シナリオ詳細
<被象の正義>泉の聖女と闇色の少女
オープニング
●新しい一歩を
私が初めて剣を手にしたのは、まだ片手で歳が数えられる頃だった。
父と母が着込んでいる黒い騎士服と剣に憧れて、何度も何度もねだったある日、父が買ってきてくれたものだった。
もちろんそれで人を殺すなんて不可能な模造剣だったけれど。
――誰かを守るために振るいなさい。自分を守るために振るいなさい。
――決して、誰かを傷つける為に振るってはならない。
そう何度も言い聞かせられて、普段は父や母がしてくれる遊び(ままごと)みたいな特訓のためだけの剣だった。
でもそれは確かにフラヴィアが初めて握った剣だった。
それから数年が経って、その歳の誕生日、父は、母は私に『本物の剣』をくれた。
人を殺してしまうかもしれない剣を。
「いつか本当に聖騎士になるのなら……これを私達と思って生きてね。どうか、勤勉に、修練に励んでね」
まだ10歳を少し超えただけの子供には両手で握っても大きくて重かった。
そんな剣も、今はもう片手で振るうぐらいでちょうどいい。
『ありがとう、大切にするね!』
そう言えたのは幸運だった。
その時には既に、この国は揺れていた。
多くの人々が『会いたいけれど会えてはならない人』に会えてしまう時だった。
冠位強欲の進撃が聖都を席巻する只中だった。
――そして、父も母も帰ってこなかった日だった。
聖騎士として文字通りの死闘決戦に挑んだ両親は戦死した。
悲しくて、信じられなくて、『そんな嘘をついてる国が許せない』とまで思った。
でも、それはどうしようもない現実で、どうしようもない真実で――フラヴィアの知る限りの、沢山の人が死んでいた。
(……これを着てる私が信じられないな)
フラヴィアは姿見に映る自分を見て幾度目かになる感嘆を漏らす。
真新しい衣装は騎士のもの。
ゆっくりと鏡の前でターンして、最後の身だしなみをチェックした時、扉が数回叩かれる。
「今行きます!」
そう返事をしてフラヴィアはちらりと姿見の横にあるチェストの上を見る。
両親の写る写真に「いってきます」を告げてから、外へ向けて歩き出した。
「フラヴィア……フラヴィア・ペレグリーノという姓名みたいです」
夜のような闇色の瞳と髪をした少女は自らの名前をそう明かした。
「みたいって?」
「私もセヴェリンさんに教えて貰うまで知らなかったのです」
マルク・シリング(p3p001309)。の問いかけにフラヴィアはそう言って少しばかり目を伏せる。
「皆さんが冠位強欲を打ち倒した後、私は流れるままアドラステイアに至りました。
父や母を失ったことを信じられませんでしたし、少なくとも自分が天涯孤独だと、そう思っていたから。
これからは、天義に戻って……いつか父や母の跡を継げるような人になりたいんです」
フラヴィアが横を見る。
隣にいるのは彼女と同じ闇色の髪に白髪の混じった偉丈夫だ。
セヴェリンと名乗った偉丈夫は少しの罪悪感を乗せて言う。
先の大戦で自分以外の一族が尽く死んだせいで、当時幼い少女であったフラヴィアを把握できず取りこぼしたのだと。
「……早速だが、我々が向かう町の話をしよう。
本来は訓練をしてやりたいのだが、そうも言っておられぬのは君達も分かってくれると思う。
そこで帳の降りた町『サン=ベルガリア』――ここを解放するのを手伝ってほしい」
そう言ったセヴェリンはその町の成り立ちに着いて語り始めた。
今は昔、天義のある地方に水に恵まれぬ町があった。
ただでさえそんな町で2年続けて酷く晴れた日が続いた時期があったという。
川は枯れ果て作物はくたびれ、飢餓は死体を増やし疫病は蔓延した。
その事態に人々は誰かの呪いか、天罰かと恐れ疲弊していく。
誰もが誰かを恨みたいと思うほどの2年目の中程。
町に1人の女性が訪れた。
彼女は人々を湧き水に導いて水路を引き、薬草を調達して万病平癒がために祈りを捧げて奇跡を起こした。
名をベルガリア――死後にはその町の名として刻まれた聖女である。
●『泉の聖女』
「あはっ♪ 町を守るために命を捧げた聖女がこれだなんて!
