シナリオ詳細
<鉄と血と>銃火は星屑の如く
オープニング
●
「ターリャさま、私のお姫さま」
――そう呼ぶと、あなたさまは嫌そうに此方を振り向くでしょう?
「ターリャさまが新しい国を作りたいというなら、マドカは協力します。
どうか、私を連れて行って下さい。マドカは、有用です。マドカは、あなたのためなら何だって出来るから」
私の理想。
私の思い描いた一番星。
ふわふわで、マシュマロみたいで、笑顔の愛らしい、お姫さま。
「何だってできるの?」
「ええ、なんだって。イレギュラーズを殺しますか?
あなたさまが望むならそれくらいのことできます! だって、何事にも犠牲が付き物でしょうから!」
「……ふうん」
「ターリャさま。誰を殺しますか? 私の可愛いお友達がいいでしょうか。
刀を振る姿が綺麗なすずなさん? ふわふわしてて可愛い笑顔のタイムさん?
宇宙一の美少女のルル家さん? それとも、モロチコフ中佐と殺し合いをしてくれるコルネリアさん?
……ああ、あと、ゴールマン中佐の思い出の……アッシェ――正純さん?」
ああ、可愛い可愛い私の憧れのためだったら何だって出来る。
可愛くなんてないわたしも――お姫さまになれる気がしてしまうから。
●
またたく星々を集めたように、その瞳は煌めいていた。
地に蹲る灰(アッシェ)は、それでも尚も、瞳だけは強い力を宿していた。
うつくしい、その眸はあの夜に朽ちたとばかり思って居たのに。
リスター・ゴールマンには秘密があった。
十数年も昔のことだ。当時のリスターが配属された部隊には特殊な軍令が降った。
天義と鉄帝国の国境沿いに存在する寒村を山賊に扮し襲撃し、跡形も無く消し去れという不可思議な命である。
勿論、若き士官達は違和感を感じたが、軍服を脱ぎ捨て賊に扮し痩せた畑を踏み躙った。村に火をくべ、木々を打ち倒した。
逃げ惑う民を押さえ付け、命を奪った。その村は『内通者』がいるだとか、『秘密裏に兵器を作成している』と聞かされていた。
そのような欠片も無かったというのに。ただ、男は言われるが儘に一つの村を地図に消し去った。
悪夢のような夜に男は一人の少女と出会った。家屋の地下に繋がれた射干玉の髪の幼い少女だ。
痩せぎすの娘は此の儘ならば飢え死ぬだろうと見過ごした。どうにも、殺す事が出来なかったのだ。
「アッシェ――!」
灰に、埃に、屑に。そんな意味ばかりを持った娘。名を呼ばれた彼女の苦しげな表情が、どうしようも無く小金井・正純 (p3p008000)と重なって見えた。
「次は私の話を聞いて下さいよ!」
ソバージュの髪、雀斑の頬、勝ち気な眸に連れる士官達の余りに不似合いな可愛らしい装飾の数々。
リスターの目の前に腰掛けていたのはマドカ・ヒューストンであった。
カメラアイを有し、軍用のコートにレースやフリルを添えたちぐはぐな衣装の娘は頬に手を当て蕩けるように笑う。
彼女は決して美少女と呼べる存在ではない。愛嬌はあるが、美貌の上では劣るような娘だ。
そんな彼女は盲目的に恋をしたらしい。恋と呼ぶには不格好、憧れと呼ぶには些か行き過ぎた形容しがたい感情。
マドカ・ヒューストンは『ターリャ』という娘を信奉していた。
「お姫さまは可愛いんですよ。ふわふわしてて、何時だって強気で、それなのに嫋やかで、折れてしまいそうな細い腕をしているのです。
私は可愛くはないから、可愛いお姫さまの――ターリャさまのためになるなら何だって良かったのです」
ターリャと呼ばれた娘が『アラクラン』の所属であることをマドカはよく知っていた。
アラクランの所属の『お姫さま』を敬愛していると告げてから、リスターと共に行動していたニキータ・モロチコフ中佐は「お前は使えるな」と彼女を手脚として利用する事を決めた。
それでもよかった。
マドカ・ヒューストンは幼い身の上で母に捨てられた哀れな娘だった。
雀斑の肌に癖の強い髪。美少女とは呼べないその外見に母は売り物にもならないと鉄帝国軍人の父に彼女を押し付けた。
そうして、半ば無理矢理軍人になった娘は強く『可愛い』へ執着した。
ああ、けれど、羨んだわけではないのだ。決して、違う。そうでありたいと願ったからこそ、愛おしい。
かわいいものは素敵だから、害したいわけではない。
かわいいから、愛してしまうのだ。
かわいいかわいいイレギュラーズ達のことがマドカは大好きだった。
ふわふわしてるタイム(p3p007854)の髪も。
宇宙一だと笑っていた夢見 ルル家(p3p000016)の笑顔も。
凜としたすずな(p3p005307)の立ち姿も。
血塗れでも美しいコルネリア=フライフォーゲル(p3p009315)の戦う姿さえも。
かわいくて、大切に箱にしまっておきたかったけれど――あ、正純さんは、怒られてしまいそう? けれど、けれど。
「お姫さまが、イレギュラーズを殺した方が良いと言ったんです」
「ほう?」
ニキータはマドカに話しの続きを促した。
「かわいいかわいい方は殺しましょう。『かわいいこ』はマドカに下さいね」
「ヒューストンのかわいいは男でも当てはまるだろう。筋骨隆々な男にリボンを飾ってよく言う話だ!」
ニキータが腹を抱えて笑えばマドカは唇をつん、と尖らせた。
「だが、構わない。ヒューストン、お前はターリャの、俺はバルナバス様の為。互いに目的は違うが、共通している手段がある」
「はい。わかります」
「だからころ、単純な話だ! 『殺せば良い』! そうだろう?
