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シナリオ詳細

<鉄と血と>今だけ確かなものが欲しい

完了

参加者 : 10 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

オープニング


『「生まれ変わってもずっと一緒にいられますように」』
 むかしむかし。鉄帝とヴィーザルが、まだお友達ではなかった頃のはなしだよ。
 あるとき、脱走してきた鉄帝国の兵士を、とある部族の族長の娘が介抱したわ。鉄騎種の脱走兵と、精霊種の血を引く娘。互いに違うところを持つ二人は、深く深く愛し合ってしまったんだ。

 アイラとマルコは、星を目印に駆け落ちをすることにしたんだ。
 星は二人を導いた。険しいラフトン山を越えて、新しい土地に……。

 けれども、冬の寒さは二人を赦さなかったの。燃料も食料もとうに尽き果て、それでも二人は熱心に祈ったんだ。
 哀れに思った星は、二人を一緒にいられるようにしてやった。
 寄り添いあい、互いを喰らいあった二人は一つになったのね!

 ねえ、ハッピーエンドでしょう?

 アイラマルコの逸話は、ノルダインにおいて教訓として語られる。
 祝福は呪いとなって飢えは残り、満たされない寂しさはまだ埋まらない。

 あの星が出ている間は、子供を一人にしてはいけないよ。
 雪の中で声を聞いたら、返事をしてはいけないよ。
 腹を空かせた精霊に、きっと攫われて、食われてしまうから。

『もうすぐ雪解けよ、マルコ』
「そうだね、アイラ」
 春はまだ遠い。
 フローズヴィトニルの冬風が吹きすさんでいる。
 彼らの足元には、まず、おびただしく継ぎ合わされた植物があった。シダとカシが不釣り合いに交じり、シラカバとニレが枝を固く結びあう。それから、天衝種(アンチ・ヘイヴン)が。人型をとった、ただでさえ恐ろしい怪物が。氷の狼が。死んだ兵士たちが。それから、囚人たちが。
 戦士たちが、氷でいびつにくっついていた。
 二対。二対。すべて二対。
『どうしてかしら、とってもうずくの。呼んでいるのよ……。よいにおい。春のにおいよ。春になったら、たくさんたくさんの恋が生まれるわね』
「ぜひとも応援してやりたいね。……地下鉄のあれはよくなかった。よくなかったね」
『そうね。私たち、気持ちがわかっていなかったわね。仲良しさんほど結びつく、そうでしょう? 人の気持ちを無視するのはよくないわ。ねえ、マルコ。私たちも、たくさんの「家族」を作りましょう』


『麗帝』ヴェルス・ヴェルク・ヴェンゲルズが敗れ、今なお、六つの派閥が競い合っている。
 ザーバ派。
 ラド・バウ独立区。
 革命派。
……独立島アーカーシュ。
 そして、ポラリス・ユニオン。――今は、北辰連合に属する戦士だ。

 空に島があるなんて、いったい誰が想像できた?
 ラグナル・アイデは苦笑した。
 月も、星も……太陽ですら、この世に確かなものなどないのだと、思い知らされることばかりだった。確かだと思っていた鉄帝の支配ですら、永遠ではなかった。

 この先の展開なんて、どうやって予測すればいい?

 確かなものなど何もない。
 それが、ラグナルの得た結論だ。
 ない。ないのだ。だけど、進まなくちゃならない。間違ってたら戻らなきゃいけない。幸い、そういうときには頬を叩いてくれる友人たちがいる。

 アイデは、北の大地を守るオオカミ使いの一族である。
 敵だと思っていた鉄帝人は気のいい奴も多いと知り、困りごとがあると駆けつけてくるイレギュラーズは、かけがえのない友になった。
 そして、戦いのさなか、絶対的な強者であった父は復讐に身を投じ、投じ……魔種の声を聴いてしまった。

 先の戦いで、父の姿を見かけたものがいるという。

 ああ、ポラリスの導きが欲しい。
 弱音を吐くなら、迷わないために誰かにあれこれと決めてほしい。後悔しないように全部決めてほしい。だからリーダーなんて柄じゃない。ほんとはついていくほうが得意だ。
(でも……でも)
 そうもいっていられないらしい。

 スチールグラード外郭に、その父の姿は見えた。
 変わり果てた姿だった。
 魔種の手先となり、戦士の斧の代わりに、右手は狼の頭となっている。

 人は死んだらどこへ行くのか?
 勇ましい戦士は、死しても戦い続けるという。人の信じる世界の数だけ。それを語るのは野暮というものだ。
 無残な姿になったヘルニールに、狼たちはひるんだが、叱咤で果敢に吠え立てた。
「……戦うぞ! 誇り高い戦士として送り出すんだ」

GMコメント

雪解け遅めの布川です!

●目標
「ヘルニール・ウルフ」の討伐
魔種「アイラマルコ」の撃退(討伐はよりシビアです)

●場所
スチールグラード外郭、雪原
 広い雪原です。少し小高い丘になっています。
 アイラマルコのしわざにより、植生はいびつですが、障害物はあります。ゆるやかな傾斜がついており、イレギュラーズたちが上のほうに陣取っています。

●敵
魔種「アイラマルコ」
『仲良しさんたち』「こっちにおいで!」
男と女の声を持つ魔種です。溶け合っています。
アイラが神秘や抵抗に優れ、マルコが物理に優れます。互いにかばいあい、苦手な攻撃はもう片方が受けようとします。

・ふたりひとくみ
 魔物同士をくっつけ、強化します。

その他、不明ですが、近接物理・遠隔神秘攻撃も行います。

・ヘルニール・ウルフ……「ヘルニール・アイデ」と「グルゥイグダロス」
 ラグナルの父。魔種によって捻じ曲げられ、片腕が狼となっています。非常に獰猛な戦士で、狼使いでした。攻撃力は侮れないでしょう。

グルゥイグダロス(巨狼)×12
 俊敏にして獰猛、牙と爪をもちます。ペアになるとジ・グルゥイグダロスとなり、強力になります。一定以上のダメージを受けると分離されるようです。

