PandoraPartyProject

シナリオ詳細

監獄クライシス。或いは、極楽院 ことほぎの冤罪…。

完了

参加者 : 6 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

オープニング

●地下刑務所、グハーン
 鉄帝。
 とある渓谷の底の底。
 地下深い、光の差さない静かで、冷たく、湿った場所が今回の舞台だ。

「おい、ふざけんなよ! アンタ、顔覚えたからな!」
 牢獄の檻に顔を押し付け、叫ぶ女がそこにいた。
 彼女の名は極楽院 ことほぎ (p3p002087)。
 イレギュラーズの中でも、一等に牢獄の似合う女だ。
 地下刑務所、グハーン。その最下層、地底50メートルの場所にある、重罪人や危険人物を拘束しておくための牢屋にことほぎは放り込まれていた。
 円形の闘技場じみた空間だ。
 武舞台を囲むように、20を超える牢屋がずらりと並んでいる。もっとも、現在、人が収監されているのはその半分にも満たないが。
 武舞台に立つのは3人の男女。
 そのうち1人、蝙蝠のように黒い衣服を纏う看守が、ことほぎの方へ視線を向けた。
「顔を覚えたからなんだ? 牢の中から何か出来るのか?」
「あぁ? 上等だ! こっち来いよ! なんかしてやらぁ!」
 唾を飛ばしてことほぎが叫ぶ。
 蝙蝠風の男は呆れたように肩を竦めて、こう言った。
「そう騒ぐな。さもなきゃすぐにくたばるぞ。何しろお前は、これから長く辛い日々を過ごすことになる。食事も水も碌に与えられないまま、暗闇の中で過ごすんだ」
 そうして、ことほぎがすっかり疲弊したところで、尋問……或いは、拷問にかけられ事情聴取に移る、というのが地下刑務所、グハーンのやり方だ。
「……いい度胸だ。月夜ばかりと思うなよ?」
「いらない心配だ。月夜かどうかなんて、お前にはもう知る術はない」
 淡々とそう言い残し、蝙蝠風の男はその場を後にした。
 上の階にある看守控室へ戻って行ったのである。

 それから暫く、ことほぎの前には2人の男女が立っていた。
 1人は細い眼鏡をかけた、金色髪の女性である。彼女はことほぎのプロフィールを片手に問うた。
「随分と悪事を働いてきたようね。いつから? 悪事を働いた後、胸が痛んだり、鬱っぽくなることはある? それとも、気分が高揚したりは?」
「……」
 ことほぎは答えない。
 精神科医だという彼女の冷たい目が……ことほぎを“可哀そうな女性”のように扱うその目が、ひどく気に食わなかったからだ。
「ねぇ、話してちょうだい。あなたの救いになりたいの。あなたが更生する手伝いをしたいのよ」
「……アンタ、たしかクイーンって呼ばれてたな? ここから出たら、真っ先にアンタのところに挨拶しに行くことにするよ」
 睨みつけるようにしながら、ことほぎは言った。
 クイーンは手元の紙に何かを書き込むと、何も言わずにその場を立ち去って行った。

 そして、最後に残されたのはスーツを纏った男性だ。
 顔の右半分にはひどい火傷の痕がある。彼は片手でコインを弾いて、ことほぎへと質問を投げかけた。
「君の事情は聞いているよ。ガールンの街で、無差別爆破殺人事件を起こした罪で収監された……だが、君は容疑を否定しているらしいね。君に恨みを持つマフィアか何かに罪をなすり付けられたとか?」
「分かってるなら話は早いね。それで? 何だってオレはここから出してもらえねぇんだよ」
「マフィアがやったという証拠がないからだ。そして、爆破事件の現場で君を見たという証言は多数……疑われない理由は無いだろう? 他にも余罪は多いしな。たしか……アンヘルで起きた事件にも関与しているとか?」
「ちっ……」
 きっと誰かが、マフィアの一員であろう何者かがことほぎに変装して罪を犯したのだ。
 だが、そう主張したところで意味は無い。彼……名も知らぬ弁護士は、端からことほぎを犯人だと決めつけている様子であるからだ。
 ダブルフェイスと、内心でことほぎがそう呼ぶ彼は「ことほぎに罪をなすりつけたマフィア組織の一員か協力者」だろうと、ことほぎはそう予想を付けている。彼が面会に訪れる度に、ことほぎの罪状は積み上がり、こんな地の底にまで落とされたのだから。

