シナリオ詳細
<月眩ターリク>有限性イフティバール
オープニング
●
初恋如きで、そんな――なんて言ってくれるな。
莫迦みたいだが、聞いてくれ。
康・有存という男はうらぶれた毎日を送っていた。
三男坊という立場もあったが、兄達は優秀で、二人とも医術士として立派だった。薬学にも精通していた。つまり、まあ、とても素晴らしい人材だったわけである。
対する俺は、知識も半端で勉強も大して得意ではなかった。算術なんてものは理解も出来ねえ。
戦う事には臆病で、座学を優先するべきなのに兄に叶わない歴然とした差に諦めちまったわけだ。
フリアノンは、いや、覇竜領域の亜竜種は『立場』がそれなりに定まっている。
産まれた家がそのお役目を担うことが多いのだ。例えば、里長になった珱の姫様なんかがそうだ。里長代行も家系で決まっている。
――と、言うわけで、まあ、『向いてない』俺は爪弾きにされたような気がしたんだ。
そんな中で、外からやって来た英雄様達が、俺に光をくれた。
生憎、珱の姫様や、他の亜竜種みたいに『可能性』はなかったわけだが。
イレギュラーズにもなれやしない俺はそれでもなんとかなると飛び出した。
あの娘は俺の話を笑って聞いてくれた。あの娘は、小さくて、それでも、努力をして居た。ラサのためになる事をすると言って居た。
隣国ラサの傭兵団に拾って貰った。
『宵の狼』に入ってからは必死だった。強くなって、あの娘に自慢するのだと。認めて貰うのだと。
――あれは赤犬の女だろ。
――有存じゃあ無理だ。
そんなことを言う奴らも居たが、彼女も片思いならば、屹度、屹度。
「だーいじょうぶだよ、あーそん」
アツキはそう言いながら笑っていた。
「大丈夫ですよ。頑張りましょう」
エルレサもそうやって滅ぼしてくれた。
月の王国の奴らは皆良い奴だ。強くて、花のかおりがする、恰好良い奴らだ。俺も、俺様も、いつか――
けど、見てしまった。
あの娘の眸に俺は全く映っていない。
俺は立ち位置が分からなくなった。宙ぶらりんの儘、立ち竦む。
「大丈夫ですって、ねえ。アツキ」
「うんうん。大丈夫だよ。まだまだ、有存は強くなれるよ」
笑った二人に手を引かれ――俺は『変化』を受け入れた。
曰く、エルレサの父親は実験をして居るらしい。反転という、『イレギュラーズが不治の病』と認識するそれを治すために。
それは、あの娘の役にも立つのだろうか。
オカシラは、いや、もう一人の『オカシラ』は「そうそう! そうだぜ!」と笑ってた。
……なあ、エルス。俺様さあ、役に立てるよなあ?
