シナリオ詳細
<天使の梯子>毒に侵されて。或いは、騎士の仇討ち…。
オープニング
●廃村の騎士団
騎士が5人。
全員が疲労感を滲ませており、何か所もの傷を負っている。
5人の騎士が集まっているのは、天義のとある廃村だ。廃村になってから久しく、もはや地図にも載っていない。騎士たちに分かるのは、村の主産業が採掘であったことだけだ。
「さて、参謀殿はこの村を目指せと言っていたが……どうしたものか」
騎士の1人が、唸るようにそう呟いた。
元々、彼らは10人編成の部隊であった。
神の使徒や、“遂行者”と名乗る男の襲撃を受けて、本隊への帰還を阻まれた斥候部隊である。
“遂行者”の狙いは、部隊の1人、参謀だ。
最初の襲撃で2人が、逃走の途中でさらに2人が、そしてつい数時間前に参謀が命を落とした。
乗っていた馬も、つい先日に潰れている。
“遂行者”の追跡から、これ以上は逃げきることも出来なさそうだ。
「あれは【廃滅】か。それに【無常】も……死んでいった者たちは皆、血を吐いて息絶えた」
おそらく“遂行者”の使う武器に毒が仕込まれていたのだろう。
苦しみ、藻掻き、衰弱して1人、2人と息絶えた仲間を置き去りにして先へ進むのは辛かった。
「参謀殿の命でこの村を目指したが……どうしたものか。参謀殿には策があったのだろうが、当の本人が亡くなった今、我らにその“策”を知る術はないぞ?」
「だが、我らも毒を受けている。そして“遂行者”は我らを追って来ているだろう。となれば、参謀殿の策がなくとも一矢報いてやらねば、死んでいった仲間たちにあの世で顔向けもできん」
このままでは、自分たちもそう遠くないうちに命を落とすはずだ。
それが分かっているからこそ、5人の騎士は落ち着いていた。
死を前にして焦りや悲観を表に出す者など、彼らの部隊にはいないのだ。
「この村、元々は採掘を主としていたようだな。村のすぐ外に硝石や硫黄が転がっていた」
「だからどうしたと……あぁ、いや。参謀殿がこの村に行こうと言い出したのは、それが理由か?」
「……かもしれんが。さっぱり策が思いつかない」
“遂行者”。
骨を模したマスクで口元を覆い隠した不気味な男の姿を思い出し、5人の騎士は顔を顰めた。
人を見下す嫌な目をした男であった。
不用意にこちらに近づいて来ることもなく、遠くから毒の霧や針のような武器で攻撃を仕掛けて来る……陰湿な戦い方をしていたことを覚えている。
「やるしかあるまい。集会場跡地を拠点に、バリケードを組む。誰か参謀殿の遺品……ローブを着てくれ。囮がいる」
もはや5人は生きて本隊に帰還しようとは思っていない。
自らの命を賭して、先に死んだ5人の仲間の仇を打つためだけに彼らは作戦行動を開始した。
●猛毒使いの遂行者
「それじゃあ、作戦会議を開始するっす」
イフタフ・ヤー・シムシム(p3n000231)が手元の資料を捲っている。
消息を断った騎士たち。
山の麓で発見された、毒殺された騎士の遺体。
目的地であろう廃村の位置。
そして、下手人と思われる“遂行者”の目撃情報。
「騎士たちは廃村に向かったみたいっすね。元々、100人前後しか人の住んでいなかった小村っす」
村の西側に民家が集中して並んでいる。
村の東側にある建物のほとんどは、硝石や硫黄の保管庫だ。
「騎士たちもこの村に向かったはずっす。そして、騎士たちを追う“遂行者”も」
遂行者の数は1人。
移動速度はさほどに早くないようなので、イレギュラーズの方が先に村へと入り込めるだろう。
「まぁ、せいぜいが1時間から2時間早く、ぐらいが限度でしょうけど。迎え討つ準備ぐらいなら出来るんじゃないっすかね」
“遂行者”を自由にさせていては、今後も被害が拡大しかねない。
そのため、ここで討ち取ってしまいたい。
5人の騎士の安否は問わず……これは、そういう作戦だ。
「騎士さんたちの方は……もう間に合わない可能性もあるっすからね」
なんて。
押し殺した声で、イフタフはそう呟いた。
- <天使の梯子>毒に侵されて。或いは、騎士の仇討ち…。完了
