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シナリオ詳細

<晶惑のアル・イスラー>燐よ、熱砂の風に溶けよ

完了

参加者 : 8 人

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オープニング


「……難しいことを申したでしょうか?」
 少なくない血を失った。
 負傷は多く、疲労も蓄積している。見た者の何れも満身創痍と形容するであろう身体を引きずりながら、それでも、私は自らに止まることを許さない。
「私はただ、貴女にとって益となる取引を提示しただけなのですが」
「……なら、お前はそれをはき違えたのでしょうよ」
 夜半、ラサ傭兵商会連合が統治する砂漠地帯の一角。
 平時は人も居らず、ただ一人私が暮らす家だけが在るその場所に、今この時ばかりは数多くの人影が月光に照らされている。
 ――尤も。その中にまともな人間は一人たりとて居なかったけれど。
「……『紅血晶』」
 呟いた言葉は、今私と相対する男からのもの。
「少なからず聞き及んでは居るでしょう? この宝石を今後も市場に出回らせるのに貴女の力をお借りしたい。私の望みはただそれだけなのです。
 それによる結果も……『純種を嫌う貴女』にとって、悪くない内容だと思っていたのですが」
「よく言う」
 遜り、乞い願うような男の言葉を、私は鼻で笑い飛ばした。
「お前はその行いを唆しながら、それが何を齎すかを此方の耳触りの良い言葉でしか説明しない。
 能も無く扱われるだけの木偶が欲しいなら、相応の相手にすれば良かったろうに。下手に強力な手駒を欲しがるからこうして噛みつかれるのよ」
「……耳の痛い話ですな」
 苦笑を零した男は、それと共に自らの腕を緩やかに振るった。
 さながら、それは指揮者のように。その動作に応え、私と男を除いた残る大勢の人影が、嗚咽や呻き声と共に私の前に立ちはだかる。

 ――――――欲しい。

 それは、年端もいかない子供達であった。
 少年も、少女も。或いは立つことすら覚束ないような幼子なども居る。彼ら彼女らは「血色の異形となった手足」を私に向け、泣きながら、苦しみながら私へと歩を進める。

 ――石が欲しい。もっと欲しい。ちょうだい。ちょうだい。ちょうだい。

 その瞳に、理性は無かった。
 壊れた機械のように同じ言葉を繰り返しながら、子供たちは変化した四肢を私に振るう。
 緩慢な動作であるそれらを躱し、若しくは受け止める私に、男は貼り付けたような笑みのまま私に言葉を投げかける。
「最後に、もう一度だけ。
 我々の行いに賛同して頂けるのなら、この子供達を差し上げましょう。貴女が望まぬ相手に、この石を与えないことも約束いたします。それでも?」
「諄い」
 襲い掛かる幼子の一人から、その首に提げた紅い石をもぎ取り、砕く。
 同時に意識を失い、倒れ込んだ子供を辺りに放って、私は今なお多く残る異形の子供たちの中に踏み入った。
「『これら』を私に見せた時点で、結論は決まっている。
 お前を殺す。お前に付く者たちも殺す。例え私が力尽きようとも」
「そうですか。しかし、その願いは叶わないようですね」
 一切の逡巡なく返される言葉。その態度に私が訝しげな視線を送る――よりも、早く。
「さあ、イレギュラーズの皆様」
「………………っ!!」
 男は。
『私と同じ』魔種の男は、貼り付けた笑みをより一層色濃いものにして、叫んだ。
「傷つき、疲弊した魔種の少女と、それを操る魔種の男。
 どちらを葬るが容易か、貴方達はもうお判りでしょう?」
「どうか、この余計な障害を消し去ってくれ」と。


