PandoraPartyProject

シナリオ詳細

港町を覆う影。或いは、陰鬱な海の絵…。

完了

参加者 : 6 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

オープニング

●とある誰かの追想
 物語は簡単だ。
 これはとある青年の物語だ。
 とある青年が、ふとした偶然と好奇心からラサのとある寂れた港町に立ち寄り、悍ましい目に遭うというものだ。なに? 物語の導入としてはあまりにチープだって? まったく、君には堪え性というものがないのか? 長い時を生きて来て、死からさえも遠ざかった存在だというのに、どうしてそうもせっかちなのか。いいから暫く黙って話を聞き給えよ。

 さて、話の続きといこう。
 とある港町……名前は既に失われ、歴史の本にも古い地図にも残っていないその場所は、海洋の方から招き入れられた異端なる宗教家たちが支配する異形の街だった。熱く乾燥したラサの土地で過ごすには、彼らはあまりにも不向きな姿をしていただろうね。
 と、ここまで話せばもうなんとなくの想像はついたかい? そう、街の住人たちは深海魚の海種だったんだ。それもとびっきり排他的で、妄信的な類のね。さて、このままだと君の言ったようにチープな怪奇譚か何かのようだね。
 だが、これは怪奇譚じゃない。ラサの土地でかつて実際に起きた出来事で、そしてもはや誰も知ることのない忌まわしい過日の記録なのさ。
 ラサにおいても異質なほどに一等暗い港町。陰鬱な空気に、口数の少ない魚顔の住人たち。辿り着いた青年を、彼らは歓迎も排除もしなかった。ただあるがままにそこにいることを許し、そして気にも留めようとはしなかった。
 知っていたんだ。彼がいずれ堕落し、変質し、その肌には鱗が生えて、首にはエラが刻まれて、指の間には水かきが生えて、やがては思考さえも“街の住人”と化すことをね。
 あぁ、それは生きながらにして“作り変えられる”ということに相違ない。その人が、別の何かに変わってしまうということに相違ない。
 そうして変質した者も、港町に住まう者たちも、いずれは海へ還っていくのさ。少なくとも街の住人たちは、そんな風に信じている。
 それはある種の呪いだったかもしれないし、ある種の祝福だったかもしれない。知っているかい? 呪いも祝福も根本的には同じものなんだ。
 っと、話がそれたね。
 つまりね、我はひどく退屈なのだよ。だから貴殿たちをこの場所へ、絵画の世界へ誘ったというわけだ。この『負の色彩』で描かれし、遥か昔の光景を君たちにはぜひ楽しんでほしい。
 絵から出たいのなら、君たちはこの絵の失われたタイトルを見つけ出す必要がある。タイトルは“街の名前”なわけだが……それはどこかに隠されているかもしれないし、誰かが知っているかもしれないし、海に見え隠れする何か巨大なものにコンタクトを取ることで思い出すかもしれない。
 あぁ、そう怒らないでくれたまえよ。そう怒らないでくれたまえよ、セレマ オード クロウリー。
 我と貴殿は同志だ。そうだろう?
 なに、そう心配せずとも我も同行してあげるとも。さぁ、喜劇か悲劇か……特等席で君たちの活躍を見せておくれよ。だが、急ぎ給えよ? 決して残された時間は長くない。この街がどうして滅んだのか、どうして歴史の本にも地図にも名前が残されていないのか。それはこの夜、今日この日の真夜中に、辺り一帯が大量の爆薬と砲撃で吹き飛ばされてしまったからさ。

