PandoraPartyProject

シナリオ詳細

<晶惑のアル・イスラー>灰冠は輝かず<くれなゐに恋う>

完了

参加者 : 8 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

オープニング

●甘香
 ――しゃらん。
 垂れる薄布の向こうで、軽やかに涼し気に。
 ――しゃらら。
 紫煙をゆうらり踊らせ、乾いた鉄の音。
 垂れ布の向こうの灯りは絞られているものの、薄い布ではその奥の人物のシルエットが透けて見えた。
 ――女だ。気だるげに肢体を褥へと投げ出していた女が動くたび、金属の音が鳴っている。
「ああ、そうだわ。今夜でしたわね」
 何処からか細い嬌声じみた声が聞こえていても女は気に留めず、ふと思いついたようにするりと褥から抜け出した。
 名残惜しむような細腕に淡く笑みを向け、向かうのはくり抜かれたように開かれた窓。この街では珍しいものではない、ごく一般的な窓辺に身を寄せ、女は空を見上げた。
「嗚呼……」
 喜色に濡れた吐息が溢れる。
 遠く空に浮かぶは、巨大な影。
 暫くすればそれはネフェルストの上空へと飛来し、人々は混乱の渦に飲まれることだろう。
 そうなることは必然。
 それなのに、そうと知っていて女は頬を染め、うっとりと言の葉を紡いだ。
「全ては偉大なる純血種(オルドヌング)のひい様がため」
 それは恋する乙女のように。
 それは一途な信者のように。
 夜闇の中に、甘く甘く響いたのだった。

 ――この砂の都を滅ぼし、月を君臨させましょう。
   もうすぐですわ、ひい様。

●くれない纏う
 誰かが叫んだ。何だあれは、と。
 指差す方向を――夜の帳が落ちた空を見上げ、人々は恐怖に飲まれた。
 悲鳴をあげる者、悲鳴さえあげれぬ者、腰を抜かす者、他者のことなど気にせず我先に逃げようとする者。その内のひとりとシャファクは肩がぶつかって不満に眉を寄せるも、不満を口にはしない。否、出来なかった。
「……なに、あれ」
 それはまるで。
 まるで――
「竜……?」
 でもそれは、物語の中にあるものだ。
『悪い竜を倒し、みんな幸せに暮らしました』
 そんな話をシャファクはたくさん知っている。
 けれど知らない、本物の竜は。
 亜竜種であったなら「あれは竜種ではない」と断言出来るだろうが、それを唱える者はその場には居なかった。
(帰らなくちゃ)
 あれらはきっと、すぐにネフェルストへ到達する。
 もし本当に竜ならば――竜で無かったとしても、ネフェルストは今以上の混乱に陥ることだろう。
(お嬢様のもとに帰らなくちゃ)
 大切な人がいる。その人たちはシャファクにとっての『家族』だ。シャファクが案じるように、その人たちもシャファクのことを心配してくれる。
 帰って元気な姿を見せ、安心させないといけない。
 その後は隠れて――隠れて、どうすればいいのだろう。
 過ぎ去るのを待つ? 隠れている場所が見つかったらどうする?
(その時は、アタシがお嬢様を)
 腰の短剣を確認するように指を滑らせ、シャファクはサンドバザールを駆けた。

「おじさん、逃げたほうがいいよ!」
 いつも何かとお世話になっている八百屋のおじさんがまだ店に居ることにアタシは気がついた。
 空に気付いていない? ううん、そんなはずはない。
 だって皆、あんなにも騒いでる。
「おじさん!」
 おじさんは背を向けたまま、こちらを振り向こうとしない。
 おかしい。変だ。
 頭の隅で警鐘が鳴っている。今すぐ逃げるべきだと、アタシの勘が告げている。
 その時、おじさんの肩がボコンと膨らんだ。
 自然とアタシの足は半歩下がり、片手は腰の後ろへと回る。
 ボコン、ボコ、ボコン。
 おじさんの体が歪に膨らんで、小さくなって、また膨らんで。
「……おじ、さん?」
 おじさんが、振り返った――。

 ――ああ、ローレットの人たちが言っていたことって、本当だったんだ。

GMコメント

 ええー!? 恋人たちの仲を絶対引き裂くマンみたいに晶竜がラサに!?
 ハッピーグラオクローネ! 壱花です。
 暫くの間続くシリーズとなりますので<くれなゐに恋う>をつけておきます。

