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シナリオ詳細

<昏き紅血晶>タック&ディール。或いは、砂漠の盗賊とその末路…。

完了

参加者 : 8 人

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オープニング

●誰も知らない夜の出来事
 ラサの南部。
 とある港の街に近い砂漠のどこか。
 展開された天幕と、焚き火を囲む4人の男。
 それから、天幕の裏には数台の馬車が並べて停められている。
「さぁ、行こうぜ」
「あぁ、行こうか、兄弟」
 蹄で砂を蹴散らしながら、2人の男が馬車の方へ近づいていく。
 馬に似た4本の脚と、背中にはコブ。カウボーイに似た帽子を被って、布で口元を隠しているといういかにも怪しい出で立ちである。
 焚き火を囲む男たちは俯いたまま、2人の男を見逃した。
 否、男たちを呼び止めることが出来なかったのだ。4人の男の側頭部や眉間から血が流れている。
 息絶えているのだ。
 銃痕。
 それも、4人が警戒態勢を取るより速く、遠距離からそれぞれ1発の銃弾で命を奪われていた。

 2人の男は盗賊だろう。
 背中には、それぞれ消音装置を取り付けたライフルを担いでいる。
「おい、さっきの4人は護衛だろう? 商隊を率いる商人がいるはずだが、見当たらねぇ」
「知らねぇ。商人は逃げ出したんじゃねぇか? 荷物さえ奪えれば、商人の命なんざどうだっていいだろ?」
 暗視ゴーグルを押し上げながら、男の1人が天幕を開けた。天幕の中に人はいない。周囲を警戒するが、人の気配は近くに無い。
「商人の方は放っておけ。それより、荷を漁ろうぜ」
 馬車に満載された荷物を手に取って、男の1人がそう言った。
 荷物を揺らすと、カラコロと石の転がる音がする。
「早速あった。これだろ? たぶん」
 箱を開けて取り出したのは、血のように紅い宝石だ。
 “紅血晶”。
 つい最近になってラサ全域で流行り始めた、美しく、そして危険な宝石である。

