シナリオ詳細
<鉄と血と>魔種アイドル集団『華仙』のみんな戦いなんて止めて希望を掴んじゃえライブ!inスチールグラード
オープニング
●告死鳥の誤算
やはり、鉄帝に軸足を移して正解であった。四方より押し寄せる反新皇帝の各派閥の軍勢を眺めて、宗教団体セフィロトの第五のセフィラ『ゲブラー』こと『告死鳥』ロレンツォ・フォルトゥナートの目は興味深そうに細められていた。
冠位憤怒バルナバス・スティージレッドの帝位簒奪に端を発した大動乱。この国は新皇帝派を含めて7つの派閥に分かれて混乱の様相を呈していたが、今、この帝都スチールグラードを眺めるに、それも終わりを告げんとしているようだ。
四方より押し寄せる、ザーバ派、帝政派、北辰連合、アーカーシュ。内からは今なお抵抗を続けるラド・バウ独立区。さらには廃地下鉄遺跡を利用して、革命派も帝都に攻め入らんとしていると言うではないか。
にもかかわらず新皇帝は状況を静観し、口許に笑みさえ浮かべているという。
つまり、彼はこの1対6の戦いを覆しうる奥の手を隠し持っているのであろう……もし、それが使われたなら、自分の悲願も成就に近づくのであろうとロレンツォはほくそ笑む。何故ならその奥の手は、この世の地図からゼシュテル鉄帝国という名を消し去って、ロレンツォの望む世界の崩壊へと大きく近づけるものであるに違いないからだ。
しかし――もしも、万が一。その予想のとおりにゆかなかったなら?
(あの告死天使の提案も、あながち悪いものではないのかも知れぬな)
告死天使――『黒のミスティリオン』アリシス・シーアルジア(p3p000397)は「世界を破壊するよりも、救うほうが元の世界への帰還の近道」だと説いたが、六派閥側とそれに与するローレットが本当にバルナバスの奥の手を防ぎきったとすれば、確かにそれは信じるに足る。
正直に言えば今や彼自身、ローレットが自分には見つけられなかった近道を見つけてくれることに、全く期待していないとは言い切れなかった。自分に幾つかの誤算があれば、ローレットはバルナバスを打倒するだろう――ところが。
「ミリヤ・ナイトメア……貴様は一体何を考えている!?」
ロレンツォの人生で最大の誤算が、たった今、彼の軍勢の元へと舞い降りたのだ!
●謎のアイドル集団
「みんな、歌うっス! アイドルグループ『華仙』のライブを、今こそ皆に見せつけるっス!」
リーダーが煌めくエフェクトとともに片手を天に伸ばせば、それがライブの開始の合図。中華風の衣装に身を包んだ女の子たちが、楽器を手に手に旋律を生む。
人はいつしか 解り合える――
紡がれる詞が語るのは、あまりにも甘ったるすぎる理想論。実際に起こってしまった衝突を前にしたならば、本来は何の力もないはずの歌。
……が、戦う人々の心を、何故だか雁字搦めにするようだった。歌が、戦いを止めようと呼びかけたなら、無意識のうちに武器を下ろして、聞き入ってしまう者が出はじめる。攻めるセフィロト信者たちの間にも、守るラド・バウ自警団員たちの間にも。
「戦いを止めよ、とは片腹痛い。その歌声そのものが、云わば精神攻撃と言えように」
武器を手放した自警団員の首を鎖で刎ね嗤うのは、第十のセフィラ『マルクト』こと『椿姫』カミーリア=スカーレット。
「でも……それで罪から解放されるなら、悪いことじゃないの。なのに、まだ罪を犯すなら……滅ぶべき」
歌声に抵抗して武器を握り直した闘士へと翼から光の矢を放つのは、第七のセフィラ『ネツァク』こと『いのちのゆりかご』シーア。
アイドルたちの歌は彼女らにとって、障害を排除してくれる都合の良い仕掛けであったに違いない。とはいえ――歌が彼女らのリズムを狂わせるのは確か。苛立ちが募らないと言えば嘘になる。
「いらっしゃい、『兄弟』――」
「力を貸して、『栄光』――」
セフィロト教祖『無限光』アイン・ソフ・オウルより借り受けし守護天使の名が紡がれる。
新皇帝派とラド・バウ独立区。セフィロトと華仙。そして、ローレット。
鉄帝の行く末を巡る決戦の片隅で、複雑な思惑の衝突が始まっていた。
- <鉄と血と>魔種アイドル集団『華仙』のみんな戦いなんて止めて希望を掴んじゃえライブ!inスチールグラードLv:30以上完了
- GM名るう
- 種別EX
- 難易度HARD
- 冒険終了日時2023年03月21日 22時06分
- 参加人数12/12人
- 相談7日
- 参加費150RC
参加者 : 12 人
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参加者一覧(12人)
リプレイ
●決戦の時
思えば、『炎の楯』を挟んで衝突する軍勢は、『知識の蒐集者』グレイシア=オルトバーン(p3p000111)が宗教団体セフィロトと関わるようになってから、初めて目の当たりにした光景ではなかったか。
「これまでは、幹部とその手勢、でしかなかったが……」
それだけでも厄介だったセフィロトが、配下たちばかりか新顔まで引き連れてやって来た。こちらを見上げて首を傾げる『絶望を砕く者』ルアナ・テルフォード(p3p000291)の手が、微かに震えているのが判る。勇者であることを忘れた一人の少女には、親友シーアの凶行は、さぞかし荷が重かったことだろう。
だが……グレイシアは知っていた。もう、彼女は守られるばかりの存在ではなくなったのだ、と。
「わたし、いってくる」
新顔――『守護天使』たちがセフィラと同格かそれ以上の力を持っているだろうことは、ルアナも理解していたはずだ。それでも彼女はおじさまの手を離し、小飛竜に跨って、親友と向き合いにゆくことを選ぶ。
だから、もう心配ないはずなのだ……少なくとも、彼女が『勇者』に戻らずに済んでいるうちは。
「ああ、気をつけていくと良い。吾輩も、吾輩の仕事をしよう」
