シナリオ詳細
「私は外の世界が見たい」。或いは、トール=アシェンプテル、研究施設へ侵攻する…。
オープニング
●ここは何かの終着点
練達。
郊外のとある渓谷に、1つの研究施設があった。
巧妙に偽装されているが、研究施設の規模は大きい。渓谷を入り口に、谷の各所へ通路が延びているのだろう。
「ここが件の研究所ですね」
「そのようなのだわ。でも、なんだか騒がしいような?」
谷の上から研究施設を見下ろして、トール=アシェンプテル (p3p010816)と華蓮・ナーサリー・瑞稀 (p3p004864)は顔を見合わす。
先だって脚を踏み入れた『破棄されたデザイナーベビーの製造施設』から得た情報を調べに調べ、2人はやっと研究施設の場所を突き止めた。
デザイナーベビー。
遺伝子操作により、人為的に作り出された子どものことだ。
倫理に反した悍ましい実験。少なくとも、先の研究所兼製造所で見た“デザイナーベビー”は、人に近い見た目をした人ではない何か……でしかなかった。
そして、その実験は今も続けられているかもしれない。
その事実を知ったトールと華蓮は、じっとしていることなどできなかった。
稼動している研究施設に乗り込んで、何をするのか。
分からない。
実験を辞めさせるのか?
研究者たちを捕縛するのか?
それとも、感情の赴くままに暴れるのか?
いざ、その時が来たら自分たちはどう行動するべきか……分からない。分からないが、しかし、視て見ぬふりをして、忘れてしまって、何の行動も起こさないことだけは“違う”とはっきり口にできる。
だから、来たのだ。
「けっこうな騒ぎが起きている風だけど、どうするのだわ? 様子を見る? それとも……行くのかしら?」
華蓮は問う。
トールは僅かに思案した後、答えを返した。
「行きましょう。この機に乗じて忍び込む……というのが表向きの理由で、もし事故でも起きていたなら、手伝えることがあるかもしれません」
静かな、けれど強い意思を込めた言葉だ。
華蓮は頷く。
2人の見やる出入口には「№6」と番号が振られていた。
そうして2人と……それから、2人の様子が気になって後を付けていたイレギュラーズの仲間たちは、研究施設へ乗り込むための作戦会議へ乗り出した。
●春の日差しに憧れて
アラートが鳴り響く。
広く、そして奇妙なほどに入り組んだ廊下を赤い髪の男が駆ける。
「警備は厳重だろうと思っちゃいたが……予想以上に見つかるのが早かったな」
頬を伝う汗を拭い、赤髪の男……ベルシェロンは舌打ちを零した。もうどれだけ、走り回ったかも分からない。元々、通って来た道も、とっくの昔に見失っている。
研究施設に忍び込んだのが、今から数十分ほど前。
それから、10分もしないうちに侵入を知られ、以降はこうして逃げ回るばかりといった有様だ。まったく、情けなくて笑えもしない。
「おまけに妙なのが追いかけて来やがる。ありゃ何だ?」
ベルシェロンが背後を見やる。
薄暗い廊下の向こうに、細く長い人の影が見えて来た。白い肌に、長く細い手足、身体に比して大きな頭部には、虚ろな顔が張り付いている。
先に交戦した感じだと、あれはどうやら生物のようだ。
だが、あれには生物らしい“感情”や“意思”が感じられない。
かといって、アンデッドのような敵意もなく……しいて言うなら、肉で出来たゴーレムや人の形をした機械と評するのが近しいだろうか。
「見えているうちは油断できねぇな……あれは自棄に脚力が強い」
悪態を零し、ベルシェロンは脇道へと跳び込んだ。
こうして……これを繰り返して、ベルシェロンは出口を見失ったのだ。
幸い、というかなんというか……ベルシェロンを追いかける奇妙な怪人は非常に【不運】のようである。それゆえか、人外染みた異常な脚力を持ちながら、未だにベルシェロンに追いつけてはいない。
ベルシェロンが奇妙な怪人……アク・カーと呼ばれるデザイナベビーである……に追いかけられている最中、研究施設内ではある少女も行動を開始していた。
少女の名はサンドリヨン。
歳のころは15前後か。
茶色い髪に、手品師のような山高帽氏を被った少女だ。
「うわっ……スレンダーマンまで出張ってるのか。まいったな、あれに近づくと【不運】が感染っちゃうんだよね」