●
「いらっしゃいませ」
「あ、来た来た。どーも!」
手を振ったのは二人の『吸血鬼』。一方はアツキと名乗った長い袖に指先を隠した吸血鬼。もう一方はエルレサと名乗るアルビノの娘だ。
頬に大輪の薔薇の咲いたエルレサは恭しく一礼をし、アツキは対照的に両手を天に挙げて「こっちこっち」と呼んでいる。
満月の影響を受け、髪色も、眸の色さえも変化を及ぼすエルス・ティーネ(p3p007325)は警戒しながらも二人の吸血鬼に近付き――「え」と息を呑んだ。
眼前に佇んでいたのは俯いた一人の青年。
康・有存であったものだ。
その異様な空気感から、明るく柔らかな笑顔を浮かべていた『彼』でない事を察することができる。
「あ、有存さん……?」
驚愕するエルスにアツキは「あーそん、呼んでますよーん」と揶揄うようにその体を突いた。
「……有存さんを、どうしたのですか」
マリエッタ・エーレイン(p3p010534)の問い掛けにぱちくりと瞬いてからアツキが「やっだぁ~」と手をぶらぶらと振った。
「ターイルと有存を相手に遊んで欲しいって言ったじゃないですかあ。
簡単な話ですよ、有存を『ボス』の所に連れってあげたんですよぉ。ね、エルレサ」
「はい。そうですね! 私達が有存をちゃんとお家に返してあげたのです。そうすると、残念、魔種になりました!」
身内に魔種が多い者でとエルレサはからからと笑った。渋い表情を浮かべたマリエッタは「何てことを」と唇を噛む。
「もう一つ聞いてもいいかな? エルレサ君。そちらは?」
「ああ、父です」
恋屍・愛無(p3p007296)は「父」と繰返した。父――とは、彼女は『博士』を指していたのではないか。
「父が丁度、肉体を適当に改造してたときに余ったパーツで『父のレプリカ』を作ったのですよ。
だから、連れて来ちゃいました。試運転ですね。自分を『分けれたら』、其れは其れは強い兵士が作れるでしょう。
「狂ったことを――!」
マリエッタが思わず毒づけば「あはは、発展には実験が付き物。実験にはこうした事も付き物」とエルレサは微笑む。
「それじゃ、ターイルも居るので、一緒に遊びましょう!」
背後より現れた晶竜が翼を広げる。巨大な、鳥を思わせる『作り物の竜』はあんぐりと口を開く。
「伝言、を持ってきました」
矢を番え、小金井・正純(p3p008000)はそう言った。
正純は出掛け先に、覇竜領域で忙しくしている珱・琉珂 (p3n000246)に声を掛けられた。
その理由も、「正純さんなら絶対に伝えてくれると思ったから」というものである。どうやら、琉珂は正純が晶竜『ターイル』を完全撃破する為にその矢を放つであろう事を想定していたのだろう。
「――有存を、頼む、と」
琉珂にとっては自らの里の者だ。しかし、正純は琉珂の言葉に含まれた意味を察しそれ以上の言葉を紡ぐことはしなかった。
彼女は、自らの父代わりが『魔種』ならば討つ覚悟をした娘だ。有存を頼むとは、即ち『最期まで』のことなのだろう。
「遊ぶ準備は出来ましたか。それでは、おとうさま」
「じゃあ、せんせ」
アツキとエルレサが有存の背を押してからにっこりと笑う。
「――思う存分、遊びましょう! 月の下で!」
- <月眩ターリク>有限性イフティバール完了
- GM名夏あかね
- 種別通常
- 難易度HARD
- 冒険終了日時2023年05月02日 22時05分
- 参加人数8/8人
- 相談6日
- 参加費100RC
参加者 : 8 人
冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。
参加者一覧(8人)
リプレイ
●
期待なんて、しちゃいけなかったんだ。でも、諦めて高って言えば、嘘だ。
本当は、ちょっとだけ期待してた。彼女も叶わぬ恋をしていたように思ったから。
