シナリオ詳細
<昏き紅血晶>灰色の武器商人。或いは、吸血鬼ハンターとブラック・マーケットの惨劇…。
オープニング
●オアシスのブラック・マーケット
ラサ。
ティーネ領から馬車で1日ほど走った砂漠のオアシスに、密やかな市場が開かれている。
公的には“存在しないもの”とされている、所謂ブラック・マーケットの類である。当然、そこで商売している商人も、商人から品物を買い漁る者たちも、脛に傷を持つ輩が多い。
当然、そこで売買される“商品”に関してもだ。
そんなブラック・マーケットの片隅に灰色のテントが立っていた。
表に商品を並べることもしていないし、看板の類も出ていない。傍から見れば、単なる旅人のテントのようにも見えるだろうか。
だが、そこは確かに“商店”だった。
「はぁ……吸血鬼を殺るのにちょうどいい武器ですかい?」
暗いテントの内側で、声を潜めて言葉を交わす男が2人。片や灰色のコートを着込んだ、顔に傷のある男。
「おぉ、お前さんの売ってる“対吸血鬼用討伐セット”にゃ世話になってるんだがな……どうにも吸血鬼連中も“血に飢えた怪物”ばかりじゃないらしい」
もう1人は、黒いコートを身に纏う禿頭の男性だ。
「先日、ティーネ領に向かった俺の仲間たちと連絡が取れなくなっちまった」
疲れたような顔をして、禿頭の男は懐から硬貨の詰まった皮の袋を取り出した。
男の手から皮の袋を受け取って、灰色コートの男は頬を歪に歪めた。不気味な笑顔だ。10人が見れば10人が「悪辣だ」と判断する類の、嫌な笑顔というやつである。
「随分と大金を積みますね」
「お前さんから買った“対吸血鬼用討伐セット”のおかげで、かなり稼がせてもらったからな。まぁ、礼も兼ねて少し色を付けてあると思ってくれや」
「ははぁ、なるほど。そういうことなら、こちらも適当な品は売れませんね。でしたら……」
灰色コートの商人は、椅子にしていた木箱から布の包みを取り出した。
布の中身は、血のように紅く輝く宝石だ。
「これは?」
禿頭の男が問う。
その目はまっすぐ、商人の手元に向いている。
怪しくも美しい輝きから、目が離せないでいるのだ。
「これは“紅血晶”という宝石ですよ。ここ最近、商人たちが買い漁っているんですがね……何でも、お貴族様方は恋人へのプロポーズやプレゼントに使っているそうですが、まったく価値が分かっていない」
“紅血晶”を禿頭の男へ手渡して、灰色商人は声を潜めた。
囁くように、彼は言う。
「大きな声じゃ言えないんですがね……こいつは何も奇麗なだけの石じゃない。錬金術たちが造り上げた、持ち主に“大いなる力”を与えるって優れものです」
どうぞお持ちになってください。
商人に促されるままに、禿頭の男は“紅血晶”を両手で握った。
彼はすっかり、この世のものとは思えぬほどに美しい紅色の宝石に魅入られてしまったのである。
●吸血鬼を狩る者
「“紅血晶”は何も奇麗なだけの石じゃあないんっすよ。手にした者は徐々に姿を変え怪物になる……なんて噂を耳にしたことがあるかも知れないっすけど、それは事実っす」
ティーネ領のとある屋敷。
夜分遅くに突然訪ねて来たイフタフ・ヤー・シムシム(p3n000231)の語る話に耳を傾け、エルス・ティーネ(p3p007325)は、眉間に深い皺を刻んだ。
イフタフの話に出て来た“灰色コートの武器商人”と“吸血鬼ハンター”という単語に覚えがあったからだ。
先日、エルスの領地で“吸血鬼ハンター”たちが騒ぎを起こした。その際、“灰色コートの武器商人”が騒動に関与していたという報告も聞いている。