ついでに言えば、触れられると【ブレイク】、【無常】が付与される。
幾つかの種類があるデザイナーベビー“アク・カー”の中では、さほど強力な方ではない。【不運】の付与と、高い脚力にさえ気をつければ対処もしやすいと言える。
もっとも、それはアク・カー“スレンダーマン”が1体の場合だ。
現在、サンドリヨンが確認しただけでも5体のスレンダーマンが研究施設内を彷徨い歩いている。索敵能力が高くないため、どうにかやり過ごせているが、このままだと遠くないうちに発見されてしまうだろう。
「本当、どうしよう……」
そっと、廊下の角から顔を覗かせてサンドリヨンは顔をしかめた。
現在、サンドリヨンが自由に移動できるのは研究施設の一角だけだ。幸い、外へ出るための出入り口は存在している。研究施設の一部だけだが、サンドリヨンは自作の地図も持っている。
だが、そこに向かうまでの危険を考えれば、おいそれと最短距離で走る気にもなれない。
悩む。
悩んで、悩む。
だが、悩んでいる時間さえサンドリヨンには大して与えられなかった。
「待て! そこの女!」
「ぴっ!?」
背後から男の声がする。
ベルシェロンだ。
研究施設の職員に見つかったと思い、サンドリヨンは逃げ出した。
逃げるサンドリヨンの背中を、ベルシェロンが追いかける。
さらにその後方には、白い怪人が迫っていた。
- 「私は外の世界が見たい」。或いは、トール=アシェンプテル、研究施設へ侵攻する…。完了
- GM名病み月
- 種別リクエスト
- 難易度-
- 冒険終了日時2023年05月10日 22時05分
- 参加人数7/7人
- 相談8日
- 参加費150RC
参加者 : 7 人
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参加者一覧(7人)
リプレイ
●潜入作戦、開始
それは、音を置き去りにした。
衝撃が『蒼剣の秘書』華蓮・ナーサリー・瑞稀(p3p004864)の腹部を打ち抜いた。
「っ……がはっ!?」
血を吐きながら、華蓮が床を転がった。
金属光沢の目立つ冷たい床だ。
華蓮の腹部を打ったのは、ひょろりと長い案山子のような怪人である。白い肌に、意思を感じない虚ろな瞳。だが、それは確かに生き物だ。
スレンダーマン。
「こ、これが騒ぎの原因……正体は把握しておきたいだわよね」
腹部を押さえ、華蓮が立ち上がる。
激痛に顔を顰め、荒い呼吸と血を吐いた。
そんな華蓮の様子を、虚ろな目でスレンダーマンが傍観している。スレンダーマンの両足は、金属の床を踏み締めていた。
一瞬でも隙を見せれば、きっと次の瞬間には、再び攻撃して来るだろうことは明白。
厄介なのは、スレンダーマンに敵意や殺意が無いことか。
「足がバネの人が作られた施設……こう言うだけでまともじゃない場所って事は分かるのですよ」
狙撃銃を構えた『開幕を告げる星』ルシア・アイリス・アップルトン(p3p009869)は、華蓮を庇うように前へ出た。
得意の魔砲を撃つ準備は出来ている。
だが、狭い通路という戦場と、速度に優れるスレンダーマンという相手に対して迂闊にトリガーを引くことは出来ない。
視界が魔力の光に飲まれた瞬間にも、スレンダーマンの一撃を受ける可能性もあるからだ。
「どうしますですよ?」
ちら、と横目でルシアは『女装バレは死活問題』トール=アシェンプテル(p3p010816)の様子を窺った。
剣を構えたトールは、じりじりと摺り足でスレンダーマンとの距離を詰める。
「突入してから輝剣がずっと輝いています。まるで何かに反応して警戒を促しているような……」
「つまり、どういうことなのだわ?」
「進む方向は、こっちで合っているということです」
進行方向は合っている。
だが、事態の全容を把握するよりも先に、スレンダーマンと遭遇したことが不運であった。
スレンダーマンは速い。
討ち倒そうとすれば、どうしても目立つ。
撤退するには、速度が足りない。
迷っている時間さえ勿体ない。だが、スレンダーマンの次の動きが予想出来ない以上、迂闊な判断が仲間たちの身を危険に晒すことに繋がる。
それゆえ、トールは思案の海に沈んだ。
そんなトールを、思案の海から引き揚げたのは『修羅の如く』三鬼 昴(p3p010722)の咆哮だった。