●かつてそこにいた“誰か”
 セレマ オード クロウリー (p3p007790)は、自分の右手へ視線を落とす。
 白い肌に緑の鱗が生えていた。悍ましい。怖気が走る。耐え難い。自身の美しさが損なわれることに、セレマは今にも絶叫したいほどの恐怖と絶望を感じた。
「見るに堪えない。この腕を落としてくれ」
 呟くように、そう言った。
「あい分かった」
 次の瞬間、セレマの右腕は肘の辺りから引き千切られた。皮膚はもちろん、骨と骨とを繋ぐ筋肉も、血の通った血管も、何もかもが力任せに引き千切られた。
「毒蛇に噛まれた旅人を、こんな風にして救ったことがある。我にも医者の真似事が出来たのだと、あの時は盲の開いたような気分になったな」
 引き千切ったセレマの腕を海の中へと投げ捨てて、咲花・百合子 (p3p001385)はそう宣った。どこか誇らしげな百合子を横目で見やりながら、セレマは呆れたように言う。
「仮にも僕の腕だったものを……」
「本体から離れた以上はただ肉と骨である。脳や心の臓のあるそっちではなく、ただの肉と骨がセレマ殿か? 道理が合わんではないか」
「それはそうだが……まぁ、いい。それより現状を整理しよう」
 セレマと百合子は海辺のコテージの、海に面してテラスにいた。
 時刻は夕暮れ。オフラハティの言葉が事実であるのなら、あと数時間ほどでこの街は炎に飲まれることになる。
「海には濃い霧。霧の奥には何かの影……タコか何かのように見えるな?」
 海の方へ視線を向けて百合子が呟く。霧の奥に見える何かの影は、まるでこちらの様子を窺っているようだ。街の住人たちがその影の存在を当然のように受け入れているところを見るに、霧の奥に何かがいることはごく当たり前の日常なのだろう。
「人の身には余る怪物のようであるな。あれに一たび捕まれば【封印】【必殺】【狂気】は避けようもない」
「……港町の連中が進行している宗教とやらの御神体か何かなんじゃないか? あぁ、住人たちの様子もおかしかったな。話しかけてこないし、近づいてもこないが、あの目で見られると【重圧】を受ける」
 再生した腕を見下ろしながらセレマは言った。何度か掌を開閉させて、指が問題なく動くかどうかを確認しているようである。
「街の名前……というか、絵画のタイトルを調べればいいのだったか」
 顎に手を触れ、百合子はチラと壁際を見た。壁際にはオフラハティの姿がある。胸の前で腕を組んで、百合子とセレマの会話に耳を傾けているのだ。
 そんなオフラハティの態度に思うところはあるものの、この場は既にオフラハティの手中と言える。向こうがルールを設定したなら、ルール違反を犯すことでどういったペナルティが課されるか分からない。業腹だが、オフラハティの言う通りに行動する方がいいのだろう。
「港の近くにある祭殿らしき塔はどうだ? それか、街の中央付近にある小さな資料館は? 或いは、街の入り口辺りにある墓地や納骨堂はどうだ? ……なんだってあんな場所に墓地を作ったのか」
「住人たちにとって“街の入り口”は、陸の方じゃなくて海側だからだろう。祭殿に近づけるか? あそこの見張りをしている連中は、少々攻撃的に見えたが」
「襲って来たなら迎撃すればいいだけだろう? 正当防衛だ。それよりセレマ……その手、また鱗が生えてきているが?」
「ちっ……“とある青年の物語”だと言っていたな。つまり、ボクの身に起こる出来事は“とある青年”とやらが実際に体験した出来事ということだろう」
 青年は、今現在セレマと百合子のいるコテージに宿泊していたのだろう。
 そして、その後はどうなったのか……。
 全てを知るであろうオフラハティは、口元に優雅な笑みを浮かべて、くっくと肩を揺らしていた。

GMコメント

●ミッション
“絵画のタイトル”を調査し、絵画の中から脱出すること

●ターゲット
・霧の中にいる何か
港町に面した海の中にいる。
非常に巨大で、タコのようにも見える怪物。
人の身で抗える存在ではなく、その攻撃には【封印】【必殺】【狂気】が付与される。
敵意などを抱いているわけではないので、会話などを試みることは可能かもしれない。人の言葉で意思の疎通ができるかどうかは不明だが……。

・港町の住人たち
海洋の方から流れ着いたらしい海種たち。
何らかの異端な宗教を信奉する者たちであり、陰鬱で口数が少ない。
外からやって来た者に対して話しかけることはないし、近づくこともない。多少の会話は可能かもしれない。
彼らの視線を浴びると【重圧】が付与される。

・祭殿を守る宗教家たち
祭殿の守護や、宗教儀式を担う住人たちは攻撃的である。
祭殿に近づく者に対して、彼らが容赦をすることはない。剣や槍を持って襲い掛かって来るだろうし、会話の余地はないものと見られる。