●成功条件
 シャファクの生存
 晶獣を止める(生死は問いません)

●シナリオについて
 カップルが仲睦まじく過ごすグラオクローネの夜、あなたは偶然サンドバザールに居り、その事態に遭遇しました。
 まだ晶竜は飛来していません。まず行うべきは、怯えている人々の避難でしょう。周囲には怯えて腰を抜かしている人を建物の中等安全な場所へ導きましょう。晶竜が来た際の戦闘場所確保にも繋がることでしょう。(このシナリオでは晶竜との戦闘は起こりません。)
 混乱の渦に飲まれているサンドバザール内では、晶獣や晶人が現れているようです。人々を助けて回っていると、あなたたちは晶獣と戦っているシャファクを見つけます。シャファクはどうすれば良いか解らず攻撃をかわしているので、助けてあげてください。
 倒された晶獣は、ローレット……と言うよりは大本の依頼主であるラサ傭兵商会連合の預かりとなることでしょう。
(晶獣「八百屋のおじさん」は、プレイングでは『店主』で通じます)

●八百屋のおじさん
 フレッシュな野菜や果物を屋台で売っているおじさんです。搾りたて果実のジュースが現地の人や観光客に人気です。
 紅血晶を有していた者が転じる姿――晶獣(キレスファルゥ)となっています。
 変化しているところは両肩より下で、手はぎゅっと握ったような形になっています。自我はなく、近い相手に襲いかかります。変化した腕で強烈な一撃を放ちます。
 晶獣は原因となっている紅血晶を手放させることで、変化した部位は元には戻りませんが変化は止まります。
 時間経過ごとに体の変化は進んでいき、ある程度経過をすると紅血晶をその身に取り込み晶人(キレスドゥムヤ)に変じようとします。それはヒトをやめた姿です。二度とヒトには戻れません。晶人になる前に紅血晶を手放させましょう。(殺しても大丈夫です。)

●シャファク
 ラサの商人。ROOでイヅナと呼ばれた少女と酷似しています。
 仕えているお嬢様を不安にさせないためにも早く帰りたいのですが、おじさんを放置するとバザールへの被害が広がるため、自分に引き付けることで抑えています。
 自分たちに任せて! とシャファクを先に帰しても大丈夫です。が、その場合は誰かが護衛についていった方が良いでしょう。おじさん以外にも晶獣や晶人はバザール内で暴れているため、襲われる可能性があります。

●EXプレイング
 開放してあります。文字数が欲しい時等に活用ください。

 それでは、イレギュラーズの皆様、宜しくお願い致します。

  • <晶惑のアル・イスラー>灰冠は輝かず<くれなゐに恋う>完了
  • GM名壱花
  • 種別通常
  • 難易度NORMAL
  • 冒険終了日時2023年03月05日 22時06分
  • 参加人数8/8人
  • 相談7日
  • 参加費100RC

参加者 : 8 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

参加者一覧(8人)

ノリア・ソーリア(p3p000062)
半透明の人魚
如月=紅牙=咲耶(p3p006128)
夜砕き
フラン・ヴィラネル(p3p006816)
ノームの愛娘
ハンナ・シャロン(p3p007137)
風のテルメンディル
ルカ・ガンビーノ(p3p007268)
運命砕き
しにゃこ(p3p008456)
可愛いもの好き
フリークライ(p3p008595)
水月花の墓守
物部 支佐手(p3p009422)
黒蛇