●夜色の雨
 ラサの南部。
 とある港の街へと向かう途中で、中規模な商隊が消息を絶った。
 ラサは過酷な土地である。移動の途中で消息を絶つ商隊や、人知れず命を落とす旅人など、決して珍しいものではない。
 今回、消息を絶った商隊もまた、“旅の途中の不慮な事故”として処理されるはずだった。一定期間の間、商隊の行方は捜索されるだろうが、遺体が発見される可能性は高くないと予想されている。
「っと、そんな事件に進展があったっす。まぁ、所謂“タレコミ”ってやつっすね」
 そう言ってイフタフ・ヤー・シムシム(p3n000231)は、一枚の地図を広げて見せた。
 地図の一ヶ所……オアシスや街から遠く離れた“何もない砂漠の真ん中”に赤い印が付いている。
「情報をくれたのは“夜色の雨”と呼ばれる盗賊団の団員っす。まぁ、盗賊団といっても4人しかいない小規模なものっすけど……あぁ、今はもう1人しかいないっすかね」
 イフタフの話はこうだ。
 “夜色の雨”は“紅血晶”を運ぶ旅商隊が近くを通りかかることを知って仕事を開始。
 見張りの4人を迅速に仕留め、積荷の中から“紅血晶”を強奪した。
 馬車や遺体をその場に置き去りにして、4人は“紅血晶”だけを持ってアジトへ帰還。安酒で祝勝会を開いて……異変が起きたのは、その翌日だ。
「タックと呼ばれる盗賊の1人が、怪物になってしまったんだそうっすよ。まぁ、十中八九、“紅血晶”の影響でしょうね」
 公には広まっていないが“紅血晶”は美しいだけの宝石ではない。
 “紅血晶”に魅入られた者は、徐々に姿を変え、キマイラのような怪物へと成り果てる。
 タックと呼ばれる盗賊は、きっと“紅血晶”に魅入られたのだろう。
「タックは仲間の1人を殺害。命からがら逃げ出した盗賊が、近くを通りかかったイレギュラーズに助けを求めたことで、今回の事件が発覚したっす」
 怪物となった盗賊が1人。
 殺害された盗賊が1人。
 アジトから逃げ出した盗賊が1人。
 そして、4人目……ディールと呼ばれる盗賊は、どういうわけか今もアジトに残っているという。
「この分だとディールの方も危ういっすね。件の商隊襲撃事件、実行犯はタックとディールっす。残りの2人と違って、タックとディールは“紅血晶”を間近で見て、その手に持っているっすから」
 アジトに残ったタックとディールの2人とも、既に“紅血晶”に魅入られている。
 ともすると、今もなおアジトの跡地で2人は“紅血晶”を奪い合っているのかもしれない。
「怪物になったタックは下半身と両腕、顔の一部が異形の怪物に変わっていたとか。【滂沱】【必殺】を伴う結晶弾を撃ち出したそうっすよ」
 元はライフルによる狙撃を得意とした盗賊だ。
 怪物となっても“元となった者の人格や能力”が完全に消えてしまっているわけではないのだろう。
「“紅血晶”を取り上げれば、冷静さを取り戻すかもしれないっすね」
 次に、と前置いてイフタフはテーブルの上に1発の黒い弾丸を転がす。
 それは出頭してきた元盗賊から押収した“夜色の雨”特性の銃弾だ。
 魔術が仕込まれており、消音と【致命】【封印】の効果が付与されている。怪物となったタックがこの弾丸を使うことは無いだろうが、まだアジトにはディールも残っているため、念のために警戒せよということだ。
「さて、連中のアジトっすけど、砂漠に埋もれた複数の遺跡……家屋の遺跡からなるものっす。丘陵地帯というか、丘の多い地形で、遠目には単なる砂漠にしか見えないっす」
 “夜色の雨”が見つけた砂下の家屋は全部で20。
 地上にタックやディールの姿が見当たらない場合は、そのうちどれかに隠れている可能性が高いらしい。
「ひと箱分の“紅血晶”が持ち去られているんで、回収をお願いするっす。なお、タックとディールの生死は問いません」

GMコメント

●ミッション
“紅血晶”ひと箱の回収

●ターゲット
・タック
盗賊団“夜色の雨”の元団員。
ラクダの獣種で、下半身がラクダのそれになっている。
“紅血晶”の影響により、両腕と顔の一部、下半身が変異しており、正気を失いかけている状態。
腕から、結晶弾を射出する能力を持つ。

結晶弾:神中範に大ダメージ、滂沱、必殺
 結晶を弾丸をとして撃ち出す能力。非常に派手で、破壊力に長ける。

・ディール
タックの相棒を努めていた元・盗賊。
ラクダの獣種。
タックと違い怪物化はしていなかった……とのことだが、彼もまた“紅血晶”に魅入られているため、現在はどのような状態にあるかは不確定。
タックのように怪物化しているかもしれないし、人の形を保っているかもしれない。

夜色の弾丸:物超遠単に大ダメージ、封印、致命
 黒色の弾丸による射撃。弾丸は視認し辛く、消音能力が付与されている。

●フィールド
ラサ、南部。
砂漠の真ん中、丘陵地帯。街やオアシスから遠く離れた位置にある盗賊団のアジト。
砂に埋もれた古い集落をアジトとしれ利用しているため、地上から見ただけでは単なる砂漠にしか見えないだろう。
砂の下には、アジトとして利用している20ほどの家屋の遺跡が埋もれている。
タックとディールは、砂中の家屋に潜伏している可能性もある。

●情報精度
このシナリオの情報精度はBです。
依頼人の言葉や情報に嘘はありませんが、不明点もあります。

  • <昏き紅血晶>タック&ディール。或いは、砂漠の盗賊とその末路…。完了
  • GM名病み月
  • 種別通常
  • 難易度NORMAL
  • 冒険終了日時2023年02月20日 22時05分
  • 参加人数8/8人
  • 相談7日
  • 参加費100RC

参加者 : 8 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

参加者一覧(8人)

