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シナリオ詳細

<カマルへの道程>紅桜花クライシス

完了

参加者 : 8 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

オープニング

●血の桜花
 桜が咲いている。
 桜が――砂漠の真ん中で。
 奇妙な光景だった。月下の砂漠。砂だけがあるその砂丘の真ん中に、ぽつんと咲いたのは桜の大樹。
 つら、つら、つら、と流れ落ちる桜の花びら。されどその色は、鮮血の様な深紅の花びら。
「嗚呼、嗚呼」
 その大樹の下で、一人の女が舞う。豊穣風の着物を着た、黒髪の女である。
「嗚呼――悲しやな。王国の外は、こんなにも、さみしいものか――」
 女はその手をしなやかに振るった。ぶわぁ、とその手を包むように、紅の桜花が散った。
 陶器のように白い肌。血のように赤い唇。とげの様に鋭い犬歯。この女が吸血鬼であることをさとるのに、聡明さは必要としないだろう。
 現実離れした容姿と雰囲気。それが人外のものであるという何よりの証拠である。
「ツクヨさま」
 と、それは言った。
 豊穣風の着物をまとってはいたが、その顔はあまりにも醜くにすぎた。
 異常、である。
 およそ生命とは思えぬ表情は、土塊に子供がたわむれに塗り付けた顔のようでもある。
「ツクヨさま、ツクヨさま。お時間にございます」
「然う、か」
 ツクヨ、と呼ばれた女は舞を止めた。それから、その美しい手で、怪物を撫でてやった。
「キンポウゲ」
「はい」
 キンポウゲと呼ばれた怪物は恭しく頭を下げた。キンポウゲは、出来損ないの生命であった。『偽命体(ムーンチャイルド)』と呼ばれる、失敗作の人造生命であった。
 その中でも、いっとう、いっとう、とりわけ醜いのが、キンポウゲであった。元となった生命の面影もなく、記憶も人格もなかった。およそ打ち捨てられるだけのそれを、拾ったのはツクヨという吸血鬼。
「女王はこの地に見事な王国を築き上げました。立派です」
 うっとりするように、女は言った。
「すべては女王にささげるべきもの。されど、『私が王国を築いてはいけないと言明された覚えはありません』」
「はい」
 キンポウゲが恭しくうなづいた。
「女王は月を築きました。私はここに桜を築きます」
 ツクヨがその指先を、がり、とかみちぎった。指先から滴るのは地ではなく、紅の桜の花弁である。その花弁が地に落ちて、部図部図と音を立てて沈んでいった。やがてそこから、すら、すら、すら、と小さな桜の大樹が生えてきて、それは瞬きするくらいの間に全く大きな大樹へと成長していた。
 紅の桜を咲かせる。この場所には、大きな桜の大樹があって、こうしていくつもの大樹もあった。
「ここを王国としましょう。ここを基に、作り上げましょう、キンポウゲ。わたしと、貴女と、捨てられた『偽命体(あなた)』達の王国」
 おう、おう、おう、と、声が響いた。キンポウゲの後ろに、また、たくさんの怪物たちがいた。
 どれも醜かった。どれも醜悪であった。どれも、短命であり、どれも失敗作であった。
 ただ、どうしようもなく、生命としての心を持っていた。
 天命を全うしたいという欲を持っていた。
「私があなた達を導きましょう。ああ、ここに王国を。私たちだけの王国を――」


