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シナリオ詳細

<カマルへの道程>罰にその身を窶すひと

完了

参加者 : 8 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

オープニング


 正しさを問うたことがある。
 それを「愚かだ」と、一蹴されたことがある。
 だから――ああ――ええっと。

「僕は、もう。
 僕が感じた疑問を他者に問うことを、諦めたんですよ」

 ……幾重にも続く、悲鳴が聞こえる。
 悲鳴の主は其処此処に居た。独白する初老の男性は数十メートルに至る『穴』の淵に立っており、その眼下には老若男女を問わず、数多くの人間たちが叫び、狂い、争い合っている。
「……あ」
 『穴』の外縁にて、一人が膝を屈する。
「その片手に薔薇の文様を刻まれた」男性は、何かに悶えるかのように自分の喉を一頻り搔き毟ったあと――血走った眼を浮かべて、自身の周囲に居る者に噛みつき始める。
「血――ち、血を――」
「チクショウ! 『此奴も』成りやがった!」
「殺して! 殺しなさいよ! 混乱してる今の内よ!?」
『それ』を知る者たちからすれば、何が起こったのかなど自明。
 烙印による吸血鬼への転化。それに伴う膨大な吸血症状に抗い切れず他の者を襲って回る男性へと、『穴』の内に居る全ての人間たちは殴打し、首を絞め、或いは爪で皮膚を搔き毟って僅かでも動脈を傷つけようとする。
 凡そ魔種にも比肩しうる力を持つ吸血鬼に対し、たかが人間による暴力が無為であるなど、誰にとっても分かっていた。
 けれど、そうする以外、『穴』の人間たちは抗う方法を持たなかったのだ。
「……しぶといですねえ」
 それを。ぽかんと呆けた表情で見下ろす初老の男性。
 それは『穴』の底に居る吸血鬼に対して、未だ生き残る人間たちに対する台詞――では、ない。
「みんな。みんな。
 早く、我々の同胞になれば良いと言うのに」
 ――『穴』の底の人間たちには、皆烙印が刻まれていた。
 その何れも、「猶予」は長くなかった。吸血鬼になる間際なのであろう吸血衝動に対して錯乱し暴れまわる者、或いは唯必死にそれを耐え続ける者。
 様々な人間たちに対する初老の男性の言葉は、単純に「何故耐えるのだろう?」と言う疑問だけを浮かべていた。
「……まあ、良いか」
 どうせ、彼らは今更救われない。
 ならば、多少ばかり吸血鬼化を耐える彼らに、焦りを抱く理由など無い。
 初老の男性は何もせず、ただ、黙って『穴』の底を見下ろし続けていた。


