シナリオ詳細
深夜0時にダンジョンで。或いは、屍喰らいの混沌飯…。
オープニング
●幻想、レストラン・オセロットのハンバーグ定食
シャーラッシュ=ホー (p3p009832)は時間や社会に囚われない。
空腹を満たすためにレストランを訪れ、自由に幸福を享受するのだ。
つまり食事だ。
食事の時間は誰にも邪魔をされてはいならい。誰にも気を遣ってはならない。誰かに気を遣いながらの食事など、目の前にある食材となった生き物たちの命に対する侮辱では無いか。
楽しみながら食うのはいい。
家族や友人と団欒しながら、笑顔で食事をとるのもいい。
味も分からなくなるような、緊張や気遣いに溢れた食事がいけないのだ。
真に命を喰らう時、人は誰しも孤独な1人の戦士でなければならない。なぜなら戦士は、強くなるために喰らわねばならないからだ。
体を作り、命を繋ぐ、食材となった何かの命に感謝を捧げ、喰らわねばならない。
「そう言えば、昔、誰かがそんな話をしていたような」
人気のないレストランの片隅で、ホーはそんなことを呟く。
幻想。とある地方の街のレストラン。深夜0時に差し掛かる遅い時間まで、営業している店がここしか無かったのである。
消去法……というよりも、選択肢などそもそもなかった。だからホーは、レストラン・オセロットの入り口を潜った。
レストランのオーナーは、グーグー・ハンニバルという名の長身痩躯の女性である。口元に残った大きな縫い傷が特徴的だ。ホーは彼女に「いい夜ですね。おススメは?」と問うた。
それはきっと、何かの符丁だったのだろう。
グーグーは、テーブル上のメニュー表を下げると「今日のおススメ」と書かれた別の用紙をホーに手渡した。そこに並ぶのは、奇怪ともいえるメニューの羅列。
スライムの塩漬け。
ダンジョンワームのスープ。
マンドラゴラのフリット。
ゴブリンソーセージ。
ウミネコのソテー。
ユニコーンのステーキ(ピクシーの鱗粉がけ)。
ダンジョンクラゲの刺身盛り。
陸クジラと黄金蟲のパスタ。
毒林檎のアイスクリーム。
ヤタラトヒカルダケのチーズ盛り。
それから、ヒュドラのハンバーグ。
メニューの中からホーが選んだのは、ヒュドラのハンバーグだった。
注文から暫く、ホーの前には食前酒として出されたワインと、焼いたばかりのハンバーグの皿がある。
「これがヒュドラのハンバーグですか。思ったよりもボリュームがありますね」
一般的なハンバーグに比べ、1.5倍から2倍近くのサイズがある大振りなハンバーグだ。
素材の味を楽しむためか、ソースの類はかかっていない。うっすらと紫色をした、水晶にも似た岩塩が添えられているだけだ。
ナイフを入れれば、じゅわりと肉汁が滲み出す。香辛料に似た鼻腔を刺すような独特の臭い。きっとヒュドラの持つ毒素の香りだ。
肉は硬い。
あぐっ。
まずは一口、ホーはヒュドラのハンバーグを口に含んだ。噛む度に辛みと苦みの強い肉の味が口内に広がった。不思議と味は悪くないし、ナイフを通した時ほどに硬さを感じない。
「なんだか野性味の強い味ですね。ちょっと毒味が強いというか……ヒュドラの死骸を食べたのは、そういえば初めてですが、以外と食用に向いた味わいがします」
きっと、下処理がいいのだろう。
毒も使いようによっては薬になるのだ。
ともすると、ヒュドラのハンバーグは薬膳料理の類だろうか。
或いは、ゲテモノに分類される料理だろうか。
「ウン、うまい」
ホーは決して美食家ではない。
だから“こういう時、普通はこのような台詞を口にするはず”という常識に則って、彼は「うまい」と言ったのだ。
●突撃! お前が晩御飯
「へぇ、そんなことがあったんだ」
明けて翌日、ホーは清水 洸汰 (p3p000845)と共に、街のカフェにやって来た。