 カーマルーマを調査中の、ラサの一団が消息を絶ったという知らせを受けたのはつい先日のことである。ローレットへの報告を知り、先行調査に出た情報屋であるレライム・ミライム・スライマル(p3n000069)が見たのは、カーマルーマの砂漠に無数にそびえたつ、紅桜の森林であったという。
「どう考えても異常な話だよね」
 と、レライムが、ローレットイレギュラーズ――あなたたちに言う。そう、どう考えても異常である。砂漠に桜は咲かない――と断言できないのが混沌世界が混沌たるゆえんであるが、少なくとも、レライムが見たような『血のような真っ赤な桜』は、間違いなくこの世のものではない、未知のそれであるという。
「あたしが捜した限り、消息を絶ったラサの調査隊はこの辺りを調査していたみたい。
 ちなみに、遺留品も見つけた。遺留品、って言っちゃったことからわかる様に、死体も」
 そういって、ほとんど無表情でぼんやりとしたレライムが、この時不快気に眉をひそめた。
「血を抜かれてた」
「血を」
 そう、イレギュラーズの一人が尋ねる。
「吸血鬼、か?」
「そう。しかも、こんな芸当ができるのだから、たぶん高位の吸血鬼」
 そう告げる。確かに、なり立ての半端ものでは、こんな芸当はできないだろう。
「あたしが調べた限りだけど、血桜の森林には化け物みたいなのがたくさんいる。たぶん、『偽命体(ムーンチャイルド)』だと思う」
「たしか、月の王国からくる人造生命でしたね」
 仲間の一人が声を上げるのへ、あなたはうなづいた。
「ってことは、吸血鬼が、偽命体を侍らせて、桜の森の国王ごっこか?」
 ふん、と仲間の一人が鼻を鳴らす。
「危険だな――その森林で縮こまってるならいいが、そういうやつは得てして領土を広げたがる」
「そうだね。たぶん、血桜は少しずつ、数を増やしてると思う」
 レライムが、そう報告する。ならば、今のうちに、危険な目は摘んでおかねばなるまい――。
「というわけで、お仕事。
 血桜の森林を突破して、主の吸血鬼を倒す」
 その言葉に、あなたうなづいた。
 かくして、砂漠の桜花のもと、戦いが始まろうとしていた――。

GMコメント

 お世話になっております。洗井落雲です。
 砂漠に血桜は踊り。

●成功条件
 吸血鬼、ツクヨの撃破

●情報精度
 このシナリオの情報精度はCです。
 情報精度は低めで、不測の事態が起きる可能性があります。

●特殊判定『烙印』
 当シナリオでは肉体に影響を及ぼす状態異常『烙印』が付与される場合があります。
 予めご了承の上、参加するようにお願いいたします。

●状況
 カーマルーマの一角に、「桜の森林」が出現しました。ただでさえあり得ないことですが、その桜は『血色の桜』らしく、なおのことありえない事態です。
 ラサの調査団がこの地点を調査したところ、無数の偽命体、そして『吸血鬼』の姿を確認――したのちに全滅した模様です。生存者はいません。残念ながら。これは、その後追加調査を行ったローレットの情報屋が確実に確認しています。
 敵の目的は不明ですが、これ以上、吸血鬼の勢力圏を拡大させるわけにはいきません。まだ領土が小さいうちに、吸血鬼を撃破し、土地の血桜化を止める必要があります。
 作戦決行タイミングは、月下の夜。月明かりが充分にあり、あたりは明るい――ですが、自分たちでも明かりなどを用意しておくといいでしょう。戦場は、血桜の森林になります。特にペナルティはありませんが、見通しは悪い可能性が高く、奇襲させることには注意してください。

●エネミーデータ
 偽命体(ムーンチャイルド) ×???
  月の王国で製造された人造生命体のようです。詳しいことはわかっていませんが、どうも失敗作らしく、そのどれもが短命とのこと。
  特に、今回の『血桜の森林』に配置されている個体は、見た目も醜く、体なども歪に合成された『失敗作中の失敗作』のようです。
  そのため、戦闘能力はあまり高くないようで、特に複雑な性能のスキルなどは使ってこない、シンプルな性能の敵が多いです。
  ただ、リーダー格の『キンポウゲ』という女性(?)は他の偽命体より強力なようで、人間的程度の知能と戦闘能力を保持しています。
  彼らと一気に戦うわけではなく、森林の移動・調査中に、数体のグループと接触して戦うことになりそうです。
  偽命体は、皆『この森林を守る』ために戦っているようです。捨てられた失敗作の彼女たちにとって、ここだけが存在を許された場所なのです。

 吸血鬼、ツクヨ ×1
  豊穣風の着物を着た女性吸血鬼です。おそらく豊穣から流れてきた人物。高貴さを感じさせますが――仮にバックボーンが分かったところで倒す以外の解決方法はありません。
  森の中心の、いっとう大きい桜の下にいます。ので、森の中央を皆さんはめざしましょう。
  吸血鬼の中でも、おそらく高位の存在であり、非常に強力かつ、完成された性能を誇っています。
  物理面はやや不得手とするものの、それを補うほどに神秘攻撃は強力かつ多彩です。
  特にBSは様々なものを付与し、「毒系列」「火炎系列」「出血系列」「痺れ系列」などを多用。「呪殺」なども使用する、BS偏重型のユニットといえるでしょう。
  半面、この手のユニットにしては手数が少ないのがネック。その少ない手数を『偽命体』、特に『キンポウゲ』のサポートで補う形です。なので、うまく切り離してやると楽に倒せるかもしれません。

