PandoraPartyProject

シナリオ詳細

穢れなき手ではないけれど

完了

参加者 : 8 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

オープニング

●少女と魔術師
 家の隅で丸くなっていた魔狼、ビスクが顔を上げる。
「ウ……」
「どうした?」
 村の外れ、丘の上に建てられた粗末な小屋をいっときの住まいとしている放浪の魔術師、ルシルは首を傾けた。直後、近づいてくる足音に気づく。
「もしかして、ラライラ?」
 ほんの少し喜んでしまってから、窓の外に広がる景色に眉をひそめた。真っ暗だ。
 時刻は二十二時を過ぎている。初秋になり、夜はずいぶんと冷えるようになった。挙句、近くには肉食獣が住む森もあるのだ。
 ラライラ――十六歳の少女の散歩にふさわしい時間帯ではない。
 考えているうちに、慌ただしく扉が叩かれた。緊急事態だ、とルシルは気づく。ビスクが扉の前で尾を振る、かと思いきや、警戒するように唸り出した。
 いつもと違う魔狼の反応。嫌な予感がする。
「ラライラ?」
「ルシル、助けて!」
 扉を開くや否や、飛びこんできたラライラをルシルは反射的に抱きしめて、息をのんだ。
 血のにおい。ラライラの細い腕が、ざっくりと裂けている。
「なん……っ」

「あの娘、やはり魔術師の手下になっていたか!」
「怪しいと思っていたんだ」
「邪悪なるものの手先め!」

 怒声が響く。闇を払うように掲げられたいくつものたいまつが、ルシルとビスクの目に映る。
 幻想の南方、都から遠く離れた地。商隊さえめったに通らず、名産と呼べるものはなく、もちろん観光資源もなく、土地は年々痩せているという、災いに愛されたような貧しい村。
 植物と動物を愛するルシルがそんな村の近くに住んだのは、せめて作物だけでもまともに育つよう、力を貸したかったからだった。
 ただ、不運がいくつか重なっていた。
 まだまだ未熟なルシルでは、あと数年の研究が必要で。
 村人たちはよそ者の魔術師であるルシルを嫌い。
 さらに、十年前に立ち寄った旅の楽団が置いて行ったラライラを、みなしごだと差別していた。

 ぎりぎりの均衡を保っていた魔術師、孤児の少女、村人という関係が、この夜、なにがきっかけだったのか、崩れたのだ。

「ああ」
 ルシルは嘆息する。三日月が天に浮かんでいた。
 魔術を三つ。ひとつはラライラの傷を癒すもの。もうひとつは、ラライラを深い眠りに落とすもの。
 そして三つめは、虚空からビスクの複製である魔狼を召喚するものだった。
「私は君たちを見捨てる。君たちを許さない」
 ラライラは。
 たったひとりで旅をして、貧しい土地に花を咲かせ、人々を喜ばせようと頑張っていたルシルに、優しくしてくれたのだ。
 笑みを向け、寄り添い、理想に共感し、孤独を分けあってくれた、大切な少女だったのだ。
「喰らえ」
 一言、命じる。
 農具と武器とする村人たちと、十三匹の魔狼が戦いを始めた。

●助けるべきは
「村の方々が悪い魔術師と、魔狼たちと戦っているそうなのです!」
 焦った様子で『新米情報屋』ユリーカ・ユリカ(p3n000003)が言う。その場に集まった特異運命座標たちは、彼女の指示ですでに武装をすませていた。
「すぐに行って、村の方々を助けてほしいのです」
 頷いた特異運命座標たちに、でも、とユリーカは困った顔になる。
「ちょっと言っていることがおかしかったというか……、これはボクの直感ですけど、この悪い魔術師と呼ばれている方は、悪くない気がするのです」
「村人を襲っているなら、悪いんじゃないのか?」
「言っていることがおかしかったって、それ、緊急事態だから、支離滅裂になってたんじゃない?」
「うーん。そうなんですけどぉ……」
 煮え切らない様子のユリーカは、迷いを払うように首を左右に振った。
「とにかく村に向かってほしいのです。依頼内容は魔術師と魔狼の退治なのです!」
 助けるべきは誰なのか。
 詳細な内部事情を調べる時間をとれなかった少女は、出立する面々を見送りながら考える。