「……つまり、烙印を施した者を其処に閉じ込め続けていると言うこと?」
 問うた『デザート・プリンセス』エルス・ティーネ(p3p007325)に対し、死んだ目の情報屋は「然様だ」と呟いた。
「その対象は、以前初めてラサに晶竜が現れるまでの間……吸血鬼たちによる活動が表出するまで、秘密裏に攫われていた者が殆どだと言う話だ。
 流石にあの事件の後、ラサが取った厳戒態勢もあって吸血鬼たちによる誘拐はほぼ無くなったようだが」
「民間人を攫い、その身に烙印を施し、あとは完全な吸血鬼となる時まで手元で飼い続ける。
 ……言うなれば、吸血鬼を作るための『工房』のようなものでしょうか」
「どちらかと言うと、『牧場』の方が正しいだろうな」
『散華閃刀』ルーキス・ファウン(p3p008870)の言葉に対し、敢えて悪辣様な単語で訂正する情報屋に対し、彼は少しばかり拳を握り締める。
「既に分かっているだろうが、依頼目標はこの『牧場』の完全な破壊だ。
 件の地には烙印によるリミットがほぼ無い者たちか、既に吸血鬼へと転じた者で溢れかえっている。現状これを救う手段がない以上、貴様らが行うべきはこれらの殲滅に他ならない」
 ――淡々と読み上げられる依頼内容に対して、特異運命座標達は咄嗟には言葉を返せない。
 それでも、何かを呑み込んだかのように。絞り出すような声音で『独立島の司令』マルク・シリング(p3p001309)が呟いた。
「……懸念点は?」
「大いにある。先ず殲滅すべき一般人や、元一般人……吸血鬼に転じた者たちの抵抗だ。
 特に後者は、スペックに習熟した個体ならば魔種に迫るほどの力量を有する。転化した直後であろう今なら然程能力を使いこなせていないだろうが……」
 それとて時間の問題だ。と情報屋は言う。
 まして、その場に居る一般人たちも烙印による転化が近いのであれば、時が経てば経つほど状況は特異運命座標達の不利に陥ると少女は告げた。
「……一応言っておくが、『牧場』の主は侵入者に対する一定の備えもしているぞ。
 具体的には、あの場所に於ける複数対象への攻撃は予め設置されている結界によって阻害される」
「解除が必要だと?」
「若しくは、耐久力を上回る攻撃で強引に破壊するか、或いは単体攻撃を迅速に行うことで対象らを倒していくか、だな。
 ……ああ。それと『牧場』の主に関してだが」
 最も重要な点を、今思い出したかのように呟く情報屋。
「推定だが、貴様らが事を為してからしばらくの間は干渉してこないだろう。
 作戦開始時、そいつは『より面倒な相手』の対応に回されているだろうからな」
「……それは」
 絶望しか与えられぬ依頼。
 そんな中で、本当に、ただ一つ現れた「救い」の正体へ言葉を零すエルスに続き、マルクは小さく、けれど確かに笑みを零した。
 ――「相変わらず。彼女はお人よしだ」と。


『彼の世界』に於いて、人間は抗う術の乏しい被食者であったことは否定しない。
 それでも、立ち向かおうと反旗を翻す者も存在した。そうした者を嘲笑い、或いは手慰みに滅ぼそうとする同族を抑えながら、僕は彼らに和解を持ちかけようとしたこともあった。
 ――その怒りを、恨みを。あと少し、僕たちへの理解に向けてはくれないか。などと。
 結果は、拒まれるよりもなお悪かった。
 理解を示した顔で、態度で。僕に近づいた人間たちは、後に裏切り、僕を同族のための交渉材料に用いようとしたのだ。
「……僕は、それを恨んだことは無い」
 独り言ちた言葉は真実。誰にとっても、自分と、自分が大切に想う人々が幸福であれば良いと思うのは当然のことだ。
 彼らもそうだった。だから、僕も彼らを諦め、自分の同種だけを重んじるように切り替えた。それだけのことだった。
 裏切った人間を殺した。殺した後に『彼の世界』から此方へと落ちてきた。
 落ちた先での遥か後。再び出会ったあの人に、僕は改めて忠誠を誓った。彼女が作ろうとする『月の王国』の為に、より多くの同胞を作ろうと決めた。
「僕は、僕の同族を作りたいだけ。守りたいだけだ。それを――」
 ――どうか、邪魔しないではくれないか。
『穴』が一度、業炎に包まれる。
 展開しておいた結界が軋みを上げる。それでも砕けることはしなかったそれに対して、眼前の女性は小さく鼻を鳴らした後……僕の方へと向き直り、言った。
「こっちの台詞よ」
 赤髪をたなびかせ、忌々しげな表情を向ける魔種の少女は、敵意を隠すことなく言ったのだ。
「私の安寧の、邪魔をするな」
「……そうかい」
 相対する少女から放たれた火を、片手から出だした血液で遮る。
 吸血鬼と、魔種の戦いが、始まった。

GMコメント

 GMの田辺です。
 以下、シナリオ詳細。

●成功条件
・『一般人』全員の殺害
・『吸血鬼』全員の討伐

●失敗条件
・生存している『吸血鬼』が一定数に達する

●戦場
 ラサ某所。砂漠である場所に何らかの手段を以て作られた半径200m四方、高さ30mの『穴』です。時間帯は夜。
 シナリオ開始時点に於いて、内部は少数である『吸血鬼』に転化したばかりの者と、多数である『一般人』のみで構成されています。各配置は入り乱れている為識別は困難。
 また、『穴』とその周囲は結界が展開されており、「2体以上を対象に含める攻撃やスキル」はそのあらゆる手段が阻害されています。
 これを突破する方法としては、結界を展開している元を断つか、結界の耐久力を越えた攻撃を撃ち続けるか、または単体攻撃のみで討伐対象を倒していくかの何れかになります。
 シナリオ開始時、『穴』内部に居る討伐対象と参加者様との距離はランダムに決定されます。(参加者様同士の距離は自由に設定していただいて構いません)

