＜天使の梯子＞“遂行者”ディノ・ラプター。或いは、教会遺跡の秘密の抜け道…。

オープニング

●“遂行者”ディノ・ラプター
　天義。
　とある山の山頂付近。
　山の中腹から頂にまで、斜面に沿って遺跡があった。
　古い遺跡だ。
　かつては、教会の管理下にあり、けれど滅んだ名も無き都市の馴れの果て。
「さて、この辺にいるはずなんだけど」
　黒い皮の衣服を纏った細身の女性は、都市を見渡しそう呟いた。
　彼女の名はディノ・ラプター。
　“遂行者”と呼ばれる神の使徒の1人である。
　濃紺の短い髪を掻きあげて、彼女はすんと鼻を鳴らした。それから、無言のままで笑みの形に頬を歪めて、背後に控えた2人の部下へ合図を出した。
　部下たちもまた、ディノに似た黒い衣服を纏っている。
　身体のラインに沿うような衣服だ。衣服の上からでも、彼女たちの体格が鍛え上げられたものであることがよく分かる。
　その体格の通り、俊敏かつ力強い動きでもって、2人の部下は古い都市へ駆けていく。
　駆けながら、その身は魔力の光を帯びて、徐々に形を変えていった。両手、両足が伸び、その先端からは鋭い爪が突き出した。
　地面に爪の痕跡を刻みつけながら、彼女たちは駆けていく。
　歪なほどの前傾姿勢。
　口内には鋭い牙が伸びる。
　獣か、或いは爬虫類のようにも見えるだろうか。自身の体を造り替える類の魔術だ。その代償として、彼女たちは血に酔い、暴力的な思考に飲み込まれる。
　一般的な社会では、到底、生きていけない類の魔術である。
　だが、今回の彼女たちの仕事……教会司教の抹殺という任務においては適任と言えた。
　ディノ・ラプターと2人の部下は、教会司教の護衛たちを始末している。
　肝心の教会司教とて、こうして遺跡に追い詰めた。
　エル・トゥルルにおける騒動や『リンバス・シティ』の事態に端を発する一連の出来事。その解決を声高に叫ぶ教会司教を残らず殺戮することこそが、ディノに課せられた任務だ。
「わざわざ爺さんがここに逃げ込んだ理由って何だろうね？　死ぬなら教会所縁の地でってところか。それとも、秘密の逃げ道でもあるのかしらね？」
　権力者と言うのは、得てして用心深いものだ。
　ゆえに、ディノたちも油断してはならない。
　神の意思の遂行のため、任務は完遂せねばならない。
　なんて。
　鋭い爪を伸ばしながら、ディノは狂暴な笑みを浮かべて駆け出した。

●山岳教会
「秘密の抜け道があるんすよ」
　山岳遺跡までの地図を机に広げ、イフタフ・ヤー・シムシム（p3n000231）はそう言った。
「抜け道の場所を知っているのは司教さんだけ。なので、皆さんには司教さんが遺跡から逃げ出すまでの時間を稼いでもらいたいんっすよ」
　居住区、教会、それから庭園跡地。
　山岳遺跡の山頂区画は、大きく分けて以上3つの施設に分類されている。
　位置としては、遺跡の外周に沿って居住区。
　その内側に庭園と、庭園中央に教会がある。
　真上から見下ろせば「◎」の形に見えるだろうか。
「厄介なのは、司教さんがどこにいるのか分からないこと。かといって、敵も司教さんを追っているっすからね。迂闊に司教さんと合流しちゃうと、敵にターゲットの居場所を教えかねないし……かといって、見つけなきゃ守ることも出来ないし」
　ディノたち“遂行者”は合計3人。
　数の上ではこちらが有利だ。
　だが、数で勝るからと言って、必ずしも任務が完遂できるとは限らない。
「どうも敵さん、目と鼻と耳がいいみたいっすね。それから【滂沱】不可避の鋭い爪も油断ならないっす。司教さんの護衛だった人たちの遺体を見たっすけど、【致命】と【ショック】もあるかなぁ」
　ディノたちは、散開して司教の捜索に当たっている。
　司教と、ディノたち3人と、イレギュラーズ。
　目的はそれぞれ異なるが、やっていることは変わらない。
　つまりこれは“鬼ごっこ”だとか“かくれんぼ”だとか、そんな類のものなのだ。
　もっとも、子供が遊戯で行うそれと比べると、かなり危険ではあるが。

