シナリオ詳細
虹をかける白金の魚
オープニング
●老人の憧憬
深い森を流れる川。その上流、山頂にも近いそこに、一瀑の滝が流れていた。
木々に埋もれるようにして存在するその滝は、幅が狭く、水量も特別多くはない。
しかし落差は100メートルを越え、滝口から滝壺まで一気に流れ落ちる様は見事であった。
そしてその滝には、天弓魚という、ある特殊な魚が生息していた。銀色の鱗と長い尾びれを持ち、宙を泳ぎ。そして光に反応して自身の上に、小さな虹をかける魚。それが天弓魚であった。
(アミラが死んで3年。何も良いことがないな……)
一方、とある民家にて。この家に一人暮らす年老いた男性――ダンは軋む膝をさすりながら、この日も物寂しい朝を迎えていた。
そろそろ立ち上がって朝食にしたいが、近頃朝起きると視界がぼやけてひどい。まるで水中か、砂嵐の中にでもいるようだ。膝の調子も悪く、ベッドに腰かけて今しばらくじっとしているしかなさそうだ。
しかし朝、こうして何もせずじっとしていると、本当に切なくなってくる。妻に先立たれてからは話し相手もろくにおらず、身体はじわじわと弱っていく。この目は、いずれ見えなくなるのだろうか。そうなったら、どうなる。今度こそ俺も終わりか。……怖い。年を取れば怖い物なんかなくなるとじいさんは言っていたが、あれは孫相手に見栄を張っただけではないのか。
鬱々と考えるうち、ダンの目は少しずつ正常さを取り戻してきた。外から差し込む光が見える。まだわずかにぼやけたそれは、七色に乱れていた。虹のように。
「見えなくなる前に、最後に見に行きたいなぁ。……なぁ、アミラよ」
孤独な老人は、ゆっくりと立ち上がった。
●天弓魚を求めて
「虹をかける魚を、見に行きたいそうだよ」
山中にある滝までの、護衛依頼。『黒猫の』ショウ(p3n000005)はイレギュラーズたちに依頼内容を説明していた。
「とはいえ、依頼人はおじいさんだからね。自分の力だけで山を歩くのは、ちょっと難しいかもしれないよ。それにそのあたりには、厄介なヘビの魔物も出るそうだから」
歩けないわけではないが、加齢のため足腰は弱り、体力もかなり落ちているという。
「それでも、亡くなった奥さんとの思い出の景色を、もう一度見たいんだってさ」
お願いできるかな? ショウはにこりと笑って首を傾げた。
- 虹をかける白金の魚完了
- GM名キャッサバ
- 種別通常
- 難易度NORMAL
- 冒険終了日時2023年05月07日 22時10分
- 参加人数10/10人
- 相談7日
- 参加費100RC
参加者 : 10 人
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参加者一覧(10人)
リプレイ
「ダン様、本日はよろしくお願いいたします」
恭しく、けれど微笑んで挨拶をした『温かな季節』ジョシュア・セス・セルウィン(p3p009462)。彼はダンの孤独を思い、心を痛めていた。自らの過去と通ずるものを感じ、とても他人事とは思われなかった。
きっと無事に、思い出の場所へ連れて行ってあげよう。そう決意するジョシュアの手の中で、輝石がきらめいた。
「ギルド・ローレットより罷り越した、鳴神抜刀流の霧江詠蓮だ。ダン翁、この度はよろしくお願いします」
続いて『特異運命座標』エーレン・キリエ(p3p009844)も挨拶を述べる。高い上背に、いかにも武人然とした佇まい。ともすれば威圧感のあるエーレンだが、その言葉には穏やかな敬意がこもっていた。
「ピリアなの! いっしょにがんばろーなの♪」
そして『欠けない月』ピリア(p3p010939)が弾むように挨拶をしたとき、老人の顔に微かな笑顔が浮かんだ。
「うん、うん……こちらこそ、よろしく頼むよ」
そんなダンの様子を、『守護なる者』紫乃宮 竜胆(p3p010938)は少し離れて見守っていた。
家族を失う痛みと、たった一人きりになってしまった孤独。けれどそんな日々のなかでも、こうしてイレギュラーズを頼ってきてくれたのだ。前を向こうとするその心に、竜胆は応えたいと強く思った。
(……本当はきっと、人付き合いが苦手な人なんだろうな)
『挫けぬ笑顔』フォルトゥナリア・ヴェルーリア(p3p009512)はダンのぎこちない受け答えを見ながら、考えていた。
困難や恐怖を前に勇気を持って立ち向かうのが、勇者だとするのであれば。苦手をおして依頼してきたダンは、立派な勇者なのだろう。そして私達は、その依頼を全うするのみ。そこに気後れや遠慮をする必要は一切ない。
フォルトゥナリアは心を決め、ダンのもとへ歩いて行った。彼の緊張を解き、一緒に楽しもうと伝えるために。フォルトゥナリアは明るく声をかけた。
(ダンは大人だから…自分より若い人には甘えられないって…思ってるのかな…)
でも、なんでだろ… と『玉響』レイン・レイン(p3p010586)はぼんやりしながらそれでも悩んでいた。せめて、これ以上緊張させないために、何か手立てはないだろうか。
……いや、そもそもそうやって周囲が余計に気を回すからこそ、本人も緊張してしまうのかもしれない。
(なら…僕は自然体にする…)
よし、と自分の中でひとつ結論を出したレインであったが、自然体でない彼を見た者はいるのだろうか?