ノリア・ソーリア(p3p000062)
半透明の人魚
スティア・エイル・ヴァークライト(p3p001034)
天義の聖女
仙狸厄狩 汰磨羈(p3p002831)
陰陽式
岩倉・鈴音(p3p006119)
バアルぺオルの魔人
モカ・ビアンキーニ(p3p007999)
Pantera Nera
ルナ・ファ・ディール(p3p009526)
駆ける黒影
マリエッタ・エーレイン(p3p010534)
死血の魔女
フロイント ハイン(p3p010570)
謳う死神

リプレイ

●盗賊のアジト
 砂の下から、朽ちかけた家屋が少しだけ顔を覗かせていた。
 半壊した家屋の中は流れ込んだ砂ですっかり埋め尽くされている。
「この程度の厚さなら見とおすこともできますの」
 乾いた風の吹く空を、『半透明の人魚』ノリア・ソーリア(p3p000062)が泳ぐ。少し高い位置から地上を睥睨し、油断なく視線を左右へと走らせている。
 地上を進む『聖女頌歌』スティア・エイル・ヴァークライト(p3p001034)と目が合った。
「そちらは?」
 ノリアが問う。
「精霊さんに探って貰っているけど、人の姿も怪物の姿も、今のところ見当たらないよ」
 家屋の残骸の影に隠れるようにしながら、スティアが左右へ首を振る。砂漠の丘陵地帯には、ノリアとスティアのほかにも数名分の人影があった。
 かつては小さな集落だった砂漠の遺跡……今は砂に埋もれたこの場所は“夜色の雨”と呼ばれる盗賊たちのアジトだ。
 2人の盗賊……或いは、1体の怪物と1人の盗賊の行方を捜しイレギュラーズはこの地に訪れている。
「殺害して強奪、その末に怪物化か。正に自業自得と言うべきか」
「なんというかバケモンになっちまったら宝石もへったくれもないな。ってか、ワタシ達もバケモンに成りかねない代物の回収とは迷惑過ぎるんだわ」
 『陰陽式』仙狸厄狩 汰磨羈(p3p002831)と『タコ助の母』岩倉・鈴音(p3p006119)の索敵能力は並みじゃない。だが、やはりというか、流石というか……盗賊たちが長くアジトに使っているという砂に埋もれた集落は、傾斜も多く酷く調査が進めにくかった。
 加えて、敵は遠距離攻撃手段を持っているという情報もある。慎重さを重視すれば、歩みが遅れるのも当然と言えるだろう。
「タウロスのスナイパーなぁ。仕事ぶりを聞きゃ、そこそこ腕も立つみてぇだが」
 溜め息を零す。
『探す月影』ルナ・ファ・ディール(p3p009526)が空を見上げて、肩を竦めた。遥か高い位置には1羽の鳥がいる。集落を見下ろすようにして、ゆっくりと空を旋回している鳥の背中には『友人/死神』フロイント ハイン(p3p010570)が乗っているはずだ。
 ハインの方に動きはない。つまり、現在のところ敵の姿は見えていないし、襲撃の予兆も無いということだ。

 “夜色の雨”という名の盗賊団がいた。
 元々は4人組の盗賊だが、うち1人が“紅血晶”の影響により怪物化。仲間の1人を殺害し、もう1人は命からがらアジトからの逃走を成功させた。
 そして最後の1人もまた“紅血晶”に魅入られて、アジトに潜伏中らしい。
 状況だけを簡潔な言葉で纏めるのなら“仲間割れ”ということになるだろうか。
 元が盗賊である。仲間割れで命を落としたとしても、盗みの結果、その身が破滅を迎えるとしても何の同情も抱けない。
 けれど、しかし……。
「奪った結果の罪に、彼らはもう裁かれている。ですが、その力だけはどうにかしなければいけません」
 “紅血晶”なんて危険極まる異常な宝石をラサにばら撒く者がいる。“紅血晶”の影響で人生を狂わされた者がいる。ならば、その解決を目指すのが自分たちの役割である。『未来への葬送』マリエッタ・エーレイン(p3p010534)が、ノリアの指示に従って砂に埋もれた顔の窓から中の様子を窺った。
「……外れ、ですか」
 家屋の中には、空になった酒瓶が幾つも転がっている。
 人の姿は見えないが、そこはきっと“夜色の雨”がアジトとして使っていた廃墟の1つだろう。砂まみれの床に残った足跡は4人分。焚火の痕跡はまだ新しい。
 つい少し前、この場所で“夜色の雨”の4人はきっと仲良く酒でも飲んでいたに違いない。
 彼らの生き方は“悪党”と呼ぶにふさわしいものだっただろう。だが、彼らの間には確かな友情や仲間としての絆があった。
 “紅血晶”は、そんな当たり前の「人と人との繋がり」さえも、容易に断ち切ってしまうのだ。
 と、次の瞬間……。
 タン、と何かの爆ぜる音がマリエッタの鼓膜を震わせた。