任務後の休暇をどう過ごそうかと悩んでいる折、偶然に街で洸汰と逢ったのだ。挨拶即解散という気にもなれず、なんとなく2人はカフェに入った。
その際、話題に上ったのがホーが昨夜、偶然入った奇妙なレストランでの出来事である。
「そりゃ、ホーさん。アンタ、なかなか運がいいね」
「運がいい、とは?」
ニカリ、と笑う洸汰の言葉に、ホーは思わず問いを返した。
「レストラン・オセロットは滅多に営業してないんだ。何でも、各国にある店舗をオーナーが絶えず移動しているからだってさ。開いている時間も固定じゃないしね」
運が良ければ辿り着けるし、食事が出来る。
レストラン・オセロットとは、そういう性質の店らしい。
「なるほど……昨夜、食べなかったメニューも試してみたいと思いましたが。そういうことなら、諦めた方が良いのでしょうね」
残念です、と。
ちっとも残念さを感じない表情と声で、ホーはそう呟いた。
だが、そんなホーに洸汰は笑みを一層深めた。顔の前で「チッチッチ」とわざとらしく指を振って、周囲に視線を巡らせる。
近くの人が、自分たちの方を見ていないことを確認してから、洸汰は懐から1枚の地図を取り出した。
なんてことのない幻想の地図だ。
だが、地図の一ヶ所……確か湿地帯が広がっていた区画だ……に、赤い印が付けられている。
「これは?」
「ダンジョンの地図だよ。それも、立地の関係で人の近寄らない類のね。何でもレストラン・オセロットの食材は、こういうところで調達しているんだってさ」
「ほう? つまり、昨夜食べ損ねたメニューの再現も?」
「できるんじゃない? まぁ、相応に料理の腕が無いと、焼くか煮るかになると思うけど」
最悪は焼肉のタレや塩コショウを振りかければ、それなりの味にはなるのだろうが。
焼肉のタレをかけるのだって、立派な味付け、料理である。
だから、レモンの蜂蜜漬けだって料理と呼んでいいはずだ。だというのに、誰もそうとは認めてくれない。簡単、お手軽、美味しいじゃないか。
「とはいえ、ダンジョンのモンスターたちだって喰われないために必死なんだ。【致死毒】【失血】【懊悩】【停滞】【石化】【混乱】……この辺りは警戒していた方がいいだろうね」
それでも行くかい?
洸汰の問いに、ホーは一も二もなく答えた。
「えぇ、偶にはそういうのもいいでしょう」
- 深夜0時にダンジョンで。或いは、屍喰らいの混沌飯…。完了
- GM名病み月
- 種別リクエスト
- 難易度-
- 冒険終了日時2023年02月08日 22時05分
- 参加人数7/7人
- 相談8日
- 参加費150RC
参加者 : 7 人
冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。
参加者一覧(7人)
リプレイ
●イレギュラーズ、assemble!
「自然は、食べるか、食べられるか」
幻想、とある地下ダンジョン。
真正面にヒュドラが1匹、左右にはダンジョンクラゲやゴブリンたち。つまり『半透明の人魚』ノリア・ソーリア(p3p000062)はダンジョンの魔物たちに周囲を囲まれていた。
「不幸にも、わたしには食べられる弱者の気持ちがわかってしまいますから」
魔物たちは、涎を垂らしてノリアを威嚇していた。ノリアのことが“のこのこ迷い込んで来た美味そうな獲物”のように見えているのだろう。
目下の脅威は、やはり巨大なヒュドラだろうか。或いは、今にも触手を伸ばしてこようと画策しているダンジョンクラゲたちの方が危険か。
「これだけ強そうな生きものたちなら、同情せずに肉にできそうですの」
ノリアをはじめ、総勢7名。
ダンジョンに飯を食いに来たのだ。
だからノリアは、ダンジョンの薄暗がりをまるで水中のように泳いだ。魔物たちの攻撃を回避し、生餌のように右へ左へと体を揺らし、時に弱った小魚のように、時に元気な回遊魚のように、ダンジョンの各所を泳ぎ回った。