「……って、そんな冷静に仕事してられる状況じゃないんですけど!?」
思わず『ラド・バウA級闘士』リカ・サキュバス(p3p001254)が悪態を吐くのも詮無きことかな。そうこうしている間にも『破壊』の炎弾は、こちらも炎の力を持つはずの結界を揺らして掻き消さんとした。
敵軍は結界の薄くなった部位にトドメを刺さんと殺到し、友軍もそれに対抗すべく人員を割く――なんて流れが本来だったら引き起こされるはずが、敵軍は二日酔いでもしているかのように足並みが乱れ、かといって友軍もぼーっとしたまま動かない兵が多々。
全 部 あ の 華 仙 と か い う 奴 ら が 悪 い 。
「アンタ、私らと争う覚悟で反転したんでしょうが! こんな時に『反戦歌を歌います』なんて矛盾、通るとでも思ってるわけ!?」
ブチ切れ寸前のリカの吠え声は桃仙に届く前に戦場の喧騒に掻き消えて、隣でマルコキアス・ゴモリー(p3p010903)ばかりが申し訳なさと呆れが半々のような顔をした。
「何をやっているんだあの人は!」
答え:そこに武道館もといラド・バウがあったから。
「やべーぞちゃんりか! あいつら会場内じゃなくて会場外でライブしてるぞ! ウチら握手券持ってないけど大丈夫かな……はいすみませんでした」
興奮した『音呂木の巫女見習い』茶屋ヶ坂 戦神 秋奈(p3p006862)がリカに捲し立ててジト目で返されたりもしたけれど閑話休題。とはいえ考えようによってはありがたいことも確かであるとは、マルコ自身も思わぬではなかった。どこかでいつの間にか犠牲者を増やされるよりは、今だけでも目の届く場所に利用できる形でいてくれるのは、口惜しいが好都合とも言える。
「どうせ、弱音を吐いても状況は楽になりませんからね! 拙者たちの考えるべきは、いかに敵が歌で弱っているうちに無力化するか、でしょう!」
そう言って『涙と罪を分かつ』夢見 ルル家(p3p000016)が右前髪を掻き上げたなら、邪眼の視線が敵軍を舐める。
「なんだ、あの不気味な目は……」
「アレは、俺が殺したガキの目だ……!」
華仙の歌をせせら笑っていた囚人連中も、杏仙の強制力から逃れられてなどいないのだ。だったら、彼らが邪眼に耐える力も奪われているのは必定。
「花道を開けていただきますよ!」
幾らか、ルル家の意志に屈する者が出はじめる。押し通るなら、今を置いて他はない――今よりも敵を崩せる瞬間は今後も訪れるだろうけれど、その時まで結界が保ってくれるかは、『黒のミスティリオン』アリシス・シーアルジア(p3p000397)にも判らぬのだから。
「身の程を知りなさい」
いまだ屈せぬ者たちの手足は、アリシスが呪を唱えると同時、汚泥に覆われて重くなっていた。思うように動いてくれぬ体に対し、囚人たちの悪態が響く。今こそが戦況を持ち直す好機……ラド・バウ闘士らが彼らの隙を見逃すことはなく、結界の内側では次々に名乗りが上がる!
「我こそはD級闘士、『膂力の』ストロンガー! 等級が低いからといって侮るなよ新皇帝派ども!」
「俺こそはパルスちゃんファン、『グッズコレクター』グレゴリー! 闘士でも何でもないが……戦い方は全てパルスちゃんから学んだぜ!」
彼らとて杏仙に力を抑えつけられていないわけではないが、ルル家やアリシスがそれ以上に敵を弱体化させられていて敗れるような軟弱者にはあらず。そしてその勇気に鉄帝の武人として名高い『鋼鉄の冒険者』オリーブ・ローレル(p3p004352)の激励が加われば……一度は華仙の歌に武器を手放していた者たちの中に、再び戦意を取り戻す者が現れる!
「戦う理由を、守りたいものを、今一度思い出してください! 我々も共に行きます!」
「その通りだ……歌で本当に大切な人を守れるのなら、俺たちだってそうしたさ! けれども奴らはその歌に、耳を傾けようとすらしてくれない! 守るなら、戦う以外の道は残されていないんだ!」
オリーブに応えたラド・バウ闘士は、華仙の歌を否定はしなかった。それが素晴らしいものであると肯定しながらも、武器を取り戦う道を選ぼうとする。この抜け道に、杏仙の力は及ばない……桜仙の力も得てはいないが、プラスもマイナスもないなら敵よりはマシだ。
理解し、けれども従いはしない。そんな闘士たちの在り方は、どれほど華仙を落胆させただろうか?
だが……そんな彼女らの下に、スッと楽譜を差し出す『悪縁斬り』観音打 至東(p3p008495)。
そこに夢があるけれど、選び取れない人がいる。
そんな時に苦しい心を慰めるのも、アイドルの役目なのではあるまいか?
「今、『華仙』チャンたちが取るべき主題は『抵抗』ですネ。『暴力』で襲いかかる相手に対する『愛』の抵抗、そして『勝利』」
「流石に桃仙も、そんなあからさまに片方だけを贔屓するような歌は歌わないと思うっス……」
「さ、そこでですヨ桃華チャン! この歌は、そんな薄っぺらな歌ではございません、グフフ……」
だが至東と桃華の間の密談は、不意に上がった悲鳴にしばし中断させられた。闘士たちの決意は華仙を落胆させたかもしれないが――それ以上に不興を買う相手がいることを『波濤の盾』エイヴァン=フルブス=グラキオール(p3p000072)は知っている。
「折角の“祭り”に水を差すなどと、無粋な者も居たものではないか」
「戦争に、遊び半分で首を突っ込んでくる奴に言われたくはないな」
密かに横合いから自警団員を狙って伸ばされていたカミーリアの魔術の鎖は、エイヴァンの大盾に先端を凍りつかされていた。自警団員も突然の出来事に驚いて悲鳴を上げていただけで、怪我をしたのでも恐怖に駆られたのでもない。
……が、自分にホッとしている暇などないことくらい、当のエイヴァンが最も良く理解していた。こうして遊撃にばかり気を取られていたら……本命の『破壊』になど辿り着けるものか!