リプレイ

●悲劇の夜になんてさせない!
 よりによってこんな日に。
 幾人ものイレギュラーズがそう思った。
「レンゲ フリック 行ク。イイ?」
「分かってるわよ! 行ってきなさいよ、フリック!」
 一年に一度きりのグラオ・クローネ。なんだかんだと理由をつけて『水月花の墓守』フリークライ(p3p008595)と時間をともにしていたレンゲは、早く終わらせて帰ってきなさいよねと送り出す。
 人々は空に見えた『竜らしき影』に怯え、逃げ惑っている。
 何処にいけばいいのかわからず、ひとまず帰らねばと帰路につこうとする者。
 腰を抜かして動けず、逃げ惑う人々に蹴られて「邪魔だ」と怒鳴られる者。
 グラオ・クローネの特別な甘味を買ってもらいに来たはずが、親とはぐれて泣く子供の声。
「どうして、こんな、たいせつな日に……!」
 惑う人々の上にぷかりと浮かんだ『半透明の人魚』ノリア・ソーリア(p3p000062)は崩された幸せに憤った。確かにここには、幸せが溢れていたはずなのに!
 先刻までノリアの瞳に映っていた楽しげな笑顔たちを思えば悲しい気持ちが胸に広がるが、それでも今、こうしてノリアがここにいた事はラサの人たちにとっては幸運であろう。
「必ず 皆様を 救ってみせるのです」
 ノリアは長い尾をひらつかせ游いでいく。
「フラン様、あれを」
「なんで……そんな」
 偶然――否、会いたいけれど会いたくない人が居てラサへと足を運んでいた『ノームの愛娘』フラン・ヴィラネル(p3p006816)と、彼女と本当に偶然遭遇した『風のテルメンディル』ハンナ・シャロン(p3p007137)も空を見た。驚くフランの隣でぎゅうと手を握りしめたハンナは静かに怒りを抱いていた。今すぐにもあの空に浮かんでこちらへ向かってくるものを殴り飛ばしたい気持ちでいっぱいだけれど、それよりも今はやるべきことがある。
 すぐにふたりは顔を見合わせ、走り出す。楽しいグラオ・クローネはもうおしまい。ううん、終わりになんてさせない! と、今起きている混乱を鎮めるために。
「何ぞあったんですかの? 単に混雑しとるのとは雰囲気が違うようですが……」
 ラサという異国の地。異国の香りに珍かな食べ物。まずは何を買ってみるべきかと真剣に頭を悩ませていた『黒蛇』物部 支佐手(p3p009422)は不思議そうに辺りを見渡し、そうして目の上に手の庇を作って空を見上げ、察した。アレはいけないものだ、と。
「同胞とお見受けする」
「ろぉれっとの方ですか」
 影に潜むように現れた『夜砕き』如月=紅牙=咲耶(p3p006128)が端的に『噂の紅い結晶』の話を支佐手へ齎した。
「人を、変える宝石」
 俄には信じられない話だが、ローレットの仕事を担うイレギュラーズがそう言うのならば『そう』なのだろう。晶獣や晶人に遭遇した際に連絡しあうためにも互いのファミリアーの姿を知らせ合い、ふたりもまたバザールの人混みへと姿を消した。
「超絶美少女天使しにゃこちゃんが来たからにはもう安心ですよ!」
 持ち前の明るさを最大限に振る舞いながら、『可愛いもの好き』しにゃこ(p3p008456)も怯える人々の間を駆けていた。