●味方NPC
 レライム・ミライム・スライマル(p3n000069)
  オールラウンダーな万能型。回復も攻撃もそこそここなせますが、本職である皆さんには及ばない性能です。
  困ったときの盾、戦える薬草、位の立ち位置で利用するといいでしょう。
  特に指示がなければ、頑張って皆さんのサポートをします。

 以上となります。
 それでは、皆様のご参加とプレイングを、お待ちしております。

  • <カマルへの道程>紅桜花クライシス完了
  • GM名洗井落雲
  • 種別通常
  • 難易度HARD
  • 冒険終了日時2023年04月13日 22時05分
  • 参加人数8/8人
  • 相談7日
  • 参加費100RC

参加者 : 8 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

参加者一覧(8人)

キドー・ルンペルシュティルツ(p3p000244)
社長!
ヨハン=レーム(p3p001117)
おチビの理解者
ジルーシャ・グレイ(p3p002246)
ベルディグリの傍ら
ソア(p3p007025)
無尽虎爪
恋屍・愛無(p3p007296)
愛を知らぬ者
マリカ・ハウ(p3p009233)
冥府への導き手
水天宮 妙見子(p3p010644)
ともに最期まで
クウハ(p3p010695)
あいいろのおもい

リプレイ

●紅の、桜
 NOJA NOJA と奇妙な声が響いた。
 ガチャガチャと歩く、奇怪な物体。メカ子ロリババアである。それが、紅の桜並木を、カタカタと進んでいた。
「なんだあれは……」
 と、困惑した様子で偽命体(ムーンチャイルド)の一人が声を上げた。
「ツクヨさまか、キンポウゲに報告するべきでは……?」
「NOJA」
「わっ、鳴いた!」
 わぁわぁとムーンチャイルドたちが慌てるのを見ながら、『社長!』キドー・ルンペルシュティルツ(p3p000244)は嘆息した。
「ある意味クリティカルだ。気は引けてる」
「思ったよりほんわかしてる連中ですね。かわいい奴らか?」
 ふっ、とあきれたように『おチビの理解者』ヨハン=レーム(p3p001117)が笑う。
「しかし、目がちかちかするような赤だ。
 どうせ犠牲者の血を吸ってるんだぜ。間違いない。
 あとで燃やすか」
「まあ。皆も思う所でしたか。どれだけ血を吸ったんでしょうねぇ、なんて」
 『愛し人が為』水天宮 妙見子(p3p010644)が苦笑する。
「洒落にならないんですけどね……犠牲者が出てる意味でも、リアルに血を吸ってる意味でも。
 はぁ~~~、しかも、豊穣の出の吸血鬼っぽいんですよねぇ?
 まさか豊穣で吸血鬼になったとかなんですかねぇ?」
「それはないだろう。豊穣で吸血鬼が出たとしたら、それこそ大騒ぎだ」
 ふむ、と『悪戯幽霊』クウハ(p3p010695)が答えた。
「話の流れから、豊穣から流されてきたのが、ラサで吸血鬼にされた、とみるのが自然だな。
 供のものもいないと考えれば、罪人とかなのかもしれん」
「敵のバックボーンは不明だが」
 『縒り糸』恋屍・愛無(p3p007296)が続ける。
「豊穣の方にまで烙印の感染が広がることはないだろう。まぁ、ここでツクヨとやらを取り逃がし、仮に豊穣の方にまで逃がしてしまえば話は別だが。
 そうならないように、僕たちがいる」
 そういう愛無へ、妙見子はうなづいた。
「ええ、ええ……そうですよね。はい、そうですとも!」
 うん、とうなづき、気合を入れる妙見子。一方で、『トリック・アンド・トリート!』マリカ・ハウ(p3p009233)は、あたりに意識をやりながら、『お友達(霊魂)』たちの動きを観察していた。
「ん、ん~! みんなちゃんと動いてくれてるね! なるほど、ツクヨって人も、だいぶ好き放題したみたい!
 お友達には事欠かないね!」
 にこにこと笑うマリカに、妙見子はひえ、と声を上げる。
「どっちに驚いてるのかな? ま、いいや。
 お友達も、ムーンチャイルドをうまくびっくりさせてるよ。
 なんていうか、ムーンチャイルドっていうのも、「悪戯慣れ」てないね」
「……その辺もあって、『捨てられた』のかな?」
 『無尽虎爪』ソア(p3p007025)が言った。
「それにしても、すっごく嫌な声が聞こえる……この森の雰囲気。
 嫌な感じが、ずーっと続いて、森の真ん中につながってる」
「ということは、ツクヨっていうのは、その森の真ん中にいるのかしら?」
 『月香るウィスタリア』ジルーシャ・グレイ(p3p002246)が言った。
「赤の桜、ね。本当、血を吸ったのじゃなければ、いい場所なのにね。
 それを作った吸血鬼がいる、大きな桜の下、か」
「ま、わかりやすくていいですね。ボスは真ん中ででーんと構えててくれればそれで」
 ヨハンが肩をすくめた。
「実にわかりやすい。
 さて、引き続き、ひっそりと行きましょうか。ムーンチャイルドに絡まれて、あれこれ泣き言を言われるのも好ましくありませんからね」
「ああ、言うだろうなぁ。ああいう手合いはさ。
 スラムのやつらと似たような眼をしてるんだ。世を倦んでる目だぜ」
 キドーが、ふん、と鼻を鳴らした。
「わからんでもねぇけどな」
「あら、わかっちゃいます?」
 ヨハンが言った。
「僕はわかんないですね……わかんないので、僕は傲慢に行かせてもらいますよ」
 そういって、進む先を見つめた。
「なんにしても、燃やして消さないとですね。ここは」
 ヨハンの言う通り――。
 消さなければ、ならない場所なのだ。
「……見た目は、美しいかもしれないのにね」
 ジル-シャが、そういった。簡易に調べたり、精霊に尋ねただけでもわかった。この桜は、異常であった。主たる吸血鬼が潰えれば、きっとすべて消えてしまうだろう。
 すべては幻だったのだ。主たる吸血鬼が築き上げようとした王国のように。砂上の楼閣とでもいおうか。
「でも、散ってしまうのも、花なのだから」
 そう、つぶやいた。

