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シナリオ詳細

冬を越え、桜舞に至るために

完了

参加者 : 2 人

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オープニング

●発端
 ――『それ』に最初、考える能力などは無かった。
 その根底にあったのは、自らの役目を果たすための機能だけ。存在し続けること。そして殖え続けること。その二者の命題を果たすための能力を常に行使し続けていた『それ』は、しかしその在り方を疎んじられた者たちによって葬られた。
 ……葬られたはず、だったのに。

「……星穹殿?」

『それ』は、最後に生き残ってしまった。
 そして、それを見過ごされた。或る一人の特異運命座標の女性の身体を隠れ蓑として。
 植物である『それ』は最初、小さな種子のような存在であった。それが彼女の身体に寄生した後、時と共に少しずつ根を張り、蔓を伸ばし、彼女が持つ機能を少しずつ、少しずつ侵していった。

「どうしたんだい? 最近、ぼうっとすることが多くなったように見えるけど」

 そうして、その果て。
 何の奇跡か、偶然か。『それ』は彼女の意識とつながった。
 その脳を、神経を介して。彼女の記憶を、五感を、何よりも「思考する」と言う能力を獲得した『それ』は、ならばとその借り物の機能をすらも、自らの命題のためだけに利用することを選んだのだ。

 ――……る、ぐりーず。
「うん?」

 隠れ蓑の機能を十分に掌握できる時までを待ち。隠れ蓑に心を許した者が油断している時を狙って。
『それ』は、今目の前に近づいてきた男へ、自らの蔓草を以て絡め取り、種子を植え付けた。

 ――にげて。
「………………!!」

 植え付けた。筈、だったのだ。
『それ』にとって、その一瞬に起こった事象は全てが突然のものであった。
 簒奪したとされる隠れ蓑の女の意識による猛然の抵抗。其処から漏れ出た言葉による、眼前の男による行動も。
 一瞬。一瞬だ。意識も動作も止まっていたのがその刹那だけであったと言うのに、男は此方が伸ばした蔓の全てを断ち、種子を躱し、あまつさえ『それ』が操る隠れ蓑の身体を即座に拘束しえた。

「星穹殿、何、が……!」

 関節が極められ、頸動脈の血流が滞る。支配したはずの隠れ蓑の意識が、瞬く間に失われていく。
 自らの不手際を『それ』は恥じた。同時に、「次」は仕損じることが無きようにと、今ひとたび己の身を隠れ蓑の中へ更に伸ばしていく。
 ――問題ない。きっとこの男は、この女を殺せない――
『それ』は、自らの隠れ蓑の意識が消失する間際、そのような思考を走らせる。
 その考えは、『それ』が初めて発した意識の発露でもあった。

●過程
「……星穹殿は?」
「意識は未だ回復していません。一応精神病患者用の拘束こそしましたが、特異運命座標さんに対してどれほど役に立つかは……」
 時刻は夜。夕刻をほんの少し前に過ぎた程度の時間。
 幻想内に在る小さな診療所の待合室にて、『桜舞の暉剣』ヴェルグリーズ(p3p008566)は俯いた状態のまま、診療所に勤める医者の言葉を受け止める。
 落としたままである彼の視線の行く先は、つい先ほど、彼へと襲い掛かってきた相棒――『桜舞の暉盾』星穹(p3p008330)に関する情報が記されたカルテである。
 身内であっても本来はあまり公開されざる情報を一字一句逃さず目に通した彼は、軈てその資料を自らが座る長椅子の脇に置き、ただ「どうして」とだけ呟いた。

 発端は、ある些細な依頼の顛末が故である。
 生き物に寄生し、自らの拡大を図る特異な植物型モンスター。その討伐を請け負った星穹とヴェルグリーズを含む特異運命座標達は、少なくない犠牲の果てにその討伐を成し遂げた。
 ――否。正確には、そのように思い込んでいたのだ。
 モンスターは生きていた。最期に自らの一部を星穹の中に寄生させ、現在に至るまでその身体を静かに侵食し続けながら。
 先にも語った、星穹がヴェルグリーズに襲い掛かったと言う出来事も、恐らくはそのモンスターが星穹の身体を操っての行動であろう。彼女に気を許している存在に更なる分身を宿し、今の星穹同様その身体を支配する心算であったに違いない。
 それに対し、ヴェルグリーズは確かに痛ましさを覚えた、けれど。