●深夜0時の悪だくみ
「さて、このままこんな地の底でのんびりしてても仕方ねぇ」
 部屋の隅に転がっていた釘を手にしたことほぎは、それで壁を引っ掻いた。
 カリ、と僅かに岩の壁に傷が走った。
 それだけだ。
 釘だけで、壁に穴を開けるのは難しいかも知れない。
「オレの巻き添えで何人か捕まってんだろ?」
 暗闇の中に言葉を投げる。
 蝋燭の薄明りしかない暗い空間だ。牢が離れているのもあって、他の収監者たちの顔は窺えない。だが、地下牢獄へ移送される際、ことほぎは見知った顔を幾つか見かけた。
「ダブル・フェイスの奴が、オレの仲間も捕まえてるって言ってたからな。オレが罪を認めたら、仲間は減刑してやるって話だったが……あいつは性悪だ。きっとそう上手くことは運ばねぇ」
 そう言ってことほぎは、視線を牢獄中央の武舞台へ向けた。武舞台の中心部には階段と、鉄の箱がある。箱の中には、没収されたことほぎたち収監者の装備が納められているはずだ。
「武舞台を見たか?」
 返事は無い。
 だが、他の牢に囚われているだろう誰かに向かって、ことほぎは言葉を投げかける。
「血の痕があった。罪人同士を戦わせるなり、蝙蝠男が罪人をいびるなりした痕跡だ。【滂沱】や抵抗できないように【呪縛】と【重圧】あたりか」
 蝙蝠男とは、ことほぎも1度、交戦している。不意打ちを受けて、昏倒したところを捕縛されて、地下刑務所にぶち込まれたのだ。武器などを使っている風ではなかったが、近接格闘の実力は高い風だったのを覚えている。
「最後にクイーンって名乗った精神科医だな。あいつは善人だ。オレには分かる」
 善人だ、と評する割にことほぎの口調には嘲りの色が含まれていた。
「反吐が出るほどの善人さ。この世に根っからの悪党なんていねぇと信じ切ってるような、頭の中にキャンディが詰まってる類の甘ちゃんだ」
 クイーンはきっと、これまで1度も悪人に怒りや恨みを向けることは無かったのだろう。
 悪人たちを「運悪く、悪事に手を染めただけの可哀そうな者たちだ」と、そんな風に思っているのだろう。
 なるほど、たしかに彼女は善人だ。
 だが、彼女の善性は「自分が上に立っていること」を前提とした善性だ。
 自分が上で、悪党たちには慈悲を与えてやる立場だと、そんな風に思っているからこそ発揮される善性なのだ。
「このまま地下で飢え渇くのは御免だね。娑婆に出て酒と煙草を楽しみてぇんだ。なぁ……誰が収監されているかは知らねぇが、オレに賭ける奴はいねぇか? さっさとここからおさらばしようぜ?」

GMコメント

●ミッション
地下刑務所、グハーンから脱獄する

●ターゲット
・蝙蝠のような看守
黒衣の看守。地下刑務所、グハーン最下層の番人。
冷静、冷酷。悪党に対して残虐性を発揮する類の人物。
普段は最下層の1階上、看守控室に詰めているが、数時間置きに監獄の巡回を行う。
性質はどうあれ、職務には忠実なようだ。
牢屋の鍵や、地上へ脱出するための鍵は彼が所持している。
近接格闘に優れているらしく、【滂沱】【呪縛】【重圧】を伴う攻撃を行う。

・クイーン
地下刑務所、グハーンに所属する精神科医。
眼鏡をかけた細身の女性で、特別な戦闘能力は持たない。
ことほぎは彼女のことを「反吐が出るほどの善人」と称した。
彼女は罪人たちを無意識に“下”に見ているようだ。
自分は慈悲を与える側の人間で、罪人たちは可哀そうな人間だと思っている節がある。

・ダブルフェイス
弁護士と名乗った、顔半分に火傷痕の残る男。
おそらくカタギではないだろう、とことほぎは予想している。
彼はことほぎ達収監者の罪を重くするために行動している節がある。
ことほぎに罪をなすりつけた組織の協力者だろう……とのこと。