「皆、この場は任せたぞ!」
兵たちにカミーリアの脅威を警告できた今、自警団員たちをエイヴァンが守りつづける必要はない。何より指揮官が何から何まで兵卒を面倒見るなど、非効率である以上に彼らの決意に対する非礼ではないか!
駆け抜けてゆくエイヴァンを横目で見送って、『ミシュコアトルの槍』ゼファー(p3p007625)は無造作に担いでいた槍をカミーリアへと向けて挑発の仕草をしてみせた。
「風流や酔狂は私も嫌いじゃないわ。折角だからノってやりましょ。でも、今日の私は色々と絶好調ですからね――精々、火傷には気をつけて頂戴な?」
たとえカミーリアが自警団員たちを傷つけたとしても『玉響』レイン・レイン(p3p010586)が癒やしてくれるだろうけれど……彼女に、仕事なんて回してやるものか。
●VSカミーリア(1)
乾いた、しかし重い音。それはゼファーの燃える槍の猛攻を、セフィロト信者の鎖帷子が受けた時のもの。
届かぬではないかとカミーリアが嗤う。あれだけの大口を叩いておいて、狙いは自分ではなく雑魚であるのかと。
対して、ゼファーも涼しい顔にて返す。
「だって、結果は同じでしょう? あなたは取り巻き連中を、都合の良い玩具兼盾としか思ってないんだから。たとえあなたを狙ったところで、どうせ彼らが身を挺して割り込んでくる。私は彼らの割り込む手間を省いてあげてるだけよ」
「能くぞ言い当てた。褒美に――妾の鎖をくれてやろうぞ」
ただし……それはゼファーに対してではなく、ただ彼女の近くにいたというだけの不運な自警団員に対して!
「どこまで性根が腐っているのだ!」
この機に乗じて歪んだ欲望を露わにした囚人を叩きのめしながら、マルコがカミーリアを睨みつけた。
「おお、怖や怖や」
苛烈な異端審問官の顔へと変じたマルコの強面を目の当たりにしても、表情から愉悦を消さぬカミーリア。して、妾を断罪せんと欲する主自身は、妾に利用されているに過ぎぬ配下どもまでは傷つけはせぬのか? 彼女の顔に浮かぶのはそんな挑発だろう。
だが、乗ってやる必要はない。確かにカミーリアへと断罪の刃を届けるためには、まずは取り巻きたちを排除せざるを得まい……が、少なくともマルコには、彼らをいたぶりたいという感情はない。命すら奪わず、叶うなら傷さえつけず、裁きの光にて彼らを無力化すれば十分なのだから。
「つまらぬ奴め……。もう良い、『兄弟』よ」
興が削がれたとばかりにマルコから視線を外したカミーリア。すると、代わりに彼の前へと立ちはだかったのは、多数の腕と翼を持つ異形の天使。
「「「肯定」」」
それは複数の機械音声を重ねたかのような、不気味で無機質な声だった。なのに……どういうわけかまるで誘うような心地よささえもが感じさせられる――もっともどれほど天上の囁きも、魔王を誘うには足りぬものだが。
「此度は仲間を引き連れてきたのだな。随分とただならぬお仲間のようだが……存外、それほどの仲間を募らねばならぬ程度には闘技場攻略に手古摺っていると見える」
魔王グレイシアが弓引けば、矢は無数に分かれて戦場へと降った。カミーリアにも、配下たちにも、守護天使にも――それが自らの道を阻む者であるならば等しく。
すると最初は鎖で一本一本矢を撃ち落としていたカミーリアの赫い目が、次第に気だるさを露わにしはじめた。
「好い加減、面倒になって参ったわ。……者ども、妾の盾となれ」
吐き捨てるように配下たちへと命じた声色は冷酷で、瞳は妖しい鋭さを帯びる。
もしもカミーリアに屈服してしまったなら、あのセフィロト信者らのようになってしまうに違いない。オリーブの背筋にぞっとするものが伝う。
セフィラの命令に全身を強張らせた後に、畏れに衝き動かされるままに自らを矢の前へと曝け出してゆく信者たち。戦いの中で死地に赴くことも、強き者に従うことも、鉄帝人にとっては馴染み深いものであるはずなのに――。
「家族を、同胞を、彼らのようにしないため! 彼女らに負けてはなりません!」
――そんな発破が自ずオリーブの口から転び出る! そしてクロスボウからは唸る矢が!