ただ、狡かったのはおれがあの娘の恋が叶わなければいいなって思った事だったのだろう。
――おれは、エルスが好きだよ。
「ああ、有存さん」
『特異運命座標』エルス・ティーネ(p3p007325)は彼から確かに、呼ぶ声を聞いた。
自らと共に居てくれという懇願。喉から手が出るほどに唯一を求める感情を彼女だって知っていた。
「……私は、駄目な女だわ」
唇から溢れた言葉に彼は。
●
「残念、魔種になりました!」と明るく笑った吸血鬼。その傍には奇妙な男が立っている。
男、と呼ぶべきかそれとも女、と言うべきか。複数の人間のパッチワーク。知り合いにそうしたものを好んでいるマッドサイエンティストが居た気がして『明けの明星』小金井・正純(p3p008000)は嘆息した。
「残念、魔種になった? ……心底腹立つ報告感謝します、死んどいて下さい」
あからさまに苛立った『雨宿りの雨宮利香』リカ・サキュバス(p3p001254)は嫌悪を丸出しにする。その表情に「照れますねぇ」とエルレサが身を揺すって見せた。
「ああ、エルレサ君。一つ良いかい? 『恋とは毒』とは詩的にして至言だと思わないかね? まあ、待っていてくれよ。すぐにこの愉快な顔の竜擬きを食い散らかすから」
ロマンスを演じるならばこの月の下は素晴らしいが『縒り糸』恋屍・愛無(p3p007296)に語りかけられたエルレサは「恋は勘違いとも言いますよ」と浪漫の欠片も残しやしない。
「その心は?」
「愛する事が出来なければ、大体捨てますから」
その視線が康・有存に向いていたのは気のせいではないのだろう。当たり前の様に『友人』であったものが魔種になったことを歓迎している。当たり前の様に魔種を戦力として数え、在る時には蜥蜴の尾のように捨置くと決めている。それっきりに正純は苛立った。
(……想いのために反転した、だなんて私利私欲に感けて、敵として対峙している事さえ莫迦らしい――と一言で切り捨てたいところですが。
ああ、それも難しい。そうなってまで何かを成し遂げようとした方々を、私は知っている。長胤様も、灯里さんも、そうだったから)
正純は唇をやわやわと動かした。俯き、ただ、エルスだけを見ている有存の名を呼ぶ。
「貴方の想いに負けられない。負けて何てやるものか。ターイルも、アツキも、エルレサも、有存さんも。
……その裏に居る博士も、打倒します。これが私の想い。想いの重さで我慢比べでもしましょうか」
弓を構えた正純に『博士』の偽命体(レプリカ)が長ったらしい腕をばしんばしんと打ち合わせ笑い始める。シンバルを鳴らす壊れた玩具のような有様だ。
「ああ、殺すという言葉は心地が良いね。生と死は僕らの研究からは決して外れることのない永劫のテーマだ」
「テーマ、なんて簡単に言うのだわね……」
博士というのが錬金術師だというのは聞いた。博士というのが理想と目的のためならば他者の犠牲をも厭わないと聞いた。
だからといって、この状況下でそれを『はいそうですか』とは『蒼剣の秘書』華蓮・ナーサリー・瑞稀(p3p004864)は決して口には出来なかった。
仲間達はそれぞれ想うことがある。難題に挑み、越えねばならぬ存在が居るのだろう。ならば『蒼剣の秘書』の名に恥じず支援を行なうだけ。
あの人はローレットで何時だってイレギュラーズを支えてくれた。戦場に飛び出した秘書が見てきた全てを伝えなくてはならない。
「おとうさまのテーマ、素晴らしいでしょう」
うっとりと笑ったエルレサに苦虫を噛みつぶしたような顔をした『鉄血乙女』リア・クォーツ(p3p004937)が「会いたかったわよ」と低く、苛立ちを込めた声音で語りかける。
「アンタの醜い音色は一篇たりとも忘れてなかったわ! 直ぐにでも、てめーの鼻をへし折ってやるからな!