●フィールド
鉄帝。
とある渓谷の底の底。
地下刑務所、グハーン。
地下50メートルほどの位置にある最下層。
円形の大部屋で、壁に沿って20ほどの牢屋が並ぶ。
部屋の中央には武舞台。受刑者同士の決闘や、看守による私刑が行われる。
武舞台中央にある鉄の箱には、受刑者たちの装備が保管されている。
最下層以外の様子は不明。階段を使って上へ進むことになる。
なお、最下層にはイレギュラーズのほかにも2、3名の凶悪犯が収監されているようだ。


●情報精度
このシナリオの情報精度はCです。
情報精度は低めで、不測の事態が起きる可能性があります。
 
●注意事項
この依頼は『悪属性依頼』です。
成功した場合、『幻想』における名声がマイナスされます。
又、失敗した場合の名声値の減少は0となります。
また、成功した場合は多少Goldが多く貰えます。

  • 監獄クライシス。或いは、極楽院 ことほぎの冤罪…。完了
  • GM名病み月
  • 種別リクエスト
  • 難易度-
  • 冒険終了日時2023年04月20日 22時05分
  • 参加人数6/6人
  • 相談8日
  • 参加費150RC

参加者 : 6 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

参加者一覧(6人)

ロジャーズ=L=ナイア(p3p000569)
同一奇譚
エクスマリア=カリブルヌス(p3p000787)
愛娘
極楽院 ことほぎ(p3p002087)
悪しき魔女
※参加確定済み※
ピリム・リオト・エーディ(p3p007348)
復讐者
ルブラット・メルクライン(p3p009557)
61分目の針
ユー・コンレイ(p3p010183)
雷龍

リプレイ

●監獄アンハッピーライフ
 土の味なら知っている。
 地面を舐めるのも、別に今が初めてではない。
「っ……オレが何やったんてんだどー考えても冤罪だろッ!!!」
 石畳の上に倒れ込み『悪しき魔女』極楽院 ことほぎ(p3p002087)が悪態を吐く。手錠をかけられ、脚に重りを繋がれて、抵抗できないことほぎを蝙蝠男が殴り倒した結果である。
「冤罪であるはずはない。長く看守をやっているが、お前は明らかに“黒”だ」
 頬には痣。切れた唇から血を流しながら、ことほぎは蝙蝠男を睨む。
 微塵も表情を変えないまま、蝙蝠男はことほぎの手を踏みにじる。爪が剥がれ、骨が軋んだ。小指あたりの骨には罅が入っただろうか。
「ぅぁ……っ! ぜってーココを抜け出して復讐してやっからな覚えとけよ!!!」
「口の減らない奴だな」
 牢に入って4日が過ぎた。
 連日の取り調べ……という名の暴行を受けてなお、ことほぎの口は減らない。悪態を吐くのを止めたら死ぬのかもしれない。

 地下牢獄の中でも、ひと際暗い隅の牢屋にそれはいた。
 牢獄の闇よりなお深い闇。衣服も、身体も、顔さえ黒い怪物だ。かと思えば、闇の中に赤い三日月……にんまりと笑う口腔が浮かんでいる。
「続きは明日だ」
 そんな声と共に、隣の牢屋が閉じられる。
 本日分の取り調べを終えたことほぎが、牢に戻されたようだ。
「愉快な戯言ではないか。何処が『悪』で何処が『罪』なのか。奴等の脳味噌は粘土ですら無い。真逆、伽藍堂なのではないか?」
 怪物……『嗤う大壁』ロジャーズ=L=ナイア(p3p000569)が声を上げる。
 4日間、沈黙を貫いていたロジャーズの声を耳にして、看守の男は足を止めた。
「貴様――此処の生活は最高だな。仕事をせずゆるりと休める。闘舞に関しても、成程、痛みを与える事で罪人を正気にしているのだな。実にお優しい事だ」
 牢を覗き込む蝙蝠男へ向けロジャーズは語る。
 嗤うように、語る。
「しかし、問題がひとつ。狭いのだ。少し広く造れなかったのか。旅人には様々な背丈が有ると――おや?」
 ロジャーズの言葉が終わる前に、蝙蝠男は何も告げずに立ち去って行った。
 関わりたくない、とそう言うように。
 看守の腰から鍵を奪ってやろうと思っていたのだが、それを成すにはどうにも距離が遠すぎる。遠ざかっていく看守の背中を見送って、ロジャーズは肩を竦めて見せた。