「……魔種の討伐」
「然様だ」
 淡々と告げられた返答は、死んだ目をした情報屋の少女からのもの。
 グラオ・クローネのタイミングで起こった『騒動』への対応のため、人気が何時もより少ない『ローレット』の卓に着いた特異運命座標らは、情報屋からの説明を視線だけで促した。
「ここ最近ラサで流通しだした、正体不明の鉱物……通称『紅血晶』と呼ばれるそれらの調査のため、ラサの重鎮であるファレン・アル・パレストが此方へ協力を要請したことは?」
「知ってる」
「その鉱石の流通に於いて、少なくない量をある闇商人が取り仕切ってることは?」
「……そっちは初耳だな」
 ――『紅血晶』。
 少し前からラサの中でもネフェルストを中心に出回り始めたその鉱石は、他の宝石と比べても頭一つ抜けて人気が高いことで有名だった。明澄度やカラットの多寡に因らず、何れの形状、大きさであろうとも、不思議と人の目を惹きつけるそれを求める者は未だ後を絶たない。
 ……尤も、その石には「手にしたものが化け物になる」と言う噂が付いて回っており、そしてそれが真実であると言う確証をも、先んじて調査していたファレンによって特異運命座標達は知っていた。
 そして――それが最悪の形で「公表」されたのが此度の騒動。
 竜種を模した獣の襲来。それを皮切りに起きた、『紅血晶』を持つ者たちの晶獣化が次々起こる現状に、特異運命座標達は今この時も次々と対応を余儀なくされている。
「つまりは、その商人こそが今回、俺達の倒すべき魔種だと?」
「半分正解だ」
「半分?」
「件の商人は確かに魔種であり、ラサ政府によって公的に逮捕令も出されていたわけだが……彼奴は大胆にも、此度の騒動が起こったタイミングで、我々『ローレット』へと情報提供を行ってきた」
「……。内容は?」
「『ラサに巣食う邪悪な魔種の居場所』、だそうだ」
 軽く、嘲るように鼻を鳴らした情報屋は幾らかの資料を特異運命座標らに提示する。
「極めて不本意なことに、この情報が真実であると言う裏付けは取れた。
 対象の魔種については、実のところ嘗て『ローレット』の特異運命座標らが関わった対象だったらしい」
 通称『フリッカー』と呼ばれるその魔種は、孤児であった幼い頃に心無い大人たちの手で多くを奪われ、その怨嗟ゆえに魔種へと転じた過去を持っているとのことだ。
 その「奪われたもの」の内容は――当時の孤児仲間であり、彼女が家族だと呼び慕っていた幼い弟妹達。
「今では唯一人生き残っている彼女にとって、必然、その過去と同様に搾取される子供たちは庇護の対象であり……それと同じほどに搾取する大人は必滅すべき敵に映るのだろう。それが同じ魔種であろうと」
「……さっき言ってた、商人の魔種は」
「先述した逮捕令の為、公にではないながらも未だに根強く紅血晶を流通させている。その商売相手が、例え子供であろうとな」
「………………」
 成る程、と呟く誰かの声。
 要するにその商人は今後、自身の商売……紅血晶をより大きく、より深く流通させるため、その障害となり得る魔種をこの騒動に乗じて処理してもらおうと考えている、と言うことだ。
 恐らく、それが円滑に済むための根回し――例えばその魔種の地力を幾らか削っておくなど――も、特異運命座標らが着く頃には済まされているだろう。
「彼方は邪魔な商売敵を消せる。此方は世界に徒為す魔種を倒すことが出来る。ウィンウィンの関係と言うわけだが――」
「?」
「魔種とは言え、このようなタチの悪いアーティファクトを流行らせるような輩に対するカウンターを、態々向こうの思惑通りに消す必要もあるまい」
 鼻白んだ顔で返答する情報屋は、淡白なイントネーションのまま、改めて特異運命座標らに告げる。
「依頼の目標は魔種、通称『フリッカー』の討伐。それは変わらんが――貴様らが撃退を良しとするなら其方を狙っても構わん。
 推測だが、アレは此方が協力を要請したところで受け入れるようなタマではあるまい。それでも撃退と言う体で命ばかりは見逃すことぐらいは、向こうも受け入れてくれるだろうさ」
「――――――彼女は」
 言葉を締めくくり、席を立とうとした情報屋に対して、一人の女性が呟いた。
「変わらないのね。どれほどの時が経っても」
「……『嘗て相対した身』としては、手心を加える真似は不満か?」
「さあ、どうなのかしら」
 悪戯気な瞳の情報屋に対し、彼女は。
「ただ――嗚呼、思い出した。
 初めて会ったとき、私は彼女の願いを叶えてあげたいと。そう望んでいたの」
『デザート・プリンセス』エルス・ティーネ(p3p007325)は、静かな微笑みでそう応えた。


 ――きれいな石が、欲しかっただけなんです。

「あ、あ、あ、」

 みんながウワサをしていたから。その石はすてきなものだって。
 だから。こっそりそれを手に入れて、おしゃれをしてみたかっただけなんです。友達に、自慢したかっただけなんです。