ジアストレント(大樹)×5
 巨大な樹に変じた魔物で、攻撃は大振りではありますが強烈。再生が得意です。 ペアになるとジ・アストレントとなり、強力になります。一定以上のダメージを受けると分離されるようです。

●特殊ドロップ『闘争信望』
 当シナリオでは参加者全員にアイテム『闘争信望』がドロップします。
 闘争信望は特定の勢力ギルドに所属していると使用でき、該当勢力の『勢力傾向』に影響を与える事が出来ます。
 https://rev1.reversion.jp/page/tetteidouran

●Danger!
 当シナリオにはパンドラ残量に拠らない死亡判定が有り得ます。
 予めご了承の上、参加するようにお願いいたします。

●情報精度
 このシナリオの情報精度はD-です。
 基本的に多くの部分が不完全で信用出来ない情報と考えて下さい。
 不測の事態は恐らく起きるでしょう。

  • <鉄と血と>今だけ確かなものが欲しい完了
  • GM名布川
  • 種別EX
  • 難易度HARD
  • 冒険終了日時2023年03月21日 22時05分
  • 参加人数10/10人
  • 相談7日
  • 参加費150RC

参加者 : 10 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

参加者一覧(10人)

スティア・エイル・ヴァークライト(p3p001034)
天義の聖女
マルク・シリング(p3p001309)
軍師
ジルーシャ・グレイ(p3p002246)
ベルディグリの傍ら
ルチア・アフラニア・水月(p3p006865)
高貴な責務
ウルリカ(p3p007777)
高速機動の戦乙女
セレマ オード クロウリー(p3p007790)
性別:美少年
シャノ・アラ・シタシディ(p3p008554)
魂の護り手
ニル(p3p009185)
願い紡ぎ
ルナ・ファ・ディール(p3p009526)
駆ける黒影
佐倉・望乃(p3p010720)
生きて帰りましょうね

リプレイ

●ピリオドへ向けて
「なるようになっちまったなぁ、親父さん」
『探す月影』ルナ・ファ・ディール(p3p009526)のたてがみが、風になびいていている。
「ああ……」
 ラグナルは隣に立っている。
 イレギュラーズと対等というには、まだ力ははるかに足りない。経験も遠く及ばない。けれども、逃げることなく立っていた。数奇な運命の導きで、ラグナルはこの場にいる。
「ヘルニールは言ってたな。
怒りを「どこに向けるかはお前が決めろ」ってよ。
そもそも、お前の中に、ソレはあるのか?」
 怒り。戦士たちの誇り。ひとたび使い道を誤れば、人を焼き尽くすような力であり。けれども同時に、自身を燃やすようなものでもある……。
 憎しみも、憤りも、ないとはいえない。ラグナルの焦りを見透かしたように、ルナは言った。
「あることを否定する必要はねぇ。
無いことを恥じることもねぇ。
わからないならば、それもひとつの答えだ。これから見出しゃいい。
だがな。
てめぇの感情は、てめぇだけのもんだ」
 ずっしりと重みのある言葉だった。ラグナルはしっかりと頷いた。
「たとえ親父さんだろうと。ましてや知りもしねぇ魔種なんざの呼び声に、囚われんなよ。
んで、大事なもんを取りこぼすなよ」
「……ありがとう、ルナ」

――おいで、おいでと、声がした。
ひとつになりましょう。ひとつならば、寂しくはない。

「魔物達をくっつける能力だなんて……なんて歪で禍々しいんだろう」
『聖女頌歌』スティア・エイル・ヴァークライト(p3p001034)のセラフィムは、スティアに答えるように開いた。スティアは曇らない。
「全力で倒さないと!」
 スティアはまっすぐに言った。雪のように、かすかに天使の羽根が舞い落ちる。
……ところで、ラグナルは思い知っていた。
 イレギュラーズたちを見た目で判断するべきではない。可憐なすがたであっても、自分よりもはるかに強いような光景を幾たびも見てきたものである。それは芯の強さであったり、誇り高さだったり、あるいは別のものであったりした。
 しかし、そのような中でもセレマは「異質」だった。美しい陶器のような美少年は、このような状況でも堂々としている。
(伝承の正体が魔性であるという話もあるにはあるが……これもその類か?)
『性別:美少年』セレマ オード クロウリー(p3p007790)はかすかに眉をしかめる。魔術師であるセレマは多くの知識を持っていた。歪に組み合わされた敵たちがどう組み合わさっているのか、おそらくはラグナルよりもよく理解し、見えているのだろう。
(仕事でなければ契約を結べるか見ておきたいところだったが
あいつも運が悪いな)
 じ、と敵を見据えるすがたはぞっとするほどに美しかった。
「アイラマルコ」
『陽だまりに佇んで』ニル(p3p009185)の声はしんと雪の上にしみわたった。
「ふたりが、ひとつになったひと
……ニルは、誰かが一緒にいられるのは
仲良しなひとが一緒にいられるのは
とってもとってもすてきなことだと思います」
 でも、と続けられるニルの言葉もまた、優しかった。ぽつぽつと地面に染み入る雨のように、心に入り込んで溶かしていくかのようだ。
「それは
こんな無理やりで歪なものではなくて
……こんなかなしいものではない、はず」
「生まれ変わっても、ずっと一緒に……
大好きな人とずっと一緒にいたい気持ちはわかります」
『ふもふも』佐倉・望乃(p3p010720)はぎゅっと両手を組み合わせた。大切な人の顔を思い浮かべて。いつも、いつだってそうしてきた。
「でも、ふたりが別々だからこそ深まる絆があると、
離れている時間も愛おしいと、知っているから。
無理矢理くっ付けて2人組にしてしまうやり方は、間違っていると思うのです」
 海のフゲッタが、愛しい人の故郷を思い起こさせた。優しい声。傍にいなくても、そこにあるのが分かる。望乃の細い指が、指輪をそっとなぞる。あたたかい気持ちを、何度でも思い出すことができる。
「あの地下鉄の坑道で「ヘイトクルー・ツインズ」を生み出していたのは、この魔種だったんだね」
 スティアに並んで、『独立島の司令』マルク・シリング(p3p001309)は自身の書を開く。マルクの書。それは、ただ、堅実に生きる者の歩みを受け止めてきた紙の束。強力に秘められてきた貴重な魔術書ではなく、ただ、マルクの書というのだ。
「死してなお、ヴァルハラで戦い続ける勇者たち……。昔、もとの世界で母から聞いたことがあるわ。世界が違えど、似たようなものは信じられているものね」
『高貴な責務』ルチア・アフラニア(p3p006865)は深い暗闇を見据えていたが、その瞳が曇ることはなかった。
「勇士、か……」
 戦士だったと。戦士であると、あれを認めてくれるのか。ラグナルにとって、仲間の存在は救いだった。
「ヘルニール・アイデ……。
長き悲憤と共に生き、その果てに反転した貴方がこのような姿になっていようとは……」
『高速機動の戦乙女』ウルリカ(p3p007777)がヘルニールを見据えている。
 不思議と、ラグナルは誇り高かった。自身が「強きもの」と認めた戦士がこのように父を見てくれるのは。いつだって冷静で、お世辞などにあわないウルリカが、死を悼み、手を抜ける相手ではないと思ってくれるのは……。
「いかな勇士であろうとも、敵として立ちふさがるのなら相手をするまでよ」
「ええ、送り出しましょう。ヴィーザルに生きた、誇り高き戦士の長に相応しい、戦いを以て」
「よろしく、頼む。俺も……きっと、きっと、後悔しない。いや後悔しても、俺が選んだ道にだけは……胸をはってみせる。どんな結末でも……」