 看守と入れ替わるように、地下牢獄へ白衣の女性が降りて来た。
 クイーンと呼ばれる精神科医だ。
 彼女は囚人たちの視線から逃れるように“友達”の待つ牢へと向かう。
『お姉さん、お願い。マリア良い子になるから、お友達になってくれる?』
 2日ほど前のことだ。
 大きな瞳に涙をためた『愛された娘』エクスマリア=カリブルヌス(p3p000787)にそう言われた。元より、エクスマリアが悪人だとは思えなかった。
 きっと、ことほぎに利用されて、無実の罪で地下牢獄へ送られたのだ。
「こんないたいけな子供を捕えるなんて……こんなの間違っているわ」
 白衣の内に隠し持ったパンと牛乳をエクスマリアへ届けるために。クイーンは急いで、エクスマリアの待つ牢獄へと向かって行った。

 パンを頬張り、エクスマリアは蜘蛛の巣の張った天井を見上げた。
「誘拐されたことは多々あるが、まさか投獄される、とは。マリアに罪、など…………ないこともない、が」
 見た目は幼い子供であるが、彼女とてイレギュラーズの一員である。
 過去に何度も、悪名が付く類の依頼を受けている。
 もっとも、隣の牢にいる『夜闇を奔る白』ピリム・リオト・エーディ(p3p007348)ほどではないし、彼女ほどに根っからの悪党と言うわけでもないが。
 なお、当のピリムは今もブツブツと何事かを呟いている。
 牢屋の壁に耳を押し当てて見れば、ピリムの独り言が聴こえた。
「フフ、ちょっと始末して脚頂いてただけなのに何故こーなっちまったんですかねー」
 遺体の脚を奪ったからだ。
 死体損壊・遺棄罪。
「ことほぎたそは普段から悪いことしてるので納得出来るんですが、私は無罪ですよー」
 無罪ではない。
「とりあえず得物が無いのがめんどーですねー、脚斬れねーじゃねーですかー」
「……このまま繋いでいても、いいのではない、か?」
 なんて。
 言わずにいられない程度には、ピリムは危険人物である。
 思わず脚を胸に抱えて、エクスマリアはそう言った。

 クイーンは精神科医だ。
 囚人たちのメンタルケアや、更生、道徳心の矯正などが主な仕事だ。
 今日の患者は、牢屋の奥の光が届かぬ場所に座った1人の罪人……『61分目の針』ルブラット・メルクライン(p3p009557)である。
 彼は非常に協力的だ。クイーンの目的を正しく理解し、質問には適切に答えてくれる。
 顔を見るなり悪態を吐くことほぎとは違う。にやにやとした笑みを浮かべて、脚ばかり見て来るピリムとも違う。
 今だって、ルブラットは穏やかな声でクイーンに内心を語ってくれている。
「鉄帝にも未だ暴力的な監獄が残されているとはね。君のような話が分かる人間が居て良かったよ」
「そうね……ここの看守さんたちは、少し暴力的だから」
「あぁ、だろうね。こんな暴力で罪人を抑えつける場、何の意味もない」
 ルブラットの言葉は、日ごろからクイーンが感じていたことである。
 暴力的、反社会的、刹那的……そんな囚人たちの方にも原因はある。だが、それにしたってやり過ぎた。
「囚人の皆さんにも事情があるのでしょうね。でも、彼らだって望んで悪人になったわけではないんです。きっと、運が悪かっただけ……愛を知らずに育っただけなんです」
「そう、貴方の言う通り、哀れな罪人達には慈悲と知恵による『救済』をくれてやらねばなるまい!」
「ルブラットさんは囚人らしくないですね……ですが、無差別爆破殺人事件の重要参考人であるとか、マフィア組織と繋がりがあるとか」
 手元の資料に目をやって、クイーンはそう問いかけた。
 闇の中で、ルブラットが首を横に振る気配がする。
「私? 私は……マフィアの一員などではないよ。信じてもらえないかな」
「…………」
 即答は出来ない。
 それでいい、とルブラットは笑った。
「……いずれにせよ、私は君の味方だよ、クイーン君?」
 そんなルブラットの声が、いつまでの記憶に残り続けた。

