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シナリオ詳細

<月眩ターリク>黒き夜風と呪いの『枝』

完了

参加者 : 8 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

オープニング

●『守護災厄』の護り方
 『強欲』の魔種、黒き災厄ノート。
 彼女は自身と同じ色の髪を持つイレギュラーズ、フレイ・イング・ラーセンに興味を持ち、接触を続け――その『呼び声』に彼が応える形で、『守護災厄』となったその身を手に入れていた。
 この辺りで退いておくのが賢明なのだろうとは思う。しかし、彼女はその知識欲ゆえに魔種へ堕ちた身。抱いた興味には抗えない性でもあり、あの転移陣の先で起きていることに無関心では無かったのだ。
「ノルンによろしくね、フレイ。いっそ『呼んで』あげたほうが、彼女も寂しくないんじゃないかしら?」
「……それだけはしない。ノルンだけは、何としてでも」
 フレイが時折、飛行種の妹分ノルンの様子を見に行くのを、ノートは敢えて好きにさせていた。いつも覚悟を決めた顔で出かけていくくせに、戻ってくると切なそうな顔をしているのがとても面白いからだ。
 そんな彼をいつも、大変だったわねと労ってやる。辛いわよねと同情してやる。えらいわと褒めてやる。全て肯定してやる。最近は彼も少しずつ応えてくれて、本当に興味深い。
「興味深いのは……それだけじゃないのよね」
 長い黒髪を一筋撫でて、ふう、と風に飛ばす。
 飛ばされた髪は風に泳ぎながら溶けてゆき、やがて見えなくなった。

●『月の王国』と『黒き枝』
「私を……『月の王国』へ、連れて行ってくれませんか」
 飛行種の少女ノルンが、覚悟を決めたようにイレギュラーズへ頼んでいた。

 ノルンは、それまで『世話になっていた』(実際は監禁、拷問されていた)深緑の幻想種の一族『白き枝族』の元を離れ、現在はローレットの保護下にある。
 現在は比較的マシになったが、兄として慕っていたフレイがノートと共に行ってしまってからしばらくはひどいものだった。『天穿つ』ラダ・ジグリ(p3p000271)や『可能性の壁』アルトゥライネル(p3p008166)が様子見に訪れた時など、二人を見るなりその場に蹲って謝り続けたのだ。
 制止しても頑なに、病的なほどに。罪深い自分が痛み以外を、森の外を、兄との再会を望んだからこうなったのだと。
「兄様から、お手紙がありました。『古宮カーマルーマ』、偽りの祭祀場『アル=アラク』。そこで幻想種達が作り替えられているから、阻止するように伝えてくれ、と。
 兄様が、なぜそんな情報を知っているのかはわかりません……」
 わからないが、想像はできる。魔種となった以上は、『協力者』として転移陣を利用し堂々と内情を観察することも不可能ではないだろう。実際にそうであるかは別として。
「私……優しいお二人に、まだお礼を言えていません……罪深い私にそんな資格はないのかもしれません、それでも!」
「駄目よ。『月の王国』はイレギュラーズでもない貴方が来ていい場所じゃない」
 少しきつい物言いになってしまった『天才になれなかった女』イーリン・ジョーンズ(p3p000854)。ノルンを嫌っているのではない。もう、絶対に、誰も失いたくなかったのだ。
「フレイも、手紙じゃなくて直接伝えればいいのにな……」
 『青き鋼の音色』イズマ・トーティス(p3p009471)は、救出した『白き枝族』から独自にノートや『黒き枝族』についての情報を探っていた。『黒』に纏わる事柄は口にするのも穢らわしいとかなり渋られたが、どうにか粘って聞き出すことができた話を皆へ話す。

 曰く。
 『黒き枝族』とは黒髪の幻想種の一族であり、元々『白き枝族』とは敵対関係にあった。それが数百年前、一人の黒き女により滅び去った。その女は己が一族を滅ぼしたのだ。
 女は更にその刃を『白き枝族』にも向けたため、『白き枝族』は飛行種の『白翼の一族』と協力、この女を固く封じた。しかし封じられる刹那、女は『白き枝族』に呪いを遺していったのだ。
 呪いとは、いずれ彼女の力を現す者、彼女の形を表す者が白き一族から現れる、というもの。
 その女こそがノートであり、その呪いこそが単なる敵視を越えて『白』が『黒』を穢れとする理由である――らしい。

