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シナリオ詳細

<カマルへの道程>眩く溶けるあなただから

完了

参加者 : 8 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

オープニング

●少女の旅路
 煌々と照る月は嫌いだった。
 盗賊は闇に紛れていなくては、いつかは殺されてしまうと知っていたから。陽の下を歩くことを避けたのは、真っ当な人生を送っていないと分かって居たからだった。
「アマラは、お留守番をして居てね」
 勿忘草の色をした髪を丁寧に梳く青年にジゼルは言った。
「ジゼル……」
 酷く困惑した声は、その人の優しさが滲んでいて、酷く愛おしかった。
 盗賊団に拾われた用心棒の剣士と、盗賊だった両親を殺された事で自らも生きる為に盗賊になった娘の二人暮らし。
 ちっぽけで質素な家に二人暮らしをして居たからこそ、互いが家族のようでたいせつだった。
「わたしが決めた事だから」
「でも、危ないことだ」
「知っているけれど。アマラは、わたしをローレットに預けようとしたことがあったでしょう」
 唇を尖らすジゼルにアマラは肩を竦めた。あれは、ファルベライズ遺跡群の事件が落ち着いたときのことだった。
 アマラは、ルカ・ガンビーノ(p3p007268)達にジゼルを託そうとした。
 まだ幼く、感情なんて厄介者にくるしみはじめたばかりの小さな娘をどうか導いてやって欲しいと告げたのだ。
 家族愛を培うこともなく、両親を殺した『傭兵』を人形のように殺し続けて居たジゼルを青年はしあわせにしたかった。

 ――それで、もしも良い未来が切り開けるなら、お姫様を攫われたって構わない!

 そんなアマラの言葉にルカは当たり前の様に返した。大切な大切なお姫さまだと、言うならば。
『ジョーダンじゃねえ。お姫様を攫う悪役になるのはゴメンだ。お姫様がどんな道を選んでも、守るのが騎士サマの役目だろ』
 そんな言葉をジゼルも、アマラも思い出した。
「しにゃこは、わたしの友達……らしい、から。ううん、お友達、だから。お友達が困っていると、胸がざわざわする」
「それは助けたいって事だ」
 しにゃこ(p3p008456)は屹度、古宮カーマルーマに向かうのだろう。
「あとね、リディアがわたしはしあわせになれるっていってたの」
 沢山の不幸と挫折を知ったあなたを案じる人が居る。それをさいわいだと告げるリディア・T・レオンハート(p3p008325)は眩い光のようだった。
「その、しあわせのためにがんばりたいと思った。わたしは、もう、ハートロストじゃないから」
「……なんだか、雛鳥が初めて巣立った時を見るような心地だわ?」
 揶揄うように笑ったゼファー(p3p007625)はそっと手を差し伸べた。

 ――わたしも、ローレットを手伝えませんか。見習いでも良いから、この経験を生かしたいの。

 そんな彼女に答えたかった。ジゼルが望むなら、月の下でだって、楽しいダンスを踊っていられる!


「さて、どうしたい?」
 ゼファーの問い掛けにジゼルは言った。アマラが紅血晶の噂を聞いた相手が居るのだと。
 その人は、ぴんと背を伸ばした穏やかな男だったそうだ。ラサの商人や傭兵らしくはないその人が市場の噂や売れ行きを事細かに教えてくれた。
「その人の足取りを追いたかったのだけれど、わたしは逢っていないから」
「……ああ、そうね。流通経路は分かっておいた方が安心だものね。けれど、何処かしら」
 一先ずは転移陣が発見された先へと向かおうかと『月』の下へとやってきた。
 古く、煤けた空気が漂っていたのはそれが遠い遠い昔の場所だったからだろうか。
 古宮カーマルーマは場所にとってさまざまな表情を見せる。嫋やかな糸を思わせる滝は何処かのオアシスから流れ落ちた水が、地下に繋がる階段に沿って出来上がった自然物の美。
 階段の先にぽつねんと存在していた小島には転移陣が浮かび上がっていた。風光明媚なその場所に存在したそれは一種のオブジェのようで。
「きれい」
 思わず、そう呟くジゼルは慌てて口を押さえた。
 彼女の感情が、感性が揺れ動くだけで母のような心地になるのだから、困ってしまう。
「さて、行きましょうか」
 お手をどうぞと手を伸ばせば、その体は陣の向こうへと吸い込まれた。
 なだらかな砂丘には金の砂がちらついていた。注ぐ月光は眩すぎて目を伏せたくもなる。
 瞼の重さに抗いながら掌を暈にして、眺めた先には美しい王宮が存在している。