GMコメント

 はじめまして、あるいはお久しぶりです。あいきとうかと申します。

 貧しくて閉鎖的な村で保たれていた均衡は、脆く崩れ。
 少女と魔術師は悪と呼ばれるようになりました。

●目標
 魔術師ルシル及び魔狼たちの撃退。
 少女ラライラは気絶しているため、気にしなくていい。

●情報精度
 このシナリオの情報精度はAです。
 想定外の事態は絶対に起こりません。

●ロケーション
 現場に到着するのは夜です。
 倒れている村人たちが落としたたいまつが周囲を燃やしているため、視界には困りません。

 場所は丘の上。村や森が付近にありますが、そこから攻撃できるような距離ではありません。
 丘の上は見晴らしがよく、隠れることには向きません。
 背の低い草がところどころで燃えています。他、瓦礫などはありません。

 また、固まって気を失っている村人が十名ほどいます。他の村人は逃走したようです。
 村人をよく観察すれば、鋭い爪や牙で傷つけられたあと、魔術により治癒されたことが衣服の状態から分かるでしょう。
 加えて、炎は村人に触れようとはしません。まるで見えない壁に阻まれているかのように。

●敵
 複製魔狼、魔狼ビスク、魔術師ルシル。
 ルシルを中心として統率をとっています。ビスクはルシルを守ることを第一として動きます。

『複製魔狼』×十三体
 ルシルが召喚した狼たち。それぞれ二メートルほどの大きさ。
 体力は低いが、素早い。
・噛みつく:物至単にダメージ、出血の可能性あり
・引っかく:物至単にダメージ、出血の可能性あり

『魔狼ビスク』×一体
 ルシルの相棒。三メートルほどの大きさ。
 体力は高く、俊敏で、防御力も高い。
・噛みつく:物至単にダメージ、出血の可能性あり
・引っかく:物至単にダメージ、出血の可能性あり
・深呼吸:物自単に体力を少し回復
・体当たり:物近単にダメージ、飛ばされる可能性あり

『魔術師ルシル』×一体
 少女ラライラを背にかばう魔術師。戦闘開始前、戦闘中は特異運命座標の言葉に耳を貸さない。
 戦闘後であれば会話が可能。
 本来は穏やかな性格だが、特異運命座標相手に手を抜くと死ぬと思っているので、全力で攻撃してくる。
・魔力放出:神中単のダメージ
・毒撃:神中単のダメージ、毒の可能性あり
・衝撃の青:神遠単のダメージ、飛ばされる可能性あり

●村人たち
 依頼主です。痛めつけたり殺したりしないようにしてください。
 朝がくるまで目覚めません。

●その他
 村人たちは翌朝、魔術師と少女が死亡するなり消滅するなりしていれば、満足するでしょう。

 よろしくお願いします!

  • 穢れなき手ではないけれど完了
  • GM名あいきとうか
  • 種別通常
  • 難易度NORMAL
  • 冒険終了日時2018年10月03日 21時55分
  • 参加人数8/8人
  • 相談7日
  • 参加費100RC

参加者 : 8 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

参加者一覧(8人)

クラリーチェ・カヴァッツァ(p3p000236)
安寧を願う者
ポテト=アークライト(p3p000294)
優心の恩寵
マルク・シリング(p3p001309)
軍師
ヴァレーリヤ=ダニーロヴナ=マヤコフスカヤ(p3p001837)
願いの星
アレクシア・アトリー・アバークロンビー(p3p004630)
大樹の精霊
ゼンツィオ(p3p005190)
ポンコツ吸血鬼
ミルキィ・クレム・シフォン(p3p006098)
甘夢インテンディトーレ
小平・藤次郎(p3p006141)
人斬りの鬼