「だったら! こんなとこで足を止めてる暇はねぇだろぉぉ!!」
黒い髪を靡かせながら、昴が影から飛び出した。
スレンダーマンの出現と同時に、昴は影の中へ姿を隠していたのだ。そして、気配を消したまま“今、この瞬間”を待っていた。
握った拳に闘気を宿し、不意打ち気味の一撃をスレンダーマンの横面へと叩き込む。
骨の軋む音がした。
悲鳴も上げず、スレンダーマンは壁にぶつかる。
それだけで、息絶えるような相手ではない。痛みなど感じていないかのように、側頭部を血で濡らしたスレンダーマンが床に両の足を着けた。
刹那、響くのは爆音。
否、スレンダーマンが床を蹴った際に生じた衝撃音だ。
「ここは私に任せて先に行け!」
両手を身体の前で交差し、昴はスレンダーマンの突進を受け止めた。肉が潰れ、骨が軋む。スレンダーマンもろとも壁に激突し、激痛に顔を顰めた昴がトールへと叫ぶ。
「っ……三鬼さん、どうか無理はしないで!」
その場を昴に任せると、トールをはじめとした3人は、通路の奥へと駆けていく。
同時刻。
トールたちが向かったのとは、逆方向。
人気のない暗い通路の片隅に、段ボール箱が並んでいた。
「いいか。戦闘は回避することを前提として動く。私たちの目的は、あくまで施設の調査だからな」
先頭の段ボールから『Pantera Nera』モカ・ビアンキーニ(p3p007999)の声がする。
「おぉ、それは重々承知してるが……ダンボール箱。本当にこんなもので潜入できるのか?」
障害物の1つさえない通路だ。
段ボール箱は酷く目立つ。
それが動いているともなれば、なおさらだ。
『なにか忘れている気がする』佐藤・非正規雇用(p3p009377)の疑問は、至極当然。
「スレンダーマンとの遭遇は……このダンボール箱でやり過ごすんですか?」
疑問を抱いているのは、非正規雇用だけではない。最後尾を進む『輝奪のヘリオドール』マリエッタ・エーレイン(p3p010534)in段ボールの声にも、不安と疑念が滲んでいる。
とはいえ、3人の中では最も調査任務に手慣れているだろうモカが言うのだ。モカが酒にでも酔っているのではない限り、きっとこの方法が“最も冴えたやり方”なのだろう。
そう信じるしかない。
そして、モカは余裕綽々といった調子で、こう答えた。
「ダンボール箱をいかに使いこなすか。それが、任務の成否を決定すると言っても過言じゃないよ」
「だってよ! ほら! マリエッタさんも恥ずかしがらずに!!」
「佐藤さん……あなた」
段ボールは潜入任務の必需品である。
古くより、段ボールに命を救われたという工作員は数知れないのだ。モカの知る伝説の兵士“蛇”もまた、その1人……歴史上“蛇”ほどに段ボールを巧みに使いこなした者はいないだろう。
●ミッション・イン・ミステリアス
ベルシェロンはそれを見た時、自分の目と頭を疑った。
入り組んだ通路の壁際を、じりじりと進む3つの段ボールがあったからだ。
「段ボールが動いてる? いや……俺の目か頭がどうかしちまったのか」
段ボールは3つ。
列をなして、通路を進む。
何度、目を擦っても現実は何も変わらない。
「いやぁ、そう言うわけじゃねぇよな。中身はあの女……ってわけでもなさそうだが」
ポツリと零したその声が、自棄に大きく通路に響く。
その声が耳に届いたのだろう。段ボールが動きを止めた。
「いや、今さら遅ぇ……っ!?」
1歩、前へ踏み出して。
瞬間、ベルシェロンは後方へ跳んだ。
通路を一陣、風が吹き抜ける。
否、暗がりから跳躍して来たスレンダーマンだ。
「おい! そこの段ボール! 逃げるなら、さっさと逃げろ! 逃げる気がねぇんなら、手を貸せ! この化け物、なかなか手強い!」
スレンダーマンに強打され、肉の削がれた肩を押さえてベルシェロンはそう言った。
「ここの壁は凄く硬そうで、見てるだけでワクワクするのです……!」
金属壁に手を触れて、ルシアはそう呟いた。
無意識のうちに、狙撃銃のトリガーに指をかけている。今すぐにでも、魔砲を撃ちそうな危うさがある。
ルシアの引き金は軽い。
「剣の輝きが強まってる……! 何かあるのは間違いなさそうです!」