「だから黒髪というだけで呪いだと嫌われる……当人は関係ないだろうに」
「しかし、『形を現す者』が黒髪のことだとして、『力を現す者』とはなんだ?」
 アルトゥライネルとラダが顔を見合わせ、イレギュラーズも頭を悩ませる中、イーリンには僅かばかり思い当たる節があった。
(あれは、確か深緑で……双子らしいのに目の色以外全然似てない、フレイの実の妹の――)

●白き者、黒き呪い
 偽りの祭祀場『アル=アラク』。そこでは吸血鬼を中心として『夜の祭祀』の準備が進められ、水晶を中心とした巨大な血の魔法陣が描かれていた。
 この吸血鬼は、元は幻想種の偽命体だったものが烙印を得て変じたものだ。
 白髪に、枝のような白い鹿の角を生やした吸血鬼。その角からは水滴のように紅水晶が滴り、手の甲には赤い薔薇の烙印がある。
 その人物を遠く眺めるのは、豊かな肉体を持つ白髪の尖った耳の女と、黒髪の黒翼の男だった。
「まさか、白き枝のお祖父様とこんな形で再会するとは思わなかったわ」
「……烙印っていうのは『偽』反転を作り出すことが目的だって、お前は言ってたな。『偽』ってことは、吸血鬼にならず烙印に耐え切れる奴がいたら……『元に戻せる反転』ができるとしたら」
「そんなものいらない。魔種の私達には関係ない話だわ」
 変わり果てた祖父の姿を見ていた男の顔に手を添えて、女は自分を見るよう仕向ける。
「でも……もしフレイが元に戻れたら。『強欲』じゃなくて『色欲』の声で呼べるのかしら」
 同じ赤と青の眼をした二人。双子なのに目の色以外全く似ていない二人は、紆余曲折を経て魔種という形で再会した。
 妹のフレイヤは『色欲』の。兄のフレイは『強欲』のそれとして。
 その『罪』の違いが。これほどフレイに焦がれている自分の呼び声ではなく、別の者の呼び声に彼が応えたという事実が、フレイヤは納得いかなかった。フレイが反転を選んだ理由自体も、自分の欲望ではなく誰かを守るため。その『誰か』は、フレイヤのことではない。それも気に入らない。
「私のものになってフレイ。私だけのものになって。どこにも行かないで」
「お前は今でも大好きな妹だ。でも、俺はノートを裏切りたくない。ノルンのことも守り続けたい」
 誰か一人を選んではくれない。守りたいものが多すぎる。だからこそ、この男は『色欲』ではなく『強欲』の声に応えたのではないか。
 そんなのはずるい。許せない――渦巻く嫉妬に閉じ込めるように、フレイヤはフレイを強く抱きしめた。

 祭祀場がにわかに騒がしくなったのはそんな頃だ。外部からの侵入者を迎撃すべく護衛の偽命体達が対応し、儀式の中心を担う白き枝の吸血鬼も動き出す。
「お前もおいで、可愛いフレイヤ。この祭祀を守っておくれ」
「フレイも一緒よ、お祖父様。この期に及んでフレイを仲間外れにするなら、お祖父様でも許さない」
 愛する孫娘から怒りを向けられれば、白き枝の吸血鬼は非常に不本意ながらもフレイの同席を許可する。
 例え歪んだ形であっても、一時白き一族の役に立てる――その事実は、少しだけフレイの心を満たしてくれた。

 美しい月が浮かぶ祭祀場に、漆黒の夜風が吹き渡っていた。

GMコメント

旭吉です。
フレイさんの因縁が大体集結しました。

●目標
 『夜の祭祀』を完成させない。

●状況
 ラサの砂漠の遺跡『古宮カーマルーマ』、その転移陣の先にある異空間『月の王国』。
 朝が来ることのない、満月の夜の世界です。
 この吸血鬼達の本拠地である地の祭祀場『アル=アラク』で行われる『夜の祭祀』を中止させましょう。
 『儀式を行える人物がいなくなれば』目標達成とします。
 護衛に当たっていた偽命体達は祭祀場の外で戦闘中ですので、このシナリオでは3人のみが戦闘対象です。