●敵
『吸血鬼』
『穴』内部に居る存在の内、烙印による転化を既に果たしてしまった元一般人です。
 シナリオ開始時点に於いて数は10名。本来ならば魔種と同等の能力を有していますが、転化直後での混乱状態や急激に上昇した身体能力を扱い切れていないため、能力としては比較的抑えめです。
 但しこれらは時間経過とともに習熟していき、また後述する『一般人』も『吸血鬼』へと転化するため、迅速な討伐が求められます。
 能力傾向は個体ごとに異なり、また行動パターンも転化直後の錯乱状態ゆえに予測できません。
 攻撃型、防御型、妨害型、支援型、あらゆる可能性を考慮してあたってください。
 最後に。「失敗が確実となった状況」に於いて、参加者様は状態異常『烙印』を受ける可能性が在ります。ご注意ください。

『一般人』
『穴』内部に居る存在の内、未だ烙印による転化を免れている一般人です。
 シナリオ開始時点に於いて数は40名。但しこれは時間経過とともに『吸血鬼』へと転化していくため、抵抗する能力が無いうちに殺害しておかねば後々厄介になるのは想像に難くありません。
 ただ、彼らは錯乱している『吸血鬼』と違って思考する能力があります。具体的には『吸血鬼』を参加者様の方向に突き飛ばしたり、またはその陰に隠れるなどして生き残るための行動を取り続けるでしょう。
 これをどのように効率的に処分していくかが、参加者様の課題となっております。

『???』
『穴』外側にて『一般人』と『吸血鬼』を眺める初老の男性です。推定吸血鬼であり、また『穴』を構築した主。
 スキルの独特な扱いに習熟していることから、恐らく元は旅人であったであろうと推測されます。力量は下記『フリッカー』を単体で相手取っても遜色ない程度。
 シナリオ開始時点に於いては『フリッカー』との戦闘に注力しておりますが、こちらも時間経過とともに優勢に働き、『フリッカー』撃退後は参加者様方への対処に動くと考えられます。
 その能力がどのようなものであるかは判明しておりません。

●その他
『フリッカー』
 エルス・ティーネ(p3p007325)様の関係者です。赤髪が特徴的な炎使いの魔種。
 今回に至るまでの関連シナリオは拙作「<晶惑のアル・イスラー>燐よ、熱砂の風に溶けよ」をご参照ください。
 本シナリオに於いては『???』の対処に回りますが、前回の戦いで負ったダメージを癒し切れていないため、時間経過とともに劣勢となり、最終的には逃亡します。
 それまでの間に依頼を達成するか、若しくは成功が確実とされる程度の優勢を確保しておけるかは参加者様にかかっております。
 作戦を組めば討伐することは可能ですが、その場合本依頼の成功率は極端に下がることとなります。

●特殊判定『烙印』
 当シナリオでは肉体に影響を及ぼす状態異常『烙印』が付与される場合があります。
 予めご了承の上、参加するようにお願いいたします。

●情報精度
 このシナリオの情報精度はBです。
『吸血鬼』たちの具体的な能力と、『???』の扱う能力はシナリオ開始時に於いて不明なままです。



 それでは、ご参加をお待ちしております。

  • <カマルへの道程>罰にその身を窶すひと完了
  • GM名田辺正彦
  • 種別通常
  • 難易度HARD
  • 冒険終了日時2023年04月09日 22時10分
  • 参加人数8/8人
  • 相談5日
  • 参加費100RC

参加者 : 8 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

参加者一覧(8人)