「……彼女は、そんなことを一度も言ってくれなかった」
 本当に悲しかったのは。
 カルテを読む限り、その兆候を自覚していたのであろう星穹が、彼に対してその懸念を打ち明けてくれなかったこと。
「――言わなかったのか。言えなかったのか。それは私のような外様には分かりませんが」
「彼女を、治す方法は?」
「先ず、『それ以前』を質問させてください」
 治すか、治さないか以前の問題。
 その言葉に対して、ヴェルグリーズの表情に緊張が走る。
「彼女を救う方法は確かに在ります。但しそれは大きなリスクを伴う。
 対し、今この場で彼女を殺すことをあなたが判断するのなら――一切の被害は生じないとこの場で断言できます」
「それは、無い」
 質問に対して、ヴェルグリーズは静かに、しかし確かな言葉で返答した。
「俺は。もう二度と、彼女をこの手から離さない」
「……分かりました」
 答えの内実に在る強固な意志を察したのであろう医師は、それ以上を問うことはせず、可能な限り感情を抑えた声で説明を始める。
「結論から言えば、彼女に寄生しているモンスターを摘出することは不可能です。
 ただし、それを体内で殺すことは出来る」
「……? 具体的には」
「『寿命を加速させます』」
 言って、医者は小瓶に入った何らかの液剤をヴェルグリーズに渡した。
「早老症に似た症状を誘発させる薬品です。今回それを彼女の中に存在するモンスターのみに効くよう薬効を調整しました。
 この薬品を彼女に投与した後、長くても一時間程度でモンスターは寿命を迎え体内で枯死するでしょう。但し」
 一旦、言葉を区切ってヴェルグリーズの目を見る医師。
「寿命を加速させると言う言葉の言う通り、これは『老化』だけではなく『成長』も同時に促進させます。
 恐らく投与した後、彼女を支配するモンスターは十全以上の能力を発揮することが可能となります。即座に意識を取り戻した後、彼女が本来持つ以上のポテンシャルを介して自らの種子を多くの人間に植え付けるための行動を取るでしょう」
 ――それを阻止することに失敗すれば、このモンスターによる更なる被害が生じることは想像に難くないだろう、と。
 医者が語る内容に対して、しかしヴェルグリーズは、ふっと小さな笑いを零した。
「………………?」
「ああ、いや。
 説明は理解したよ。けれど、それでも」
 受け取った小瓶を静かに見つめて。彼は言った。
「大丈夫。彼女を『宥める』のは、慣れているから」

●相対
 時が進み、深夜。
 ヴェルグリーズは眠ったままの星穹を連れて、自らが『ローレット』に手配した練武場へと訪れていた。
「『要望』に全て合致した場所だ。お前の合図を受け取り次第、外から扉に鍵をかける」
「ああ。有難う」
 幾らか顔を知っている情報屋が掛けた言葉に、ヴェルグリーズは笑いながら呟く。
 移動手段に使った乗物から星穹を降ろし、その両腕に抱き上げた彼は、そのまま練武場の中心へと向かい、彼女の身体を横たえた。

 ――俺からの合図があるまで、星穹殿と俺を閉じ込めておける場所が欲しい。

 情報屋に対して、ヴェルグリーズはそのように依頼した。
 それは彼が星穹のために背負う責任であり、同時に覚悟の表れ。
 少し前に彼の医師が説明した内容。星穹を支配するモンスターが他に自らの分体を寄生させることが無いよう食い止める役目を担うと言う責任と。
 ……若しそれが叶わなかった時、モンスターに因る寄生を受ける被害者は自分だけで済むようにと言う覚悟。
「それと、コイツだ」
 言葉と共に、情報屋から手渡されたのは、刀に付ける下げ緒であった。
「『子供達』からだ。どこから聞きつけたのだろうな」
「――――――」
 それに対する言葉を、ヴェルグリーズは発さず。ただ自らの剣の鞘に結ぶ。
「準備は?」
「ああ、大丈夫」
「では、扉は其方の合図があり次第、若しくは二時間後に開放する」
 必要な事項を淡々と伝え、情報屋は練武場の外に出ていった。
 すぐ後に、がちん、と響く重い金属音。
「……星穹殿」
 小瓶の蓋を開け、液剤を彼女の口へと流し込んだ。
「俺は、約束を果たすよ。だから――」
 薬を注ぎ終えて数秒も経たぬうちに、星穹の目は見開かれ。
「だから、君も。
 俺と同じ約束を、守ってくれるよね?」
 皮膚を突き破り、伸び出た蔓草と共に。彼女はヴェルグリーズに襲い掛かった。

