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シナリオ詳細

<カマルへの道程>例えそれが欲望でも

完了

参加者 : 8 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

オープニング

●少女の呼び声
 なぜラサで幻想種が誘拐されるのか。誘拐された幻想種はどこへ運ばれるのか。
 ネフェルストを襲った晶竜(キレスアッライル)や『吸血鬼』達や、『努々隙無く』アルトゥライネル(p3p008166)が実際に接触した誘拐実行犯の男達が口にしていた「繋ぎ役」についてその痕跡を追ったところ、誘拐された幻想種は広大な遺跡『古宮カーマルーマ』の各所にある転移陣へと運ばれていることがわかった。
 その転移陣からは、幻想種の特徴を残した偽命体(ムーンチャイルド)が現れていることも。
「一刻の猶予も無いだろう。これ以上幻想種の犠牲が増えるのを捨て置けない」
「同感だ。いつぞやの黒い幻想種……いや、『元』だが。彼女もまた幻想種に紛れて何かをしないとも限らないしな」
 『天穿つ』ラダ・ジグリ(p3p000271)が警戒するのは、以前に誘拐された幻想種と見せかけてイレギュラーズと対峙した『強欲』の魔種ノートだ。前回の邂逅では去り際に周囲へ大きな爪痕を残して去って行ったが、既に打撃を受けている今のラサにあの規模の破壊がもたらされるのは何としても避けたい。
「今回で幻想種の誘拐自体を終わらせられたらいいんだが……ん?」
 二人で話しているところへ、白翼の飛行種の少女がおずおずと近寄ってくる。

「すみません……イレギュラーズの皆様、でしょうか……?」

●『強欲』という名の
 少女の名はノルンといった。
 彼女自身は飛行種だが、深緑で世話になっている『白き枝族』という幻想種の一族が襲われ、多くが浚われてしまった為に助けて欲しい、とのことだった。
「私は、普段は森から出ないのですが……今回は手伝ってくださった方がいて。こうして兄様や、皆様にお知らせすることができました」
「優しい奴もいるんだな」
 『Immortalizer』フレイ・イング・ラーセン(p3p007598)が声をかければ、ノルンははにかんで目を細める。ちなみに『兄様』と呼びはするが、ノルンとフレイに血縁はない。
(『世話になってる』どころか、ノルンは『白き枝族』に監禁されてたはずなんだが。一族のどさくさに紛れて手引きするなんて、一体誰がどんな目的で……俺の考えすぎならいいが)
 ふと、脳裏を過ぎる黒い影。黒い髪の黒い女。
 あの黒に心の奥底から滲み出そうになる親近感や安堵を、フレイは何とか思考から振り払った。

 イレギュラーズはノルンの案内で遺跡『古宮カーマルーマ』の転移陣のひとつへ辿り着く。既に辺りは夜となり、砂上を吹き渡る冷たい夜風に月が冴え渡っていた。
「あそこです……ああ、皆様が!」
 意識を失っている『白き枝族』――白い髪をした幻想種達が転移陣へ送られ、次々と姿を消していく。たまらず駆け出したノルンの白翼の背が、漆黒の風に包まれた。
「お疲れ様、ノルン。よく頑張ったわね」
 子を労う母のようにノルンを抱く魔種ノートの姿。彼女はこの期に及んでも、転移陣より幻想種よりフレイの表情を気に掛けていた。
 ノルン自身は――ノートを恐れるどころか、彼女を頼るような視線で見上げている。
「白い幻想種達が可哀想? 私としては心底どうでもいいし、助けたいなら勝手にどうぞ……と言いたいところだけど。
 ねえ、キミ達は相手が誰であろうと、何をしていようと、殺されそうなら助けるの?」
 一刻を争う時にも拘わらず、ノートは敢えてイレギュラーズ達と視線を合わせて問う。
「私が魔種だから、キミ達は討とうとする。どうして魔種なのか、なんて関係なくね。
 彼らもそうよ。
 黒いというだけで、過去に私を封じて。黒かったこの子(ノルン)を髪の色が変わるまで監禁拷問して。ただ黒いというだけで、その子(フレイ)まで忌み嫌った。
 どんな人間だろうと、黒いなら欲望の捌け口にしていい……そんな一族でも、助けるのね。ふふふっ、本当に欲張りなんだから」
「ノート様……?」
 殺しきれない笑みを零したノートはノルンを甘やかすように撫でながら、イレギュラーズに微笑む。
「好きなだけ助ければいいわ、邪魔はしないわよ。向こうも何か用意しているみたいだけど、私には関係の無いことだもの。
 まあ、この子はもう深緑には返さないけど。だって可哀想じゃない?」
 視線だけでノートが転移陣を見遣れば、転移陣の内から白い髪の偽命体(ムーンチャイルド)達と紅血晶の甲羅を持つ晶獣(キレスファルゥ)が現れる。彼らは幻想種の転移を阻むものを敵と認識することだろう。
「せいぜい、手段を選ばず、人も理由も選ばず。キミ達の欲望のままに、キミ達の眼鏡にかなったものだけ、助けるといいわ」
 砂漠の赤い儀式に、黒い風が音を纏って優しく揺蕩っていた。