オリーブが、文字通りの矢継ぎ早に放った矢。そこに、呼び掛けに応えた闘士たちの、自警団員たちの矢が加わっていった。皆、想いはただひとつ――カミーリアは、必ずやこの場で仕留めねばならぬ。
今まさにカミーリアを庇わんとした信者の背へと、戦士たちの矢は吸いこまれていった。信者の体がカミーリアを覆うまで、あと数歩……その数歩の歩みを彼らは許さない。
「カミーリア様……どうか、ご慈悲を……」
懇願しながら伸ばした信者の手は空を切り、使えぬ奴めとでも言いたげなセフィラの眼差しが倒れゆく彼を見下ろすばかり。そしてそんなカミーリアの肩口を……鎖を掻い潜った魔王の矢が抉る。
「常連客を討ちたくはないのだがね」
「妾を、今も常連客と申すか」
「今の“遊び”も、然程面白いものではないのだろう? であれば、それよりも偶には店に来ると良い。暴れさえしなければ、これからも客として歓迎しよう――」
●VSシーア(1)
自らの領域を横切る矢群には『栄光』も気づいていたが、結局、それがカミーリアたちを傷つけるのを彼女は妨げないでいた。代わりに彼女が為したのは、ただ、流れ矢が主人シーアにまで及ぶのを止めるだけ。
近づくルアナへもそれを追う秋奈へも、彼女は何もしてこなかった。そればかりか敵であるはずのルアナたちにまで、まるで気の置けない友達に接するかのように喋りかけてくる。
「いいの? 貴女たち、シーアちゃんを懲らしめに来たんじゃないの?」
「私ちゃんは、話し合いで解決するならおけまるだぜ」
と、答えたのは秋奈だった。『破壊』だけは話し合いなんて意味ないだろうから破壊しなければならないのだろうけど(破壊を破壊するって……フフ)、秋奈とて戦うつもりのない相手をいたぶる趣味はない――もっとも、本当に『栄光』に戦う気がないのであれば、だが。
守護天使が手持ち無沙汰そうに指先の上で回すミラーボールは、まさしく彼女の栄光の象徴に違いなかった。その輝きは彼女に損なわれ難き力を与えるが……同時、“何らかのきっかけ”さえあればそれが他者を傷つける光に変わるのは考えるまでもない。
ルアナがタイニーワイバーンの上から一度地上を振り返ったら、秋奈は豊かな表情と大袈裟な身振りとともに、こちらに何かを伝えようとしていた。彼女のテンション高いJK言葉を、戦場の喧騒の中で聞き取るのは容易くはない……けれども表情と身振りだけでも、何かあったらこっちに逃げてくれば守る、と言ってくれていることばかりは解る――だってさっき「庇うから乗っけて」って言われて、流石に2人乗せたら戦えるほど上手くは飛べなくなるから断ったばかりだったし――。
だったら、恐れることはない。シーアの姿を目にするとまたこの前の頭痛がぶり返すけれど、ルアナは、勇気にて薄れゆかんとする意識を制御して訊く。
「ねぇ。シーアちゃんはわたし『たち』に興味があるのかな。わたしも興味あるんだ……貴方たちは、どうしてカミーリアさんたちとあちこちに現れるの? 何が目的なの?」
(わたしが自分を手放さなければ、『私』はでてこないよね?)
訊きながら自問したルアナの心の奥で、誰かが「そうよ」と言ってくれたような気がした。
……問題ない。わたしはまだ『わたし』のままだ。
だから彼女はシーアの答えを、誰のフィルターも掛けずに聞ける……はずなのに。
「ロレンツォさんは、元の世界に帰りたいの。カミーリアちゃんは……ううん、何したいのかは、わたしも知らない」
シーアはおよそ目の前の光景とは繋がりそうにない答えを、ただ淡々と述べるだけ。
「じゃあ……シーアちゃん自身は?」
「わたしは……世界を、罪から解放にするの」
「罪? 今してることと“罪”の間に、一体何の関係があるの?」
けれども今度のルアナの質問に対しては、シーアは言葉による説明は返さなかった。代わりに……彼女がルアナに伝えた言葉は、僅か、「こういうこと」の一言ばかり。
シーアの翼が光に覆われたことが、何を予兆するものか。それはもうルアナが知っているものだ。
光を、翼に集めて矢と変える。そしてその光を撃ち出して……シーアちゃんはまた誰かを傷つけるつもりだ!
咄嗟にルアナが小飛竜を急前進させたなら、その進路上に『栄光』が飛び出した。再びの急停止を余儀なくされる小飛竜。
突然のブレーキに投げ出されないように必死に両手で飛竜の首にしがみついていたルアナには、きっと見えてはいなかったろう。けれども地上から空全体を視界に収めていた秋奈だけは違う。
「あいつ……雰囲気が一気にやばたにえん!」
秋奈には、全てが見えていた……ルアナがシーアを傷つけてでも止めようとしたその瞬間を境に、フレンドリーだった『栄光』の眼差しが、唐突に何よりも冷たい刃へと研ぎ澄まされたのが。
●VS『破壊』(1)
躊躇なく放たれたシーアの光弾は、空より『破壊』へと迫らんとするリカの皮翼に傷を刻んだ。
虐げる者と虐げられる者がいる。食う者と食われる者がいる。それこそがシーアが悲嘆に暮れる、命あるものの“罪”。空を飛ぶ者と地を這うことしかできぬ者がいる。しかも、その空を飛ぶ者は……。
「……っぶないわね!」
罵り文句こそ咄嗟に出すものの、たった今つけたばかりの傷にも墜ちる素振りを見せぬほどの強者。
であれば、自らが虐げる側であるという罪を知り、世界を滅ぼした後に自らも命を絶つことだけが、シーアの考える正義というものだ――そんな“正義”、受け容れられるわけがないじゃない!
A級闘士と呼ばれるに至るまで、どんだけのことを積み重ねたと思ってるのよと、怒りを露わにしてみせるリカ。それを……不公平? 罪? 他の奴らがどうかまでは知らないけれど、少なくとも闘士っていうのは皆、自分が理不尽な序列の一番下にいると納得することから始めるものなのよ!
「ここはラド・バウ、闘士以外の戦闘はお断りなのよ!」
闘士たちも、自警団員も、このラド・バウに集まりながらA級闘士の顔を知らぬ者などいるはずもなかった。であればリカの啖呵とは、宣戦布告であるのと同時、味方の鼓舞にも他ならない。
誰からでも見える空中に英雄の姿があって、敵の攻撃をものともしない。それは希望の象徴であり――。
「――打ち砕かれれば即ち、敗北の象徴へと変わる」
ロレンツォが独りごちた後、何やら『破壊』に指示を出した。直後──離れていても熱さを感じる強烈な熱。
「俺の陰に隠れろ!」
咄嗟にエイヴァンが声を上げたがその直後、吹きすさぶ突風と轟炎が辺りを舐めていた……主標的たるリカはもちろんのこと、敵たちばかりでなく味方をも。もうワンステップ遅ければ、少しばかり離れていたはずのルル家までもがその炎に巻かれていただろうことは想像に難くない。
「なるほど……『破壊』の名は伊達ではないようですね!」
アレの直撃は受けたくはない。だが、こちとら邪神と勇者ロボの子供。破壊の天使だか何だか知らないけれど、この程度の攻撃なら7割くらいの確率で完全回避できてしまう拙者のほうがよっぽど凄いのだと鼻を高くする。
それに……こんなもの、よくあるただの死地でしょう?