「ヘルニールさんは……討伐するしか、ないのですよ、ね」
「ああ」
 望乃に、ラグナルはうなずいた。彼は魔種だ。けれども、助ける手段があるなら、イレギュラーズたちはどんなに困難な道でも……己れの身を危険にさらしても、何をしても、きっと見つけ出してくれたのだろう。
 だから、やっぱり後悔はない。
「せめて魔種としてではなく、
誇り高き戦士として、ラグナルさんのお父様として、送り出せるように全力を尽くして対応します」
「これ以上、命が弄ばれる事の無いように。
弄ばれた命が、せめて安らかに終われるように」
 決意を込めて、マルクは異形を見据えた。
「今日此処で、君達を止める」
 君達、とマルクは言った。はっきりと決別を告げながら、モンスターとは言わない。
 ラグナルは本当は、怖い。手が震えている。今にも逃げ出したいと思っている。
 そんなラグナルの背を、『月香るウィスタリア』ジルーシャ・グレイ(p3p002246)がそっと叩いた。……いつかのように。
「大丈夫
アタシたち皆、アンタがいるからここにいる
アンタはまた否定するでしょうけれど……アンタが、アタシたちの心を導いてくれたのよ」
 この香りは、いつだって自分を安心させてくれる。それから元気よくパシッと叩いた。
「最後の親子喧嘩、思いっきりやってきなさいな!」

「不定的中……あの地下鉄と同じことがまさかヘルニール様にまで……」
 魔種すらも対象とする凄惨な能力に絶句したウルリカは、それでも武器を手放したりしないのだ。分かっている。ここからどうするかが大切であると。
「まずは数を減らすことです」
 一歩ずつ、一歩ずつ。歩んでいけば道は拓けるはずだ。
「戦士の誇り、守ること、部族の誇り、守ること。その気持ち、分かる」
「シャノ……」
『魂の護り手』シャノ・アラ・シタシディ(p3p008554)の言葉は力強かった。
「戦士の魂、あの世、いっても、残る。ずっと、部族、守ってくれる。
シタシディ、では、そう、言われてる」
「……ははは。守ってくれるもんかね。情けないって怒られるかもな」
 シャノはじっとラグナルを見た。その瞳は雄弁にラグナルに語った。
「ちゃんと、送り出せば、きっと、また会える。だから、ラグナル、父、ちゃんと、送る。
それ、邪魔するやつ、許さない」
「……そうだ、送り出さないと。送り出すんだ」
「戦士として送り出す。
その言葉に二言はねぇな?」
「ない」
 ルナに、ラグナルは返事した。
「今この時、この場において。
てめぇは俺らと同列だ。
同じ戦士であり。
奴の敵だ。
おんぶにだっこじゃいられねぇ。
生き残れよ。
てめぇにゃ、部族の連中が、狼どもがいる」
 同列。同列とルナが言った。同じであると。だったら少し背伸びしてでもその期待には応えたい。プレッシャーじゃない。ごまかしでもない。頼られる仲間には、頼られる戦士と思われたい。
「頼ってくれ。頼るから」
 ルナが駆け出した。
 あとは、決着までかけぬけるだけだ。
 まだみぬ春の香りが。
 かすかなラベンダーの香りがした。

