シナリオ詳細
白は灰に、灰は黒に
オープニング
●白花
丘一面に白い花が咲いていた。
春先になるとこの丘は白に覆われて、クルーク・シュテルは好きだった。
白は、兄さんの色だ。
自身にも宿る色だけれど、兄さんの方が綺麗。
けれども兄さんが目を細めてお揃いだねと、綺麗だねと言ってくれるから、己の純白も嫌いではなかった。なのにそれは――。
「兄さんは、どこにいるのだろう」
小さく吐息を零し、思考を切り替える。
ずっとずっと、離れ離れになってしまった兄を探していた。
すぐに再会できると思っていたのに、けれど世界は思っていたよりも広くて。
大きいと思っていた大人たちは、思っていたよりも愚かで小さくて。
月日だけが過ぎていくけれど、クルークは焦らない。兄と必ず会えることは『決まっている』のだから。
空を飛ぶ鳥を追って上向けた視線を足元へ戻す。風に揺れる白い花たちは美しくて可憐で、穢れを知らぬ兄のよう。しゃがみ込んで一輪に手を伸ばして手折り、顔に寄せて香りを吸い込めば、胸いっぱいに清廉で爽やかな香りが満ちた。
気に入っていたのに。好きだったのに。
――残念だ。ここの花とも今年でお別れ。
けど、仕方がないよね?
歪められた歴史は修復され、正しい歴史に戻る。それが世の摂理で『救い』で、正しいこと。
そう、『先生』が言っていたのだから。
程なくして丘は、炎に飲まれることとなる。
●
天義に神託くだされり。
――主が定めし歴史を歪めた悪魔達に天罰を。
我らは歴史を修復し、主の意志を遂行する者だ。
箝口令の敷かれたその言葉は、天義に波紋を呼んでいた。
ある日、遂行者と名乗る仮面の男がこう嘯いた。
――『正しき』天義。厳格なる神への、決して揺るがぬ忠誠と信仰とともに、絶対正義と汚れなき『白』の都――『絶対正義圏(オリジナル・ジャスティス)』をここに顕現させる、と。
そうしてその日、天義の巨大都市――テセラ・ニバスに、『帳』が下りた。
ローレットはイレギュラーズを派遣し、その問題に対処した。
――のだが。
「また『帳』が下りたんだ」
早い話、すぐにでも向かってほしい。資料を片手に話す劉・雨泽(p3n000218)は聖教国ネメシスの現状を少しだけかいつまんで話してから、具体的な話をしていく。
件の帳のうちに包まれたテセラ・ニバスは一夜のうちに『異言を話すもの(ゼノグロシアン)』たちの住まう『異言都市(リンバス・シティ)』へと変貌を遂げた。新しく帳が下りた場所も、直にそうなる。
「行ってほしい場所は小さな村だよ」
その村はずれには丘を背にした孤児院がある。晴れた日にはお手伝いを終えた子どもたちが丘で遊んでいる姿がよく見られるのだそうだ。
すぐに帳に気がついた村長は住民たちを避難させたのだが――少し離れている孤児院へ使いを出すのが遅れた。使いを出した頃には孤児院へと向かう道に黒い獣が陣取っていたのだ。
「孤児院には飛行種の子も居るみたい」
気遣うような窺うような視線がチラと、出来るだけ隅に寄っているチック・シュテル(p3p000932)へと向けられる。
人間種が九割を占める天義では飛行種は目立つ。そして白に染まる天義において黒い翼の子となれば――忌み嫌われ捨てられ、孤児院も転々としているのかもしれない。
「……大丈夫? 体調が悪いのなら、君は休んでいても――」
角を晒すようになってから距離が近くなった雨泽が近寄ってきて、『いつもの』距離感で問いかける。
「っ!」
熱を測ろうとしたのだろう。伸ばされた手を、思わず避けるようにチックは距離を取った。
雨泽の瞳が少しだけ丸くなる。またたき、二回分くらいの間だけ。
すぐに笑みが作られるが、チックにはそれを確認する余裕は無かった。
近づいてきた手から――手首から、香りがした。甘い甘い、血の香り。考えないようにいつも通り『お手伝い』をしようと思ったのに、五感が拾ってしまう。
視線を逸らしたまま震える声で小さく謝ると「僕の方こそごめんね」と返した雨泽はさり気なく距離を空け、他のイレギュラーズたちへ現地の説明を始めた。