- GM名病み月
- 種別通常
- 難易度NORMAL
- 冒険終了日時2023年05月03日 22時05分
- 参加人数8/8人
- 相談7日
- 参加費100RC
参加者 : 8 人
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参加者一覧(8人)
リプレイ
●廃村の騎士たち
騎士の遺体だ。
剣を手にしたまま、うつ伏せに地面に倒れている。
目を見開き、口の端から血と泡を吹いた凄惨な表情。けれど、歯はきつく噛み締められたままだった。
『社長!』キドー・ルンペルシュティルツ(p3p000244)が騎士の遺体に手を触れ呟く。
「やれやれ、ただの悪党なら活かしようもあるんだが、信仰だの神託だのどうこうが絡むと勧誘も効かねェよなあ」
騎士の剣に汚れは無い。
斬り結ぶことも許されないまま、毒で命を落としたのだろう。
「あんま状況がよくねぇな……一声入れてやりてぇトコだが変に覚悟が揺らいでもダメだ」
『紅眼のエースストライカー』日向 葵(p3p000366)が拳を握る。
「遂行者をぶっ潰す、それがアイツらの願いっつーならこっちもそれを尊重して遂行するっスよ」
「えぇ。まだ生存者がいるなら、急がねばなりませんね」
遺体を弔う時間は無い。
時刻は既に宵の口。『刑天(シンティエン)』雨紅(p3p008287)は槍を握り直して、村の方へと目を向ける。
しんと静まり返った村だ。人の気配は何処にもない。
「安否は問わないとしても、生きて帰る方が良いのは違いないでしょう? 間に合うかは……分かりませんが」
「間に合わない? 間に合わせます。私がなんとかします。目の前で人を見殺しにするだなんて、良い子のする事じゃないですから」
『嘘つきな少女』楊枝 茄子子(p3p008356)が騎士の遺体に手を触れた。目を閉じさせ、握ったままの剣を胸に抱かせると、少しの間、黙祷を捧げる。
今はこのぐらいのことしかしてやれない。
「時に、軍師殿の作戦は末端の騎士には理解し難いものね。採掘を主としていた廃村での迎撃には、一体どんな策があったのか……」
足元に転がる硝石の欠片を蹴飛ばして、リエル(p3p010702)は腰に手を当てる。
逃げ込む先にこの廃村を選んだのは、騎士たちと随行していた参謀であるらしい。
そこらに散らばっているのは硝石と硫黄……あまりいい予感はしない。
硫黄と硝煙の臭いに混じる、甘い毒の香りと、血の臭い。
地面に零れた血痕を見つけ、『遺言代行業』志屍 瑠璃(p3p000416)がしゃがみこむ。
「毒などの継続ダメージは火力の低さを補ってくれますが、仕留めるのに時間がかかる事と暗殺成功を確認できない事があるのが難点ですね」
血はまだ新しい。
騎士の零した血だろうか。どうやら集会場跡地へと向かっている。
「こちらの付け入る隙もそこにあります」
毒の香りがしている。
「悪趣味で使っていたのなら、それが身を亡ぼすのだと教育して差し上げましょう」
そう告げて、瑠璃は外套を被る。
同時刻、集会場跡地。
朽ちかけた壁に背を預け、4人の騎士は浅い呼吸を繰り返している。村まで逃げ込て来た騎士は全部で5人。そのうち1人は、暫く前に“毒使い”の足止めを買って出て以降、戻って来ていない。
きっと、既に生きてはいないだろう。
そして、遠からず自分たちもそうなるはずだ。
「だが、まだ負けておらん」
「然り。せめて奴を道連れにしなければ、先に逝った者たちに顔向けできん」
呼吸は浅い。
手足が震える。
意識も朦朧としている。
だが、4人の騎士は剣を手に立ち上がった。視線の先に見える人影……その人相はいかにも悪党然としたものだ。
数は2人。
毒使いは、そのうちの誰だろうか。
山賊のような男か。
大鎌を担いだ少女だろうか。
「ハ! 天下の騎士サマが聞いて呆れるぜ。山賊なんざに助けられて恥ずかしくねえのかよ? ええ?」
「……なに?」
山賊風の男……『山賊』グドルフ・ボイデル(p3p000694)は何と言った?