待って……エルス、貴女の旋律酷いわよ。落ち着いて、やるべき事を成しなさい」
「……え、ええ……」
一歩たじろいだのはエルスだった。自分のせいで魔種になった者は過去にも居た。それでもそれは間接的で関われなかったから、どうにも出来なかった。
目の前に立っている有存を一目見ただけで分かる。彼は正気でなく、彼は魔種だ。何故、どうして、そんな言葉ばかりが頭を駆け巡った――見落としたものは砂の海に隠れて拾い集めることさえ出来ないのだ。
「どうして」
まるで、エルスの心境を顕すように『未来への葬送』マリエッタ・エーレイン(p3p010534)の唇が震えた。
「どうして、こうなってしまうんでしょうね」
「……恋はいつだってハッピーエンドとは限らないもの、なんて。当たり前の話だけど、こういう終わり方は悲しいわ」
マリエッタの傍らで『夜守の魔女』セレナ・夜月(p3p010688)はそう呟いた。恋、とエルスの唇が揺らぐ。
マリエッタは気付いて居た。有存がエルスに恋心を寄せていることだって、有存がエルスに想いを伝えようとしたとき、彼女の唇から飛び出したのが『赤犬』の事であった事だって――有存が、エルスへの恋が叶わず立ち竦んでいたことだって。
(……恋は人を狂わせる。分かって居たって、どうしようもない。せめて、私は――私は彼らが後悔しないような場を作りましょう)
滅ぼさなくてはならない相手でも、心だけでも護りたかった。
「……そこを邪魔しようとする奴は許せないし、なによりもこの『烙印』を消さなきゃいけないんだから。推し通らせて貰うわよ!」
セレナの紫苑の瞳に魔力の気配が走った。その背には黒き鈴蘭が咲いている。傍らの『姉妹』は頬に鮮やかな薔薇を咲かせている。
何よりも、大切なマリエッタを傷付けられた事が気に食わない。
(この飢餓感も、月に焦れるような感情も要らない――絶対に治して見せるんだから)
眼前には紛い物の竜が居た。巨大な鳥の頭を有した竜が白百合の花片を散らせ、月を背に飛翔する。
●
「アツキ。もう一度踊りましょうか。
貴方には告げましたよね――死血の魔女が、狩り取ってあげるって……本当に魔女みたいになってしまいますね」
蠱惑的に微笑んだマリエッタは血を手繰り寄せた。魔力を帯びた血潮は薔薇の花びらに転ずる前に『魔女』の糧と鳴る。
「でも、実際に血を奪うなら……貴方達なら遠慮はいりませんね? 今の私は機嫌が悪い……その鮮血、浴びさせてもらいましょうか」
「まるで本物の吸血鬼みたい」
アツキがけらけらと笑う。セレナは肩をぴくりと跳ねさせた。エルレサの許へ向かったのはリカ、有存と相対するのはエルス。そして、その他の仲間達は晶竜の早期撃破に向かっている。
(マリエッタ……)
烙印の花はセレナが思う以上にマリエッタに良く似合っていた。だからこそ、大好きなマリエッタが変わってしまう可能性が恐ろしかった。
マリエッタは魔女を利用するつもりだ。その本性をセレナは欠片しか知らず、マリエッタの全てを理解していない――けれど、欠片でも知ってしまったならば。
(全てを受け止めると決めてるんだわ、きっと……)
勢い良く前線へと飛び出したのはリカだった。『博士』を護るようにエルレサが立ちはだかる。ならば、その両方を狙うだけ。
勝手に身内で内輪揉めでもしてくれれば此方の者。体力を急速に補う術も、自身を守る雷と呼吸の仕方さえ、リカはよく分かって居た。
瘴気(フェロモン)を纏った夢魔を真っ直ぐに見据えたエルレサの唇がゆるゆると吊り上がる。
「貴方、自分が腹から生まれたか造られた物なのか覚えているのですか? 倫理から外れた化け物のまがい物如きに何を語れというのです?」
「化け物だなんて酷い話ですよね。旅人のいずれかがそうであったって貴女は友人だと言うのでしょう?」
首を傾げたエルレサにリカがぎ、と奥歯を噛み締めた。
「……煩わしいのよ、そんなに話がしたいなら幻とでもしていなさい!」