全ていつも通り。けれどもチックだけが『いつも通り』ではいられない。
(どう……しよう)
引き籠もっていた方がいいと解っているのに。
けれども、それでも。
チックは誰かの助けになりたいのだ。
ああ、不安と渇きばかりが増していく。
- 白は灰に、灰は黒に完了
- GM名壱花
- 種別通常
- 難易度NORMAL
- 冒険終了日時2023年03月27日 23時05分
- 参加人数8/8人
- 相談10日
- 参加費100RC
参加者 : 8 人
冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。
参加者一覧(8人)
サポートNPC一覧(1人)
リプレイ
●
現地につくと、火の手が見えた。村長から聞いた、孤児院だろう。
「こどもは宝なのです! 早く助けてあげなきゃです!」
イレギュラーズたちは疾く駆けた。罪なき子どもたちが火に飲まれていると思うと、それだけで『ひだまりのまもりびと』メイ(p3p010703)の胸は苦しかった。
「大丈夫、まだ間に合うよ!」
村長の話では煙が上がりだしてから然程経過していない。近付いた『聖女頌歌』スティア・エイル・ヴァークライト(p3p001034)たちの瞳には炎に飲まれている孤児院が映ってはいるが、諦める気なんて更々無い。
そう、例え終焉の獣が道を塞いでいたとしても。
「えとえと。ここはメイたちが頑張るです! 皆は孤児院に!」
「ここはアタシたちに任せて! 雨泽たちは中の皆をお願いね!」
今は一秒でも惜しい。どうすることが最善か。
そう考えて導き出された答えをメイと『月香るウィスタリア』ジルーシャ・グレイ(p3p002246)が意思を明確に現し、『紅獣』ルナール・グリムゲルデ(p3p002562)は行動を持って答えとすべく真っ直ぐにワールドイーターへと向かっていった。
「ヒヒ、残る子たちは気をつけてね」
「頼もしいね、ジルーシャ」
煙を吸わないようにと口元へ襟を引き上げた『闇之雲』武器商人(p3p001107)とスティアを先頭に、追い抜き際に雨泽がジルーシャへと声を掛け『かたわれを想う』チック・シュテル(p3p000932)と『今を写す撮影者』浮舟 帳(p3p010344)とともにワールドイーターを避けて駆けていく。
「メイ様、何かあったらごれんらくください!」
「はいです! ニルさんもお気をつけて!」
連絡しあわねばいけないようなことが起こらないことを願いながらもメイとファミリアーの小鳥たちを交換した『あたたかな声』ニル(p3p009185)は、一足遅れて駆けていく。が、ニルの足ならすぐに追いつくだろう。
ワールドイーターが反応する。イレギュラーズたちが『ご飯』を奪う敵だと認識して動く。横を抜けていこうとするイレギュラーズたちを含む全ての者たちに足をすくませるような咆哮を上げ、臨戦態勢に入った。
「お前の相手は俺だ」
こちらを向けと、ルナールがワールドイーターの前に立つ。
「ジルーシャさん、あそこ……!」
臨戦態勢となり立ち上がったワールドイーターの足元に、子どもが倒れていた。
子どもは「うう……」と小さく呻いた。まだ、生きている。
「アタシが向かうわ!」
「メイが守ります!」
ルナールがワールドイーターの牙を受けている間にジルーシャが子どもの元へと走り、メイは自身にルーンシールドを施した。
髪の奥で瞳を黄金色に輝かせたジルーシャは素早い。すぐに黒翼の男の子を抱えてメイの元まで戻ってくると、メイが与える福音を受けるその頭を撫でてやる。
「もう大丈夫よ」
「ジルーシャさん、その子は」
「ええ。……一人でよく頑張ったわね」
きっと、そう。ひとりで助けを求めに行こうとしたのだ。
もしかしたら他の子たちに「ひとりで逃げるのか」と言われたかもしれない。けれどもしそうだったのなら、反対側へ逃げてこの場から離れてしまえばいい。けれど子どもは村への――大人が居る場所への最短を選ぼうと外に出て、ワールドイーターに遭遇したことがジルーシャとメイには解った。