GMコメント

旭吉です。
幻想種誘拐の真相を追ってったら闇(物理)に当たりました。

●目標
 幻想種(白き枝族)を全員転移させない。

●状況
 ラサの砂漠の遺跡『古宮カーマルーマ』。
 薔薇の形の転移陣は既に起動しており、意識を失っている白き枝族は数人が既に転移されてしまっているようです。

 また、今回はノートとの戦闘を回避することも可能です。
 彼女の相手をしない場合、数ターン後にノルンを伴って撤退します。

●敵情報
 晶獣(キレスファルゥ)×2
  紅血晶の甲羅を持つ巨大リクガメ。防御と体力が高いですが動きは非常に遅く、ターンの最後に二匹が動きます。
  ターン毎に交互で【怒り】の咆哮を使用します。

 偽命体(ムーンチャイルド)×複数
  ここの転移陣の護衛と、幻想種の運搬を担当する元幻想種。
  『白き枝』の名残のように白い髪から鹿角のように枝を伸ばし、体の一部が動物化しています。
  虫の翅を生やした神秘の術を使う者が多いですが、物理攻撃の爪を生やした者、鳥の翼と脚を生やした反応と【連】特化の者もいます。

 ノート×1
  戦闘回避も可能です(晶獣と偽命体に全員が専念していれば数ターン後に撤退します)
  撤退する場合、ノルンも一緒に連れて行きます。
  戦闘する場合、ダメージなしの自域【呪縛】の他、漆黒の風で範囲内の全対象を地形ごと破壊する【災厄】【弱点】の嵐を使用します。
  戦闘する場合も不利になった場合は撤退。ノルンを置いていくかどうかは状況次第。

●味方情報
 ノルン×1
  『Immortalizer』フレイ・イング・ラーセン(p3p007598)を兄と慕う飛行種の少女。
  過去の記憶については拷問の影響なのか不確かな部分が多い。
  今のところノートの眷属等ではないが、彼女を敵視はしていない。
  白き枝族と共に深緑へ戻った場合、再び森へ監禁されます。

●情報精度
 このシナリオの情報精度はCです。
 情報精度は低めで、不測の事態が起きる可能性があります。

  • <カマルへの道程>例えそれが欲望でも完了
  • GM名旭吉
  • 種別通常
  • 難易度HARD
  • 冒険終了日時2023年03月27日 23時05分
  • 参加人数8/8人
  • 相談5日
  • 参加費100RC

参加者 : 8 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

参加者一覧(8人)

ラダ・ジグリ(p3p000271)
灼けつく太陽
イーリン・ジョーンズ(p3p000854)
流星の少女
寒櫻院・史之(p3p002233)
冬結
フレイ・イング・ラーセン(p3p007598)
アルトゥライネル(p3p008166)
バロメット・砂漠の妖精
アーマデル・アル・アマル(p3p008599)
灰想繰切
ニル(p3p009185)
願い紡ぎ
イズマ・トーティス(p3p009471)
青き鋼の音色