●ふたりひとくみの
(当面の問題は、あれか)
 アイラマルコの、ねじ曲げる力。そしてくっつける力。不気味な魔力であたりは満たされている。
 雪中まで警戒すべきだろう。自分であればやりようはあるが、無駄に消耗する必要はない。
 セレマは、金の目で地中をにらみつけた。
「ああ、やはりか」
 飛び出してくる樹の根を避けて、仲間に連携を任せる。美を理解できぬはずのただの木偶は、それでもその場に釘付けになる。
(ボクの役割は狼と樹の両方の動きに蓋をかけることだ)
 微笑は人を狂わす。惑わす。敵がおのれに笑みを向ける理由を、心なきモンスターには理解できるだろうか?
 すべてを氷解させていく。感情など持たないモンスターの心をこじ開けて、セルマの微笑みは全てを溶かしていくのだった。
 その場にある地面すらもその黄金色のときめきを識ることになるだろう。世界のルールは今定められた。
(相変わらず、速いな)
 セレマの速さは、脚が速いとはまた別の質の速さだ。周りの動きを止めて法則を無視するような。だからこそそれぞれ役割もある。
「ヘルニールの野郎をぶっ飛ばしてぇ所だが、狩りは一人でやるもんじゃねぇ。今回の俺の仕事は、別だ」
「任せるぞ、ルナ」
「ああ」
 ルナは巨石の上に立ち、名乗りを上げる。咆哮に、大樹がざわめくように揺れ、狼たちが敵愾心のある声をあげる。根を伸ばしてくるが、ルナは遙か空を飛んでいた。
(今回は、走り回って振り回す必要はねぇな)
 地上から狼が飛びかかるが仲間たちが武器を構えている。セレマから距離を取り、これ以上はくっつかないように、引き付ける。
 ルナが左に布陣した、そのときだった。
「よし……ここなら」
 マルクは、柔らかい地面に立った。
 二人が気を引いている今がチャンスだ。
 まずひとつ。あの巨狼と大樹をなんとかしなくてはならない。くっつけるのはまずいのだ。汚れた泥が波打ち、敵の足を飲み込んでいった。
「いけるかい?」
「どっちも、大きい。狙い、つけやすい。まとめて、狩る」
 シャノが夜霊鴉の弓を引く。音はしなかった。
 鋼の弾丸が、重たい雪のように、あたりに降りそそいで敵を打ちのめす。雪と違うのは致命的な威力だ。
「! 下がるぞ!」
 ラグナルの号令で、狼が一斉に後ろに飛びのいた。アイラマルコが笑い、手を振ると、いやな予感がした。背筋が凍りつくような……。
「ラグナルさん、大丈夫です」
 望乃の保っている聖域が、狼たちの足元を覆っていった。代わりにモンスターが一つ生み出される。「ふたりひとくみ」。
 あれは、あってはならないものだ。
 ガチン、ガチンと空気が震える。
 この音を、狼たちは知っている。そして、味方に回ると何よりも心強いものであると知っている。銃声。
 AAS・エアハンマー。
 巨狼たちに浴びせかけられる空気の弾丸の雨は、巨狼たちをよく足止めする。進めない。このような嵐の中であっては。つながれた狼は、前足が地面を蹴り先に進もうとするが、風圧でその場にとどめられている。急加速に伴う衝撃波。とてもかわせるものではない。
 寄り添う、音。熱。加速。
 それはそのどれでもなかった。
 嗅ぎなれた香り。よく知っている味方。魔力障壁が展開され、巨狼は見えない壁に阻まれるかのようにその場に落っこちる。
 狂気?
 愛と狂気は紙一重……。敵に向ける勇猛さが苛烈であることは知っていたものの、それがそこまでも強いものだとは到底思わなかった。目を奪われるでもなく呼吸を奪われる。息をするたびに侵食される。
「ハァイ、初めまして。アタシの香りはお気に召したかしら?」
 来た。
――来た。
 嬉しそうにアイラマルコたちは微笑んだ。狂気じみた笑い声をあげた。
「ジル……!」
 そしてそれは、意図したものだ。精霊の竪琴の音色をまとい、ジルは言う。
 大丈夫、いってらっしゃいと、なんでもないことかのように。

●ヴァルハラ
 仲間が引き付けてくれているとはいえ、だ。まだ、背後には敵がうごめいている。この場を離れていいものか、ラグナルは迷った。
「うん、任せても大丈夫」
 スティアは言った。
「ラグナルさん。戦うなら、一緒に戦おう」
 一緒に、と、彼らは言う。ともに肩を並べて戦おうというのだ。
「アンタたちには、助けられてばかりだな」
「あの魔種には近づきすぎないで。生きた人間と魔物を合体させられるかはわからないけど
気をつけるに越したことはないしね」
 それは天を揺るがすような意思。華奢な体のどこにこの力が秘められているのだろうと思うほどだった。不撓不屈の折れない心は、まっすぐな意思。怒り狂ったヘルニールがこちらに駆けてくる。
 ラグナルはヘルニールの振るう武器を受け止めた。
 恐ろしいほどの衝撃だった。背骨にびりびりとくるような一撃。並みの戦士では受け止めきれない。
 父親の攻撃を受け止めたのはいつぶりだろう。けれどもそこに誇りはない。ただ獣の様にあるだけだ。
「親父、もうほんとに……もういないんだな。いっちまったんだな」
 それを思い知らせるのには十分だった。
「まともに受けないことね。大丈夫、よく見て、かわすの」
 ルチアのアドバイスは的確だった。戦況のすべてを見通すような、戦乙女の啓示。きっとヴァルキュリアがいるとすればこのようなものなのだろう。
 光の柱が天上から地面を貫いた。
 心は悲しみに満ちている。けれども澄んでいた。
 あたりの声がよく聞こえる。
 不気味なだけだったこの場所が、いつのまにかにぎやかになっていた。禍々しい敵は、やはり恐ろしいものではあったが、それでもなおこの広い世界の理(ことわり)の一つではないかと思われるのだ。
 ラグナルは思った。
 ここはもしかすると、戦士たちが戦い続けるというヴァルハラに近い場所なのかもしれない。
 ニルが祈っている。祈りに満ちている。
 無邪気で、何も知らないわけではなくて。ニルはきちんと周りを見ていた。
「ふたりひとくみ」
 恐ろしくはい寄るツタの根や、狼たちのジャンプを避けて、深呼吸する。
 基本を守って、よく狙って。
「焦らなくていい、大丈夫」
 マルクが道筋を示していた。
(ニルは、今は、止めを刺さなくてもいいです)
 動きを鈍らせればいい。ふたりひとくみが、いちばん危ない。禍々しくて、そして、……悲しいから。
 ニルもまた地面を揺るがすように、泥を味方に付けた。
 ずっとここにいるわけにはいかない。ラグナルには帰る場所があった。戻って、仲間たちを率いらなければならない。彼らだってまたそうだろう。イレギュラーズの連中も、それぞれやることがある。
 けれども、今だけはここにいて、ヘルニールを送ってやりたい。
「立って。まだ、戦えるはずよ」
 そこには、ルチアのもたらす天使の祝福があった。それもまたやはり「書物」なのだ。剣、槍、斧……強さとは力のみにあらずということを、この冒険でラグナルは思い知っていた。
「いくわよ」