「人間、老いると頭では思っててモ、身体はそうはいかなくなるもんなァ」
『彼岸の魔術師』赤羽・大地(p3p004151)、の赤羽は切なげに、そしてどこかしみじみとした様子でつぶやいた。実感がこもっている、のだろうか。
「赤羽って、きっとすごく偏屈ジジイだったんだろうな……」
続く大地の言葉には、ちょっと実感がこもっていた。
「――よし、そろそろ出発しよう」
そうして準備が整うと、『青き鋼の音色』イズマ・トーティス(p3p009471)が皆に呼びかけた。
虹をかける魚。きっと、とても綺麗なのだろう。依頼を達成し、必ずや見せてあげたい。
(本当に見えなくなる前に。……最後に後悔しないのが一番だ)
老いの恐怖を抱えたダンの心情を思いながら、イズマは歩き出した。
●賑やかな道行き
生い茂る木々の上を、『ねこの料理人』玄野 壱和(p3p010806)が箒に跨がり飛行している。枝葉の間から見え隠れする仲間の姿を追うのは、やや難易度が高い。しかしこれで、上空からの奇襲を防ぐことができるだろう。護衛任務を請け負った以上、常にあらゆる事態を想定しておくべきである。……と、皆には説明しておいた。
(ホントは歩くの面倒くさいだけだガ)
いつだってねこは、体力をしっかり(ちゃっかり?)温存しているものである。
「お、重くないか……? 本当にその、大丈夫かね?」
「大丈夫、ですの。それより、早く、早く、道案内を、お願い、いたします、ですの!」
「そ、そうか……」
『半透明の人魚』ノリア・ソーリア(p3p000062)の背に負ぶわれて、ダンは非常に恐縮した。若い(?)娘さんの背中に俺みたいな年寄りがくっついて、そうして運んでもらうなんて!? である。が、その相手であるノリアはそれを気にする様子もないし、これは種族や互いの文化による感覚の違いなのかもしれない。それにノリアはとにかく先を急ぎたいようだ。それだけ、天弓魚を楽しみにしているのだろう。なるほど、それで俺をわざわざ負ぶってまで……?
