シナリオ詳細
記憶は甘く、落とせない砂の粒
オープニング
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――ねえ、知ってる?
――“墨染飴”の噂。
――なあに、それ。知らないわ。
――あら、知らないの?
――“墨染飴”はね、舐めると過去の素敵な思い出が蘇るっていう、とっても美味しい飴なの。ちなみに桜味。
――ふうん……? 旅人が何かしたのかしらね?
――でも、同時に不穏な噂もあって。代わりに何か記憶を奪われていく、っていう噂もあるのよ。
―― 一体どうやって作っているのかしらね?
――不思議な飴もこの世にはあるものねえ。
――最近は不穏だけどとっても綺麗な宝石も世に出回っているし、なんというか、世も末っていうか……
――……ねえ、本当に覚えてないの?
――え?
――この“墨染飴”の話。貴方が先週教えてくれたのよ?
――あなた、其れを舐めて憧れの人とデートする夢を見たって、言ったじゃない。
――……何の事?
――私に、憧れの人なんていないわ?
●
「ちょっと不穏な飴が世の中に流れててね」
リリィリィ・レギオン(p3n000234)は幻想の地図の隅っこにマルを付けると、とんとん、と其処を指で叩いた。
そうして、机の隅っこに置いていた器を指で引き寄せる。其処にはまるで炭で染めたかのような真っ黒い飴。
「“墨染飴”っていうんだ。これを舐めると、過去の素敵な思い出が蘇る――っていうのが謳い文句なんだけど。当然これには裏がある。副作用があるんだ」
――素敵な夢を見せる代わりに、日常の思い出を奪い去って行く。
――そして最後には、見ている“素敵な夢”さえも。
「ね、怖い飴でしょ? 誰が作ってるのか、どうして作っているのかは鋭意調査中なんだけど、取り敢えず君たちには製造工場を破壊してきて欲しいんだ。場所は此処。幻想の隅っこ。心に干渉するものだから、そういう類のトラップがあるかもしれない。十分に注意して臨んでね」
ところで、君たちには素敵な思い出ってある?
僕にはあるよ。何せ、沢山生きてきたからねぇ。あの人と出会ったとか、あの人とお茶をしたとか。
――平凡だと思う?
――思うよね。でも、そういう平凡な記憶が、案外大事になったりするんだよ。
大人びた笑みを浮かべ、リリィリィはそう言った。
特別な思い出だけが素敵ではないのだと、桃色の唇が弧を描く。
- 記憶は甘く、落とせない砂の粒完了
- GM名奇古譚
- 種別リクエスト
- 難易度-
- 冒険終了日時2023年04月30日 22時10分
- 参加人数8/8人
- 相談7日
- 参加費250RC
参加者 : 8 人
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参加者一覧(8人)
リプレイ
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『観測中』多次元世界 観測端末(p3p010858)は、夢を見ない。
もっというならば、自我も心も、本来ならば存在しないものだ。今こうして物事を――飴の香りを感じたりして考えているのは、本体との接続が断たれた時の緊急自立保守機能にすぎない。自我というには、余りにも脆い。
しかし。
この混沌に招かれて、この世界を観測し、人々と言葉を交わす事により、観測端末は端末らしからぬ“自我”を得る事が出来た。其れは心と呼ぶにふさわしい、悲しくも美しいエラーだった。
「ダカラコソ」
目の前をくるくる流れていく大切な思い出。
だからこそ、此処に、この思い出にとどまり続ける訳にはいかない。
大切な友人が、セレさんが、この端末の自我と心の成長を期待していると、そう言ってくれたから。あの人の期待に応えるには、心を学び成長するには、前に進み続けるしかないのだから。
だから、さようならとは言いません。
思い出は置き去りにされない。何故なら心ある者たちは、思い出と共に前に進んで行くのだから。
「思イ出ハイツモ、当端末ト共ニアリマス」
優しく観測端末は呟く。今日までの思い出よ、さあ。共に先へと行きましょう。そうして、一緒に成長していきましょう。
「――」
……認識。
外界の冷たい風。載って来る甘ったるい香り。
そうだ。自分たちは墨染飴の調査の為に工場へと乗り込んで、……踏み入った瞬間、前方にいた仲間が香りに当てられたかのように倒れて。
「不調、ノ類デハナサソウデス」
未だ倒れている仲間たち。どうすれば意識を引き戻せるか、と考えて……そうだ、と観測端末は口を開いた。
「皆サン! 闇市の110連ガ、今日ダケ10回無料ダソウデス!」
「まじか」
がばり、と起き上がった影があった。
『彼岸の魔術師』赤羽・大地(p3p004151)だった。
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――三船!
