PandoraPartyProject

シナリオ詳細

<影躍>私の愛したオーンブル

完了

参加者 : 8 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

オープニング


「オマエは幸運だね」

 其の方は、私に言ったの。
 真っ暗な東屋の中。時折差し込む夕陽に照らされて、緋色は黒く変わっていく。
 床を濡らし、壁に飛び散った血だまりの中、其の人の左目は空洞のように真っ暗で、私の心をあっという間に攫って行った。

 私はただ、裏路地を歩いていただけだった。
 治安が悪いのは判ってた。でも、今まで危ない目に遭った事はなかったし、今日も大丈夫だって思ったの。
 そうしたら、声が聞こえて。
 其れが悲鳴のように聞こえたから路地をもう一つ覗き込んだら……人が、人に刃物を振り下ろしている所に出会って。
 口封じだと無理矢理に東屋に連れていかれた時、私は屈辱と死を悟った。ああ、お父さん、お母さん。エニュスは齢16にして天へと還る事になります。って、祈りを捧げたの。

 そうしたら――其の人はつむじ風のように現れた。

 最初はお祈りに必死だったから、彼らがどんなやりとりをしたのかは覚えていないの。でも、其の人は私に言ったわ。

「怖いなら目を瞑ってなよ、お嬢さん!」

 ――そうして、強い旋風のようなものが巻き起こったかと思うと……目の前に立っているのは、其の人だけになっていた。

「オマエは幸運だね」

 其の人は――其の方は、私に言ったの。

「たまにはアイツの真似事でもしてみようかなって思ったオレの優しさにさ、感謝しなよ。オマエは連れて来られただけなんだろ?」
「……」

 喉がからからだったから、巧く言葉を紡ぐ事が出来なくて。
 私はただ、何度も頷いた。私は見てしまっただけ。巻き込まれてしまっただけ。
 だろうね、と其の方はくすくす笑う。土気色をした肌はとても綺麗で、私、悟ってしまったの。

 其の後「バイバイ」って手を振って去って行ったあの方に――恋をしてしまったって!



「で、其の特徴を聞いているうちに――君の話を思い出したんだ」

 グレモリー・グレモリー(p3n000074)はそう言うと、『航空猟兵』アルヴァ=ラドスラフ(p3p007360)へと視線を移す。
 素早さに特化した戦術や、義賊めいたその振舞い。まあ推測でしかないから、間違ってたらごめんね。と言ったグレモリーに、アルヴァは眉を寄せた。其の表情は不快ではなく、肯定を表している。

「其れは、……俺であって、俺じゃない」
「というと、これも推測だけれど……其の影に関係があるのかな」

 グレモリーはそう言うと、アルヴァの足元へと視線を移した。時刻は昼下がり。ローレットの窓から差し込む陽の光があるにも関わらず、アルヴァには、影が、なかった。

「――俺の影は、俺から力を奪って飛び出していった。まさかこんな近くで、こんな経緯で其の存在を確認できるとは思わなかったが」
「ふむ。何か深い事情がありそうだね。じゃあ今回の依頼は丁度良いかもしれない。其の“もう一人のアルヴァ”に助けられた少女はエニュス・エグニリタという。彼女からの依頼はこうだ。『彼にもう一度会いたいから、情報を集めて欲しい』」
「……」
「君も、影がないままだと色々不都合じゃない? 情報収集には丁度良いと思うよ。まずは彼が何処で何をしているのか。其処から把握して、最後には――影を取り戻せると良いね」

 でも残念だね。
 エニュスの恋は、叶わないんだね。
 然程残念ではなさそうにグレモリーは言った。彼は、恋の熱情を知らないから。

GMコメント

 こんにちは、奇古譚です。
 少し箸休めのような、新たな契機のような、そんなシナリオです。

●目標
 「アルヴァ=ラドスラフの影」についての情報を集めよう

●立地
 エニュスが助けられたのは幻想の治安が悪い路地裏でした。
 「シャドウ=アルヴァ」は其の辺りを中心にして活動している可能性が高いと思われます。
 非戦スキルが色々と役に立つかもしれません。ファミリアーとか。霊魂疎通とか。そこらへんが。何せ、冒頭で既にかなりの人数のゴロツキが死んでいますからね。