「灰色コートの武器商人……グレイ・Dと呼ばれている男っすね。ここから馬車で1日ほど進んだ場所にあるオアシスのブラック・マーケットにそいつが姿を現しました」
イフタフの調査によると、ブラック・マーケットにてグレイ・Dは大勢のならず者たちに“紅血晶”を売り捌いたとされている。
その結果がどうなったか。
ここまでの話の流れから、エルスにはおよその予想が付いていた。
「被害はどうなっているのかしら?」
エルスは問うた。
「……“紅血晶”によって怪物と化したのが1人。犠牲者は20人を超えました。全身の血を抜かれ、ミイラと化した無残な姿の遺体が、オアシスに今も転がっているはずっすよ」
“紅血晶”により変じた怪物を、イフタフたちは晶獣(キレスファルゥ)と呼称している。
オアシスのブラック・マーケットに現れた晶獣は、血色の結晶で出来た人狼のような姿をしているそうだ。そして、その攻撃には【滂沱】や【無常】が伴い、嬉々として獲物の血を啜るという。
「全身の血を抜かれた遺体ね。ティーネ領で発見された遺体と特徴は一致しているわ」
「でしょうね。もしかするとグレイ・Dは、元々はティーネ領で“紅血晶”を流通させるつもりだったのかも……?」
だが、その前段階でグレイ・Dの計画は頓挫した。
エルスをはじめとしたイレギュラーズが、ティーネ領で活動していた吸血鬼ハンターたちを一掃したためだ。そこでグレイ・Dは急遽計画を変更し、ブラック・マーケットに活動の拠点を移した。
「今回、“紅血晶”を買ったのは荒事を生業とする輩っす。より強い武器を、力を得ようとした結果、身を滅ぼしたってところっすかね」
「過分な力を求めた者の末路よね。妥当な結末……と言えばその通りかもしれないけれど、知ってしまったからには放置しておけないわ」
「そう言うと思って報告に来たっす。まぁ、エルスさんも忙しいと思いますし、正式なローレットからの依頼っすからね。エルスさん以外の人にも報告はしてますけど」
オアシスのブラック・マーケット……既に“跡地”だが……にいるターゲットは2人。1人と1体、というべきか。晶獣と化した男と、グレイ・Dだ。
「敵の数は少ないっすけど、楽な仕事じゃないかもっす。グレイ・Dは【重圧】【封印】【退化】を伴う魔術を行使するとか」
20人もの人間が、晶獣に襲われ命を落としたのはグレイ・Dの協力があってこそである。
「それにしても惨い話っすよね。晶獣にはおぼろげながら自我のようなものが残っているとかで……“吸血鬼”がどうとか、“狩る”とか“金”とか、うわごとみたいにそんな言葉を繰り返しているとか」
- <昏き紅血晶>灰色の武器商人。或いは、吸血鬼ハンターとブラック・マーケットの惨劇…。完了
- GM名病み月
- 種別通常
- 難易度NORMAL
- 冒険終了日時2023年02月14日 20時30分
- 参加人数8/8人
- 相談7日
- 参加費100RC
参加者 : 8 人
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参加者一覧(8人)
リプレイ
●オアシスのブラックマーケット
ラサ。
ティーネ領から、馬車で1日ほど進んだ場所に人の寄らぬオアシスがあった。
と、言っても「人が寄らない」というのはあくまで表向きの話であって、実際のところは脛に傷持つ商人や、都市の市場に顔を出せないならず者が、時に異常なほどの安値で、時に異常なほどに高価で、武器や薬や食糧などを取引しているブラックマーケットがあった。
“あった”……過去の話だ。
悪党どもで賑わっていたブラックマーケットは、今や静寂に満ちている。