夢奥義。それは真なる誘惑であった。妖艶なる誘いに、リカは指先を揺れ動かす。
『博士』とエルレサの二人を相手取るリカは面倒見切れなくなる前にさっさとけりを付けてくれと仲間達を見詰める。
敢えて吸"精"鬼と名乗ったリカ。『ど腐れ紅血晶』よりも美しい真なる魔石を見せてやるとリカは身を張る。
「こちらも急ぐ事情があるのです。その実験とやら簡単にさせる気はないのですよ?」
「いやはや悲しい話だなあ」
『博士』が頭をわざとらしくガリガリと掻いた。悲しいとは此方が言いたいのだと愛無は熱を帯びた視線をエルレサへと向ける。
「やれやれ。折角の再会だというのに忙しない事になってしまったな。
……まぁ、機会はまたあるだろう。こんな処で潰える程、ヤワな淑女でもあるまい。僕は『好きな物』は最後にとって置くタイプでね。
今度はお茶でもしよう。殴り合いばかりでは風情がないからね。是非僕の街に遊びに来てくれたまえ」
「父同伴でどうでしょう?」
エルレサにそれは難しいと愛無は肩を竦め、勢い良くターイルの許へと飛び込んだ。
「それとアソン君。恋は毒だが。愛となれば、それは抜け落ちるそうだよ。全くもって受け売りだがね。君の『毒』が抜ける事を願っているよ」
眩い光と共に、セレナはターイルの肌を焼く。その鮮やかな光を眺めながらリカは『博士』だけを見ていた。
支える華蓮は自らに加護を与えてくれる神々の気配を傍に感じていた。ヒーラーとしての役割がメインだった。
『ヒメ』の目を借り、稀久理媛神の使いと共に、戦場を俯瞰していた華蓮は的確に戦況を見極める。目、耳、華、肌の感触、伝う汗が口に入り込む味も、神様のくれる『天啓』だって、その全てが仲間を生かすためにあった。
華蓮と共に支えるリア。コレだけ手厚いのだから『我慢比べ』といった側面が強い。
「なんでもアンタ達の思い通りになると思わないでよね、エルレサ!」
「そんなこと、想っちゃいませんよ。だって、現に有存は破れかぶれでしたし」
揶揄うような声音にリアが唇を噛んだ。何て酷い『友人』なのかとエルレサを見遣った華蓮はリカを支え、正純を見遣る。
弓を引きターイルと相対する。余力なんて無い。死が傍らに存在している気配がある。それでも――越えねばならなかった。
「行きます」
正純の弓がぎり、と音を鳴らした。頷く愛無に合わせてセレナが眩い光を放つ。ターイルを圧倒することは叶わない。だが、手厚いフォローが存在している上に『博士』を庇うエルレサはそれに注力している事が幸いしている。
(此の儘、押し切らねば……何に変えても、この戦場を制する)
正純はふうと息を吐いた。メインディッシュを『後』に取っておいた愛無がぐんとターイルに近付く。
ぎょろりとした瞳が、愛無を見る。『博士』は「あれは失敗作だったかな、アツキ」と朗らかに話している。
「どうでしょうねえー。少なくともこの子達に負けるならそこまでだったってことで」
「いいや、アツキ。こう考えよう。『晶竜』を無数に屠れるんだ。ものにする価値があると云うことだ!」
嬉しそうに声音を弾ませる『博士』に正純は苛立ちを滲ませながら弓を勢い良く引き絞った。じりじりとした接戦を制するのは決意だ。
引き絞られた弓が矢を勢い良く放ちターイルの目を穿つ。叫び声と共に、その肉体が落ちてくる。
ならば、残るは――
●
愛とは、信用できないものだった。目にも見えない感情であるからだ。
自らが抱いた未熟な恋心にどの様な言い訳を重ねようとも、一方通行であるから納得できた。
エルス・ティーネという娘は両親からの親愛を喪ってから誰からも愛されたことはなかった。
誰にも愛されず生きてきた彼女は幾ら声高に叫ぼうとも返ってこないと理解している――所詮『あの方』だって遊びだと。
「ねぇ、私……今もあなたが魔種になってしまった事、信じられないの。