「痛い。痛い。」

 それを、「あげるよ」と言ってくれた人が居ました。
 ペンダントのような形にしてくれて。友達にも、家族にも内緒だと言われたから、それを見せびらかすのは、頑張ってガマンしながら。

「痛い、よ――」

 ……石が、いつしか『タイセツ』になっていきました。
 ずっと身に着けていたくて。そうしているうちに、手足が石と同じ色になって、へんな形になって。そうなるたびに、もっともっと『タイセツ』も大きくなっていったんです。

「……ぁ」

 それがすべて、石のせいだと。その時にはもう、分かっていたのに。
『タイセツ』は、もう私の身体をうばっていました。
 その内、石をくれた人が「もっともっと石をあげるよ」と言って、私はそれに、逆らえなくて。だから。

「――――――――――――たすけて」

 真っ赤な、目の前。
 自分が何をしているのかも、もう、良く分からない。そんなセカイ。
 けれど、それを。

 ――私が、知ったことじゃあ無いわよ。

「え?」
 知らない誰かの言葉が、切りさいてくれました。
 目の前にようやく見えたのは、夜の砂漠。粉々に砕けたペンダント。
 それと――真っ赤な髪をした、知らない女の人が。
 一瞬のうちに見えた景色。そのすぐ後に、どっと疲れて、眠たくなってしまった私は、それでもせめてと。
「おねえさん」

 ――?

 何でここに居るのか。
 私は何をしていたのか。
 あの女の人は誰なのか。
 何も分からないけど、ただ、何となく。
 たおれて、眠ってしまう前に。「ありがとう」を、絞り出したのです。

 ――………………馬鹿ね。

 血まみれで、ぼろぼろで。今にも倒れてしまいそうな女の人は。
 それでも、私の声に、綺麗な笑顔でそう言ってくれたのでした。

GMコメント

 GMの田辺です。
 以下、シナリオ詳細。

●成功条件
・『晶獣』全個体の討伐、若しくは無力化
・魔種『フリッカー』の討伐、または撃退

●場所
 ネフェルスト郊外に在る遺跡群。其処からほど近い場所にある砂漠地帯。時間帯は夜。
 近くに人ひとりが住める程度の民家が在ることを除けば、障害物の無い平坦な場所です。
 シナリオ開始時における配置状況は、参加者の皆さんと下記『商人』との距離が50m。そのおおよそ中間地点に下記『フリッカー』と『晶獣』全個体が固まって配置されている状況。
 因みに雲一つなく、また月も照らしている為、光源等は必要ありません。

●敵
『フリッカー』
 ラサに拠点を置く炎使いの魔種の少女。有する罪業は憤怒。
 元孤児であり、嘗て自身と同じ境遇にあった同年代の子供達を悪意ある大人たちによって殺されたことから『呼び声』に応えた背景を持ちます。
 詳細は拙作「悲劇の子らに、子守唄を」に在りますが、読まなくとも本シナリオに影響は在りません。
 シナリオ開始時点に於いては、下記『晶獣』を殺さずして倒し、また彼らが有する紅血晶を破壊する手法で戦闘を続けています。
 必然、そのような手間のかかる戦闘を大多数の『晶獣』相手に一人ずつ行っているため消耗は大きく、参加者の皆さんが登場した時点でその体力、気力は本来の半分程度しか有りません。
 それでも極めて高いポテンシャルは未だに脅威であり、若し参加者の皆さんが真っ向から勝負を挑んだ場合、大きな被害は免れないと予想できます。
 シナリオ中、彼女は参加者の皆さんより『晶獣』の無力化にリソースを割いていますが、自身が攻撃対象となるか、『晶獣』が参加者の皆さんの攻撃に因って死亡した場合、彼女は皆さんに敵対行動を取ることでしょう。
 以下、能力詳細。

・紫固め:パッシブ。「一定値以下の最終算出ダメージ」を大幅に減衰させます。
・黒纏い:神自付。物理、神秘に因らず命中、攻撃関連のステータスに短時間の間大きな補正を掛けます。
・赤撒き:物特。戦場全体に於いて指定した3点を同時に[域]の起点とすることが可能な広域攻撃です。命中大、威力中~大。
・白穿ち:神近単。気力の消耗が大きく、また自らの体力も少なからず削る単体攻撃です。命中大。威力超。追加効果、状態異常多量。