 今回、現場にノルンはいません。ギルドで皆様の帰還をお待ちしてます。
 ノートも直接戦闘には関わりません。

●敵情報
 白き枝の吸血鬼(ヴァンピーア)×1
  幻想種『白き枝族』の長老格の一人だった男性が偽命体となり、烙印を受けて吸血鬼となった形です。
  今回の祭祀を執り行う主格(『長老』ではありますが、外見は若めの50代程度です)
  魔種フレイ、魔種フレイヤの母方の祖父でもありますが、フレイヤは溺愛するもののフレイはこの形になっても忌み嫌っています。
  (フレイヤの言葉で本当に仕方なく協力させて「やってる」)
  あらゆる射程に対応した神秘の防御無視範囲攻撃が主ですが、回復も担当します。

 『彼方の白銀』フレイヤ
  フレイの双子の妹。白き枝の吸血鬼の孫娘。『色欲』の魔種。
  深緑でイレギュラーズと戦闘後、撤退した過去があります。
  彼女の半径10m以内では常時【魅了】の抵抗判定が発生します。
  あらゆる射程に対応し、あらゆるBSを付与する非常に強い神秘の呪い(【呪い】のみにあらず)を使いこなします。

 『守護災厄』フレイ
  フレイヤの双子の兄。白き枝の吸血鬼の孫。『強欲』の魔種。
  イレギュラーズから反転しましたが、『守れる者を守る』ことに『強欲』由来の強い拘りがあります。
  彼への対処なくフレイヤや白き枝の吸血鬼を狙うことは難しいでしょう。
  かつての仲間(イレギュラーズ)へ思うところがない訳では無いですが、覚悟も決めています。
  元来の優れた防御技術・特殊抵抗に加え、魔種ノートの加護により【鬼道40】を得ています。
  防御判定なしのダメージと【呪縛】【怒り】を付与する『黒の宣告』(物超域)、引き付けた相手へ大ダメージを与える黒き刃(物至単)を主に使います。

●特殊判定『烙印』
 当シナリオでは肉体に影響を及ぼす状態異常『烙印』が付与される場合があります。
 予めご了承の上、参加するようにお願いいたします。

●情報精度
 このシナリオの情報精度はCです。
 情報精度は低めで、不測の事態が起きる可能性があります。

  • <月眩ターリク>黒き夜風と呪いの『枝』完了
  • GM名旭吉
  • 種別通常
  • 難易度HARD
  • 冒険終了日時2023年05月04日 22時05分
  • 参加人数8/8人
  • 相談6日
  • 参加費100RC

参加者 : 8 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

参加者一覧(8人)

ラダ・ジグリ(p3p000271)
灼けつく太陽
イーリン・ジョーンズ(p3p000854)
流星の少女
バクルド・アルティア・ホルスウィング(p3p001219)
終わらない途
アルトゥライネル(p3p008166)
バロメット・砂漠の妖精
ニル(p3p009185)
願い紡ぎ
イズマ・トーティス(p3p009471)
青き鋼の音色
フォルトゥナリア・ヴェルーリア(p3p009512)
挫けぬ笑顔
フリッグ・ユル・シュネーヴァイス(p3p010982)
白き枝族

リプレイ


 『誰が来ても外へ出てはいけない』――それは、私が罪深いからでした。
 私が姿を見せるだけで、黒き罪が森を穢すのだと。
 だから今回も、私に罪があるから――私が行かなければ、きっと善いことがあるのだと、信じて。