「皆さん! 慌てず騒がず落ち着いて逃げてください! 安全な道は此方でーす!」
 エネミーサーチでは自身に敵意を向けられるまで敵が居るかが解らないため、頭上で支佐手や咲耶のファミリアーが示した方角へと人々を案内していく。
 イレギュラーズたちは声を駆けて回るが、混乱する人々の動きはバラバラだ。竜らしき飛行体が見える方角から逃げようとする人は離れることを選択するし、気のたった人たちが喧嘩を起こしていたり、家に帰ろうとしているものの人が障害となって帰れない人も居る。宙に浮かべるノリアにはそれが人一倍感ぜられたことだろう。
「お家に 向かっておりますの? 方角は ……あちら? でしたら こちらからいけますの」
 バラバラの流れを宙から見下ろして、左右を見て、安全な場所を探してはノリアは困っていそうな人に声を掛けていく。
「ローレットが 対処するので 外に出ず 安全なところに かくれていてくださいですの!」
 小さな声では混乱する人々には届かないから精一杯声を張り上げ、ノリアはのリアの為せることを精一杯に成した。
「大丈夫? 立てそう?」
「ああ、いつもジュースを美味しそうに飲んでくれる嬢ちゃんか?」
 驚いたせいで腰をやってしまった店の男へ「支えますね」とすかさずハンナが肩を貸し、フランは治癒を施していく。
「嬢ちゃん、向こうにはいかない方がいい。シャファクが引き付けてくれ――」
「シャファクさんがいるの!?」
「その方は拙者が安全な場所へ誘導するでござる。ささ、こちらへ」
 自力で立てるようになったことを確認した咲耶が素早くハンナから男を預かり、連れていく。
「あれれ、あの子! 見たことありますよ!?」
「あっ……!」
 見知った何人かと合流し避難や怪我の手当に当たっていたフランは、剣戟の音に気付いたしにゃこの視線の先へと顔を向けた。小麦色の肌に白い髪を踊らせ、素早くナイフを振っては後退し、他へ目を向けさせないように飛び込むのは――先日会ったばかりの少女だ。
「……イヅナ?」
 合流していた『竜撃』ルカ・ガンビーノ(p3p007268)が小さく呟いた。
 思わず『零してしまった』ことで彼の驚きも知れるというものだが、『違う』ということはすぐに解った。ROOで見た少女は目の前の少女よりも動きが素早く、相手に留めを刺すことに迷いがなかった。懐に踏み込めば確実に首を狙っていたであろうに、眼前の少女はただ逃げ惑っている。
「イヅナさんに似てるけどシャファクさんって言ってラサの商会の人でお嬢様がいてえーとつまりあたしの友達!」
 慌てながらのフランの言葉に「解った」とフランの頭をポンと押さえ、ルカは素早く駆けていく。
 頭に触れられたのは一瞬だけ。けれどもそこに籠められた「任せろ」も感じ取り、フランは杖を握りしめ声を張り上げた。
「こっちは危ないよ! 避難するならあっちへ!」
 シャファクのことも心配だけれど、一番に信頼している人が向かってくれたのだ。大丈夫だと信じて、フランは人々の安全を第一に行動するのみだ。