「拙者、死地から生還するのは慣れていますので!」
強いていうならルル家の弱点は、自分ばかり避けたところで他人を助けることはできないところであろうか。彼女には、エイヴァンの巨熊の肉体さえもが軋みを上げるのを防ぐ手立てなどない……だが。
「栄えある海洋軍人が、鉄帝人の前で無様な姿を見せるわけにはいかんのでな」
心配の必要なんてなかった。幸運にも無事に彼の後ろに飛び込めた者はもちろんのこと、その盾となったエイヴァン自身もいまだ大地を踏みしめている。
エイヴァンが戦いの先に見据える夢までは、いかな『破壊』とて毀せていない。ゆえに……彼を打ち倒すには至らない!
さしものロレンツォも感嘆の声を上げた。『破壊』の奥義を受けてなお失わぬ闘志――これはひょっとすると本当に世界を救えてしまうかもしれぬぞ、と。
だが、それだけで確認できたとするには足りるまい。『破壊』の奥義に耐えるなど、十分条件ではなく必要条件のひとつに過ぎぬ。
「では、これではいかがかな?」
ゆえに、ロレンツォはメイスを抜いた。そしてその無骨な頭部を彼が撫でてやったなら……ぼんやりとした光が灯る。
強化付与。加えて、もうひとつ別の色をした光。
その光にアリシスは見覚えがある。彼がかつての世界で司教であった頃、数多の異端者を屠った裁きの光!
「無論、これも耐えるのだろうな……!」
それをわざわざ周囲に聞こえるように叫んだということは、それもまたロレンツォの策略のうちなのだろう。
(ご自身が陽動を担い、天使を本命となさるおつもりでしょう)
であれば、アリシスはその“本命”を止めるため動く。“陽動”のほうもそれだけで十分な脅威にはなりうるのだろうが……全盛期である前の世界では持っていなかった、あの天使――おそらくはロレンツォよりさらに強力なセフィロト術者に与えられたもの――のほうがより危険であることは疑いようもない。
「司教自身の力でないのは幸いですね――何故なら、私の告死天使の刃が徹るのですから」
●flew flown
そしてきっと、春は来る。
だから春を待つための歌を至東は書いた。
抵抗のために戦えなんて単純な歌じゃ、ラド・バウ独立区の人々しか救えない。
けれども……冬の厳しさに耐えて春への希望を抱きつづける歌ならば? ザーバ派、帝政派、北辰連合、アーカーシュ、革命派……誰の力にだってなれるだろう。
それに、それこそ攻めている側の新皇帝派にも。もしも戦い奪い取る以外の道しか知らないがゆえに新皇帝派に与した者がいたならば。他者を傷つけたりせずに、皆が幸せになるまで耐え抜こうというメッセージにさえならないだろうか?
反響を飲み込んだ寒気が、閉めた襟に入り込まないように、閉じた鍵を壊さないように。マフラーをかけておきましょう。
その歌詞は、大切なものを手放さないようにずっと握っておきなさいと説いていた。大切なもの――それは誰かを守るための『武器』、あるいは抵抗しつづけるための『希望』。
けれどもそれは、『害意』や『憎しみ』であったっていい……何故なら闘士たちの中にさえ、大切な人を奪われて、復讐心で戦いに加わっている者がいるかもしれないのだから。
至東の新曲、『flew flown』。
その歌の主題に目覚めたならば新皇帝派とて他者から奪わない道に切り替えるだろうし、そうでなければ杏仙の歌声がその者から力を奪うであろう。一方で、ラド・バウ側は最初から桜仙のバフ満載だ。そんな都合のいい支援マシマシなのに加えて新曲の宣伝までしてもらえるとあれば――この仕事、随分と美味しいモノになりますネ。
●VSカミーリア(2)
不意に華仙が歌いはじめた、春を待ち焦がれる冬の日々の歌。その耳障りさに耳を塞ぎたいとさえ思う――何故ならカミーリアは自分自身で理解してしまっていたからだ。召喚の前と後とでは自身が変質してしまい、希望を持つことすらできなくなっていた、と。
冬の後には春が来る。そんな当たり前のことすらもがおためごかしにしか思えない心境。必然、杏仙の歌声が非難がましく脳髄に突き刺さりはするが、かといって共感の仕方すら解らない。
しばらく華仙の歌を聞き流したところで、彼女は吐き捨てるようにグレイシアの問いへの答えを口にした。
「然様。いかに世界の滅びに加担したところで、その実、退屈さは然程変わらぬわ」
愚か者が縛鎖に囚われて破滅に向かうさまを眺めるのだけが、何よりも彼女を慰めてくれる出来事だ。それは、グレイシアの喫茶店で過ごした他愛もない日常よりも。
とはいえその唯一の愉悦を取り上げられてしまうのだとしても、実のところはどうでもいいことだった。ただ、少々癪に感じはするけれど。
「だったら……いくらでもその“面白くも何ともない愉悦”にしがみついているといいわ」
ゼファーの槍が再び炎に包まれた。すると……またもや割り込む新たな信者。けれども今やその数は、最初と比べればほとんどいなくなったと言っても過言ではない。
さあて、ここらで本領発揮。ここまで“盾”の数が減ってしまえば、白兵武器だって直接カミーリアを狙うことができる――西風の眼差しがこれまで以上にセフィラを捉え、結界より流れ込むミシュコアトルの力が増した。『破壊』の力が結界から逸れた今、精霊さんは随分とゴキゲンらしい!