リプレイ

●君を守る手であれと
 現場に急行した特異運命座標たちを待ち受けていたのは、十三体の魔狼と、それより大きな魔狼、そして敵意をみなぎらせた魔術師だった。
「私たちは、貴方たちに害をなすつもりはありません。話をすることはできませんか?」
 ただ暴力を振るいにきたのではないと伝えたくて、『ほのあかり』クラリーチェ・カヴァッツァ(p3p000236)は呼びかける。返ってきたのは、巨大な魔狼の吼え声だった。
「やるしかないか」
 周囲には火がくすぶっているが、これ以上、戦えば近くの森まで燃えかねない。『優心の恩寵』ポテト チップ(p3p000294)は一層の自然破壊を案じて、保護結界を張る。
「まずは落ち着いてもらおう」
 浅く顎を引いて同意を示したマルク・シリング(p3p001309)は、敵の強弱を大雑把に感知する。巨大な魔狼が、線の細い魔術師以上に厄介だ。
「数で押し切られる前に、突破しますわよ」
『祈る暴走特急』ヴァレーリヤ=ダニーロヴナ=マヤコフスカヤ(p3p001837)が魔術戦用メイスを構える。
「私ができるだけ引きつけるよ」
 一歩前に出た『希望の蒼穹』アレクシア・アトリー・アバークロンビー(p3p004630)は臆せず、魔狼たちを見据えた。
「手遅れそうな人とかいない? つまみ食いしたいんだけど。……いない?」
 倒れている村人たちは、傷は塞がれ息がある。『ポンコツ吸血鬼』ゼンツィオ(p3p005190)は肩を落とした。
「ルシルくんにも、説明してもらわないとね」
 悪い魔術師がやったとはとても思えない状況に、『見習いパティシエ』ミルキィ・クレム・シフォン(p3p006098)は目を細める。
「とりあえずやることはやらんとな。明日の酒も買えん」
 狼たちを指揮していると見て間違いなさそうなルシルを、『喧嘩渡世』小平・藤次郎(p3p006141)は睨んだ。

 その視線と、特異運命座標がきたということだけで、ルシルは怯む。だが、自分が撤退すれば、後ろにいるラライラは。
「……私が、守る」
 傷を癒したとはいえ、村人たちを傷つけた。少し冷静になった今、仕方なかったという思いと罪悪感がルシルの胸に渦巻いている。
 この手はもう、穢れなき手ではない。ラライラにも嫌われるかもしれない。
 それでも。どうか今は。
 君を守る手であると誇らせてほしいと、魔術師は願う。
「ビスクは待機、他の狼たちは行け!」
 主君の叫びに、ビスクを除く狼たちが疾駆した。

 先陣を切って駆け出したのは藤次郎だった。狙いはルシルだ。
「気絶でもさせておけばよかろう!」
「オオン!」
 立ち塞がった魔狼を殴りつけようとしたところで、背後から緊張感に欠ける声。
「いっけー」
 行く手を阻んでいた個体にゼンツィオの死霊弓が炸裂した。礼を言う間も惜しんで藤次郎はさらに進む。
「ま、こうなるじゃろな」
 恐怖で頬を引きつらせながら、決意を双眸に満たすルシルと彼の間に三メートルの巨体が割りこむ。巨大魔狼、ビスク。
 強敵の気配に、藤次郎の口の端が上がった。