• ＜天使の梯子＞“遂行者”ディノ・ラプター。或いは、教会遺跡の秘密の抜け道…。完了
• GM名病み月
• 種別通常
• 難易度NORMAL
• 冒険終了日時2023年04月27日 22時05分
• 参加人数8/8人
• 相談7日
• 参加費100RC

参加者 : 8 人

冒険が終了しました！　リプレイ結果をご覧ください。

参加者一覧（8人）

リプレイ

●司教救出作戦
　天義。
　とある山岳遺跡。
　半壊した家屋の並ぶ街の中を、白い影が自在に泳ぐ。
　壁を擦り抜け、柱に潜り、障害物など無いかのように『半透明の人魚』ノリア・ソーリア（p3p000062）は遺跡を行く。
「捕食者に追われるおそろしさ、わたしは身をもって知っていますの」
　ノリアの耳に、遺跡の壊れる音が届いた。
　仲間の誰かと、ディノ・ラプターという遂行者が戦闘を開始したのだろう。
「ですから、追うものこそちがえども……きっと司教様をおたすけしますの！」
　戦闘の音は、きっと遺跡のどこかを逃げる司教の耳にも届いただろう。
　きっと彼は、今頃、怖ろしい思いをしているに違いないのだ。
　だから、ノリアは走る速度を一段上げた。
　その後ろ姿を見つめる視線に、ノリアは最後まで気付かなかった。
　
　枯れた樹々や、空の花壇が並んでいる。
　そこはかつての庭園だ。
　荒れた急な坂を上った先にそれはある。
「司教様ご老体ですし……あまり長い間放っておけませんねこれは」
　額に滲んだ汗を拭って『愛し人が為』水天宮 妙見子（p3p010644）はため息を零す。妙見子でさえ、長く険しい坂を上るのは骨が折れたのだ。年老いた司教ともなれば、今の妙見子以上に疲労しているだろう。
「えぇ。教派は違うけれど、だからと言って見捨てるわけにはいきませんわよね……早く探し出しましょう」
「無力な人を追い回して殺すなんて、そんな酷いこと許せません」
　『祈りの先』ヴァレーリヤ＝ダニーロヴナ＝マヤコフスカヤ（p3p001837）と『幸運艦』雪風（p3p010891）は、慎重に歩を進めて庭園の調査を開始する。
　見つけ出すべきは、遺跡のどこかにいるはずの司教か、司教が目指す秘密の抜け道のどちらかだろう。
「敵も手分けして探しているはずだよね？」
　庭園の真ん中で足を止め、『聖女頌歌』スティア・エイル・ヴァークライト（p3p001034）は顎に手を触れる。
　4人はここまで来る間、ディノ・ラプターにもその仲間にも遭遇していない。そもそも、都市遺跡はそれなりに広い。
　司教を含めてたったの4人と、偶然に遭遇する可能性は低い。
　隠れながら進んでいるらしい司教は元より、黒く目立たぬ衣装を纏ったディノたちも、目視では発見しづらいはずだ。
「教会司教に伝わる秘密の抜け道か……ねぇ、この辺りを調べるより先に教会に向かわない？」
　庭園を抜ければ、都市の中央、教会に辿り着く。
　教会関係者が目指す秘密の抜け道の在処として、いかにも“らしい”ではないか。

　遺跡、居住区。
「司祭さん、御老体が1人で逃げるっていうのはなかなかきついものがあると思うよ……一刻も早く見つけて、安全を確保しなきゃ」
「ですが、敵も感覚が良いんですよね……どちらが先に司教さんを見つけるか」
『正義の味方』皿倉 咲良（p3p009816）と『誰かと手をつなぐための温度』ユーフォニー（p3p010323）は、通りの真ん中で足を止めている。
　ドラネコを始め、ファミリアーを展開し周囲の様子を探っているのだ。
　壁を擦り抜け、広い範囲や家屋内部を探すノリアとは別方向からのアプローチと言える。
「急がないと」
　顔にびっしりと脂汗を浮かばせて、ユーフォニーが歯を噛み締める。
　2人の後方、数百メートルほどの位置で家屋の崩れる音がした。リエル（p3p010702）がディノ・ラプターの仲間と交戦しているのだ。