●NPC
・"画伯" オフラハティ
https://rev1.reversion.jp/illust/illust/29502
セレマの契約する魔性の1体。
退屈を紛らわすため、セレマと百合子を絵画の世界へと引き摺り込んだ。
皆さんの行動を面白そうに眺めているし、時々、何かの助言をくれるかもしれない。

●フィールド
絵画の世界のラサ。
絵画のタイトルは不明。港町を探索し、絵画のタイトルを見つけ出すことが目的となる。
また、この日の夜中に港町は何者かたちに襲われ、炎に飲まれて地図や歴史から抹消される。
重要そうな施設は以下。
霧深い海:霧の深い海。船などは無い。海にいる何かに声が届くこともあるかもしれない。
港近くの祭殿:宗教家たちの守る祭殿。海にいる何かを崇める儀式などしているらしい。
街中央の資料館:資料館の管理人は口数の少ない老人だ。粘土板や石板、木簡などが保管されている。
入り口近くの墓地:人気のない墓地。墓石が並んでいる。中央には納骨堂があり、墓守がいる。
※皆さんはセレマさんを訪ねて行って、偶然に事件に巻き込まれました。
※セレマさんは「かつていた誰か」の身に起きた出来事に見舞われます。

●情報精度
このシナリオの情報精度はBです。
依頼人の言葉や情報に嘘はありませんが、不明点もあります。

  • 港町を覆う影。或いは、陰鬱な海の絵…。完了
  • GM名病み月
  • 種別リクエスト
  • 難易度-
  • 冒険終了日時2023年03月01日 22時15分
  • 参加人数6/6人
  • 相談8日
  • 参加費150RC

参加者 : 6 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

参加者一覧(6人)

咲花・百合子(p3p001385)
白百合清楚殺戮拳
※参加確定済み※
寒櫻院・史之(p3p002233)
冬結
セレマ オード クロウリー(p3p007790)
性別:美少年
※参加確定済み※
楊枝 茄子子(p3p008356)
虚飾
ヴィリス(p3p009671)
黒靴のバレリーヌ
シャーラッシュ=ホー(p3p009832)
納骨堂の神

リプレイ

●絵画の世界の歩き方
 陰鬱な街だ。
 海の方へと向かうにつれて、徐々に霧が深くなる。霧の中で蠢く影は、住人たちのものだろう。視線を感じた『納骨堂の神』シャーラッシュ=ホー(p3p009832)がチラとそちらへ目を向ければ、逃げるように住人たちが目を逸らす。
 住人が目を逸らした途端、肩に感じていた不可思議な重さが失われたような気がした。
「時間さえあれば港町観光と洒落込みたかったのですが、成程、我々……特にセレマ殿に残された時間はそう多くはありませんか」
 やれやれと首を左右へ振った彼は、悠々とした足取りで海の方へと歩いて行った。海の中には見上げるほどに巨大な影。それが“何か”は分からないが、どうにも既知の存在であるかのように思えて、ホーは笑みをほんの少しだけ深くした。

 同時刻、街の資料館には『嘘つきな少女』楊枝 茄子子(p3p008356)が訪れていた。
「セレマくんちに遊びに行ったらなんか絵の中に居た……どういうことなんだ、オフラハティくん、答えてくれオフラハティくん。そもそもオフラハティくんって誰?」
 なお、セレマ宅へと遊びに行ったが、事前にアポなどはとっていない。
 遠慮なく、資料館の扉を開けた茄子子が資料館へと足を踏み入れる。薄暗い資料館の入り口付近には小さなカウンターがある。カウンターに座っていたのは年若い青年だ。
「オフラハティは我だよ。貴殿はセレマ オード クロウリーの友人かい? まったく、彼のような友人を持つとは不運というかなんというか」
 青年……オフラハティはカウンターに肘をついて、いかにも愉快そうに笑った。
「君がオフラハティくん? ところで何だけど、資料館燃やしてみるってどう?」 
 茄子子の問いに、オフラハティは目を丸くした。
「オフラハティくん、どうかな。ペナルティ入る?」
 友人に対してそうするように、至極気安く茄子子は言った。オフラハティは肩を揺らして、資料館の奥を指さす。そちらにいたのは老人だ。彼こそが資料館の管理人だろう。
「調べものがあるのに、燃やすのかい? 彼もいるけど?」
「どうせ絵の中だし。そもそも史実だと最後は吹き飛ぶんだし、それこそどうでもいいでしょ」
 茄子子はどうやら本気のようだ。