 障壁魔術『城』を展開。藤次郎から一歩遅れてアレクシアも駆ける。先を行く男をとめようと、魔狼たちが動き出していた。行く手を遮ろうとした一体が死霊弓を受ける。ふらついてはいるが、死んではいない。
 魔狼が逡巡したのか、それともルシルが悩んだのか、刹那だけ四足の獣たちの動きがとまる。藤次郎をとめるべきか。それとも他の特異運命座標たちに戦力を裂くべきか。
 息を吸う。吐く。アレクシアはこの刹那を見逃していない。
「さあさあ、私が相手になるよ! かかってきなさい!」
 魔狼たちに言葉が通じるのかは分からない。だが群れに程近いところで叫んだ彼女を、獣たちは看過しなかった。
 どうやらルシルの腹も決まったらしい。というか、藤次郎はビスクに任せることにしたのか。好都合だと、向かってくる二メートルの魔狼たちを見てアレクシアは思う。
「これは痛いよ!」
 迫る狼たちが、ミルキィが生み出した霧に包まれる。月明かりと火の中、霧は赤く色づいて見えた。
 ハバネロミスト。味覚にして辛く、むしろ痛い。
「キャウン!」
 霧を避けられなかった魔狼たちが転げまわる。敵討ちのつもりか、一体がミルキィに向かってきた。
「させませんわ!」
「キャンッ」
 割って入ったヴァレーリヤがメイスを振るう。
「ごめんなさい」
 小さく謝りながら、クラリーチェが瀕死の個体に魔力放出。ふらついた魔狼は黒い靄になって消えた。
「残りも消していくぞ」
 少なくとも魔狼たちとの和解は不可能だとさとり、ポテトはブレッシングウィスパーを用いる。祝福の囁きはアレクシア、ヴァレーリヤ、ミルキィの順に付与された。
「藤次郎さん……!」
 ビスクと激戦を繰り広げている藤次郎を、マルクがメガ・ヒールで癒す。
「無駄に多い」
 口の端を下げたゼンツィオが、藤次郎の背中を切り裂こうとした魔狼に死霊弓。十二体になった魔狼は動き回り、攻撃の機会をうかがっていた。

「この……っ」
「ぐ……!」
 ルシルが放った青色の衝撃が藤次郎を襲う。吹き飛ばされた彼に魔狼が殺到しようとして、ハバネロミストを食らった。悶絶する魔狼たちにクラリーチェの魔力放出が炸裂する。
 さらに、少し離れたところから走ってこようとした魔狼はポテトのマジックロープが捕らえ、ゼンツィオの死霊弓が突き刺さった。
「大丈夫?」
「なかなかやりおる」
 口許を拭った藤次郎が立ち上がる。
「さっきと同じこと、やってもらえるかな?」
「任せい」
 ビスクを藤次郎が引きつけ、その間に他の面々で魔狼を殲滅する。
 ミルキィが暗に示した作戦に、藤次郎は力強く頷く。
 巨大な魔狼は主人と少女を守るように立ったまま、動かない。追撃も他の者への攻撃もない。
「忠犬め」
 必ず殺さず気絶させてやると、藤次郎は凄惨に笑った。

 できるだけ攻撃を受ける。敵を引きつける。感じるのは、痛みよりも衝撃だ。何者をも守って見せるというアレクシアの決意が折れない限り、彼女は決して倒れない。
「前進せよ。恐れるなかれ。主は汝らを守り給わん!」
 聖句を唱えたヴァレーリヤのメイスが電撃を纏う。殴りつけられた魔狼が悲鳴。
「危ないなぁ、もう!」
 魔狼をビスクと藤次郎の戦いに乱入させまいと動くゼンツィオを、一体が狙った。すかさず濃い陰の中から死骸盾を引き出して防御。
「はっ!」
 爪を阻まれた魔狼に、クラリーチェが魔力を放つ。
「数は減っているんだがな……っ!」
 魔狼がポテトのマジックロープをかわした。噛みつこうとしてきた狼の顔を盾で殴る。その程度では諦めてくれない。
「つ……っ!」
 上げかけた苦鳴は押し殺した。
「ポテトちゃん!」
 一番近くにいたミルキィが魔狼に聖光をあてる。離れた魔狼に、空腹を堪えながらゼンツィオが死霊弓を放ってとどめをさした。
「大丈夫ですか?」
「立てます?」
 クラリーチェがポテトを背にかばい、ヴァレーリヤがハイ・ヒールをかける。ようやく自分が膝をついていたことを自覚し、ポテトは立ち上がった。
「問題ない」
 マルクに狙いを定めていた魔狼にマジックロープ。今度は成功だ。すぐにヴァレーリヤが向かう。