●対決
 イメージは、真っ黒な空間。
「暗い」ではなく「黒い」。周囲に見えるものはどれ一つとして違わず墨を刷いた漆黒であり、だと言うのに目の前で声を発する相手の姿だけは、輪郭を切り取ったかのように鮮明に見えている。
「……救われた気分になりましたか?」
 声の主は、笑顔だった。
 美しく清らかな笑顔だった。「同じ顔を持つ自分」をしてそう思い、けれどその内に潜む意図が何処までも利己的なものであると知っているために、逆説その表情が何よりも醜いものなのだと理解できてしまう。
「遠慮など要りませんよ。思うさま喜べば良いではありませんか。
 自らのやりたいこと、為したいことを優先し、その代償を支払わんとする貴女に、彼は何処までも手を伸ばし、助けようとしてくれる。なんと都合のいい道具であることか!」
 銀の髪を揺らし、青の瞳を瞬かせ、声の主は笑う。心底楽しそうに。
「望んでその肢を差し出した貴女を。黄泉に堕ちた貴女を。彼は何処までも慮るでしょう。きっとそれはこれからも。
『ねえ、星穹』。貴女はきっとこれからも、誰かを消費しながら生きていくのだと。ご自身でそう思いませんか?」

(――――――嗚呼)

 その名を呼ばれ、声を掛けられていた彼女は、自らの名を思い出した。
 否、それは名前だけではなく。
「次は誰を犠牲にするのでしょう? 息子ですか、娘ですか、それともご友人か仲間でしょうか?」
 初めてパン屋で出会った日の、可笑しそうにこちらを見る彼の姿を。
「滑稽ですね。失っていた記憶を取り戻して。取り戻すことを覚えた貴女であるからこそ、これから多くを失っていくと言うのだから」
 酒に酔った自分に、甲斐甲斐しく世話を焼いてくれた彼の姿を。
「それを、望まないと言うのなら。
 私にその身を預けなさい。貴女も。貴女の大切な人々も。全て全てを『私』にして、護って差し上げます」
 初めて指切りの約束を交わした時の、安堵したような彼の姿を、そして。
 ――あの日。彼の元に還ってきたときの、心からの喜びを湛えた涙交じりの笑顔を、彼女は思い出したのだ。

(ヴェルグリーズ。私は)

 彼女は。
 星穹は、一歩を踏み出す。自らの姿を模倣した、自らの簒奪者に向かって。
 その瞳に迷いが無いとは言えない。その心に恐れが無いとは言えないけれど、それでも。

(私は、貴方との約束を、果たします)

 最早失われることのない記憶を、自らの支えにして。
 星穹もまた、戦いに臨む。己の身を、心を取り戻すための、戦いに。

GMコメント

 GMの田辺です。この度はリクエスト頂きありがとうございます。
 以下、シナリオ詳細。

●成功条件
・『瓊草』の討伐

●戦場
『練武場』
 ローレットが用意した練武場内です。時間帯は夜ですが、光源は用意されております。
 基本的に障害物なし、半径30mの円形空間です。以下機能解説。

・『障害物生成』:ヴェルグリーズ(p3p008566)様のみ使用可能。副行動消費。使用者の半径5m以内にHP値1点を持つオブジェクトを生成し、即座に使用者を「かばう」状態になります。使用回数は3回まで。
・『地形変動』:使用対象者は同上。副行動消費。戦場の地形を使用者の有利なように動かし、使用者以外の機動力と反応値に一定時間強力な下降補正を入れます。使用回数は1回まで。