 港の近くには祭殿がある。
 霧の中に蠢く“何か”を崇め奉る祭殿だ。
「やあ、なんとも、厄介なことだね、アハハ。とてつもない厄介事が向こうから押し寄せてきた感じだね」
 祭殿を守る宗教家たちに周囲を囲まれ、『若木』寒櫻院・史之(p3p002233)はへらりと笑っていた。どこか虚ろな目をした史之は、腰から下げた刀へとするりと手を伸ばす。
 それを見て、宗教家たちは一斉に杖を構えた。彼らは何もしゃべらない。けれど強い敵意と殺意を史之へと向けているのは確かだ。
「だけども、そうともさ、俺も厄介な方だからね。ああ、こんな状況は、なかんずく、暴力で解決だ」
 腰の位置に刀を構えて、史之は腰を低く落とした。

 ずらりと並んだ墓標を眺め、『黒靴のバレリーヌ』ヴィリス(p3p009671)が長い髪を掻きあげた。その拍子に髪の隙間から砂が零れて、ヴィリスは眉間に皺を寄せる。
「お墓が町の入り口にあるのって珍しいわよね。何か理由があるのかしら?」
 砂と潮が多分に含まれた風が、町には吹き荒れている。立ち並ぶ墓標も、潮風にやられて朽ちかけていた。どうやら碌に手入れもされていないのだろう。
 それならば、碌に手入れもしないのならば、どうして墓地の中央に納骨堂があるのだろうか。納骨堂には管理人がいると聞いているが……。
「百合子とセレマもここだったかしら。というかそもそも海に還るのならなんでお墓なんてあるのかしら? 還れなかった人のため?」
 ヴィリスが歩を進めるたびに、コツコツと硬質な足音が鳴る。

 その姿は、まるで巡礼者のようだ。
 深い霧の中、ずらりと並んだ墓標の間を1歩1歩、踏み締めるように進んで行くのだ。
 頭からすっぽりとローブを被り、苛立ったように爪を噛みながら巡礼者はブツブツと何事かを呟き続けているのだ。
「ボクは何をされた? 本当に物語を知っているなら、なぜ思い出せない? いや、あるはずだ……ボクがこの場所に引き込まれただけの、物語が……あるはずなんだ」
 巡礼者の名は『性別:美少年』セレマ オード クロウリー(p3p007790)。そして、巡礼者に付き従う美少女の名は『白百合清楚殺戮拳』咲花・百合子(p3p001385)だ。
 百合子の眉は不安そうに潜められ、形のよい唇には何度も噛み締めたのか血が滲んでいた。百合子の視線はセレマにだけ向けられている。ほんの一瞬でも目を離せば、セレマが消えてしまうのではないかと、或いは何かの拍子に、ふっと糸が切れたように諦めてしまうのではないかと、そう思えて怖ろしいのだ。
「そう……過去……過去はいつだって地上ではない場所にある……主人公の足は過去を求めて墓場へ向かう。霧の中に並ぶ墓標は葬列のようだ、見知った顔はないのか?」
 百合子の視線にも気付かず、セレマは言葉を繰り返す。
 誰に向けた言葉でも無い。ローブの隙間から覗いだセレマの頬には、魚のような鱗が浮かび上がっていた。
 ふと、セレマが足を止める。
「なんだ? こっちを見るな」
 冷たい声で、突き放すかのような声音で、セレマはそう告げたのだった。

●港町を覆う影
 墓標には名前が刻まれている。
 古い文字だ。潮風に朽ちて文字は掠れているが、中にはまだ新しい墓標もあるようだ。
「地面が掘られた形跡は無いわね。納骨堂があるのだし、土葬ではないのかもしれないけれど」
 墓標はあれど、花などは供えられていない。それどころか、地面には足跡さえも残っていない。長い間、誰も訪れていない査証だ。
「もう少し回る? 手がかりを手に入れたらセレマとか頭のいい人が何か見つけてくれるはず」
 なんて。
 そんなことを呟いて、ヴィリスは1人、悠々と墓を進むのだった。