 仲間が倒れたことに焦る。守れなかったことが悔しい。
 それでもアレクシアは動揺で心を乱さないように気をつける。一匹でも多く引きつければ、それだけ立て直すことも容易になるのだ。
「その程度で私が倒れると思わないことね!」
 背後からマルクのメガ・ヒール。蓄積していたダメージは癒される。
 大丈夫。倒せる。勝てる。
 アレクシアは、守るべき仲間たちを信じている。

 体当たりをどうにかかわす。助走こそついていないが、三メートルの魔狼に突撃されればただではすまないだろう。
 こぶしを連続で叩きこむ。ビスクは一瞬だけ避けようとしたが、そうすると背後のルシルにあたると思ったのかもしれない。素直に攻撃を食らった。
「ウゥゥ……!」
 唸るビスク。奥歯を噛んだルシルが毒撃を藤次郎に放つが、外れる。まだ健在らしいビスクの爪が、後退しきれなかった藤次郎の左肩を引っ掻く。
「が……っ」
 真後ろで死霊弓が炸裂する音。同時に傷が塞がる。
 善戦しているのか苦戦しているのか、振り返る余裕がない藤次郎は音で把握するしかないが、まぁどうにかなっているようだ。
「負けておれんなぁ!」
「オオオン!」
 鬼の血を引く男の叫びに、巨大な魔狼が咆哮で応じる。

 魔狼の残りは五体。
「は……っ、はぁ……っ」
 一体を葬ったクラリーチェは膝をついた。刺し違えるように脇腹を抉られた。痛みよりも今は熱さの方が強い。
「わたし、は」
 倒れていられない。クラリーチェはこれが、よくある事件だと知っている。
 自分にないものを持っている者に対する恐れ。自分より下の者を置くことで悲惨な現実から目を背け、安寧を得る浅はかさ。
 その犠牲になる者たち。
 顔を上げる。藤次郎とビスクの先に、決死の顔で立つ魔術師がいた。
「貴方は、村の人と交戦したのですね」
 でも命を奪わなかった。クラリーチェは戦う前に、それを視認している。
「本来は、お優しい方なのでしょう」
 ならば救われるべきだ。
 意識が途切れかける。体が優しい光を受ける。気がつけば、隣にミルキィが立っていた。
「もう少しだよ!」
「はい」
 救うのだと胸に誓って、クラリーチェは立ち上がる。

「これで終わり!」
 死霊弓が最後の一体を射抜く。ふう、とゼンツィオが額の汗を拭った。
「降参するなら今だよ!」
「アオオオン!」
「ぬ……っ」
 アレクシアに吼えたビスクが藤次郎に体当たり。男を吹き飛ばして彼女に迫る。
 これを機にとルシルを殴ろうとした藤次郎は、直感に従って後ろに飛び退いた。ルシルの魔力放出が、先ほどまで藤次郎が立っていた場所を攻撃する。
「倒されるわけにはいきません」
「話を聞く気は……、まだなさそうだのう」
 やれやれと藤次郎は肩をすくめた。
 打ちあわせていた通り、ポテトとマルクが視線を交えて動く。以降はポテトが回復に専念し、マルクが威嚇術による攻撃を行う手筈だ。
 マルクはわざとルシルに向かって走り出す。主人に害をなすものを増やすまいと、駆け戻ってきたビスクがルシルをかばう。
「そうするだろうね」
 だからつまり、それが目的だ。
 かばわせることで回避させない。
 ゼンツィオの手加減気味の遠術。ヴァレーリヤ、アレクシア、ミルキィの聖光。クラリーチェの威嚇術。すべてをビスクが受けることになった。
 藤次郎と戦っていた時間分の傷もあり、巨体が揺らぐ。
「しまいじゃ」
「ビスク!」
 藤次郎のこぶしが魔狼の顔を撃ち抜いた。
 顔面蒼白のルシルは、それでも抵抗をやめようとはしない。魔力放出、対象は藤次郎。男はこれを受けた。ポテトが癒す。
「少し寝て、冷静になるといいよ」
 目を伏せたマルクが威嚇術。体勢を崩した彼に、アレクシアが聖光をぶつけた。