天幕や小屋が地面に倒れ、オアシスの周囲には折り重なるようにして乾いた遺体が転がっている。全身の血を吸い尽くされた奇怪な遺体だ。
それから、鼻腔を擽るスパイスの臭い……殺戮の過程で、売り物がぶちまけられたのだろう。
「紅血晶って、一体なんなのでしょう。宝石が、バケモノを作る……ニルは、それがなんだかとってもいやなのです」
乾いた遺体を見下ろして、『陽だまりに佇んで』ニル(p3p009185)は今にも泣き出しそうな顔をした。
遺体の傍には黒い木箱の残骸が散らばっている。木箱の中身は、十字架に聖水、白木の杭と木槌といった“対吸血鬼用討伐セット”だ。
イレギュラーズの眼前に広がる惨状は、1人の商人の手により引き起こされたものだと予想されている。その男の名はグレイ・D。『デザート・プリンセス』エルス・ティーネ(p3p007325)の治めるティーネ領にて、以前に騒ぎを起こした怪しい商人である。
“対吸血鬼用討伐セット”は、グレイ・Dがならず者たちに売り捌いていたものだ。
つまり、乾いた遺体となった者の中には、吸血鬼ハンターも含まれていたということである。
「ミラーカさんの件で明らかになった吸血鬼ハンター……その関係者が今回件の宝石を手にしてしまった、と」
ブラックマーケットの被害者も吸血鬼ハンター。そして、惨状を作り出した者も、吸血鬼ハンターなのである。
エルスの零した言葉を聞いて、『守護者』水月・鏡禍(p3p008354)が露骨な嫌悪を顔に出す。口から鼻を手で覆って、スパイスを吸い込まないようにしながら鏡禍は視線を巡らせた。
血を吸い尽くされて乾いた遺体と聞けば、古い物語に出て来る“吸血鬼の犠牲者たち”の姿を想起させるだろう。元吸血鬼ハンターが起こした凶行としては、あまりにも出来過ぎている。
「狩る側が狩られる側の姿になってどうするのかって話ですよ。力に飲まれるとろくなことにならないですね」
「えぇ、本当に。厄介に厄介が重なってくるわね……とにかく対処しないとだわ」
「だが、どうする? ハンターの方は完全に駒にされたみたいだから楽にしてやるとして……武器商人が厄介そうだ」
元吸血鬼ハンターと、灰色の武器商人。
今回、イレギュラーズが警戒しなければならない敵は以上の2人だけだ。とはいえ、オアシスの周囲にはどちらの姿も見当たらない。『永炎勇狼』ウェール=ナイトボート(p3p000561)が鼻を鳴らすが、ばら撒かれた香辛料の臭いのせいで、2人の居場所に検討を付けることさえ出来そうになかった。
例えば、今この瞬間もイレギュラーズの様子を監視している者がいるとして……。
その居所を探れないという状況は、なかなかどうして気が抜けない。
馬車の影に、遺体が1つ、転がっていた。
死因は胸部への一撃。背後から肉と骨を穿たれて、心臓を潰されている。
「……吸血鬼でも普通ここまでは吸わん。それと、ばら撒かれている香辛料はもしかしてニンニク粉末か?」
遺体を見下ろし『Legend of Asgar』シャルロット・D・アヴァローナ(p3p002897)は首を傾げた。
「ロケーション的に隠れる場所に事欠かないうえ、スパイスぶちまけて匂いでの追跡を
妨害したのでしょうか。知恵を使う敵は厄介です」
遺体を検分する手を止めて、『遺言代行業』志屍 瑠璃(p3p000416)はシャルロットの言葉に同意を示す。
話によれば、元吸血鬼ハンターの男は、今ではすっかり人狼じみた怪物に変わっているらしい。理性を失った獣が、臭いを消して追跡や索敵を妨げるという手法を思いつくだろうか。
おそらく、香辛料をぶちまけたのはグレイ・Dの方だろう。