●桜花
 イレギュラーズたちの潜入作戦は的確なものではあったが、それでもどうしても、戦闘というものは生じてしまう。ただ問題は、その先頭自体を最小限、最低限のものにすればよい。
「みつ、けた、ぞ!」
 たどたどしくそう言うのは、口が未発達のムーンチャイルドだ。
「悪いけれどこの土地は返してもらうよ」
 ソアは間髪入れず、そのムーンチャイルドへと襲い掛かった。爪による、シンプルな斬撃。獣の爪は、時に英雄の刃よりも鋭い刃物と化すのは周知の事実だ。その斬撃が、ムーンチャイルドを切り裂いた。ぎゅ、と短い悲鳴を上げて、ムーンチャイルドが倒れる。その体が出来損ないの水晶にブクブクと変化して、あっという間に砕けて消えた。
「侵入者だ!」
 そう、声をあげられるのへ、ヨハンは鼻を鳴らした。
「どっちが、ですかねぇ!」
「向こうにしたら俺達だろうよ!」
 キドーが、あきれた表情でそういう。
「そう言えば、アンタはまだ『殴ってて』いいぜ?」
 小声でそういうキドーに、ヨハンはうなづいた。
「当然――どこで誰が見てるかわかんないですからね。奥の手はちゃんと隠すから奥の手だぞ、ってパパンにも言われてましてね?」
「その分、僕たちが一気に攻める必要があるわけだが――」
 愛無がそういって、手近にいたムーンチャイルドの頭を殴りつける。怪物の異腕はムーンチャイルドの頭をそのまま吹き飛ばした。ばつん、と一瞬にして出来損ないの水晶と化して、ムーンチャイルドが消え去る。
「まぁ、余裕、と言わせてもらおう」
「頼りになるぅ」
 ヨハンが笑った。足を止めずに、一行は迎撃とともに敵陣深くへと進行していく。一度戦闘に陥った場所に、長々ととどまっているわけにはいかない。そうなれば、多少は、潜伏効率が落ちるというものだが、それを嫌ってまごまごしていては、なおのこと、ぬかるに三足をとられるだけだ。
「前方――いるわよ、構えて」
 ジルーシャがそういうのへ、
「任せろ」
 クウハはつぶやき、一足飛びに最前線に飛び出した。そのまま、前方にいた二体のムーンチャイルドを抑えにかかる。
「――」
 何か言葉を上げようとして、クウハはそれをやめた。彼らの瞳が、あまりにも――。
「いや。殺す相手だ」
 そう言い聞かせた。獣のようにとびかかってきたムーンチャイルドを、クウハは大鎌を振るって叩き落とした。地に叩きつけられたムーンチャイルドに、妙見子の鉄扇が叩きつけられた。ばつん、と音を立てて、結晶化したムーンチャイルドが砕け散る。
「マリカ様!」
「お任せ!」
 残るもう一体のムーンチャイルドはマリカが受け持った。毬かが大鎌を振るうと、無数の『お友達』が、そのムーンチャイルドにしがみついた。
「もうさみしくないよ、っと♪」
 ばきゅん、とウインクして見せると、『お友達』は奈落にムーンチャイルドを引きずりこむように、その命を滅した。ばぁん、とムーンチャイルドが水晶に砕けて消える。
「この先、すっごい綺麗な花が咲いていると思うよ?」
 マリカがそういうのへ、イレギュラーズたちはうなづいた。おそらく、移動した距離からも考えて、桜花森林の中央はもう直だった。
「……嫌な臭いも、強くなってるからね」
 ソアが言うのへ、クウハが息を吐いた。
「構えろ。一気に行くぞ」
 その言葉に、仲間たちはうなづく。駆けだした先に、その桜花はあった。
 紅の、桜花。巨大な一樹。
 その桜花の下に、和装の女がいた。
 つややかな黒髪。