その甲斐もあり、ダンジョンに散らばる魔物たちを、一ヶ所に誘き寄せることには成功した。想像以上に多くの魔物が集まってくれた。これだけいれば、フルコースの材料調達は容易だろう。
「……問題は、どうやってわたしが倒すかなのですけれど!!」
後は魔物を仕留めるだけだが、それが一番難しいのだ。
血飛沫が舞う。
血のひと筋が、まるで意思を持つかのようにうねっていた。
「懐かしいですねえ、独りだった時はよくその辺の獣捕まえて食べたものです」
5つ。ゴブリンの首が地面に落ちる。
雨のように降り注ぐ鮮血の向こうに、血色の悪い魔女の姿が見えている。彼女の名は『瀉血する灼血の魔女』ルトヴィリア・シュルフツ(p3p010843)。とりあえずゴブリンを倒してみたが、さて果たしてこれを喰うのかと言えば、少々の忌避感を禁じ得ない。
「……いや、冷静に考えたら獣とは割と違いません? 大丈夫これ?」
大丈夫ではないかもしれない。
河豚とか、或いはカースマルツゥやシュールストレミングに近いものをイメージしてもらうのがいいかもしれない。
強く無ければ生き残れない。
強いという言葉には、生物としての身体的な強さはもちろん、腹の具合も含まれる。
「もう少し刻んでください。ぶつ切りぐらいまで。下拵えが要なのは伝えたとおりです」
「あ、はい」
ルトヴィリアの背後には『同一奇譚』襞々 もつ(p3p007352)が立っていた。右手に包丁を持っている。左手にはすっかり塩の馴染んだユニコーンを引き摺っている。
ユニコーンは、既にベーコン状に加工されているようだ。もつにすり寄って来たところを、グサリとやって仕留めたのである。
ヒュドラやダンジョンクラゲ、ゴブリンの残党たちがルトヴィリアを見やる。一瞬、魔物たちの注意がノリアから、ルトヴィリアへと向いた。
それが、命取りだったと、壊滅的な悪手であったと気付いた時にはもう遅い。
ダンジョンクラゲの1体が、力を失いその場に倒れ伏したのだ。
1体、2体、3体……暗がりの中で、刃が風を切る音がした。
「逃げ足が早いなら、先んじて攻撃することが大事だな。奇襲も良いだろう」
白い死神……否、それは『革命の医師』ルブラット・メルクライン(p3p009557)の仕業である。
「ナイス! それじゃ、一狩りしようぜ!」
さらにもう1人。
高い位置からヒュドラの頭目掛けて跳んだ小さな影は、『理想のにーちゃん』清水 洸汰(p3p000845)のものだった。
殴打する。
殴打し、殴打し、殴打する。
殴打、殴打、殴打、殴打、殴打、殴打、殴打。
殴打、殴打、殴打、殴打、殴打、殴打、殴打、殴打、殴打、殴打、殴打、殴打、殴打、殴打、殴打、殴打、殴打、殴打、殴打、殴打、殴打、殴打、殴打、殴打、殴打、殴打、殴打、殴打、殴打、殴打、殴打、殴打、殴打、殴打、殴打、殴打、殴打、殴打、殴打、殴打、殴打、打、打、打、打、打、打、打、打、打、打、打、打、打、打dddddd……。
「お肉を! 叩きまくって! 柔らかく! しちゃうぞ!」
縦横に金属バットを振り回し、洸汰がヒュドラを殴打する。
「そう、その調子です。肉は叩けば叩くほど柔らかくなります。叩いて、叩いて、叩くのです」
ヒュドラと洸汰の激闘を、遠い位置からもつが応援しているではないか。
肉なんて叩けば叩くだけ旨くなりますからね。
ヒュドラとて、容易に食物となるほど弱い魔物ではない。毒を吐きかけ、喰らい付き、洸汰に幾つもの傷を負わせた。
だが、ヒュドラの抵抗もそう長くは続かない。
暗がりを横切る闇色の閃光。魔力を細く、鋭く形成した魔光がヒュドラの眉間を撃ち抜いたのだ。
「叩くだけでなく、ヒュドラの死骸に毒素抜きの下ごしらえも忘れずに」
血に塗れ、倒れ伏したヒュドラの背後に迫るのは『納骨堂の神』シャーラッシュ=ホー(p3p009832)だ。