だから、立ち塞がった信者の体が消し炭と化すまでは、あっという間の出来事だ。そして砕ける彼の背から飛び出したのは……精霊の力を一時解き放ち終えた後の、ゼファー自身の苛烈な操槍術。
「よもや、“盾”と鎖ごと妾を貫こうとは……妾も久々に興が乗った」
瞬く間に生じた無数の刺し傷を無理やり鎖で繋ぎ止めながら、カミーリアは愉しげに嗤ってみせた。その姿はまるで、消える直前に大きく燃え上がる蝋燭のよう――もっともそれが本当に消えかけであるのかは、傍らに寄り添うように戻ってきた『兄弟』次第ではあるのだろうが。
誘う守護天使の声が、グレイシアから戦意を奪わんとした。……が、魔王の力の片鱗を顕現させるグレイシアの口ぶりには余裕が聞いて取れ。
「天使とは離して対応したくはあったのだが……空を飛ばれている以上は仕方あるまいな」
魔王が天使に屈するなどありえないことだ。だが屈せぬというだけのことならば……人とて魔王に負けなどしない!
「これ以上人々を傷つけるというのでしたら、必ず止めなければなりません!」
鋼覇連閃――人を城に見立てたうえで切り崩す、オリーブの攻城術にして殺人術が放たれた。戦士の奥義がカミーリアを切り刻まんとする中で……『兄弟』は主人を守るためそちらへの対応を迫られる。
無数の翼。幾つもの腕。その姿はまるで多数の兵器を突き出した砦のようだった。
すなわち、オリーブの攻城殺人剣の格好の的。守護天使が差し出した手首を切り落とし、勢いを落とさずに剣は翼をも断つ。散る羽毛。けれども天使はその程度では毀れぬし、オリーブの剣もまだまだ止まらない!
断罪の時は、目前であろう。マルコの剣は主人メイヤのため振るわれるものではあるが、だからといって人々の勇気と愛のために振るえないものであるわけもない。
「改心する者の命まで奪おうとは思わない。しかし汝はロレンツォに与し、多くの罪を重ねてきたのだ。その報いばかりは受けてもらおう!」
剣が帯びたる数々の神聖力が、覆う鎖ごとカミーリアを縛めた。その中ではさしものセフィラとて、容易く抜け出ることは叶うまい……しかしながら彼女はいまだ、可笑しそうな表情を崩さない。
「妾が、あの男に『与し』? 笑止。あれなど利害の一致に過ぎぬわ。無論、それで妾が数多の者を破滅に追い遣った事実が変わりはせぬがな――しかし主らと話しておると、妾自身、どうやら斯様な暮らしに辟易しておったらしいと気づかされるわ」
ゆえに、カミーリアは自らの守護天使の名を呼んだ。
「『兄弟』よ、セフィラとして命じる。妾を――“救済”せよ」
折れた翼ともげた腕。けれども守護天使はカミーリアを迎えるかのように、それらを大きく広げてみせた。
主人が彼の手に触れたなら、その身は神々しい光の中に包まれる。
主らなどに、行く末を決めさせてやるものか。カミーリアの口許が、そんな形に動いたのが見えた。そして――不意に彼女の姿が消える。
守護天使の手の全てが祈りの形を作り、そして自身も光の中に包まれた。そして彼が恭しく一礼をした直後……。
カミーリアを取り込んだ『兄弟』もまた、忽然と消え失せて戦場を去った。
●VSシーア(2)
ああ。おそらくはあの派手めな天使は、シーアのことが結構好きなんだ。
ルアナがシーアに武器を向けた瞬間に豹変した『栄光』の気持ちが秋奈になら解る。
もしも自分の大切な人を誰かが傷つけようとしたら?
(私ちゃんだってマジギレして『戦神』に戻って、そいつがもうしません許してくださいってゲザるまで大暴れしちゃうじゃん?)
だから、ルアナがシーアを攻撃するかぎり、ルアナは『栄光』に苛烈に敵対されることになる……そしてタイニーワイバーンに乗れなかった自分には、ルアナを守ることすらできやしない!
(……本当にそうなん?)
いいや、秋奈にはまだひとつだけ、ルアナを守るための方法がある。それを本当に『守る』と表現していいのかは彼女自身も判らないけれど……少なくとも、ルアナがこれ以上傷つくことだけは免れる。
「ルアナちゃん、こっちにカムバーック!!」
すっげえ単純な方法だけど、シーアとの対決を諦める!
ルアナの避難所を作るため、周囲の囚人たちや信者たちをばったばったと薙ぎ倒しはじめた秋奈がちらりと上空に目を遣ると……しかしルアナはまだシーアたちと対峙したままだった。
(リカちゃんは『破壊』に吹き飛ばされたかもしれないけれど、すぐにまたみんなから見える場所までもどってきてくれるよね? その時、シーアちゃんがまたリカちゃんをねらうようなことがあったら、さすがのリカちゃんでも両方を相手するのはむずかしくなりそう……)
だからシーアが退いてくれるまで、ルアナはこの場に留まりつづけるのだと決めた。一緒に怪我することになるタイニーワイバーンには申し訳ないけれど、そうせねば、もっと多くの人が傷ついてしまうから。
「シーアちゃん……私のことを知りたいなら、ここから退いて。そうすればまた一緒にお話する時に、『私』のことを教えてあげる」
そうやってルアナはシーアに説いたけれども、握る剣ばかりは手放さなかった。
何もしなければ彼女はシーアを傷つけないけれど、何かするのなら話は別だ。もちろん、その時には『栄光』が邪魔をして、ルアナに更なるしっぺ返しを加えるのだろうけれど……自分がシーアたちの敵意を集めることで仲間たちが『破壊』への攻撃に専念できるようになるのなら安い。
「どいつも、揃いも揃って自分を蔑ろにしやがって……」
エイヴァンが呆れた声でぼやきはしたが、同時、苦笑いを浮かべるほかはなかった。というのも……無茶をしているかどうかで言ったなら、彼自身もそこそこ無茶を通さねばならない状況であったから!