エイヴァン=フルブス=グラキオール(p3p000072)
波濤の盾
オデット・ソレーユ・クリスタリア(p3p000282)
鏡花の矛
志屍 志(p3p000416)
密偵頭兼誓願伝達業
マルク・シリング(p3p001309)
軍師
エルス・ティーネ(p3p007325)
祝福(グリュック)
ヴェルグリーズ(p3p008566)
約束の瓊剣
ルーキス・ファウン(p3p008870)
蒼光双閃
マリエッタ・エーレイン(p3p010534)
死血の魔女

リプレイ


「……悪趣味だな」
 呟いた言葉に、反論を返すものなど居ようはずも無い。
『波濤の盾』エイヴァン=フルブス=グラキオール(p3p000072)の瞳は、砂漠の只中に形成された『穴』へと向けられている。
 その中で醜くも必死に抗う人々に敬意と憐れみと、何よりも罪悪感を抱く者は少なくあるまい。
「さすがにこれは、胸糞悪いわねぇ。
 まだ普通の人なのに殺せって酷いオーダーだわ」
「あるいは塔の賢者であれば、彼らを救う事も容易いかもしれませんが……」
 歎息する『氷の女王を思う』オデット・ソレーユ・クリスタリア(p3p000282)に応えつつ、小さく頭を振ったのは『遺言代行業』志屍 瑠璃(p3p000416)。
『穴』の底に居るのは烙印を施された一般人と、それにより最早変質してしまった吸血鬼たちの姿であった。異形となることを恐れる一般人は己の烙印に耐えつつ吸血鬼から逃げ惑い、或いは抵抗し、対する吸血鬼の側は最早己の衝動に耐えること叶わず、つい先ほどまで同胞であった一般人たちを襲い続けている。
「――それでも、これだけの人数が吸血鬼として放たれる未来は防がなければならない」
 零す『独立島の司令』マルク・シリング(p3p001309)の言葉こそが、今この場に特異運命座標らが立つ理由そのものである。
 届かぬ手に、力に、忸怩たる思いを抱いたのは彼も同じで、けれどそれを今の自分の表情に表すことは、即ちこれから命を奪う彼らに対する侮辱であるならばと、マルクはその毅然とした態度を崩さない。
「……迷わず殺しましょう。彼らのうち一人残らず、『死血の魔女』が」
 告げた自称は、或いは自嘲にも聞こえる。
『未来への葬送』マリエッタ・エーレイン(p3p010534)が、拳を強く握りながら呪印に力を籠めた。励起された魔力は『穴』の底へと向けられ、記憶の奥底で慣れ親しんだ行いをなぞる時を今か今かと待ちわびている。
「……厳しい依頼内容だが、やるしかないな」
 一度だけ。瞑目した『導きの双閃』ルーキス・ファウン(p3p008870)が、己の二刀に手を掛けた。
 自覚しているのか否か。外面に因らず「甘い」彼の瞳に宿る嫌悪は他の面々に勝るとも劣らない。何の罪も侵していない一般人たちを全て殺さねばならないと言うのならば猶の事。
「それでも」。「それでも」、なのだ。
「分かっている。これが慈悲だと、そう信じるしかないと言うことは」
 ……苦笑にも似た、悲しげな笑みを崩さない『約束の瓊剣』ヴェルグリーズ(p3p008566)が、そう言った。
「やるしかないんだね」と。この戦場に着くまでに何度も繰り返した自問に今一度身を窶しながら、静かに彼は両刃の刀を抜く。それを答えの代わりとするように。
「………………」
 誰もが、その『穴』を見遣っている中。
 ただ一人、其処ではない「もう一つの戦場」に視線を向けていたのは、『デザート・プリンセス』エルス・ティーネ(p3p007325)。
(今回は、話す余裕はなさそうかしらね……)
 ――視線の先には、一人の魔種と、それに喰らいつく吸血鬼の姿が在った。
 此度の『穴』を形成した元凶の男性。それに襲い掛かった魔種の少女の戦う姿。双方は互いを打ち倒すことだけを視界の全てとしており、其処に余人が干渉する余地は無いように思える。
「……それでも。こんな関わり方があっても、いいわよ、ね?」
 例え、次に会った時が敵であろうと。そう言って薄く笑んだエルスに、魔種は一瞥だけをくれるとすぐさま視線を吸血鬼に戻した。