・EX『なまえをしるあなた』:本シナリオの優先参加者様に対してのみ発動。シナリオ開始時から本エネミーに攻撃を行うまでの間、対象者は全ステータスに中程度の上昇補正が掛けられ、また攻撃後は対象者が本エネミーから受けるダメージを減損させます。

『商人』
 ラサの闇市場にて紅血晶を出回らせている魔種の男性です。有する罪業は不明。
 元々は幻想からラサに移り住み、奴隷商人として無辜の村から奴隷を『入荷』していましたが、それをラサ政府に咎められたため逮捕。その後に魔種として覚醒し、逃げ果せた前歴を持ちます。
 詳細は拙作「瓦落多と形骸」「夜を齎す男、夜を否定する少女」に在りますが、読まなくとも本シナリオに影響は在りません。
 シナリオ開始時点に於いては上記『フリッカー』を、自身の実質的な手駒である『晶獣』によって消耗させ、後々訪れるであろう参加者の皆さんに倒しやすくさせている状況です。
 具体的な能力、戦法等は不明。ですが本人は生きること、逃げることに執着している為、それに傾倒した能力と行動方針を有している可能性は高く、また商人と言うこともあり、仕入れた消耗型アーティファクトにて自らを守る手段も持っております。
 本シナリオに於いて、このエネミーを倒すことは必須条件ではありません。

『晶獣(キレスファルゥ)――ヌヴェル・リュンヌ』
 長時間紅血晶を持った人間のうち、四肢の一部などが赤色の異形に変化した存在です。本シナリオの個体は殆どが十代前半~十歳以下の少年少女。
 偶然か意図的かは不明ですが、何れの個体も命中と攻撃に特化している反面、防御や体力はほぼ無いと言っていい存在です。
 また特殊能力として自身が受ける攻撃から[不殺]属性を無効にする能力も有しており、参加者の皆さんが何度か攻撃を与えれば即座に死亡することでしょう。
 彼らは上記『商人』によって与えられた紅血晶を身体の何処かに隠しており、それが齎す正体不明の力によって異形化すると共に、紅血晶に対する強い執着と渇望を持たされています。
 このため、説得による無力化は意味を為しません。殺さずに無力化する場合、彼らが隠し持っている紅血晶の位置を特定した後、部位攻撃に因ってそれを破壊する必要があります。
 シナリオ開始時に於いて、上記『フリッカー』に無力化された個体を除いた数は80名程度。攻撃手段は物理攻撃に因る近距離、遠距離を問わぬ単体攻撃のみ。
 彼らは原則的に『フリッカー』が死亡するまで参加者の皆さんを攻撃対象にすることは有りませんが、『商人』が「自身に矛先が向いた」と感じた時点で何らかの伝達手段を受け取り即座に敵対し、足止めを主軸とした攻勢を皆さんに行います。

●情報精度
 このシナリオの情報精度はBです。
『商人』の能力と戦闘におけるスタンスはその多くが判然としておりません。



 それでは、ご参加をお待ちしております。

  • <晶惑のアル・イスラー>燐よ、熱砂の風に溶けよ完了
  • GM名田辺正彦
  • 種別通常
  • 難易度HARD
  • 冒険終了日時2023年03月05日 22時40分
  • 参加人数8/8人
  • 相談7日
  • 参加費100RC

参加者 : 8 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

参加者一覧(8人)

シキ・ナイトアッシュ(p3p000229)
私のイノリ
エクスマリア=カリブルヌス(p3p000787)
愛娘
マルク・シリング(p3p001309)
軍師
茶屋ヶ坂 戦神 秋奈(p3p006862)
音呂木の蛇巫女
エルス・ティーネ(p3p007325)
祝福(グリュック)
鏡禍・A・水月(p3p008354)
鏡花の盾
ルーキス・ファウン(p3p008870)
蒼光双閃
ニル(p3p009185)
願い紡ぎ