確かに“助ける”と、そう言わなかっただろうか。
「それで、もし死んじゃったなら騎士のお兄ちゃんたちもマリカちゃんの『お友達』になりなよ」
次に口を開いたのは、大鎌を担いだ金髪の少女だ。
彼女の背後には、先に散ったはずの仲間の姿が見える。
毒に侵されたことで幻覚を見ているのか。それとも、霊となってまで自分たちの元に戻って来たのか。
「いや、今はどうだっていいことだ。助けると言ったな? 仲間、と考えてもいいのか?」
騎士の1人がそう問うた。
彼らが敵でないのなら、何者だって構わない。
どうせ死に行く定めだ。なりふり構っている余裕はない。
「おぉ。貰ったカネの分くれえは働いてやるからよ。この最強の山賊、グドルフさまに任せておきな!」
山賊を頼りに思ったのは、生まれてこの方はじめてだ。
●狩りの時間
夜の闇に紛れるように、外套を纏った影が行く。
建物の影から影へ、人目を避けるようにして何かを探しているようだ。
“毒使い”と呼ばれる男は、建物の屋根の上からそれを見ていた。骸骨を模したマスクの下で男は笑う。
毒の効きづらい体質なのか。
比較的、症状の軽い騎士が偵察に出て行った……きっと、そう言うところだろう。
騎士は、村の中央……集会所跡地の方から走って来たようだ。つまり、彼らはその辺りに潜伏しているのだろう。
「姿が見えないと思えば」
そう呟いて、毒使いは足音も立てず走り出す。
仕留めるのなら、弱い者から。暗殺の定石だ。
毒で動けないだろう残りの騎士を始末するべく、毒使いは集会所跡地の方へと向かう。
毒使いが走り去るのを確認し、瑠璃は足を止めた。
「私の方には来ませんでしたか」
毒使いは、集会所跡地に向かったようだ。仲間たちの大半は、そちらの方に詰めている。毒使いを討ちやすくはなっただろうが、騎士たちの身にも危険が迫る。
毒使いを誘き出すという作戦は成功したが、最善ではない。
「せめて安静にしていてくれればいいのですが……」
動けば、毒が速く回る。
そうなれば、騎士たちの生存率が下がる。
最悪の事態を想定し、瑠璃は集会場跡地へと引き返して言った。
けれど、しかし……。
「っ……これは、毒?」
集会場跡地の周辺には、甘い香りのする霧が立ち込めていた。
4人の騎士を床に寝かせて、キドーはひとつ溜め息を零した。
「俺ァオーダーに含まれてない連中なんてどうでもいいんだ。でもわざわざ助けてやろうって仲間も居る」
それから、キドーは窓の外へと目を向けた。
夜闇の中に、霧が漂っているのが確認できる。さっきまで、霧なんて出ていなかった。
となれば、霧はおそらく毒使いの仕業だろう。
「だからお前ら、手間増やすような余計な真似は絶対すんなよ」
ククリナイフを握りしめ、キドーは集会所の入り口へ向かった。
だが、その背を騎士が呼び止める。
「あんだよ? まだなんかあんのか?」
「……頼りっぱなしは耐えきれない。せめて、囮にでも、盾にでも使ってくれ」
遺言は既に託している。
騎士たちは、ここで死ぬつもりなのだ。
キドーは困ったように頭を掻き、何度目かの溜め息を零した。
死にたがりを死なせずにおく方法など、そう多くはないからだ。
「最善は生きて帰ることでしょう」
騎士たちの願いは聞き入れられない。
雨紅は、起き上がろうとした騎士の胸を槍の柄尻で突いて寝かせた。
「受け取った遺言は、万が一の際は必ず。ですが、どうか諦めないでくださいね」
彼らの役目は、先に逝った仲間に殉じることではない。
毒使いに復讐することでも無い。
生きて、情報を持ち帰ることだ。