「月の王国へとようこそ」
「こんにちは、ようこそ」
 一方は優しい月の色を溶かしたような銀の瞳をした青年だった。
 もう一方は小さな背丈を伸ばすように爪先で立った荻原の眸。小さな少年だ。
「月の王国にわざわざいらっしゃって下さるとは……探しに行く手間が省けて何よりだ」
「――て、アルヘンナも言っています」
 アルヘンナと呼ばれた青年が妙な表情をしてから「どうして名を明かしてしまうのですか」と肩を竦めた。
「言ってしまったからには仕方が無い。私はアルヘンナ」
「それから、ぼくはノーザスです。紅血晶の売人をしていました」
 背筋をぴんと伸ばした少年ノーザスはだらりと垂れ下がった衣服の袖を揺らしている。
 ゆらゆらと、袖を揺らした少年は薔薇色の頬をしていた。楽しそうに微笑む様は玩具を前にしたかのようで。
「紅血晶は、ここにはありませんがおひぃさまが、ぼくにお願いをして下さいました」
「……ええ、偉大なる純血種(オルドヌング)より授かったこの力を駆使し、皆さんのお相手をせよというのが姫君のオーダーです」
 目を伏せたアルヘンナは「悪くは思わないで下さい」と囁いてから、短剣を抜いた。
 閃く、切っ先はいのちを奪うためだけに研ぎ澄まされている。
「もしもよければ、いのちをくださいませんか?」
 ノーザスはくりくりとした眸を細めてから手をぱちりと叩いた。
 幼い少年らしい、可愛らしい仕草だ。ただ、突拍子もない言葉が付随すれば可愛らしさは半減してしまう。
「ぼく、きれいなものがすきなんです。
 一番きれいなのはね、ひとがしぬときなんですよ! ねえ、アルヘンナ!」
 ――どうやら、いやなものに見つかった。ゼファーが傍らを見遣れば臨戦態勢のジゼルは小さく頷いた。
 殺さなくっちゃ、殺される。
 そんな命のやりとりが付き物では、おちおちと家にも帰れやしない。

GMコメント

日下部あやめと申します。

●成功条件
 アルヘンナ&ノーザスの撤退

●特殊判定『烙印』
 当シナリオでは肉体に影響を及ぼす状態異常『烙印』が付与される場合があります。
 予めご了承の上、参加するようにお願いいたします。

●フィールドデータ
 ラサの古代遺跡である古宮カーマルーマの転移陣の先に存在する広々とした砂漠。
 まるで映し鏡のようなラサの砂漠が広がっていますが、美しい王宮や満月が異様な雰囲気です。
 夜の王国は、太陽が昇らず静謐なる夜に満ち溢れています。ただ、ただ、広々とした砂漠とも言えます。

●エネミーデータ
 ・『吸血鬼』アルヘンナ
 銀の眸に、穏やかな風体の青年。アマラが紅血晶の情報を聞いた男の容姿にも似通っています。
 ノーザスを支援しています。銀の短剣で近接攻撃も出来ますが、基本はスティッキを使って足元に魔法陣を産み出し、魔法で攻撃する後衛タイプです。
 ノーザスが危険に陥った場合は彼を抱えて撤退します。何を考えて居るかは不明です。

 ・『吸血鬼』ノーザス
 きょろりとした可愛らしい緑色の瞳の少年。ぶかぶかとした服を着用している吸血鬼です。
 人が死ぬ刹那が一番美しいと認識しており、外見には似合わぬサディストです。積極的にダメージが多く重なっている対象を優先します。
 長く引き摺るロングソードを手に前戦で戦います。とても、タフです。