「毒って可能性もある。ここはブラックマーケットだろ? 例えば……非合法の薬物って線もあるんじゃねぇか?」
馬車から顔を覗かせ、『蛇喰らい』バクルド・アルティア・ホルスウィング(p3p001219)がそんなことを口にする。バクルドの手には、ラベルの無い薬瓶とオイルランプが握られていた。
「……何にせよずっと吸いたかねえな」
鼻と口とを手で覆い、バクルドは馬車の上へと視線を向けた。
高い位置から周囲の様子を窺っていた『未来への葬送』マリエッタ・エーレイン(p3p010534)が、ひとつ首肯し頭上へ両の手を翳す。
マリエッタの手を中心に、魔力が踊り、周囲に風を巻き起こす。
最初は弱く、次第に強く、勢いを増し、辺りの砂を巻き込みながら渦を巻く魔力の奔流が、大規模な砂嵐となるのに、そう長い時間はかからなかった。
●吸血鬼ハンターとその末路
ごうごうと体全体を揺さぶるような相応を立て、辺りに砂塵が吹き荒れる。
砂と暴風に巻き込まれ、次第に周囲のスパイスの臭いが薄まった。
砂嵐の騒音が、よほどに煩かったのだろう。とある家屋の残骸の下で、人狼がふと目を覚ました。寝起きに口の周りを舐めて、張り付いていた血を拭い、それから彼はオアシスの方へ視線を向ける。
「……吸血鬼」
果たして、その呟きは誰を指して零したものか。
物音を立てないように、ゆっくりと、けれど迅速に……今や人狼の怪物と化した、元吸血鬼ハンターは、狩りに出かけることにした。
ニルの前には、幾つもの遺体が並べられていた。
10人分の乾いた遺体だ。
元の人相さえも分からぬ、全身の血を抜かれた遺体だ。
見開かれたままの目を、ニルがそっと閉じさせる。
「ひどいのです……あとでちゃんと、埋葬してあげたいのです」
彼らは悪人だったのかもしれない。
因果応報と言うべき末路なのかもしれない。
けれど、哀れな遺体をこのまま、砂漠に放置しておくことはしたくないと。そんなことをニルは思った。
オアシスの畔で、鏡禍が虚空へ問いかける。
「あなたを殺した存在はどこですか?」
鏡禍の目には、男たちが見えていた。ある者は商人らしい服装を、ある者はまるで浮浪者のようで、またある者は体に幾つもの傷がある傭兵のようだ。
半透明の姿から、吹けば消えるような朧な存在感から、彼らが霊であることが分かる。
口を動かし、彼らは何かを伝えようとしているらしい。鏡禍は相槌を打ちながら、霊の声に耳を傾けている。
「狩りを終えて……休んでいる、ですか? えぇっと、それはどこで?」
残念ながら、霊たちはグレイ・Dのことを知らなかった。だが、血晶人狼についてはよく知っていた。彼らを殺したのは、人狼で間違いないようだ。
霊たちは、一斉にオアシスから少し離れた家屋の方を……鏡禍の背後を指さした。
背後を振り向いた鏡禍の視界に、エルスとシャルロットの姿が移る。2人はどうやら、建物の残骸を調べようとしているのだろう。
「……っ!? 2人とも退がって!」
静かなオアシスに、鏡禍の叫びが響き渡った。
鏡禍が異変に気が付いたのとほぼ同時刻。
ウェールの使役していた鼠が、突如としてその消息を立った。
「……あ? なんだ?」
違和感があった。
ウェールは、空を飛ばせていた鴉を先ほどまで鼠のいた辺りへと飛ばす。
鴉を追って近づいてきた2羽の小鳥は、ニルの使役しているものだ。都合3羽の鳥が旋回しながら高度を落とす。
鷹いい位置から見下ろす視界に、エルスとシャルロットの姿があった。
と、その時だ……。
「2人とも退がって!」
鏡禍の声がオアシスに響く。