「この過程を飛ばしてしまうと、皆様に“死んだ方がマシなのではないか”という辛い思いをさせてしまいますからね」
闇の中から滲み出すように、彼はいつの間にかそこに立っていた。左手に提げた皮の袋が蠢いているのは、中にピクシーやマンドラゴラ、黄金蟲が詰め込まれているからだろう。
ズドンと一発。
くの字に体を折り曲げて、ダンジョンワームが宙を舞う。壁に激突。破壊の音が鳴り響く。崩れ落ちる瓦礫に塗れ、それっきりダンジョンワームは動きを止めた。
「普段食べられない物が食べられるなんて私とっても幸せ者!」
返り血塗れの女である。
黒い髪も、血やらなにやらでべっとりだ。
「死なない程度に食べる! あ、でも美味しい物食べて逝けるなら幸せかも?」
きゃっきゃっとはしゃぐ彼女の名前は『記憶なき竜人』リリアム・エンドリッジ(p3p010924)という。鉄の塊じみた戦斧を軽々と振り回し、息絶えたダンジョンワームを引き摺って行く。
弱肉強食。つまり、彼女は強いのだろう。
1歩、足を踏み出すごとに斧の刃から血が滴った。
リリアムの歩いた軌跡には、血の痕跡が残っていた。
異様である。
そして、ダンジョンワームを放り投げた先には、陸クジラやウミネコといったダンジョンの魔物の死骸が山と積み重なっている。
随分と狩ったものだ。筋肉こそが、全てを凌駕するのである。
●所詮この世は
ダンジョンの片隅。
清らかな水の流れる細い川のすぐ傍に、簡易なキャンプが設営されていた。洸汰の先導で整えられた臨時の調理場である。
折り畳み式の簡素なテーブルの上には、幾つもの素材が並べられている。
まず右から、溶けたスライム、ぐったりとしたピクシー、もぞもぞと蠢く黄金蟲、瑞々しい毒林檎と、直視できないほどに眩く輝くヤタラトヒカルダケ、そして息絶えたマンドラゴラだ。
テーブルの向こう側に積まれているのは肉だ。
ダンジョンワーム、ウミネコ、ゴブリン、ユニコーン、ダンジョンクラゲ、陸クジラ、ヒュドラの輪切り、そして縄で縛られたノリアとルトヴィリアである。
「せめておいしく食べてもらわなければゆるしませんの……!」
すっかり虚ろな目をしたノリアに、もつは神妙な顔で頷きを返した。なおルトヴィリアは猿轡を噛ませられている。なぜなら「解け」と騒ぐので。これも下拵えの一環だと、2人をそこに並べたもつが言っていた。
「レインボースパイスセットがあります。どの色が合うと思いますか?」
そう問うたのはホーだった。
淡々と、口元に薄い笑みさえ浮かべて彼はそう言ったのだ。本気でノリアとルトヴィリアを“食材”として見ているのか? 否である。ホーなりの冗談だ。
だが、あまりにもホーの口調が“普段の通り”に過ぎたのだ。つまり、冗談を言っているようには聞こえなかった。命の危機を感じたルトヴィリアが、割と本気で泣き喚きそうになるレベルである。
ホーならきっと喰うだろう。
そう思われたのかもしれない。
「色々あって迷うけど、特に気になるのはウミネコ! 一体でお肉とお魚両方とれるのはお得だよね〜」
さらに言うなら、仲間たちの“おふざけ”を横目に、ウミネコの切り身を手に取っているリリアムの存在が良くなかった。お肉とお魚という食材のチョイスが特に今はよろしくない。
ノリアの下半身は魚で、ルトヴィリアには羊の角が生えている。
「ステーキ? 刺し身? しゃぶしゃぶ? 何でも大好きさ!」
食材の山に目を輝かせ、洸汰がそんなことを言う。
「蒲焼……いえ、なんかもう面倒臭いんで肉類全部纏めてみましょうか。麺や米などの主食は各自持ち込みっぽいのでそれに合う『煮込み』みたいなのにしましょう」
もつも早々に2人から興味を失ったらしい。先の戦闘で、ノリアの尾は一部採取されているので、食材としてはそれで充分と判断したのか。
黄金蟲を丸ごと手に取るもつを横目に、ルブラットが2人を縛る縄をナイフで切って解いた。