通路を進むことしばらく、トールたちは足を止めて壁を見ていた。壁の向こうから「助けを求める声がする」とルシアが気が付いたからだ。
「何かトラブルがあれば壊れるのもやむなし! でして! そう! “何かしらのトラブルがあれば”しょうがないのですよ!!」
「わー! 待つのだわ! 向こうに人がいたら、巻き込んでしまうのだわ!」
そもそも、本当にルシアの魔砲で壁を破壊できるかどうかも怪しい。
ルシアの魔砲で破壊できなければ、事前に得た情報の通り誰にも壊せないだろうが。
「……時間はかかるけど、回り込むのだわ!」
ルシアを引き摺るようにして、華蓮は通路の奥へと向かって翔けて行く。
同時刻、サンドリヨンは逃げていた。
そもそも最初から、施設の出口を探して逃げ回っていたのだが、今はスレンダーマンに追われている。逃げる途中で見つかったのだ。
「あの赤髪めぇ! 倒すんなら、全部倒してから行ってよね!」
サンドリヨンを追うスレンダーマンは、片方の腕が折れている。ベルシェロンの仕業だろう。片腕が使えないことで、動作も少々覚束ない様子だ。それゆえ、どうにかサンドリヨンは逃げきれているが、いつまでもそれが続くわけでもない。
追いつかれるのは時間の問題。
「っ……誰か助けて! 誰でもいい……わけじゃないけど! 施設の人以外の誰か!」
秘匿された研究施設に、サンドリヨンの声が響いた。
この施設に、外部の人間なんてものがいるはずはない。追いついたスレンダーマンが、サンドリヨンの肩を掴んだ。常人離れした握力によって、サンドリヨンの肩が外れた。
「~~~~!?」
声にならない悲鳴を上げる。
サンドリヨンの逃走劇も、ここで終わりか。
諦めかけた、その時だ。
「そこまでです。丸腰の子供を血眼に追いかけるとは穏やかじゃないですね」
一閃。
斬撃が、スレンダーマンの肘を裂く。
よろけたスレンダーマンの腹部を蹴飛ばし、サンドリヨンの前に立ったのはトールだ。
「あ、ありがと……あれ? なんか、知ってる人?」
ポカン、と口を開けたままサンドリヨンは首を傾げた。
トールの顔に、何となく覚えがある気がしたのだ。
「……どこかで会った事あるかな? どうも他人とは思えないような」
トールの方も動きを止めた。
サンドリヨンと見つめ合っていた時間は、ほんの数瞬。
「事情は知らないけれど……丸腰の子を追いかけ回して、恥を知りなさいなのだわ!」
華蓮の声が、沈黙を破る。
サンドリヨンを抱きしめて、華蓮はスレンダーマンの方を向いている。
「だ、誰? っていうか、誰たち?」
華蓮の顔を見上げながら、サンドリヨンはそう言った。
「あら可愛い。うーん……? トールさんに似て……る? ような?」
トールと、華蓮と、それからルシア。
見覚えの無い顔だ。なんとなくだが、研究施設の者ではないと思える。
「もう大丈夫なのだわよ。初めまして、私達はローレットから来たイレギュラーズなのだわ。あなたの力になれる事があれば教えて」
華蓮は問うた。
抱きしめられた肩が暖かい。
外れた肩が、傷んだ神経が、治癒される。
「そうですね。まずは、こちらを終わらせましょう」
トールが剣を正眼に構えた。
明確な敵意を感じ取ったのか。
床を踏み締め、スレンダーマンが跳ぶ。
その動きは直線的だ。
高さの制限が無い野外ならともかく、室内の、それも直線の多い通路では、スレンダーマンの利点が活かしきれない。
その突進を見たのはこれで何度目か。
「いい加減、見慣れましたよ」
トールはただ剣を“置いた”だけ。
スレンダーマンの肩が、剣に突き刺さる。向こうが勝手に突っ込んできたのだ。衝撃でトールの腕が軋むけれど、問題ない。
華蓮に治してもらえばいいので、問題ない。
1度のダメージで、勝負が終わるのなら、問題ない。
「事情は分かんないけども必死に逃げる人を追いかけるのは大体悪い人なのですよ!」
剣に刺さって動けないのなら、もうスレンダーマンは逃げられない。
ルシアが狙撃銃のトリガーを引く。
ごう、と空気が唸る音。
視界が真白に染め上がり、すべての色と、すべての音を飲み込んだ。
「攻撃の綺麗さならルシアも負けてないのですよ!」
なお、通路の壁は焦げていた。
壊れてはいない。
スレンダーマンが疾駆する。
疾駆して、疾駆して、疾駆して、疾駆して、疾駆する。