リプレイ


 手段を選ばず、人も理由も選ばず。
 キミ達の欲望のままに、キミ達の眼鏡にかなったものだけ、助けるといい――夜風と共に届けられたノートの言葉は、明らかにイレギュラーズへ向けた挑発だった。
(随分と安い挑発だ。その程度の言葉で揺さぶれると思ったのか? ノルンに聞かせる為か、フレイへの当て擦りか……)
 初めからノートを警戒していた『天穿つ』ラダ・ジグリ(p3p000271)に響くものはない。それよりも、仲間やノルンへの影響が気になった。
「欲望のままに、眼鏡にかなったものだけ……はは、痛いところを突くな」
 一方、『青き鋼の音色』イズマ・トーティス(p3p009471)は僅かに笑みを零した。事実として否定できなかったからだ。
「それはきっとその通りで、傲慢な事なのだろう。でも俺は、手を伸ばせるなら助けるよ。
 悪意によって望まぬ状況に陥ってるのは事実だからな。それが欲望でも傲慢でも構わない」
 それよりも、と。割り切ったイズマはノートを正視して答える。
「日頃の行いが悪いから助けないなどと言う方がよっぽど我儘だ。誰でも何でもはできないから選択せざるを得ないが、それなら俺は少しでも公平であろうと思うよ」
「助けたいから助ける。善悪も関係なし。人は己の目と意志によってのみそれを為すのよ」
 それこそが、人が人として生きている証――『天才になれなかった女』イーリン・ジョーンズ(p3p000854)は夜の女に告げた。
「日頃の行いによって取捨選択するなんて、神にでもなったつもり? 私はなれそうにないわ」
 だからこそ――『神がそれを望まれる』。『このイーリン』は、神に従うという形でそれを為す人として在ろうとしている。
「助けられるなら悪人であれ、魔種であれ、助けたいと俺は思ってる。人の理に反するならば誰であれ止めはするが、裁くのは俺達ではなく、ましてや吸血鬼であるはずもない」
「魔種もみんながみんな、わるいわけじゃないってニルは思います。……魔種じゃなくても、わるいひとがいるのを、ニルは知っています。でも、だからって……こんな形で、連れて行かれていいとは思わないのです」
 里を襲われ、意識を奪われたまま自分では無いものに作り替えられる――どんな過去のある相手であれ、そんな仕打ちが許されていいはずがない。『可能性の壁』アルトゥライネル(p3p008166)と『あたたかな声』ニル(p3p009185)は声を上げた。
「ノートには当事者として彼らを裁く権利があるかもしれない。だが、どうでもいいと言うくらいだ、そんなつもりは無いんだろう?」
「よくわからないかもしれないな。この世界を破滅させるためだけに居る魔種にはさ」
 アルトゥライネルは重ねてノートに問うてみたが、『若木』寒櫻院・史之(p3p002233)がその問いの虚しさを憎しみと共に切り捨てる。
「あのね、何に使うつもりか知らないけどさ。命をなんだと思ってんの? そういうとこだよ、俺が魔種を嫌いな理由はさ。
 俺は助けを求める人々がいるなら、全力で応えるよ」
 それだけの力を、ここにいる仲間も自分も持っている。魔種の思い通りにはさせない――その確固たる意志が、ノートの挑発を完全に撥ね除ける。
「生きていれば別の道を選ぶ事も出来る……そいつが望めばだが。……死者はやり直せないからな」
「くるしいのもかなしいのも、ニルはいやだから。ニルはここで起こるかなしいことを、止めたいのです」
 やり直せなくなる前に、可能性は最後まで残されるべきだと『灰想繰切』アーマデル・アル・アマル(p3p008599)はニルと共に主張した。
「ノルン、依頼は彼らの救出でいいんだな?」
 改めて、ラダがノートの腕に抱かれているノルンに尋ねる。
「あ……、はい、お願いします……!」
「なら、その依頼を完遂する。――始めよう」
 思考を切り替えたラダが行動に移る。他のイレギュラーズも動き始める中で、一人その場から動かなかった者がいる。