 ――さっさとしなさい。

 無骨に、不器用に過ぎる意志の伝達にエルスは苦笑して。
「さぁ、眠りの時間よ」
 その言葉を皮切りに、彼女を始めとした仲間たちは『穴』の中へと落ちていく。
 ……或いは、地獄の窯の奥底へと。


「なん――――――」
 突如空から舞い降りてきた闖入者に対し、『穴』に居た者たちが瞠目するよりも早く。
「……生憎、我らは神ならぬ身」
「せめて、安らかに逝かせてあげるわ」
 初撃は、瑠璃とエルスがほぼ同時であった。
 ピューピルシール、続き、ブラウベルクの剣。「成りたて」である吸血鬼がこれらの過剰にも思える攻勢に耐えることなど出来る筈も無く、縛られた身が極光に灼かれその姿を焼失させる。
「ひ……!」
「ろ、『ローレット』だ! 赤犬の女がいる!」
 良くも悪くも効果的に働くエルスのラサにおける名声は、最早ラサに徒為す存在と成った吸血鬼たち――またそうなり得る一般人にも強い警戒を抱かせる。
「正直なところこの種族がそこまで魅力があるとは思えないけれど……人によって感じ方があるのかしら、ね?」
「誰が、こんな姿になりたいなんて……!!」
 反駁が、及ぶよりも早く。
「ええ、わかっています」
 中空に、様々な得物が浮かんでいた。
 それは剣であり、槍であり、手甲であり鎖であり弓であり銃であり斧であり杖であった。鮮血魔女と名付けられた血液による武器たちは、その何れもがマリエッタの意思に応え、吸血鬼を斬り、刺し、抉り、撃ち貫いては一つのヒトガタを物言わぬ肉塊へと変化させていく。
「これは……私のやるべき事」
「ち、くしょ……!!」
 或いは、破れかぶれになった吸血鬼の一人が、形成されたばかりの爪牙を以て彼女に襲い掛からんとするが。
「……人のまま逝くのがマシなのか、吸血鬼となって憂いなく逝くのが楽なのか、か」
 それが、立ちはだかる巨躯に、その身に纏う体毛に防がれる。
「まぁ、そんなもんは人それぞれだ
 被害を広がるのを防ぎ、彼らを救う手段がそれしかないのであれば、そうせざるを得ない、とな」
 咄嗟に身を引こうとする吸血鬼を、しかしエイヴァンは許さない。
 凅湊决。凍撃の巨斧に身を拉がされた吸血鬼が瀕死となり、其処に止めを刺すのはマルクである。
「……もっと、僕に力が在れば」
 独白を、聞いた者が居なかったのは、幸か不幸か。
 その初動に於いて、特異運命座標達の動きは明瞭かつ効果的ではある。確かに吸血鬼は戦闘に慣れ親しんだ彼らに対処する方法を知らず、なし崩しに倒される現状が多く続いている。
 が、その殲滅速度は高くない。
 理由は、『穴』内部に干渉する結界が理由である。複数対象に効果を及ぼす攻撃やスキルが阻害されると言うそれがある限り、彼らの依頼目標が達成されるのは遥か先であり、またの時間経過とともに吸血鬼たちは自らの能力に慣れ親しんでいくと言われても居る。
 ――故にこそ、その結界の起点を破壊すべく動く者達も居るわけだが。
「其方は?」
「……少なくとも、此方で確認できる限りは見つからないね」
 ルーキスの簡潔な問いに、小さく首を横に振るヴェルグリーズ。
 ワイバーンに騎乗し、より広域を探索できるルーキスとヴェルグリーズ、そして凍狼の子犬の力を借りたオデットによる四方の探索は芳しいとは言えない。
 当然と言えば当然か。そもそも事前情報にはその起点とされる媒体に関するものがほぼ一切存在しなかった。戦闘の合間を見てマルクも魔種の少女へ思念によるコンタクトを取って密かに問うていたが、返答は返ってこなかった。或いはその余裕すらなかったのかもしれないが。
「これ以上探して見つからないのなら、もう私達も戦闘に参加した方が――」
 効率的では、と。
 オデットがそう言い切るよりも早く、何かに衝撃を受け、目を見開いた彼女がある方向に視線を向ければ。
「……見つけた!」
 其処には、ぱたぱたと尻尾を振る子犬が、彼女同様視線を捜索班に向けている姿が在った。