　リエルが剣を一閃させた。
　虚空に眩い閃光が走る。相対する黒衣の女性は、上体を低く沈めることでリエルの剣を回避した。
　回避と同時に、黒衣の女性は腕を振る。
　直後、リエルの肩が裂けて血が散った。
「変異の術……感覚器官まで変えてしまうそれは、邪道系統の魔術ではないの？」
　血が止まらない。
　思ったよりも傷が深い。
　踏鞴を踏んでよろけたリエルの視線は、黒衣の女性の手や足の先へ注がれている。長く鋭い血に濡れた爪。トカゲの爪によく似ている。
「…………」
　女性は何も答えない。
「無口な人……まぁ、いいわ。ここから先へは行かせないから」
　構えた剣に魔力が灯る。
　黒衣の女性が地面を蹴るのとほぼ同時、リエルは剣を横に薙ぐ。

●ディノ・ラプターの追走
　ノリアの背中を、鋭い爪が斬り裂いた。
「きゃっ……！？」
　ノリアの身体が地面を転がる。
　半透明の白い尾が土埃に塗れた。尾で地面を叩き、体勢を立て直そうとするが間に合わない。急接近した黒衣の女性が、爪の生えた足でノリアの尾を踏みつけたからだ。
「……教会関係者、という風でも無いな？　誰だ？」
　女性は問う。
　爬虫類のように、瞳孔が縦に割れた不気味な目をしている。
　薄く開いた口角からは、鋭い牙が覗いていた。
　ノリアは杖を強く握った。女性の目はそれを決して見逃さなかった。
「こそこそと何かを探していたな？　何を……いや、誰を探していた？」
　黒衣の女性が身を屈める。
　鋭い爪の生えた手で、ノリアの手首を貫いた。
　手首から血が溢れ、杖が地面に転がり落ちる。黒衣の女性は杖を遠くへ払い除け、ノリアの喉へ反対の手をかける。
　爪が、白い喉を刺す。
　ノリアの喉を、血が滴った。
　もう少しだけ力を込めれば、喉は深く引き裂かれる。
　そんな危機的状況で、ノリアは笑った。
「こそこそ隠れるわたしのすがたは、とても戦えるようには思えなかったでしょう？」
「……何？」
「杖の力に頼っているだけに見えましたでしょう？」
いつの間にか、ノリアの身体は濡れていた。
　ノリアと黒衣の女性の足元には、小さな水たまりが出来ていた。
「っ！？」
　黒衣の女性が目を見開く。
　刹那、その手首を水の棘が貫いた。
「お返しですの」
女性は慌てて後ろへ跳んだ。得体の知れない相手を前に、彼女は本能的に恐怖したのである。そして、彼女の選択は悪手と言えた。
女性の頭上に影が落ちる。
　四足歩行の獣の影だ。
「あなた、どっかのB級ホラー映画に出て来そうな感じだよね！」
　獣……ドラネコロボット“ソア”の背から飛び降りたのは咲良である。防具を付けた拳を握り、落下の勢いを乗せた殴打を黒衣の女性へ叩き込む。
　頬を打たれた女性が地面を転がった。
「何だ……貴様らっ！？」
　殴られた衝撃で、女性の牙が数本折れた。
　口の端から血を流しながら、女性が怒鳴る。
「ドラネコ配達便ですっ！」
　女性の問いに答えを返したのはユーフォニーだ。物陰に隠れていたユーフォニーは、咲良の奇襲にタイミングを合わせて、女性の前へと飛び出した。
　走りながら、ユーフォニーが腕を振る。
　腕の軌跡を追うように、虚空に火炎が飛び散った。
　ユーフォニーを中心に、火炎と熱波が渦を巻く。襲い来る火炎を警戒し、黒衣の女性はユーフォニーから目が離せない。
　だからこそ、咲良は自由に動けた。
「鬼さんこちら！」
　黒衣の女性の顔へと向けて、咲良が小さな袋を放る。
　女性は爪で布を弾いた。
　避けた布から飛び散ったのは、七色の粉末。
「っ……ぐ！？」
　鼻腔を擽る香辛料の香り。飛び散った粉末が、目や鼻に付着し、激痛を発した。
　顔を抑えた女性の前へ、咲良は駆け寄り拳を握る。
　踏み込みと同時に殴打を放てば、女性の身体がくの字に折れた。