 砂嵐が巻き起こる。
 肩から血を流したマリエッタが、踏鞴を踏んで地面に倒れた。
 狙撃されたのだ。
 発砲の音は無かった。
「いい腕だが、俺の知ってる奴はもっと上だぜ」
 銃声はせずとも、着弾位置からおよその方角は見て取れる。下半身を獅子のそれへと変えたルナが、弾丸と見紛うほどの速度で疾走を開始した。その背にはスティアが乗っている。
 その様子を見送って『Pantera Nera』モカ・ビアンキーニ(p3p007999)は肺に溜めた空気を吐いた。
 砂上に伏せたモカは右腕を前方へ伸ばし、視線を素早く周囲へ巡らす。先の狙撃は、おそらくディールという名の盗賊の手によるものだ。
 もう1人……怪物と化したタックの姿は未だ見えない。
「悪人の末路としては因果応報だな」
 姿を見せたその時が、タックの最後だ。
 舌で唇を湿らせて、モカはそう呟いた。

●タック&ディール
 撃たれた。
 そのことに気が付いた瞬間、マリエッタは蓄積していた魔力を放つ。魔力を孕んだ暴風が、砂を巻き上げ砂塵と化した。
 砂嵐を壁とすれば、狙撃の精度も多少は落ちるはずである。
 だが、砂塵が成長し切るより先に2発目の弾丸がマリエッタの脇腹を射貫いた。腹を押さえて地面に倒れる。
 さらに追加の砂嵐を起そうとして、マリエッタの手が止まった。
 魔力が練れない。
 舌打ちを零したマリエッタは、転がるようにして家屋の影へと跳び込んだ。
 起こした砂嵐は、もう暫く消えないだろう。きっと今頃、追撃に備えた仲間たちが“壁”として活用してくれているはずだ。
「っ……やはり厄介ですね」
 口から吐いた血を拭い、マリエッタは呼吸を整える。
 それから、周囲へ視線を巡らせ……。
「見つけた」
 マリエッタの視線の先には、砂に埋もれた家屋があった。窓らしき隙間の奥には、爛々とした赤い輝き。“紅血晶”の輝きか、或いは変質したタックの瞳の輝きか。
 その輝きから目を離せない。
 それほどに魅力的で、怪しい輝きだったのだ。
「奪わせてもらいます。その、紅血晶」
 腹から溢れる血を鎌の形へと変えて、マリエッタは駆けだした。

 紅色の結晶が家屋の壁を撃ち砕く。
 周囲の砂を巻き込みながら放たれたタックの銃撃は、辺りに爆音を響かせる。砲弾のような破壊力。タックから距離が離れるにつれて結晶弾が拡散する。
 散弾、と呼ぶべきだろう。
 タックが獲物と定めたのはマリエッタだ。けれど、タックの結晶弾はマリエッタへと届かない。
 大雨か、或いは滝か。
 空から降り注ぐ膨大な量の水塊が、結晶弾を受け止めた。
「わたしを傷つければ傷つけるほど、水の【棘】があなたを傷つけますの」
 水の中にはノリアがいた。
 結晶弾に撃たれ、ノリアは傷を負ったのだろう。溢れた血が水を赤く染め上げる。
 水を纏ったノリアが泳ぐ。
 川が迫って来るようだ。再び、タックは結晶弾を撃ち出した。結晶弾がノリアの纏う水を穿つ。それと同時に飛び散った水がタックの体を刺し貫いた。
 纏った水ごとノリアが家屋の中へ跳び込む。
 タックは木箱を胸に抱えて、家屋の中から飛び出した。
「紅血晶を寄越すですの」
 ノリアの後頭部へ向け、タックが腕を差し向けた。紅色の決勝に覆われた歪な腕だ。
「くれてやるわきゃ、ねぇぇぇぇだろうが!」
 ギシ、と何かの軋む音。
 掌にある砲口の中で、結晶弾が形成された音だろう。
 轟音と共に結晶弾が放たれる。
 それより速く、マリエッタの振るった鎌がタックの指を斬り裂いた。