だって……だってついこの前まで普通に会話していたと思っていたから……っ。貴方が堕ちてしまった理由……私は知りたい……どうして、なの?」
エルスの問い掛けに、佇んでいた有存の唇が緩やかに動いた。ぶふ、と息を吐く音が響きアツキが有存を指差して笑っている。
「アツキ!」
マリエッタが鋭い声を上げた。
「余所見なんてしている場合ですか?」
睨め付けたマリエッタの指先を包み込んだ血色の籠手。告死魔術を駆使するマリエッタの傍らでセレナが不安げに瞳を揺らしている。
(魔種を、討たなくてはならない。此処を乗り切るなら、アツキか有存のどちらかを……)
もしも有存が『戦わないこと』を選んでくれたのならば――マリエッタの負担だって減らせるはずだった。セレナにとってはそれが一番の事なのに。
二人の間に漂う空気は良き未来を予感させない。どうしたってマリエッタのことが気になった。烙印は、着実に自らを蝕んでいるから。
「エルスにとっては友情とか、見たくないことだったのかもな。……あの、さ、俺はエルスが好きだったんだよ」
「好き? 愛してる? ……そんな、どうして……? 私は愛されないはずなのに……」
頭を抱えたエルスを見て有存は『自らの愛情は彼女にとって必要のないものなのだ』と察した。何処まで行ったって、彼女を苦しめるものでしかない。
熱病に浮かされて好きだ嫌いだを子供染みて口にした有存とは対照的に、青ざめた顔のエルスは唇を震わせる。
愛情なんてまやかしだと彼女は想っている。恋情なんて向かないと分かりながら『恋する自分』に酔い痴れる――其れで良かったのに。
「困らせたくは、無かったんだ」
そんな言葉を吐出した有存の表情をエルスは真っ向から見ていただろうか。
「ただ、俺様を見て欲しかった」
マリエッタは、見てしまった。泣き出しそうな、それでいて――絶望しきった表情を。
「ッ――」
有存がなけなしの魔力を弾丸に変化させた。アツキと向かい合うマリエッタへ向け叩き込まんとしたその弾丸をエルスは受け止める。
「仲間を傷つけないで! ……じゃあ貴方を追い詰めたのは私のせい、なのね。仲間を傷つけないで、その代わり私は貴方に……着いていくからっ」
「着いて? なら、全部捨ててくれよ。 赤犬への諦感も。その癖に追掛け続ける執着も」
最後まで気付かない鈍感な女で居てくれればよかったのに。無意識に、傷付けるんだ。始祖種(アンファング)のお姫様。
有存が目を見開いた。彼女の『ごめんなさい』の言葉は、自身の誘いを断ったのと同義だったからだ。
「死んでくれ、エルス」
●
――風を裂く音がした。
どう転んだって弓を鈍らせることは正純はなかった。琉珂にだって頼まれた。彼を見過ごせば、この先に何が訪れるのかは分からない。
「……貴方の得た力は、この世界の敵になる力。今、貴方の生まれた里の皆で抗おうとしている力です。
だから、貴方を放っては置けない。我々の都合で困らせているあの里の優しい方々を、これ以上追い込めないから」
「正純さん、だっけ」
有存の瞳が昏い色を灯している。正純が弓を引き絞った。ぎり、と音を立てる。穿てば、彼は死してしまうだろうか。
エルスの前に立っていたリアは彼女を庇うように両手を広げている。正純は彼の命を奪うと決めた、リアは『有存にエルスを傷付けさせたく』は無かった。
「ねえ、有存。残酷よね反転しても分かるわ、貴方の旋律(かんじょう)……それと似た音を何回も聞いた事あるから」
有存がゆっくりと足元を見る。リアが構え、
「叶わないものだとしても、その想いは炎の様に熱く燃え上がって身を焦がしてしまう。えぇ、とても分かるわ……。
だとしても、有存! てめぇが好きだった女を、てめぇが傷付けていい訳無いだろうが!」
弾けるように顔を上げた有存は唇を噛んだ。
「それでも、どうしようもねぇだろうが! 普通に振ってくれれば良かった。こうなる前に……少しでも俺に興味を持ってくれれば……」