 月の王国。偽りの祭祀場『アル=アラク』。
 月夜の下、巨大な血の魔法陣を背にイレギュラーズと対峙するのは三人。

 一人は、白い鹿角に紅水晶を滴らせた幻想種の吸血鬼。
 もう一人はその孫娘で『色欲』の魔種フレイヤ。
 そして、いま一人はその双子の兄にして『強欲』の魔種――元イレギュラーズのフレイ・イング・ラーセンであった。
 魔種となってもその外見にほとんど変化が見られないのは、彼の『芯』が不変であるゆえだろうか。語るべき言葉を持つ者も、持たない者も、この場で初めに口にする言葉がすぐに出てこなかった。
(ニルの目の前で呼ばれて……まもるために魔種になったフレイ様……)
(……また、止められなかった)
 彼が黒い女の元へ歩み寄り、仲間の元から去って行った光景を『あたたかな声』ニル(p3p009185)も、『青き鋼の音色』イズマ・トーティス(p3p009471)も覚えている。特にイズマにとっては、仲間の反転を見送ったのはこれが初めてではない。
 それが辛く、悔しく、悲しく。
「――馬鹿だな、お前」
 初めに短く口にしたのは『天穿つ』ラダ・ジグリ(p3p000271)だった。一人残された、彼を兄と慕うノルンはどうするのだと。
「或いは不器用だと言うべきだったか。余人が口を挟むものではないのだろうが、こんな護り方しかできなかったのかお前は」
「……最善ではなくても、俺にできる最良を選んだつもりだ。ノルンには寂しい思いをさせてしまうかもしれないが、その未来だけは守れる」
『そのノルンが、俺達に何て言ってたか教えてやろうか』
 口は開かず、真っ直ぐ見つめたままハイテレパスで伝える『可能性の壁』アルトゥライネル(p3p008166)。
『ずっと謝っていたぞ。自分が悪いのだと、お前やノートに礼も言えていないと。連れて行けとごねていたが……彼女の無事は俺達の共通の願いだ。何か伝言はあるか?』
『今の俺に言えることはもうない。言葉を伝えても、姿を見せても、ただ辛さが増すだけだと思う』
『じゃあ何故ノルンに手紙を残したんだ。俺達を呼んで儀式を止めさせたかったのか?』
『…………』
 その問いに言葉としての意志は返ってこなかったが、フレイは複雑な顔をしていた。
「よう、お前さんがフレイか。シケた面するじゃねえか」
 ハイテレパスの間沈黙が支配していた場の空気を、面識がないなりに破ったのが『老兵の咆哮』バクルド・アルティア・ホルスウィング(p3p001219)だ。
「お前さんを師と仰ぐやつからよろしく頼まれてきた。その『よろしく』に何を含んでいたかまでは知らん。
 だが、頼まれた以上はお前さんらがやろうとしてることを完膚なきまでに瓦解してやるさ」
「師と仰ぐやつ、か。何となく誰かはわかる。彼女にはこれからも頑張ってほしいが……」
 心当たりのある鉄騎の白騎士の姿を思い出してフレイは僅かに表情を崩すも、すぐに姿勢を落として迎撃の態勢を取る。
「俺がいる以上は、イレギュラーズと言えど簡単には抜かせない」
「貴方はそういう人だったわよね。そんな貴方だからこそ私は尊敬してたし、今もしてる」
 その白騎士を友に持つ『天才になれなかった女』イーリン・ジョーンズ(p3p000854)。
 彼女はその視線に敵意と敬意の両方を込めていた。
「ええ、だからこそ。私にとって貴方に敬意を持ち続けることも、過たず敵として穿つことも。全く矛盾しない。神が、それを望まれる」
(フレイさんって、凄い人だったんだろうな)
 自身にほぼ知識がなくとも、他のイレギュラーズ達の力の入れようからそれを感じる『挫けぬ笑顔』フォルトゥナリア・ヴェルーリア(p3p009512)。高い防御力と、元飛行種ゆえの機動力を併せ持つ存在。それが味方であればどれほど心強く、敵であればどれほど厄介かは、彼女自身もその役割であるために身を以て理解していた。守るべき人が沢山いるということも、壁役冥利に尽きるというものだ。
(……同時に隙でもあると思うけどね)