●敵
『星穹(p3p008330)』
 ヴェルグリーズ様が担当するエネミーとなります。下記『瓊草』の侵食を受け、一時的に人格を奪われている星穹様です。
 こちらの戦闘における主目的は、『瓊草』が星穹様と肉体の主導権を争っている間、『瓊草』による他の被害を食い止めることです。
 若しこの戦闘でヴェルグリーズ様が敗北した場合、『瓊草』は自らの種子をヴェルグリーズ様に寄生させ、新たな個体として生き延びるであろうことが予想されます。
 以下、能力詳細。

・強制励起:パッシブ。過去に星穹様が使用されたスキルのすべてを使用することが可能。また体力と気力を始めとしたすべてのステータスに超大幅な上昇補正が掛かっております。
      この能力による補正がかかった状態で本エネミーを倒すことは不可能に等しいでしょう。

・EX Nothing's forever.:星穹様の口を介して『瓊草』が放つ悪意の言葉。星穹様に対する心情プレイングが一定の基準に達していなかった場合、シナリオ中ヴェルグリーズ様の能力値が大幅に減損します。
・EX 神々廻絶空刀 影打:ヴェルグリーズ様の任意、またはヴェルグリーズ様の体力が一定値以下に達した(パンドラによる回復が可能である場合を除く)際に発動。下げ緒を介し放たれる子の想いの発露。
             本エネミーから上記スキル『強制励起』が消失するとともに、その体力と能力値が一定時間「1」まで減損します。ただしこのスキルを使用した場合、神々廻絶空刀は不可逆の破損を生じ、またその内に宿る意識も重篤な被害を受けます。

『瓊草』
 星穹様が担当するエネミーとなります。本エネミーとはデータによる戦闘を行わず、敵が発する「悪意」に対して適当とされるプレイングを返すことでその肉体の支配権を争う形となります。
 若しプレイングが適当とされず、肉体の主導権を取り返せなかった場合、『瓊草』は自らの自壊に星穹様を巻き添えとすることが予想されます。
 以下、敵の「悪意」内容。

・星の私とお日様の貴方
・「心なんていらない」
・行ってきますと、彼女は言った。

 また、星穹様の任意、または星穹様のプレイングが敵が放つ計三回の「悪意」に対し、二つ以上に於いて一定以上の水準を満たされていないと判断された場合、強制的にEXスキル「無幻星鞘 白木拵」が発動し、本エネミーの「悪意」を最大二つまで無効化します。
 ただしこのスキルが使用された(した)場合、無幻星鞘は不可逆の破損を生じ、またその内に宿る意識も重篤な被害を受けます。

●情報精度
 このシナリオの情報精度はAです。
 想定外の事態は絶対に起こりません。



 それでは、どうぞよろしくお願いいたします。

  • 冬を越え、桜舞に至るために完了
  • GM名田辺正彦
  • 種別リクエスト
  • 難易度-
  • 冒険終了日時2023年03月17日 22時05分
  • 参加人数2/2人
  • 相談5日
  • 参加費---RC

参加者 : 2 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

参加者一覧(2人)

星穹(p3p008330)
約束の瓊盾
ヴェルグリーズ(p3p008566)
約束の瓊剣

リプレイ


 たいせつなものは、なんですか。

 声が響く。
 それは、慣れ親しんだ自分自身の声だった。

 こいびとですか。こどもですか。なかまですか。ゆうじんですか。
 あなたが、あなたをくれるのならば。
 すくいましょう。まもりましょう。あなたが、たいせつにおもうものを。

 銀の髪。青の瞳。
 鏡で幾度となく見た顔が、嫣然な微笑みを浮かべて『彼女』を見遣る。
 今まさに自らの身体を奪わんとする悪意が。それらが形を成した敵が。『彼女』の不出来を責め立て、其処から去来する恐れを救わんとするかのように暖かな声を掛ける。
 砂糖菓子のような、或いは見目麗しい綺羅のような声音に対し。

 ――「笑わせる」と、『彼女』は言った。

 その場所は、どこかの心象風景。
 先ほどまで黒く在ったその場所は、今では『彼女』がこれまで見てきた記憶が綯い交ぜとなって流れ続けている。
 様々な記憶が在った。ありふれたものや胸を強く打ったもの。傷痕のように深く残るものもあれば、それらをすら包み込む真綿のような暖かいものもある。
 ……或いは。
 それを今、この瞬間すべて失うと言うのなら、『彼女』は自らに掛けられた声の誘いに乗ったのかもしれない。「昔の」『彼女』なら。
「お前にあげていいものなんて、あの左腕一本だけ」
 言葉ほどに、『彼女』は嗤っていなかった。
 眦は屹として。視線を声の側へと真っ直ぐに向けたままに。
 相対する似姿。疎んだ相手を。拒んだ相手を。けれど『彼女』は両の瞳で見据え続けている。

 あなたは。
 あなたじしんを、そんなにも、しんじてはいないのに?