右へ、左へ、上へ、下へ。
金属の壁を蹴り付けて、轟音を響かせ、砲弾の速度で疾駆する。
その度に、肉を打つ音が鳴り響く。
その度に、昴の身体から血が跳んだ。
「ぐ……ぅ」
急所への一撃だけは避けているが、攻勢に回る暇がない。
拳が虚空を打つ。
蹴りが虚空を空ぶった。
肘打ちさえ、掠らない。
けれど、しかし……。
「ん……あぁ?」
突如として、スレンダーマンの動きが鈍った。覚悟していた痛みが来ない。
攻撃が外れた。
血で足が滑ったのだ。
不自然に体勢を崩したスレンダーマンの頭部が、目の前にある。
「あぁ、運が悪ぃんだったか?」
その肩を昴が掴んだ。これでもう、スレンダーマンは跳べない。走れない。
「一撃で確実に仕留めてやる!」
闘気を纏う渾身の殴打が、スレンダーマンの顔面を打つ。
紙の束が舞い散った。
スレンダーマンに追われ、ベルシェロンとモカたちは資料倉庫らしき場所へとやって来ていた。隠された扉を、モカが発見したのだ。
人の姿は無い。納められている資料も、今から数年前のものばかりだ。
「やっぱ速いな。いい加減疲れて来た……お前ら、後どれぐらい動けそうだ?」
ベルシェロンは問うた。
「私の魔力は無尽蔵。いくらでも戦えますし、治せます。いざというときは殿も務めますので、お任せを」
血の鎌を展開させながら、マリエッタはそう答える。
スレンダーマンは多少のダメージを負いながらも部屋の隅へと退避。その後を追って、モカが疾駆する。
床を蹴って、スレンダーマンは天井付近まで跳んだ。力を入れて跳んだ風には見えなかったが、やはり異常な脚力だ。
「なんなんだ、あいつら?」
「おう! ここに書いてる通りなら、デザイナーベイビーとかってのらしいぜ? アク・カーって名前の、人工的に造られた人間だってよ」
舞い散る資料を手に取って、非正規雇用はそう言った。資料に書かれているのは、アク・カーの情報や写真である。目の前にいるスレンダーマンとは細部が違うが、同系統の存在だということは分かる。
「命令された通りに動いてんのかね? 侵入者を迎撃しろ、脱走者を逃がすな……ってとこか?」
「かつての私を見ているようだ……」
モカの連撃が、スレンダーマンを襲う。
殴打の雨を浴びながら、スレンダーマンは壁際へ後退。壁を蹴って急加速すると、モカの腹部を撃ち抜いた。
疾走と同時に展開された血の鎌が、スレンダーマンの顔を裂く。
非正規雇用の振る太刀が、スレンダーマンの肩を裂いた。
「警備員でもいるもんだと思ってたが、ぜんぜん見かけないよな。スレンダーマンの方も新しい命令を受けてる様子もねぇしよ」
非正規雇用の斬撃を、スレンダーマンが回避する。
だが、回避した先にはベルシェロンとモカが控えていた。スレンダーマンは急停止し、進路を変えようとした。
だが、左右にはマリエッタの血の鎌がある。
「避難でしょうか。それか、追加の人員を呼びに行っているとか? 出来るだけ、すぐに片づけたいところです」
「言われなくてもそうするよ!」
「あぁ、資料も回収しないとだしな」
スレンダーマンに逃げ場はない。
ベルシェロンとモカの拳が、その痩せた胸部を撃ち抜いた。
●研究施設「第六区画」
資料倉庫に1つの遺体。
先行して研究施設を脱出した昴を除く全員が、資料倉庫に集まっていた。
「そのスーツの紋章は第三国の国章! 貴方、私と同じ世界から来た人ですね!?」
ベルシェロンを視認するなり、トールが叫ぶ。
サンドリヨンは、怯えた様子で華蓮の背中に隠れていた。
「私はトール=アシェンプテル、第二国の生まれです。国は違えど同郷の相手に気は進みませんが、矛を収めないと言うのならお相手いたします!」
サンドリヨンから、彼女がベルシェロンに追われていたことを聞いている。
トールはサンドリヨンを守るために、武器を構えた。トールだけではない。モカも、非正規雇用も、マリエッタも、ベルシェロンから距離を取る。
ベルシェロンはため息を零した。
多勢に無勢……既に疲弊した身では、交戦しても結果は見えている。
だから、彼は降参を示すように手を挙げて、資料倉庫から出て行った。
「デザイナーベイビーの研究施設に用事はねぇよ。今更、何を知ってどうなるもんでもねぇしな」
なんて。