「まずい！　まずいよ、これは！　急がなきゃ！」
　庭園の出口付近。
　足を止めたスティアが、焦ったようにそう叫んだ。
「？　どうかしましたか？」
　急に慌てはじめたスティアを一瞥し、雪風は目を丸くする。
　だが、慌て始めたのはスティアだけでは無かった。
「あ！　妙見子分かっちゃいました！　誰かが助けを求めてますよ！　これ、たぶん司教様です！」
　あっち、と指を差した先は遺跡の中央。
　教会の方向だった。
「精霊に教えてもらいましたのね。……大丈夫。きっと、主がお守り下さいますわ」
　メイスを強く握りしめ、ヴァレーリヤが駆け出した。
　脇目も振らず全速力で。
　向かう先は、当然、教会の方向である。

　教会の正面扉は閉じている。
　見るからに頑丈そうな鋼の大門。きっと、先に通過したディノ・ラプターが閉めたのだろう。ディノの目的が司教の命だとするなら、きっと扉は内側から鍵がかけられている。
「申し訳ないですが……叩き壊してしまいますわよ！」
　廃墟とはいえ、教会を破壊することに申し訳なさを感じる。だが、古い遺跡より、司教の命だ。ヴァレーリヤがメイスを頭上に振りかぶる。
　だが、ヴァレーリヤが大門に辿り着くより先に、行動を開始した者がいた。
「そのまま走ってください。扉はわたしが何とかします」
　雪風だ。
　足を止めた雪風が、背負った武装を展開する。
　8.8 cm大口径魔力砲マジカルゲレーテ（生）。六十八式強襲型機動魔法少女による拠点殲滅用拡張武装の砲身が赤熱する。
「発射（ファイア）」
　轟音。
　衝撃が吹き荒れ、砲口が吠えた。
　放たれるは大口径の砲弾だ。
　ヴァレーリヤの真横を通過し、砲弾は狙い違わず鋼の扉を撃ち抜く。金属同士がぶつかる轟音。へしゃげた鋼の扉が吹き飛び、教会内部への道が開いた。
「今回の目的はあくまで司教様を逃がすことにあります。司教様が抜け道に入られるまでの時間を稼ぐことが大事ですので、敵の撃破にはこだわらないでくださいね」
　煙を噴き上げながら、雪風は言った。
　その声が届いているのか、そうでないのか。
　メイスを高く掲げたヴァレーリヤを先頭に、一行は教会内部へ雪崩れ込む。

「支援します！　何かあったときのための保険はなんぼあってもいいのです！」
　教会へと跳び込む寸前、妙見子はヴァレーリヤとスティアの背へと手を添える。
　その手に灯した魔力の光が、鱗粉のように飛び散って2人の身体に吸い込まれていく。
　理想としては、戦闘を経ずに司教を抜け道へ逃がしてしまいたかったのだが、ディノに先を越された以上、そんなことを言っている余裕はない。
「えっと、盾役は……」
「私だよ！　ヴァレーリヤは私の後ろに！」
「スティア様ですね！　よろしくお願いします！」
　妙見子が虚空に手を滑らせる。
　降り注ぐ魔力の燐光が、スティアの身体を包み込んだ。まるで光の鎧のようだ。ヴァレーリヤと先頭を代わり、スティアが前へ。
　礼拝堂へ足を踏み入れた瞬間、暗がりに銀の光が走った。
　
　銀の光は鋭い爪だ。
　ディノ・ラプターの斬撃は、たしかにスティアの身体を裂いた。
「くっ……躊躇が無いな」
　スティアたちの素性を確認することもなく、ディノは問答無用でスティアを斬りつけた。一撃で、スティアを殺めるつもりだったことは明白。
　白い衣服に血が滲む。
　スティアの口から、血が溢れた。
　さらに追撃。
　爪がスティアの脇腹を貫く。
　けれど、しかし……。
「ヴァレーリヤ！」
「どっせえーーい！！！」
　スティアの背後からヴァレーリヤが飛び出した。
　大上段に掲げたメイスを、力任せに振り下ろしディノの肩を殴打した。爪を砕かれたディノが礼拝堂の床を転がる。
　転がりながらも、ディノは素早く身を起し……。
「もう一発、喰らって行きなさい！」
　眼前に迫るメイスを視認し、驚愕に目を見開いた。