「フレイ……フレイヤ、お父様まで……」
 大きく逞しく育った息子と、失踪前より美しくなった娘と、変わり果てた姿の父と。
 血族達を前に泣きそうな、悲痛な声をやっと絞り出した『白き枝族』フリッグ・ユル・シュネーヴァイス(p3p010982)。
 その姿に、対峙していた三人がそれぞれの反応を見せた。
「おお、愛しきフリッグよ。さあこちらへ来るがよい」
 吸血鬼が歓迎しようとするのを、敵を見る眼差しのままフレイヤが制する。
「……お母様もなのね? イレギュラーズになってまで、フレイを遠ざけたいの? そんなにフレイが嫌い?」
「フレイヤ」
「お母様は直接何かをすることはなかったけれど、フレイを助けてくれることも無かった。せめてお母様がフレイを守ってくれたら、お母様が逃げなければ、フレイだって酷い目に遭わなかったのに」
 フレイを守るように彼へ身を寄せるフレイヤ。その視線と言葉が、フリッグの心を千々に裂いた。
「……その通りです、賢いフレイヤ。わたくしはフレイの母親なのに『黒』が怖くて、お父様に頼んで我が子を遠ざけてしまった。あなたはわたくしが憎いでしょうし、赦してはくれないでしょうね。それでも……ごめんなさい」
「そんな顔をしないでくれ。母さん」
 祈るように目を閉じてしまったフリッグに、穏やかな声が届く。
 他でもないフレイが、今でも彼女を母と呼んでくれたのだ。
「こんな形で再会するとは思わなかったが……嫌われてても、母さんは俺にとって大事な家族だよ」
「フレイ……っ!」
 望んで嫌ったのではない、本当は我が子を愛したかった――たくさんの言葉の代わりに伸ばされた手は、しかし空を握って降ろされた。
 事実として、あの昔に守れなかった。避けてしまった。それが己の罪で、目の前の形が罰だというのなら。
「……全部、わたくしが悪いのです。だから、わたくしに容赦は……しないでくださいね」
 目を開いて、顔を上げて。フリッグは愛しいもの達と向き合った。


「……討たれることを解ってて、それでも守りたくて堕ちたんだよな?
 宿命から逃げられはしない……ぶつけ合おうか、お互いの覚悟を!」
 イズマがフレイを引き付けるべく、指揮棒の名を持つ細剣を振り抜く。響奏撃のスキルを込めた一撃は彼の黒い剣で振り払われると、その黒き刃が大上段から叩き付けられる。
「ぐっ……!」
「俺は一歩も退かない。皆と戦うことになっても」
「私とも踊ってくれない?」
 不調を受け付けない聖骸闘衣を纏って、フレイの前にイーリンが立ちはだかる。彼が他の敵の元へ駆け付けるのを許さない。
「嫌い……全部嫌い……私以外を見るフレイは嫌……っ 私のフレイを惑わさないで!!」
 フレイの元へイレギュラーズが集まるのを見たフレイヤがその本性を発露させる。羨望、嫉妬、独占、恋慕――彼女はフレイが貶められることは当然不快だが、自分以外がフレイへ好意を持つことも我慢ならない。
「おっと、あなたがフリーになっちゃうのは想定済みだよ!」
 フレイへの囲い込みを崩そうと毒の呪いが発せられるのを、ヴェルーリアが壁となって阻む。
「フレイ、フレイヤ、あとで話しましょう」
「悪いがお前さんらの爺さんを連れてくぜ」
 フリッグやバクルドをはじめ、残りのイレギュラーズ達は魔種達の対応を任せ儀式の主格である長老の吸血鬼へと向かう。白い吸血鬼は慌てる様子もなく、距離を保ち囲い込んでくるイレギュラーズ達を冷静に迎え撃つ。
「範囲攻撃、うえからきます。かなりひろいです……!」
 少し距離を取って長老の動きを観察していたニルが忠告を飛ばす。頭上を見れば、白い魔力が渦を巻いていた。
「呪われし黒を封じた『最古の白』……その真髄を見るがいい!」
 白い吸血鬼が捻れた古木の杖を地へ突き立てると、目も眩むような白い光が渦から一帯へ降り注ぐ。この長老が元々持っていた能力が、吸血鬼化したことで更に強化されているのだ。
 ニルは元から離れており、バクルドとアルトゥライネルは範囲外へ飛び退くことで間一髪回避が間に合ったが、その他に長老の元へ向かっていたイレギュラーズ達が白い雨に打たれることとなった。
「あれだけの規模に威力、うっかり魔法陣を巻き込んでくれれば……ま、期待しない方がいいわな」
「回復があっても、何度も食らえないぞこれは……大丈夫か皆!」
 アルトゥライネルの呼びかけにラダが応えるが、そのダメージは大きい。フリッグは驚きはしたものの、ダメージ自体は軽微なようだ。
「時間はかけられない……っ、速攻でいく!」
「お父様は……お強いです。くれぐれもお気を付けください」
 次の一撃が来る前に体勢を整え、速やかに巻き返す。ラダが自身にプロフェシーを施し彼の進路へ立つと、その反対側へバクルドが回り込みながらラフィング・ピリオドを撃ち込む。
「ぐぬ……っ」
「お祖父様!」
 銃声にフレイヤが気付き対応しようとするが、ヴェルーリアのリトルワイバーンの機動力を備えたブロックから抜けることができない。フレイは未だイズマとイーリンの二人がかりで抑えられており、こちらも即応できないでいた。
「古い言い伝え。固定観念。因習……アンタの『力』を見せつけられた今なら、そういう古いもんに拘るのも多少はわかるよ。理解はしたくないがな!」
 アルトゥライネルが魔力で紡いだ茨が、吸血鬼へ絡みつく。更にニルのアンジュ・デシュの輝きが彼から少しずつ自由を奪っていくなか、フリッグはダメージの大きいラダを回復させる。
「助かった。あちらも気付いたことだし、引き離しにかかろう」
「はい……」
 逞しい四脚で駆けていくラダの後ろ姿を追おうとして、少しだけ父だった吸血鬼を見る。
 この姿になっても、愛しいと言ってくれた父。強く頼もしい父。しかし。
「……ごめんなさい。お父様」