 ・サン・ルブトー×10
 晶獣のうち、特にラサに多く生息する砂狼が変貌したものとなります。
 血のようなクリスタルに侵食されたオオカミは、皆正気を失っています。
 非常に凶暴で、群れを成して人を襲います。

●味方NPC『ジゼル』
 大鴉盗賊団に所属していた少女。コードネームは『ハートロスト』。またの名を『こゝろ』。
 盗賊であった両親は傭兵に討伐され、傭兵嫌いで心を閉ざしていました――が、イレギュラーズ達と関わり現在は普通の女の子として過ごしています。
 天賦の才を有しているとボスに褒められた事がある通り、魔術師です。魔力の媒介になったナイフを手にしています。
 回復と遠距離攻撃の支援を行ないます。皆さんと一緒に、冒険したい、仲良くなりたいなと思っております。

●情報精度
 このシナリオの情報精度はBです。
 依頼人の言葉や情報に嘘はありませんが、不明点もあります。

  • <カマルへの道程>眩く溶けるあなただから完了
  • GM名日下部あやめ
  • 種別通常
  • 難易度NORMAL
  • 冒険終了日時2023年04月12日 22時05分
  • 参加人数8/8人
  • 相談6日
  • 参加費100RC

参加者 : 8 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

参加者一覧(8人)

スティア・エイル・ヴァークライト(p3p001034)
天義の聖女
アルテミア・フィルティス(p3p001981)
銀青の戦乙女
ルカ・ガンビーノ(p3p007268)
運命砕き
ゼファー(p3p007625)
祝福の風
リディア・T・レオンハート(p3p008325)
勇往邁進
一条 夢心地(p3p008344)
殿
しにゃこ(p3p008456)
可愛いもの好き
ジュリエット・フォーサイス(p3p008823)
翠迅の守護