リアは何て酷い旋律なのだろうかと感じた。華蓮も身に覚えのある感情だった。
康・有存は愛情を躱され続けたと感じたのだろうか。真実はどうあれど、エルスに届かなかったそれが痼りとなり変化してしまった。
「どうあったって、お終いですよ」
有存を見詰めてからリカは目を伏せた。恋は毒だが、愛となれば抜け落ちる――とは言った者だが、それはどうにも難しいようだ。
有存を制圧するのは簡単だった。エルスが見ている。その前で、彼は最後の最後まで藻掻いた。
「死ね!」
心にもない言葉を吐いたのは、彼女が悲痛な表情をしたからだった。
「死んでくれよ、エルス――!」
やっぱり、恋なんてするもんじゃない。旋律を聴いていたリアは気付いた。正純だって鈍い女ではなかった。
「それは、出来ない相談でしょうね」
矢が男の胸へと突き刺さる。セレナは男の瞳が最後までエルスしか見ていないことに気付いてしまった。
「相変わらずヘラヘラケラケラと、その煩い口を私の矢で縫い付けてやりましょう。
博士の目的と、貴方たち吸血鬼の目的、それを洗いざらい吐いてもらった後で、ですが」
「やだあ」
アツキはけらけらと笑った。死した青年を見下ろしてから「遣えねえな」と呟いたアツキは有存を蹴る。
「怪我したんだけど、マジ? 最悪」
「アツキ、後でエルレサがちゃんと手当してあげますからね」
余裕ぶった顔をして居たエルレサは「ね、リカさん」と微笑んだ。その表情一つにリカは「むかつく」と思わず呟く。
アツキは一歩後退する。これ以上戦う意味も無い。元から博士には『ターイルを喪ったらさっさと帰ってくると良い』と言われていたのだ。
――夜の祭祀を手伝いたかったが、それはそれ。
もしも、彼が祭祀を完遂できていなかったならば思う存分嘲り笑ってやろうか、なんて。
●
「博士、と仰いましたか」
マリエッタはアツキの背後で此方を見ている『博士』を見詰めた。彼は有存無力化された場合は手出しするつもりだったのだろうか。
反転したが使い物にならない魔種と、『魔種を作り出すのに一役買った』吸血鬼ならば後者を選ぶ積もりだったか。
「この烙印。いったい私達のどこに根付いてるんです?
……興味があるんですよ、貴方達の技術と、知識に……元々紅血晶から解き明かすつもりでしたので」
いい加減対処法を見付けたいとマリエッタは言った。死血の魔女の意識を表面化させれば、ある程度は抑制できるか、それとも。
(貴女だって消えたくはないでしょう? ――勿論)
自らの内部で対話をするマリエッタを眺めながら『博士』は「ううーん」と首を傾げた。
「それはね、君達の魂に深く根付いて居る。ああ、そうだなあ、そうだ。君と魔女は『魂から別物』なのかい?」
博士の問い掛けにマリエッタは一瞬肩を揺らがせた。セレナが「何を」と鋭い声音を上げ、その間に入る。
「本物の僕の『胎』の中に解毒の種を用意しているさ。勿論、それを磨り潰して服薬すれば烙印の効果も失せるだろうね。
あ、でも、申し訳ないことが一つあるのさ。聞いてくれるかな?」
「勿体付けずにさっさと言いなさいよ」
リアが眉を吊り上げた。僅かな苛立ちを込めた声音に『博士』が「いやーだなー」と体をぐねぐねと揺らしている。単純に腹が立つとリカが呟いた。
「デメリットでもありますか? ああ、ありますよね。そういう性格していそうですから」
「性格まで指摘してくれるとはマブダチかもしれないね。マブダチという言葉はブルーベルがよく言って居たんだよ」
リカが眉をぴくりと動かした。さっさと言えと言いたげな顔をして居る。マリエッタの指先が震えた。何かあれば、直ぐにでも止めるつもりだとリカもセレナも準備はしていた――して居た、けれど。
「烙印が全て消え去るかはケースバイケースとだけ言おうかな」
「……後遺症、なのだわ……?」
ぽつりと華蓮は呟いた。振り返った正純が奥歯を噛み締める。膝を付いたエルスは『博士』をまじまじと見詰めていた。