かたなしもいいとこだわ! 最高ね! ねぇ、ベル、そう思わない?」
「いえ私には何も……」
白装の美女オルタンシアの問いにベルと呼ばれた女性は静かに目を伏せる。
「それで、わたくしに何を求めるのでしょう、オルタンシア」
2人の視線の先、陰でできた女性が目を伏せるように頭を僅かに下げて声を上げた。
「あはっ♪ 自由にすればいいわ、ベルガリア。
泉の聖女、最早毒しか吐かぬ……吐けぬワールドイーター」
「……そう、ですか」
「それにしても……ちょっと聖女の逸話を食べたぐらいでそうなったつもりなの、面白いわね。
ふふ、傲慢だわ! 『らしく』てとても良い気分♪」
「……姫様」
「なぁに?」
「そろそろお時間です」
「ああ、そう。それなら仕方ないわ。
それじゃあ、聖女の影、後はあなたの好きにおやりなさいな♪」
そういうや、オルタンシアはベルと呼んだ女性を残して立ち去っていく。
「貴女は行かなくとも良いのですか、『致命者』ベルナデッタ」
「私は貴女の同行を見る役目を頂いたので」
もしも目があれば訝しむように目を細めたのだろうか、ベルガリアが言えばベルナデッタは目を閉じてそう答えた。
「ゆえに、姫様は私を通して貴女を見ていますよ」
「……分かりました。それでは……喰らい尽くしましょう。この町を……この体が愛し、この体を愛した町を」
俯いてそう言ったベレルガリアは杖と思しきものの先端を泉に向けた。
美しき泉が瞬く間に濁り、ノイズがかり泥を吐く。
人々が、『異言を話すもの』達が、汚染された泉へと、少しずつ歩み寄っていく。
あぁ、それは宛ら誘蛾灯へ誘われし害虫とでもいうかのように。
- <被象の正義>泉の聖女と闇色の少女完了
- GM名春野紅葉
- 種別通常
- 難易度NORMAL
- 冒険終了日時2023年03月23日 22時05分
- 参加人数8/8人
- 相談7日
- 参加費100RC
参加者 : 8 人
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参加者一覧(8人)
リプレイ
●
「せっかくの聖女を称えた町も食われちまえば、まるで見る影もないっスね」
そこかしこがノイズがかった『異言都市(リンバスシティ)』ベルガリアの景色を見渡して『紅眼のエースストライカー』日向 葵(p3p000366)が思わずそう漏らす。
「特に何なんだあのヘドロの泉は……うっわ、気味悪ぃってレベルじゃねぇっスよ」
広域を俯瞰してみれば、遠くに見えるヘドロの泉を見つけて重ねて声をひきつらせた。
「……本来は美しい町ではある」
ノイズがかった空間に立ち、セヴェリンが言う。
金色の瞳はどこか寂しそうに揺れていた。
「とりあえず、影の天使のいるところは把握したっス」
その言葉を横耳に葵が言えば。
(逸話すら捻じ曲げて世界を侵食する……
なら、ワールドイーターによるもっと大規模な侵食が発生する可能性もあるってことか)
黙したまま推測を立てるのは、『独立島の司令』マルク・シリング(p3p001309)である。
「ひとまずは泉を目指そう。
セヴェリンさん、フラヴィアさん、僕が指揮を取る。お願いできるかな?」
まず感傷を振り払うような仕草でふるふると頭を振ったセヴェリンが応じた。
「マルクさんでしたら何の心配もないです。お願いします!」
不思議そうにノイズがかった町を見ていたフラヴィアも頷いた。
「フラヴィア殿も壮健そうで何より。新しい環境に慣れる様、拙者達にも手助け出来る事が良いのでござるが」
そう声をかけたのは『夜砕き』如月=紅牙=咲耶(p3p006128)である。
「その節は、ありがとうございます。私も、頑張って慣れて行こうと思っています。