リプレイ


「歪んでる」
 滲んだ、ひかりを返したのは銀のいろ。『聖女頌歌』スティア・エイル・ヴァークライト(p3p001034)の髪は揺らぐ。
 風のひとつもないような夜のしじま。ぬばたまの糸で編んだ夜よりも、眩すぎる月の方が恐ろしい。目を瞠るそれは全てを飲み込んでしまうから。
「……死が、うつくしいだなんて。死が、愛おしいだなんて。
 永訣の日を、永劫の別れを、誰かが悼み悲しむとは思わないの?」
「全然」
 首を振った少年は引き摺るほどのロングソードで砂の道を描いた。純粋無垢をコーディングした、悪辣無知な精神は揺るがず鋼のように胸の中で鼓動を宿す。
「ぼくが一番最初に見た死はおかあさんでした。
 死の間際まで、泣き叫んで、ぼくを呼んでたあの顔は――今まで見た中で、いちばん、きれいだったなあ」
 恍惚のまにまに。月に滲んだ狂気を感じ取り小さな身震いを見せた『翠迅の守護』ジュリエット・フォン・イーリス(p3p008823)は花霞の眸に嫌悪を滲ませる。七色に波打ったヴェールの髪が肩の動きと共にわずかに揺らぐ。
「……お連れはどうやら正気では無さそうですね。……危険です」
 思わずぼやいたジュリエットにジゼルは「あぶないわ、あのひと、迷いがない」とぽつりと呟いた。鴉の一羽であったちいさな魔術師は小さな銀のナイフを手にしている。よく手入れされた花蔓の意匠を描いたそれは、嘗てはイレギュラーズに向けられたらしい。
(ああ、この方は……漸く進むべき道が定まったのですね。前を向き、歩き出そうとするならば……その気持を無駄にはしてはなりません)
 行くも帰るも、寄る辺のなき砂の海。足先は沈み込み、自らの居場所を示している。
 立つ位置を定めたならば、その気持を蔑ろにはしたくはない。あの二人には帰って貰わねばと呟くジュリエットの傍よりさくさくと地を踏み締めて進むのは『殿』一条 夢心地(p3p008344)。扇をひらりと仰げば、その優美さを照らす月が鬱金香の紅色を照らしている。
「吸血鬼め。ヴァンパイアハンター一条夢心地がこの場にいたことが運の尽きよ。
 ……はぐれ吸血鬼なぞ敵ではないが、口ぶりからしてこやつらの背後に何やらおるようじゃな」
 おひぃ様と言ったかと堂々と告げる夢心地が二ギルは師の名を冠する太刀であった。すらりと引き抜けば優美そのもの。転禍為福のつるぎが月の色を返す。
「ヴァンパイアハンター?」
 アルヘンナは男の言葉を返した。「如何にも!」と堂々告げる夢心地に「吸血鬼を狩る者共、ですか――それは、実に現状に似合う」と頷いたのは月よりも眩きブロンドの髪を揺らがせた騎士の娘、『勇往邁進』リディア・T・レオンハート(p3p008325)。
 その澄んだアクアマリンの眸は紅玉へと変化する。双眸に宿された『感情(こころ)』は剥き出しに、眼前の悪しきを許すことはない。
「貴方が人の死を愚弄するならば、私は赦さない。今日は、友人が共に来たのです」
「……わたしも、友達の言う事を信じてる。あなたは、悪人だ。赦さない」
 銀のナイフを手にした娘は傍らに。リディアは背筋を伸ばし外套を身に纏う少女を一瞥した。
 共に戦う仲まである彼女に、合理的な役割分担はしたつもりだ。お姫さまを傷付けたならば、騎士様に怒られてしまうかも――そんな『もっともらしい』事ばかりが頭に過る。けれど、一番は『彼女を傷付ける者は赦さない』と決めたから。
「ジゼル」
「うん、ゼファー」
「無理はして欲しくはないけれどね、あの容姿の特徴……アイツがこの間の件の主犯ってことかしら。ま、叩きのめして問い質すとしましょうか」
 からからと笑った『猛き者の意志』ゼファー(p3p007625)にジゼルは頷いた。柔らかな銀の髪から見えた淡い青。この人の背中はずっと見てきた。
「でもね。仮にハズレだとしても、鬱憤は晴れると思うわよ? ……っと。悪いけど私はこっちの相手で忙しくなりそうよ」
 何処に向かうも、分からない道を示すにしてはとびっきり『大雑把』な感情の動き。アマラの分まで、と言われればジゼルは「そうする」と頷く他にない。
「ねえ、ゼファー。それって、わたしを信頼してくれてるの?」
「さあ、聞いてみれば?」
 ジゼルより随分と前に進んだ『運命砕き』ルカ・ガンビーノ(p3p007268)が大ぶりの剣を振り上げた。力任せに片腕で振り上げた剣が作る影が、ジゼルは恐ろしいことを知っている。
「俺らと一緒に戦いたいなんざ嬉しくなっちまうじゃねえか。ならセンパイとして恥ずかしい戦いは見せられねえな。
 俺らは強いが敵もまぁまぁだ。油断するなよ――ジゼル」
 名を呼んでくれるから、それだけで、嬉しくなってしまうのだ。