「皆優しくて、欲張りなんだから……キミはどう?」
「…………」
 『Immortalizer』フレイ・イング・ラーセン(p3p007598)だ。


「彼らを攫うのは止めてもらおうか!」
 フレイを除いたイレギュラーズ達は、幻想種達の救出にあたる。まずは『最強』の幻想を纏ったイズマが高らかに声を上げ、幻想種を連れ去ろうとしていた偽命体(ムーンチャイルド)の何体かを引き付けた。イズマに向かってくる個体と捕捉しきれなかった個体を巻き込んで、アーマデルがジャミル・タクティールで追い討ちを掛ける。
「これ以上、連れて行かせは……しない!」
 鳥の翼の偽命体が向かってくるのを、ラダのデザート・ファニングSSが一挙に制圧していく。それすら高速でかい潜ってくる個体は史之が引き付け、後衛から無傷のまま光弾で狙ってくる虫の翅の個体はアルトゥライネルがシムーンケイジの砂嵐で捕えた。
「フレイさん、その人のことは頼んだよ。僕もこっちで雑魚戦がんばるからさ!」
「ああ、……ありがとう。頼む」
 史之の頼もしい言葉に、フレイは改めて目の前のノートへかけるべき言葉を考える。

 戦わずに済むならそれが一番いい。幸い、向こうは積極的に戦う気はないようだ。しかし、優しくノルンに回された腕は解かれる気配がない。
「……ノートだったか。ノルンを連れてきてどうするつもりだ? 正直に言えば、ノルンをあそこから連れ出してくれたことには礼を言いたい。いつか、俺が連れ出すつもりではあったがな」
「私はね、とても好奇心旺盛なの。キミが大切なものの名前を言うから、実際に目の前にいたらどんな顔をしてくれるのか気になって」
「争う気がないのなら、こちらとしても戦おうとは思わない。だけどな、ノルンを連れて行かれるわけにはいかなくてな。ある意味で、俺の最後の拠り所のようなものだ。一族には始終敵視され、妹は魔種になってしまった。そんな俺が狂わないでいられるのはノルンがまだこちら側だからだ」
「ふうん……?」
 あくまでノルンを離さないまま、フレイの話を興味深そうに聞くノート。
「アンタには何故か懐かしい気持ちになる。できれば戦いたくない」
 切実に願うフレイ。ノートの細く白い腕は、決してノルンを傷つけない。
 しかし、その指の一本で、その優しい声ひとつで、彼女をどうにでもできてしまう。考えの読めないノートがいつ気紛れを起こしてしまうのか、フレイは気が気でなかった。

「――ねぇ、あなた達はどうしてその姿を選んだの?」
 紫苑の魔眼を向けたイーリンに集まっていた鋭い爪の偽命体達へ、彼女は問うてみた。
 白髪の幻想種から様々に形を変えてしまった偽命体の形は、人間では無くなりつつある彼女自身にどこか通じるものを感じたからだ。特に、『月』に連なりながら鹿角を持つ姿は。
(彼らがムーンチャイルド……月の落とし子だというなら。オリオンを人に堕とした私はどう映るのだろう)
 少しだけ期待した返答は、得られなかった。彼らの鹿角は、「白き枝」が偶然そうなっただけのものなのだろう。言葉なく向けられる鉤爪を、イーリンは月神狩の魔力剣で斬り伏せた。
(私はきっと、燃え尽きる。その時まで、私の心のままに生きる。きっと、一緒ね)
 彼らを変えたものも、己を変えた呪い(祝福)も、きっと。
 改めて心の内に墓標を刻む彼女の周囲で、ニルの混沌の泥が氾濫する。白い偽命体達が翼や足を取られて満足に動けなくなっていく様は、仕方の無い事とはいえ少し悲しくなる。
(この方々は……ノルン様達を。でも、こうなってしまっては……もう戻れない……)
「来るぞ!」
 アーマデルが仲間達に警戒を促した後、泥に塗れた晶獣(キレスファルゥ)の1体が大きく咆哮を上げる。もう1体も続けて巨体を前進させると、それだけで大地が揺れた。揺れは偽命体や未だ意識を失ったままの幻想種達も巻き込んで、その場にただ立つ自由を許さない。
「巨体とはいえ、でたらめな……」
「ニルが結界を張ってるので、揺れで遺跡が崩れたりはしないと思いますが……」
 晶獣を見遣るラダに、ニルも緊張の声を溢す。イレギュラーズ達は揺れの外にいたり不調への耐性を持っていたりした者が多かったため、直接の影響を被った者はいない。加えてニルの強力な結界も手伝い、この布陣が維持されている限りは被害も最小限に留められるだろう。