などとダンは徐々に納得しつつあった。それこそ、ノリアの狙った通りに。
そんな彼を見守りながら、エーレンはそのすぐ近くを歩いていた。ノリアからずり落ちそうになった際、すぐに支えられるように。
ノリアたちに先行し、イズマと大地が進んでいた。イズマは超人的な聴覚とともに、音の反響を利用して周囲の状況を把握していた。
「木が飛び出てるから気を付けてくれ。滑らないようにな」
後続組に呼びかけつつ、イズマは通行の妨げとなる枝を手早く払いのけた。
大地はティブロンに乗って飛行しながら、時折降りて木の幹にインクで印をつけていた。これで帰り道、案内がなくとも迷うことはないだろう。依頼人であるダンは……もしかすると、帰りにはすっかり疲れてしまっているかもしれないから。大地は後方のダンを振り返り、その体調を気遣った。
「これか? これは女房が作ったもんでな……」
竜胆は歩きながら、ダンの持ってきた人形について訊ねた。手のひらほどの、小さな女の子を模した人形。大切な物なのだろう、ノリアの背につかまりながらも、手放さずに持っている。
さらにくわしく竜胆が訊ねようとしたとき、彼の身体を白くて小さなものが2つ、それぞれ左右の肩までよじのぼった。2匹のカラクサフロシキウサギである。
「くもり殿、うみ殿」
竜胆が呼ぶと、2匹はフロシキを振って花を撒き始めた。飛んだ花がダンの頬に当たってはね返り、老人の顔に思わず笑みが浮かんだ。
「うみちゃ――わわっ」
竜胆のすぐ後ろ、うみちゃんに追いつこうとしたピリアは木の根につまずき、バランスを崩した。そのまま勢いよく背中にぶつかってきた彼女を、しかし竜胆は難なく支えた。
「ありがとうなの!」
笑顔で礼を言うピリア。ダンは歩き慣れない様子の彼女に「大丈夫かね」と声をかけた。
「たいへんなときは、まわりのひとにたすけてーってするから、だいじょうぶなの!」
みんなに助けてもらうのだというピリアに、ダンは「えらいえらい」と目を細めて微笑んだ。うみちゃんはピリアのもとへ駆け戻り、くもりちゃんは竜胆の頭の上で伸びをしていた。
ジョシュアはノリアのすぐ前を行きながら、少しでも歩きやすい道を選んで踏みしめていた。安全を確認するために周囲を見れば、低い木の枝に、小さな黄色い花がいくつも咲いていた。
「ああ、ウツギが咲いているね」
思わずといった様子で声を発したダンを、ジョシュアは振り返る。ダンの表情は、出発前と比べてずいぶんとやわらかい。
「前に奥様と行った時も、今ぐらいの時期だったのですか?」
訊ねたジョシュアに、ダンはしばし考え込む。
「そのはずなんだが……あのときはこうして、のんきに景色など見ていられなかったからなぁ」
奥さんと2人、大変な道行きだったのかもしれない。ジョシュアは彼が景色を楽しめるように、道中の花や鳥について、たくさん話をしようと思った。
フォルトゥナリアは、たくさんの赤い実を集めていた。熟し始めたグミの実。潰してしまわないように、そっともいで、服の裾に取っていく。
「あまくておいしいの!」
そして休憩時、フォルトゥナリアは取った実を皆に分けた。ピリアが嬉しいそうに頬張り、その様子に場が和んだ。フォルトゥナリアは、ダンにもひとつ手渡した。
「懐かしいなぁ。アミラは毎年これでジャムを作っていたよ」
フォルトゥナリアに、ダンは笑いかける。フォルトゥナリアは相づちを打って、さらに話を引き出した。
(たくさん取れたら、鍋で煮詰めてみようか……)
そんなやり取りを見ながら、エーレンは考えていた。皆の荷物を背負ったメカロバと木馬が、後方からついてきていた。
そしてレインは皆の周りをふわふわと歩きながら、時折カメラを構えていた。こっそり、というにはうろうろして目立っていたが、しばらくすると皆レインの調子に慣れたようだ。結果的に、こっそり撮影することにも成功していた。
(皆の思い出…たくさん残したら…きっと…楽しい…)
*
木々の間を縫い、一行の横合いから襲いかかろうとしたヘビに、イズマが真っ先に気がついた。大地とともに後退し、ノリアたちを背に庇う。
「俺達が追い払うから大丈夫だ!」
そして彼女らを避難させると、威勢良く名乗りを上げた。ヘビが身を躍らせてイズマに斬りかかる。
大地はティブロンから降り、周囲に保護結界を展開。そして殺傷の霧を敵に向ける。霧を浴びたヘビは空中で向きを変え、枝の上へと飛び退いていった。
新たなヘビが、別方向から飛んでくる。前に出、身構えた竜胆の身体が硬直する。その肩口をヘビが斬りつける。