「子供は無事か?」
「はい、大丈夫です!」
「それじゃあ皆が戻ってくるまで」
「やれるだけやるとするか……」
生きた獣とは違う声で、ワールドイーターが咆哮する。
真っ直ぐに見据える三人の瞳は、少しも怯んでいなかった。
三人はワールドイーターが一筋縄ではいかぬ相手と知りながら、仲間たちを先に進ませた。全てはひとつでも多くの命を救うための判断だ。
「廊下を歩いている子がいるようだよ」
一度に複数の技能の発露は脳への負担が大きい。超視力によって天井の高さを越えての俯瞰と透視を行った武器商人は、溢れ出た鼻血を拭いながらそう告げた。
空飛ぶ鳥の目を持ってしても1m以上の何か……柱や大型の家具、人を透視は出来ない。つまりは動く透視の出来ないものは人に当たるのだが、此処に住まう主な住人は子どもたち。1mに満たない子も多くおり、其れ等を透視してしまわないように調整すること、そして広域による膨大な情報量は容赦なく脳を焼く。
――それでも。
武器商人は養子と言えど子を持つ者だ。自身の子が炎に飲まれたらと考えれば、自らへの負担など気にせず子どもたちを救うだろう。
「私が向かうね」
「お願いします、ニルは他の部屋を見て回ります」
生命の危機に瀕した人の場所を察する能力に長けたスティアが武器商人の示した方角へと駆けていく。
その背を見送り、ニルは保護結界を発動させる。既に燃えてしまっているため延焼や崩れるのは避けられないが、少しでも遅らせることは叶うだろう。此処は、子どもたちが住まう場所だ。心が育つ過程にいる子どもたちが、育つ場所。大人にとっては何とも思わないことでも子どもたちには大切で、きっと沢山のものに思い出があふれている。お気に入りのパジャマ、お気に入りのコップ、お気に入りのぬいぐるみ……そういった物が炎に飲まれているのを見て、ニルはギュッと杖を握りしめた。これは、悲しいことだ。
瞳に光が反射して、写真立てが視界に入った。
真白の孤児院の前で撮られた一枚のようだ。中央に優しい笑顔の老婦人が居り、子どもたちは皆笑顔で前を向いていて、一人の黒い有翼の子どもだけがそっぽを向いている。
ワールドイーターの横を抜ける時に視界へ入った子のことを思い出し、ニルはまだ燃えていない写真立てを回収した。誰かの、大切な思い出だから。
「――大丈夫!?」
廊下でスティアが子どもを見つけた。その子は燃えているカーテンに隠れようとしていた。……燃えていると知っていながら、隠れなくてはと思っていた。
「ひっ」
スティアの声に、涙の溜まった無垢な瞳が見開かれる。
「おね……、だれ……っ」
「大丈夫だよ。お姉さんたちが、助けに来たから」
「せ、せんせ……ひ、つけて」
煤だらけの手を優しく取って、うんと頷いたスティアはその子を抱き上げる。と同時に武器商人から念話があったのでそれに応じ、子どもたちの避難場所を探すこと、そして院長や他の子どもたちもおかしくなってしまっている事を伝えた。
その情報は武器商人たちに周知される。
(……どうして、胸騒ぎが収まらないんだろう)
火の中で、チックは胸元を握りしめる。この子どもたちの生への不安もあるが、それは少しだけ違うようにも覚えた。
「良かった……息、してる」
屈み込んで呼吸を確かめ、安堵する。しかし、胸騒ぎが増す。
同時にふわりと香るのは、健康そうな子どもの――。
「僕が抱えるよ」
「うん……」
渇きをごくりと唾を飲み込んで耐えれば、《白き燈火》で昏倒させた子を既にひとり抱えている雨泽がもうひとりを抱え上げ、「両手が埋まったから後はよろしくね」なんて不安を払拭させようとするかのように笑った。
「雨泽様! こちらに赤ちゃんが!」
ニルが叫ぶとともにピィィと屋外で甲高くファミリアーが鳴く。小さな体ではすぐに炎に飲まれてしまう小鳥は、外へと運び出した子どもたちを診る仲間たちへの報せに鳴いた。
「ニル、窓から行こう」
「はい!」
赤子はこの煙の中、瀕死に思えた。急ぎの処置が必要だ。
『シトリンのコ、人手はご入用かい?』