ああ、其の単語を聴くのは久し振りだ。
長らく聞く事のなかった、俺の名字。呼んだそいつは俺の肩に腕を回して、ひひ、と笑う。
「今日の小テスト、マジでヤバかったよなー!」
「なー。ほんと、不意打ちとかやめてほしいっつーの」
他愛のない会話。靴箱に上履きを入れて靴を出して、とんとんと爪先で玄関の床を叩く。
――そういえばこいつ、なんて名前だったっけ。
――そんな俺達を遠巻きに見て微笑んでいた彼女は、どんな顔だったっけ?
浮かんだ疑問はすぐに霧散した。
今が楽しいから、いいか。
馬鹿話は続く。もうすぐ出るゲームの話に、可愛いと思った女性キャラの話。家路へと続く道をなぞりながら、俺達は今を謳歌する。
昨日もこう。今日もこう。明日だって、きっとこうなんだ。
――通り魔殺人? そんなの俺は関係ない。
――被害者は首を落とされていた? 俺がそんな目に遭うはずないんだ。
だって俺は、普通の、なんてことない本の虫なんだから。
……気付けば、俺は暗闇の中に立っていた。
何かないのか、と闇を探った俺の手に触れたのは、ふんわり柔らかい感触。其れは兎のぬいぐるみ。きっと闇に紛れる真っ黒な色。
――ああ。
――首狩り兎、俺にとってのファム・ファタール。
――嫌な事を思い出させてくれるなよ。俺が一度死んでるなんて、そんな事。
でも、悪い事ばかりじゃなかった。理不尽な死に共感できるようになったし、生きたいと願う人に手を伸ばせるようになった。
俺の運命を大きく変えやがった女の事を、俺は、きっと一生忘れられない。
……けど、俺にだって変わらない事はある。
闇市無料ってマジ? え、嘘? そんな……
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『星に想いを』ネーヴェ(p3p007199)は草むらから花を選び取り、一つ、ぷつんと摘む。
鼻歌を歌いながら、花の茎を作りかけの花冠に通して、新たな花冠の飾りにする。
幼い頃に過ごした花畑。視線を向ければ、幼いネーヴェを温かく見守ってくれている“彼”がいて。
判っている。其れはもう二度と戻らない風景。記憶の中でしか感じられない眼差しなのだと。
時間を戻せるなら。この時間を過ごせるなら。それはなんて幸せな、ことでしょう。
このまま、何処にも行きたくない。そう思ってしまうほどに。
だって、この世界にルド様はいない。死んだ。わたくしが殺した。でも、彼の代わりは何処にもいないの。
「ネーヴェ、はしゃぎすぎたらいけないよ」
優しくルド様が言う。いつだって、わたくしの身体を労わって下さる。わたくしは嬉しくて、紅潮する頬を花冠で隠す。
そうして花冠を作って差し上げたら……ルド様の冒険譚を聴いて、わくわくに胸を躍らせて。
でも、世界は何処までも残酷なの。
「ネーヴェ」
「はい、ルド様」
「もう……時間だ」
其れは悲しい12時の鐘。誰が定めたの? まだ此処にいては駄目なの?
そう問いたいわたくしを、わたくしが押しとどめる。わたくしは、記憶を奪い去る飴の量産を止めるために此処に来たのだと。
どんなに幸せな夢を見られても、其の代わりに失って良い記憶なんて、あるはずがないから。
幸せも、苦しみも。其の全てが、其の人を、作っているはずなのだから。
――じゃあ、わたくしは?