「いたいのいたいの、とんでけ~、なの!」
しかしその傷はピリアによってすぐに癒され、身体は自由を取り戻した。そして追撃をしかけてきたヘビを、竜胆は一閃する。紫電がほとばしり、ヘビは痙攣しながら地に落ちた。
フォルトゥナリアはノリアとダンの盾となっていた。自己犠牲を厭わぬ、決死の盾。さらに絶対的な守護を宣言する。怒れるヘビがフォルトゥナリアを斬りつけ、その腕に牙を立てる。毒が効かなくとも、痛みはあるはず。しかしフォルトゥナリアは少しも表情を崩さなかった。やがて地上に降りてきた壱和が、その傷を癒した。
そしてヘビがフォルトゥナリアの腕から離れた瞬間。エーレンの狙い澄ました居合い切りが、雷を伴って燦めいた。
ダンを背負いつつ、ノリアは安全な場所へと後退していた。ノリア自身はヘビなどにやられはしないが、ダンのことは守り通さなければならない。幸いというべきか、ダンは何が起こっているのか理解が追いついていないようだ。ノリアは集中し、海の力を身に纏う。
ジョシュアの聖弓から、ワイズシュートが放たれる。ノリアとダンへ近づこうとしていたヘビが、動きを止める。次いでレインの呼んだ小さな星が、虹色の軌跡を描いてヘビを叩きつけた。
そしてジョシュアの放った魔弾を受け、ヘビは吹き飛んでいった。
襲いかかってきたヘビを、壱和のたまが迎え撃つ。白いねこ。猫のような鳴き声が、ヘビを脅かす。
悶えるヘビをイズマの極擊が捉え、彼方へと消し飛ばした。
「……こういうのは若者の仕事だからな。頼ってもらえると嬉しいよ」
そして大したことでもなかったかのように、振り返るイズマ。大地は皆の状態を確認し、傷の治療を行った。
「君らはいつも、こんな目に遭っているのかね……?」
そしてノリアの背で、どうやら戦闘が起きたらしいことを理解したダンは、心配そうにイレギュラーズたちを見回した。
●天弓魚と老人
川の音を聞きながら行き、そして唐突に視界が開けた。すぐそばで滝が、大きな音を立てて流れている。目的地である。
ノリアはダンを慎重に降ろすと、その滝の、最も上のあたりを見上げた。白い飛沫に紛れて、無数の銀の魚が、キラキラと日の光に輝いていた。ノリアはさっそく、空中を泳いで天弓魚たちのもとへと向かった。長い尾びれを震わせて、魚たちに挨拶をする。
天弓魚たちはノリアの登場に驚いてさっと滝の裏へ隠れたが、挨拶を受けて少しずつ顔を出し、彼女を取り巻いた。美しく透き通った尾びれを、口先でちょんとつついたりしながら。
ジョシュアは地上から、硝子玉に光を反射させていた。ノリアとともに、天弓魚たちが下りてくる。
1匹の天弓魚がジョシュアの周りを確かめるように泳ぎ、これは何? とでも言いたげに硝子玉をつついた。転がされ、輝きを変える硝子玉。天弓魚は虹を幾筋もかけながら、硝子玉を転がしていった。
近くではフォルトゥナリアが後光を発し、こちらも天弓魚を集めていた。
「ん…」
「これで光っている、だろうか……?」
レインの髪がキラキラピカピカと派手派手に、そして竜胆の角がチカチカと若干ぎこちなく、光り始めた。
「だいじょうぶ、ちゃんとひかってるの~」
竜胆本人からは、角の光り具合はなかなか確認しづらい。そのうえ、自分の意思ではうまくコントロールできないのである。自然、首を傾げてやや上方を見上げる様子となる。しかしピリアが鏡を使ってその光を反射させているのだから、それなりには光っているようだ。
鏡に惹かれて集まってきた天弓魚たちが角をつついているらしく、ちょっとこそばゆい。
「僕も…一応魚だから…仲間だよ…」
一方パーティー会場のごとく光るレインの髪にはよりたくさんの魚たちが集まり、ぐるぐると踊るように取り巻いていた。
(大変…このままだと…写真…撮れない…)
虹と魚に視界をふさがれて、レインはぼんやりした。
大地が瓶の蓋を取ると、大きな音と虹のような光が飛び出した。天弓魚たちは音でまず逃げ、そして光に向かって再度群がってきた。
まるで虹色の光に対抗するように、次々に虹をかける魚たち。怒っているわけではなさそうだが、大変な興奮ぶりである。
と、1匹の魚が群れを離れ、大地に近づいてきた。右の手首あたりを、ちょいちょいとつついて。
そっと隠すように袖を下ろした大地を、天弓魚は見つめていた。
壱和はKURNUGIA-P508を構えながら、下りてきた天弓魚に呼びかけた。おや? といった様子で向きを変え、近づいてくる魚。壱和の周囲をくるくると泳ぎ回り、表情の読み取れない目でじっと見つめてくる。その雰囲気が、少しだけねこに似ている。