「しかし! 危険な相手だ! どうせ死ぬのなら戦ってしにたい!」
騎士たちの決意は固い。
決意は固いが、身体は付いていかない。
安静にしていなければ、そう遠くないうちに息を引き取る。そんな危険な状況だ。
「死を恐れないのは勝手ですが、私の目の前でそれは許されませんよ。私があなた方を救います」
前線へ赴くキドーと雨紅を見送って、その場は茄子子が引き継いだ。
騎士たちが今も命を繋いでいるのは、一重に茄子子の尽力によるものである。
だというのに、彼らは自ら死にに行こうとしているのだ。茄子子の機嫌は悪かった。
「死ぬなら私の見てないところで勝手に死んでください。それなら別に関係ないので」
そういう事態に陥らないよう、力を尽くすために茄子子はここに来たのだ。
そう簡単に、死なせてやるつもりは無い。
静寂を切り裂いたのは、瑠璃の叫ぶ声である。
「屋根の上です!」
瑠璃の声を聞いた瞬間に、2人が同時に動き出す。
1人は屋根の上から様子を窺っていた毒使い。
もう1人は、葵である。
「オーケイオーライ、そっちっスね!」
サッカーボールを足元へ落とし、右の足を振りかぶる。
屋根の上へと目を向けて、間髪入れずに渾身のシュートを放った。
まるで流星。
夜闇を切り裂き、サッカーボールが毒使いへと飛翔した。
「っ……!」
サッカーボールが、毒使いの腹部を打った。短い呻き声を零して、毒使いが屋根から落ちる。集会所跡地に人の気配を感じた彼は、辺りに毒を散布した。
毒が回れば、手を下さずともターゲットの命を奪える。
そのはずだった。
「自ら髑髏を付けた遂行者……まるで死神のようね」
「骸骨が好きなの? 奇遇~♪ マリカちゃんも大好き。マリカちゃんの『お友達』になってみない?」
落下地点にはリエルとマリカが回り込む。
リエルの放った魔力の砲を回避する。
それと同時に暗器を投擲。ダークという名の短剣だ。当然、毒使いの名にふさわしく、暗器の刃には猛毒が塗布されている。
暗器がリエルの肩に刺さった。
暗器を投擲するのと同時に、毒使いは逃走を図った。正面を切っての戦闘は不得手だ。毒を撒いて、じわじわと時間をかけて仕留める方が性に合っている。
だが、それは許されない。
「その挙動はまさに暗殺者の類。それも鍛錬や努力で培った力を搦手で捻じ伏せてることに喜びを見出す目だわ」
2度目の砲撃。
地面を抉る魔力の渦に進路を阻まれ、毒使いは足を止めた。
と、その時だ。
「同好の士のヨシミ? ってコトで、お兄ちゃんも骸骨にしてあげる♪」
喜色ばんだ少女の声だ。
そして、背筋に悪寒が走る。
死神に逢った時、きっとこんな感じがするのかもしれない。
本能的に毒使いは回避に移った。
靴底が地面を擦る音。
夜闇の中に、銀の光が一閃した。マリカの鎌だ。
毒使いは、踏鞴を踏むように後退し暗器を投げる。毒使いの胸部に鋭い痛みと熱が走った。
暗器はマリカの喉下に刺さる。
血を吐きながら、マリカが迫る。
「止まらないのか……っ!」
時間をかけすぎるのは悪手だ。
マリカばかりを相手にしてはいられない。視界の隅には剣を掲げるリエルが見える。
葵が駆けて来るのも見える。
「追い詰められる恐怖をアンタにも味あわせてやる」
口の端から血を吐きながら、葵がサッカーボールを蹴った。毒の霧を吸い込んだのだろう。
動けば動くほどに毒が回る。
毒が回れば、息絶える。
狙うのなら葵だ。
「そこに転がっていろ」
マリカを蹴飛ばし、毒使いは疾駆した。
狙うは葵だ。
葵を巻き込むことを恐れて、リエルが動きを鈍らせた。
毒使いの選択は間違えていない。
だが、しかし……。