「………………」
 自らに憑りついた存在の言葉は、『彼女』にとって偽らざる本音に違いない。
 過ちだらけの生涯を送ってきた。それをひたむきに救おうとする人が現れる度、『彼女』は確かな自己嫌悪を抱いてきた。
 それを、忘れたわけではない。けれど。
「それは。
 私が私であることを諦める理由には、ならない」
 瓊草の名を与えられた敵に対し、『彼女』は言った。痛みを生じても、苦しみに悶えても、自身は自身のまま、大切な人たちの傍に居るべきなのだと。
 だって、それこそを、彼女の大切な人たちは望んだのだから。
「だから、このまま終わりなさい。
 草風情に譲れるものなんて、どれひとつとして存在していないのよ」

 いいえ。いいえ。
 わたしはあきらめない。あなたをあきらめない。
 くるしくても。つらくても。いたくても。こわくても。

 似姿が笑う。『彼女』が、決して浮かべられない笑顔で。

 だって。
 それが、「あなた」なのでしょう?

 ――『桜舞の暉盾』星穹(p3p008330)は、答えず。
 ただ、己が敵へと、最初の一歩を踏み出した。


「――――――ッ!」
 最初の一手から、「それ」は賭けとなった。
 星穹の身を借り、襲い来る瓊草と即座に距離を取って、『桜舞の暉剣』ヴェルグリーズ(p3p008566)は自らの得物を直ちに納刀する。
 刹那、きいんとなる鍔鳴りの音。その『合図』を察した戦場外部の協力者たちが練武場の地形を操作すれば、一方は高所へ、他方は歩きづらい低所へと配置を強いられる。
(これで、初動は……)
 ヴェルグリーズの想定通り、序盤の優位を確保するために即座に彼我の挙動を操作すると言う目論見は成功した。
 ……結果的には、だが。
「ああ」
 瓊草が笑う。愛しい人の顔で。愛しい人の声で。
「可愛らしいですね、ヴェルグリーズ」
「なっ……!?」
 戦場の操作によって極端にその動きを制限された瓊草は、ゆえに「ヴェルグリーズと同等か、多少上回る程度の速度となった」。
 星穹の身体を強制的に操り、またその肉体を強引に賦活する能力。事前に聞いていたそれの上昇値は、彼が想定していたものより遥かに大きい。
 初手に於いて彼が先手を取れたのは、単純に運が良かっただけに過ぎない。自己付与を掛けた瞬間、即座に詰められた間合いから完全に虚を突かれたヴェルグリーズを、星穹の繊手が絡め取った。
 ――その後に続いた衝撃は、さながら、星が墜ちたかのような。
「瓊草……!」
「救うための手立てを講じ、装備を、術技を整え。
 自らの恋人がこの身体を取り戻すまでの間、私に対して己の役目を全うできると本当に考えている」
 ……この戦闘に於いて、彼は瓊草の側が星穹の高火力スキルを使った際、先の地形変動同様、戦場に仕込まれた身を守るためのギミックを使用する心算であった。
 実際、その考えは間違いではなかったのだろう。このただ一度の打ち合いに於いても、敵方が本気で攻撃した場合、ヴェルグリーズが為す術も無く倒れてしまうことは想像に難くないと予測される。
「為す術も無い小細工を弄する姿を。私は愛しいと思いますよ。ヴェルグリーズ」
 問題は。
 その本気に至る以前の攻撃ですら、今のヴェルグリーズにとっては致命打になりかねないものであったということ。
 身に着けた戦装が少なからぬ罅を生じている様に対して、それでも剣の精霊は笑う瓊草の側をじっと見つめている。
「諦めようとは、思いませんか?」
「断る。それが、何を指していようとも」
 絶望的な力の差だった。
 圧倒的な力量差だった。それでも。
 片手で握る刀の柄に力を籠める。空いた片手は鞘に沿え、視線を決して瓊草から外さずに。
「……それは、きっと。
 俺にとって、死よりも恐ろしいことだから」
 ただ一度、諦めざるを得ず、その手を掴むことが叶わなかったヴェルグリーズにとって、それは最早揺るがない決意だった。
 大切な人を。大切な人との未来を。最早この手から欠片も零すまいと決意した彼は、静かに刀に飾った下げ緒へと指を添わせる。
(――そのための楔も、今、此処に在る)
 神々廻絶空刀、影打。
 この戦いに於いて全てを切り開き、その対価として愛し子の未来を喪う異能を「使わない」ため、彼は全霊を以て瓊草に刀を振るう。
 戦いが、終ぞ始まる。
 例え敵わずとも、その果てに在る未来を手にするために。