「助けに来たよ、起きて!」
 偽命体の数が少し減った辺りで、史之が眠ったままの幻想種達に声をかける。その声には頼もしさと力強さがあったが、幻想種達は眠ったままだった。
(こんなに強い眠りは……アンガラカの影響かな。後で調べた方が良さそうだけど……)
「ひとまず、向こうの遺跡の壁まで運ぼう。いかなロクデナシとは言え、吸血鬼にもあの女にも裁かせてはいけない」
「ニルもお手伝いします」
 ラダが主導して幻想種達の保護を始めると、史之に加えてニルも手を貸す。
「偽命体は私が受ける、向こうは任せるわ」
 言うや否や、イーリンは次の相手を斬り飛ばす。
 他のイレギュラーズ達も幻想種の保護が滞りなく行われるよう、偽命体の引き付けや撃破を続けていた。

「フレイ。キミが白い一族よりこの子を優先するのは、キミ自身の事情もあるだろうけど……やっぱり、どこかで思ってるんじゃないかしら。白い一族への報復を」
 ノートはフレイを試すように優しく微笑んだ。
「……悪い感情を全く持っていない、と言えば嘘になるかも知れないな。俺はそこまで聖人にはなれない。それでも、見捨てていいとまでは思えない」
「あら、どうして? キミも皆と同じ、手の届く限り全てを助けたいの?」
「そんな大それたものじゃない。イレギュラーズだから、というのも一応はあるが。俺が捨てきれないだけだよ。あいつらのとこにまだ居場所があるんじゃないか、頑張っていれば認めてくれるのではないか、という希望をな」
 どれほど忌み嫌われようと、敵を見る眼差しを向けられようと。フレイはその小さな希望のために、まだ手を汚さずに済んでいた。

 その言葉に、ノートは――底の見えない夜色の瞳を細める。

「キミは、誰のために戦っているの?」
「それ、は……」
「黒い私が教えてあげる。白の一族が、キミを許すことはないわ。ノルンをこんな姿にしたのがその証。
 ……ねえ、教えてフレイ。キミはが守りたいものは、何? キミがこんなにも守りたいものを捨てようとする、白い一族かしら?」
 ノルンは、生まれついて髪が白かったのではない。元はノートやフレイと同じ黒髪だったのが、記憶が曖昧になるほどの監禁と壮絶な拷問により白く変わってしまったのだ。
 そんなノルンだけは、絶対に傷つけたくなかった。魔種にも落ちて欲しくなかった。どうすれば今、ノルンを守れるのか――フレイの思考に、声が染み渡る。
「キミを大切に思ってくれる人を、キミは大切に守るといいと思うの。
 それは、誰かしら。どこにいるのかしら。
 キミが私の声を聴いてくれるなら……私は、黒いキミを守ってあげる。
 大切な人を守る、黒いキミを。黒い私が守ってあげる」
 ノートは、フレイを守ると言っている。フレイは、ノルンを守りたい。
 彼女の声をきけば、ノルンは。ノルンだけは、彼女から守れる。
 一番守りたいものだけは、確実に守り抜けるなら――。