でも……まさか、早速の実戦になるなんて思ってなかったです」
咲耶に応じたフラヴィアは周囲へと再び視線を向けて。
「あちこちノイズが走っててまるで現実世界じゃないみたいだよね」
「本当に、そう思います。なんだか、現実じゃないみたいで……」
声をかけた『堅牢彩華』笹木 花丸(p3p008689)にフラヴィアがこくりと頷く。
「それで今回の相手は……」
「……恐らく、この町の由来である聖女ベルガリアの伝承を喰らったのだろう」
「例え本物じゃなくて、偽物の存在だとしても、
そんな相手にこの町に住んでた人達を食らわせる訳にはいかないよ、絶対に!」
花丸が言えば、セヴェリンがこくりと頷く。
槍を握るその手に微かなれど力が入ったように見えた。
「フラヴィアさん、メイはメイっていいます。よろしくです!」
「初めまして僕はセシル・アーネットです。こっちは友達のマーシー。よろしくお願いします!」
「メイ、さんとセシルさんですね……覚えてました。
こちらこそ、よろしくお願いします。私の名前は……ご存知ですよね」
改めて挨拶を交わすのは『ひだまりのまもりびと』メイ(p3p010703)と『雪玉運搬役』セシル・アーネット(p3p010940)だ。
自己紹介をしようとしたフラヴィアは名前で声をかけられたことに気付いたのか照れたように言う。
(……子供が武器を手に取る国にいたひと。これからはご両親のあとを継ぐためにたたかうひと)
少し見上げるようにしていると、逆にこちらが不思議そうに見られて、メイはにっこりと笑う。
「回復はおまかせあれなのです。頑張りましょうですよ!」
「う、うん。いつも通りにやればきっと、なんとかなるはずです」
「フラヴィアさんは聖騎士なんですか? 凄いですね!」
「まだ見習いですから、すごくなんてないですよ」
セシルが言うと、フラヴィアは苦笑気味に笑う。
「いいえ、そんなことないです! 僕と同じくらいの年齢に見えるのに……僕も見習わないと……」
闘志を燃やすセシルにフラヴィアが微笑みを浮かべる。
「それは私も思います。皆さんは私や、この国を、沢山の人達を助けてくれるのですから。
……皆さんの邪魔にならないためにも、頑張ろうと思うんです」
「それなら……お互い頑張りましょう!」
「はいっ」
セシルがにこやかに笑って言えば、フラヴィアがそう力強く頷いた。
●
ゼノグラシアンたちの行く先を追うようにして町の中を走り抜けたイレギュラーズはその場所に辿り着く。
「長引かせるわけにもいかねぇ、速攻で片付ける」
葵は静かにこちらにまだ気づいてない様子の影の天使を見やる。
意識を集中させていけばやがてノイズのような光景が意識から剥がれ落ちる。
次いで雑念が失せて、辺りの小さな音の一つ一つさえも聞こえてきた。
一つの呼吸と共に軸足を踏み込み、ワイルドゲイルGGを蹴り飛ばした。
刻まれた術式が衝撃に合わせて起動すれば、緑色の疾風が街の中を駆け抜けていく。
一体目へと炸裂した砲弾はそれを契機に暴れるように戦場を跳ね回り複数の影の天使を打ち据えていく。
「一発で終わらせるかよ」
葵は帰ってきたボールを胸で受け止める。
地面でバウンドする頃には葵の脚は紫のオーラを纏っていた。
狙い定めた位置に跳ね上がったボールへ、重力エネルギーを帯びた足で蹴り付ければ放物線を描く砲弾は再び町を飛翔する。
「見つけたよ、ワールドイーター」
花丸は泉に立つ女性へ声をかける。
「貴女達は……もしや、オルタンシアの言っていたローレットですか」
吹き飛ぶ影の天使から視線を下げたベルガリアが首をかしげる。
「例え貴女が聖女の言動を真似ているだけのモンスターだったとしても……。
彼女の伝承を食べたからわかる筈でしょ?