●VS『破壊』(2)
ロレンツォのメイスが額を打って、エイヴァンの毛皮を赤く染めた。ついに巨熊もたたらを踏むが、それだけではロレンツォは満足しない。
「崩した――その状態で『破壊』に耐えられるものなら、耐えてみるといい」
その挑発的な台詞と同時、守護天使が再び熱量を纏う。……が、よろめかせた程度で『崩した』だって? 本当にそう思うなら試してみろと吼え猛る巨熊。
そう答える理由は3つあった。ひとつ、よろめいたのは一瞬で、エイヴァンの脚は再び地を踏みしめたこと。もうひとつ、その時にはすでにアリシスの刃が天使に『神の毒』を注ぎこんでいたこと。そして――。
「うっさいわね! 試練ヅラすんなら人に迷惑かかんないとこでやってなさい! 夢魔に諭されて恥ずかしくないの!?」
――先程の爆心地近くの瓦礫の中から、リカが再び天へと舞い上がったこと。
ただでさえ際どい衣服のあちこちを爆風で剥ぎ取られた英雄の姿は、誰もの視線を釘づけにした。闘士たちからは畏敬の念で。囚人たちと自警団員たちからは熱烈な眼差しで。
それどころか信ずるもののあるはずのセフィロト信者たちでさえ、あたかも新たな神の降臨に平伏すかのようだった……そしてロレンツォは忌々しげに見遣る。
だが、その憎しみにも似た感情の中にもどこか惹かれる気持ちも混じっていることを、ロレンツォとて意識せずにはいられなかった。アレを征服できたなら、自分の選んできた道は正しかったと証明される。あるいは征服できなかったなら、自分には選べなかった正解の道を見出すことができる。何の根拠もないのにそんな想像をしてしまう――華仙たちの歌声がそう思わせている部分もあるのかもしれないが。
だからロレンツォは標的をエイヴァンに切り替えたはずだったのに、再びリカを狙うよう『破壊』に指示をした。あるいは……指示を出してしまった。
「目先の出来事に心乱されるなど、貴方らしくない」
アリシスが冷ややかな眼差しを向けてしまうほどに。
戦場においての隙というものは、常にひとつの行動から別の行動へと切り替える時に生じるものであろう。ひとつの行動をしつづけている間、それは必ず完成している。無論、完成しているからといって必ずしも弱点がないというわけではないが……少なくともセフィラや守護天使ほどの実力者であれば自ら弱点を晒すことはない。
……が、行動を切り替えている最中なら別だ。切り替えの間どこを取っても完成状態であるのであれば、最初から切り替え前後の両方を同時に兼ね備えていればよい。それができぬから切り替えなどという作業が必要になるのだろう。
すなわち、切り替えの最中は、変形合体ロボの合体の途中のごとく、必ず完成状態が途切れることとなる。そしてその隙がどれほど僅かでも――ルル家は、その隙をこじ開けられる。大体7割くらいの確率で。
満天の星空のごとく降り注いたルル家の太刀筋のひとつが、振り向いた直後の『破壊』の首筋へと噛みついた。そして与えたばかりの傷を起点に、星之太刀はあたかも超新星のごとく、次々に新たな傷を生み出してゆく。
守護天使の生み出した爆発と、ルル家の振るう“爆発”と。どちらがより広範の破壊を生み出すのかは、比べるまでもないことだった。……が、ルル家の爆発は、全てを薙ぎ払う必要はない。ただ守護天使の首ひとつ、断ち切ることができればそれでいい――。
●戦いの終わり
闘士たち自警団員たちが轟かせる鬨の声ばかりが、辺り一帯を覆い尽くしていた。
「もはや勝敗は決しました」
「これ以上続けてもかまいませんが……如何なさいますか、司教?」
「ハッハッハ、見事なものだ……大言壮語するほどのことはある」
首筋にルル家の剣を突きつけられて、アリシスに投降を促され。ロレンツォはまるで憑き物が落ちたかのように爽やかに哄笑してみせた。
「では……約束だ。私はローレットに投降することにしよう。私の力で構わなければ、いくらでもこき使ってくれたまえよ――まずは手土産として、セフィロトという宗教団体が如何なるものであるのか、包み隠すことなく証言しよう……と、その前に」
不意に眼差しに真剣さを帯びた後、メイスへと再び裁きの光を宿す。そして……それを力のままに、『栄光』に向けて投げつける!
「ちょっとぉ~!? 全部アインちゃんに伝えちゃうわよっ!?」
「ふん……どうせ何もせずともそのつもりであっただろうに」
文句を言いながら消滅する『栄光』と、悔しげに逃げてゆくシーアを見送った後、再びロレンツォは落ち着きを取り戻したようだった。
「これで私も晴れてセフィロトの敵だ。私が協力するフリをして諸君を騙そうとしているわけではないことはお解りいただけたかね?」
「であれば……ローレットが『天義に身柄を引き渡す』と言えば、素直にそれに従ってくれる……と?」
そこに異議を唱えたのは、シーアが去り、緊張の糸が切れて眠ってしまったルアナを背負いながら現れたグレイシアだった。
ローレットという組織に対して投降した者の首を、自分の一存で刎ねるわけにはゆかぬ。とはいえ目的のために多大な混乱と犠牲を生んだ元凶を、そのまま受け容れるわけにもゆかぬ。
……が、ロレンツォは涼しい顔をして返す。
「無論だとも。それが単なる感情論でなく、信賞必罰の理による社会利益を意図するものであるのなら、という前提はあるがね。もっとも……私もまだ死ぬわけにはゆかぬ。死罪が相当だ、などと言われれば、弁舌なり替え玉なり実力行使なりで、叶うかぎりの抵抗をさせてもらうことになる、とは正直に付け加えておくとしよう」
ロレンツォに反省の色は見られなかった。彼がその後傷ついた者たちを治癒して回るのも決して慈悲や贖罪の気持ちからではなく、単に協力者としての責務を果たしているに過ぎぬのではあろうが……しかし彼が“無害化”されたことばかりは事実であろう。
この度の戦いでも犠牲が全く出なかったとは言わないし、宗教団体セフィロト自体も弱体化は免れぬだろうとはいえ健在。
それでも、華仙の3人が歌っているように、雪解けの時は近づいたのだろう……って、アイツら魔種だよね?