●探索場所候補(一例です。他の場所を探索するのもありです)
 路地裏
 東屋
 酒場「猫の顔洗い」
 幻想の集合墓地

●NPC
 エニュス・エグニリタへと面会する事が出来ます。
 彼女は両親と共に一般住宅街に住んでいます。
 今はすっかりとシャドウ=アルヴァに夢中です。ある意味、普通の神経を持ち合わせていないのかもしれません。

●情報精度
 このシナリオの情報精度はAです。
 想定外の事態は絶対に起こりません。


 此処まで読んで下さりありがとうございました。
 アドリブが多くなる傾向にあります。
 NGの方は明記して頂ければ、プレイング通りに描写致します。
 では、いってらっしゃい。

  • <影躍>私の愛したオーンブル完了
  • GM名奇古譚
  • 種別通常
  • 難易度EASY
  • 冒険終了日時2023年05月04日 22時05分
  • 参加人数8/8人
  • 相談6日
  • 参加費100RC

参加者 : 8 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

参加者一覧(8人)

イーリン・ジョーンズ(p3p000854)
流星の少女
アルヴァ=ラドスラフ(p3p007360)
航空指揮
モカ・ビアンキーニ(p3p007999)
Pantera Nera
佐藤 美咲(p3p009818)
無職
綾辻・愛奈(p3p010320)
綺羅星の守護者
レイン・レイン(p3p010586)
玉響
セレナ・夜月(p3p010688)
夜守の魔女
紅花 牡丹(p3p010983)
ガイアネモネ

リプレイ

●オレはなんだってやるよ
 目撃者のエニュスを始末しなかったのはどうしてだろう?
 『航空猟兵』アルヴァ=ラドスラフ(p3p007360)は己の影について、そんな事を考える。
 俺ならきっと、もっと、うまく、――ッ。

「どうしたの」

 其の様子を見逃す『天才になれなかった女』イーリン・ジョーンズ(p3p000854)ではない。アルヴァに訊くと、いや、とアルヴァは頭を振った。

「前の俺ならどうしてたか、頭がぼんやりして思い出せねえんだ」
「ふうん? 其れは君、お酒の飲み過ぎとかではなく?」

 『Pantera Nera』モカ・ビアンキーニ(p3p007999)がからかうように覗き込んでくる。其の瞳は真剣だ。――だから、飲み過ぎじゃないってば。とアルヴァは彼女の黒い瞳を見返す。

「第一、飲める年齢でもないだろ」
「あはは! そうだね」
「エニュスさんに関しては……若さ、って奴でスかねー」

 ついつい治安の悪い場所に入ってみたくなったり。アウトローな相手に惹かれてしまうのも。
 『合理的じゃない』佐藤 美咲(p3p009818)がウンウンと頷くと、そうなの? と『玉響』レイン・レイン(p3p010586)が首を傾げる。

「そういう、素養がある訳じゃなくて……? 例えば、襲われたくて、歩いてたとか……」
「レインさん、だったかしら。其れ、エニュスさんの前では言わない方が良いわよ」

 確実に彼女を怒らせるから。
 嗜めたのは『航空猟兵』綾辻・愛奈(p3p010320)だった。そんな発言をされてしまっては、イレギュラーズ全員が喧嘩を売っているとも思われかねない。

「其れに、素養があるから悪いものに惹かれる訳じゃありません。美咲さんの言う通り、興味半分だったのかもしれませんしね」
「興味、半分……」
「あなたにもあるんじゃない? 此処には何があるんだろう、って気持ち」

 『夜守の魔女』セレナ・夜月(p3p010688)がフォローに入る。

「でもまあ……正直惚れるなんてどういう……ごほん」

 アルヴァのじっとりとした視線も、セレナにはどこ吹く風。
 さて、と『巨星の娘』紅花 牡丹(p3p010983)が両手を打ち合わせた。

「決まったならさっさと調査に行こうぜ。――ぜってえ尻尾を掴んで、落とし前をつけてやる」

 アルヴァが力を奪われていなかったら。
 あの空の闘いの結末だって、変わっていたかもしれない。
 そんな“たられば”を振り払うかのように牡丹は言って、其の場は解散となった。モカが念写したアルヴァの似顔絵に牡丹は依頼で聞いた特徴を書き加え、それぞれがそれぞれの場所へと調査に向かう。