「ねぇねぇ、この街の名前を教えて」
 何冊目かの本を棚へと戻した茄子子は、次に粘土板を手に取った。そうしながら、彼女は老人へと問いかける。
「なんかここの人話通じないんだけどなんか知ってる? 海好き?」
 老人は何も答えない。
 茄子子は木簡を手に取った。
「駄目か。どうしよっかな。ありそうなのは物語をなぞるとかだけど、それはセレマくんがやるよね」
 次に茄子子は、石板を手に取る。
 石板に描かれていたのは地図らしい。それも、ここではないどこかの海の地図である。
 きっと、この街の住人たちがかつて暮らしていたという海洋のどこかの地図だろう。
 そういえば、木簡の方には祭殿らしき絵が描かれていた風に思う。
 粘土板と木簡と石板を茄子子は脇に抱えると、資料館の入り口の方へと歩を向けた。老人は茄子子を止めようともしない。茄子子と、余所者と会話をする気がないようだ。
「そういえば、オフラハティくんは絵の中の世界を自由に出来るんだって?」
 なので茄子子は、オフラハティに声をかけた。
「我が描きたいと思えば……どうとでもなるね。貴殿も絵に関心が?」
「そういうわけじゃないけどね。会長が自分の思い通りに出来る世界を手に入れたら……粉々になるまで壊してみたいなぁ。ありきたりかな」
 くすり、と笑って茄子子は資料館を後にした。

 ざん、と刀を一閃すれば、不可視の斬撃が吹き荒れる。
 その度に宗教家たちは宙を舞い、或いは地面に倒れ伏す。祭殿の中から、次々と人が溢れ出す。その度に史之は刀を薙ぐ。
「なんだか高揚して、ほろ酔い気分だよ。ドンペリは飲んでないのにな、アハハ」
 そうして1歩ずつ、けれど着実に史之は祭殿へ近づいていく。宗教家たち程度では、史之の相手は務まらないのだ。
 いつの間にか史之の腕には魚鱗が浮き上がっていた。
「アハハ、鱗くらい生えるだろうさ。こんなに海が近いのだから。こんなに霧が深いのだから。海種にでもならなきゃやってらんないかな?」
 気にはならない。気にするような精神状態には無い。
 かくして彼は、ついに祭殿に辿り着く。
 重厚かつ質素な扉を刀のひと振りで両断すると、彼は祭殿の中へ跳び込んだ。魚の腐ったような臭いが鼻を突く。ねっとりとした不快な空気が史之の肌に纏わりついた。
「なるほどね、ハハア? 俺は真の俺へ近づいているのだな? なるほど、完璧に理解した」
 広い祭殿の奥の方には、干からびたミイラが座している。それはまるで半魚人のミイラのようだ。鎖でがんじがらめにされて、祀られているというよりは、拘束されている風だ。
 なるほど、あれが何かの要だ。
 あれが、海に蠢く何かをこの地に縛り付けているものだ。
 だから、史之はそれを斬ることにした。
「破壊すべきだ。その信仰を捧げる先は稚拙な像如きではない」
 斬って、そして史之は海へと還るのだ。

 海にて。
 深い霧の中にて。
 海に蠢く巨大な何かと、ホーは対話を試みていた。とはいえ、その様子はホーと何かが黙ってそこに立っている風にしか見えない。
(ご無沙汰しております、シャーラッシュ=ホーです。それとも〝モルディギアン〟と名乗った方がよろしいですか?)
 ホーは問うた。
 返事は無い。けれど、ホーの脳髄に何かが、意思のような何かが染み入る感覚がした。
(掻い摘んで説明させていただきますが、我々は───ええと、そうですね、絵画の世界に閉じ込められてしまったのです。脱出の鍵はこの町の名前とのことですが、残念ながらこれといった手掛かりを得られていないのが現状です)
 ホーの問いに、何かは触手を蠢かせる。
 何かの意思は言語化できない。だが、何かはきっと「知らない」という風な意思を返しただろう。何かきっと、この地にただ“居る”だけなのだ。それが何かは知らないが、ここはきっと何かにとって居心地のいい土地なのだ。
 と、その時だ。
 一瞬、何かが身を震わせたように見えた。それは史之が、祭殿にて干からびた遺体を……“原初の眷属”を斬った時刻と一致している。
「……はて?」
 一体何があったのか。
 首を傾げるホーの背後で、ざりと微かな足音がした。