 血のような赤い唇。
 見た瞬間に、それは世界の敵であると、吸血鬼であるのだと、イレギュラーズたちは気づいた。
「アンタが、ツクヨ、ね」
 ジルーシャが、そう声を上げた。
 吸血鬼はうなづいた。
「ええ、ええ。その通りです」
 緩やかな所作だった。おそらく、それなりの家柄で所作を学んだことがうかがい知れた。
 だが、その情報は何の役にも立たない。
 これから殺し、消す相手だ。
 何の、意味も、持たない。
「この森は、アンタが作ったのね。とっても綺麗だわ」
 そういって、少しだけジルーシャは微笑んだ。ツクヨが、息を吐いた。
「故郷に似せました」
 そういって、彼女もまた、薄く微笑んだ。
「望郷の念など、捨てたものだと思いましたが。
 いざこの地に、私の国を作ろうとしたときに――浮かんだものは、故郷の桜でした。
 愚かなことにございましょう」
「いいえ、素敵なことよ」
 ジルーシャガ、頭を振った。でも。
「でも――ごめんなさいね。アンタたちが人を殺す以上、そっとしておいてあげることはできないの」
「然うでしょうね」
 ツクヨが、悲しげに笑った。傍に侍っていた、異形の女(キンポウゲ)が、こちらをにらみつけた。
「お、言うぞ、言うぞ。『お前たちに何がわかる』――ってね。
 何か知らんけど別に知ってほしくもないでしょ、遠慮すんなよ。
 キミたちは環境活動家、僕たちはここを破壊しにきた災害、戦うにはそれで充分だろ?」
 ヨハンが軽い口調でそういうのへ、キンポウゲはあっけにとられて――笑った。
 薄気味の悪い、酷い造形の、でも楽しそうな笑みであった。
「そうですね。それでよい。
 というわけで、出て行ってもらいましょう」
「お断りだ」
 ヨハンが笑った。
「では、力づくで――」
 ツクヨが、笑った。
 ざ、と、4体ほどのムーンチャイルドたちが、前線で爪を立てた。
「時間をかけてたら、周りから増援が来てじり貧、ってやつだ」
 キドーが言った。
「一気に仕留めるぞ」
「承知」
 妙見子がうなづく。
「やりましょうか――」
 その言葉と同時に――。
 両者が動く!
「では、舞いましょう」
 ツクヨが真っ先に舞った。ふうわり、と手にした扇が、紅の桜花を紡ぐ。それがぼ、ぼ、ぼ、と燃え盛り、イレギュラーズたちへ向けて一気に解き放たれる! 紅蓮の弾丸!
 豪華の炸裂音とともに着弾! 受け止めたイレギュラーズたちに、強烈な熱と衝撃が走る――!
「ふぅん、結構熱めだね? でも、ジャック・オー・ランタンの明かりには物足りないっ♪」
 熱と痛みにしかし不敵に笑いながら、マリカは挑発する。一方、イレギュラーズ側で正樹に動いたのは、流石のソアである。
「ボクたちの仲間の血を抜いて殺したのはあなたね?
 返してもらうよ、お前も血を流せ!」
 気合の言葉とともに跳躍――同時、仲間たちはそれぞれ、ムーンチャイルドたちとツクヨを引きはがすように動いていた。
「ツクヨそのものの動きは鈍いと見た」
 クウハが叫ぶ。
「それを補うのが、ほかの偽命体どもだ! 引きはがして、連携をとらせるな!」
「任せた前。あのリーダー格は抑える」
 愛無がキンポウゲに向かって駆ける。たんっ、と軽やかに飛び、その怪腕を力強く振るった。まるで暴風そのものの攻撃を、キンポウゲは手にした刀のようなもので受け止めた。きぃん、と、爪と、刃が、交差する音がした。
「いい刃だ。貰い物かね?」
「主より――」