殺して殺して殺し尽くせ。俺はアラクランの総帥フギン殿に中佐の座を戴いた。バルナバス様の手脚になれとの事だ!」
「はい、マドカもターリャ様の為に少佐を戴きました」
「ならば?」
「殺します」
幼い娘は笑う。
「殺しましょう」
笑う。笑いながら、言う。なんだって、かわいい。
歪んでしまった『かわいい』は元には戻らない。おとこのひともおんなのひとも、生きている人はかわいいから。
「たいせつなものは、はこのなかにしまっておかないと」
すずなさんも、タイムさんも、ルル家さんも、コルネリアさんも、正純さんだって。
全部殺してしまえば私の傍にずっと居てくれるでしょう? マドカ・ヒューストンの眸は思い込んだように笑った。
「さあ、指揮をして下さい、モロチコフ中佐」
――あなたの声で、わたしは、ただ、走って行く。
――あなたの声で、わたしは、かわいいあのひとたちを殺しに行ける。
「リスター・ゴールマンッ! マドカ・ヒューストンッ!
分かるな、目的はイレギュラーズの抹殺である! 邪魔をするものは殺せ! やっとの正面対決だ。思う存分暴れるが良い!」
- <鉄と血と>銃火は星屑の如く完了
- GM名日下部あやめ
- 種別EX
- 難易度HARD
- 冒険終了日時2023年03月21日 22時06分
- 参加人数10/10人
- 相談7日
- 参加費150RC
参加者 : 10 人
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参加者一覧(10人)
リプレイ
●
遍く幸福は、何処から遣ってくるのだろう。
籠に拾い集めた星が屑でないことを何処で知るのだろう。
もしも――不変の未来があったならば、男は後悔に苛まれたのだろうか。
夜毎に、君を思い出した。
灰(アッシェ)。彼女の命脈が繋がっているならば、どうか。その眸だけは曇らないでくれ。
「……ゴールマンッ!」
鋭い声音に背筋に電撃が走った。背を伸ばし浅い息を吐出したリスター・ゴールマンの傍には無骨な斧を担ぎ上げたニキータ・モロチコフが立っている。
灰色の短髪に目覚めるような色彩の眸の男は病に冒されベッドから離れることも出来ないような虚弱さを有していたらしい。
そんな彼が自由自在なる足を手に入れたのは魔種になってからだ。男の崇拝をドラマティックに彩った演出は確定的に死出の旅路へ誘った。
「何をボケッとしている! 貴様が呼び出したいと言ったのだろう。『灰の娘』を!」
「その言い方って灰被り(シンデレラ)のようで素敵ですよね。王子様(うんめい)に見初められたからイレギュラーズに?
私はとってもとっても、そういうのが好きなのです。何故かって? 女の子だから! 女の子は何時だって夢を見る資格があるのですよ」
うっとりと微笑んだマドカ・ヒューストンのカメラアイがきゅるりと音を奏でた。
雀斑の肌もソバージュの髪も、決して色白とは言えない肌も、嫌いな者を塗り固めて出来た『可愛い女の子』
そんな彼女が求めたのは誰よりも素敵な沢山の『可愛い』ものたち。老若男女の誰だって愛する事が出来る娘の心を擽ったのは。
「こんにちは」
――あなた、だった。
「可愛いもの好きが可愛い拙者に惹かれるのは当然の事ですね!
……と、言いたいところですが惹かれた結果が命を狙われるとあっては喜べませんね」
春色の芽吹きはその眸を煌めかせた。蜜色に溶かした髪は陽の下ならばとても美しいのだろう。
『涙と罪を分かつ』夢見 ルル家(p3p000016)は自身を宇宙一だと称していた。その自身も、その生き様もマドカは愛おしかったから。
「ルル家さん。来て下さったのですね。
ごめんなさい! 本当は殺したくはありませんが……ほら、言うでしょ? 永遠の美は死出の化粧で、とか」
「言わないだろう」
思わず呻いた『紅矢の守護者』天之空・ミーナ(p3p005003)の紅梅を思わせた眸に不安が滲む。射干玉の髪を結い上げた娘は華奢な腕には不似合いな背丈ほどの鎌を手にしていた。
「言いませんか?」
「ああ。少なくとも『死神』は無為の死も、残酷なお終いも美しいとは言えないが」
「そうですか。それなら、残念だなあ」
ころころと微笑んだマドカは旧友との再会を喜ぶようであった。一歩ずつ、イレギュラーズとの距離を詰めて遣ってくる。
魔種の娘の背後には筋骨隆々とした男達が愛らしいヘッドドレスや付け襟でメルヘンちっくに着飾られていた。
不似合いな衣装であれど、それが少女の愛情で、自身の庇護に置く存在であるという証左。女の子の独占欲は遅延性の毒の如く。
「マドカ……さん」
「タイムさん」
『この手を貴女に』タイム(p3p007854)の呼び掛けはぎこちなさを含んでいた。手探りで、少女の柔い部分に触れるような大人びた声音。
確かめる一言一言がどうしようもなく唇を重苦しくさせる。タイムの嫋やかな曲線を描くブロンドの髪がマドカは好きだった。
かわいい、かわいい。年老いていく速度だって、きっと違う違う世界の人。小さくて柔い掌に肩口からのラインのしなやかさ。マドカ・ヒューストンにはない砂糖漬けの『美少女』が目の前に居る。
「……わたしね、あれからあなたのこと気になってたの。『殺してくださいね』なんて、いうから」
――次は上官を連れて来ますね! 趣味は命のやりとりの上官です。怖いでしょう?