弱肉強食は世の常であるが、時にはキャッチ&リリースの心も大切ということだ。
艶々とした赤い林檎だ。芳醇な甘い香りは、含んだ蜜のものだろう。
毒林檎。
その名の通り“毒”である。
「……なぜ誰もこの名称に引っ掛からずに食材として使おうと? 皆も毒が好きなのか?」
毒林檎を手にルブラットは首を傾げた。
試しに割って蜜を舐めれば、舌に広がる芳醇な甘み。甘露(アムリタ)とはきっとこんな味なのではないか。そう思わずにはいられない。
そして、当然のように舌が痺れて、喉の奥に激痛が走った。舐めただけでこれである。美味そうだからと、必ずしも食用に適するとは限らないという好例だ。
だが、これは“使える”。
林檎の密を試験管へ移し替え、ルブラットはそれをそっと懐へと仕舞い込む。
そうして、彼は背後を向いて火の前にいるリリアムへ告げた。
「寄生虫のリスクを減らす為に火はしっかり通すべきであると提言したい。まあ、少なくとも私が食する物には……いいな?」
「だいじょーぶ、だいじょーぶ! 料理は焼いて、塩とか胡椒をかけるぐらいしかできないし!」
ウミネコを火で炙りながら、リリアムは言う。
さっき「なんなら生でも美味しいからね!」と言っていたのを忘れてはいけない。
それに、ルブラットは知っている。「ダイジョーブ」という言葉は、大丈夫じゃない時に限って出て来るものだ。かつてどこかのマッドな博士が、口癖のようにそう言っていた。一体何人の競技者が、彼を信じて肩に爆弾を抱えただろう。思い返すと涙が出て来る。あんな怪しい奴を信じるんじゃなかった。
片手に胡椒の瓶を持ち、もう片手にはピクシーを握り、リリアムは調理に勤しんでいる。その隣には、ノリアがいるのできっと酷いことにはなるまい。
油の温度は170度。
灰汁抜きをしたマンドラゴラに衣を塗し、そっと煮える油の中へ潜らせる。パチパチと油が跳ねて、マンドラゴラのかき揚げがきつね色になるまでもう少しだけかかる。
ダンジョンクラゲとマンドラゴラの豊穣風サラダはすでに完成済みだ。
「血抜きを済ませたウミネコと陸クジラ、ピクシーの肉も軽くペーパーで揉んで……卵を付けて小麦粉絡めて、細かいパン粉をまぶしまして」
マンドラゴラのかき揚げに続き、魔物のフライを油で揚げる。完成品にふりかける、ピクシーの鱗粉も確保しており、抜かりはなかった。
完成を目前に、ルトヴィリアは視線を横へ。
テキパキと調理を進めるノリアの手元には、塩で揉んだダンジョンクラゲの切り身がある。ルトヴィリアの視線に気が付いたのか、ノリアはふわりと微笑み言った。
「こうすると、きっとコリコリとして歯ごたえを楽しみやすくなるでしょう」
ノリアが作っているのはスープだ。クラゲの味を活かすためには、最低限の調味料しか使わないことと、弱火でじっくりコトコト煮るのが大切なのだ。
……と、料理を教えてくれたとあるオークはそう言っていた。
基本に忠実……それさえ守れば、そうそう食えないものにはならない。
なお、食材による。
もつはひたすら、毒林檎を擦り下ろしていた。
スライムとダンジョンクラゲの刺身にかけるためである。つまり、毒林檎のソース。さらにマンドラゴラから取った出汁も注ぎ込めば、酸味と甘み、少しの辛みが調和したなんとも腹の空く香りが漂いはじめた。
もつは試しに、ダンジョンクラゲの刺身をひと切れ指で摘んで、口の中へと放り込む。咀嚼、咀嚼、ひたすら咀嚼。噛めば噛むほど味が出る。
「この痺れる感覚が素晴らしいですねなんだか頭がくらくらして世界がぐるぐるしてますが気の所……きゅう」
そして、もつはぐるぐると目を回して倒れた。
【暗転】
●ダンジョンジビエ
「それでは皆さん、料理の完成を祝して……お茶ァ」
“お茶ァ”とは深蒸足茶を楽しむ際の『乾杯』の言葉だ。ホーの音頭に従って、仲間たちがお茶のなみなみ満ちたカップを高く掲げた。