●強引に引き寄せる
「関係を悟られぬようお気をつけを。あんな見た目で地下鉄の惨劇を起こした魔種です」
 ウルリカの言葉に、ラグナルは聞き返そうとする。その点狼は賢かったようだ。
「ベルカ、ストレルカ、狼たちも、固まらないように」
 狼たちは、ぴんと尾を立てた。
「私に家族はなくとも、思う気持ちはわかります。どんな無茶でも自己流で叶えてきましたものね?」
「だよなあ。今回も、そうだ」
 セレマがモンスターの群れに飲み込まれてしまっている。
 ラグナルは躊躇した。助けに行った方がいいのだろうか? さすがにここまでくるような奴だ。身軽で回避に長けているだとか、あるいはしこたま頑丈だとか。ところがそのようなそぶりはないのだ。食らっているように見える。
 仲間たちはそれを気にしていない。
「おっと、ちょっと多めにあっちに行ったみてぇだな」
 ルナは平然とうそぶいていた。このような喧噪の中にあってなお、状況を理解しているようだった。ルナであればそれも不思議ではない。高所からあたりを俯瞰して、そのうえ耳や気配を気取る力と言ったら天下一品といってもいい。
「まあ、セレマなら大丈夫だろ」
「なんでだ? なぜ死なない?」
 ラグナルはうっかり敵のようなセリフを吐いてしまったなと思った。
「美少年は死なない。説明がいるのか?」
 それは、世の真理だ。美は世界のルールすらも捻じ曲げる。恐ろしい痛打はセレマへのトドメにはならない。
(不死性と抵抗力で集団が受けるべき不利を請け負い、踏み倒し続け、後続の時間・APリソースを維持することこそボクの役目だ)
 本来であれば必要なはずの払うべき犠牲は、困ったことに彼から回収することはできない。手品のようだった。
『あれは、混ざらないね』
『あれは、混ざらないわ。どうして?』
「どうしてもなにも完璧だからだろう。これ以上何かを足す必要もなければ引く必要もない」
 本来は魔術や複雑な事情が作用しているのかもしれないが、それも武器だ。
「いいのか?」
「あとで安酒の1杯くらい奢るさ」
「酒?」
 ラグナルはそれ以上彼の素性を気にすることをやめた。世の中にはどうにもならないこともある。理解の及ばないものもある。分かるのはあの存在が、異様に美しいということだ。筋肉のあるものこそが至上……みたいな鉄帝辺境ノルダインですら、である。
 微笑を目の当たりにするとまずい気がしたので目をそらした。
(しかしなんでも『ふたりひとくみ』にする能力とは興味深い
契約の為に臓器を投げ捨てた身の上だが
これさえあれば第三者から一方的に代替物を取り上げることも可能じゃないか?)
「面白い、もっとやってくれていいぞ」
 陰らない。この表情が。ちっとも。少しも。
 魔種は不思議さに顔をしかめた。
 ルナのとまることを知らぬ四肢は口では答えずに、いつだって行動で示すから。だからラグナルもそれにこたえたかった。
 なんという武器だろう。聞いても「骨董品だ」と言う銘無しの古銃は、ルナによく似合っているように思われる。その機動力はすべてをなぎ倒す攻撃力となって、風を越えて敵に届く。
 ルナから素早く繰り出される斬神空波が、敵を貫いて縦に真っ二つにする。その勢いを殺す方が難しいものなのだろう。素早く横に飛び、横にも薙いだ。
「これで、……ようやく元通りだ」
 どさりと倒れるモンスターは、混じりあいがとけてようやく尋常のものとなっていた。
「ニルは、できるだけ、たくさんを囲みます」
 ゆっくりと呼吸して、ニルはミラベル・ワンドを握りしめる。その杖はニルに勇気をくれる気がした。凍り付いた枝はもう伸びることはない。それでいて中でめらめらと燃える。元の姿に、灰に。ゆっくりと戻っていく。異形に伸びた枝は、ニルの干渉によってようやく元に戻る。
「ふたりひとくみになったものは困るので早く元に戻さなきゃ」
 息を吸う。それから、離れる。空気が振動する音が聞こえたから。
 絶撃。
 巨大な狼が呼吸したその刹那、鋭く暴虐的な狙撃が喉元をとらえていた。真空波の一撃。とどまることはない連射。そう、連射なのだ。あの威力で、あの狙いで、速射は不可能なはずだ。……ウルリカでなければ。
 浮遊光源ユニットー妖精ーが浮かび上がり、一瞬だけあたりを照らした。ウルリカの狙撃が味方に当たるとはつゆも思ってはいなかったが、ウルリカのその連撃が敵を倒すと確信して避け、シャノは次の敵にすでにターゲットを定めている。無防備になったシャノに狼たちが群がるが――。
「もう、動けない」
 然り。ウルリカの一撃によって、歪な狼は倒れていた。
『無粋だね』
『無粋よね?』
 アイラマルコが不機嫌そうに揺れる。
『ふたりいっしょの良さがわからないだなんて』
「ニルは、仲良しは、そういうことじゃないと思うから」
 ニルははっきりと拒絶する。
 フルルーンブラスターが、敵を打ちのめした。
『あの星は厄介だね、アイラ』
『そうよね、マルコ。見たくないわ。まぶしくて……うっとうしい』
 雪崩のようにまたモンスターがあふれだしてくる。いくつかはくっつきかけている。
「限りはあるはずだ」
 マルコが断言する。それははったりではなく、きちんとした観察による推察だった。
「敵の数は、少しずつ減っている。勝ちに近づいている……いけるよ」
 シャノ・アラ・シタシディは頷いた。
『シタシディ』の族長の息子。
 夜霊鴉の弓を狩り、魂を奪わんとする敵に向かって一射を放つ。
 弓を引く。弓を引く。弓を引く。
 そのたびごとに、ぷつ、と空の静寂を切るように浮かぶ矢羽根が、囚われた魂を解放していくかのようだった。もしもここが戦士たちの集うヴァルハラだというのならば――。
『続けっ!』
 アイラマルコにもてあそばれた魂が、行き先を失った魂が、シャノの矢により視力を取り戻したかのようにさざめいていた。ねじれて一つに溶けあった魂が、また二つに分かたれる。
『そんな!』
『どうしてそんな、酷いことするの?』
「戦士、送る、邪魔、させない」
 ワタリガラスの背に乗るように、魂はあるべき世界に散っていく……そんな幻覚をみせながら、魔物たちは一匹、また一匹と倒れていく。それぞれ、ばらばらになって、なんてことのない魔物に戻る。
「下がるぞ!」
 ラグナルは吠えた。そうすれば、望乃がいる。狼たちは優しい雪のにおいをかぎ取り、号令だけでそこにかけつけた。
 祝福があたりに満ちていた。
「頑張りますからね」