『武器商人様はそのままに』
チックが窓を割って道を作る。赤子を抱えたニルは割れたガラスに怯むこと無く窓枠に足をかけ、着地地点まで来て念話をくれた武器商人の元へ飛行を伴いながら飛び降りた。
チックと雨泽も窓から降り、ワールドイーターの咆哮が届かない充分に離れた位置へと子どもたちを連れて行っているスティアへとふたりの子どもを預け、また孤児院へと引き返す。
「まだまだ足りていないね。我もいくよ」
子どもはまだ数名。それに院長も居ない。
火を着けて回っているのかもしれないなと考え、武器商人も引き返す。
「居ない方のお名前、わかりますか?」
ごほんごほんと咳き込んだ子どもが、何名かの名前を口にする。
小さな手を握って慈愛の陽光で温めながらその名前を聞いたニルは、必ず助けますねと微笑んだ。
「もう大丈夫だからね」
「……おうち、もえちゃった」
「うん」
「みんな、かぞくで」
「うん」
「せんせい、おかしくなって」
「うん」
「せんせいを、たすけて」
咳き込みながら、子どもが願う。院長は身寄りのない子どもたちにとっては祖母か母親代わりなのだ。異言(ゼノグロシア)でおかしくなった姿を見たであろうに、スティアの手を必死に握りながら助けを求めた。
「大丈夫だよ。もう少し待っていてくれるかな?」
きっとすぐに、仲間たちが子どもたちや院長先生を連れて戻ってくるから。
スティアは子どもたちを残すこと無く、寄り添い続けた。
「獲物を取られて怒っているな」
「あら、いい気味ね」
孤児院前で行われる戦いは『耐える』戦いだ。決して誰も倒れること無く立ち続け、仲間たちが救助を終えて加勢に来るのをひたすら待つ。それまでに出来るだけワールドイーターへの嫌がらせが出来れば万々歳。
頑強さに自信のあるルナールは耐えるのが得意だし、「皆が戻ってくるまでに倒してしまっても構わないのでしょう?」と笑うジルーシャはワールドイーターがお化けでもないから好戦的。子どもの悲鳴を餌にするような悪食には、とびきりの災厄をと精霊たちとともに張り切っている。
「ジルーシャさん、ルナールさん! 男の子が目を覚ましたです!」
一等後ろで子どもを守っているメイが、黒翼の少年の意識が戻った事を報せた。
「メイたちが来たのでもう大丈夫ですよ。頑張ってえらいのです!」
よければ名前を教えてくださいと陽だまりのような微笑みとともに尋ねれば、少年は沢山入ってきた情報に目を白黒させながらも「アスワド」と答えた。
「メイは、メイです。この怖いのも、すぐにさよならするですよ」
だから大丈夫だと、少女が笑う。けれど離れないようにと告げるのも忘れない。ワールドイーターが追うかもしれないから、メイのすぐ後ろの方に居たほうが安全だ。
ワールドイータが吼えた。怒っていると解る声で。
目が覚めたアスワドが悲鳴を上げるはずだったのに。
孤児院からはたくさんの子どもたちの悲鳴が上がるはずだったのに。
少し前までたくさん聞こえていた鳴き声も、高音を拾うのに長けたワールドイーターの耳に殆ど入ってこない。
これでは満たされない。世界を喰らえ無い。
牙と爪とを振るい、ワールドイーターはジルーシャとルナールを傷つけ、方向を持ってその場のすべての者の精神をすり減らす。
けれどそれも、永遠に続くわけではない。
「待たせたかい?」
「子どもたちは大丈夫だよ。さあ、さっさと倒してしまおう!」
助けた子たちをニルの妖精の木馬に預け、武器商人とスティアも戦闘へと加わった。
そうなればもう――ワールドイーターの勝ち目はない。
――無事に逃げた子が丘にいないか、見てくるね。
そう言って、雨泽とチックは丘へと向かった。
お留守番を任されたニルは、傷付いた子どもたちの手当に専念する。
井戸も覗いたし、畑だって見た。だからきっと全員大丈夫。そう信じて、特に『異言を話すもの』となっていた院長と数名の子どもたちへ重点的に癒やしを与えた。異言を話すようになってしまった場合の確かな治療法は確率されていない。正気に戻る場合もあるし、戻らない場合もある。目が覚めてからしか分からないため、ニルは暖かな癒やしの力に祈りを込めるのだ。