 納骨堂の扉が開いて、現れたのはローブを纏った男性だった。
 きっと男性なのだろう。ローブの隙間から覗く顔は、まるで魚のようである。窪んだ眼に、大きく裂けたような口。頬から首にかけて鰓があり、肌は緑がかっている。
 咄嗟に百合子が拳を構えた。
 そうしながら、庇うようにセレマの前へ移動した。だがセレマは百合子を押し退けるようにして、墓守の方へ近づいていく。
「っ……セレマ!?」
「……墓守のあんた、この顔を知らないか?」
 セレマがローブを脱いで見せる。ぎょろりと飛び出た両の目に、低くなった鼻。前へ飛び出た口には、細かい牙がずらりと並ぶ。肌は青ざめ、首には鱗……セレマの元の顔を知っているのなら、そのあまりの変わりように誰もが目を疑ったことだろう。
「外から来たのか。あぁ、いずれ何もかもを知るだろう。盲が晴れたように思うはずだ。お前の少し前に来た者もそうなった。ほら、そこに墓があるだろう」
「死んだのか?」
 背後に並ぶ墓に目を向け百合子は言う。
 墓守はにぃと口角をあげた。
「名を捨てたのだ。海に還るのに名前はいらない。名前なんて、所詮は飾りに過ぎないことに“彼女”は気が付いたのだ。まぁ、最後の瞬間まで自分ではない誰かの名前を呼んでいたが」
 それも最後には忘れてしまった。
 真新しい墓を一瞥し、墓守は語る。墓に眠る誰かたちのことを、きっと彼は覚えているのだ。彼だけが、誰かたちが“変質”する以前にどうだったかを覚えているのだ。
 ローブを被りなおしたセレマが、ふらふらとした足取りで墓の方へ近づいていく。
「なぁ、本当に主人公(ボク)はなんでここに来たんだ? ずっと予感がするんだ」
 そうして真新しい墓の前に跪くと、墓標に刻まれた古い文字に指を走らせる。女の名前と、そのすぐ下に刻まれた男の名前だ。
「ほら、この名前、ボク(主人公)の名前だ。なんでこんな簡単なことを忘れてたんだ」
 読めない文字だ。けれど、セレマはその文字を知っていた。
 茫然とした様子で、まるで大切な記憶をなぞるみたいにして墓標に刻まれた名に触れる。
 そんなセレマを百合子は、どこか悲しそうに見つめていた。
 そんなセレマを墓守は、どこか楽しそうに見つめていた。
 と、その時だ。
 セレマの背後で、カツンと硬質な足音が鳴る。
「町の住人になって海に還るのなんてまっぴらごめんだわ。だって私泳げないんですもの」
 淡々とそんなことを言うのは、ヴィリスであった。長い髪を手で掻き上げて、彼女は墓守を見やる。
「絵の中に入るだなんて二度とはないと思うけれど貴重な体験ができてよかったわ。でも、そろそろ帰らない?」
 その言葉がきっかけか。
 セレマの瞳に、ほんの少しだけ正気の光が灯るのだった。
 
●家に帰ろう
 時刻は深夜。
 オフラハティの話では、もうじきこの町は何者かに襲撃されて、炎の海に飲み込まれる。
「だったらキミはどこにいったのかな? この石板とか粘土版はどこにいったのかな?」
 茄子子とホーが、海に蠢く巨大な何かと対峙している。
 それから茄子子は、抱えていた資料を高く頭上に掲げた。海から伸びた巨大な触手が、茄子子の手からそれらをするりと取り上げる。
「たぶん、キミが持ち去ったんだよね」
「……ははぁ? つまり、私たちもセレマ殿同様に誰かの役割を与えられていたと言うことでしょうか?」
「そうじゃない? こういう事態って、だいたいは何かがあって解決されるものだし」
 巨大な何かが、海の底へと消えていく。それを見送り、茄子子は言った。
「だって、その方が“物語”として面白いじゃん? ……ん?」
 最後に、何かは「ここは駄目だった」と、そんな意思を告げた気がする。
 何が“駄目”かは不明だが。
「あぁ、待って! 待ってほしい! どうか俺も連れて行って!」
 首を傾げる茄子子とホーのすぐ横を、史之が駆け抜け荒れた海へと跳び込んだ。