「フレイ!! ノルン、ノート!!」
 仲間の一大事と見たラダとアルトゥライネルが、偽命体と幻想種の対応を仲間に預けいち早く合流する。
「聞きたい事がある。ノルン、君達がいたのは深緑なんだよな?」
「はい。私は深緑の森の、奥深くにいて……森の外を見たことがありませんでした」
 ノルンの返答に頷いて、ラダが続ける。
「確かにラサで幻想種誘拐の被害が広がってるが、それらはラサにいた幻想種が対象だ。深緑からではない。
 ……当然だ。深緑の迷宮森林は、通るのに案内が必要な程なのだから」
 そして、今度はノートに視線を合わせて問う。
「ところでノート。我々より前からここにいたようだが誘拐犯は今どこに? 或いは、そんな奴は最初からいないのか?」
「いたわよ? 幻想種を欲していたのは彼らだもの。森を襲ったのは彼らよね、ノルン?」
「……はい。大人数で襲われて……その中で、ノート様が私を助けてくださったのです」
 ノルンの言葉に嘘はないだろう。ノートも、ノルンに話している内容に嘘はないのかもしれない。
 ――それ以外の部分。誘拐犯は『いた』ということは、今は。
「……消したのか」
「だって面倒だったんだもの。一度味を占めたら穴場を教えろって、教えないならお前を連れて行くってしつこいのよ? 私は幻想種じゃないのに」
 まるでちょっとした口喧嘩の相談のような口振りで、ノートは言ったのだ。
 『使うだけ使って、用済みになった誘拐犯は殺した』と。森へ彼らを手引きしたのも己であると。
「確かに、誘拐犯達も褒められた奴らじゃない。けど……アンタ個人の事情だけで殺していい奴でもないよな? あの白い幻想種達だって、碌でもない奴らだったかもしれない。でもこんな、こんなものが罰であってたまるか」
 魔種としての残忍さを見せるノートに、アルトゥライネルは改めて問う。
「先日の誘拐の時も、今日のこれも、思惑が見えない。ノルンを助けたいだけなら一緒に消えてしまえば良かったはずだ。一族への復讐にしたって、俺達を呼び寄せるような真似は要らないだろう?」
 偏見に満ちた習慣や風習が残る幻想種やその里が存在することは、彼も知らない話ではない。他人事でも無い。だからこそ、そういったものを変えたい、変わりたいと願い続けてきたのがアルトゥライネルだ。
 過去にそのような偏見の対象になっていたノートが、魔種として今何を望んでいるのか。そこに、求める答えに繋がるものが見つかる気がしたのだ。
「ニルも、同じ事を思いました。ノルン様を救い出すだけなら、ノルン様を使ってニルたちを呼ぶ必要はなかったはず。
 ……目的は、フレイ様ですか?」
 幻想種達の隔離を終えたニルが話に加わる。
 自分に問いを向けるイレギュラーズ達に、ノートはノルンの頭を撫でながら静かに答えた。
「この間は、本当に偶然なのよ? ザントマンの再来みたいな事件を聞いたものだから、少し興味があって調べてみたくなっただけ。
 それが……フレイみたいな子がいて。その子には、大切にしたい子がいるなんて知ったら。知りたくなるじゃない。ましてや私は『強欲』の魔種。知らずにはいられないわ」
「フレイの何が知りたいんだ。ノルンをどうする気だ」
 アルトゥライネルが更に詰め寄る。
 しかし、ここでラダが違和感に気付く。自分達が合流してから、フレイが一言も反応しないのだ。
 彼こそが、今の話題の中心であるというのに。
「フレイ、どうし」
 声を掛けようとしたとき、無言のままフレイが前へ出る。
「……兄様?」
 ノルンの色の違う瞳へ映る『兄』の姿に、彼女は目を見開いた。


 転移陣の手前では、鳥の翼の偽命体にアーマデルがデッドリースカイを叩き込む。
 それを見て退いた鉤爪の個体が向かう方向へ声を掛ける。
「そっちに行った」
「これで最後……かな!」
 史之が『秋霖』の一撃でこれを沈めると、偽命体は片付いたようだった。
(すこし心が傷まないでもないけれど、なっちゃったもんはもうしょうがないじゃんね。眠らせてあげるのが優しさだろうよ)
 未だ残っている晶獣には、既にイズマが攻撃を開始していた。
「もう耐える必要は無いな! これで、どうだ!」
 紅血晶の甲羅ごと両断するように、イズマのDDが周辺の敵を破壊する。響き渡る咆哮も脚による地震も、もはやここに残っているイレギュラーズを止めることはできない。
「タフな相手にこそ毒はよく効く。早く落としてしまおう」
「追撃は任せておいて」
 既に他の偽命体を攻撃した際に、巻き込んであらゆる不調を施してある。更に甲羅で覆われていない柔らかい箇所へ蛇巫女の後悔である毒の呪いを振り撒くと、史之も甲羅を破壊する強力な斥力を発生させる。赤い閃光が強烈に輝く度、晶獣は悲鳴の咆哮をあげ続ける。
 甲羅が完全に砕け晶獣の巨体が音を立てて砂地へ沈むまで、それほど長い時間はかからなかった。

