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シナリオ詳細

<クリスタル・ヴァイス>地底に輝るは

完了

参加者 : 8 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

オープニング


「それでは、モロチコフ中佐はお留守番でお願いしますね!」
 ソバージュの髪に雀斑の散ったかんばせ。花咲くような笑みを浮かべれど、彼女は美少女などではない。
 愛嬌のある容貌であれど、美しいと持て囃されることのない平凡な娘であった。
 冬用の軍服には不似合いなレースとフリル、大きなリボンが添えられている。華やかすぎる装飾は吾子が為、流行遅れの衣服を宛がったかのようなちぐはぐさを醸し出した。
 不機嫌そうなニキータ・モロチコフの前で自信満々にも告げたのはマドカ・ヒューストン少佐その人だった。
 カメラアイをきゅるりと音立て、身の丈よりもうんと長い大槍を背負った小柄な娘は屈強さを自慢とする軍人達にリボンを添えながら微笑んでいる。
「ヒューストン、止めてやれ。トーマスが蒼白くなっている」
「トーマスは肌が白いですから、青いリボンが似合うと思ったのですけれど。駄目ですか?」
 上官命令には従わねばならないとトーマスと呼ばれた青年は項垂れながらも刈り上げ頭にヘッドドレスを添えられた。
「何せ、お姫様も出陣なさるのだもの。私が行かずして何としましょう。だから、お留守番して下さい、モロチコフ中佐。
 うふふ、うふふ、ターリャ様。私のお姫様。貴女の為なら、私はこの身体が燃え尽きたってかまわないもの!」

 たった一つ。煌めく星を求めるように。マドカは凍て星を仰ぎ見た。
 彼女の愛する『お姫様』は、屹度、彼女を愛していない。マドカ・ヒューストンは『可愛い』に固執している。
 ――かわいくなくては、いきていけないの。
 そう口にする彼女にどの様な凄惨な過去があったのかリスター・ゴールマンは知り得ない。
 まだ幼い身の上で、叩き込まれた武芸のそれを人の命を奪うが為に駆使する。倫理などない、有り触れた下層の日常だ。
(まだ幼いというのに、ヒューストン少佐を戦地に送り込むことを厭わないのか)
 ニキータはさも詰まらなさそうに彼女を戦場に送り込むのだろう。
 リスターは頬杖を付いたまま嘆息した。似ても似付かない『灰の娘(アッシェ)』とマドカが重なって見えたのはその幼さ故だった。
 地下に繋がれた娘は、マドカのように明るい笑みを浮かべていなかった。
 地下に繋がれた娘は、マドカのように人のために命を賭ける盲目さも持ち得てなかっただろう。
 だが――灰に、埃に、屑に。アッシェと名を呼ばれた『軍務違反をして見逃した娘』は美しい瞳をして居た。
 戦場で見た小金井・正純 (p3p008000)と云う女がアッシェに重なった。
 納得できぬまま民草を蹂躙したあの日に見た、今にも死へと誘われる娘が生きていれば彼女のようになっていただろうか。

 これは、後悔だ。――もしも、彼女がアッシェだったら?
 彼女の村を焼いた大罪人にどの様な判決が下されるのだろうか。
「――ン」
 彼女の村を焼いた己はたった一つの正義さえも持ち得ていない
「リスター・ゴールマンッ! ヒューストンと行け。目的は『悪しき狼』だ!」


 クロム・スタークスは「見付けた獣の根城は此処だ」と告げた。
「有り難う、クロムさん。……確かに冬の寒さを凌げそうな横穴ね。それに、広いわ。
 ひょっとして、ここから先は他の派閥の見付けた地下鉄通路と同じなのかしら?」
 アルマノイス旧街道に存在した横穴から滑り込むように地下へと至ったタイム(p3p007854)は白い息を吐いた。
 凍て付く空気が肌をひりつかせる。だが、風がないだけマシだろうか。足元を通り過ぎる兎を見付け「飯だ」とクロムが声を荒げたが正純は肩を掴んだ。
「勝手に行かない」
「おい、飯だぞ。アーカーシュを降りてから彷徨ってたんだ、腹を満たさなきゃ死んじまう」
 足をばたつかせ、叫ぶように云う男は形振り構っていられなかったのだろう。携帯食料を幾つか分け与えた正純は嘆息した。
 このマッドサイエンティストはアーカーシュで『四天王』のパーツを組み合わせてキマイラを作成していたらしい。
 ガーディアンにも使えるだろうと歯車卿が容認して居た事をクロムは語った。魔王城の片隅で身を隠して実験に勤しんでいたが『四天王』のパーツを組み合わせる『つなぎ』が必要になると遙々地上にやって来たらしい。
 そして、男は冬の寒い中、持ち前の『運』で吉と凶を引き当てる。
 一方はこの地下道を見付けたこと。もう一方はマドカ・ヒューストン少佐ら新皇帝派に追い回されたことである。
「此処から下に向かえば良いって訳か。目的はフローズヴィトニル、ねえ。
 伝承の魔物ってのは迷惑を掛けるために存在してるとしか思えないわ」
 嘆息するコルネリア=フライフォーゲル(p3p009315)にもこもことしたマフラーを巻いていたすずな(p3p005307)は頷く。
 鉄帝国のはるか昔に存在した古代文明の名残、利用して地下道を作り上げ、地下鉄線路を走らせようとした計画。
 横穴には古代兵器の調査用の穴が至る所に存在している。迷路めいたその場所へと凍て付く風が吹いてくる。
「この先……でしょうか」
 すずなは風を頼りに、ゆっくりと歩む。雪を孕み、吹雪にも似たそれは花弁が如く舞い踊る。
 エリス・マスカレイド曰く――フローズヴィトニルはこの先に封印されている可能性が……