 仲間割れしているとはいえ、タックとディールは元々仲間だ。長く苦楽を共にして、多くの悪事に身を染めて来た悪友だ。
 それゆえか、共に正気を失いかけている今でも無意識のうちに多少の連携は取れる。理性ではなく、身体に染み付いた習慣として。例えば、ディールがマリエッタを狙撃した瞬間、タックはマリエッタを獲物と定めた。
 例えばタックが散弾を撃って、辺りに騒音を撒き散らした瞬間、ディールは素早く潜伏場所を移動した。
「あぁ!? んだこりゃ、いねぇぞ!」
「もう逃げたの? とにかく姿を確認しないと!」
 絶えず移動を続けて、潜伏場所を敵に悟らせないというのは狙撃手の鉄則である。つい先ほどまでディールが隠れていたであろう家屋の中を覗き込み、ルナとスティアは目を丸くした。
 いつの間に移動したのか。
 どこへ逃げたのか。
 ルナとスティアが潜伏場所へ辿り着くまで、そう長い時間はかかっていない。瞬間移動の能力でも持っていない限り、ディールはまだ近くにいるはずだ。
「どうするの?」
 立ち尽くしていては良い的だ。
 スティアはルナの背中を押して、家屋の中へと跳び込んだ。
 窓から外を覗きながら、スティアは問う。 
「狩るぜ。俺の五感と足から逃げられると思うなよ?」
 牙を剥き出しにしたルナは、怒りも顕わにそう吠えた。

 身を隠したディールと違って、タックは姿を隠さない。
 抱えた木箱が……“紅血晶”がよほどに大切なのだろう。左腕で木箱を抱え、右の腕を振り回すようにして周囲に弾丸をばら撒き続ける。
「頭の上がお留守だね。奇襲には持ってこいだ」
 砂上を駆けるタックの姿を見下ろして、ハインは鳥の背から跳び下りた。
 重力に引かれて、ハインの体が落下する。
 魔力を纏っての超加速。
 タックの銃撃に合わせての奇襲だ。ハインの気配は、タック自身の起こした銃声が掻き消した。
 流星のようだ。
 魔力の軌跡が、空にひと筋のラインを刻む。
 一条の星が落ちるように、ハインは体ごとタックへとぶつかる。頭部への不意の一撃を受け、タックが大きくよろめいた。
 その腕から木箱が落ちる。
 タックは迷うことなく木箱へ跳びついた。ハインのことなど、既に眼中にないようだ。よほどに木箱が大切なのだ。
 だからハインは、地面を這うようにしてタックの眼前へ回り込む。
 伸ばされたタックの腕を杖の一撃で打ち払い、口元に笑みを浮かべて見せる。
「行かせないよ」
 挑発だ。
 両の腕を前方へ翳し、タックは怒号を放つのだった。