「おじさん! アタシだよ!」
 シャファクは硬質化している異形の腕をナイフで受け止めた。
 優しかった八百屋のおじさんがこんな力が出せるのかと驚くくらい重たい。ビリビリと手を痺れさせてきて、ナイフを落とさないことに必死になる。眉を寄せ、奥歯を噛み締め、ただ耐えた。
 ナイフを落とす前に身を引いて逃げて、正気に戻ってほしくて声を掛け続ける。
 何度も、何度も。声が、届かなくとも。
(どうして)
 八百屋のおじさんは優しい人だ。シャファクの腰くらいの背丈の男の子とひょろりとした奥さんが居て、もうすぐ奥さんの誕生日だからとこの数日はプレゼント選びに頭を悩ませていた。
 そこまで考えて、シャファクはハッと息を飲んだ。
 ――プレゼントだ。
 八百屋のおじさんは紅血晶を手に入れてしまったのだ。
「よぉイヅナ……じゃねえ。嬢ちゃん、ボサッとしてたら危ねぇぞ」
「あっ……」
「成程、これが噂に聞く紅血晶……一刻を争うと見ました」
 考え事に動くのが遅れたシャファクの身体を、ラサの風が拐った。
「あなたは……ルカ・ガンビーノ……さん?」
「おっと。俺のことは知ってるのか」
「アタシは商人ですから」
 シャファクの視界いっぱいに広がったルカの背後で、支佐手が店主の攻撃を火明の剣で受ける硬い音がする。口元を笑みの形に持ち上げたルカはすぐに視線を店主へと向け、くしゃりとシャファクの髪を撫でてから彼女へ背を向けた。
「皆を守る為によく頑張った。偉ぇぞ」
「あー! ルカ先輩ってばダメですよー!」
 女の子の頭をすぐ撫でるんだから!
 駆けつけてきたしにゃこが乱入して「こんにちは、しにゃこです!」と明るく笑うと、シャファクは瞳を丸くして――けれども釣られるように表情から強張りが少し解けた。
「後は俺達に任せろ」
「そうですよ、すぐにフランさんたちも来ますからね。少し離れていてください!」
 雷纏う大蛇が相手取る店主へとルカが駆けていき、シャファクをマジマジと眺めたい気持ちを抑えてしにゃこも向かう。
「なんだかとっても仲良くなれそうなので、後からめいっぱいお話してくださいね!」
「我 フリック。ローレット 一員。君 援護スル」
 フランの声はフリークライにも届いていた。シャファクと名乗る少女の前に怖がらせないように膝をつき、少し気が緩んだせいか動けなくなってしまった少女の手を取った。
 一人で訳も分からず『変わり果てた知人』と戦っていた少女の腕も――心も、ボロボロだ。天に昼灯りのような光輪を輝かせ、傷付いた腕を癒やしていく。よく頑張ったねと告げるように。
「あれが噂の晶獣という奴でござるな。人々を斯様な姿に変えるとは真に奇っ怪な石ころよ」
 して、その石ころは?
 戻ってきた咲耶がシャファクに代わって店主を引き付ける支佐手とルカとハンナに並び、問う。
 店主の姿は腕がボコボコと筋肉が異常に進化したような異形化しているものの、それ以外は普通の人間と変わりなく見える。
「……あの手かと」
「ああ、俺も同意見だ」
 店主の腕――手をよくよく観察すれば、殴ったり振り回すためというよりは何かを握る形になっており、少しずつ結晶化をしだしているように見えた。
 ――晶人となってしまっては助からないが、晶獣の状態ならば命は助かる。
 と、遭遇した者たちからの報告はローレットにも上がってきている。
 つまるところ、あの手に紅血晶が握られているのだとすれば、それを手放させれば良いのだ。
「まだ助かるかもしれないのですね……それは、一層やる気が出ますね!」
 声を弾ませたハンナは重圧を掛け、他のイレギュラーズたちのBSが通るようにする。兄とは違い殴り合いの方が得意なハンナは、ついでに思いっきり殴って店主の体力を削ることも忘れない。
 前に立って戦うイレギュラーズたちの姿は、頼もしかった。
 だからこそ、シャファクは不安を覚えた。
「お願い、おじさんを殺さないで……!」
 戦闘経験という力量差は歴然で、イレギュラーズたちがその気になれば店主の命は刈り取られてしまう。
「おじさんは、悪い人じゃないの。奥さんが居て、誕生日が近くて、それで……っ」
「大丈夫ですの」
「大丈夫だよ」
 シャファクの涙がにじむ声に、ノリアとフランが寄り添った。
(どうか…… たすかりますように)
 シャファクに寄り添い、ともに祈る。
 事態を納めるためにそういう選択も頭の隅にある者とて居るが、それはあくまで最終手段。必殺の技を幾つも持つ者も、不殺を心に置いている。
 手放さない際の手段も、声を掛け合わずとも通じあえる――!
「ルカ殿!」
「ああ……!」
 支佐手とルカが畳み掛け、そのまま店主を押さえつける。
 同時に、三人の上に影が落ちた。勢いを付けるために高く跳躍した咲耶の、混乱に陥るラサを見守る月が照らす柔らかな影だ。
「悪いが命には代えられねえと思って、勘弁してくれよ!」
「命あっての物種でござる。少々痛むが堪えよ!」