嘗てこの町を救ったって言うその人はこんな事は望まない筈だって」
花丸が続ければ、ベルガリアは目を伏せた。
「……えぇ、そうでしょうね」
そのままベルガリアは頷いて、そっと目を開けた。
「だから、止めてみせるよ、今の貴方をっ!」
全身の闘志を全開にした花丸の気迫に、影の天使たちが反応する。
(本来であれば奇跡をもって人を癒した彼女を、人々を蝕む呪いに作り替えてしまうとは。
ワールドイーターとは、致命者とは一体……)
泉の近くに腰を掛けていたベルガリアを見た『明けの明星』小金井・正純(p3p008000)は胸の内でその存在への警戒を見せる。
疑問を振り払い、正純は影の天使へと向けて弓を構える。
(今はこの街を救うのが先決です。フラヴィアさん達のようにあの都市から救われた子達が再び前を向いて生活するためにも)
星を撃つ弓に番えた一条の矢は影の天使たちよりも更に上めがけて飛翔する。
ノイズがかった町に風穴を開けた矢は現実を撃ち混沌の泥を零していく。
開かれた戦端、咲耶は影の天使達に向け駆ける。
「聖女の身を模しているならばこの町の者を喰らおうとする。本当にお主が望んでいる事なのでござるか?」
その道すがら、咲耶は泉の近くに佇むベルガリアへと問いかけた。
「私のような者は、望むと望まぬとに限らず、定義された通りに在るだけです」
ベルガリアからの返答はいっそ素気のないものだった。
「定義された在り方にござるか……世界を喰らうことこそがお主らの定義された在り方というわけでござるな。
なれば、どうしてそのような顔をする」
影の天使へと斬撃を見舞いながら、咲耶はベルガリアへと問うた。
「なんのことでしょう」
心底不思議とばかりに声が返る。
浮かんだ表情の物悲しさをベルガリアは自覚していないのだろうか。
「しかし、ベルガリア……終焉獣ってこんな姿も取るのね」
辿り着いた泉にて佇むベルガリアを見て、『夢語る李花』フルール プリュニエ(p3p002501)は小さく呟いた。
「優しい人ならきっと倒しにくいでしょう。案外惚れてしまってまともに戦闘にならないとか?」
そう首を傾げれば視線の先のベルガリアがこちらをゆっくりと見てきた。
(私はあの綺麗な顔が苦痛に歪むのとか見てみたい気もするけど……でもあれは真顔で死にそうですよね)
真っすぐに見据えたベルガリアを観察しつつ、フルールは小さく笑んだ。
軽く下から上へ手を払えば、無数の鋭い棘を生やした紅の蕀が影の天使目掛けて駆け抜けていく。
「2人は前に向かってくる影の天使たちを抑えてほしい!」
マルクはセヴェリンとフラヴィアへと指示を発しながら影の天使たちへとキューブ状の魔弾を射出していく。
「承知した」
応じたセヴェリンがパルチザンをぐるりと振り回し、花丸の方へと駆けていく。
「はいっ!」
続いてフラヴィアが突っ込んでいった。
それを見送ったメイの横をふらふらと戦場の奥へと向かう者がいた。
異言を呟くその姿はゼノグラシアンか。ふと周囲を見れば、そう言った者達が数人見える。
「それ以上先はだめですよ!」
それに気づいて、メイは葬送の鐘を鳴らす。
優しく、穏やかな眠りへと誘う葬送の音色は邪気を払う穏やかな色。
誘われたゼノグラシアン達がぱたり、ぱたりと倒れて行く。
「近寄っちゃだめです! とまってください!」
続け、セシルもまたグリムセイバーを振り抜いた。
聖なる斬撃が瞬く光となって泉へと誘われていくゼノグラシアン達に炸裂する。
●
戦いは続いている。
奇襲のようになった先手の猛攻はイレギュラーズにアドバンテージを取らせ、影の天使たちの動きを大きく阻害している。
盾役として多くの影の天使を相手取る花丸はもちろん、前線に出てくるタンクと思しき影の天使を相手取るセヴェリンやフラヴィアも含めて、その身体に少なくない傷が浮いている。
彼らを支えるのはメイの役目だ。
「ありがとうございます、でも無理はしないで……」
ふとフラヴィアから言葉を言われた。
「メイは強いのです! 心配はいらないのですよ」
「強くても、です。私は、自分よりも小さな子が目の前で傷つくのは見たくないんです」
「気持ちは受け取っておくのです! でも、メイはおこさまじゃないのですよ!」
ふふんっと胸を張って、葬送の鐘を鳴り響かせる。
(僕と同じくらいの年の女の子、フラヴィアさんがアドラステイアに居たなんて)
セシルはタンク型の影の天使と相対するフラヴィアを見ながらふと思いに馳せる。
(この心のもやもやは同情なのかな?
自分が居るべきじゃない場所に居てしまった彼女を可哀想だと思うのはおかしいのかな?)