リプレイ


 ――要は、ただ一点を違えてしまっただけの女なのだ。
 選択の余地が無かった頃に魔種となることを選び、そしてその選択を経た後にヒトの善性を知り、学び、漸く「真っ当な人間性」を得ることのできた、哀れとも言うべき女。
 その女が。フリッカーと呼ばれる彼女が、今。特異運命座標達に背を向けて立っている。
「……用件は?」
 女は聞いた。唯々端的に、敵か味方かを。
 彼女の所作は止まらない。未だに襲い来る晶獣――紅血晶に因って狂わされた子供たちに対してその四肢を振るい、時に異能を介し、命を奪うことなくあくまで無力化に徹し続けている。
 それに対して、特異運命座標もまた簡潔な返答を口にする。
「どうやら、僕は――僕たちは」
 或いは、その行動こそを雄弁足るものにして。
「自分が思うよりも、エゴイストだったみたいだ」
『たくされたひと』マルク・シリング(p3p001309)が、笑顔で言った。
 夜半に於いて旭光が閃く。誰が名付けたか、ブラウベルクの剣と呼ばれる絶技が一人の子供を――子供が有している髪飾りを断ち切り雲散霧消させれば、それと同時に意識を失った矮躯を彼は抱える。
「子供達を助けてくれて、ありがとう」
「………………」
 女が、目を合わせた。
 性懲りもなく魔種である自分に謝意を示すマルクに対して不満げに。少しだけ膨れがちに。その表情を変えぬまま、次いで彼の仲間たちに視線を向けて女は再度問うた。
「正気?」
「んー? それはどっちに向かって言ってるの?」
『純種を救う奇特な魔種』に対して、からからと笑って応えたのは『音呂木の巫女見習い』茶屋ヶ坂 戦神 秋奈(p3p006862)。
「あの子たちを傷つけるつもりはないよ、ここにいる誰もがそれを望まない」
『優しき咆哮』シキ・ナイトアッシュ(p3p000229)もまた同様に。掴みかかる子供の一人を四方投げの要領で地に引き倒し、或いは宙に浮かしたのちに秋奈が桔梗の刀を介して弾き飛ばす。
 突如として戦場に介入した彼らの動き方は、その傾向が如実であった。「敢えて不利な勢力に手を貸す」特異運命座標達に対して至極残念そうにため息を吐いたのは、子供たちの最高峰でそれを見遣る魔種の商人。
「やれ。折角のお膳立ては、お気に召しませんでしたかな?」
「……はい。ニルはかなしいのが、きらいですから」
『陽だまりに佇んで』ニル(p3p009185)が、何かを堪えるように呟く。
 その視線の先に在ったのは、今なお狂気に身を窶し、慟哭と共に変異した手足を振るう子供達の姿。
「魔種になって、紅血晶をばらまいて、たくさんのひとを傷つけて」
 ――「どうして、こんなことを」と。
 そう言おうとした。否、口にするよりも言外に言ったのであろうそれを、商人は悲しそうな笑みで返答する。
「私は、ただ。私を必要とする人の力になりたかった。それだけなのです」
「素晴らしい理屈だ。それ以外を塵芥のように気にも留めぬところも含めてな」
 言葉を返したのは秘宝種の幼子ではなく、『愛娘』エクスマリア=カリブルヌス(p3p000787)。
 硬質的な金属のように煌めく髪が、今この時はきしきしと揺らいでいる。その在り様の内実に存在する感情を商人はきっと察せないだろうし、最早それでも構うまいとエクスマリアは「切り捨てた」。
 理解を諦めた相手に向けるのは敵意か、若しくはそれを込めた攻手のみで十分なのだと彼女は識っていた。同時に、それが叶うことはこの依頼に於いて難しいであろうことも。
「いずれは決着を付けなくてはいけない。それは彼の男に対しても、貴女に対しても同じことだ。――けれど」
『けれど』。その言葉の先を、唯視線のみを以てフリッカーに告げた『散華閃刀』ルーキス・ファウン(p3p008870)に対し、魔種の女は呆れ交じりの歎息を告げるだけだった。
 特異運命座標達が憎めるような屑で在れば良かった。躊躇なく殺せるような滓の集まりで在れば良かった。
 最早翻るまいと世界の敵となった後に漸く出会った正義の味方(あまちゃん)達に対して、彼女は感謝も礼も言わない。己がそうすることを出来ないモノであると、自分自身が何よりも良く知っていたから。
「……今は、お互いに集中すべき目的がある」
 居並ぶ子供達。相対するは、たかだか十にすら満たぬ群れ。
 それをして『デザート・プリンセス』エルス・ティーネ(p3p007325)は呟いた。自ら横に並んだ魔種の女に対して。
「何も無ければ、特異運命座標としてあなたを見逃すことは出来なかったけれど」
「言ってくれるわ。以前は喰らいつこうとすらしなかった癖に」
「あら。私達だって此処に来るまでに成長したのよ?」
 くん、と手首のスナップを介し、身の丈よりも大きな大鎌を薙ぐエルスに対し、フリッカーはにこりともせずに言った。
「……興は削がないでよね」
 少なくない怪我を負ったまま、それでもエルスらより先に前へ出た彼女の言葉の意図に、少なからずエルスは苦笑した。
 ――共に死地へと赴く『戦友』を憂う言葉にしては、余りにも解り辛かろう、と。