　地面に血が滴った。
　白い肌を朱色に濡らし、リエスは踊る。
　振るわれる剣と、黒衣の女の爪がぶつかり火花を散らす。
　一進一退の攻防。
　けれど、至近距離での斬り合いは黒衣の女に軍配が上がる。
　低い位置から繰り出された斬撃が、リエスの喉を斬り裂いた。血を吐き、倒れたリエスに背を向けて黒衣の女は立ち去っていく。
　致命傷だ。
　確実にリエスの命を刈り取った。そんな確信が彼女にあった。
「我が纏うは黒衣、握る刃は血色の剣……！」
「！？」
　確信はあったが、リエスは【パンドラ】を消費し、立ち上がる。黒衣の女は、慌てて背後を振り返る。
　振り返りながら、爪を頭上へと掲げた。
　今度こそ、トドメを刺すために。
　だが、間に合わない。
「天に祈り、胸に正義、たとえそれが神に背こうとも……！」
　リエスの構える剣身に、魔力の輝きが灯る。
　目を開けていられないほどの眩い光だ。
　爪がリエスに届く寸前、リエスの剣が宿した光を解き放つ。
　極光が空を、真白に染めた。

●秘密の抜け道
　極光に焼かれ、黒衣の女が地に伏した。
　最後まで、悲鳴の1つも上げることなく彼女は死んだ。
「我が信念に偽りなし、よ。遂行者」
　リエスの声は、黒衣の女に届かない。
　焼け焦げた遺体に、ほんの短い黙祷を捧げリエスはその場を後にした。
　リエスが足を踏み出す度に、地面を赤い血が濡らす。

　ノリアが地面を転がっている。
　水に飛び込むみたいにして、壁の中へと潜っていった。
「目的はかれらをたおすことではありませんから」
　壁を擦り抜け反対側へ。
「どうなってるんだ、お前は！」
　壁を擦り抜けたノリアが、黒衣の女の進路を塞いだ。
　踏鞴を踏んで、女が止まる。
　その足元を、ノリアの放つ熱湯が濡らした。
「倒すより、時間をかせぐことを優先しますの」
「そんなことだろうと思ったわ」
　黒衣の女が舌打ちを零す。ノリアたちの狙いが時間稼ぎだと踏んで、彼女は少し前に逃走を開始していた。
　ディノをはじめとした3人の目的は、あくまで司教の抹殺である。
　だが、ノリアたちは彼女の逃走を許さない。
「目も鼻も利かない状態で、司教さんを探せるの？」
　足を止めた女性の背後へ咲良が迫る。
　振り抜かれた拳をギリギリのところで回避して、女性は爪を一閃させた。
　カウンター気味に放たれた爪が、咲良の脇腹を斬り裂く。
　けれど、傷はすぐに塞がった。
　降り注ぐ淡い燐光が、咲良の傷を癒したのである。
「……また囲まれた」
　思わず、と言った様子で女性はそう呟いた。
　逃げ出す隙は見当たらない。
「遂行者のみなさんが作りたい世界ってどんな世界ですか？」
　ドラネコロボットに跨ったまま、ユーフォニーはそう問うた。黒衣の女性は歯噛みして、それっきり何も答えない。
　爪を伸ばして、姿勢を低くし、抵抗の意思を示すのだった。