「ねえ、あっち……何だか変じゃない?」
 先に偽命体を討伐し、ノートを引き留めるべく声を掛けようとしたイーリンはその異様な様子に気付く。晶獣を撃破した三人と共にそちらを見れば――。

「そうだな……それでまだ何かを守れるのなら、それも一つの選択だな。
 わかった、行こう。ノルンは一族の元に帰らずに自由にしたら良い」
 フレイが、ノートの元へ歩み寄っていく。
 彼女の傍らに立って、イレギュラーズへ振り返っていた。

「それで本当にいいのか、フレイ!」
「兄様……? ノート様、兄様をどこかへ連れて行かれるのですか?」
 ここで別れてはいけない気がして、ラダはフレイに声をかける。未だノートの腕にあるノルンも流石に不安になってきたのか、ノートを見上げて尋ねた。
「……ちょっと予想外。キミにはもっと、夢中で狂ってほしかったのだけど。でもいいわ、黒いキミが望むなら。……はい」
 ノルンに回していた腕を、ノートが解放する。彼女は自由の身になったのだ。
「また会いに来るわ。それまで元気にしていてね、ノルン」
 ノートが、フレイを伴って黒い夜風に包まれていく。
「フレイ様、戻ってきてください!」
「フレイ!!」
 ニルとアルトゥライネルが呼びかけるが、その声が届くことはもう無い。

 彼は、夜と共に行ってしまったのだから。


 偽命体達の遺体の一部を切り取り、瓶に持ち帰るイーリン。
 情報があるかはわからないが、何かの参考になるかも知れないからだ。
「この転移陣も壊してしまえば今後の連れ去りを防げるんじゃないか?」
「そうね。壊す前に、構造は調べておきたいけど」
 アーマデルの提案には同意して、わかる範囲で構造を調べた後に薔薇の形をした魔法陣は破壊された。
「他の偽命体は……お墓を作って弔ってあげようか。名前はわからないけど、野晒しなのもね」
 沈黙してしまうのを避けるように、史之は異形となった鹿角の偽命体達を次から次へと砂の下へ深く埋め、葬り続けた。

 イレギュラーズの間に流れる空気は重かった。
 死んだわけではないとは言え、フレイが魔種の手に落ちてしまったのだ。
 それが自分を助けるためだったとあっては、ノルンも顔を上げられない。
「フレイさんもああ言っていたし……ノルンさんは白き枝族には帰らずに、ローレットで保護するのがいいんじゃないかな」
「幸い、今もまだ意識が戻らない様子。一連の騒ぎの中で死んだと説明してしまう手もあるだろう」
 イズマとラダの意見にニルも頷く。彼女は結局森から連れ出してくれた恩人も、慕っていた『兄』も失って、森に戻ることもできず、見知らぬ土地でひとりぼっちになってしまったのだ。
 しかし、彼女にとって優しい人たちに付いていくということは、あの場では反転を意味する。それだけはできなかった以上、ノルンにはここから強く生きてもらうしかない。
 少なくとも、ローレットには――見た目だけで彼女を害する人間はいないだろうから。


 黒く、優しい、停滞の風の中。
 同じ黒と黒が、黒い翼に包まれていた。
「……ノート。アンタの正体は何だ……?」
「ずっと言ってるじゃない。キミと同じ色の、黒い私よ」

 かつて深緑の森にいて、今はいない「黒き枝族」。
 白が黒を忌む元凶となった災厄。
 好奇心で己が一族を滅ぼした夜の女。
 彼女の名は――『黒の災厄』ノート・ウイルド・シーデーン。

成否

成功

MVP

フレイ・イング・ラーセン(p3p007598)

状態異常

フレイ・イング・ラーセン(p3p007598)[反転]

あとがき

ご参加ありがとうございました。
「白き枝族」の被害は最小限で済んだ模様です。
ノートと戦闘になることなく、ノルンは連れ去られることはありませんでした。
ノルンはローレットで優しく見守られていくことでしょう。
称号は、もう戻らない『選択』をしたあなたへ。

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