 ――御免!

 人の肉を断つ音とは違う、硬質な音が響き渡った。
 店主自身の意識はないであろう状態でもがいてい身体が、支佐手とルカの下で大人しくなる。
「おじさん!」
 飛び出そうとするシャファクの身体はフランとノリアが制した。まだ安全が確認されたわけじゃない。
「助ケル 万全尽クス。信ジテ」
「助けてっ、お願い……っ」
 すぐにフリークライが動き持てる全ての知識と技術をもって治療に当たり、ハンナと入れ違いにフランも真剣な表情でフリークライのサポートに当たる。
「命 別状ナイ。大丈夫」
 切断された手――綺麗に切れてはいるが異形と化しているためくっつけることは叶わないし、異形化が治ることもない。しかし、切断面を治癒術で塞ぎ、命が零れ落ちるのを最小に抑えたため、それで命が失われることもない。
 よかったと零したシャファクの膝から力が抜け落ち、しゃがみこんだ膝に顔が隠れた。
 ……少し、泣いたのかもしれない。彼女の背の震えはハンナだけに伝わり、ハンナはよく頑張りましたねの気持ちを込めてその背を優しく温めた。
「シャファク殿、怪我はしとらんですかの」
「うん、アタシは平気です。……ありがとう、ございます」
 自分を助けてくれて、おじさんを殺さないでいてくれて、気も配ってくれて。
 衣を払いながら支佐手が近寄れば、少し平静さを取り戻したシャファクがはにかんだ。
「血の 気配が するですの」
「こんなのかすり傷だし……」
「あー! シャファクさんほっぺを怪我してるじゃないですかー! 女の子のほっぺに傷を残したらダメですよー!」
「えっ、シャファクさんに怪我!?」
 ぴょんと跳ねるように駆けてきたフランにも囲まれ、たじろぎながらシャファクも治療を受けることになった。その姿にハンナが微笑ましげに瞳を細めていれば、辺りの安全確認を終えたルカが近寄っていく。
「アルアラク商会の人間なんだってな」
 その言葉に、シャファクはウッとバツが悪そうな顔になった。
「お嬢様とフィオナ姉さんには、その……」
 もし会ったとしても、危険な目にあっていた、なんてことはどうか内密に。
 心配させたくないというシャファクの気持ちを汲んでルカは顎を引き、その代わりにと問いを発した。
「お前のお嬢様はなんだって紅血晶を欲しがってたんだ?」
「……流行り物が気にならない商人はいませんよね?」
 大本にあるのは純粋な興味で、ただの年頃女子の好奇心。お嬢様は綺麗な宝石が好きであること、そして世間の人々が欲している石を直接見て価値を知りたいと思うのは商人として普通のことだ。
「お嬢様は身体が弱くてアタシみたいに走り回れないから、アタシがよく集めてあげてたんです。でも危険なものであることは今日……よく解った……から。手に入れてもお嬢様には渡しません!」
「困ったらいつでも相談に来い」
「……! はい、困った時はお願いします!」
 ポンと頭に置かれた手は『それでいい』なのだろう。
「シャファクさん、お腹空いてない? あたし、お菓子持ってるよ」
「あれあれ? それって顔の怖い誰かさんにあげる『感謝の』お菓子なんじゃないんですかー?」
「しにゃこさん!?」
 疲れが見えるシャファクの表情にフランが気を利かせた。
 ニヤァと猫のように笑ったしにゃこの視線に気付いたルカがフランが開いた包みからひとつ摘んでいき、まだ不安そうに横たわる八百屋の店主を見るシャファクも気持ちを落ち着けるためにひとつ摘んで口にし、美味しいと頬をほころばせた。
「あの、おじさんは……どうなるんですか?」
「安心めされい。拙者たちろぉれっとで預かるゆえ、悪いようにはせぬでござるよ」
 咲耶は直接ROOでシャファクに似た少女に会ったことはないが、それでも報告書等の資料で読んだ覚えがある。当然のことだがモデルとなった者もROOに生み出されたNPCにも、互いの記憶はない。見目が一緒で他のイレギュラーズたちは知っていて、覚えている。それが何とも不思議ではあるが――これもまた、縁、なのだろう。
「店主 フリック 連レテイク」
「ではわしが供をしましょう」
「わたしも お供しますの」
 八百屋の店主を抱えるフリークライの護衛と混乱の少ない道への案内にぴったりなふたりが挙手をして。
「シャファク様、お帰りはどちらまで? 送っていきますね」
「あっ、そうだ。アタシ帰らなくちゃ! お嬢様が心配してるかも! あ、でも、送ってくれなくても大丈……」
 大丈夫じゃないよの声がフランとしにゃこ双方から同時に放たれ、圧されたのか「あ、うん」と頷いたシャファクはハンナとフラン、しにゃことともにその場を後にする。
「女子トークしちゃいましょうか!」
「女子? えーっと、じゃあお嬢様ってどんな子? 可愛い?」
「かわ……うーん、綺麗、かな。アタシの憧れ」
「シャファク様も、きっとお綺麗になりますよ」
「……アタシ、ハンナみたいになりたいけど……なれるかな」
「えっ、あたしもなりたい!」
「ええっ、しにゃは――」
 気持ちが沈まないように、明るい声を残して。
 その姿を見届けたルカと咲耶は頷きあうと、未だ混乱の最中にあるバザールに散っていく。
 まだまだバザール内では助けを求める人々がいる。
 ああ、この騒ぎの夜はまだ終わらなさそうだ――。

成否

成功

MVP

フリークライ(p3p008595)
水月花の墓守

状態異常

なし

あとがき

とても良い対処だったと思います。
おじさんは生活に支障が出るものの、それでも命の方が大切です。
皆さんに感謝することはあっても恨むことはありません。
ラサには晶竜が来てしまいましたが、それはそれとしてみなさんが良き日を送れていますように!

お疲れ様でした、イレギュラーズ。

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