 銃声はフレイにも聞こえていた。
 イズマ達から距離を取り飛んで急行しようとする彼を、イズマはワイバーンの『リオン』に騎乗し執拗にその進路を塞いでいた。
「退け!! 今は祖父さんを守らないと!!」
「絶対に行かせない!! 目の前の敵から余所見する盾役なんて三流だろう!!」
 共に絶対不落の盾役。その譲れない矜持同士がぶつかれば、互いに強行突破は至難の業だった。
「どうしても退かしたければ、俺を殺していけ! 少なくとも俺はそのつもりでここに来た!
 それともイレギュラーズの仲間は殺したくないのか? そんな半端な覚悟だから、ノルンさん――守りたい者の前に立つ事すらできないんだろう!!」
「半端な、覚悟で……、ノルンを置いていくとわかってて、反転を選んだと思うか!!」
 再びフレイの大振りの黒剣と、イズマの禍凶爪がぶつかる。今度こそ余所見はさせない。
 これほどフレイが苦戦していれば、フレイヤのサポートがあってもいいものだが――。
「ノルン、ノルン、ってうるさい――ってところかしら」
 フレイヤの表情からイーリンは言葉で挑発し、紫苑の魔眼で注意を引く。事実、この色欲の魔種はその搦め手の多様さは脅威であるものの、フレイへの強すぎる執着があまりにもわかりやすく弱点なのだ。
「――ああ、挨拶が遅れたわね。私の名前は、おっと」
「黙って!」
 怒りに駆られるまま、至近距離から黒い呪縛の呪いを放つフレイヤ。しかし今のイーリンに呪いが効果を発することはなく、彼女は更に挑発を重ねた。
「良いことを教えてあげる、花は摘めば枯れるのよ。どんなに愛していてもね。
 花が自ら摘まれることを望んでも、相手を想えば――」
「黙ってって言ったのが聞こえなかったかしら。あなたのお説教なんていらない。わかったような口を聞かないで! 思い出したわあなた、深緑でもフレイのこと――!!」
 記憶が結びつけば、フレイヤの苛烈な嫉妬はもはや他が目に入らないほどに熱を帯びていく。イーリンは過去にも彼女の地雷を的確に踏み抜いていたのだ。
「鼻につく? フレイに近付くなって? 何も知らないくせに? 奇遇ね、それは私も同じよ」
 十分すぎるほどに引き付け、自分だけを狙うように仕向けた上で――イーリンは月神狩の魔力剣を生み出す。
「何も知らなかったくせに、よくもフレイをそっち側に引っ張り込んでくれたわね?」
 魔力剣と共に、その肉体へ激情を叩き付ける。彼を反転させてしまった無念を思えば、この程度では到底足りないのが正直なところだ。
「あああぁっ!!」
「どう? またあの時みたいに逃げる? 随分と鮮やかに、あっさり尻尾を撒いてたわよねえ!」
 倒れるフレイヤを見下し、舌を出して微笑み、なおも挑発を続けるイーリン。
「……絶、対に……あなたなんか……あなただけは……!!」
「フレイヤ! こ……の!!」
 間近で聞こえたフレイヤの悲鳴に、今度こそイズマを振り切ろうとするフレイ。空中で機動力で振り切ることができれば――と思ったのも束の間、そこにはヴェルーリアがリトルワイバーンで回り込んで来る。
「妹さんは今イーリンさんが頑張ってくれてるからね。『長老』へ行かずに妹さんだけ守ってくれてる分にはいいかなと思ったけど、それもそれで厄介みたいだから。大人しくしててよ」
「誰も護れないまま……祖父さんをやらせるわけにはいかない!」
「ねえ。フレイさんはそんなに『長老』を守りたいのに、ここのこと手紙で教えたんだよね? なんで?」
「それは……、……今はそれどころじゃ!」
「抜かせないぞ!」
 ヴェルーリアの問いに答えようとしてやめたフレイがブロックを抜けようとするのを、またイズマが追い付いて留める。
 フレイとフレイヤの役割は、ここにほぼ封じられていた。