悲しみに沈むわたくしは、一体何で出来ているの。
夢と現実のあわいで、わたくしがそう言った気がした。
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『月夜の蒼』ルーキス・グリムゲルデ(p3p002535)は夢の中で肩を竦めた。其の間にも、研究を進める手は止まらない。
魔術師にとっての全盛期とは、とルーキスが問われたならば、よどみなく「思う存分に研究が出来る時間」と答えるだろう。
其の通り、彼女にとっての幸せな夢は研究室だった。
誰にも邪魔されず、己の思うように、自由に世界を旅して研究を進める。
隣には契約した悪魔――アザゼルがいて、面倒そうに研究を手伝ってくれている。一応対等、っていう契約なんだけどね、義理堅い事だ。
という事は、時期的には人間をやめて、復讐を終わらせて――やっと自由になったところ、かな。
「貴様、手が止まっているぞ」
アザゼルが目ざとくいう。
夢の中でくらい、少し優しくても良くない? ルーキスははいはい、と生返事しながら研究の手を進めていく。
でも、浸り続ける訳にはいかない。
ルーキスはふと、己の意思で手を止めて……得体のしれない液体が入った試験管をスタンドに置いた。
「……どうした?」
そう問うアザゼルは笑っていた。やっと出る気になったか、とでも言いたげだ。
「君、判ってたんでしょう」
「さて、何のことか判らぬ。契約悪魔は契約者と共にあるものだからな」
「……付き合いが良いのも考え物だ」
ルーキスは肩を竦める。
そう、今の状態は確かに“魔術師として”なら最良で、快適な記憶なのだろう。
だけど今はそうじゃない。ルーキスはただの魔術師ではなく、イレギュラーズであり、そしてただの一人の妻でもあった。
「寂しがりを待たせてる。其れじゃあまたね」
「ああ。……また。現実で会おう、契約者殿」
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『闇之雲』武器商人(p3p001107)は成る程、と冷静に分析する。
この思い出はほんの少し前、クウハに烙印がつく前の日常だ。
番と幼い息子と共に朝食を取る。
そうして仕事。クウハに手伝って貰って、合間にフォルネウスに魔術指南して。
午後にはルミエールが顔を出したから、どうせならと眷属たちとお茶会をする。
夜にはクウハにお礼をして、家に帰ればまた、番と息子と一緒に過ごす。
愛するモノたちが、番が、息子が、眷属たちが己の傍に居たいと望んでくれる得難い幸福が其処にある。
――だけどね。
――其の日常は、この前崩れてしまった。我の可愛いクウハの血は花弁になって、涙は結晶になってしまった。
我はあのコたちの主人だ。だから、護る責務がある。
幸せな思い出を嘲笑い、食い物にするようなものに負けている訳にはいかない。
――我らの『幸福』を侮る者には、報復を。
「“火を熾せ、エイリス”」
番は夢の中で待ってなんていない。
息子も、夢の中で待ってなんていない。
待っているのは現実。我が向かっているのは、記憶を食い物にする悪辣な幻想だ。
何処かで、意識が「じゅっ」と燃えたような気がした。
「――起きたか」
「……あァ、大地の旦那」
先に起きてたんだねェ、と武器商人は其の銀糸を整えながら言う。
「ああ。……此処にいるのはあんたの知り合いか? 起こせるか?」
大地の問いに、やれるよ、と武器商人は頷いた。そうして眷属たちへとつながるパスを通じて、ゆっくりと揺り起こすように思考を流し込んでいく。
『我の可愛い眷属たち。夢の時間はおしまいだよ』
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『悪戯幽霊』クウハ(p3p010695)の知己に、ヒカリという女がいる。
もう100年以上は前になるだろうか。其れでも忘れられない、閃光のような女。わがままで、破天荒で、身勝手で、兎に角傍若無人をヒトの形にしたようなイカれた女だった。
だが――愛情に溢れていた。矛盾ばかりを抱えた、十代半ばの人間の女だった。
生まれつきの異能で迫害を受けた者。
無垢ゆえに人間を害してしまう悪霊。
まあ例外もいたのだが……そういう“世間からはみ出した奴ら”とクウハは“家族”になって、旅をした。
悪霊らしく、面白おかしくやっていたのに。徒党を組んでやって来てボッコボコにされて。さらに無理矢理「旅に出るよ!」なんて引きずり込まれた時には、絶対に呪い殺してやると思ったものだが、
いつの間にか居心地がよくなっていて。結局ヒカリが老いて死ぬまで、クウハは旅に付き合った。
名前の通り、光みたいな女だった。
眩しくて、温かい。旅の仲間だって、誰もがヒカリを好きだった。
なあ、ヒカリ。
此処で会えるとは思わなかったよ。
「ああ、こっちもだ」
……いざとなると、言葉なんて出て来ないモンなんだな。
……なあ。俺に、生きたい場所が出来たと言ったらどうする?