……だから、その時は、マドカ・ヒューストンのことも可愛い儘で殺して下さいね? 身の上話たっぷりしますから。
ばいばい、と幼い子供の仕草で手を振る少女のことをずっと、ずっと考えて居た。
「幼いあなたは可愛くないから売られたと言った。身の上話は、たっぷり聞いたもの。
だから自分に持ちえなかったものを人に求めているのだと思う。……バカね。でも、しょうがないわね」
「可愛いでしょう、我儘な女の子って」
背筋を伸ばして微笑むマドカにタイムは何も言えないまま唇を引き結んだ。まだ、どうしようもなく感情が波を打つ。
「話しは済んだか。ヒューストン」
『感動の再会』とは言えず、些か面倒さを隠そうともしないニキータは揃う面々を眺め遣る。バルナバス帝の為により多くの不和を産み出す事を目的とした男は鼻先をふんと鳴らした。
「ご苦労だったな、ローレット。死ぬ準備は出来たか?」
「……此方の話しだ。正面対決だな? 望むところだ。
新皇帝を引きずり下ろすためならば、どんな戦場でも勝ってみせる」
『青き鋼の音色』イズマ・トーティス(p3p009471)は決意を湛えてニキータを睨め付けた。草臥れた様子のリスターは未だに動かない。
「引き摺り落とす? 馬鹿め、あの太陽が見えんのか。お前等に許されたのは頭を垂れ、跪き絶望すること。ただ、それだけだろう」
「……いいや、諦観は置いてきた。誰一人、奪わせはしないよ」
死を遠ざける者として。肌を刺す殺意の一つたりとも通しはせぬと『独立島の司令』マルク・シリング(p3p001309)は落ち着き払った声音で告げた。
「征くぞ、ゴールマン」
「――……やっぱり、そうだ」
「ゴールマンッ!」
酷く苛立った男の声音に重なるように、リスターは『明けの明星』小金井・正純(p3p008000)へ向けて「アッシェ」と呼び掛けた。
●
幾度目の邂逅であるかも分からない。冠位憤怒の『勝手』から始まった争乱も終息が近付いて来ている。
女は、自身に向けられる男の眸の意味合いを分からなかった。恋情ではなく、愛情でもない、後悔と苦悩に鬩ぎ合った男の視線。その動きの一つをも緩慢に見せかける意味を正純は知らない。
「メガネは正純に何かあるみたいだし、モロチコフ。アンタの相手はアタシにしな。男と女の話を邪魔するなんて、野暮だろうに?」
銃口を向けた『慈悪の天秤』コルネリア=フライフォーゲル(p3p009315)の唇が吊り上がればニキータは「それ位の情緒は持ち合わせて居るッ!」と鋭い声を上げた。
「なら、もう少し声のトーンを抑えなさいよ、莫迦野郎」
「ハッ、指揮官の声が遠く響くことにより兵団は勇気づけられることを知らんのか?
俺は! 生きていることを! 折れぬ事を! 兵士に伝えているだけに他ならん!」
元気過ぎる程に闊達な声を響かせるニキータはずんずんと進みコルネリアに相対していた。その対話の最中にも『ふるえた手』すずな(p3p005307)は意味ありげな瞳を向けるリスターを眺めていた。
「……ゴールマン中佐、でしたっけ。この前も、その前もずっと正純さんを気にしてましたよね。何かあるのでしょうか……?」
びくりとリスターの肩が跳ね上がった。男の唇の緩慢さに、過去のいざこざを感じ取り『雨夜の映し身』カイト(p3p007128)は嘆息する。
(何かがあるんだろうが、それが懺悔であろうと悔恨であろうと『今更』になっちまったら、自己満足だろうに……。
部外者は外野として思うのはその吐出す言葉一つで、自分だけが満足して終るってのは許さないつもりではあるけどな)
リスターの唇が震える。正純は、未だ答えられぬ儘に男だけを見ていた。
「んー、まあ」
小さく伸びをしてから『音呂木の巫女見習い』茶屋ヶ坂 戦神 秋奈(p3p006862)はコルネリアの肩をぽんと叩いた。
「本当のところ、器があるとかないとかどーでもいいんだよね。
どうせ正純さんは、重量過多とか考えないで、なんもかんもみーんな抱え込んじゃうんでしょ。
でもそうやって大切なものをうんと抱えてると、足元がよく見えなかったりするからさ」
彼女は仔細を告げる事は無かったが、己がリスターと相対するならば全てを担いたいと告げて居た。
それが『我儘』であるとしても、快諾してくれた仲間に見合うように、為すべきをすると。
「何かの拍子にスッ転んで、大ケガする前に、八方美人はそろそろ止めときな。
それとも、一つも取りこぼしたくないっていうなら……今まで以上に踏ん張って見せないとね」
秋奈はからからと笑う。誰に言ったわけでもないのかも知れない。イレギュラーズという生き物は何時だって、背負い込むのだから。
「天候よし! 視界よし! 足場は……うん。絶好の試合日和だぜ!