●人の人生を追体験したり
 イーリンのファミリアが飛び回っている。季節は春だ、鳥が飛びまわっていても別段おかしく思う者はいない。

「エニュスが攫われたってのは、確かこの辺だったかな」

 アルヴァとイーリンは二人、事があったという裏路地にいた。二人で徹底的にシャドウの痕跡を探ろうというのである。

「ねえ、あなた」
「あ?」

「この顔、知ってる?」

 適当に其の辺のゴロツキに声をかけ、イーリンが指さした先には、顔を隠そうともしないアルヴァがいた。
 あ、と悪党が気付いた顔をする。

「お前! この前、高い酒一緒に飲んだってのにトンズラしやがってよお!」
「……酒?」
「あ!? 覚えてないのか!? 話したじゃねえか、好みの女の話とかよお、俺の悩みの相談にも載ってくれたじゃねえか!」
「あー……」
「生憎だけどお兄さん。あの人は似てはいるけど、貴方の相談に載った人とは別人なの。ほら、瞳を見て。二つともあるでしょう?」
「別人ん?」

 男は目を細めて、じいっとアルヴァを見る。
 そうして納得したような、してないような貌でそうか……と不承不承ながらに頷く。ありったけの説得法を持ってきて良かった、とイーリンは内心で溜息を吐いた。

「あんた、弟……其れとも兄さんか? の素行はしっかり見とけよ。結構な頻度でこの路地に来てたぜ」
「……来て“た”?」
「ああ。この前な、すごいひでえ殺しがあったんだ。それから奴の姿をみなくなったんだ、何人死んだかも判らねえような有様だったから其の中にいたのかもしれねえが……ああ、悪い」

 親族にする話じゃなかったな。
 そういう男の思考を、イーリンはちょいと盗み見る。成る程? 嘘は言っていないようだ。
 去っていく男を見送り、二人は顔を見合わせた。

「随分と平和な【影】じゃない。放っておくのもありなんじゃない?」
「そういう訳にはいかないのは判っていってるだろ」
「ええ、勿論。――でも、アルヴァの影とは何を指すのか、を推論しなければならないかもしれないわね。例えば貴方が義賊として活動したり、其の中で下着泥――ごほん」
「おいやめろ、其れは3年も前の話だろ」
「失礼。まあ、今は取らない手段、矜持を選ぶ性質があるかもと言いたかったのよ。例えば貴方は、路地裏の人間を殺すなんてしないでしょ」
「まあな。戦闘不能にはするかもしれないが」
「そう。そういう調子で、絶対にしないこと、抑圧されていた事を推測し……そうすれば先回り出来るかもしれないわ」

 ね、とイーリンは首を傾げた。

 ――俺の、やらないこと。

 アルヴァは考える。時折感じる欠落に、其の答えがあるような気がする。


●遊んでみたり
 モカは自分の店の常連客にも手伝って貰い、、街で似顔絵を持ち聞き込みをしていた。
 勿論常連客には治安の良い地域を任せている。彼らを無暗に危険に晒す訳にはいかないからだ。

「失礼するよ」

 そうしてモカが載り込んだのは、酒場『猫の顔洗い』。

「いらっしゃい」
「まずは一杯。安くていい、ウイスキーを」
「あいよ」

 店主は不愛想。
 モカは注意深く観察する。他の客は、男が一人。

「お兄さん、こんにちは」
「おう、こんにちは。アンタも此処を知ってるなんて、通だねえ」
「そうかい? たまたま教えてもらったのさ。どうだい? この出会いを祝して、一杯奢らせてはくれないかな」
「はは、良いのか? こんな所だからなあ、後が怖いが……まあ、折角だ。頂こうかな」