レンズを皆のほうに向け、壱和は仲間たちと天弓魚の姿を撮影した。
一方滝から少し離れた場所で、エーレンは軽い食事の支度をしていた。フォルトゥナリアが集めたグミの実も小鍋で煮詰めて、サンドイッチの具にするつもりであった。甘酸っぱい匂いにつられたのか、1匹の天弓魚がエーレンの頭上をひらりと泳いでいた。
(さて……)
調理器具を取り出すために、木馬に積んだ荷物を開けたところ。エーレンは見つけてしまった。ダンが用意してきたらしいたくさんの、そして様々な菓子を。
ここまでの道中、ダンは休憩時もこれを取り出さなかった。ということはここで、皆と食べるつもりなのだろう。しかし――
(どうしたものか)
滝のそばで天弓魚を眺めているダンの姿を見つめ、エーレンは考え込んだ。果たして水を向けずとも、あの老人は菓子を取り出すことができるのだろうか。
お茶の準備や調理に加わるため、やってきた壱和とジョシュア、竜胆に。エーレンは声を潜めて相談した。
*
そして軽食を取っての小休止を、皆に呼びかけたエーレンたち。
「……。あ、お茶を用意してきたのですが、お茶請けを忘れてしまいました……」
分かりやすくしょんぼりと肩を落としながら、ジョシュアが言う。微妙に間が空いてしまったけれど。
「……はっ! そういえば私も、最高の茶を用意しようと、あれだ、意気込むばかりに……不覚……?」
竜胆もジョシュアと同様、肩を落とす。ちょっとセリフを噛みそうになったせいで、語尾が上がってしまったけれど。
とにかく2人とも、せっかくおいしいお茶を用意してきたというのに。
「オレはクッキーを持ってきたが、この人数だと如何せん数が足らねぇナ。他に誰か持ってねぇカ?」
そして作りたてのサンドイッチを皿に取り分けながら、壱和は言った。「誰か」と言いつつ明らかにダンを見つめて。
「……」
「………」
「…………」
しばしの沈黙の後、ダンは声を上げて笑い始めた。
「あぁ、うん。菓子なら俺が持ってきた。どうか、皆で食べてくれ」
イレギュラーズたちの意図を汲み取って、ダンはおかしそうに笑った。
レインが持参したレジャーシートを広げ、皆で腰を下ろす。髪のピカピカを止めても、滝から離れても、レインの周りにはたくさんの天弓魚が泳ぎ続けていた。そのため食事をしながらも、皆は魚たちを間近で見ることができた。そして一緒に泳ぎ回ってすっかり仲間と認められたのか、ノリアもたくさんの天弓魚を引き連れていた。
イズマとエーレンは、ダンのために折りたたみ式の椅子も用意してきていた。ダンが気兼ねなく座れるよう、他のメンバーの分も。膝の悪いダンは、椅子に座ることを選んだ。
そうして皆が座ると、ジョシュアと竜胆がお茶を淹れ、皆に振る舞う。フォルトゥナリアの調香した花のような香りが辺りに漂い、皆の心を和ませた。
「おさかなさん、とってもすてきなの~!」
「こらこら。こぼしてもいいように、ちゃんと膝にこれを……」
楽しそうに天弓魚を見上げながら、ピリアはダンからもらった菓子を頬張る。ダンは幼げなピリアに対して、何かと世話を焼きたいようだ。ハンカチを彼女の膝に広げる。
「ダンさん、昔も天弓魚を見に行ったことがあるって言いましたっけ」
大地は菓子を手に取りながら、ダンに話しかけた。そのときはダンとアミラ、どちらから見に行こうと言い出したのだろうと、大地は重ねて問う。
「うん、アミラがな、滝を見たことがないと言うから。一番いい滝を、見せてやりたかったんだ」
おかげで2人して大変な登山となったけれど。とダンは人形の頭を優しくなでながら微笑んだ。
「その人形……アミラさんってどんな人だったんだ? どんな思い出があるのか、よければ聞きたいな」
イズマはその人形と、それを大切そうに扱うダンの手つきを見ながら訊ねた。
「……アミラはな、ラサから遥々嫁いできた女でな。気が強くて、病気ひとつしない、俺よりずっと丈夫な女だったんだ」
「素敵な奥方だったのだろうな」
微笑んだエーレンに、ダンはウンウンと唸るように頷いた。皺だらけの目尻に、涙が浮かぶ。
涙には気づかぬ振りをして、頭上の天弓魚を見上げながら。皆は老人の思い出話を聞いた。
やがてピリアが歌い出し、ダンの思い出の風景を浮かび上がらせた。優しく暖かな歌声とともに、様々な景色が漂う。その泡と光の中を、天弓魚が泳いでいた。
(……だとヨ、奥サマ。アンタの旦那サンの背、ちょこっと押してやってくれないカ?)