あっちの選手はやる気満々みたいだが……コルネリアの大将!いかがいたしやしょうか!」
「殺(や)るわ」
コルネリアが淡々と告げれば無骨な刀をすらりと引き抜いてから秋奈は了承(ラジャー)を返した。
戦いに向かうため、殺意を帯びた紅色が生存を突き動かす心臓の叫びを聞いて走り出す衝動をも揺り起こす。
正純とリスターを見遣ってから、銀光を湛えた愛刀の鯉口を切ったすずなが地を踏み締める。
「まあ、そこは正純さんにお任せします――邪魔は、させませんので!」
狙う先は定まっている。攻め手として、彼等が軍人として連れた兵士の数を減らすことこそが肝要。数の差が、勝率に関わるならば敵陣を荒らし回るのも遊撃手の心得。
飛び込むすずなと秋奈を受けて号令の一声を上げたニキータに兵士達が動き始める。『福音砲機』はガトリングの形を作り、ニキータの戦斧を受け止めた。
「そうそう、こんな太刀筋だったわね、アンタは。
久しぶりじゃない。この間はあのイカれ女だけでアンタはお留守番だったから、寂しかったわよぉ?」
「あのイカれた女が腐った独占欲で貴様等を狙っているのが悪い。本当ならばお前の首を刈り取って腰にでも下げてやりたかった!」
「趣味が悪いわ」
無数の弾丸が残忍なる恐怖を奏でた。福音(ゴスペル)の調べの如く無数に放たれるのは女の生命力。その雨の中で、リスターは正純と向き合った。
「私と話したいことがあるのでしょう。
……改めて自己紹介をしましょう。
私は小金井・正純。この国の貧しい村で生まれ、隣国天義で親切な義父(ひと)に拾われて、今は豊穣で巫女をしています」
「正純。それが、君の名前か」
軍人でもなければ、敵でもないような。穏やかで居て、呆気にとられたような口調でぽつり、ぽつりと返す。
男の指揮下の軍人達はニキータの号令に合せて動き出した。正純とリスターだけが取り残されたように二人の間にはざらりとした空気が流れていた。
「貴方のことを教えてください」
「……リスター・ゴールマン」
「リスター・ゴールマン……それが貴方の名前。
ええ、空に瞬く星に代わり、私が貴方の抱えたものを聞きましょう。そして、私はそれを赦します」
胸に手を当てて、悔恨と懺悔に苦悩を涙する者の声を聞く『不良神父(おとうさん)』の真似でもするように正純は囁いた。
リスターの唇は戦慄いた。問うことさえも恐ろしく、応えがどちらであれど、武器を握ることを躊躇うであろう確認。
「君は、アッシェと、呼ばれていなかったか」
正純の眸の色彩が、変化した。リスターが地下で見た星くず。その姿だけで彼女が『あの日の少女』だと理解してしまった。
――星は、空に飾られなければ唯の我楽多なんですよ。塵芥が空で閃けば、星として愛して貰えるのだから。
いつかの日に、マドカが言っていた。丁寧に部下の男の指先にネイルを施している彼女は楽しげに微笑んでいた。
大人になれば忘れてしまうような、小さな感動やさいわいを取りこぼすことなく過ごしていた彼女の言葉を思い出す。
「アッシェ、君は……空に輝く星になれたんだな……。
私は、あの日、村を焼いた。理不尽な指令だと分かりながらも、逆らうことなく不安を唱えることもなく。
犠牲者は数えたこともない。一夜にして灰に化したあの場所で、君を見た。薄暗い地下で膝を抱えていた、君を――!」
「……ええ。漸く、思い出しました。貴方はあの夜に私と会った。
田畑の灼ける匂いに、人の叫声。烟が入り込む地下で銃口を私の額に向けた貴方は他の軍人の肩の呼び掛けに何も居ないと、口にした」
それが、この人の後悔だったのならば。
――私は。
●
「お前達は今すぐここから離れな! 流石に守る余裕がある状態じゃないんで、言う事は聞いて貰うぜ!」
半魔半物質の大鎌を握り込んだミーナの眸がじろりと周辺を睨め付ける。家屋や倒壊した建物の隙間から此方を覗くのは難民達か。
ミーナの叱責を受けて驚いた顔をするものも居るが、この期に及んでその場を離れない者は帝都に居座り続けただのことは有るのだろう。
「あの! 早く離れて下さい!」
蒼き刀身を翻してすずなが思わず呻いた。部隊員を退けるべく放った蛇剣。太刀筋こそ、本人の性質を顕すようにやや正直ではあるが蛇の如く蠢くそれは邪険士の剣をよく模倣していた。
地を蹴れば、やや泥濘んで感じたのはオイル溜まり。プリズムの光を僅かに帯びたそれを乗り越え、泥に濡れた足元を気にする事は無く身を滑り込ませた。
「流れ弾が飛んでくるかもしれませんから……怪我したくないですよね!?」
積極的に狙うことはない筈だ。マドカはイレギュラーズが目的で、ニキータとて其処まで頭のキレるタイプでもないはずだ。
(ああ、もう――!)
