ったりしながら。

●消えモノ、無くなるもの
「消えモノくじ屋……? ああ、なるほどこのお祭り間限定の品物というわけですか。消えてしまうのはさみしい気もしますが、それが風流というものなのでしょう」
「通りを出たら消えちまうらしいが気にすることはないさ」
 ハンナはそれを受け容れているようだったが、クウハはちゃんと対策を考えている。
(気に入ったならまた似たようなものを探して……
いや、職人を探して同じデザインの物を作って貰えばいいからな)
「運にはとんと自信がないのですが……なにか、良いものが当たるといいですね」
「ハンナが応援してくれるなら、当てるさ」
(いいモノがあったら後で自分で製作してもいいなァ……)
 武器商人は客とは少し違った目線で品物を見ていた。
「ここにあるものは不世出の品でね。日の目を見なかったやつらさ。生み出してやっておくれ」
「ああ、あれとかどうかな」
 カチューシャ風の髪飾り……つまみ細工の花。銀色の針金に、細かい垂れ飾りが付いててとても可愛らしい。
(クウハ。あれ、あれ。左から2番目の髪飾り。きっとルーデルの方に似合うんじゃないかな、どうだろ)
(! それだ)
 ハイテレパスのアシストを受け、クウハは狙いを定め、そして、見事にそれを引き当てることとなる。繊細な細工はハンナによく似合っていた。

●人の知らぬ絶景へと
 少し歩いた。歩き疲れた。そろそろ飽きただろうかと、子供は思った。
 どんなに親切な人だって、ごめんね、さようなら、と言って帰っていくものだから。
 しかし、赤羽・大地も、彩陽も涼しい顔をしている。
「クレープが美味しいんだっけ」
「あ、そうなんよ。3軒くらいあったけど、いちばん絶品なのはあっちやな」
 そういって、付き合ってくれるのだ。
「? ええよ。前からちょっと興味あったんよ。その分、たくさん遊んだってバチは当たらんわな」
 子供は、ふと足を止めて言うのだった。
『遊んでくれてありがとう』
「どういたしまして」
 赤羽・大地はどちらともなくに言った。
『ついてきて』
「いいよ」
 その子に手を引かれ、辿り着いたその場所は……桃源郷と呼ぶに相応しい絶景だった。
 ありがとう、と言おうとした。
 けれども、風だけを残して、その姿はどこにも無い。
「……帰り道を見つけられたのかな、迷子の君」
 それにしても、こんなに静かで良いところを二人占めは勿体ない。そう思ったのは彩陽も同じだったのだろう。
「声かけてきましょか」
「団子が売ってたっけな」
 赤羽・大地は皆を呼ぶことにしたのだった。

 かくして、彼らはひそやかなる静かの地を見つけたのだった。
 人ではたどり着くことはない、神秘を荒らさない、許された者たちにのみ開かれた、秘密の花見の場所である。
「こういう光景を、桃源郷とでも呼ぶのかしらね……。この時よ、永遠なれ……なんて、ね?」
「確か知り合いから聞いた話では桃の花言葉は「私はあなたのとりこ」だそうです。
確かにとりこになりそうな美しさ、こんな素敵な時間が永遠に続けばいいのに。
ね、ルチアさん」
「……そうね」
 ルチアと鏡禍は、名残惜しく桃の花を眺めていた。
 桃の花が微笑むように、少し咲いた気がした。

「ハンナ、慈雨。愛してる。
これからも俺の傍にいてくれよ」
 クウハの言葉に、ハンナが答える。
「愛していますクウハさん。どうかこれからもあなたと共に歩ませてください。
商人さんも。どうか彼とともにこれからも」
 武器商人は、そんな二人を見て当たり前のように言った。
「愛してるよ我(アタシ)の猫。おまえの番のルーデルの方も。末長く健やかに、傍に居ておくれね」
 祈るように唱えるように、紡ぐように。めでたしめでたしのように。

(ふわりと神秘的で美しい花達に囲まれて、おいらは幸せだ)
 少し離れたところで、フーガと望乃は寄り添いあっていた。
 優しい香りと、美しく咲き誇る花に包まれた花見だ。
「キミの傍にいると、もっと落ち着く。ここがおいらの場所なんだなって思うよ」
 息の詰まるくらい、素敵な光景だった。けれども、あとから思い出すのはフーガの顔ばかりで。
(……花よりも、隣のあなたに見惚れてしまったのは、内緒なのです)
 手を絡めると、互いと似た水風船が寄り添っている。

「祭りって、楽しいな」
 彩陽が笑った。おそらく面の下で。
(金魚や風船が花びらになっても)
 赤羽・大地は、大事に包んで後で栞にでもしようと思うのだ。
 少しの名残を残しながら、静かに、祭りの喧騒は遠ざかっていくのだった。

成否

成功

MVP

なし

状態異常

なし

あとがき

お花見見回り、お疲れさまでした!
平穏無事に、迷子は家に。きっと夜も安寧に更けていくことでしょう……。

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