最後にそう、言い残して。
「デザイナーベビー……か。私も『作られた生命』だ。『どう生まれたか』ではなく『課せられた人生で何を成すか』だろうに」
モカは言う。
サンドリヨンは、怯えたように視線を伏せた。
ベルシェロンは、ほんの一瞬、足を止めた。
けれど、何も言わないままに去っていく。
ベルシェロンから遅れること十数分。
研究施設から脱出した一行を出迎えたのは昴であった。
「さっき、様子を見に来た奴がいる。逃げるならさっさと逃げよう」
「そ、それがいいと思うわ。スレンダーマンみたいなのは、もっとたくさんいるはずだし」
サンドリヨンも同意した。
逃げるのなら、急いだ方がいい。
「じゃあそうしよう。ところで、この後、一緒に食事でもどうかな……」
「非正規雇用さんはこちらへ。サンドリヨンさんは、一旦トールさんに任せましょう」
空気を読め、と言うかのようにマリエッタが非正規雇用を引き摺って行く。
仕切り直し。
「でも、この研究施設をこのままにしておくわけにもいかないのだわ」
「だったらルシアにお任せでして!」
華蓮の懸念を払拭したのはルシアである。
狙撃銃を構え、研究施設の入り口へと銃口を向けた。
「こういう場所はずどーんしてぶっ壊すに限るので――不可能“だろう”を可能にする、普通じゃない火力ってものを見せてあげるのでして!」
ルシアの目はぐるぐるしていた。
あまり魔砲を撃てなかった反動だ。
フラストレーションは、発散しなければいけない。さもなきゃ、身体と心に悪い。
かくして。
その日、練達の地図が少しだけ書き変わることになる。
成否
成功
MVP
状態異常
あとがき
おつかれさまです。
サンドリヨンは無事に保護されました。
ベルシェロンは、どこかへ去っていきました。
依頼は成功となります。
この度はシナリオリクエスト及びご参加ありがとうございました。
縁があれば、また別の依頼でお会いしましょう。
GMコメント
●ミッション
研究施設の調査を行い、何らかの成果を持ち帰る
●ターゲット
・サンドリヨン
15歳ぐらいに見える少女。
研究施設生まれ、研究施設育ち。
子供らしく少々無鉄砲で、外の世界が見たいがために研究施設から逃げ出そうとしている。
研究施設「第六区画」にサンドリヨンの居住区があった。
彼女は「第六区画」の地図を所持している。
rev1.reversion.jp/illust/illust/76822
・ベルシェロン
赤い髪に褐色の肌をした青年。
巨大研究施設に忍び込み、今回の騒動を巻き起こした張本人。
サンドリヨンを追いかけているようだ。
どうやら高い身体能力……とりわけ、接近戦闘の技能に優れているようだ。
https://rev1.reversion.jp/illust/illust/78001
・アク・カー“スレンダーマン”×3
長い手足を持つ長身痩躯の怪人。
その正体は人工的に製造された人間……デザイナーベビーである。
白い肌と、意思を感じない虚ろな顔をしている。
サンドリヨンやベルシェロンを追いかけ、捕獲しようとしているようだ。
非常に高い脚力を備え、直線に限るが長距離を拘束で跳躍可能。
また、スレンダーマンたちは常時【不運】が付与された状態にあり、近くの者に【不運】を移す性質を持つ。
不吉な手:物近単に中ダメージ、ブレイク、無常
スレンダーマンに掴まれることで、体力や気力を奪われる。
●フィールド
トールと華蓮が発見した練達郊外の巨大研究施設。
その一角。
2人が発見した出入口には「№6」と番号が記載されていた。
薄暗い通路が蟻の巣のように広がっているため迷いやすい。
通路の壁は頑丈で、破壊などは不可能だろう。
通路を進めば、どこかにサンドリヨンが暮らしていた居住区がある。
通路を進めば、どこかにスレンダーマンたちが培養された施設がある。
①居住区を発見する
②培養施設を発見する
③サンドリヨンの持つ地図を回収する
のいずれかが達成されれば、依頼成功となるだろう。
●情報精度
このシナリオの情報精度はCです。
情報精度は低めで、不測の事態が起きる可能性があります。
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