放っては置けないのだと歯噛みした。その位置を確認しながら背を向けたカイトも後方を気にしている。流れ弾が当たれば彼等は直ぐにでも命を落とす脆い存在だ。
「お前達も、守るべき民を巻き込むのは本意じゃねーよな? なあ、軍人様よ?」
ミーナの問い掛けにニキータが遠くより叫んだ。「構わん」と。この期に及んで、弱者の命に気を配っている暇はないとでも言いたげだ。
「クソ野郎」
思わず呻いたミーナ諸共、難民達を巻込もうとする兵士たちへとイズマが声を上げた。
「さて、新皇帝を退かせるためには……手脚から潰さないとな」
細剣は旋律を纏う。魔導仕掛けの武器が奏でた旋律で注目を促すイズマは蒼きワイバーンを駆った。
人命に頓着しないのはこの国の行く先を知っているからだろうか。どうして、彼が其処までバルナバスに入れ込むのかは些か気になる。
「俺は可愛いってガラじゃないし――」
「いいえ、誰だって可愛いのですよ。ねえ、タイムさん?」
楽しげに声音が弾んだ。大ぶりな槍を振り下ろしたマドカに勇猛にも槍を受け止めてタイムは奥歯を噛み締め力を込める。
「もう3度目ね。可愛い人。一緒に踊りましょう?」
「あは」
可愛いだなんて、なんて幸せ。
マドカが後退した。槍を地面と平行になるように持ち、勢い良く横向きに突く。かちん、という音をさせてタイムの紋章がそれを弾いた。
「ええ、お踊りましょう、例え、何方が死んでしまったって! 色褪せないように!」
防御に集中を裂きながらも彼女を引き寄せニキータを相手するコルネリアとイズマを支え続ける。
タイムが信を置いたのはマルク。彼ならば、皆を支えながらも戦線維持を行えるはずだと信じている。
「独立島アーカーシュ司令、マルク・シリング『大将』として。モロチコフ中佐、マドカ・ヒューストン少佐。君達の殺意と暴走を止める」
殺しのためにその階級に就いたというならば。
暴力からこの国の人々を護り、この国を護る為に命じられた『階級』を名乗り上げる。『権限』ではなく『責務』を。
指輪に輝いたのはソウルリンカー。魂の欠片。
マルク・シリングを模した模造品(レプリカ)が残した欠片が立方体の魔力を作り出す。
「退くか降伏するなら深追いはしない! 君達の隊長は僕らと交戦中で、君達を督戦する余裕は無い。こんな所で殺し合って、無駄死にする必要は無い!」
引き金を引けば、戦うだけの力となる。青年の周囲に揺蕩う魔素が周囲を漆黒に塗り替える。
「ヒューストン少佐が戦っているというのに、退くなど!」
巻込むだけ巻込んで、戦うカイトは嘆息を滲ませながらヒューストン隊の兵士達を眺めやった。
「そんな姿でも信頼してるのか…… 。
『かわいい』事を強要するのと『かわいく』あることは違うと思う。だって、似合わんもんは似合わんし、ご機嫌取る以前の問題だろ?」
「彼女は『かわいくあらねば生きてはいけない』」
その言葉の、ひとひらの意味を全て汲むことは出来やしない。
カイトの元に飛び込んでくる兵士達は皆、マドカ・ヒューストンは『狂っては居るが、心根が優しい』とでも認識しているのか。
良き上官なのだろうか。可愛いにばかり執着する彼女の思いを込んでやりたいと思うほどに。
それでも。
「可愛いから殺そうだなんて迷惑千万! めちゃくちゃやめて欲しいのですが!」
何を差し置いても、コレに限るというようにルル家が声を張った。タイムとのダンスタイムを楽しむマドカがからからと笑う。
「女の子は身勝手な方が可愛いのですよ! だから、最後までお付き合いを!」
●
リスターの言う通り『アッシェ』とは本当に正純だったのだろうか。
タイムはふと、そう思う。ならば、彼は正純にとって故郷をも燃やした大罪人ではあるまいか。
(何を思っていたって、罪を犯した過去は消えないもの)
タイムは正純と向かい合ったままのリスターを横目で見遣る。
「余所見しないで下さいよ。気になりますか?」
マドカが踏み込んだ事に気付き咄嗟に身構えた。
「ええ。だって、『ケジメ』を着けたいと言いながら自分では抱えきれなかった罪を告白して、許されたいだけじゃない」
「それは悪い事ですか?」
「甘くて、存外身勝手なのね。あの人は」
彼女を生かしてくれた事に感謝はある。正純という大切なひとと出会えた事はタイムにとってかけがえの無いことで。
「――って、マドカさんに話すことじゃないわね?」
「いいえ。私って、出会い方が違ったらタイムさんのとーーっても良いお友達じゃなかったですか?
ルル家さんやコルネリアさんも連れて、美味しいものとか食べちゃいますし、メイクだってしてあげますよ? ね、ね、ね?」
有り得やしない未来を思い浮かべてマドカがタイムにぐん、と接近する。
「そんな私のこと、好きになっちゃいませんか?」
「なりたくないわ」
今から、死の階段を転げ落ちるその人を、愛して等堪るものか。
「マドカさん。あなたのお姫様とは何度かお会いしています。確かに可憐で、素敵なお方でした。
あなたが慕うのも分かります。私も、彼女を嫌いではありませんから」
「そうでしょうとも。ターリャ様はふわふわしていて綿菓子のようで甘ったるくて可愛い、女の子の理想を煮詰めたのです」
うっとりと笑うマドカが周囲を払除けるかのように槍で薙いだ。大仰な横振りに小さな少女の体が振り回されたように軸をぶれさせる。
不退転の覚悟と共にすずなは飛び込んだ。紅の花が咲く。槍を受け止めた分水剣。生と死を別つかの如く、横薙ぐ。
「でも、魔種ですので――斬ります。あなたはそれを許さないでしょう?
間違いなく、その時の脅威になります。ですので――先にあなたを斬る」
「私も、……マドカもそうです。此処でのうのうと生き残れと言うならば、死んでしまった方がましです!」
マドカ・ヒューストンは恋するように殉じる。愛するように生きて、息をするように死を求める。
可愛くなくては生きてはいけないの。
そんな甘ったるい言葉が降り注ぐ。
ミーナは戦場の状況を把握し、マドカの元へと飛び込んだ。ソバージュの髪が揺らぐ、すらりとした細い手脚は余りにも細すぎた。
(……ああ、全く、嫌になるよな……)
これだから戦争なんてものは納得できないのだ。少女を見れば直ぐに分るではないか。
こんなにも細く、こんなにも小さな娘が一人で生きていけるわけがないと。
「お前の盲信も此処までにしよう」
「はい。構いません。元からそのつもりでした!」
マドカは振り上げた槍でミーナの頬を掠める。その間合いには飛び込んで多重にも攻撃を重ね続けた。
ミーナが一歩下がればルル家が飛び込んだ。蜜色の髪、きらきらと、美しくて可愛らしい気配。
「皆さん、可愛くってとっても嬉しくなっちゃいますね!」
「マドカ殿。勘違いしているようですから言っておきます!