エルスとシャルロットが足を止めるのと同時に、家屋の残骸がガタリと動いた。まず見えたのは、赤い結晶に覆われた歪なほどに長い腕だ。
鋭い爪には乾いた血がこびりついている。
「見つけた! 野郎、隙を伺っていやがった!」
血に飢えた獣のような見た目で、その実、優秀な狩人なのだ。
家屋の残骸を弾き飛ばして、紅血晶の人狼が駆ける。
低い姿勢で、四肢で地面を踏み締めて、弾丸のような速度で走る。
鋭い爪を振りかぶり、狙うはシャルロットの首だ。
一閃。
鮮血が砂漠に飛び散った。
ウェールが放った矢の一撃を、人狼はゆらりと身を捻って回避した。
「吸血鬼ハンターが吸血鬼……いやそれ以下の獣になりさがるとは無様ね」
血飛沫と共に剣が閃く。
人狼の脇腹に裂傷が走り、悲鳴をあげて後ろへ跳んだ。
浅い……否、咄嗟に後ろへ跳ぶことで、人狼は致命傷を避けたのだ。
肩から胸にかけてを血に染めたシャルロットは、剣を身体の前に構えて前進。一瞬で距離を詰めると、2度目の斬撃を見舞う。
姿勢を低くし、人狼はシャルロットの剣を回避した。
野生の勘か、それとも目がいいのか。
「あなたがハンターね!? 晶獣になんて変えられて……吸血鬼に何の思い入れがあってここまでになっちゃったって言うの??」
カウンターを受け、シャルロットがよろめいた。
追撃を加えるべく人狼が牙を剥き出しにするが、その眼前にエルスが大鎌を差し込んだ。牙と鎌とがぶつかって、硬質な音が鳴り響いた。
エルスが鎌を振り抜くと、人狼の周囲に赤い魔法陣が展開される。魔法陣から伸びた血のように紅い鎖が、その爪や牙に巻き付いた。
流れる血が止まらない。
シャルロットの肩を伝って流れる血は、彼女の持つ剣までを真っ赤に濡らしていた。
その肩にそっと、マリエッタが手を触れた。
淡い燐光が、シャルロットの傷を癒して血を止める。
流れたシャルロットの血を指で掬うと、まるで血が意思を持つかのようにマリエッタの後についていく。
「私が引き付けます。その隙に……」
そう言い残して、マリエッタが前に出た。
後退するエルスと軽く手を打ち合わせながら、人狼の眼前へと躍り出ると、血で形成した大鎌を構える。
手足に鎖を巻き付けたまま、人狼は唸り声をあげた。
「……金、金、金ぇっ!」
咆哮をあげて人狼が駆けた。
マリエッタは振り回される腕や爪を大鎌でいなし、くるくると踊るようにステップを踏んで回避した。
「ちょっと忙しいですが……」
「大丈夫よ! すぐに終わらせるわ!」
「獣か……うわ言からすると、こやつだけは本気でハンターをしていたのだろうな」
人狼の背後を取るように、エルスとシャルロットが移動する。
縦横に暴れ回る人狼を見て、鏡禍とニルは息を呑んだ。
「吸血鬼ハンターという割に、やってることが吸血鬼のそれじゃないですか。もうあなたが吸血鬼ですよ」
「もともとはひとだったはずなのに……声、届かないのですね」
うわごとのように同じ言葉を繰り返し、血を求めて暴れ続けるその姿は、到底元人間の所業には見えない。
2人が戦線へと加わろうとした、その直後……。
「う……おぉっ!」
2人の前に、傷だらけのバクルドが倒れ込んで来た。
時刻は少し巻き戻る。
人狼とイレギュラーズとの戦闘が開始された直後、コソコソと動き始めた者がいた。
「おぉ、怖い怖い。まったく、同じところに長居するもんじゃないな」
背中に大きな鞄を背負った、灰色コートの男……グレイ・Dである。
人狼の意識がイレギュラーズへ向いているうちに、オアシスから逃げ出そうという心算なのだろう。
「あぁも見境なしな怪物になるか。それでも人は紅血晶を求めるか」