「生きていたら心変わりもするだろうに。それなら、確かめながら生きることなんてむだでしょう。
 ぼくらは、変化を畏れる生き物だ。だから、死の間際のたったひとつの本音だけ、揺るぎないそれを愛し、慈しんだ方が良い」
「物騒極まりない思考だわ。それに、その『理論』の所為かしら? 人が死ぬ刹那が最も美しいだなんて言う物騒極まりない趣味も付いてくる」
 淡い青が光に散った。大地を踏み締めれば、雷と共に『銀青の戦乙女』アルテミア・フィルティス(p3p001981)の身をノーザスの前へと運ぶ。
 引き摺るほどの長剣とぶつかり合ったのは余りにも華奢な銀青の短剣。魔力が光を帯びて伸び上がるように、鮮やかな青が軌跡を描く。
「お生憎様、その美しい瞬間とやらは見る事は出来ないわよ? なぜなら、私達はそう簡単に死なないのだから!」
「ッ、そぉうですよ!」
 まるで吼えるよう声を張り上げて、声音とは裏腹に冷静な視座で前線を睨め付ける『可愛いもの好き』しにゃこ(p3p008456)は銃底こそ見えている可愛らしいパラソルを『銃』のように構えて見せた。
「死ぬ瞬間が綺麗!? いやいやしにゃはいつだって一番星級に綺麗ですけど!
 どんな教育受けたんですか! もっと綺麗な瞬間はたくさんあります! そんな若い見た目で解ったような事言うんじゃありません!」
「例えば?」
 ロングソードを振り上げたノーザスがアルテミアに肉薄する。しかし、声音と意識はしにゃこに向いた。
 駆けずり回る砂狼の吐息に、鋭い気配が滲んでいた。空気は針となり、ちくりと差し込む。天に描かれた魔法陣はアルヘンナのものか。月の光を編んだかのような魔力をジュリエットはその双眸に映し混む。
 ああ、うつくしい世界の、うつくしいまじないだ。けれど、その様な者ばかりを見て入られない。揺るぎなき星の名を冠するタクトを揺らがせて、前方へと走るゼファーの背後より糸を繰る。
「あら、案外話をしてくれるのね?」
 空舞う飛燕の如く。前線へと踊り出すけだものの唇が吊り上がる。粗削り、捉えどころのなく苛烈な娘は今宵は狼をも狩る猟師となった。
「対話は嫌いではないですよ。ね、アルヘンナ」
「随分と嫌われたようだよ、ノーザス」
 それはいけないとノーザスが肩を竦めれば、しにゃこは「例えば、ええっと」と悩ましげに唇を尖らせた後、思い浮かんだと言わんばかりに声を張った。
「そこのジゼルちゃんなんか最初の頃はぎこちない感じでしたけど、最近ではちょっと照れくさそうにしにゃの事を友達って言ってくれるんですよ!
 その時の顔ったらもう可愛い! 綺麗! 最高! こういう感じのもっとライトな綺麗を追い求めませんか!?」
「ひ」
 引き攣った声を漏したジゼルは出掛けにアマラに被せられた大きめの外套で頭まですっぽりと覆い込む。振り向いた夢心地が「ほにゃ?」ととぼけたような声を上げジゼルの様子を眺め遣った。
「夢心地、しにゃこを殴って」
「なんと! 仕方がないのう。二刀を十字に構え、対吸血鬼刀術を繰り出す────とするか」
 ――と、言いながらビームは目から出た。夢心地の熱き思いが迸り、サン・ルブトーを灼く。
「かくいうしにゃも可愛いを追い求めるタイプなので結構似てると思うんですよ!
 相手がいないならしにゃが相手してもいいですよ! 仲良くしませんか!? 死ぬ以外なら大体なんでもできますよ!
 無理なら名前だけでも覚えていってください! しにゃこです! 超絶美少女です!」
 困惑をしたジゼル。その反応だけでもどこか愉快でリディアは小さく笑う。そんな二人の様子を視界の端に捉えてからしにゃこは胸を張った。
「しにゃこね。……けど、気がついた時に気が変わってしまう前に死んでよ」
 首を傾げたノーザスに「いやいや」としにゃこは首を振った。鉛が奏でた恐怖の音色がサン・ルブトー達へと降り注ぐ。
「ねえ、貴方も人を殺すのが綺麗だと思ってるの? それともただ付き合っているだけ?」
「ノーザスとは違うが、自らの立場には納得しているのでね」
 アルヘンナはスティアを見遣った。アルヘンナを抑えるが為に前線に出たスティアはジゼルに気を配りながらもアルヘンナに注力していた。
 彼が、何を考えて居るかは定かではないけれど――此の儘見過ごすことは出来なさそうだから。
 スティアの魔力は柔らかな羽根となって舞い踊る。引き寄せる、魔力。指先から手繰る、気配。耐える己の傍を駆け抜けるアルテミアに託す。
 屹度、傷付けば傷付くほどにノーザスは喜ぶのだ。それはどれ程に気分が悪いことか。
「Shall We Dance? ――ねえ、死に顔を見せれないのは残念だけれど、暫く踊って下さる?」
「うっかりは?」
「ないわ」