葛藤を抱きながら、けれどセシルは剣を薙ぐ。
可哀想だと、そう思う気持ちと同じぐらい、前を向く彼女に失礼だと思う自分もいて。
そんなもやもやを払うように、振り払った剣がゼノグラシアンに瞬く閃光を放つ。
「泉の聖女。いえ、その姿を模した怪物。
救われた心を、救われた街を、他ならぬその姿で穢すことは、許されることではありません」
正純は静かに弓をベルガリアへと向けた。
「それを私に告げられても私にはどうしようもありませんね」
「……そうかもしれませんね。だとしても」
「ふふふ。ローレットの方々というのは素敵な方々ですね。
本物の聖女は、貴女達のことをきっと好いたことでしょう」
「まるで知っているかのような物言いですね」
「――えぇ、少なくとも、貴女達よりは彼女の心情に近いので」
泉の聖女を模した怪物は小さく笑み、トン、と杖で地面を叩く。
「何をするつもりか知りませんが、やらせません」
刹那、正純は矢を放つ。闇夜に陰る暗き星が戦場を翔けた。
続けざま、正純は薄明の一条をベルガリアめがけて叩き込んだ。
「凄まじい一撃ですね、星の巫女……ではこちらも始めましょうか」
微笑のまま、ベルガリアが口を閉ざして杖を地面へ向けた。
刹那、泉がこぼこぼと音を立て、巨大な球を放つ。
放物線を描いたそれは幾つかに別れ、戦場へ着弾する。
球体に触れた者達を強烈な神経毒が襲い掛かった。
「こうして見てなければ手ごたえがないですね……」
フルールは思わず呟いていた。
肉薄して放つ紅の蕀と蒼き真火の連撃はたしかにベルガリアの傷を増やしている。
その一方で、攻撃を受ける彼女はけろりとしたままだ。
●
「癒しの聖女だったのにそれが毒に変わってしまうなんて可哀想だ」
「可哀想、ですか。なるほど、そうなのかもしれませんね」
一先ずゼノグラシアンへの対処を終えたセシルが聖光の瞬きを振り抜き言えば、ベルガリアは微笑する。
「僕達が元に戻してあげますから!」
「なるほど、では私を殺すという事ですか……」
「何を言おうと真似てるだけなら、聞く耳はいらねぇよ。ここで仕留める」
距離を詰めた葵の言葉に偽りの聖女は笑ってそう答えるものである。
その答えを聞くよりも前、既に葵の脚はベルガリアに鋭く突き刺さる。
「お生憎様、もどきのお言葉とか別にどうでもいいんスよ。
どうしてもっつーなら本物を連れてくるこった」
「何をもって偽物と言うのでしょう。いえ、まさしく私はただ形を真似ているだけですが」
痛撃を受けたベルガリアはまるで気にした様子も見せず優しい笑みを作っている。
「言ったでしょ、この町を救った聖女のためにも――貴女を止めるって」
光輝を纏う拳を握り締めた花丸は一気にベルガリアへと肉薄する。
重心を乗せて打ち出される拳打は神聖なる一撃となって真っすぐに走り、強かにベルガリアを穿つ。
「会ったこともないであろう聖女のために、とは……」
ベルガリアは小さく笑って言う。
「……時間をかけていてはこの街の人々も、この街自体ももちません。
確実に、速攻で貴女を倒します」
正純は声に出して宣言する。
「──── この祈り 死を兆す星 北斗を示す七つ星 に奉る」
あるいは、それは、星へと告げる誓いであった。
目を閉じて静かに奉納の詞を紡げば、その瞳は星を見る。
渾身の魔力を込めた星の魔弾が真っすぐにベルガリアを穿つ。
それに続くのは絡繰り手甲を刀に変形させた咲耶だった。
「この町の惨状を憂い、しかし本能に従わねばならぬとは……産ませた者も惨い事をするでござる。
偽りの聖女よ。お主をその苦痛から開放してくれよう!」
「ふふ、その呼ばれ方も慣れてきましたね」
ベルガリアへと肉薄するままに宣告すれば、振り払うままに開くは壮絶極まる邪剣の型。
苛烈極まる連撃は数度に及び、聖女を模る者を死へと誘うべく剣を見舞う。
「酷い事、ですか。たしかに……そうなのかもしれませんね。
しかし、私は所詮、偽りの聖女ですから」
攻撃を受けているのか判然としないほどに平然と答えは返ってくる。
「まるで痛みを物ともしていないように見えるのはどういった理由なのでしょう……
まさか、聖女の高潔さ……とか?