 草木も眠る丑三つ時……と、言っても地下監獄では昼夜の別さえ判然としない。
 だが、看守もクイーンも、ダブルフェイスという悪徳弁護士も、誰も様子を見に来ないのだから、今はきっと夜なのだろう。
 日中に比べ、夜間の巡回は間隔が長いのだ。
「俺ぁ“鉄帝じゃ”なーんも悪さしてねえんだがな」
 暗い牢獄の中で『雷龍』ユー・コンレイ(p3p010183)はどら焼きを食べている。
「サヨナキドリのボスにバレたら……バレてそうな気はするがいつまでも油売ってたら怒られちまう」
 どら焼きは食べ終えた。
 隠し持っていた食糧は、これで全部だ。
「さっさとこんな所おさらばしねぇとな」
 なんて。
 口の汚れを指で拭うと、コンレイは虚空へ何事かを語りかけた。
 それから、しばらく……。
 地下の深くにあるはずの、監獄内に冷たい風が吹き抜ける。

●プランD(脱獄)
 エクスマリアが精霊を操作し吹かせた風は、作戦開始の合図であった。
 通称、プランD(脱獄)。
 命名者はことほぎである。
「まぁ、この程度の鍵じゃぁなぁ」
 牢から出るなり、コンレイはぐぐっと背筋を伸ばした。背骨がバキバキと音を立てる。4日間も牢に囚われていたのだから、骨も筋肉もこわばっていた。
「おーい! 人が来ちまう! 鍵なんて開けらんねーんだ。こっちも開けてくれ!」
「っと、わりぃ。すぐ行くから待っててくれ」
 ことほぎに呼ばれたコンレイが、武舞台を迂回し奥の牢獄へと急ぐ。
「よぉ、そこのアンタ! 俺も出してくれ!」
「俺もだ! 娑婆の空気が吸いてぇ!」
「脱獄だろ! 役に立つぜ!」
 牢の中から声が飛んだ。
 イレギュラーズ以外の囚人たちである。
「あー……どうすっかな?」
「ついでだ。他の罪人も放ってやれ」
「っ……!?」
 いつの間にか、ロジャーズがそこに立っていた。
 牢の柵を擦り抜けて、脱獄を成功させたのである。

 イレギュラーズを含めて都合10人。
 それだけの人数が脱獄したなら、当然、上の階に控えている看守は気づく。
「ぬあーこの脚の感じ、降りてきますねー。それじゃあ皆さんご一緒に得物の奪取に向かいますよー」
 脱獄させた囚人たちの脚を叩いて走らせる。
 長い収監生活の中ですっかり細くなった脚だが、彼らも生きるために必死に走った。
「あとは邪魔者を蹴散らし帰るだけ、だ」
「そんじゃ、娑婆の空気を味わいに行こうぜ!」
 イレギュラーズも例外じゃない。
 エクスマリアとことほぎも、ピリムに続いて駆け出した。
 だが、看守が降りて来る方が速い。
 階段から降りて来るなり、彼は脱獄犯たちの目的が中央にある武器保管箱であることを理解した。囚人自身の武器を使って、囚人を痛めつけてやるために、武器はそこに置いているのだ。
「ふざけるな! グハーンからの脱獄なんて許した日には世間の皆さん方が怯えてしまうだろうが!」
 蝙蝠男は暴力的な気質である。だが、看守らしい正義感は持ち合わせていた。
 走りながら、拳にサックを嵌めた彼は最後尾を走ることほぎへ渾身の殴打を叩き込む。
 けれど、しかし……。
「難攻不落とは笑わせる! 鍵なんぞ無くとも此方から出る事は可能だぞ?」 
 蝙蝠男、渾身の拳が打ったのは闇より黒き巨躯だった。
 衝撃は、ロジャーズの身体に吸い込まれた。
 水か泥でも殴りつけたような奇妙な感覚に、蝙蝠男は目を剥いた。
「っ……! だが、地上まで50メートルだ! 厚い壁や扉もあるぞ!」
 だから諦めて牢へ戻れ。
 蝙蝠男はそう言いたいのだ。
「壁か。壁、壁……ところで貴様、この牢獄と壁、どの程度のダメージで壊せる?」
 蝙蝠男の腕を掴んで、ロジャーズは視線を虚空へ向ける。
 否、虚空の向こう……“画面”のこちら側を見たのだ。
「聞いてどうするって? ――最悪の場合はぶん殴るのだよ」
 虚空へ向け手、そう告げた。
 刹那、ロジャーズの背後から痣だらけの美女が顔を除かせた。獣のように狂暴で、なにより凶悪、そして陰湿極まる凄惨な笑みを浮かべたことほぎである。
「よぉ、好き勝手ボコしてくれたじゃねぇの? ヤニくれよ、ヤニ!」
 ロジャーズに腕を掴まれているせいで、蝙蝠男は逃げられない。
 だから、その顔面にことほぎは拳を叩き込む。
 これまでの借りを返すみたいに、力任せの殴打を見舞ったのである。
「ぐっ……極楽院んんん!!」
 鼻が砕けた。
 顔を赤く染めながら、蝙蝠男が絶叫する。
 ロジャーズの拘束を振り払い、絶叫しながら蝙蝠男は拳を振るった。
 一撃。
 全身全霊を込めた殴打が、ことほぎの腹部を撃ち抜いた。
 だが、そこまでだ。
「あーしー」
 追撃を放つ余裕はない。
 足元を這う白い影が、大太刀を担いだムカデのような細い人影が……ピリムが刀を一閃させたからである。
 斬。
 血飛沫と、鍛え抜かれた男の脚が、石畳の上に転がった。