くっくと声を潜めて笑うグレイ・Dだが、不意に笑顔を凍り付かせた。
「怪しい動きをしている者がいると思えば……貴方がグレイ・Dですね?」
「なるほどな。「お前さんが怪しげな石っころを売ってるやつか、とりあえずお前さんを逃がす道理はねえな」
グレイ・Dの目の前に、瑠璃とバクルドが立っていた。
瑠璃の足元には1匹の蛇……グレイ・Dはその蛇に見覚えがあった。砂漠のオアシスに蛇の1匹や2匹が生息している程度、気にも留めていなかったのだ、どうやら蛇は瑠璃に使役されていたらしい。
内心で舌打ちを零しながら、グレイ・Dは努めて淡々とした言葉を紡ぐ。
「たしかに俺がグレイ・Dだが……なんだってそんな怖い顔をしてんだい? 俺ぁ、ただの商人さ。怪物に殺られちゃたまらねぇんで、逃げようとしてるだけなんだが……」
「魔物狩人が魔物に墜ちる。よくある話といえばそれまでですが」
今度こそ舌打ちが零れた。
単なる商人として振舞おうとしたが、どうやら瑠璃は人狼とグレイ・Dの関係を知っているらしい。
「つまり、お前さんさえどうにかできりゃ、これ以上お前さん絡みで晶獣が増えるこたァねえな」
バクルドが背からライフルを降ろす。
だが、それを構えるより先にバクルドの足元で、彼の影が蠢いた。
「っ!?」
咄嗟に瑠璃が跳躍し、バクルドから距離を取る。
それと同時に、転がっていたミイラを持ち上げ盾にした。瑠璃の目には、バクルドの足元から湧き上がる影の軌道が見えていたのだ。
蠢いた影がバクルドの脚を這いあがり、彼の身体に巻き付いた。
骨が軋む。
思わず、銃を取り落とす。
バクルドの顔面を、蠢く影が打ち据える。
●吸血鬼騒動の顛末
爪が、牙が、鏡禍の頬や肩を裂く。
流れた血で半身を朱色に染めながらも、鏡禍はその場を動かない。
冷たい目で人狼を見据え、彼は囁くように告げた。
「倒れませんよ。僕の方が打たれ強いですから」
傷は決して浅くはない。
だが、意識は失わない。
右へ、左へ、人狼の視線が揺れる。周囲に展開された鏡が、人狼の集中力を搔き乱す。
本能的な恐怖によるものか、鏡に映る人狼や鏡禍の姿に不気味さを感じたのか。人狼はその場で腰をかがめた。
地面を蹴って、遥か後方へ跳び退る。
そのつもり、だったのだろう。
だが、人狼はその場を離れられなかった。ウェールの射った矢が、人狼の足首を撃ち抜いたのだ。
体勢を崩す人狼の背後へ、シャルロットが迫る。
突き出される剣を、腕を振って打ち払う。
爪の先が砕け、紅色の結晶が散った。
横合いから駆け込んできたエルスが大鎌を振るう。
斬撃……人狼の腕が肩の位置から切断された。
「混沌において我らの同胞を狩る目的はなんだ? いや……もう答えられまいな」
激痛に叫ぶ人狼。
その胸部を、背後からシャルロットの剣が刺し貫いた。
砂漠の砂が、泥へと変わる。
「グレイ・D様はなんのために紅血晶を広めているの? 晶獣になっていないのはなぜ?」
砂を泥へと変えたのはニルだ。
グレイ・Dの視覚に回り込むようにしながら、行動を阻害し続ける。
展開された影が、まるで意思を持つみたいにニルを襲う。
だが、影がニルの体を貫くより先に、瑠璃の投げた闇色の苦無が影を射貫いて軌道を逸らした。
ニルが逃げる。
グレイ・Dの目がニルを追う。
視界の隅に、ライフルを構えたバクルドが見えた。
「人を撃つのか! 化け物を放っておいて、人を撃つのか!?」
思わず、グレイ・Dが叫んだ。
「人を食いモンにするぐれえだ、お前もある種の吸血鬼みたいなもんだろ?」
淡々とバクルドは言葉を返し、ライフルの引き金を引いた。
弾丸は、咄嗟に影でガードした。