 キンポウゲが、返す刀で愛無へと切りつけた。愛無が、その斬撃を受け止める。達人とは言わないが、人間レベルには動ける剣客。
「これで失敗作とは、製作者はわがままなものだ」
 舌を巻きつつ、後方へ跳躍――その体が、ヨハンの紡ぎあげた術式に包まれる。
「ここまできたら、役割(ロール)を隠している必要もないですからね!」
 ヨハンの歌う聖歌が、輝きを以って仲間たちをいやすが、しかしツクヨはそれをさらに上書きするように、強烈な炎の弾丸を降らせる!
「おっかない女だ」
 愛無が苦笑する。
「あれくらい苛烈じゃないと女王なんて名乗らんでしょ!」
 キドーがケケ、と笑ってみせる。
「いいぜぇ、女王様よ!
 その苛烈な炎があんたの本質だろうが!
 王国? その主を名乗る!?
 なるほど。上に立つものにしちゃやることが半端だ。だから気に食わねェ!」
 キドーがククリを片手にかけた。キンポウゲが、警戒し、刃を構える。早い。なるほど、やはりキンポウゲが、ツクヨの絶対的なサポートなのだ。
「お前はこんなに強いんだぞツクヨ。力を持つ主なら偽生命に身を守らせるようなことをするなよ!
 元凶に反逆せず姑息に抜け道ついた程度で偽生命の為なんて言うんじゃねェ!
 本音を言えよ!」
 飛び上がり、ククリを振り下ろす。キンポウゲが、守るようにそれを受け止めた。
「……月の王女は恐ろしい。如何にツクヨさまと言えど……」
「オメェには聞いてねぇ!」
 がん、きん、と、強烈な剣戟が、キドーとキンポウゲの間で繰り広げられた。
「言ってみな、本音をよ! 持って行ってやるよ!」
「それとも――こんな感じ?」
 マリカが笑う。その隣には、業によって生み出された、刹那の人形の姿があった。ツクヨの似姿があった。
「ここは素敵な王国。一人では何もできない愚かで脆弱な臣民たちが私の自尊心を満たしてくれる。
 人形たちが醜悪であればあるほど私は輝ける。それがとても気持ちいい。
 あなたのことは手に取るようにわかる。私はあなただから」
 その人形が、あざ笑うようにそういう。圧縮された敵意が、その言葉とともにツクヨに突き刺さった。痛みに、ツクヨが呻きを上げる。
「ツクヨさまを侮辱するのなら!」
 キンポウゲが、キドーを振り払い、マリカへと迫った。マリカが慌てて後方へ跳躍する――が、キンポウゲの刃は、彼女をとらえていた。腕から、わずかに血がこぼれる。
「いいのですよ、キンポウゲ」
 ツクヨが、ほほ笑んだ。
「私とて、天女ではない。
 そのような悪しき想いが欠片もなかったなどとは言えないでしょう。
 人は虚栄の心を捨てられないがゆえに。
 でも、そうですね。理想を言えば、そこの小鬼さんの言う通り。
 反逆すべきでした。
 でも、それはできなかった。
 結局の所、私は血に縛られた鬼にすぎないのですから」
 ツクヨが笑う。
「持って行ってくださいますか、小鬼さん。
 素敵な見世物をありがとう、お嬢さん。
 では、これよりお礼として最期の舞をお見せしましょう」
 轟、と強烈な血と、華と、炎が舞った。
「挑発するなら、あと考えてくださいません?」
 苦笑する妙見子がそういった。今自分が使えるすべての業を思い出す。
「おーけい、おーけい。いらっしゃい。どーんと。立て直して見せましょうとも」
 火炎が、降り注ぐ。華が、舞い散る――強烈な、爆炎!
 意識を失うかもしれぬというほどの、強烈な攻撃、巻き起こる噴煙――その赤の地獄の中に、しかしその背に光を受けながら、仲間たちは、一気にそれを振り払い、飛び出した!