 ――「心なんて知らなければ良かった。知りたくなんてなかった!」

 二人だけのセカイに、新たな声が響く。
 それもまた星穹の声。但しそれは現在の彼女が発したものではなく、過去の自らが零した確かな想いの吐露である。

 ――「感情を知る度に、私はどんどん弱くなっている。弱さが『人間らしさ』なの?」
 ――「人を殺めることへの恐怖も、誰かを失うことを恐れるような弱さも、何もない空っぽでちっぽけな私のままで良かった!」

 それは、きっと瓊草が見せる夢。
 過去に自らが抱いた恐れを想起させ、ならばこの手を取るがいいと仕向けるための悪辣な罠。
 けれども、今の星穹にとっては。
「……でも。心を知らなければ、こんなにも誰かを好きになることも、愛おしく思うこともなかった」
 過去の自分を、星穹は否定しない。ただ、今の想いを伝えたいだけ。
「空が初めて母と呼んでくれた時、堪えた涙を。
 心結が名前を貰った時の、心から嬉しそうな姿を。貴方は全部知っているでしょう」
 声を掛けた相手は、瓊草ではなかった。
 気づけば、星穹の眼下には蹲る少女の姿が在った。僅か二年前の、けれど今の自分とは確かに違う、幼さに似た面立ちを残す己に対し、その手は静かに肩へと乗せられる。

 それなら、よわくなっても、かまわないの?
 ――「知りたくなかった。理解したくなかった」
 かわいそうではないの? よわくなるたび、あいをしるたび、それをまもるちからも、うしなわれていくのは。
 ――「盾として誰かを守ることが、私の『よろこび』であったはずなのに」

「弱くなっても、良かったのよ」
 星穹は笑う。過去の自分が抱いた恐れを、少しでも振り払えるようにと。
「弱くても、守るために力が必要なら、誰かを頼れば良かった。私はそれを教えてもらった」
 ざらり、と。
 幼い自分の姿が砂になって溶けていく様を見守った星穹を、けれど、瓊草は笑い、見つめたまま。

 そのひとは、ヴェルグリーズ?

「ええ」

 そう。
 けれど、そのひとはもう、しんでしまうわよ。

 ……『外』の状況を知らない星穹には、瓊草が放つ言葉が真実であるか否か、判別することは出来ない。
 或いは、その言葉は真実かもしれない。『外』に居る自分は瓊草に操られ、今まさに愛する人を手にかける寸前なのかもしれない。
「それは、嘘」
 その懸念を受け入れた上で、けれど星穹はそう答える。
「多少寝相が悪いくらいで、あの人は死んだりはしませんよ」
 いっそ、朗らかなほどの笑顔で。