確かに拙者は宇宙一可愛いのは間違いありませんが! 女の子は誰だってみんな可愛いのですよ! ――無論あなたもです!」
ひゅ、と引き攣った声が漏れた。マドカの眸が見開かれる。カメラアイ、きゅるりと音を立てて焦点を定めた鉄騎の眸。
ルル家を見据えた娘が身の丈ほどの一振りを降ろす。
「あ、は」
唇が震えた。明るく、楽しげであった娘の眸に曇りが滲む。
タイムは分からなかった。怒れば良いのか、同情すれば良いのか、否定するなら簡単で、けれど、そうしてはならないと思えてしまうから。
譲れない理由がなければ、人は戦いの中で生きていけなかった。
マドカ・ヒューストン。あなたにとっては『可愛い』ことがきっとそれなのだ。
ルル家に『可愛い』と言われて揺らいだのだって。理想を追い求めていたから。
「……不器用な人なのね」
揺るがないその思いは、砂糖でコーティングした可愛らしい理想のようだった。
踊る時間は長くもない。ただ、あなたが死んでしまうその時まで。
「タイムさん」
近づくマドカの槍がタイムの腹を貫いた。血がぼと、ぼとと落ちる。拭ってからタイムが前線を睨め付けた。
「死なないで下さいね」
「……敵なのに、そんなことを言うの?」
「言いますよ。私の理想の女の子。
ルル家さんが、私も可愛いというなら……一番可愛い私を一番近くで見たタイムさんが私の可愛さを広げてくれなくっちゃ」
ソバージュが揺らぐ。血に濡れたかんばせに塗り固めた明るい笑顔だけが輝いている。
「だから、絶対に死なないで。私以外に、殺されないで」
「……マドカさんは、もうすぐ死んでしまうのに?」
「あは、殺されたら、化けて出てやりますから」
――泣いても笑っても、これきり。最後にお手をどうぞ、可愛い人。
●
「おや。お留守番は終わったんですか、中佐さん。
今度は、とことん斬り結びましょうね! こないだはお互いに不完全燃焼でしたし」
「ああ。矢張り良い戦いをしたいものだからな」
男の眸がすずなを見詰める。餓えた獣のようにその目には奇妙な気配が宿された。
がん、と鈍い音を立てた。弾いた斧、しかし分水剣が僅かに欠けたのは余りの衝撃だったからだ。
火花が散る。
「戦いましょう、思う存分に」
幾重も、結ぶ。壱に、弐に、参――相見えたからには命の取り合いしかあるまい。
「今日はツイている。ヒューストンに留守番を命じられて燻ったが、奴は良いモノを連れて来た。
俺と此処まで戦う事を望む戦闘狂に加えアーカーシュの司令塔まで連れて遣ってくるとは!」
ニキータが歯を剥き出し叫ぶ。マルクを見据え、己が兵士に死地へと赴けと声高に、喇叭を吹くように。
「押せ! 押せ! 止まるな! 我らは進撃の旗しか手にしては居らぬのだから!」
獣が牙を立てるように。叫んだ。男の身の上話も、男の心酔の理由だって秋奈は知らない。只、バトルジャンキーのように振る舞って、暴虐こそを正義を掲げた男と戦う事だけが戦神(かのじょ)の使命だった。
「空気? 知らんね! ここは戦場だぜ? 生きるか死ぬかさ! ダベるのが好きピなら家でやってな!」
「貴様も殺してやろう! 死ね、ローレットォッ!」
戦斧が叩き付けられる。コルネリアは重たい一薙ぎを受け止め勢い良く押し返した。
装填したのは命。叩きつけるのは信念に他ならない。
「わからん! 何言ってんのかさっぱりわからん!
お涙頂戴の話も、知らん人の身の上話もさっぱり! 死居らないことしか喋んないってんなら消えな!」
興味をそそられない『今から死にゆく人』の話しに揺らぐことだってしなかった。
相手も、取りこぼさないために動いているのだ。
――大切なものをうんと抱えてると、足元がよく見えなかったりする。
それは、相手も秋奈も、皆同じ。一つも取りこぼしたくないなら足掻くしかなかった。
嫌いじゃない。根競べも、何もかも。
支援『だけ』機能しても意味は無いことを知っている。ゴールマン隊の支援は意味を成さず、乱戦状態も失せ始めた。
遊撃として立ち回るカイトは全てを洗い流した。何事も過ぎてはいけない。行き過ぎたものは呪いと呼ぶほかにない。
界人の支援を受けながらも周辺の攪乱を行って居たイズマは猛攻を仕掛けるニキータへと横槍の如く放つ。グラツィオーソ。
「力でねじ伏せるのはお前達の専売特許ではないのだと、教えてやるよ」
細剣をタクトのように振り上げたイズマは果敢にも攻め立てる。失敗など少しも許さぬように、細剣の先が戦斧へを幾度も叩いた。
「だが、俺はお前を好まん。お前に足りぬのは何か分かるか?」
「……何だい?」
「俺を馬鹿にすることも出来ず、俺を湛えることも出来ない。お前は、俺に情状酌量の余地を見出そうとしたではないか」
どうして、心酔しているのか。問うてしまえば心が揺らぐ、刃が曇るとでも言うかのように。澄んだ一閃こそが戦場には必要なのだと男の唇が吊り上がる。
「優しい男を俺は好かん。優しい奴は、止まることが出来るのだ。
壊れたブレーキである方が良い。お前も、狂ってしまえば俺と同じ所に落ちてくるだろうにッ!」
「……モロチコフ。その言い分は――」
「自己満足で自分勝手。それの何が悪いというのか!」
ニキータの斧が勢い良く振り下ろされた。薙ぐ、その一閃と共に風が刃となり走る。
受け止めたイズマが奥歯を噛み締めた。癒やしの気配が、マルクの元から感じられる。周辺の掃討を、そして、仲間を生かすための一助を。