●強さ
「危ないっ!」
「っ!」
 スティアの破邪の力が、危うくラグナルをとどまらせた。
「近づきすぎるのは良くない。ふたりひとくみにされる」
「……っ!」
 アイデの狼が、ぴたりとくっついている。ラグナルは凍りついた。
「あれじゃあ、もう……」
 アイラマルコの哄笑があたりに響いていた。しかし、マルクの神気閃光がぱちぱちとまたたいた。
「大丈夫、直後なら、助かる」
 マルクは言った。理論を組み立て、実践に移す。さきほどなりかけで試していたのだ。……確信を持っているから、焦らない。
「つくづく、イレギュラーズってすごいな……」
(ニルはみなさまのことすきですけど)
 ふたりひとくみにされたくはない。
「ニルたちはなかよくないです」と、ニルは声に出してみる。
『アイラ、残念だ、あの子たちは仲良くないらしい』
『それなら、また、別の子を探しましょう。気の合う人同士のほうが、楽しいわ』
「ラグナル様……ヘルニール様のかぞく」
 ニルはそっとうつむいた。
「こういう形で会うのは、きっと、とってもとってもかなしいです。だから」
「わかった。あれには近づかない。でも、まかせていいのか?」
 ニルは、ぎゅっと杖を抱き締めた。

 戦の女神が付いている。いや、ルチアだ。ルチアがコーパス・C・キャロルを響かせているのだった。この戦場に、はっきりとした声が響いている。
「いつもどおりに。平常心を保って、深呼吸して。大丈夫です」
 望乃が微笑んでいた。
 ラグナルは不思議だった。いつもならそろそろ倒れてしかるべき、撤退をするべき頃合いだろうに、少しも疲れが感じられない……。
 魔種の動きは鈍っていた。
(アイラマルコがそうであるように、ふたりひとくみ後の敵はそれぞれが精神を持つのだろう?
はたして精神に関与するBSを受けたお前たちの挙動が楽しみだ)
 セレマは相手をよく観察する。あいつらは食らいあう性質を持っている。愛しい人をその手にかけ、血染めの口元を見ると、どうなる?
(悠長に観察する暇もないのだろうが)
 しかし、それの効果は――絶大だった。
 狂気じみた声を上げて、アイラマルコは互いを確かめるように手をつないだ。攻撃の手が緩んだ。
 セレマはわずかに後ろへ下がった。
『『星よ、答えて! ふたりをひとつにして!』』
 アイラマルコたちが祈りをささげる。けれども星はしんとしていた。祖霊たる星々の瞬きは、ルチアの味方をする。
『……どうしてだろう?』
『どうしてかしら? 愛が足りないのかしら?』
「違うわ」
 ルチアは首を振った。
「単純に、数が足りないのよ」
 敵の数は減っていた。セレマとルナが敵を引き付けて、ほかの仲間たちが数を多く減らしていた。減らしすぎていたせいで、二人一組が作りづらくなっているのだった。それでもいびつなパズルを組み立てようとしてアイラマルコはあがいたが、なかなか適合しない。
「ああ、波長の合うもの同士でしかくっつけられないのか」
 セレマがすうと冷たい目をした。
「万能というわけではないんだな」
「仲良しさんじゃないから、よね?」
 ジルの声に、隙はない。けれども、どうしてか優しいのだ。だからこそ狼に好かれ、精霊に好かれ、とにかくいろいろ背負いこんでしまうのかもしれない……。
『みつけた、みつけた、仲良しを!』
「させないよ」
 敵が産み出されようとしている。出し惜しんではいられない。マルクのあやつる、ブラウベルクの剣がかすかな陽光にきらめいた。破滅的な威力を持った魔力の剣は、鋭く継ぎ目を切り裂いた。