 刀は、何度彼女の肌を「滑った」だろうか。
「ふっ――――――!」
 放つ一閃。『神々廻剱・写し』が幾度目かの斬撃を瓊草に叩き込めば、対する敵はそれを避けられず、ただ素肌で受け止める。
 戦闘が始まって然程の時間は経っていない。それでも、彼我が負うた怪我の量は零と百ほどの違いを見せている。
 その後者が何方であるかなど問うまでも無かろう。例え相手方にとって些細な攻撃でもその身に当たり、或いは余波が肌を掠めるだけでも少なからぬダメージを受けたヴェルグリーズの体力は風前の灯火である。
 ……それでも。
「嗚呼、鬱陶しい」
 相対する瓊草の気息は、彼ほどとは言わずとも、確かに乱れていた。
 その身に瑕一つない彼女は、しかしその体力を、気力を、剣閃そのものではなく、それが孕んだ異能によって奪われ続けていて。
 ――『キミとの約束』と。ヴェルグリーズが名付けた一閃は、膨大な能力向上を受けている瓊草に対して明確な成果を示している。
「何故でしょう」
「……?」
「何故、貴方は彼女に対して、これほどまでに命を賭すことが出来るのです?」
 それは、瓊草が彼の献身を嘲笑う側面もあるものの――確かな疑問の意図を持った質問でもあった。
「幾度その手を振り払われたでしょう。幾度その心に気負わせたでしょう。
 ええ、ええ、確かに彼女の存在はあなたにとって歓びだったことでしょう。けれどそれは、貴方の身と心を千々に咲くほどの価値が伴われているのですか?」
 虚を、突かれた。
 その一瞬の隙を縫い、穿たれた繊手。デコイが間に合わず、心臓を貫かれた『はず』のヴェルグリーズは、しかしパンドラを以てその肉体を再構成されていく。
「……これまで多くの苦難と思い出を経てきた。確かに辛い想いもしたよ」
 ――けど、それは決して。
 彼女の「ため」ではあっても、彼女の「所為」じゃない。
 保険が失われ、あとは真実身一つのみ。窮地に陥れば失われるであろう我が子と言う恐れを抱きながらも、しかしヴェルグリーズは止まることなく。
「何より。それを超える喜びがあった、心を得ることの素晴らしさを俺は知ったんだ」
「……『似たようなこと』を言うのですね」
 一度、振るった刀が叩いた。次いでもう一度。
 敵の強化は体力と気力にも及んでいるのだろう。追加効果を通して確かに幾らかの疲弊を覗かせてはいるものの、瓊草の底は未だ見えていない。
 敵の気力を断ち、またその体力を奪い続けると言うヴェルグリーズの目論見。
 それは、ともすれば山ほどの巨木を手斧で伐るような無謀な行いなのかもしれない。けれどそれを諦める理由を、ヴェルグリーズは持たない。
「星穹、聞こえているかい。
 俺はここにいるから。決してキミのことを諦めたりはしないよ」
 きっと彼は、何度でも言うのだろう。
「キミは戻ってくると信じているから。だから一緒に帰ろう」
 その不屈の果てに、望むひとが居るのならば、と。


「お前は、あの人のことをどれだけ知っていると言うの?」
 問いを返される。それに対して、瓊草は何も答えなかった。
「あの人は、この手がどれ程汚れているかを伝えても握ってくれた。
 この腕が一本になっても変わらず私が盾であることを望んでくれた」

 そのやさしさを、おそれたことは、なかったの?

「無かったとは、言えないのでしょうね」
 言葉を返す星穹の脳裏に在るのは、嘗て黄泉の国へ行き、ヴェルグリーズを忘却した時の自分。
 それは正確には、彼の優しさを恐れたゆえの行いではなく、彼の優しさを誤った形で信じた結果であった。
 けれども、その行いの内実に「眩しさ」を逃れたかったがためという理由を否定することは、星穹には出来なかった。
「――アレは、私の我儘。間違いない。嫌われたっていい筈なのに」

 ……。

「それでも、彼は。まだ私のために戦ってくれる」
 ――そうなのでしょう? と『外』の状況を聞く星穹。
 その瞳の奥に在るのは問いではなく、確信だった。
「ずっと笑っていてほしい。それは私だけじゃなくて彼もそうだった。
 だから『私』は、私達の為に笑い続けると決めたの」

 ………………。

「もう幸せになることを恐れたりなんかしない。
 彼や子供たちの未来が幸せであるように、私の愛しいひとたちが幸せであるために、私も幸せにならなきゃいけないの」

 それは。
 ぎむであるこうふくは、ともすれば、あなたにとって、のろいなのではないかしら?