 一方、二人の援護を得られないまま単独でイレギュラーズ複数を相手にしていた白き吸血鬼。
 火力では圧倒的ではあったものの、積み重なる不調の数々が回復しきれなくなると徐々に押されつつあった。
「おのれ……! フレイは何をしている……所詮は黒の忌み子であったか……」
「歪んでるな、お前さん」
 フレイから吸血鬼を引き離すべくガウス・インパクトで吹き飛ばし続けていたバクルドが、ふと呟く。
「なに……?」
「別にお前さんが家族の誰を贔屓して、誰を嫌悪してようがどうでもいいが。埃被った伝統はいつだって悪習ばかり漂う、歪むきっかけなんざそんなどうでもいい固執から始まるもんだ」
「貴様……我らの因縁をどうでもいいと……!」
「事実だろ。俺は何も知らんし聞きたいとも思わん」
 心底興味が無いと言いたげなバクルドに吸血鬼は憎悪を募らせる。
「安心しろよ」
 そこへ、少しばかり興味を示したような声と共にラダが――大型ライフルの銃床で三光梅舟を叩き付ける。
「お前がここで倒れても生き残った一族の者はいる。白き枝族も、その因習も続いていくだろうさ。
 お前は過たずここで死んでおけ。それが死んだ一族と犠牲になってきた者達への、せめてもの手向けだろう!」
 長老として、聞くのも辟易するような因習と執念で守っていたはずの一族を、自らが吸血鬼へと転じることでその多くを偽命体へ作り替えてきたのだ。その罪はあまりにも重い。
 あるいは、そのようなことも――完全な吸血鬼となった今となっては、どうでもよくなっているのか。
「終わらせよう。こいつも、儀式も」
「一気に、片を付けましょう」
 アルトゥライネルが剣魔双撃で畳みかけた後、ニルが全力のフルルーンブラスターを直撃させる。
 気力を削られて既に大技が打てなくなっていた吸血鬼に、フリッグが歩み寄った。
「トドメは……わたくしの手で」
「フリッグよ……お前は……せめて……」
「お父様……」
 最後に顔を覚えておこうと、フリッグが視界に焼き付けていたとき。吸血鬼は突如その口を開き、彼女に牙を突き立てんとしたのだ。
「……っ!!」
 ――その牙が、白い肌に届くことはなかった。
 フリッグが最後に放った聖王封魔の一撃が、彼へのトドメとなったのだった。