 タックとハインが同時に後ろへ吹き飛んだ。
 至近距離で結晶弾を放ったことによる反動だろう。ハインの体はノリアが咄嗟に受け止めて、タックはそのまま砂の上を転がっていく。
 怪物化したことで、身体能力も多少は上昇しているのだろう。ラクダの四肢で砂を踏み締め、体勢を整えたタックはそのまま数歩、後ろへ下がった。
 銃撃を仕掛けるにあたって、必要な射程を確保するためだ。
 だが、何かに気付いたかのよういタックは慌てて足を止める。
「生憎だが、狙撃兵を後退させるつもりは無いぞ?」
 タックの背中を、背中のコブを斬り裂いたのは汰磨羈の振るう刀である。
 血飛沫の飛び散る中、汰磨羈は刀を担ぐようにして姿勢を低くして疾走。前方へ突き出された腕の下を潜るようにして肉薄。
 景色が揺らいだ。
 汰磨羈の担ぐ刀から焔が飛び散った。まるで風に舞う花弁のようだ。
 一閃。
 タックの脚の1本を、一刀のもとに斬り捨てて汰磨羈は転がるようにその場から距離を取る。先ほどまで汰磨羈がいた位置に、無数の結晶弾が着弾。
 砂埃が舞い散る。
 砂埃の舞う中を鈴音が駆ける。
 マリエッタの起こした砂嵐を迂回し、タックの死角まで接近していたのだ。
「さっさと倒して紅血晶ぶんどるぞ」
 左手には魔導書。
 右の手には魔力の光。
 鈴音が腕を差し向けたのは、タックの足元。滴る血を目で追うようにして、鈴音が腕を一閃させた。
 ギシ、とタックの手の中で結晶の軋む音がした。
 瞬間、鈴音は地面に倒れた。
 鈴音の胸や額を掠め、結晶弾が飛んでいく。血飛沫が散った。鈴音は片手を地面に叩きつける。
 鈴音の額から血が飛び散った。
 顔面を真っ赤に濡らしながら、鈴音は笑う。
「足が止まれば囲んでボコしたるわ~」
 タックの足元で砂が蠢く。
 熱い砂が、ごく小規模な砂嵐がタックの脚を絡めとり、その動きを阻害する。
 身動きが取れなくなったタックの背後から、汰磨羈とマリエッタが迫った。
「怪物化したらもう助からぬというのなら、介錯によって楽にしてやろう。人として生まれたのなら、せめて人として死ぬがいい」
 汰磨羈が告げて、刀を掲げる。
 けれど、しかし……。
 次の瞬間、2人の腹部で血が爆ぜる。
「え……?」
「狙、撃……っ!?」
 踏鞴を踏んで2人が砂の上へと転ぶ。タックの両腕がマリエッタと汰磨羈へ差し向けられた。ノリアとハインが2人を庇うように前へ飛び出して、2人の代わりに結晶弾をその身に浴びた。

 砂嵐が掻き消える。
 砂粒で景色が霞んで見えた。
 棒立ちになったタックの姿がそこにある。
 ゆっくり、細く吐息を吐いて……モカはピタリと唇を閉じた。
 銃声。
 火花が散って、硝煙の臭いが周囲に飛び散る。
 放たれた銃弾は砂漠を疾駆し、タックの側頭部を射貫く。
 血も脳漿も、頭蓋の欠片さえも飛び散ることは無かった。ただ紅色の結晶だけが砂漠に散った。
 しばらくの間、タックはそのまま砂漠に立ち尽くしていた。
 そして、やがて……糸の切れた人形のように、怪物は砂の上へと倒れる。
 それっきり、タックはピクリとも動かない。
「狙撃なんて久しぶりだな。この世界に召喚される前以来か」
 砂色のフードを脱いで、モカはそう呟いた。