 店主、ウイスキーを2杯に。
 あいよ。

「まあ、下心がない訳じゃないんだ。実は人の情報を集めていてね」
「へえ?」

 人探しか、と男は赤らんだ顔で片眉を上げる。どんな人なんだい、と食いついてきたので、モカは似顔絵を差し出す。

「こういう貌なんだけど」
「……ああ。この兄さんなら時々此処に来てたよ。なあオヤジ! 見た事あるよな!」
「あ?」

 モカは続けて酒場の店主にも似顔絵を見せる。いかつい顔をした店主はじっと其れを見詰め……ああ、と頷いた。

「来はするが、いつもツケで帰って行ったやつだ。かと思えば突然大金でツケを祓う事もある。まともな職じゃねえなとは思っていたが」
「此処の客とは結構親しかったんじゃないかな。何分なんにでも興味津々でね。まるで子どもみたいだったよ。例えばコイン遊びなんかを見せたら凄く喜んでたよ」

 ――子どものよう。

 其の言葉がモカは引っ掛かった。
 アルヴァの【影】だから、人間の営みを知らないのでは、と。


●不便なのは治したいし
 一方で美咲は「あくどいやり方」で情報を集めていた。
 違法な薬の売人を捜して聞き込み。成果はなし。客にも仲介人にもこの顔はいないと。
 ならば闇医者はどうだろう。同じく場所を特定して乗り込んだ美咲に、医者はしばし考え込んだ。
 これは話すべきかどうか迷っている顔だ。

「勿論此処の礼節は判っているつもりでス」

 美咲は言う。
 違法行為は見なかった事にする。余所者はこちらだから、無暗にテリトリーを荒らす事もしないと。
 其の言葉に医者は唸ったあと、重い口を開いた。

「……治療を一度だけ」
「何処の?」
「目と腕だな。義眼を作れないかと訊いてきた。診察したが、なんとも……本当に『穴』としか言いようがない傷だったので、私にはどうにも出来ないと言った」
「相手は?」
「判った、と去って行ったよ。金は払わなかったが、殺気を纏っていたから追わなかった。俺も命は惜しい」

 ――目を直したい?
 両目を揃えて、アルヴァの影がしたい事って、なんでスかね。

 ……一瞬美咲の脳裏を嫌な予感がよぎったが、まだ早計だと頭を振った。


●死んだ奴はオレを恨んでると思うけど
 一方、セレナは集合墓地にいた。

「さあ、貴方達。教えて頂戴」

 霊魂たちに呼びかけ、似顔絵を見せる。この人に似ていて、片目が空洞になってて――あと、雰囲気が悪そうな奴はこの辺に来ていなかったかしら?

 そう問うと、一気に霊魂たちは怯えだした。いやだ、いやだ、その顔はいやだ。しまってくれ! 早く!

「何故嫌なのか教えてくれる?」

 ――もちろんだ!

「判ったわ」

 セレナは似顔絵を仕舞う。すると霊魂たちは、自分たちが小奇麗な娘を攫ったと語り出した。
 慰み者にするか、売り飛ばすか。相談していたところに割り込んできたのがこの男なのだと。
 男は金を差し出してもさして興味はない様子だった。小娘を助けに来たわけでもなく、ただ、殺しに来ただけなのだと知った。
 恐ろしかった。あんなバケモノに会ったのが運の尽きだったのだ、と霊魂は語る。

「……成る程」

 これはとんでもない当たりを引いたものね。セレナは心中でそう零した。



「おう、邪魔するぜ」

 牡丹は比較的治安の良い地域にいた。此処はアルヴァが懇意にしている武器屋である。

「らっしゃい! 何かお探しで?」
「此処、アルヴァってのが出入りしてるだろ?」
「ああ、アルヴァさんね。はいはい」
「最近妙に予備弾の補充が多かったとか、予備の武器を作ってくれって依頼はなかったか?」
「ほーん……あんた、アルヴァさんの知り合いかい」