 指を弾く。所作としては唯のそれだけ。
 それでも――いま特異運命座標達に相対する子供達の服の一部が、それを起点に幾らかの「焦げ」を作った。
「『勝手に狙え』!」
 叫んだのは、魔種の女。
 理由は特異運命座標達が戦闘開始直後にフリッカーへと持ち掛けていた「子供たちが持つ紅血晶の位置の特定方法の教示」である。結論から言えば、その方法は彼らにとって到底真似できないものであることが分かっていた。
 副行動で見定めて、主行動で即座に砕く。それを可能とせしむるのは彼女が単騎で複数の特異運命座標を相手に出来るほどの力量を持つが故であり、自然、個々人の力量が追いつかざる彼らは結果的に彼女のマーキングに頼る、若しくは各々の非戦スキルによる特定を余儀なくされる。
「―――――いやだ」
 無論、それが順調に進むかと言えば否である。
 殺すべきもの。そうすれば更なる紅血晶を与えると言われたもの。身を拉ぎ心を撓ませる狂おしい渇望から解放されるための行いを妨げる特異運命座標達に対して、子供たちの誰かが最初に呟いた。
「いやだ。くるしい」
「いやだ。いたい」
「もっとほしい、もっとほしい、もっとほしい、もっとほしい……」
 ――「だから、ちょうだい」と。
 意図を理解してほしいが為に発した言葉では無いのだろう。それでもその言葉が何を指しているかを理解できるからこそ、冒険者たちは、魔種の女は臍を噛むことを隠せない。
 変異した腕が、脚が、或いは牙がフリッカーを……否、特異運命座標たち諸共に襲う。彼女は自身が有する能力を以て与えられるダメージを幾許かは軽減できるものの、それは静かに、そして確かに蓄積していくことに変わりはない。
「……それをただみてるのは、ちょっと忍びないので」
 だから、動いた者が居た。
『鏡地獄の』水月・鏡禍(p3p008354)。子供たちの射線上に飛び出した彼がその攻撃をただ一心に受けるかと思えば、それは濃灰の霧の中に消え茫洋とせぬ『衣』の裡に隠される。
「すみません、少しだけお邪魔させてくださいね」
「……分かっていて割り込むのね」
 困り顔で笑う彼の手のひらには――その身を攻撃してきた子供達から奪い、砕いた紅血晶の欠片。
 頽れる子供の影。それは一人だけではなく、彼の仲間たちによって今なお増え続けている。
「ラサ仕込みの悪い事、今こそフル活用する時かしら? なんてね」
 何よりも、戦場を奔るのはエルスその人。
 一歩を踏み出して子供が倒れた。二歩目で攻撃を躱せばまた一人が倒れ、三歩目で敵の只中に飛び込めばまた一人が倒れ往く。
 その繊手に握られたのは、少なくない数の紅血晶。先述した「特定する」方法のみならず、それを効率的に収奪する方法にも長けた彼女が現在に於けるキーパーソンであるのは疑いない事実であろう。
 尤も、それに伴うリスクは軽視されざるものではあるのだが。
「……っ」
 血液が、宙を舞う。
 衣服や装備の一部が、或いは細かな肉片すらも。その源であるニルは表情を痛みに歪めながら、しかし己に定めた役目のため、子供達に接敵したまま下がることを拒んでいる。