●ある男たちの不運
 汰磨羈とマリエッタが撃たれた。
 撃ったのはディールだ。
 ディールの潜伏場所へ向かったルナとスティアは、顔の半分を結晶に覆われた男と対面する。その男こそ、顔を涙で濡らす男こそディールである。
「これが私の全力の一撃だよ!」
 スティアは口の中で呪文を転がした。
 手にした本から魔力が溢れ、火炎が辺りに飛び散った。
 炎の花弁は、魔力の流れに沿って一斉にディールを襲う。ディールは逃げない。ライフルに次の弾丸を込め、その狙いをスティアへ定めた。
 放たれた弾丸は、狙い違わずスティアの腹部を撃ち抜いた。
 直後、スティアの放った火炎がディールを飲み込む。
 身体を燃やす炎を消すべく、ディールは砂の上を転がる。
「よぅ、お仲間さん。奇遇だな、俺もラサのタウロスでな、ルナ・ファ・ディールっつーんだよ。武器も最近はこいつに世話になっててな。気が合うもんだ」
 その眼前に辿り着き、ルナはライフルを構えた。
 それと同時に、ディールもまたルナの喉へライフルの銃口を向ける。
「ンなわけでな。さっさと死んでくれや。同じディールの名前を背負って、しかもタウロスのオマエが、このラサでだせぇ生き方されたんじゃ、部族の名前が汚れんだよ」
「死ぬのはてめぇだ。タックを殺りやがって! てめぇら皆、俺が撃ち殺してやる!」
 酷い火傷だ。
 火傷と涙と結晶で、ディールの顔がぐちゃぐちゃだ。
 理性を失いかけたディールの瞳からは、怒りと悲しみの感情が滲む。
「待って待って」
 引き金を引こうとしたルナを制止し、スティアがディールへ近づいていく。腹部を抑えたスティアの右手からは、淡い燐光が飛び散っていた。
 燐光が、スティアの腹の傷を癒す。
「ねぇ、犯した罪は消えないけど、償うなら助けてあげたいんだけど」
 努めて明るくスティアは問う。
 そうしながら、スティアは唇を噛み締めた。
 ディールの答えが分かっていたから。
 ディールの手は震えている。ディールの構えたライフルに、次の弾丸は込められていない。
 ルナの速度に対応できるほど、ディールのリロードは速くなかった。
「……お断りだ。俺ぁ悪党だぞ! 命乞いなんて散々聞いて、散々無視して来た悪党だぞ!」
 口の端から泡を零してディールは怒鳴る。
 そもそも、ディールはタックを助けようとするべきではなかった。怪物になったタックのことなんて見殺しにして、逃げるか、隙をついてディールやスティアを撃つべきだった。
 それをしなかったのは、未だに彼がタックを仲間と思っていたという証拠だろう。
「悪党は悪党らしく死ぬのがせめもの矜持だろうが! 悪態吐きながら、藻掻いて苦しみながら死ぬのが悪党の末路だろうが! タックが逃げたか!? あぁ? 逃げなかっただろう? てめぇらぶっ殺してやろうとしてただろ!」
 怒鳴りながら、ディールはライフルを振り上げた。
 それでルナを殴りつけようとしたのだろう。
 スティアはそれっきり、何も告げずに踵を返す。
 スティアの背後で銃声が鳴って、ディールの悪態がピタリと止まった。

「えー、宝石は全部で23個か。ねー、木箱のなかに宝石は何個ありましたか?」
 タックの遺体へ視線を向けて鈴音が問うた。
 当然、タックからの返事は無い。
「このラサに大きな変動を与え、それどころか変異まで」
 腹部を押さえたマリエッタが呟く。
 木箱の中には紅色の宝石が、ぎっしりと詰め込まれている。
 ぬらり、と血のように輝いて見える宝石から不思議と視線が離せない。
「この石……わたしたちまで、狂ってしまったりは、しないのでしょうか……!?」
 宝石に見入るマリエッタを引き摺って、ノリアがその場から離れていった。

 墓標代わりのライフルが2丁、砂漠に突き立っていた。
「死ななければ然るべき場所へ連れて行くつもりだったけど……まぁ、あなた達にはお似合いの末路だったのかもしれないね」
 なんて。
 タックとディールの墓へ向かって、モカは言葉を投げたのだった。
 


成否

成功

MVP

岩倉・鈴音(p3p006119)
バアルぺオルの魔人

状態異常

ノリア・ソーリア(p3p000062)[重傷]
半透明の人魚
マリエッタ・エーレイン(p3p010534)[重傷]
死血の魔女
フロイント ハイン(p3p010570)[重傷]
謳う死神

あとがき

お疲れ様です。
タック&ディールは討伐され、紅血晶は回収されました。
依頼は成功となります。

この度はご参加いただき、ありがとうございました。
縁があればまた別の依頼でお会いしましょう。

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