「弱った相手から狙うだなんて、合理的で素晴らしいです」
ごう、と轟音が唸る。
閃光が、視界を真白に染める。
地面を揺らし、魔力の砲が毒使いを飲み込んだ。
地面を何度か転がって、毒使いは起き上がる。
魔力の砲を撃ち込んだのは、たった今、集会所跡地から出て来たばかりの茄子子である。
「次は敵が迎撃手段を隠してる可能性も考慮に入れましょうね」
なんて、声が聞こえた直後、毒使いの左腕に激痛が走った。
葵のサッカーボールが、肘関節を砕いたのだ。
「手持ち無沙汰だったんだよね」
そう言って茄子子は、葵の方へと手を差し向けた。
降り注ぐ淡い燐光が、葵のダメージを癒す。
「ふぅ……これでこっちの有利っスかね」
痛む左の腕を抑えて、毒使いは歯を食いしばる。
雨紅の槍が闇を引き裂く。
回避した先に、リエルの剣が降って来る。
「纏うは黒、握る剣は血潮の紅……天に祈り、胸に正義、天義のリエル、いざ参る!」
地面を転がるようにして回避。
回避と同時に暗器を投擲しようとしたが、同時に扱える数は1本だけだ。
左腕が動かない。
「ふふ。思い通りに動けなくて、さぞ不快でしょうね」
動かない左手側から、雨紅が迫る。
刺突と同時に、雨紅はリエルの肩から暗器を抜いた。
「毒耐性はお持ちでしょうか?」
足元を狙って放たれる雨紅の槍が、毒使いの動きを妨げる。槍で牽制を行いながら、雨紅は暗器を投擲。
毒使いほどの速度は出ないし、狙いも甘い。
暗器は毒使いの肩を掠めた程度に終わる。
「ちっ……」
毒使いは、転がるように前へ。
懐から取り出したアンプルを自分の喉へと突き刺すと、視線を雨紅の足元へと定める。
雨紅が槍を突き出した。
毒使いは槍に向かって疾駆する。
槍で背中を裂かれながら、雨紅の脚に握った暗器を突き立てた。
●毒使いの誤算
再び、集会所跡地に静寂が戻る。
毒使いが撤退したのだ。一応、雨紅とリエルが見張りに付いているけれど、きっと毒使いが再び襲って来ることは無いだろう。
「そんで、どうしたいっスか?」
毒使いはきっとここで仕留めて見せる。そうした後、騎士たちが生きるか死ぬか、葵はそれを問うているのだ。
「マリカちゃんの『お友達』になるのもいいよ?」
マリカは言った。
その手には、雨紅が回収した解毒薬のアンプルがある。
「って、あれ~?」
マリカの手から、茄子子がアンプルを取った。
「簡単です。生かしますよ。毒使いに良いようにされたまま死ねないでしょう」
毒に苦しむ騎士たちを見下ろし、茄子子はそう告げたのだった。
夜の廃村を、毒使いは逃げていた。
つい暫く前まで、彼は獲物を追いかける側に立っていた。毒で弱らせ、死に行く獲物を追い立てる、狩る側の人間だった。
それが、今はどうだ。
左腕を砕かれ、背中には深い傷を負い、痛む身体を引き摺って逃走している。
「まぁ、撤退を選ぶよな。俺だってそうする」
声が聞こえた。
それから、ひゅんひゅんと風を斬る音。
キドーだ。
ククリナイフを回しながら、毒使いを追っている。
「多勢に無勢。仕事は引き時も肝心ってやつだ」
キドーの声は、毒使いの前方から聞こえた。先回りされていると理解し、毒使いは進路を変える。
何度目だろう。
毒使いの逃げる先には、いつだって誰かが待っている。
進路を変えた先にも、既に人がいた。
「オラオラ、ビビってんのか? さっさと掛かって来な」
右手に山賊刀。
左手に斧。
騎士の仲間に付いているとは思えないほど“見るからに山賊”といった男だ。
「てめえのチンケなごっこ遊びに付き合ってやるよ」
狂暴な笑みを浮かべ、グドルフは告げた。
逃げられない。