 降りて来たのは、蝙蝠男だけではなかった。
 上階に控えていた、他の看守たちも次々と地下監獄へ降りて来る。
 降りて来た端から、看守たちは鋼鉄の雨に撃たれて床に転がった。
「マリアの持てる最適解、だ」
 魔法陣を展開しているエクスマリアが、淡々と事実のみを口にする。蝙蝠男は強かったが、他の看守たちはそう腕が立つわけでは無いようだ。
 看守たちは盾を構え、警棒を振り上げ、銃弾をばら撒く。
 鉄の雨は盾を貫く。
 鉄の雨が警棒を砕く。
 鉄の雨は銃を握る手をへし折る。
「誰であろうと逃さず、防げず、潰えることと、なる。腕に覚えはあるようだが、正面からぶつかれば、決して勝てない相手では、無い」
「アンタたちに恨みはねぇが……いや、あるわ恨み。オレ、嫌いなんだよ、看守って」
 さらにそこに、ことほぎまで加われば……増援が全滅するのももはや時間の問題だった。
 なお、蝙蝠男の一撃が効いたのだろう。ことほぎの顔色は悪い。

「次はどっちだ?」
「右だ、右! エクスマリアから、地上までの経路を聞いた! 次の角を右……あ、いや、左か? 右か左だ!」
 ルブラットとコンレイは、最下層から4つ上のフロアにいた。
 道中の牢や扉を解放しながら、脱獄を目指しているのである。
「あ、あの……どうしてこんなことを! 罪が重くなってしまうわ!」
 ルブラットは、道中で捕えたクイーンを引き摺っている。半ば盾にされた状態でさえ、囚人たちの身を案じているクイーンの善性は本物だ。
「私とて自由を得られないと誰も救ってあげられないから。すまないね?」
 淡々と、ルブラットは答えを返した。
 ペストマスクをかぶり直したルブラットの表情は窺えない。
「なに、悪いことしようってんじゃねえ。ただちょっと、出口までデートしてほしいだけだ」
 そう言ってコンレイは、次の扉の鍵を開いた。
 それと同時に、コンレイとルブラットは数歩、後ろへと下がる。
「敵が手荒な真似を避けてくれれば、本当に味方で居続けたいとは思っているが――さて」
「あの弁護士が関係無いって襲い掛かってきてもちゃあんと護ってやるから安心してくれよ、小姐?」
 扉の向こうに立っていたのは、機関銃を手にしたダブルフェイスである。
 火傷を負った顔を醜悪に歪め、彼は迷わず機関銃の引き金を引く。
 鳴り響く銃声。
 漂う硝煙。
 ばら撒かれる鉛玉が、逃げ惑う囚人を、数人まとめて撃ち殺す。
「そんな……なんてことを! 死刑囚じゃないんですよ! 正しい手順を踏んで、正当な裁きを受けたうえで、罪を償う機会を……!」
 目の前で起きた惨劇を、クイーンは黙ってみていることは出来なかった。
「マイペースな小姐だな?」
「……ここまで来ると“本物”と言わざるを得ない」
 クイーンはクイーンで、どこかおかしい。
 マスクの下で溜め息を零し、ルブラットは物陰へ飛び込んだのだった。