 値定めするように、店主が牡丹を見る。おう、と頷いて。

「なんならアルヴァ本人を連れて来て、一筆書いて貰う事も出来るくらいには知り合いだ。本人はちょっと野暮用で別行動してるけどよ」
「ほーん……まあ顧客状況やけ、詳しくは話せんが……妙な客が来たんは覚えとる」
「妙な客?」
「アルヴァはどんな武器を使っていたか、って訊く客よ。よう似た顔をしているから、縁者か何か思うたけども。顧客情報やけ教えられんと言うたら、適当な刀を数本買って帰ったわ」

 ――刀、か。
 成る程、と牡丹は頷く。銃はどうしても弾切れが起こるから、どうせなら自分で手入れできる刀が良いと判断したのかもしれない。

「(案外、向こうもアルヴァに会いたくないと思ってるのかもな)」


●捕まるのも嫌だし
 膨大な資料を読み解き終えて、はあ、と愛奈は溜息を吐いた。
 捜索しているのは“人目につかない場所で行われた凶行”。影が潜むとしたら、何かするとしたら、白昼堂々ではなく文字通り“影のように”動くと想定しての事だ。
 更に其処から絞り込んで、被害者の来歴や凶器の武器種でより分けていくと……何件か気になる事案がある事に気が付く。
 どれも、路地裏での犯行。
 多数が一度に殺されており、生き残りは“其の前に起こった事件の被害者”。
 凶器は刀、もしくは剣。銃の類は使われていないようだ。

「……アルヴァさんの戦い方とは少し違うけれど……」

 もし、彼が“銃を持っていなかった”のならこの情報は有用になる。
 そして一見“過激に誰かを助けた”という動きも、アルヴァの義賊としての動きを限りなく悪意に寄せて模倣したもののように思えるのだ。

「……何にせよ、……ああ、そろそろレインさんとの待ち合わせの時間ですね」

 この後は彼と二人で、少し先にエニュスの所へ訪問する予定になっている。
 愛奈は一通りメモを澄ませると席を立ち、資料を仕舞いに行った。


●オマエは本当に、運が良かったね
「――で!? あのお方の事、何か判ったのかしら!」

 きらきらきら。
 瞳を輝かせて、エニュス・エグニリタはレインに問う。

「ううん、……まだ、捜してる段階……今、手分けして探してる」
「ああ……神様、ありがとう! 駄目で元々と出した依頼を受けて下さるなんて!」
「……エニュスが出会った人の雰囲気って、……どんなだったの……?」
「雰囲気、ですか?」
「そう……印象、……空気とか……匂いとか……」

 そうね、とエニュスは頬に手を当てて考える。
 其の間、愛奈がお茶を淹れてくれている。珍しい茶葉なので、と使用人には席を外させるための作戦だ。

「匂いは血の匂いしかしなかったけど、……夜がとても似合う、素敵な方だと思ったわ!」
「夜、ですか?」
「ええ。星空の下に隠れるように佇むのが似合う方……昼の光の下はあの方には眩しすぎるような、そんな印象を持ったの」

 其れは【影】だからだろうか。
 愛奈は淹れた茶をまずエニュスに。そして自分とレインの前に置きながら、其の言葉を聞いていた。

「其れで、貴方がたは何か情報を得たのかしら? 教えて下さらない!?」
「ああ、其れでしたらもうすぐ――」

「お嬢様、お客様です」

 こつこつ、とノックの音がした。

「まあ。いまは来客中よ」
「いえ、今のお客様のお知り合いという事なのですが……」
「……来ましたね。通して差し上げて下さい」


●アンタはバカみたいに優しいんだな
 そうして8人は合流し、事前にアルヴァが仕分けした「公表しても良い情報」をエニュスに伝える。
 彼はあの路地裏で生活をしていただろう事。しかしあの騒ぎがあったので、もういないだろうという事。他にも何件か同じ事案があって、エニュスは決して特別ではない、という事。
 勿論、下着泥棒の件については伏せられた。アルヴァがやった事だしね。