 巨狼と大樹はあらかた片付いた。次は魔種だ。アイラマルコへ攻撃を集めて撤退させる。
「ジルージャさん、抑えありがとう! ここからは反転攻勢だ!」
「オーケー、まかせて」
 マルクは勇ましく言いながら、魔力を練った。ブラウベルクの剣を、思い切り振り上げる。仲間がいるから、まだ剣を振るえる。
 仲間の狼が望乃の前に躍り出て、狼の攻撃を受け止めた。
「ありがとうございます。お返しです」
 契約を交わした妖精が、望乃の牙となる。
「ね、アンタたちの話を聞かせてよ。『仲良しさん』になりたいなら、お互いのことを知らなくちゃ。そうでしょ?」
 ジルーシャは優しく語りかけた。
 アイラマルコは、神話だった。かつて遭難し、雪の中で道を見失い、互いを食い合って、いつまでも一緒にいようとした星々の話。それは神話に近く、言い伝えに近く、本当にあったことなのかも定かではないくらいにおぼろげな話だった。二人のはなしは少しずつ食い違い、そして、細部が違う。
『悲劇だろう? もう、記憶もおぼろげだけど。互いを思って、愛し合ったのは確かなんだ』
『きっと、認めてくれるでしょう?』
「やっぱり、ニルは、違うと思います」
 ニルはアイラマルコに、フルルーンブラスターを降り注がせる。
「でも、聞かせてくれて、ありがとうございます」
「大事な人とひとつになる……そうね、それは確かにハッピーエンドかもしれない
でも本当の幸せは……離れていても、心は繋がっているって感じられることじゃないかしら
アンタたちも――アイラとマルコも、そうだったんじゃないの?」
『『分けないで!』』
 きいん、とした声が響き渡った。地面ががたがたと揺れる。ひびが入る。そしてぼろぼろと、二人一組がはがれようとしていた。
 このままだと、あちらが危ないかもしれない。
(分かってはいたけど、これじゃあだめなのね)
 幻影の痛みがずきずきと右目をえぐった。ジルはため息をついた。
「ジル?」
 奔流した魔力が、ジルーシャのもとに向かっているかに思われる。
(右眼の代わりに、アタシに残された奇跡をあげる
アンタたちが二人に戻れるように
もう寂しくないように)
『思うように動けない……どうしてかしら……』
『それなのに、ずっと待っていた気がする』
 なにかをしようとしているのか……。
「ジルーシャ様の試みがうまくいきますように」
 ニルは、祈る。

●祈り
「何かが、来ます」
 望乃が警告の声を張り上げた。
 戦場が揺れた。一瞬だけ生まれた吹雪が、あたりを覆いつくしていた。盤をひっくり返したような混沌の中、アイラマルコは息をのんだ。
『呼んでいる?』
『いいえ、呼ばれている。呼ばれている?』
 魔種はうろたえている。
「ジル!」
 何か勢いのあるもふっとしたもの……。
 ベルカが、ジルに飛びついていた。
「ちょっと、かっこつけさせてくれてもいいじゃない」
「ジルーシャ。ほらよ、乗りな」
 ルナが背を差し出していた。
「覚悟はたいそうなもんだが、戦いはまだ続いてる。行くぞ!」
 マルクの柔らかな福音を頼りに、仲間たちはまた戻ってきた。
 玉虫色に染まっている。
 輝きながらも、よどんだ色。減衰する色彩が敵と光景を塗り潰した。
 魔物たちは動きを止めた。その芸術に魅入りすらした。言葉も感情も解さぬような生き物であってもそれはわかっていた。
 玉虫色に淀み濁った光景。額縁があってはじめて、それが絵であることに気が付くのだ。
 些細な障害物など、美少年が歩みを止める理由にはならない。
「それで?」
 セレマの号令で、仲間たちは立ち上がる。ぱちんと指を鳴らすと、魔物は互いに喰らいあっていた。
『どうして、どうしてくっつかないの?』
 アイラマルコへのシャノの返事は、はるかかなたからの狙いすましたスナイプだった。
 この位置ならば、ぎりぎり届かない。届くことはない。それを、シャノはわかっていた。
「仲間、みんな、いいひと。でも、無理やり、くっつけられる、のは、ちょっと」
「あなたがたの価値観を、こちらに押し付けませんように」
 ウルリカはぴしゃりといった。
 二人一組にならずとも……。
 シャノは上から、ウルリカは高度を下げてしてからすれすれに。
 コンゲーム・イズ・ドクトリン。ウルリカの一撃は、敵をむしばみ、行動を止める。かわすことなどできはしない。想像すらできない。どうすればシャノの一撃をかわすことができたのか。
 考えても、考えても、無理だった。何も浮かばない。
『あ、アアアア!』
 アイラマルコは苦しんでいる。二人一つであったのに、二つに分かれそうになったから。
『くっつけて、くっつけて』
『だめよ、もう、くっついてる!』
 ジルを指さし、アイラマルコは叫んだ。
『もうあれは……くっついているもの!』
「アタシたちにアンタの応援は必要ないの。だから――邪魔しないで、大人しく帰って頂戴」
 ジルが叫び、無数に小魔術を展開させる。
 だらだらと、アイラマルコの姿が崩れていく。そのままに雪に飲まれていった。
「吹雪が……止んだ!?」
「魔種が引きましたか。仕留め切れはしませんでしたが、僥倖ですね」
「うん! これなら、いける!」
 ウルリカは武器をヘルニールに向け直す。スティアもまた息を吸って、敵を見据える。
(なあ、ラグナル)
 ルナは思った。はじめは日和見なその不甲斐なさが気に食わなくて。けれど、同じ部族の長の次男と知り、なんとなく放ってもおけず。
(だがな、俺は独りで生きる力を求め。お前は群れで生きる強さを見出した)
 ルナの胸中を、ラグナルは知らない。ルナはずっとあこがれだった。一人でも生きていけるのは強いからだ。ああなりたいとずっと思ってきた。そうなれないとあきらめて、自分の道を思い出した。
 なれるものならなりたかった。
 違う。
 出鱈目に放たれた無数の弾丸は小さな群れの様に、統率の取れた動きでヘルニールの周りを舞った。ルナはこれを一人でやってのけられるほどには、強い。
 セレマの放つ光があたりに満ちた。彼の背に光翼が見えたのは……間違いではないだろう。
「夜葬儀鳳花」
 極小の炎乱は咲き乱れる。消えることはなく。冷たい雪の中でも消えることはなく。意思は消えることはなく。
 スティアの炎は、揺るがない。風に吹かれ、花吹雪が如き極小の炎乱は春を予感させる。
 春だ。
 もうすぐこの土地にだって春が来る。
 ラグナルは思い切り踏み込み、一撃を加えた。
「今よ!」
 ルチアの降り注がせるエンジェル・レインが、きらきらと光子をふりまいた。『神が其を望まれる』 。
 それぞれが信じる世界があって、きっとどこの世界もそうで。
「私は、私の信念に従うわ」
 ルチアは、勇ましく敵を引き付ける。ルチアがチャンスをくれたのだ。
「大丈夫ですよ」
 望乃の大天使の祝福が、ルチアに手を重ねるように広がった。
 エンジェル・レイン。
 祝福の雨。
(みなさまが倒れないことが、とってもとっても大事だと思うから)
 ニルの天上のエンテレケイアが、辺りを包み込んでいくのだった。慈愛の息吹。もうすぐここにはきっと春が来る……。
「あっちはだいたい終わったようだ」
 平気な顔をしてセレマが降ってきた。さっき倒れていなかったか? ラグナルはいぶかしんだが、深く考えている余裕もない。この事態はきわめて都合がいい。
「ジルーシャ。行けるのか」
「行くのよ」
『第七の叡智』に、澄み渡る思考。ジルーシャには、いささか見えすぎている。
 どれだけ血が流れていても、身体が痛くても、《誇り》を胸にただ前へ。
「約束したもの、最後まで一緒に戦わせてって
……それに、ヘルニールにも伝えたいことがあるから」