 アルテミアが放ったのは恋焔。蒼と紅が混ざり合って、剣に宿される。銀青の戦乙女の髪は動きと共に大きく揺らいだ。
 ノーザスの叩きつけたロングソードがアルテミアの頬を切り裂く。銀の髪が一房、ひらりと踊り、首を狙ったことに気付く。
「驚いた顔を、してくれそう」
 ノーザスはアルテミアの死に顔を想像し、楽しげに笑った。
「本当に――趣味が悪い」
 無数の狼たちを『可愛がって』やるゼファーはかわいげのある犬ならば良かったのにと嘯いた。
「ソッチの調子はどーぉ? まあ私は……うん、余裕余裕! でも出来れば早いとこ片付けたいわね!」
 それでも、随分と数は減ってきた。耐えるより攻める方が性分にはあっている。それは、ゼファーもルカも同じで。
 だからこそ、『犬っコロ』はさっさとご退場頂いたのだ。最後の一匹がルカの足元で俯せれば、その先を飛び越える。
「タフさが自慢らしいな。俺の力とテメェの守り、どっちが上か確かめさせて貰うぜ!
 分かってるか? ノーザス、テメェら如きにくれてやるような安い命の持ち主はここには1人もいねえ!」
 淀みなく。ただ、舞うように放ったゼファーの体術、槍の大薙ぎ。体勢を崩したノーザスの元へとルカが飛び込んで行く。
 ロングソードで何とか去なしたノーザスへ夢心地は待ってましたというように口火を切った。
「一つ、偉大なる純血種とは何者か。
 一つ、純血種とやらの指示で動いている吸血鬼は、他にもいるのか。
 ……一つ、その偉大なる純血種とやらは、そなたごときが麿たちを何とかできると本気で思っているのか。聞かせてくれるかの」
 明るく朗らかに問うた夢心地にアルヘンナは肩を竦めた。ノーザスは答える気はきっと、これっぽっちも無いからだ。
 深追いをするであろう幼い吸血鬼をアルヘンナは注意深く見詰めている。そして、此処で情報を与えようとも、夢心地が、彼の仲間が容赦せぬ事位分かって居た。
「偉大なる純血種(オルドヌング)は、王宮で貴方方を待っているだろう」
「待っているのですか?」
 確かめるように問うたジュリエットにアルヘンナは「招待状のようなものでしょう、此処まで追ってきたのだから」と肩を竦めた。
「招待状、なあ。随分と、手荒だが!」
 ルカが地を踏み締めれば傍らへと顔を見せたゼファーがくすくすと笑う。
「引き際は弁えてくれて構わないのよ? お互い、今日でケリをつけるって雰囲気でもありませんし」
「ノーザス」
 呼ぶアルヘンナとて、ゼファーの考えを見透かしているようだった。サン・ルブトーが片付けられた。ならば。
「あとすこしだよ」
 ノーザスは全てを巻込む勢いで剣を振り下ろした。風がそよぎ、細腕からは想像も付かぬほどの一撃が叩きつけられる。
「――ジゼル!」
 呼ぶリディアにジゼルは頷いた。自分を護ろうとしてくれる人が居る。それだけでも、なんて嬉しいことだろう。
「綺麗って言っちゃった手前なんか狙われそうなので……貴方の悪趣味にジゼルちゃんを付き合わせません! 可愛いの守護者しにゃこです!」
 胸を張ったしにゃこの背をぽかりと叩いたジゼルは「無理は駄目よ」と外方を向いた。回復のまじないがゼファーへと向けて展開される。
 可愛いと、彼女の事を揶揄したのはしにゃこだった。だからこそ、ノーザスが自身やジゼルに向くことは予期していたから。
 ジゼルはふと、思う。心の動きなんて、自分にはないものだと思っていたのに。彼女が『かわいい』というから――真っ当な人間になれた気がして、妙な気分だ。心が、ざわざわとして、ぎゅっとする。
「しにゃこは、すてきだね」
「え? 可愛いって事ですか? そうですね!」
 にんまりと微笑んだしにゃこはノーザスへと照準を合わせた。引き金は、重くもなく、軽くもない。日常になった、動作だった。
 魔力は光を帯びる。ジュリエットの指揮と共に振る、殲滅のうたは鋭い光となる。
(ああ、ジゼルさんは心を開き始めたのですね……)
 なら、彼女にはこんな歪な月よりも、眩い太陽の下が似合う。願わくば、太陽の光の下で、さいわいを掴んで欲しい。
 ささやかなしあわせを掴むだけなのに、どうしようもなく、理不尽が嘲笑う。それをも退けるのが、イレギュラーズとなった自らの役目であると虹色の姫君は知っていたから。
「ノーザス! 今は退くぞ」
「どうして」
 抱え上げられたノーザスが足をばたつかせるがアルヘンナは気にする事はない。ほっと一息を付いたジゼルの頭に掌を乗せ、ルカは快活に微笑んだ。
「それにしても中々やるじゃねえかジゼル。
 ……お前さんの生い立ちを思えば戦いの道に戻すのも何だと思ってたんだが、こりゃあ俺もうかうかしてられねえな!」
 あなたが、認めてくれるだけでどうしようもなく嬉しくなったのは秘密なのだ。