「まあ、寂しいよ。けど、クウハが幸せになれるなら、……好きな所へ行ったらいい」
そうだな。
オマエなら、そういうと思っていた。
死ぬ間際にもお前は「自由に好きな所へ行きな」って、……全くもって勝手な女だ。いっそ清々する。
なあ。俺には愛する主人と可愛い妹が出来たんだ。家族も、友人も。
妹はどこかお前に似てるよ。わがままで破天荒で、其の癖、愛に満ちている。本当に、本当に、可愛いんだ。
――ああ。慈雨が呼んでる。
俺はいくよ。じゃあな、ヒカリ。
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――嗚呼。
『悲劇愛好家』クロサイト=F=キャラハン(p3p004306)は嘆いていた。
とても、とても残念です。幸せな夢が失われゆく悲劇。其れをじっくりねっとりと観劇させて頂き、愉悦に浸る……嗚呼! これこそ悲劇愛好家である私の幸福! ……そう思っていたのですが。其の標的が私のご主人様と眷属の皆様、そしてお嬢様ともなれば話は別。
従者“フォルネウス”の名に懸けて、皆さまの思い出を護って差し上げなければ。
――それにしても。たまたま依頼で会ったのがあらたな眷属の方とは驚きました。クウハさん……でしたか。私のような陰キャじゃなさそうで羨ましいなぁ。仲良くなりたいなぁ。
「フォルネウス」
あ! ご主人様が呼んでいらっしゃる。
私が顔を向けると、ご主人様が其の手を伸ばして、私の頭を撫でて下さる。
わー!!底抜けにハッピーー!!
心理学では、人間はどんなに幸福感が高まっても、其れを一日で忘れてしまうそうですが……いや、其れでも構わない! 私は毎日でもご主人様に撫でて頂きたい!
キャラハン家の呪いから救い出してくれた人。私を眷属に迎え入れてくれた人。
お嬢様の愛らしい我儘を聴けば、忠義者だと褒めて下さる。
嗚呼、私の幸福の原点は此処だ。眷属の皆さんが優しいから、ご主人様が優しいから、私は自分に自信が持てて――妻とのわだかまりでさえ解消できたのだ。
新たな眷属であるクウハさんにも、この幸せを味わっていただきたい。
……ん? そういえばクウハさんは何処に? 見回せばご主人様の姿は掻き消えて、一日どころか数分で私の幸福感は萎んでしまう。
そうか。彼とは知り合ったばかりだから、手繰り寄せる記憶がない――つまり、これは幻なんだ!
お嬢様! 眷属の皆さん! 仲間のみなさん! フォルネウスは此処におります、今――目覚めて! 皆様をお助けします!
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『永遠の少女』ルミエール・ローズブレイド(p3p002902)は、木漏れ日を見上げていた。
膝の上には黒狼。傍には母と、可愛い義妹。
善良な人々。平和な村。遠い昔に喪った――私の故郷。
あの時は何も知らなかったの。何も知らない少女でいられたの。“神様と人間の争い”も何も知らないで、遠い世界の事のように聴いて。
誰もを透き通る思いで愛していられたの。憎む心なんて、知る由もなかった。
「姉様、姉様、一緒にいて」
幼いエトワールが泣きながら言う。
ああ、そうね。貴方はとっても寂しがり屋だった。何処に行くにも私と一緒でなきゃいやだと駄々をこねて、少し心配だったけど、とても可愛らしかった。
だけどあの日、私は、貴方を置いて、……。
今度こそ。
今度こそずっと、一緒にいるわ。怖い“神様”が皆を殺すなら、其の時は私も一緒。
エトワール。ずっとずうっと、大好きよ。
「姉様」
――ふと、リコリスの香りがしたような気がした。
周囲が燃え盛り、戦火の渦に呑まれていく。このまま飲まれても良い。あの時置いて逃げた妹を、今度こそ離しはしない。
――全く、手のかかる妹分だ。夢の中は幸せだろうが、現実も悪くはない筈だろ?
声が聞こえる。
俺は醜悪な化け物だから、と自嘲するあなた、紫苑の月。
――ルミエール、さあ、起きる時間だ
声が聞こえる。
私の大切な父様。私のカミサマ。私の手を包む温もりは、貴方のものなの?
――お嬢様!
――フォルネウスは此処におります、どうか惑わされないで! 思い出は美しいもの、けれどそこに、本物の温もりはないのです……!
フォルネウス。ちょっと変な趣味のある、私の仲間。
黒狼……ノクターンが牙をむいて唸っていた。お母さんが私とエトワールを逃がそうとしていた。
ああ、そうだ。怖い“神様”が貴方を捕まえてしまう、エトワール。「怖いよ」って貴方は泣いて、「行かないで」って貴方は怯えて。
でも、最後に貴方は言った。
「姉様、生きて」
「お願いだから」
どうして忘れていたのだろう。
私は……置いて逃げた訳じゃない。エトワールが望むから、自分を生かしたのに。
「呼ばないで」「帰りたい」二つの想いが矛盾して交錯する。
私は、
私は――
貴方達から離れる事も、忘れる事も、耐えがたい!