なお、深蒸足茶はリリアムの提供である。
「さぁ、食べてくれ!」
そう言って洸汰が大きな皿を前に出す。
皿にはずらりと、火を通した肉が並んでいた。
海猫、陸クジラ、ヒュドラ、ゴブリン、ユニコーン肉の食べ比べプレートである。
「お好みでマンドラゴラの旨みたっぷりのソースや、ピクシーの粉末をかけてくれよな!」
それから、もつの用意した丸ごとそのままの黄金蟲もそこにある。すりつぶせば金粉の代わりに使える素材ではあるが、丸ごとままでは金色に光る甲虫でしかないのである。
昆虫食が文化として根付いた地域もあるが、果たして幻想ではどうか。
「後ろ、グツグツいってますけど」
薄くスライスされたユニコーンの肉を食みつつ、ルトヴィリアは洸汰の背後、火にかけられた鍋を指さす。
「っと、そろそろ良さそうだな。こっちはスライムと毒林檎のジェリー! 後は冷やしたら完成だから、デザートにどうかなと思ってさ!」
美味しそうに出来ただろ!
そう言って楽しそうに笑う洸汰を一瞥し、ルブラットは次に視線をもつへと向けた。治療は既に済んでいるが、彼女は先ほど、毒林檎を喰って倒れたはずだ。
「……やはり、毒は毒だな」
なぜ皆が、毒林檎をそのまま食べようとするのか。ルブラットにはそれがまったく理解できない。
ホーの顔が輝いていた。
カレーに入れたヤタラトヒカルダケおよび黄金蟲の粉末のせいだ。
おそろしいことに、ヤタラトヒカルダケは切っても焼いても、さらには煮ても、その輝きをほんの少しさえも衰えさせることは無かったのである。
「皆様には是非一度、ヒュドラの死骸を食べていただきたい───そのような思いからこのレシピを考案しました」
ホーがスプーンで掬い上げたのは“光の塊”……ではなく『光り輝く具沢山煮込みカレー』である。ヤタラトヒカルダケの主張がやたらと強いが、スパイスの効いた食欲を促進する臭いは、まさしくカレーのものだった。
舌に乗せればピリリと痺れる不思議な感覚。
辛みか、苦みか、その両方か。ヒュドラの肉の特徴を殺すことはなく、それどころか、すりおろした毒林檎の甘みがより一層、ヒュドラの味を引き立てる。
例えば、陸クラゲなどは淡泊な味をしている。そのため、どのような調味料やソースをかけても美味しくいただけるというのは、先に洸汰が証明した通りだ。
だが、ヒュドラは違う。
良くも悪くも、ヒュドラの肉は主張が激しい味をしているためである。
「実に……イイ」
うっとりと目を細め、ホーはそう呟いた。
どこか恍惚とした表情だ。今より幸福な瞬間など生涯においてあり得ない……そんな想いさえ伝わるようにも見えただろう。
生憎と、ヤタラトヒカルダケの輝きのせいで、誰にもホーの表情がどんなものかは見えないが。というか、ホーを含めた全員の顔が光に包まれ見て取れない。
「ふむ。……思いの外、悪くない。むしろ良いな。なるほど、この道を追求する者がいるのも頷ける」
ルブラットはすっかり空になったカレー皿を手に、鍋の方へと近づいていく。お代わりを注ぐためである。これでもう少し光が弱ければ、もっと食べやすいのだが……ダンジョン産の食材とは、得てしてそういうものなのだ。
光るカレーというのも偶には乙なものと、そんな風に思いさえする。
「飾りとして黄金蟲そのままのっけましょうか?」
「いや、それは遠慮させていただく」
そっともつから差し出された黄金の蟲は、そのままそっとお返ししたが。
ダンジョン産の食材は、どうにも癖が強いものが多かった。
それこそ、下手に喰らえば体調を崩す……ひどい時には命さえも落としかねないほどに危険なものさえ多く含まれている。
それゆえ、ダンジョン食材を使った料理を世間では皮肉を込めて、以下のように呼称するのだ。
『最後の晩餐』或いは『悪食のディナー』。