だから、戦うしか術がない。
屋根の上に瑠璃がいた。
毒使いの後を追いかけ、キドーやグドルフに適宜位置を教えていたのは彼女だ。
「さて……そろそろ終わりでしょうか」
瑠璃の見つめる先では、毒使いとキドーとグドルフが戦っている。
「うちには梟の目が付いてんのさっ!」
ククリナイフを縦横に振り回しながら、キドーが嘲るように笑う。
“梟の目”とは瑠璃のことだ。
「おめぇ、もう詰んでんだよ。今は楽しいタコ殴りタイムだぜ!」
ククリナイフの一閃が、毒使いの膝を抉った。
左腕についで、右足もこれで使えない。
毒使いが地面に倒れる。
瞬間、周囲に毒の霧が撒き散らされた。
「うぉっ……喉がいてぇ!?」
口を押えてキドーが数歩、後ろへ下がる。
口の端から血を吐きながら、グドルフは毒使いの方へ近づいていく。
「けっ……下手に出てりゃあ、調子ブッこきやがって」
口元を血で濡らしたグドルフが、斧を頭上へ振り上げた。
死を覚悟した毒使いは目を閉じる。
「くたばりやがれ!」
毒使いが、人生の最後に聞いた言葉がそれである。
グドルフが毒使いの頭を割るのと、瑠璃の匕首が毒使いの喉を斬り裂くのは同時。
「あーあぁ、全く……もっと自分勝手に生きれば長生き出来たかもしれねェのによ」
「どいつもこいつも、居もしねえカミサマと、在りもしねえ正義なんぞに縋りやがる」
哀れな遺体に、キドーとグドルフの2人が送る言葉がそれだ。
毒使いとて、己の意思で“遂行者”となったのだろうが……その末路がこれでは、あまりにも報われない。
もっとも、それは騎士たちも同様だろうが。
「とっとと帰ろうぜ。こんな硫黄臭ェ所じゃ、ウマイ酒なんざ飲めやしねえ!」
「おぉ。一杯やろうや。どうにも辛気臭くてならねぇ」
なんて。
立ち去っていくキドーとグドルフの背を、瑠璃は黙って見送った。
成否
成功
MVP
状態異常
なし
あとがき
お疲れ様です。
毒使いは討伐され、騎士たちのほとんどは生きて本隊へ帰還しました。
依頼は成功となります。
この度はご参加いただきありがとうございました。
縁があれば、また別の依頼でお会いしましょう。
GMコメント
●ミッション
“遂行者”毒使いの討伐
●ターゲット
・“遂行者”毒使い×1
骨を模したマスクで口元を覆い隠した細身の男。
斥候任務に当たっていた騎士たちを襲撃した。
メインターゲットは騎士団の参謀だったようだ。
参謀の死は知らないようで、騎士たちを追って廃村に向かっていることが確認されている。
付かず離れず、一定の距離を保ったまま嬲るような攻撃を行うことが報告されている。
毒の霧:神超遠範に小ダメージ、麻痺、毒
毒の霧を広範囲に散布する魔術。
毒の武器:物中単に大ダメージ、廃滅、無常
毒薬を塗った暗記による攻撃。
●NPC
・騎士たち×5
斥候部隊の生き残り。
全員が傷を負っており、毒に侵されている。
戦力としてはあまり期待できないだろう。
●フィールド
天義。とある廃村。
時刻は夜の初めころ。
採掘をメインの産業としていたようで、村の周囲には硝石や硫黄が転がっている。
また、村の西側には民家が。
東側には、採掘した硝石や硫黄を保管しておくための倉庫が集中している。
100人程度しか住人はいなかったのだろう。
建物はどれも背が低く、道幅も狭い。
そのため死角は多めとなっている。
●情報精度
このシナリオの情報精度はBです。
依頼人の言葉や情報に嘘はありませんが、不明点もあります。
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