 沈黙した戦場を見回し、クラリーチェが片手をあげて提案する。
「別のところに運びませんか?」
 倒れている村人がいつ目を覚ますか分からず、どうやら静かになったらしい、と察した村人が様子を見にくるかもしれない。
 特異運命座標たちはルシル、ラライラ、ビスクの二人と一体を助けるつもりだった。殺す気は、戦いの後であってもみじんもない。
「見られると厄介だ」
 頷いたポテトがラライラの頬をつついた。目覚める気配はない。脈は正常なので、深く眠らされているだけだ。
「お腹すいた」
 村人の血を啜れなかったゼンツィオは、三日月を仰ぎ見てため息をついた。

●荒れ地に緑を
 力自慢の藤次郎がビスクを引きずるように背負い、マルクが小柄なラライラを、ゼンツィオとヴァレーリヤが協力してルシルを、森の中にひそかに運んだ。
「……うん。やっぱりルシル君たちは、悪い人じゃない」
 家が近いことからこのあたりの植物ならなにか知っているだろう、とアレクシアは自然会話を行った。
 草木の証言は大まかに三つ。ルシルが本当に村の不作を憂えていたこと。ビスクは穏やかな魔狼であること。ラライラは心優しい少女であること。
「痛くして悪かったな」
 目を伏せたポテトがルシルにハイ・ヒールをかける。マルクもビスクにメガ・ヒールを施した。無傷のラライラは、まだ眠らせておいていいだろう。
「う……」
 しばらくしてルシルの目蓋が震えた。目を開き、特異運命座標たちを見回す。
「村の人たちに見つかったら厄介だから、ちょっと移動してもらったよ!」
 きょろきょろしているルシルにミルキィが説明する。ようやくルシルがこうなる前のことを思い出した。
「あ、あの、えっと、ラ、ラライラは、殺さないで……」
 小さく震える声で言いながら、ルシルはラライラを守るように手を広げる。意識をとり戻したビスクは特異運命座標に戦闘の意思がないことを敏感に感じとり、寝そべったままでいることにした。
「落ち着いてください。私たちは貴方たちに害をなすつもりはないのです」
 戦闘前に放った言葉を、クラリーチェは繰り返す。ルシルはしばらく緊張していたが、攻撃されないということを徐々に認識していき、やがて脱力するように手を下ろした。
「……本当に?」
「むしろ、お前たちを救いたい」
 深く頷いたポテトを、ルシルは信じられないものを見るような目で見つめる。
「でも、皆さんは僕とラライラを殺す、という依頼を受けたのでは……?」
「そうなんだけど。でも、村人たちは怪我をしてなかったんだよね。というわけで、ルシルくんからも説明が欲しいな」
「私は……、村が豊かになればいいと、やせた土地を肥えさせて、たくさんの作物が実るようになればいいと、思って。ラライラは、孤児で」
「土地を豊かに、か」
 つまりながらの説明を聞いたポテトが、かすかに目を細めた。
「私が樹精というのも大きいかもしれないが、荒れた地で植物を育てようとしたお前をすごいと思うし、好ましいと思う」
「うん。私もルシル君のやってきたことは間違いじゃないと思う。今回は色々な噛みあわせがうまくいかなかっただけで」
 悲しそうに眉尻を下げたアレクシアに、ルシルはうつむく。
 自分がやってきたことを認めてもらえたのは嬉しく、同時に最後まで村人に受け入れられなかったのだと思うと、無念で仕方なかった。
「ただ、二人が悪くなくても、この村にはもう近寄らない方がいいだろうね」
「人は未知を恐れるから。心を痛めて、優先順位を間違えないようにね。まずは貴方たちの無事と、生活基盤の確保。なら、村を離れるのが一番だ」
「……はい」
 ミルキィとマルクにルシルは頷く。結局、血液を摂取できなかったゼンツィオは、勝手にしてくれと凝った肩を解していた。