 それは遥かな昔、彼女の父が黒き女をそうして封じたように――。

「お祖父様……」
「……祖父さん」

 祖父の最期を、孫の魔種達も目にしていた。
 二人の胸に去来した感情は何であっただろうか。
 熾烈を極めた戦いが一時止まった。
 ――その瞬間のことだった。
「……! なにか、きます。フレイ様、翼から!」
「翼……っ!?」
 フレイ本人も予期せぬ事態だったのか、ニルの忠告に翼を開くとフレイを中心に黒い旋風が巻き起こり、彼をブロックしていたイズマとヴェルーリアを強引に引き剥がす。
「フレイさん! これを!!」
 剥がされる寸前、旋風に阻まれながらイズマがフレイに一通の手紙を押し付ける。
「これは……」
「独り善がりで守れるなら、誰も……苦労してないんだよ……!」
 更に旋風の風力が上がり、弾き飛ばされるようにイズマは引き剥がされた。
「なに……この風……」
 同じ頃、フレイヤも別の旋風の中心にあった。
『ああ……こんな所にいたのね。私の呪いを受けた白き枝、黒い力の子。今日はとても良い日ね』
「その声……ノートか。どこにいる! 儀式は続けさせないぞ!」
 空間へ響く声に覚えのあるイレギュラーズが身構えるが、響くのは声ばかりで本人は見当たらない。
『安心して。ここで見たいものは大体「見終わった」から、もういいの。この子達だけ返してもらったら、今日はすぐにさよならするわ』
「フレイヤは色欲の魔種でしょ? 勝手にあなたが取っちゃっていいわけ?」
 イーリンが声に尋ねると、声は面白そうに、興奮を隠しきれない様子で含み笑いをしていた。
『またその内会うことになるでしょうね。烙印に負けずに頑張ってね、皆』
 声が消えると、二つの旋風も共に消えた。そこにフレイとフレイヤの姿は残っていない。
 祭祀場に落ちて月光に照らされていたのは――黒い髪が一筋のみ。


 戦いが終わった後、祭祀場や儀式について一通り調べるついでに魔法陣の破壊が決定された。
 特に何か意味がありそうな魔法陣の水晶はバクルドが中心となり念入りに、完全に粉砕する。
 ノートは儀式を続ける気は無さそうな口振りではあったが、彼女でなくてもフレイヤやフレイ、あるいは何者かが続ける可能性があったからだ。

「フレイ様……やはり、止めてほしかったのだと、ニルは思うのです。
 あちらの皆様も守りたいけれど、ノルン様も守りたくて……白き枝族の皆様も、守りたくて」
「せめて、最後に……二人を抱きしめてあげたかった……」
 一時の緊張が去り、顔を覆って声を押し殺すフリッグ。
 月夜の下、ニルはただ彼女の隣りにあった。


 イレギュラーズの帰りを待つギルドにて。
「……そう。それなら仕方ないわね」
 黒い女がノルンの元を訪れ、共に来て欲しいと誘っていた。しかし、「自分達の帰りを信じて待っていて欲しい」という事前のアルトゥライネルの言葉を守るべくノルンが断ると、女はあっさり引き下がったのだ。
「じゃあ、彼らが帰った『後』でいいわ。それなら皆との約束も守れるでしょう? このことは、私達だけの秘密。ね?」
「イレギュラーズの皆様にもですか?」
「皆はフレイのお友達だもの。フレイに教えてしまうかも知れないでしょう?
 フレイには内緒で、どうしてもノルンに会いたいっていう人がいるの。会ってくれる?」
 フレイに秘密で、という点は引っ掛かったものの。他ならぬ恩人の頼みだ。
 イレギュラーズが帰った後であれば、今度こそノルンが断る理由は無い。
「わかり、ました。一体どなたでしょう……私は、森の外で兄様とノート様以外の知り合いはいないと思いますが」

「白き枝の、フレイヤというの。フレイの双子の妹なのよ」

成否

成功

MVP

イズマ・トーティス(p3p009471)
青き鋼の音色

状態異常

イズマ・トーティス(p3p009471)[重傷]
青き鋼の音色

あとがき

お待たせ致しました。<月眩ターリク>のリプレイをお届けします。
「白き枝の吸血鬼」は無事撃破されました。
流石に今回の敵は強すぎないかと個人的には思っていたのですが、皆様が更に強すぎました。
これがイレギュラーズ。
称号は、もう与えずにはいられなかった貴方へ。

フレイとフレイヤはノートによって回収され、ノルンは……?

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