●ヘルニール・アイデ
 スティアのもたらす優しい光が、辺りを照らしている。
「その姿は貴方が望んだことですか?」
 ウルリカは、ヘルニールに問うた。
 ヘルニールはずいぶん疲れた顔をしている。
「恐らくラグナルのように自身の率いた狼と共にあるのでしょう。
しかし、魔種が魔種に好き勝手されるという状況は可笑しいのでは」
 ウルリカは戦士の誇りに手を伸ばし、それから発破をかけてやる。
「好き勝手される今の状況に、怒りを覚えないのですか?」
 ウルリカは淡々と。感情を映す冷えた鏡の様にそこにあった。ヘルニールの目に炎が灯った。わずかな意思が戦士を動かす。
「狼たちは、ヘルニールの家族同然であったであろう貴方たちもそれでいいと?」
(腕、厄介)
 牙をむくあれは、相当な凶器だ。シャノは狙いをつけ、弓を引いた。がちんと噛み合わさった口の牙が矢を噛んで吐き出した。
……もう二度と、春が来ることはないかもしれない。この戦いのなか、ちらりと思わなかった兵士は少ない。その懸念を打ち払うようにして、花弁がひらりと舞い落ちる。
 スティアの魔力の残滓による美しい花天が辺りを埋め尽くす。
 ヘルニールが一瞬、マルクから目を離す。
 それは悪手だった。
 マルクの破壊的な魔術が、ヘルニールを待っていた。
 界呪・四象。
 ニルとマルクは、それぞれに、それぞれの法則で捻じ曲げる。狼の顔がなえていった。
「ぬうっ……」
 ブラウベルクの剣が振るわれる。
 金属ではない、魔力で練り上げられた剣は恐ろしくさえてすらいた。刃こぼれしたのは、ヘルニールのほうだ。ラグナルは剣をつかみ、駆け寄った。
「親父、……ここまでだ」
「アンタ一人に背負わせない
この痛みは、アタシたち全員のものよ」
 紫香に導かれて、黒き獣は影より来たる。ベルカとストレルカが、それからリドルが、ヘルニールに食らいついた。


「親父、……いつか、ヴァルハラで」
「……空から見守っていてよ。ラグナルが――アンタの誇りが率いる群れが、未来を拓いて駆けていく姿を」
 ヘルニールは、最後にかすかに笑った気がした。別れた巨狼が姿を変え、狼となっていた。すこし、ベルカとストレルカににている。かつてのおのれのパートナーとともに、いつまでも戦う夢を見るのだろう。
 最後の別れを惜しむように、狼の遠吠えがあった。

●戦のあと
「いち、に、みんな無事だよね?」
「ケガをしていたら、手当てしますね」
 スティアと望乃はけが人の手当てをしている。セレマはくっついていたモンスターを調べているようだ。
「……また、おなじようなことが起こらないように。この事は忘れない」
 マルクがじっと、戦場だった場所を見つめていた。
「強敵でした」
 ウルリカの言葉はなによりの賛辞だった。
「……ラグナル、泣いてるの?」
「うれし涙だよ。半分くらい」
 しゃがみこんで父親の顔を見つめていたラグナルは立ち上がった。
「ありがとな」
「狼、誇り高い。誇り高い、同士。混ざりやすかったの、かも」
 シャノは遺体を整えると、ヘルニールの冥福を祈った。
「戦士、ヘルニール。其、旅路、精霊、加護、在」
「……ありがとう」
 シタシディ語の響きは、なぜだか、どこか懐かしかった。
「ジルーシャ。
てめぇの無茶癖も大概にしとけ。つってもまたするんだろうけどな……」
「わかってるじゃない」
 心配そうなルナに、ジルは微笑んだ。
「……いつまでも都合よく手を貸せるとは限らねぇんだぞ」
「まあ、そうよね。でも、側にいたらアタシは手を貸すわ」
「俺もだよ、きょうだい」
「ラグナル、これで、正式に部族の長ってわけか」
「そうだな……」
「ラグナル。
俺みたいになるなよ、ラグナル。自分を。群れを。手放すな」
 ルナの横顔は暗かった。
「何かあったのか、ルナ?」
「……」
「ルナ?」
 大量の血痕を残して失踪していた部族が、先日見つかった。
族長は吸血鬼となって。部族の連中は、晶竜となって……。
「困ってるなら、アンタのことだって助けたい。義理の兄弟くらいには思ってるんだからな」

「これ以上、かなしいことが増えないように」
 ニルは祈るように、大地を撫でる。
「どうか、いいことがありますように」

成否

成功

MVP

スティア・エイル・ヴァークライト(p3p001034)
天義の聖女

状態異常

スティア・エイル・ヴァークライト(p3p001034)[重傷]
天義の聖女
マルク・シリング(p3p001309)[重傷]
軍師
ジルーシャ・グレイ(p3p002246)[重傷]
ベルディグリの傍ら
ルナ・ファ・ディール(p3p009526)[重傷]
駆ける黒影

あとがき

無事、ヘルニールを送ることができました。きっと満足して戦士の世界に行けたことでしょう。
お疲れさまでした!

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