赤羽がアミラに呼びかけると、どこか日だまりのような気配が立ち上った。そして壱和の録画している映像と、フォルトゥナリアとレインが撮影している写真に。その場にはなかったはずの、小さな光る花が写り込んだ。
(……これで最後と言わず、また私達を頼ってほしいものだ。もう皆、友人なのだから)
イズマとともに、後片づけをしながら。竜胆はそう願っていた。
●その後の、朝
後日のこと。ダンはこの日もまた、一人きりの朝を迎えた。いつものように身体のあちこちが痛み、視界は相変わらずの砂嵐。
「――おはよう、アミラ」
けれど日差しに向かって呼びかける声には、満ち足りた穏やかさが確かにあった。
まぶたを閉じれば、あの日家に着いてから改めて見せてもらったあの映像が、はっきりと浮かぶ。そして壁に飾られたたくさんの写真が、朝の光の中で輝いているようだった。
老人の新しい一日が、始まる。
成否
成功
MVP
なし
状態異常
なし
あとがき
ご参加ありがとうごさいます。
皆様の心温まるプレイングに、ほっこりしました。ダンも明日への希望を、きっと取り戻したことでしょう。
ありがとうごさいました。お疲れ様でした。
GMコメント
こんにちは、キャッサバです。
牛飼いをやる前は、介護士をしていました。ご利用者が行きたいところへ行ったりやりたいことをやったりする、そのためのサポートをする仕事だったので、とてもやりがいがありました。懐かしいものです。
●目的
ダンを滝まで護衛して、目的の魚を見せてあげましょう。
●天弓魚(てんきゅうぎょ)
体長10センチほどの銀色の魚。尾ひれがグッピーのオスくらい長い。何らかの力で宙に浮き、滝の周りを大きな群れで泳いでいます。
キラキラした光を好む習性があり、鏡などで光を反射させるとそこに近づき、身体の上あたりに小さな虹を出します。虹は30秒ほどで消えますが、次々出すことができます。
魚類なので感覚に違いはありますが、犬程度の知性があります。
●ヘビの魔物
5体ほど出現。長さは1メートルほどで、牙には毒、目には石化効果があります。かなり俊敏に動き、木から木へ飛び移ることも可能。すれ違いざまに、長い身体をサーベルのようにして切りつけてきます。
●滝までの道のり
森~山中を移動することとなります。木々は深く、根もはっているため健康な人でも歩きづらいです。勾配が出てくるとさらに大変です。
滝の場所はダンが知っています。
●ダン
依頼人。ネガティブかつ人付き合いが苦手な人ですが、若者にはとても気を遣う……というか、気後れする性質です。
亡くなっ妻「アミラ」の遺品である人形と、滝についたらイレギュラーズたちとピクニックでもできたらいいな~、と思ってこっそりお菓子など持参しています。しかしお菓子は気づいてあげないと、照れてしまって出せない可能性もあります。
●情報精度
このシナリオの情報精度はBです。
依頼人の言葉や情報に嘘はありませんが、不明点もあります。
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