「そういうのが確かだろう。華はカウントをストップするだろう。けれど、君達に華は咲いたままになるかもしれないしならないかもしれない。
大丈夫さ。お姫さまの孕んだ狂気からは解き放たれるから、ちょっぴり血が好きで太陽が苦手な人間になるだけ『かも』しれない!」
「適当なことを言うもんだな」
「研究とは可能性だよ、君」
愛無は酷く胡乱な表情をして博士を睨め付けた。
「――あ、僕はそろそろ爆発します」
「うわ、おとうさまったら」
「あーあ、せんせは時限式だー!」
あからさまに引き攣った表情を見せたエルレサと楽しげに跳ねたアツキ。その二人が一瞬後退したのを正純は見逃さない。
「待ちなさい――!」
突如として響いた破裂音。周囲に硝煙の気配が漂い、その顔面に血にも似た何かが張り付いた。
驚愕に目を見開いた正純の目の前には、何かが破裂した痕跡だけが残されていた――
成否
成功
MVP
状態異常
あとがき
お疲れ様でした。
エルス・ティーネ(p3p007325)さんへは康・有存より『原罪の呼び声』の判定が発生していました。
応えがNOで会ったことから有存はこの様な結果となります。
MVPは情報を引き出せていた方へ。
美しい月も終盤です。どうか、月の魔力に囚われませんように。
GMコメント
●成功条件
晶竜『ターイル』の撃破
下記のいずれかのエネミーの撃破
・吸血鬼アツキ
・吸血鬼エルレサ
・『魔種』康・有存
●月の城門
月の王国の王宮前に在る固く閉ざされた城門です。
砂漠地帯です。ターリクの腹に『防護魔法を構築する魔法陣』の一つが入り込んでいます。
どうやら、城門を護る防護魔法の『魔法陣』は無数に散らばっており、一つが壊れても防衛が続くようにと構築されているようです。
●晶竜『ターイル』
非常にぎょろりとした目の大きな鳥を思わす晶竜です。白百合の花弁を撒き散らして飛んでいます。
戦闘は比較的シンプルにパワータイプ。耐久力が高く、遠距離攻撃にも優れていますので注意してください。
また、かなりのデカブツですのでブロックには3人程度の人員が必要となります。
●康・有存
アソン君。フリアノン出身の亜竜種。エルスさんに一目惚れして『宵の狼』にて医術士として活動して居ました、が、エルスさんとの恋に実らぬ事を察知し宙ぶらりんな時に『色々あって』反転状態に移行しています。
戦闘は苦手でヒーラータイプです。魔種にはなりたて、自身の状況も理解して居ません。非常に情けない様子でしょう。
●吸血鬼『アツキ』
アツキと名乗る吸血鬼です。本来の種族や本名は不詳。
だぼだぼとしたパーカーに、萌え袖。作ったのは偽翼と尾。白髪に紅色の眸。想像上の吸血鬼を模しています。
とっても悪辣な性格。スピードファイタータイプです。攻撃は一撃は軽めですが、手が多いと認識して下さい。
●吸血鬼『エルレサ』
博士の娘を名乗る吸血鬼です。お喋り娘。真っ白な髪に紅色の眸。明るくアッパーな性格です。
頬に大輪の薔薇が咲いています。烙印でしょう。『博士レプリカ』と一緒に行動中です。『博士レプリカ』を護るように戦います。
オールラウンダー。堅牢で、アツキと有存に比べれば頭が抜きん出ています。
●???『博士レプリカ』
博士と名乗る旅人(プスケ)が自らのパーツを分解し、偽命体にしたであろう奇妙な生命体。
どうやら博士本人との対話も可能です。かなりお喋りです。エルレサに護られています。それなりに戦えそうかつ、自律し嫌らしい動きをするようですが……?
●特殊判定『烙印』
当シナリオでは肉体に影響を及ぼす状態異常『烙印』が付与される場合があります。
予めご了承の上、参加するようにお願いいたします。
●情報精度
このシナリオの情報精度はCです。
情報精度は低めで、不測の事態が起きる可能性があります。
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