「あの村は残念だが、お前たちのことを必要としてくれる場所はきっとある。そんな場所を探してほしい。もちろん、ビスクやラライラも一緒にな」
「大きな町の方が流れ者の姿は目立たない。孤児や魔術師もそう珍しい存在じゃない。メフ・メフィートの郊外はどうかな? ローレットに好意的な土地だから、特異運命座標の推薦があれば、悪いようにはされなないと思う」
「困ったことがあったら、ローレットを頼ってよ。私たちがきっと手助けするからさ!」
「皆さん……」
 涙ぐむルシルに、クラリーチェが小袋を差し出す。
「この中には、日持ちする食糧と、わずかですが小銭を入れてあります」
 聖職者の少女は微笑した。
「世界は広いです。いろいろな場所を歩いて、貴方たちの住みやすい地を、見つけてくださいね」
「はい……っ」
「ではひとまず、ローレットまで案内しよう。村人が起きるとややこしいことになるからな」
「護衛と説得で別れようか」
 ポテトの提案に、マルクが応じながら立ち上がる。
「私は説得に。ルシル、服の裾をくださいな。貴方がたが死んだことの証明に使いますわ。……この村での居場所を守ってあげることはできないけれど、どうかお幸せに」
 元気づけるように笑んで見せたヴァレーリヤに、ルシルは大きく頷いて、ビスクに服の裾を食いちぎってもらった。
「ふむ。少しばかり説得力に欠けるのう」
「えっ」
「あ、じゃあいい手段があるよ」
 にぃ、とゼンツィオがあくどく笑う。息をのんで後退しようとしたルシルの両肩を素早く掴み、首筋に鋭い牙を立てた。
「布、貸して」
 さり気なくちょっとだけ吸血したゼンツィオが、牙で空いた穴に布を押しあてる。念のためにアレクシアがハイ・ヒールを放った。
「これならよかろう」
 鷹揚に頷いた藤次郎は、青ざめているルシルを一笑する。
 魔術師が血を吸いつくされると考えて恐怖したことなど手にとるように分かったし、ゼンツィオがそうしないことも彼は信じていた。
「ここで命を奪うってのは、ちと後味が悪い。ちょいと証だけもらって、あとは好きにするとよかろう」
「あ、でも離れるならしっかり遠くまで行っておいてね。あとで村人に見つかってケチつけられちゃうのは、嫌だから」
「……とりあえず、村人にはこれを見せて、無事に退治できたから安心するようにと伝えておきますわ。貴方がたの行く末に、主のご加護があらんことを」
 苦笑したヴァレーリヤが祈る。ルシルがおずおずと立ち上がり、ビスクの背にラライラを乗せた。
「行け。ここにおらんけりゃ新しい暮らしもあろう」
「ありがとう、ございます」
「ほら、村人が起きちゃう前に、早く早く!」
 藤次郎が手を振り、ミルキィが明るい声で急かす。
「僕も帰る。説得に時間かかって、朝になったら困るからね」
 村人に報告するために残るか、ルシルたちをローレットに送り届けるか。
 各々が結論を出して、ここでひとまず解散ということになった。

 やがて少女は目覚めて事情を知り、魔術師は二人と一匹で暮らす家を見つける。貧しい地に緑を、という願いの灯は、くじけかけることはあっても、消えることは決してなかった。

成否

成功

MVP

なし

状態異常

なし

あとがき

お疲れ様です。
皆様の説得に村人たちは納得し、魔術師と魔狼と少女は死んだ、ということになりました。
いっときローレットに身を寄せた彼らはしばらくして王都メフ・メフィート郊外の家に移り住み、ルシルは今でも植物、特に作物の研究を進めているようです。
二人と一匹で幸せに暮らしているようですよ。
この度はご参加ありがとうございました!

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