間合いは読めた。マルクの魔力が剣を作り上げた。零距離で暁をも切り拓く――そして、蒼穹へと至るが為に。
蒼き一閃にニキータが血反吐を吐いた。拭い、叫ぶ。
「貴様等は及第点だが、俺は嫌いだ!」
「好かれようなどと、思って居ないさ」
マルクが低く呟けば男が乾いた笑いを見せる。
「……ヒューストンは逝ったか。ゴールマンはあれで強情な男だ。貴様等に任せるしかない。
我欲序でに一つ頼もうか。俺も好いた女が出来た。あれは良い。俺を殺すに適してる」
マルクは男を見据えた。男はイズマを、マルクを好かないと告げた。ならば、彼の眸に映っていたのは。
コルネリアがゆっくりと立ち上がる。血を拭い、口腔を満たした血を吐き捨てる。大凡、男と女の睦み事には程遠い死の気配。
濃い殺戮の気を纏った男がデートの誘いを掛ける前にコルネリアはゆっくりと拳銃の銃口を向けた。
「勝負だモロチコフ。どっちの意地が強いか、信念が正しいのか――互いの命をBETして決着つけようぜ」
「はっ、構わない。他の仲間は口を出すな。コルネリアと言ったな。
俺とお前の何方が正しいか。意地の張り合いだ。濃い――!」
戦斧が振り上げられた。眉間を狙った弾丸が斧に遮られる。
勢い良く身を屈めた。頭は、地面にすれすれの距離となる。其の儘、ごろりと転がって弾丸を撃つ。
「ッ――クズ同士、仲良くなろうぜ」
「はは」
乾いた笑いが聞こえた。バルナバスへの盲信、男を造りあげた確かなもの。それは砂上の楼閣の如く。
この国に与えた被害など興味も無く、死する迄は信じていたいなど恋に狂った女のような妄言ばかりを吐出すのは、中性でもなく弱い自分から逃げているだけ。
――アタシも、アンタも、誰かの為と言いながら我欲で得物を振るうクズってだけさ。
コルネリアの頬を斧が掠める。肩口を抉った斧が一気に引き抜かれた。呻く、それでも装填した生命は何処までも追掛ける。
妄執を舐めるんじゃないと唇は吊り上がった。
「――勝った!」
弾丸が、吸い込まれる。最後に向けて。
●
燃え盛る焔は全てを奪い去っていく。灰に、塵に、芥へと。
元から、何も持っていなかったのだろうか。薄汚れた掌では何も掴むことも出来なかったか。襤褸を纏った娘の吐いた息は白かった。
リスターと相対する正純の過去は凄惨なものだった。だが、其れでもよくあることであったのは確かだ。
武を誉れとし尊ぶ鉄帝国に合っては余りにも異端な、武力ではない対話を求めた穏やかな村。隠れ里のように秘やかに過ごす日々。
故に、何らかの支援はなく自給自足でやって来た。そうでなくてはならなかったから。
壊疽した腕は村の貧困を顕していた。正純の体から切り落とされた不要な部位で有るように、村の苦しみと悲しみは毀れ落ちたのだ。
長子が死に、予備として辛うじて生きていた娘にはアッシェと云う名が付けられた。
埃に、灰に、塵に、屑に。
大凡、子供に与えるとは思えぬ名の娘は、あの日。リスター・ゴールマンの後悔と悔恨のその日、はじめて、息をしたとさえ思えたのだ。
爆ぜた焔を乗り越えた。リスターが見逃した命は、あの暗い穴蔵から逃げ果せ、今の正純になった。
その事を後悔なんてしていない。
その事を、後悔なんてしてはいけない。
「間違いだと思うなら止まるべきだったのに――止まらなかったのが罪だろう?」
ああ、だから。カイトがそう言ったように。
止まらなかった罪の重さに毎夜と苦しんだ己が居たのだ。
「今の私がこうあるのは、あの日があったから。
貴方が見逃した私という存在が今ここにいるのは、貴方の弱さのおかげであるから――だから、赦すよ」
引き攣った声がリスターから漏れた。
カイトは視線を送り目を伏せる。懺悔は、自己満足だ。他者を巻込んだ盛大な自己を満たす為の言葉に他ならない。
(……『懺悔』吐くだけ吐いてすっきりしてどっかいく、とかは赦さないつもりではあるけどな)
さあ、どうなるか。カイトはそっと目を逸らす。
「それで、貴方はどうされますか? 投降してくださるというのならそれを受け入れます。
それでも立ち向かってくるというのなら、『戦う力』を見せるというのなら私たちは貴方をここで打倒する。さあ。貴方の強さは、なんのために?」
正純の問い掛けに緩やかに立ち上がった男はだらりと下げた腕に剣を握っていた。
「あの日、無抵抗の民を蹂躙しました。密告があったから、国を揺るがす存在だから。
……ああ、思えば、そう。止まれなかったのも、止まらなかったのも、罪なのです」
カイトの言葉が刺さった。男の自己満足に遙々人を付き合わせたようなものだ。
秋奈が言う通り、知らぬ言葉を延々と逡巡さえ、勝手に己の贖罪に何も知らずに居られた筈の娘を巻込んだのだ。
「此処で、己が投降する事は簡単でしょう」
「……ああ。ゴールマン中佐、貴方が望むのならば捕虜として身の安全と一定の権利を対象として保証したい」
マルクが進言すればリスターは肩を竦めた。
――だから、許すよ。
そう言われてしまえば戦う事も強く在ることも、どうしようもないほどの蛇足に思えてならなかった。
「アッシェ」
「……」
「いや、正純。君が、リスター・ゴールマンを殺したくなったならば、真っ先にそう言ってくれ。
進退さえも己で決められない煮え切らない男で申し訳ない。……心の痼りが解れたならば、直ぐにアーカーシュを去り、自決でもしてみせよう」