 ――ひとりも死なないでほしいのです。

 子供じみた、しかし、切実な願い。
 傷んだ身体を振り切り、一つ、また一つと子供達から紅血晶を奪うその姿は、さながら献身に身を窶す聖人のそれにも映るだろうか。
「やれ。予想はしていたけれど、一筋縄ではいかないか」
 シキが苦笑交じりに呟くそれは、凡そこの場の全員の総意。
 殺さない、傷つけない。それを良しとしないが故の作戦は確かに死傷者の発生を防ぐと言う点では奏功しているが、それがこの戦いの終わりまで続くかは怪しい所でもある。
 事前に教えられ理解してはいたものの、やはり八十と言う数は――厳密には手数の多さは伊達ではない。
 初動、フリッカーを含めた全員が単純に子供たちの紅血晶を破壊することに成功したとしても、その返す刀で七倍の数からの反撃が返ってくる。それを庇い、或いは受けたダメージを癒すために誰かが挙動を費やせば無力化される子供の数はさらに減り、結果として戦闘は彼らのジリ貧に縺れ込む。
 何よりも。此度彼らが見落とした最大の陥穽は。
「……未だ、此方に牙をむくお積りで?」
「逆に聞くが、マリア達が貴様に阿る理由はなんだ?」
 戦闘が始まり如何程が経ってか。『瀕死のエクスマリア』は商人の問いかけに対して、それでも屹然とした口調で言葉を返す。
 回復役であるエクスマリアを、マルクを、そしてニルを守る等手段の考慮が為されていない。それは特異運命座標達にとって中長期戦と言う選択肢自体の破綻をすら意味している。
 特にスリと言う非戦スキルの特性上、近距離での行動を強いられるニルや、元々が前衛型であるマルクの負傷は群を抜いている。後衛として支援や援護射撃に徹していたエクスマリアがこの様相を呈していることからもその負傷がいかばかりかは言うまでもない。
 癒し手が倒れると言うことは、癒せなくなると言うこと。
 癒せないと言うことは、それ即ち耐えられないと言うこと。
 だから、エクスマリアは耐えている。パンドラを費やし、また己自身で限界を踏み越え、尚。
 ――ただ、それでも。
「理由は……ああ、いえ。止しましょう。私はあなた達を理解しえない。貴方達もまた、私を理解しえないのですから」
「多少は、成長したようだな。だが」
 傾ぐ身体。
 それが地に伏し、動かなくなる刹那、彼女は精一杯の敵意を口にした。
「……相変わらず、お前の商魂たくましさには、反吐が出る。」