 墓所の外れで、セレマはついに力尽きた。
 力なくその場に倒れて、それっきり僅かとも動かない。
「たのむ百合子。許してくれオフラハティ……後生だ。ころしてくれ、ころしてくれ」
 うわごとのようなその声は、確かに百合子とヴィリスの耳に届いただろう。
「耐えられないと思ったうちに。覚えてるうちに。帰ってしまう前に」
「ちょっと、セレマ……立ちなさいよ。もう、あまり時間が無いわ」
 町の外とセレマを交互に見やりながらヴィリスは言った。町の外には、膨大な数の松明の火が見える。町が焼かれるまで、後どれぐらいだろうか。
 そうしてヴィリスは、セレマの肩へと手を伸ばすが……その手を百合子が掴んで止めた。
「ここは吾に任せよ……帰還の手筈は整えるゆえ、皆を呼んできてほしい」
 数秒の沈黙の後、ヴィリスは呆れたように大きなため息を零す。
「じゃ、任せるわ」
 と、そういい残して、ヴィリスは町の方へ向かって駆けだした。金属の脚と思えぬほどに疾く、そして軽やかに。その姿はまるで風のようだった。
 百合子の思惑は知れないが、彼女が「任せろ」と言ったのだから、きっとそれは“そうなる”のだろう。ならばヴィリスは迷うことなく走るだけだ。

 どうしてセレマがおかしくなっているのだろう。
「ねぇ、お願いだから、そんなこと頼むのやめて」
 セレマは何度も「ころしてくれ」と呟き続けた。その手は、顔は、すっかり鱗に覆われている。
 これは駄目だ。許容できない。握った拳に爪が食い込み、血が滴った。
「見た目が歪んでも精神が歪んでも海の底に行ってもいい、ここだけの『お話』なら……でも吾が手をかけたら『本当』になっちゃうじゃないか」
 零れた血がセレマの頬を濡らす。まるで涙のようではないか。
「だからそんな事は出来ない、できないよ」
 零れた血が、セレマの手元に零れた。
 セレマは震える指で、百合子の流した血をなぞる。
「潮 の  深く    温  か」
 セレマはそう呟いて。
 次の瞬間、地面に額を力一杯に叩きつけた。

 額が割れて血が流れる。
 百合子の血で汚れた指で、自分の顔を掻きむしる。皮膚と一緒に鱗が禿げた。
「アァ、クソ! ふざけるな、ふざけるなよ! ボクは“私”でもなければ“マーシュ”でもない! 恋人を追って、こんなところにのこのこ足を運ぶような愚か者でもない! 見ているんだろう、オフラハティ!」
 血を吐きながらセレマは吠えた。
 いつの間にか、2人の背後にオフラハティが立っている。
 にやにやと笑って、セレマの様子を窺っている。
「では、絵のタイトルは? 町の名前は?」
「意地の悪い奴め! この町の名を、絵の名前を知れだと! ふざけるな! あるわけないだろうが、そんなもの! この町はもう存在しないし、歴史の彼方に消えているんだ! 町の名前なんて“無”いに決まっているじゃないか!」
 そう、セレマが吠えた、その時だ。
 ガラスの砕ける音がして、世界は粉々に砕け散る。

 かくして、そこはセレマの居室だ。
 目を覚ました6人の前には1枚の絵画。絵の隅にはオフラハティの名と『無題』という字が刻まれている。
 ただ1点。
 以前にはいなかったはずの、慟哭する少年の姿が絵の片隅に描かれている。

成否

成功

MVP

咲花・百合子(p3p001385)
白百合清楚殺戮拳

状態異常

寒櫻院・史之(p3p002233)[重傷]
冬結
セレマ オード クロウリー(p3p007790)[重傷]
性別:美少年

あとがき

お疲れ様です。
絵画のタイトルは無事に思い出され、皆さんは現世へ帰還しました。
依頼は成功となります。
オフラハティも喜んでます。

この度はシナリオのリクエストおよびご参加、ありがとうございました。
縁があればまた別の依頼でお会いしましょう。

※なお、重症は精神的なものです。

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