だが、衝撃までは殺しきれずに、グレイ・Dの脳が揺れた。
意識が朦朧とする。
逃げなければ、いずれやられる。
1歩、2歩、3歩と泥の中を這いずるようにグレイ・Dが前へ進む。
「え……!? あの、そっちは」
悲鳴のようなニルの声。
ニルの声を無視し、グレイ・Dは手を伸ばす。
助けを求めるように前へ……けれど、しかし、そこにいたのは怪物だった。
怪物……人狼の喉を掻き切るべく、瑠璃が走った。
瑠璃の短刀が、人狼の喉を切り裂くよりも一瞬早く、鋭い牙がグレイ・Dの喉笛を食いちぎったのだった。
「逃げられた……と、言うべきでしょうか」
そう呟いた瑠璃の前には2つの遺体。片方は人狼と化した吸血鬼ハンター。もう片方は、紅血晶を売り歩いていた商人だ。
短刀を鞘へ仕舞って、瑠璃は人狼の遺体を横へと傾ける。
その懐から、紅色の宝石が落ちた。
「結晶……グレイ・Dの知識は誰からのものだったのでしょう?」
持ち主を怪物へ変えるという“紅血晶”。
触れることが躊躇われるのか、マリエッタはそれを遠巻きに見下ろしている。
だから……というわけでもないだろうが、ウェールが代わりに宝石を拾い上げる。
「平気、なんですか?」
瑠璃が問うた。
ウェールは口元に苦い笑みを浮かべると「どうかな」と、短い言葉を返した。
「大事な息子がいたんだよ。それに比べれば、こんなものはきれいな石っころにしか見えない」
「私の世界では吸血鬼に天敵は少なかったと言うか居ないも同然だったのだけれど、ここには様々な吸血鬼が集まると共に、その吸血鬼を恐れる者も居たりするのね……」
エルスの零した小さな声を、シャルロットは黙って聞いていた。
「吸血鬼ハンター……あなたは何があってこんな結末を辿る事になっちゃったのかしら、ね?」
グレイ・Dも死んだ今、エルスの問いに答えを返す者はどこにもいないのだ。
成否
成功
MVP
状態異常
あとがき
お疲れ様です。
吸血鬼ハンターおとびグレイ・Dは命を失いました。
ティーネ領で起きていた吸血鬼騒ぎは、これにて一旦の解決となります。
この度はご参加いただき、ありがとうございました。
縁があれば、また別の依頼でお会いしましょう。
GMコメント
●ミッション
晶獣の討伐
●ターゲット
・吸血鬼ハンター(晶獣)×1
紅色の水晶で構成された人狼じみた姿をしている。
元は吸血鬼ハンターを名乗っていたならず者。
高速の戦闘を得意とし、獲物の血を啜る性質を持つ。
吸血鬼に対して強い思い入れがあるのか「吸血鬼」「狩る」「金」などの単語を繰り返している。意思の疎通は不可能そうだ。
狩人:物近単に大ダメージ、滂沱、無常
爪や牙による攻撃。傷口から血を奪う性質を持つ。
・グレイ・D×1
灰色のコートを纏った武器商人。
かつてティーネ領にて起きた“吸血鬼狩り”の元凶と目されている。
ならず者たちを煽り、武器や“紅血晶”を売り捌いている。
拘束魔術:神遠範に大ダメージ、重圧、封印、退化
影を展開する魔術。
●フィールド
ラサ。とあるオアシスのブラック・マーケット跡地。
中央にオアシス。周辺に無数のテントや馬車、粗雑な小屋が並んでいる。
ミイラ化した遺体が20ほど転がっている。
人の気配は無いし、現在のところ晶獣やグレイ・Dの姿も見えない。
香辛料か何かが撒き散らされたのか、オアシス周辺には刺激臭が漂っている。
●情報精度
このシナリオの情報精度はBです。
依頼人の言葉や情報に嘘はありませんが、不明点もあります。
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