　ディノの放った掌打を受けて、スティアが床を転がった。
　だが、ディノは追撃を諦めて後方へと跳び退る。雪風の砲塔がディノの方を向いていたからだ。
「君たちは……いや、逃げなさい！　彼女の狙いは私なのだから！」
　スティアと雪風に庇われながら、司教は声を荒げて叫ぶ。
「そう言うわけにもいかないんだよ。こっちも仕事でね」
　司教の肩へ手を触れて、スティアは言った。
　飛び散った淡い燐光が、司教の負っていた傷を癒す。
「それに、暗殺などという卑怯な手段を私は認めません。司教様は必ず守り切ってみせます」
「いや、しかし……こちらの事情でお嬢さん方を危険な目に」
「今、そういうのいいんで！　それより、秘密の抜け道はどこにあるんですか！」
　ヴァレーリヤの援護をしながら、妙見子が声を張り上げた。
　ディノの猛攻を受けて、幾らかの傷を負っている。このままだと、そう遠くないうちに戦闘不能に陥るだろう。
「いいって……いや」
　このまま、自分がこの場にいてはヴァレーリヤたちの邪魔になる。
「こっちだ。付いて来てくれ！」
　スティアと雪風を連れて、司教は礼拝堂の奥へと駆けていく。

　礼拝堂、最奥。
　祭壇裏手の壁の手前で、司教は脚を止めていた。
「壁しかないけど？　あ、いや……隠し通路や隠し階段の類かな」
「壊しますか？」
　壁に手を触れスティアは呟く。
　その隣では、雪風が大砲を構えていた。
「いや、その必要はない。こうして……こうすれば」
　何を、どう操作したのかスティアたちには分からなかった。だが、司教が壁に手を触れると、そこには人が1人通れる程度の穴が開いていた。
「扉はすぐに閉まるが……」
「では、どうぞ逃げてください。司教様が逃げる時間を稼ぎましょう」
　秘密の通路へ背を向けて、スティアと雪風は武器を構える。
　
　礼拝堂の床を滑るようにして、ディノが疾駆する。
　まるで一陣の風のようだ。
　鋭い爪が、ヴァレーリヤの肩と、妙見子の太ももを裂いた。
「速いですわねっ」
「いったー！　痛いです、これ！」
　ディノ・ラプターの動きは速い。
「あー、痛い。痛いんで、回復致しますね」
　妙見子が頭上へ手を掲げる。
　降り注ぐ燐光が、2人の負った傷を癒した。
「回復……面倒な手合いね」
　前傾姿勢。爪を掲げて、ディノは眉間に皺を寄せる。
　重症は負わせたが、2人を倒しきることは出来ない。
　チラ、と視線を礼拝堂の奥へと向けた。既に司教の姿は見えない。
「逃げられたか……」
　今から司教を追いかけるのは不可能だろう。
　敵は4人。
　対して、こちらはディノ1人だけ。
　ヴァレーリヤに殴られた肩と眉間が激しく痛む。
「命までは奪いませんわ。ここが主の庭だったことを、感謝することですわね」
　大上段にメイスを掲げ、ヴァレーリヤはそう告げた。
「いや……任務は失敗だ」
　数歩、ディノは後退し、くるりと2人へ背を向ける。
　それから、全速力で駆け出して礼拝堂を出て行った。
　執拗な追跡に反し、撤退の判断が異様に速い。イレギュラーズの目的が司教を逃がすことであったのと同様に、ディノの目的は司教の暗殺にあったのだろう。
　不要な戦闘をしたくないのは、イレギュラーズもディノも同じというわけだ。
「……これ以上、礼拝堂を壊さずに済んで良かった、と思うべきでしょうか？」
「かも、しれないです……ねぇ」
　くたり、とその場に座り込み妙見子は盛大な溜め息を零した。

成否

成功

ＭＶＰ

状態異常

あとがき

司教は無事に、逃走を成功させました。
ディノ、および生き残ったディノの仲間は任務の失敗を悟り撤収。
依頼は成功となります。

この度はご参加いただき、ありがとうございました。
縁があれば、また別の依頼でお会いしましょう。