「ニルさん、お疲れさまですよ」
「メイ様! 皆様!」
ワールドイーターを倒して戻ってきた仲間たちの姿を見て、ニルはパッと顔を上げた。先程倒れていた黒翼の子も、ジルーシャのデュラハンの背に揺られている。
「……雨泽とチックは?」
「丘を見に行きました」
「そう、それならすぐに戻ってくるわね」
被害者となった孤児院の子どもも院長も、アスワド以外目覚めては居ない。武器商人が気絶させた院長も、スティアがずっと側についていた子も、今は疲労と緊張の糸が切れて眠っている。
目覚めていたら言いたい言葉もあったメイだったが、いそいそとデュラハンの背から降りて横たわる皆の元へホッとした顔で駆けていくアスワドの姿に、自身もニルと傷の手当へ回った。
武器商人とルナールが消火をどうするかを話し合い、スティアが村長さんに知らせてくると駆けていく。チックたちも直に丘から戻ってくるだろうから、その後も助けられることに手を貸そうと誰もが心に決めていた。
白い花咲く丘を炎が舐め始めている。
「雨泽、あそこ……」
人影が見え、チックは指さしをして駆けていき、雨泽もそれに続いた。
(……翼?)
有翼の子どもはひとりきりのはずだ。訝しんだ雨泽は眉を顰め、チックの名を呼んだ。
けれどチックにその静止は届かなかったようだ。胸に宿るのは助けなきゃの思いひとつ。火の粉となった花弁が舞い、チリと肌を焼くが気に留めない。
「え……」
それが、瞬時に白に染まった。
どうして。なんで。ここに。
だってあの時。おれの所為。
人影を確りと視認した瞬間、頭の中を白く染めた沢山の言葉たち。
「え、あれ? 兄さん?」
白い翼を背に生やした『殺したはずのチックの弟』クルークが振り返った。
「兄さん? 本物?」
「……クルーク。どうして、ここにいる……の?」
「わあ。本当に兄さんだ。勿論、兄さんを探していたんだよ」
あまりにも会えなかったから少しだけ疑っちゃった、ごめんね?
あの時から何ひとつ変わらぬ姿で、燃えていく丘の中で、クルークが明るく笑った。
「ねえ、兄さん。兄さんは今も『お手伝い』をしているの? 僕もね『先生』の『お手伝い』をしているんだよ」
失われたものが何ひとつ無かったかのように紡がれる言葉。
ずっと会いたいと願っていたのに、はく、と言葉無く唇は動くだけだった。
息苦しかった。炎のせいだけではない。この再会が、苦しい。今はもう、あの時の自分の行いを理解しているから。
「チック、君の弟?」
「……兄さんの、ともだち?」
クルークの視線が雨泽に向けられ、チックは何故だか『いけない』と思った。「兄さんにとって大切な人? 違うよね、兄さんに僕以上に大切な人なんていないよね?」そんな気持ちが籠められた瞳に思え、慌てて名を呼んだ。
「クルーク……!」
「なぁに、兄さん」
チックに名を呼ばれると、クルークは明るく笑う。
笑って近寄ろうと一歩踏み出して――
「……あ」
自身に起きた異変に気付く。『爛れた黒』が足元に溢れた。
「クルーク?」
「僕、帰らないと」
「……どこ、に?」
「先生のところ。大丈夫だよ、兄さん。またすぐに会えるから」
一度再会できたのだから、絶対に。
またねと囁いて、クルークが『偽りの白翼』から変じた黒翼を動かした。
「行か、ないで……!」
求めてくれることへの喜びの表情を浮かべてクルークは飛び去っていき、伸ばした手は届かない。
「チック、戻ろう。……皆が心配するよ」
膝から力が抜けたチックは、クルークが去った空を見上げたまま動かない。
このまま此処に居ては炎に飲まれてしまうと判断し、「少しだけ辛抱して」とチックを抱え上げて雨泽は丘を降った。
成否
成功
MVP
状態異常
なし
あとがき
天義も何だか色々と起きそうな気配がしています、ね。
お疲れ様でした、イレギュラーズ。
GMコメント
ごきげんよう、壱花です。
烙印が押されてしまったようなので……予定を早めて少しだけ天義へ参ります!