「――――――っ、結界が!」
『それ』は、どちらかと言うと感覚によって察したと言うべきであろう。
 声を発したのは誰だろうか。真っ先に反応したエイヴァンが大盾を地に打ち付け咆哮を上げれば、それに反応した吸血鬼たち、また一般人たちはその大半が彼の元へと殺到する。
「さて、ここからは文字通りの『殲滅』だ……!」
 凛乎による怒りの状態異常が付与された者たちが、エイヴァンを襲い、食らいつく。その防御に秀でた彼をして、少なからぬ数の吸血鬼を相手にすれば身が朱に染まることも道理。
 それでも。パキンと指を鳴らすマルクの幻想福音もあって、受けたダメージはある程度が癒され、尚且つ。
「……その魂だけでも救われることを願って」
「返す刀」は、より痛烈なものへと変化する。
 連鎖する雷撃が多くの吸血鬼を灼き貫く。
 次いで、ジャミル・タクティール。捜索と結界起点の破壊を終え、自らもまた『穴』の底に居りてきたヴェルグリーズの容赦ない一撃が千々に別たれた剣閃を多くの吸血鬼たちに当てていく。
「戦争で、あるいは手慰みに、たくさんの人を斬る道具であった俺だけど――」
 それでも、痛痒を感じる心は、未だ彼に罪悪感を植え付ける。
 或いは、それこそが彼が今も彼である理由なのか。
 未だ立ちはだかる多くの吸血鬼に対し、それを着実に処理していくことに注力するエルスの挙動には迷いがない。クリムゾン・インパクト。赤の闘気を叩きつけられ、倒された吸血鬼の首を大鎌が刈り取れば、刹那ばかり表情を歪めたエルスは即座に亡骸へと背を向ける。
「……さて、手早く行くわよ」
 単体攻撃から全体攻撃へ。本来の力量を以て事にあたる特異運命座標に対し――「けれど、吸血鬼の数は少なくない」。
 元々作戦として吸血鬼たちを優先的に討伐していくと言う方針で在った以上、その間に人間から吸血鬼に転じた者が居ることは事実である、が――それ以上に、吸血鬼たちは最早、彼らの攻撃に対する耐性を強く保持しつつあった。
 そして、その理由はと言えば。
「……『遅すぎました』か!」
 即ち、ヴェルグリーズ同様『穴』に降りて戦闘に移っていたルーキスの言葉が全てである。
 先ほど、オデットのファミリアーによって結界の起点を確かに探索班は見つけることに成功した。
 が、その後――つまり結界起点の解除、若しくは破壊に於いて、彼らは想定以上に時間を必要ともしていたのだ。
 探索班の内、ヴェルグリーズのみはこの可能性を考慮していたが……「結界起点が見つからない場合探索を切り上げる」者は存在しても、「結界起点を見つけた後、状況に応じて解除、乃至破壊を切り上げる」者は探索班の内に存在しなかったことが理由である。
 結果として、少数による単体攻撃での討伐が比較的長時間に及んだ形になり、それは運よく攻撃対象から外れ続けた者の能力習熟を許すこととなる。
 問題は、その数が特異運命座標達の想定よりも多いこと。
「しくじりましたね。ここまで手こずる結果になるとは……」
 言い終えるや否や、飛来する『術式』に瑠璃が表情を歪める。
 異能の行使すら可能としつつある。吸血鬼を睨みつける瑠璃は現在に於いてまで一般人の対処を優先としていたが、それが範囲攻撃を使用不可能とする結界が健在であった頃からも行っていた分、結果が示されるまでに時間がかかり過ぎていた。
 尤も、それは要因であって原因ではない。そして原因を特定したところで、それが現状を打破する手段になるわけでもないこと特異運命座標達は理解していた。
 ――――――ならば、後は。
「……何かを救おうとして、また別の何かを取りこぼす」
 呟くマルクもまた、理解している。彼は、彼らは世界を救う力こそ持っていても、その意志は、担う力は只人のそれを逸脱しえないと。
 だが、それでも。
「けれど、それは救うと言う行為を止める理由にはならない……!」