「けれど、まぁ……美味しいものは美味しいので、何も問題ありませんの」
なんて。
洸汰の作った肉料理の皿にフォークを伸ばして、ノリアはそんなことを呟く。
ノリアの零したその言葉を聞いていたのは、リリアムとルトヴィリアだけだ。一瞬、2人は顔を見合わせ……それから、何も聞こえなかったかのように、ダンジョンワームの刺身を口へと放り込む。
成否
成功
MVP
状態異常
なし
あとがき
お疲れ様です。
皆さんはダンジョン食材をふんだんに使った料理、食事を楽しんだ後、無事に地上へ帰還しました。
依頼は成功となります。
この度は、シナリオのリクエストおよびご参加ありがとうございました。
縁があれば、また別の依頼でお会いしましょう。
GMコメント
●ミッション
ダンジョンで飯を食う。そして、無事に帰還すること。
●ターゲット。或いは、食材…
現在、確認されているダンジョン産の食材たち。
詳しい生態系は不明だが、一部は【致死毒】【失血】【懊悩】【停滞】【石化】【混乱】などの状態異常を伴う攻撃を仕掛けて来る場合がある。
以下リストにない食材が出現する可能性もある。
色んな意味で“足が速い”食材が多いため、ダンジョン内で調理、実食することを推奨する。
・スライム
とろとろしており、自在に形状を変えるモンスター。サイズは大小様々で、味は無いに等しい。
・ダンジョンワーム
ダンジョンに生息する巨大な芋虫。毒を持つとの報告がある。苦味が強い。
・ゴブリン
群れで行動する小鬼。独特の腐臭を伴い、モンスターにしては知能が高い。鶏肉に似た味がする。
・ウミネコ
主に海に生息する猫に似た生き物。下半身は魚。獣肉と魚肉の両方が採れるが、雑味が強い。
・ユニコーン
角が生えた白い馬。男性に対して攻撃的で、女性に対して友好的。馬肉に似た味がする。
・ピクシー
翅の生えた小さな妖精。多数の状態異常を付与する鱗粉をばら撒く。可食部は少なく、主に鱗粉を調味料として使用する。
・ダンジョンクラゲ
ダンジョンを這い廻るクラゲ状のモンスター。触手を伸ばして罠を仕掛ける個体もいる。味はキクラゲに近い。
・黄金蟲
金色に光る甲虫。味は無い。甲羅は金と同等の性質であるため、金粉の代わりに使われる。
・毒林檎
毒林檎。食べると知力が上がると評判。代償として死に至ると噂されている。甘みが強い。
・マンドラゴラ
絶叫しながら疾走する茸。香りはマツタケに似ており、味はしめじに似ている。出汁は椎茸。
・ヤタラトヒカルダケ
やたらと眩しく光る菌糸類。あまりにも眩しいため、どういう形をしているかは不明。目が覚めるような刺激的な味がすると噂されている。
・陸クジラ
四肢のあるクジラ。同胞たちの止める言葉も聞かず陸にあがったクジラの末裔。生まれ落ちたことが罪なのか、生き残ることが罰なのか……今は遠いかつての故郷に想いを馳せて彼らは哀しい歌を歌うのだ。味は鯨肉そのもの。
・ヒュドラ
多数の首を持つ蛇に似たモンスター。首の数が増えるほど、巨大かつ強力になっていく。苦味と辛みの目立つ味をしている。
●フィールド
幻想。人の近寄らぬ湿地帯。
自然形成された地下ダンジョンで、多種多様なモンスターが生息している。
ダンジョン内部の至る所に雨水の溜まった水辺が存在している。また、小規模ながら川や泉もあるだろう。
ダンジョンは1フロアしかないが広大。そして、視線を遮る隆起した岩や、葉を付けない奇妙な樹木が乱立している。
弱肉強食、食うか食われるかがダンジョンの日常であり、長生きした個体ほど体が大きく、力が強い。つまり、蟲毒のグルメ。
●情報精度
このシナリオの情報精度はCです。
情報精度は低めで、不測の事態が起きる可能性があります。
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