「なら。私は喜んで、それに縛り付けられましょう」
 星穹は知っている。こんな自分を愛してくれる人が居ることを。
「私は、あの人との約束を叶える度に一つずつ強くなる」
 星穹は知っている。こんな自分の傍に居てくれる人が居ることを。
「指切りも約束も『覚えてる』。もう、私がどれほど泣こうとも、この気持ちは揺らがない」
 星穹は、知っている。
 そんな素敵な人が最期まで寄り添う、生涯の相棒の名は――
「私は星穹、私が星穹。
 ヴェルグリーズの相棒で、空と心結の母親で、それこそ眠り姫なんて柄じゃない」

 いやだ。
 いやだ、おまえは……、

「私の生きる場所は誰にも奪わせない。
 解ったら、さっさと其処を退きなさい!!」
 星穹は、そうして手を伸ばす。
 それは、眼前の似姿を振り払うため。
 そして同時に、『彼』の手を掴むために。


 ――――――「いやだ」と、唐突に零れた。
 その言葉が、誰に対して、何の意味で発されたかを、ヴェルグリーズは直観的に察した。刀を叩きこむことを止め、それでも構は解かず、ただじっと、愛する人を奪った魔物の終焉をその目で見続けている。
「おまえは、私を利用して。
 なのに何故、私はおまえを使えない?」
「………………」
「失い、閉じこもり、身を削ぎながら生き続け。
 だのにおまえは、どうしてこうも救われる。どうして、多くに囲まれるんだ」
 ――それまで、星穹同様の口調を発していた瓊草は、自らが潰える間際、漸く自身の言葉で独白する。
「おまえが、そうも都合よく救われると言うなら。
 試してみるがいい。『これ』でも、おまえは助かるのかを」
 言葉の意図を。ヴェグリーズは即座に掴んだ。
 舌を噛もうとしたのであろうその口腔へ、咄嗟に彼の手が挟まれる。暴れる身体を前に、しかしヴェルグリーズは空いた手でその身を引き寄せ、必死に言葉を紡ぐ。
「別れの精霊たる俺が断言する。
 いずれ死が二人を分かつとしても、それは確実に今じゃない……!」
「都合よく救われる」。その言葉に、ヴェルグリーズは激怒した。
 彼女は常に苦悩していた。今までの自分と、これからの自分との差異を軋轢と捉えて。
 涙を流した。悲鳴を上げた。時に激しい抵抗にあい、あまつさえその手を離されたこともあった。
 自らを許していいのか。他者を想っても良いのか。星穹は常に真剣に悩み続け、だからこそヴェルグリーズはそんな彼女の力になりたいと願った。
 ……その想いこそが、長きの果てに、終ぞ二人の幸福へと導いたのだ。
「俺と星穹の二人の力で敵わない相手なんているはずもない!
 だから大人しく消滅しろ、そして星穹を返せ!!!!」
「――――――、――! ――!!!」
 ばたばたと暴れる身体を、それでも、必死に抱きしめ続けて。
 例え指が食い千切られようとも、もう絶対に、この身体を離すまいとヴェルグリーズは強く願う。
「……!!」
 時間が、どれほど経っただろうか。
 数十秒か、数分か、或いは数時間か。
 永遠にすら思える祈りの果てに、ふと、彼の首筋に手が伸ばされた。
「……。星」
 言い切るよりも、くいと引き寄せられる頭。
 気づけば、ヴェルグリーズの手は星穹の口から離れていた。啄むような口づけを、しかし剣の精霊は拒まない。
「ヴェルグリーズ」
「……おかえり、星穹」
「――はい」
 刹那、合った視線の向こうに在る、馴染みの気配を察したが為に。
 激戦の後の練武場はところどころが破壊されており、星穹は兎も角、ヴェルグリーズの身体もボロボロと言える。
 それでも、普段と同じように何気ない笑みを浮かべる彼へと、星穹は静かに呟いた。
「ねえ、ヴェルグリーズ」
「何だい?」
「愛しています。……貴方も、空も、心結も」
「……うん。俺もね」



 ――全てが、そうして終わりを告げる。
 それでも。きっとこれは、この先の二人に待ち受ける障害の、些細な小石のようなものだったのだろう。
 未来は分からない。この先が長い旅路となるか、それとも短い道程で終わるのか。
 またその途中で障害に遭うのだろうか。だとすればそれはどれほどの脅威なのだろうか。それに出会った時、二人はどうするのだろうか。
 全て全てが不透明な中、ただ一つ、分かっていることは。
 ……彼らはもう二度と、大切な人から離れない。

成否

成功

MVP

なし

状態異常

なし

あとがき

ご参加、有難うございました。

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