そう呟くフルールの両手に抱く蒼き炎の連撃がベルガリアへと再び叩きつけられる。
「真顔で死にそうだと思ってましたが……本当に真顔で死ぬつもりですか?」
「……そんな良い物でもありません。ただ私に『痛い』という感覚がないだけですよ」
聖女は微笑する。
「これ以上2人へ負担をかけるわけにもいかない。これで終わらせる!」
マルクは放ったキューブ型の魔弾は縦横無尽に駆け抜け、一斉にベルガリアへと襲い掛かった。
超絶技巧の魔弾は景色を潰すほどの閃光を放ち、ベルガリアを呑みこんだ。
「……満足ですか、聖女よ」
閃光の向こう側に消えるベルガリアの小さな呟きが聞こえた気がした。
●
「かつて存在していた『伝承』に触れただけでその人と似たようなものになれる……どういう仕組みなのですかね」
世界の景色が元に戻っていく中、メイは小さな声を漏らす。
(とはいえ、本物にはなれないのですが)
首をかしげてながらそんなことを思っていると、どこからか乾いた拍手の音が響く。
「お見事ですね」
「……ベルナデッタさん」
その声の方を向いて、マルクは小さく口に漏らす。
「初めましての方も多いようですね。
私の名はベルナデッタ、致命者と呼ばれる者です」
「……致命者は死者の姿を取る。
でも、あの戦いで亡くなった人は他にも大勢いる。
どうして『貴女』なのだろうね……そして、選んだのはオルタンシアなのかい?」
「えぇ、そうですよ」
驚くほどあっけらかんと答えた視線はマルクの後ろへ向いている。
「私とこの体の持ち主は別物ですが、姫様の気持ちはわからなくもありません」
「気持ち……?」
「えぇ、『自分のことを最期まで信じた最愛の妹』が『姉と重ね見た少女』の行く末を見たいと言うのは、何も否定される理由はないはずです」
振り返るマルクの視線の先、目を瞠るフラヴィアがいる。
「ベルナデッタ。そう、あなたも致命者。それも、オルタンシアおねーさんに連なる者……」
フルールは小さく呟く。
「初めまして、炎の少女」
「あなたに言ってもきっとオルタンシアおねーさんの元へは連れて行ってくれないのでしょう?」
フルールの問いにベルナデッタは少しばかりの沈黙を見せる。
「残念ながら、姫様も今は貴女と遊ぶ時ではないと仰せです」
「そう……それなら、ベルナデッタ。また会いましょう? オルタンシアおねーさまにも伝えてね」
「機会があればお会いできましょう。収穫もありましたから、姫様もきっとご満足くださるでしょう」
そう言って礼を示して立ち去るベルナデッタがふと立ち止まる。
「それから、セヴェリン卿。ペレグリーノの家宝を姫様がお探しです」
「あんな物を探してどうするのだ」
そう言ったセヴェリンが明確な敵意を向けて槍を構える。
「あぁ――ご存知のようで何よりです」
その反応にベルナデッタが笑みを刻み、今度こそ去っていった。
成否
成功
MVP
状態異常
なし
あとがき
お疲れさまでしたイレギュラーズ。
大変お待たせしまして申し訳ありません。
MVPは初手でのアドバンテージを手にすることへ最も貢献した貴方へ。
GMコメント
さてこんばんは、春野紅葉です。
早速始めましょう。
●オーダー
【1】ワールドイーターの撃破
●フィールドデータ
嘗て存在したベルガリアなる女性の活躍した町。
死後に列聖された彼女の名を冠して地名となりました。
現在は他の侵食された町同様、町のそこかしこがノイズがかったようになっています。
特に影響が強いのは町の中心に存在する泉です。
ベルガリアの名物であり、起こされた奇跡の痕跡でした。
『サン=ベルガリアの聖泉』と呼ばれたこの泉は『汚染された泉』と化しています。
●エネミーデータ
・『泉の聖女』ベルガリア
R.O.Oで観測されたモンスターであるところのワールドイーターです。
世界を構成するデータ(建物、大地、人を問わず)を食べる存在です。
現実では終焉獣(ラグナヴァイス)と呼ばれています。
滅びのアークから作り出された塊そのものです。今回の『核』です。
この個体は先端に宝石を乗せた杖を携える女性を思わせます。
恐らくですがこの地に残っていた聖女ベルガリアの伝承をもぐもぐしたことで変質し人型をとったものと思われます。
広範囲に対して【毒】系列、【痺れ】系列、【麻痺】相当のBSを持つ神経毒のヘドロをばら撒きます。
知性があり落ち着いた大人の女性を思わせる言動をします。
対話も可能ですが、所詮は『聖女の言動を真似ているだけのモンスター』でしかありません。
あまり重要情報を引き出すことは難しいでしょう。
・影の天使×15
ベアトリーチェ・ラ・レーテ(冠位強欲)の使用していた兵士にそっくりな存在。
ですが、これはベアトリーチェの断片ではないため不滅でもなく、倒す事で消滅します。
今回は槍を携える天使風の姿をしています。
タンクとして前面に出る個体の他、
遠距離から槍を投擲する範囲攻撃をする個体、
近接戦闘をする個体などがバランス良く配置されています。
・『異言を話すもの(ゼノグロシアン)』×???