 彼我の手数の差があった。その火力を低く見積もり過ぎており、またそこから自身らを補う手段が完全に図れていなかった。
「けれど、それは」
 エクスマリアが倒れ、ニルもその後に倒れた。
 残る回復スキル持ちであるマルクも、時が経つと共に自身の延命で精いっぱいとなっていった。その過程で戦場の誰もがパンドラを消費し、最早今なお戦う者の中で満身創痍である者は誰も居ないほどに。
「それは、僕たちがここで膝を折る理由には、ならない」
 それでも。マルクはそう言った。
 呼気は荒い。出血は多い。それでも、まるで性質の悪い術で操られているかのように、震える身体を倒れるギリギリで繋ぎ止めて、彼は視線を前へと向ける。
「……理解に苦しみますな。態々私が提示した楽な道より、苦難をお選びになるとは」
「そう? それは残念」
 応えるエルスも、他よりダメージが少ないものの瀕死であることに変わりはない。
 特異運命座標らの行動は無駄ではない。戦闘開始当初は多数いた子供達も、今では両手で数えられる程度の数まで減ってはいる。だが、
「私はね。貴方の方が哀れだと思うわ。
 まぁでもその宝石に『魅せられて』しまったのなら……運が悪かった、わね」
 放つ大鎌と、放たれる紅の腕。交錯した一方は血を撒き散らしながら倒れ、他方は赤色の足環を破壊されて気を失った。
 戦闘は佳境であり、その形勢に於いては数をほぼほぼ同数とすることから、恐らくは特異運命座標達に軍配が上がっているのだろう。
 ――それでも。それでも、なのだ。
「……馬鹿、が……っ!!」
 彼らは、この戦いに於いて優しすぎた。
 最早死を目前とした魔種の女に向けられた攻撃を、己が身を盾として守ってしまう程度には。
「敵を、護ってんじゃ、無いわよ……!!」
 泣きそうな顔だった。
 泣いてしまいそうな顔だった。そんな魔種の女を、しかし倒れたシキは笑いながら言う。
「……だって、君はきっと子供で。私は大人だ」
 魔種となり、どれほどの時が経とうとも、と。そう言って。
「報告書で知った貴方を見て。今こうして貴方を知って。
 きっと、貴方は可哀想な人だったんだと。僕はそう思ったんです」
 そして、それは鏡禍も同様に。
 倒れ際、最後に砕いた紅血晶ひとつ。どうと前のめりに倒れる彼は、されど最後に笑いながら。
「――それに。
 大切な人を傷つけられることが我慢できないのは、僕も一緒だったから」
「……っ」
 そうして、最早胸突き八丁。
 首の皮一枚で保たれている均衡を最初に破ったのは、やはり理性など無い子供たちの側。
「あ、あ、あ――――――」
 よじれた紅の四肢が秋奈の身を裂く。迸る血。それをして彼女は苦笑交じりで子供の身を弾き飛ばした。
「はいはい、ちょっと離れててねーっと! マルクサン、かっこいいとこお願いできる!?」
 頬を掻き、笑うマルク。秋奈に飛ばされた子供の身体に一線を敷き、軌道上に在った紅血晶がぱきんと割れた。
 けれど、其処まで。マルクの身体をその背後から別の子供が襲う。打ち倒される身体。途切れる意識。
「は、ぁ――!!」
 追撃が入るよりも早く、フリッカーが子供から紅血晶をもぎ取った。他の者たち同様ふらりと身を横たえ、それを見下ろした彼女の臓腑を抉らんとする二つの異形の四肢。
「……やるべき事は見えている」
 その一つが、ルーキスによって止められた。
「それは彼女のためでもあり、被害に遭った子供たちのためでもあり」
 二刀が、二人の子供のうち一人から紅血晶を切り離し、そして。
「……何よりも。『お前』の思惑通りにさせないために」
 二次行動が、もう一人の子供から紅血晶を奪い取った。 
 死を覚悟していた表情から、虚が生み出される。呆然とするフリッカーに見向きもせず、残る者たちの中で意識のある彼は、秋奈は、最後に一人立つ魔種の商人に視線を向けたままでいた。
「……手駒なんか使わず、自分で動いたらどうだ?」
「何故?」
 ――件の魔種は、生きること。逃げ延びることに執着している。
 事前情報があったとはいえ、予想しきれていた解答にルーキスが舌打ちする。
「さて。本来の目的からは外れますが、まあその化け物から幾らか力は削げましたし、私は退散するとしましょうか」
「オラーッ! ワレどこに目ェ向けとんじゃーい! 逃がすと思ってんのか!」
 口調だけは荒く、しかしその内心で「恐らくは叶うまい」と思っていた挑発を放つ秋奈。
 魔種の商人は、それに対しても涼しい顔で呟いた。
「本当に、逃げなくてもよろしいので?」
「……うわー」
 商人が指さす方向には、特異運命座標らが無力化した子供たちの姿が。
 事実上の人質を取った物言いに対して、辟易とした表情を浮かべる秋奈に改めて背を向け、商人は去っていく。
「……その秘宝種のお方に、お礼を言っておいてください」
 最後に、ニルの方を一度だけ見ながら。
「貴方のお陰で、私は自らの忠誠を捧げられるお方に出会えたのだ、と」



 戦闘は、その後まもなく終局した。
 無力化された子供たちは特異運命座標達によって搬送され、残った魔種の女……フリッカーもまた、「見逃す」ことを元々の方針としていた特異運命座標達から去っていった。
「……彼らに、伝えておくべきことは?」
 離れていく彼女に、ルーキスは静かに問うて。
 フリッカーは足を止めることなく、それでも少しだけ振り返りながら、言った。

「――ちゃんと私の事、殺しに来なさいよ」
 
 或るいは。それはきっと、無邪気な笑顔を浮かべて。

成否

成功

MVP

なし

状態異常

シキ・ナイトアッシュ(p3p000229)[重傷]
私のイノリ
エクスマリア=カリブルヌス(p3p000787)[重傷]
愛娘
マルク・シリング(p3p001309)[重傷]
軍師
エルス・ティーネ(p3p007325)[重傷]
祝福(グリュック)
鏡禍・A・水月(p3p008354)[重傷]
鏡花の盾
ニル(p3p009185)[重傷]
願い紡ぎ

あとがき

ご参加、有難うございました。

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