リスターの宣言にカイトは鋭く睨め付けた。
「その発言こそが、誰かに背負わすことになる事を分かって居るのか」
「ああ、まあね」
遣る瀬ないことばかりだ。ミーナが戦争なんて遣る瀬ないことがなければ良かったのにと呟いたように。
「身勝手な私を、どうか、許さないでくれ。正純。
君が、許さず、殺してしまいたいほどの恨みを抱えていてくれれば――どれ程に良かったか」
その腕から剣が毀れ落ちた。膝を付いて項垂れた男には自身を叱責する同僚も、楽しげに笑う娘のような少女もいなかった。
莫迦らしい話しだが、狂いきれなかった男は、それでも尚も、生温い家族ごっこのような『狂った人々』の中で幸せだったのだ。
転げ落ちれなかったからこそ、何時だって、置いて逝かれる側なのだけれど。
「はぁ……。久しぶりに里帰り、してみましょうかね」
脚の力が抜け、すとんと尻餅をつく。得も言われぬ眠気を感じてから正純はゆっくりと瞼を伏せった。
その背を撫でたタイムは「お疲れ様」と囁いた。すずなは息を吐き倒れ伏せたコルネリアの腕を引っ張り上げる。
戦乱の気配が身を包む。
空耳のように、あの、喧しい将校の声が聞こえてくる気さえしていた。
成否
成功
MVP
状態異常
あとがき
この度はご参加有り難うございました。
過去との決別のお手伝いを出来ていれば幸いです。
マドカちゃんも、皆さんと話している中でとてもチャーミングに動き出してくれたなあと思っております。
また、ご縁がございましたら是非お会い致しましょう。
GMコメント
日下部あやめと申します。宜しくお願いします。
●目的
・ニキータ・モロチコフ中佐、マドカ・ヒューストン少佐の撃破
・リスター・ゴールマン中佐への対処(撃破、撃退、捕縛の何れでも構わない)
●ロケーション 帝都スチールグラード
帝都内です。鉄帝国軍人達はお呼び出し状を出して攻めこんでくるイレギュラーズを待ち受けています。
特に、マドカは『可愛いおともだち』を呼び出したつもりだそうです。
周辺には難民の影があります。様子を見に出て来てしまったようです。周囲は家屋などが存在し障害物と成り得るものが点在しています。
●新皇帝派軍人
・ニキータ・モロチコフ中佐
指揮官の青年。『アラクラン』にも所属し、新皇帝バルナバスを盲目的に敬愛しています。
現在は『魔種』です。非常に強力なユニットです。
武こそ全てと、ラドバウファイターにも憧れましたが、病弱な彼はそうはなれず軍部の使いっ走りとして燻っていました。
それでも、今は全戦で戦うだけの力をつけ、フギン=ムニンにスカウトされました。
――斧剣を駆使し戦う。全ては皇帝に捧げるために。
・リスター・ゴールマン中佐
秘密を抱えた男。武を是としない村を軍の命令で滅ぼした経験があります。
その際に地下室に繋がれていた星芒を讃えた眸の『アッシェ』と呼ばれた少女を逃がした事が大きな秘密です。
あの日の、己が為した行いを悔むべきか正しいと声高に発するべきか。全ては力が無かったが故と認識しています。。
基本は後方支援を中心に行なうが、あの日から『戦う力』は身に着けてきた。信じられるのは力だけ。
正純さんが『あの日見たアッシェ』だと確信し、正純さんに告げる事でしょう。
正純さんが自分が見逃した命であったこと。あの日村を焼いた己の悔恨を、どうか、どうか、聞いて欲しい、と。
・マドカ・ヒューストン少佐
新皇帝派アラクラン所属。雀斑の少女。カメラアイを思わせる眸を有する鉄騎種『でした』。
得意とする獲物はその背丈には似合わぬ大槍。長いリーチと俊敏に動き回る事の可能な小柄な体で戦う武闘派です。
可愛いものが大好き。可愛いものに気が惹かれるのが悪い癖。
盲目的に可愛いものに入れ込んでいます。可愛くなくては、価値がないと認識しているようです。
『ターリャ』と呼ばれる少女を敬愛し、盲信し、彼女のためにイレギュラーズの皆さんを殺しに来ました。
・モロチコフ隊 10名
10名で構成されたニキータ中佐直属の部下。前衛後衛のバランスがとれた統率された部隊です。
基本的にはアタッカー構成です。ヒューストン隊が壁になり、ゴールマン隊が回復を行なう事で非常にバランス良く戦います。
・ヒューストン隊 15名
マドカ・ヒューストン少佐を中心とした隊です。
銃や剣で武装した軍人達です。
男性が多い様子ですが、リボンなどミスマッチな衣装を身に着けられているのはヒューストン少佐の趣味です。
可愛くないものは死ね、と叫ばれるため可愛くあろうとしています。前衛で壁役です。
・ゴールマン隊 5名
5名で構成されたリスター中佐直属の部下。索敵と後方支援に長けています。
●特殊ドロップ『闘争信望』
当シナリオでは参加者全員にアイテム『闘争信望』がドロップします。
闘争信望は特定の勢力ギルドに所属していると使用でき、該当勢力の『勢力傾向』に影響を与える事が出来ます。
https://rev1.reversion.jp/page/tetteidouran
●情報精度
このシナリオの情報精度はBです。
依頼人の言葉や情報に嘘はありませんが、不明点もあります。
●Danger!
当シナリオにはパンドラ残量に拠らない死亡判定が有り得ます。
予めご了承の上、参加するようにお願いいたします。
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