狂気に陥り、『異言(ゼノグロシア)』を話すようになってしまった住民たち。
不殺で正気に戻すことができます。
皆さんを攻撃する事よりも優先して『汚染された泉』へと近づいていきます。
その有様は誘蛾灯へ誘われる虫を彷彿とさせます。
・汚染された泉
ベルガリアの名物であり、聖女の起こした奇跡の痕跡だったもの。
本来は清らかな水が滾々と溢れているはずですが、現在は毒々しいヘドロが溢れています。
触れることで【毒】系列のBSを受ける危険性があります。
エネミーというよりどちらかというと設置物の類です。
ワールドイーターベルガリアの捕食器官とでもよべるもの。
吸い寄せられた人々を喰らい、徐々にその領域を広げつつあります。
ベルガリアを討伐すれば自動的に消滅します。
・『致命者』ベルナデッタ
オルタンシアの配下として活動している『致命者』です。
致命者はワールドイーターや影の天使を連れて歩く者達であり、月光人形にも似た『死者を形作った』存在です。
外見はそれそのものですが、中身までは伴っていないようです。
ベルナデッタ自体はフラヴィアの母の姿をしています。
戦場に姿は見えませんが、オルタンシアからワールドイーターの動向を見ておくように指示されているようです。
ワールドイーターの撃破後に撤退します。
●友軍データ
・『夜闇の菫』フラヴィア・ペレグリーノ
夜のような闇色の瞳と髪をした女の子です。大きく見積もっても14、15歳。
武器は手入れの行き届いた片手剣。
元は『オンネリネンの子供達』の部隊長を務めていた少女。
雇用先に取り残されたばかりか、雇用先で文字通りの『捨て鉢』に利用されていたところをイレギュラーズに救い出されました。
現在は遠縁にあたるセヴェリンの養女となり、従騎士として活動を始めたばかり。
戦いにこそ慣れていますが、状況の変化にちょっとした緊張と不安があるようです。
声をかけてあげると良いかもしれません。
アドラステイア時代も『自分より幼い子は助けたい』と考える心根の優しい女の子です。
以前に部下でもあった子供達を多く失っており、その気持ちはより強くなっている様子。
その一方で冠位強欲戦で両親が戦死、知り合いとも散り散りになった経験があり、
自分は『信仰の為に生き、死ねるのなら本望』と考えている節があります。
皆さんよりは強くはありませんが、
オンネリネンで部隊長を務めた経験は馬鹿にできません。
信頼できる戦力であり、自衛も可能です。
素直な物理アタッカー、単体であれば回復も出来ます。
・『黒銀の烈鎗』セヴェリン・ペレグリーノ
天義の聖騎士。パルチザンを獲物とします。
フラヴィアから見て大叔父(父親の叔父)にあたる人物。
白髪交じりの闇色の髪と暗めの金色の瞳をした武人。
冠位強欲との戦いでは聖都の中枢を守る任務に就いており無事でした。
その代償とばかりに自分以外の全ての一族が戦死するという凄惨な過去を持ちます。
甥の娘であるフラヴィアは関係が遠く、ここに至るまで気づくことが出来ませんでした。
そのことを少しばかり負い目に感じている様子。
理性的で執務に忠実、武人としての力量と経験も豊富な騎士らしい騎士。
タンクよりのバランス型。戦力として十分に信頼できます。
●その他NPCデータ
・『熾燎の聖女』オルタンシア
『遂行者』の1人。
皆さんが到着した時には既に現場を離れています。
リプレイでは登場しません。
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