「感謝はするし、素晴らしい歌であったことは間違いありません」
しかし、と華仙の下を訪れたマルコは心底付け加えるのだ。
「あまり派手に人々の心を揺さぶるのなら、我々とて庇えない。次はないですよ、ということを心にお留め置きください」
成否
成功
MVP
状態異常
あとがき
かくして宗教団体セフィロトは撃退され、それを見届けた華仙もラド・バウを去りました。
しかし今後、打撃を受けたセフィロトやライブ成功という体験を経た華仙がどのように動くのか。それはまだ誰も知りません……。
GMコメント
闘技場ラド・バウに籠城して新皇帝派に抗戦していた人々を、新皇帝派と宗教団体セフィロトの連合軍が襲撃しています。しかもそこに謎のアイドル集団『華仙』が横槍を入れたことで、戦場は大混乱に陥りました!
どうか事態を収拾し、ラド・バウの人々を守りきってください!
●Danger!
本シナリオにはパンドラ残量に拠らない死亡判定がありえます。
あらかじめご了承のうえ、ご参加くださるようにお願いいたします。
●成功条件
新皇帝派と宗教団体セフィロトの連合軍に戦線を突破される前に、守護天使『破壊』を破壊する。
もしくは、華仙3人を残らず討伐する。
●戦場
闘技場に隣接する広場です。ラド・バウには大精霊ミシュコアトルによる結界『炎の楯』が張られていますがこの場所は敵の攻勢により破られており、入り込み始めた敵を食い止めようと戦っています。
皆様は結界を自由に出入りできますが、初期地点は結界の内側となります。華仙へは簡単に到達できますが、飛行能力なしに『破壊』に辿り着くためには囚人や狂信者たち、それから3人のセフィロト幹部に対処する必要があります。十分な役割分担をお勧めします。
●敵
・『告死鳥』ロレンツォ・フォルトゥナート
本シナリオの敵指揮官。後方で新皇帝派の囚人たちやセフィロト狂信者たちを指揮していますが、攻撃・支援・回復と多彩な術に長けており、自身も自己付与を用いて肉弾戦も可能です。
ただし、追い詰められた時には投降し、これまで陰謀に用いてきた智慧をローレットのために発揮する心算でいるようです。
使役する守護天使は『破壊』。『炎の楯』を再生する傍から破壊しています。必要となれば他の場所にも穴を開けるでしょう。
・『いのちのゆりかご』シーア
防衛役。空中に陣取り、戦況を俯瞰しロレンツォに伝える役であると同時、自陣を突破せんとする者を翼の光で迎撃する役でもあります。
使役する守護天使は『栄光』。その輝きは一切のバッドステータスを受けつけず、天使と呼ぶには落ち着きのなさすぎる彼女は飛行ペナルティなしに辺りを飛び回ってシーアを守り、そしてシーアより圧倒的にお喋り。今回はシーアの味方になる以外の命令は受けていないため、交渉の余地はあるかもしれません。
・『椿姫』カミーリア=スカーレット
遊撃役。カミーリアに対して劣後の念を抱いた相手を支配するギフト『縛鎖の支配』は華仙の歌の影響により新たに作用しないようですが、配下のセフィロト信者に対する支配は揺らいでいません。攻防一体の魔術の鎖と、配下の狂信者を惜しげもなく盾にする戦法で、弱者(主に桃仙の歌で戦意を喪失したラド・バウ自警団員)狩りに勤しんでいます。
使役する守護天使は『兄弟』。味方を治癒し、戦いを拒む敵味方で望む者がいれば自身の中に取り込みます。戦意を喪失した自警団員でカミーリアに重傷を負わされた者の中には、死を恐れて取り込みを望んでしまう者も現れるかもしれません。
・囚人たち
バルナバスの命令により解放された凶悪犯罪者たちです。近接武器や銃器を用いますが、華仙の歌の影響で弱体化しているため、皆様から見ればそこまでの強敵ではないでしょう。
・セフィロト狂信者たち
実力面では大したことありませんが、命を厭わぬ狂信のために、主に使い捨ての駒として用いられています。ロレンツォやシーアの配下の中には、華仙の歌に士気を喪失させられている者もいます。
●味方
・ラド・バウ闘士たちと自警団員たち
囚人や狂信者たちと比べて実力は高いものの、数で劣っているのが難点です。士気は高いのですが、自警団員たちを中心に精神攻撃に対する抵抗力が低い者がおり、華仙の歌に士気を喪失させられています。
●第三勢力
・桃仙
魔種の中華アイドル集団『華仙』のリーダーで、センターを務めます。感情や願望を歌に込めることでそれらを聴衆に植えつける能力を持ち、「争わずとも歌を歌えば解り合える」という歌で敵味方を強制的に戦意喪失させてきます。特異運命座標でも、彼女の歌を信じたい気持ちが強ければ影響を受けてしまうかもしれません。
同時にこの歌は、虐げられて歌で絶望を忘れるくらいしかできない人々に対しては、原罪の呼び声としても働きます。幸いにも、この場にはそのような人々はいませんが……。
どう見ても正体はミリヤ・ナイトメア(p3p007247)ですが、彼女をミリヤやミリヤムと呼んだりすると“お仕置き”されるかもしれません。もちろん、ライブを妨害した者もお仕置き対象です。
・桜仙と杏仙
華仙のメンバーです。どちらも新皇帝派の支配に苦しんでいたところを、ミリヤの歌を聞いて反転しました。
それぞれ、歌に共感した聴衆に対して歌の内容に応じた強化を与える能力と、歌の内容に反感を持つ聴衆に対して弱体化を与える能力を持ちます。
・任桃華
少し前までロレンツォと契約をしていた暗殺者集団『七剣星』のメンバーですが、今は契約を解除してミリヤの友人としてライブにゲスト出演しています。
桃華に歌をリクエストすれば、桃仙に伝えてくれます(具体的な主題をプレイングで指定してください)。桃仙が好む“アイドルらしく人々に希望を与える歌”であれば、ではありますが、味方ばかりが華仙の恩恵を受けるような歌を歌ってもらえれば戦況を有利に進められるでしょう。
桃仙に対する友情はありますが彼女が滅びるべき存在であることは承知しており、もし皆様が桃仙を討つつもりであれば、皆様とともに戦います。
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