「ボクは虎だ。
 生まれたままに強くて格好いい完璧な命だ。
 だから弱いやつの気持ちなんて分からないよ。
 でも、あなた達の気持ちは、とても」
 少しだけ悲しそうに、ソアが言った。その体を炎に焼かれながら、しかしその爪は、ムーンチャイルドたちを切り払う。
 たん、とソアが着地した刹那、愛無が、続いた。キンポウゲを抑える。怪腕が、キンポウゲをとらえ、抑え込んだ。
「ツクヨさま!」
 叫んだ。それが。
 同時――クウハが、飛び込んだ。大鎌は、強烈なほどに、ツクヨを切り裂いていた。
「なあ、ツクヨ。
 俺がそっち側であればきっと似た様な事をしただろうな。
 だが敵である以上、それを許してはやれねーんだ。
 偽命体共も、向かってくるなら生かしてはやれん。
 ……悪いな、本当に。恨むなら恨め」
 ふ、と、ツクヨは笑った。
「では、少しくらい、苦しんでください」
 ちっ、と、ツクヨの爪が、クウハの頬を裂いた。小さな花びらが、そこから零れ落ちていた。
 ツクヨの体が、地面に崩れ落ちた。そうした刹那、それは結晶にようになって砕けて、消えていった。それに連動するように、あたりの桜が枯れ始めた。華が一斉に落ち、結晶となって、砕けて、消えた。後は幹だけが残っていた。
「おわりです」
 キンポウゲが、息も絶え絶えに言った。
「おわりです……お引き取りを。
 わたしたちは、ここでこのまま朽ちましょう。どうせ長くもない命。放っておいても、世に害をなす前に潰えましょう。
 約束いたします。
 もし信じられぬならば――構いませぬ、介錯を」
「いいさ」
 キドーが言った。
「信じてやる」
 キドーが、そういって、自身の傷口をぬぐった。そこに血はなく、ただ花弁がこびりついていた。
「……ツクヨさまのご遺品は」
 妙見子が言った。
「……豊穣へ、送らずとも?」
「どうか、どうか」
 そう、頭を振った。
「これ以上、アタシたちがやっていいことはない。そうよね?」
 ジルーシャの言葉に、キンポウゲはうなだれた。
「帰ろう。それが、彼らの望みだ」
 愛無が言った。
「そう、彼らが選んだ」
 その言葉に、仲間たちはうなづいた。
 すっかり散った桜の中に、そこでしか生きられなかった命を残して、イレギュラーズたちは静かに去ることにした。

成否

成功

MVP

水天宮 妙見子(p3p010644)
ともに最期まで

状態異常

なし

あとがき

 ご参加ありがとうございました。
 後日調査をしたところ、あたりには何も残らず、
 一つ、小さな墓のように、石が積まれていたものがあった。だけだったそうです。

●運営による追記
※キドー・ルンペルシュティルツ(p3p000244)さん、クウハ(p3p010695)さんは『烙印』状態となりました。(ステータスシートの反映には別途行われます)
※特殊判定『烙印』
 時間経過によって何らかの状態変化に移行する事が見込まれるキャラクター状態です。
 現時点で判明しているのは、
 ・傷口から溢れる血は花弁に変化している
 ・涙は水晶に変化する
 ・吸血衝動を有する
 ・身体のどこかに薔薇などの花の烙印が浮かび上がる。
 またこの状態は徐々に顕現または強くなる事が推測されています

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