「……」

 其れを聴いているうちに、エニュスの顔が険しくなっていく。

 ――もう此処に彼はいない。だから、捜しても無駄だ。

 そういうイレギュラーズの意図を感じ取ったのだろう。

「……本当に、彼はもう此処にいませんの?」
「ああ、いない」

 変装と変声で素性を隠したアルヴァが頷く。
 彼は気紛れそうだったでしょう? とイーリンが言う。

「だから、別の国に行ってしまった可能性もあるわ」
「……別の、国」
「其れにね、エニュスさん」

 モカは己が持てる魅力を存分に出しながら、エニュスに柔らかく語り掛ける。

「彼は危険な男だ。君だって其れは判っている筈。危ない路地裏で助けてくれたからといって、ヒーローとは限らない。君は一般人で、怪我をすれば心配する人がいる。彼に関わって怪我をしてしまったら、沢山の人に心配をかけてしまうんじゃないかな」
「……で、でも」
「でも、ではありません」

 愛奈が真っ直ぐにエニュスを見た。

「彼の左腕がなかった事には、気付きましたか?」
「え、……」
「気付きませんでしたか。……あれは戦いの中で失ったものです。他にも、腹に風穴が空く事もありました。彼は、……いえ。我々は、そういう世界の住人です。貴方と我々の間には越えられない壁がある。……彼に拾って貰った命、次は確実に取り落としますよ」
「……、わ、わたくし、は」

 エニュスのカップを持つ手が震えていた。
 初めての恋だった。
 例え出会いが歪でも、例え血腥い出会いでも。其れでも、手放すには余りにも心が痛い。

 ――だから。
 アルヴァは言った。

「あれは俺の獲物だ」
「……え?」
「邪魔をするならキミでも容赦しない」

 アイツがこの子を助けたのが、ただの気紛れじゃなかったら。
 仮にもし――アイツが俺に成り替わろうとしているのだとしたら。
 其れを許す訳にはいかない。俺は俺の席を譲るつもりはないし、そうなれば刃をかわす事は必定となるだろう。
 其の殺気を含んだ言葉に、すっかりエニュスは委縮してしまって――はい、と小さく、頷くのだった。

「初恋を失うというのは辛いものだ」

 其の手をそっとモカが包み込む。

「けれど、キミほどに美しい人なら……きっと直ぐに素敵な恋が見付かるさ。今度こそ平和で、昼の光が似合うような、誰にも止められない恋というものがね」
「…………お」
「お?」

「お姉さま……!!!」


●厄介払い、ドーモ

「なんだか疲れる子だったわね」

 敢えて口を挟まず聴いているばかりだったイーリンが、疲れた顔で呟く。
 結果から言うと、エニュスはすっかりモカの虜となった。初恋を癒すには次の恋だよ、とモカ自身は気にしていないようだが――住む世界が違うと言った愛奈は立つ瀬がないと頭を抱えていた。

「だが、アイツに囚われてるよりは良いだろ」
「ああ。――なあ、アルヴァ」

 同じく聞いているだけだった牡丹が、未だに変装を解かないアルヴァに声をかける。

「てめえはエニュスがたまたま助かったと思ってるみてえだがよ。気紛れとはいえ、シャドウがてめえを真似たから助かったつうなら」

 ――それはてめえの日頃の行いのお陰だ。
 ――あんたは自分で思ってるよりヒトを助けてるんだよ。判っとけ、馬鹿。

「じゃあな」

 ひらりと手を振って去っていく牡丹を、アルヴァは半ば呆然と見送る。
 くすり、と笑ったのはセレナだった。

「一本取られたわね、アルヴァ」
「……全くだ」
「でも、私も牡丹に同感だわ。今回は貴方自身に貴方が助けられたみたいね」

 ――俺の、真似。

 其れは決して許せる事ではない。
 成り代わるだなんて絶対にさせられない。其れでも――助かった命は確かにあるのだ。
 複雑な思いでアルヴァは空を見上げた。夕焼けが去り、藍色が空を覆い尽くそうとしていた。

成否

成功

MVP

モカ・ビアンキーニ(p3p007999)
Pantera Nera

状態異常

なし

あとがき

 お疲れ様でした。
 アルヴァさんの【影】の目的は、一体何なのでしょう。
 或いは――何も考えていないのかも。
 其れこそ、生まれたての赤子のように。
 ご参加ありがとうございました!

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