●夢、過ぎ去りて
ルミエールが瞳をそっと開くと、視界は何故か歪んでいた。
涙だろうか、と重い腕を持ち上げて拭おうとすると、何か堅いものが邪魔をする。
「……?」
其れを摘まみ、少し目から離して視認する。……眼鏡だった。
「嗚呼、お嬢様! ご無事ですか!?」
視界に飛び込んできたのは、慣れ親しんだクロサイトの姿。
「……フォルネウス、……これは何?」
もっと聞きたい事があった筈なのだけれど、思わずルミエールは聞いていた。だって私、眼鏡なんて要らない筈なのだけれど。
「心を込めて私が作りました眼鏡です。記憶にないアイテムが増えれば、違和感に気付けるかも、と……」
「……本当に、貴方、変な人ね」
思わず笑ってしまう。悪夢の後でも笑顔は浮かぶのだな、と、何処か他人事のようにルミエールは思った。
ゆっくりとクロサイトに支えられてルミエールは起き上がる。大丈夫か、と覗き込んできたのはクウハだった。
「悪い夢を見たか?」
「ええ。……でも、いいえ」
「どっちだよ」
「だって、幸せだけど悪夢だったんだもの」
「起きたかい、ルミエール」
「ええ、父様。失礼しました」
「問題ハアリマセン。トラップ区域ハ突破シタ様子」
観測端末が周囲を見回して、頷く。
成る程、とルーキスが背伸びをする。背筋がばきばき、といった気がするが、眠ったせいで凝っていたのだろう。
「なら、あとは飴を作り出している所を押さえて、設備を壊すだけだね」
「そうさね。ま、こういう手合いは自分の手を汚さないもの……飴の作成所は無人の可能性が高いけどねえ」
「全く、趣味の悪いものを作るもんだ。何が目的だったんだろうな」
「さあ……なんだろうな。嫌がらせ?」
「嫌がらせ目的のために此処まで!? 素晴らしい……私も見習わなければ!」
「いや、なんで見習うんだよ」
いつも通りのやりとり。
みんな悪夢を見た筈なのに、其れを乗り越えてこれからを見ている。
『姉様、生きて』
ルミエールの耳元で、エトワールが囁く。
ええ、とルミエールは心中で頷く。私は生きるわ。だって、置いて行けない人たちがいるんだもの。大好きな人たちがいて、手を引いてくれるから。だから――母様。エトワール。ノクターン。私を、見守っていてね。
「ルミエール、置いてくぞ」
「駄目! 待って!」
足取り軽く。少女の靴音は、未来を予感させた。
「……」
でも。
とべない兎は、前を向けず無言のまま。前を向いて歩けはすれど、其の心はいつだって、昨日を見ている。
成否
成功
MVP
なし
状態異常
なし
あとがき
お疲れ様でした。
さて、失われた記憶は何処へいったのでしょう。其れは一先ず置いておいて、皆さん幸せな記憶を……乗り越えた方も、乗り越えられなかった方も、いるようですね。
悲しみという沼はいつだって深いですから。前に進めば進むほど、沈んでいく。
ご参加ありがとうございました!
GMコメント
こんにちは、奇古譚です。
リクエスト有難うございます!
さあ、皆さんは過去から逃げられるでしょうか。
●目標
“墨染飴”の製造工場を破壊せよ
●立地
幻想の隅の隅、ひっそりと立つ病院のような建物。
其れが“墨染飴”の工場だと言われています。
人の気配はありません。既に製作者たちは逃げ出した後なのかも。
ですが皆さんが脚を踏み入れた瞬間景色は変わり、――過去の幸福な思い出へと、イレギュラーズは踏み入る事になります。
●エネミー
幸せな思い出x?
此処から抜け出さなければ、“墨染飴”の工場を破壊する事は出来ません。
ですが、其処はとても幸せな思い出の中。簡単に抜け出そうと思う事も出来ないでしょう。
しかし“抜け出したい”と強く思わなければ、抜け出す事は叶いません。
運よく思い出から抜け出せた人は、他の囚われた人に呼び掛ける事が出来ます。例えば今何が起きているのか。何を目的としているのか。未来に約束した事や、来週発売のスイーツ――そんな呼びかけが、囚われた人の心を揺り動かすかもしれません。
●情報精度
このシナリオの情報精度はBです。
依頼人の言葉や情報に嘘はありませんが、不明点もあります。
●
此処まで読んで下さりありがとうございました。
アドリブが多くなる傾向にあります。
NGの方は明記して頂ければ、プレイング通りに描写致します。
では、いってらっしゃい。
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