●レッツゴ―娑婆
 銃声が途切れることは無い。
 轟音の中、ダブルフェイスは唾を飛ばしながら叫んだ。
「ことほぎの姿が見えないな! 奴はどこだ?」
 彼の狙いはことほぎだ。
 ことほぎに罪を背負わせることが、彼の……或いは、彼が協力する犯罪組織の目的だ。
 であれば。
 ことほぎはここで死ぬのがいい。
 罪を背負って、死ぬのがいい。
 なぜなら、死人に口はないのだから。

「仕掛けるか?」
 と、コンレイは問うた。
「手早くな」
 ナイフを構え、ルブラットは応える。
「否、否、否! その必要はない! 道を開けろ! 深淵より来る私怨と紫煙に塗れた復讐者のお通りだ!」
 壁から這い出るロジャーズが、駆け出そうとした2人を止めた。

 コツン、と壁を叩く音。
 煙管の底で壁を叩いたことほぎが、冷たい視線をダブルフェイスへと向けた。
「バカスカ撃ちやがって。頭ん中に詰まってんのは、キャンディかホイップクリームか?」
 看守の増援を片付けて、ここまで上がって来たのでる。
 ことほぎに続いて、エクスマリアとピリムも姿を現した。
 銃声が止む。
 ダブルフェイスは、焼けただれた顔を引きつったみたいに歪めると、銃口を寿ぎへと向ける。笑っているのだ。
「お姉さんまで巻き込むつもり、か?」
 エクスマリアが問いかける。
「不慮の事故って奴だ。仕方のない犠牲だ」
 ダブルフェイスが引き金を引いた。
 ドラムマガジンから弾薬が次々装填されて、部屋一杯に鉛弾が撒き散らされる。
 鋼鉄の雨だ。
 だが、所詮は素人の銃撃。
 壁や棚を足場に跳んで、エクスマリアとことほぎは左右へと散開。逃げ遅れたピリムは、ロジャーズによって庇われた。
「機関銃が厄介だ、な。マリアの流星で……」
 エクスマリアが腕を前へと突き出した。
 だが、それより速く、ルブラットが動く。
「いや、それには及ばない」
 ロジャーズを盾にルブラットがナイフを投擲。
 弧を描いて飛んだナイフが、銃口に刺さった。
「うぉっ!」
 暴発。
 火傷を負った手を押さえ、ダブルフェイスが膝をつく。
「私のナイフは流星よりも速いんだ」
 追撃は無い。
 ダブルフェイスに、反撃の術は無い。
 そして、ことほぎがダブルフェイスの眼前に至る。
 ダブルフェイスは地面に膝をついている。
 ことほぎはそれを見下ろしている。
 それが2人の今の立場だ。
「あー……こういう時ぁ何て言うんだ?」
「……俺が知るか。言っておくが、俺ぁ何も吐かねぇぞ?」
 歯を食いしばり、痛みを堪え、ダブルフェイスは虚勢を張った。
 だから、ことほぎはその眉間に煙管を向ける。
「そうかい。それじゃぁ……」
 濃紫色の魔弾が1発。
 ダブルフェイスの命を奪う。
「アスタ・ラ・ビスタ、ベイビー」
 
「一度、言わせてみたかったと言っている」
 誰にともなく、ロジャーズは言った。
 それからロジャーズは、怯え、震えるクイーンの身体をロッカーの中に押し込んだ。こうしておけば彼女はきっと助かるだろう。
 最後に、ピリムはクイーンの脚に手を触れる。
 ピリムの手は血で濡れていた。
「な、なに?」
 怯えた様子でクイーンは問う。
「今後の為に……ね」
 にぃ、と笑ってピリムは応えた。
 かくして、罪人たちは無事に娑婆へ解き放たれた。

成否

成功

MVP

ユー・コンレイ(p3p010183)
雷龍

状態異常

極楽院 ことほぎ(p3p002087)[重傷]
悪しき魔女

あとがき

お疲れ様です。
無事に脱獄は成功しました。
おめでとうございます、脱獄犯です。

なお蝙蝠男は重症を負い、ダブルフェイスは死亡しました。
また、クイーンは消息を絶ったそうです。

この度はシナリオのリクエストおよびご参加、ありがとうございます。
縁があれば、また別の依頼でお会いしましょう。

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