 例え、それが死という名の救いであろうと、なんて。
 混沌の泥が『穴』を満たす。足元に広がるそれらに呑まれ、屈し。倒れていく者たちを、続いたマリエッタが天より地に拉がせていき。
「……悪趣味で、かつ策士ですね」
 此処まで記されていなかったものの、戦場に於いて、特異運命座標が追った怪我は少なくなかった。
 そもそもが人数に対して狭すぎるスペースでの争いである。前後衛を構築しようにも限界があり、また攻撃を誘うエイヴァンの異能も能力に慣れ親しみ始めた吸血鬼たちは抵抗しつつある。
 異能が身を裂き、貫き、灼く。
 それに痛みを覚えながらも、マリエッタは止まらない。止まることを、許さない。
 屹とした視線を頭上に向ける。今なお魔種の少女と争う吸血鬼はその視線に気づいたのか、一瞬だけ視線を合わせてくれる。
「名前の一つぐらい、聞かせてくれません?」
「『ご同輩』、先ずは自分から名乗るべきでは?」
 ――血の匂いを自ら同様、濃厚に漂わせるマリエッタへと、初老の男性は静かに答えた。
 口を開くよりも、襲い掛かる吸血鬼の一体。首筋を撃ち貫かれた指弾によってパンドラが燃焼するも、続く二次行動の精撃が再びマリエッタの身体に並々ならぬ衝撃を与える。
 そして、それは一体だけではない。二体、三体と。彼女とその周囲に居る特異運命座標達に幾重も幾重も攻撃を繰り返す吸血鬼たちの目には、最早恐れゆえの抵抗よりも血を欲する加虐さが見え隠れし始めていて。
「……私だって、好きでこんなことしてるんじゃないのよ」
 それを、哀れだと。そう思った『彼女』が居た。
 そんな、哀れな彼らが、これ以上堕ちることが無いように、とも
「だから、ごめんなさい」
 オデットがそう呟く。伸ばした繊手から放たれるヘビーサーブルズが吸血鬼の多くを呑み込む。
「……『牧場』は、これで終わりとしてもらう」
 並び、其処にルーキスも。
 H・ブランディッシュが、最後まで立っていた者の命までを奪う。そうして、吸血鬼たちは終ぞ、誰一人として生きている者は居なくなって。
 一般人も、結界が解除された時点の瑠璃の範囲攻撃に因ってその全てが死亡していた。最後に残された八名の特異運命座標達はその何れもが先のマリエッタ同様、『穴』の上で戦っていた初老の男性に視線を向けている。
「……マリエッタ・エーレイン」
「レジデュース」
 双方の応答は、短く。
 魔種の少女も、並々ならぬ傷を負いながら、しかし立ち続けていた。『穴』の状況を確認し終えた彼女は、小さく息をついた後背を向けて――エルスは、それを視線で追いながら、けれど言葉を掛けることはしなかった。
「嗚呼、試みは失敗か。女王に謝らなきゃ」
 そうして、同様に。
 初老の男もその場から立ち去ろうとする。けれど、一度だけそれを、ヴェルグリーズの声が止めた。
「例え、月へ籠ろうと」
「………………」
「星の果てへ逃げようとも。キミ達は、俺が必ず倒してみせる」
「……よく効いた洒落だね」
 ちらと笑った初老の男性は、再び戦場を後にすべく歩を進める。
「……君が僕らになり得なければ、それも皮肉に堕ちなかったものを」
「………………」
 遠回しに、施された烙印を揶揄する初老の男性に、ヴェルグリーズは小さく俯く。
 ――そうして、後に残ったのは、血と肉の跡だけ。
 それは勝利の証であり、報われない命を奪うしか無かった、特異運命座標達の無念の証左でもあった。

成否

成功

MVP

なし

状態異常

エイヴァン=フルブス=グラキオール(p3p000072)[重傷]
波濤の盾
マルク・シリング(p3p001309)[重傷]
軍師

あとがき

ご参加、有難うございました。

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