●目的
子どもたちの救出
●シナリオについて
帳が下りた村へと赴き、孤児院の子どもたちを救いましょう。
あなた方が村に近づいた頃から、煙が上がり始めます。村から少し離れた場所へ避難している村長からは孤児院に火の手が上がったようだと告げられることでしょう。
孤児院への道を進むと、燃える孤児院と大きな狼のような黒い獣――『ワールドイーター』が視界に入ります。早く孤児院へと向かって子どもたちを助けねばならないのに、ワールドイーターはそれを邪魔します。
すぐにでも救出しなくては被害が出る状況です。行動を分けたほうが良いでしょう。
丘に子供が居るのかを探しに行った場合にのみクルークと遭遇します。行ってもいいし、行かなくてもいいです。
●フィールド:とある孤児院
二階建ての建物で、食堂や院長先生の部屋(執務室と寝室)、子供用の部屋が4部屋(男女に別れて各2)、来客用の一人部屋、その他生活に必要な部屋……が、あります。
立派な建物ではありません。金銭的な問題で丈夫ではありませんので、早めに崩れる心配もあります。
裏手には自給自足用の畑と井戸、そして丘へと続く道が続いています。
●『███白翼』クルーク・シュテル
チックさんの弟。かたわれ。
何故か、チックさんと別れた数年前から見た目が少しも変化していません。
此処に居る理由を聞かれたら、「偶然居合わせた」と答えるでしょう。ウソではありません。
対話を試みると、先生と呼んでいる人の元で『お手伝い』をしているようです。
チックさんとはずっといっしょに居たいのですが、時間が経過すると『帰らなければならないこと』が発生するので先生の元へ帰ります。
●『先生』
今回、姿を現すことはありません。
●孤児院の子どもたち
全員で(狂気に陥った子も含め)10名居ます。赤ちゃんも1名居ます。一番上の子が13歳で、年齢はバラバラ。
狂気に陥っていない子は変わってしまった子や院長に怯えて隠れたり、火の中を逃げようとしています。助けを求めている子は人助けセンサーで解りますが、煙やショックで気を失っている子や狂気に陥っている子は所在が解りません。
黒い翼の子の名前はアスワド。他の子たちにはあまり好かれてはいないようですが、皆を避難させようと安全な場所を探していました。飛べる自分が助けを求めに……と飛び立とうとしたところをワールドイーターに襲われたため、アスワドはワールドイーターの側で転がっています。
●敵
○ワールドイーター
R.O.Oで観測された真っ黒な獣型モンスター。世界を食べる存在。
今回は大きな狼のような姿をしています。近接は噛みつきや爪、遠距離は範囲の『痺れ』系BSが得意で、体力が高い個体のようです。
主食は悲鳴。孤児院の前の道でご飯が出来あがるのを待っており、ご飯の邪魔をする者は敵です。
○異言を話すもの(ゼノグロシアン)
・孤児院長
・数名の子ども(3名)
狂気に陥り、『異言(ゼノグロシア)』を話すようになっています。戦闘能力は常時より強い程度ですが、皆でここに居ることに固執しているようです。生かしたまま倒すことで正気に戻ることもあります。
孤児院長は初老の女性です。狂気に陥った子どもたちと孤児院に火をつけました。正気に戻ると己の行いに嘆き悲しむことでしょう。
●EXプレイング
開放してあります。文字数が欲しい時等に活用ください。
●NPC
劉・雨泽(p3n000218)が同行します。
何も指示がない場合は救出の手伝いをします。
チックさんを案じているので、可能な限り彼の後を追います。
●情報精度
このシナリオの情報精度はCです。
情報精度は低めで、不測の事態が起きる可能性があります。
それでは、イレギュラーズの皆様、宜しくお願い致します。
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