「終りましたね……怪我はないですか、ジゼル」
 柔らかに声を掛けたリディアはそっと手を伸ばす。白い指先を包んだ手袋は剣を握る事で薄汚れていた。
 ジゼルはそっとその手を握りしめる。彼女の頑張りが、掌を見るだけで良く分かる。剣を振るうひとは、皆、努力をした掌をしているから。
「わたしは、うしろにいたから。みんなは? 夢心地の、チューリップは大丈夫?」
 頭上に咲いた花を気にするジゼルに夢心地ははははと笑って見せた。撤退した相手との対話は有意義なものとはならなかったが、月の王宮へ行かねばならぬと言う気持は強くなった。
「ルカ、ゼファーよ、大丈夫であったか」
「ええ。まあね。少し難儀なことはあるけど」
 肩を竦めたゼファーはジゼルの頬を擽る勿忘草の色をした髪を掬い上げる。ジゼルはゼファーの傷を探しているのだろう。人を気遣う様になった事、それだけでも微笑ましく感じるものだ。けれど。
「嗚呼、其れにしても…偶に人が美味しそうに見えるってのは難儀ね。何ていうか、瑞々しい果実とかそういう感じ?」
「え」
 ジゼルの表情が引き攣った。隣に立っているしにゃこの手をぎゅうと握りゼファーから僅かに距離を取る。
「ジゼルさん」と呼ぶジュリエットに「にげて」と唇をはくはくと動かすジゼルの眸は不安げ。まるで、羊のような怯えた姿にスティアはアルテミアと顔を見合わせて。
「こらこら、取って食いやしないから距離を取らないで頂戴な。こうして茶化してられるのも、いつまでなのやらね……やだやだ」
 明るすぎる月の下、ぼやくゼファーを見詰めた眸が揺らぐ。
 みんな、と唇を動かすジゼルは緊張したように、言った。言葉とは難儀なもので、輪郭だけでは伝わらない。だからこそ、つい、唇の動きが硬くなる。
「はやく、解決しないと。ゼファーにあたまから食べられちゃう、し、ルカも夢心地も、大変だろうから。……がんばろう、ね」
「自身にとって大切な人だから力になりたい。それは家族であっても、友達であっても変わらないよね」
 スティアの問い掛けにジゼルは小さく頷いた。リディアは胸が温かくなる。やわらかな、ひかりを得たような心地。
 彼女の握った銀のナイフは自身に向けられていた。あの時、確かに彼女は一度、イレギュラーズを殺す決意をした。
 ――お前達にとって、私は敵でしょう。
 恐れ、苦しみ、藻掻いた彼女の言葉が、柔らかに融けて行く。眩い光の下に、あなたが一緒に居た。
(それが今、互いに命を護り合う仲間となれた。
 その事実は、私がこれからもこの剣を振るっていくのに、充分過ぎる理由となるでしょう)
 リディアは、そっとジゼルの手を握りしめる。
「ありがとうジゼル、本当に……」
「……? ううん、リディア、わたしこそありがとう」
 眩い光の下に、あなたがいた。あなたたちがいた。あなたたちは、わたしにとっての光、道行き。そのすべてを、おしえてくれるから。
 だから、もういちど、すすみましょう。行く先は、あの光の下だから。

成否

成功

MVP

なし

状態異常

なし

あとがき

この度はご参加有り難うございました。
ジゼルは皆さんと一緒にこの砂漠を進み行く事を決めました。
また、ご縁がございましたらば是非宜しくお願い致します。

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