「ちょっと、待ったァ!」

 あ、と声を漏したのはタイムと正純であった。げんなりした顔のクロムが二人の背後に隠れる。
「見覚えが在る人ですね。今日は相棒はお留守ですか?」
「ああ……あの時のやる気のない軍人か」
 すずなとコルネリアに声を掛けられてからリスターは柳眉を僅かに動かした。明るい声を発したマドカは槍を構えにんまりと笑う。
「我が名はマドカ・ヒューストン! 生まれは鉄帝国、母はラサの踊り子! 『ヒューストン一座』の末の娘!
 敬愛するご主人様はターリャ様。『かわいくない』あなた達を『かわいく』しに来ましたよ。さあ、少し遊んでくれませんか?」
 黙りこくったリスターの前でマドカは勢い良く突進してくる。鯉口を切ったすずなは少女をその双眸に映していた。
 どうやら彼女の目的は時間稼ぎ。この先には行かせまいと吹雪と共にやって来た。

GMコメント

 日下部あやめです。宜しくお願いします。

●成功条件
 敵勢力の撤退
 (クロムさんからのお願い『俺を護ってくれ』 ※成功条件に含みません)

●ロケーション『地下道』
 所々が凍り付いた開けた地です。壊れた古代兵器などが無数に存在しており、遮蔽物として利用できそうです。
 それなりに天井も高いことから、随分と地下に潜った場所であることが推測されます。
 クロムは古代兵器の後ろに隠れています。また、リスターも古代兵器の後ろに身を隠しながら支援を行ないます。

●新皇帝派『マドカ・ヒューストン少佐』
 新皇帝派アラクラン所属。雀斑の少女。カメラアイを思わせる眸を有する鉄騎種です。……でした? 様子が、可笑しいですね。
 得意とする獲物はその背丈には似合わぬ大槍。長いリーチと俊敏に動き回る事の可能な小柄な体で戦う武闘派です。
 可愛いものが大好き。可愛いものに気が惹かれるのが悪い癖。
 盲目的に可愛いものに入れ込んでいます。可愛くなくては、価値がないと認識しているようです。
『ターリャ』と呼ばれる少女を敬愛し、盲信し、彼女のためならと上官『ニキータ・モロチコフ中佐』を差し置いてやってきました。

●新皇帝派『リスター・ゴールマン中佐』
 秘密を抱えた男。武を是としない村を軍の命令で滅ぼした経験があります。酷い頭痛を感じています。
 その際に地下室に繋がれていた星芒を讃えた眸の『アッシェ』と呼ばれた少女を逃がした事は誰にも言えず終い。
 あの日の、己が為した行いを悔むべきか正しいと声高に発するべきか。全ては力が無かったが故と認識しており、武を追い求めています。
 基本は後方支援を中心に行ないます。マドカが死するのは恐ろしく、全力で支援をするようです。
 ――あの日から『戦う力』は身に着けてきた。信じられるのは力だけだ。

●ヒューストン隊 15名
 マドカ・ヒューストン少佐を中心とした隊です。
 銃や剣で武装した軍人達です。
 男性が多い様子ですが、リボンなどミスマッチな衣装を身に着けられているのはヒューストン少佐の趣味です。
 可愛くないものは死ね、と叫ばれるため可愛くあろうとしています。前衛で壁役です。

●ゴールマン隊 5名
 5名で構成されたリスター中佐直属の部下。索敵にとても長けています。
 マドカの支援を行なう回復役です。

●(参考)ニキータ・モロチコフ中佐
 バルナバスを敬愛している指揮官です。マドカにお留守番させられています。リスターとマドカを束ねた指揮官です。

●味方?『クロム・スタークス』
 マッドサイエンティスト。優秀なものを組み合わせればより優秀なものが出来上がると信じています。
 強さこそが全てな非人道的な研究者。優れたものを『パッチワーク』する事に情熱を捧げています。
 穴の案内を行って居ました。とっても騒ぎます。

●特殊ドロップ『闘争信望』
 当シナリオでは参加者全員にアイテム『闘争信望』がドロップします。
 闘争信望は特定の勢力ギルドに所属していると使用でき、該当勢力の『勢力傾向』に影響を与える事が出来ます。
 https://rev1.reversion.jp/page/tetteidouran

●情報精度
 このシナリオの情報精度はBです。
 依頼人の言葉や情報に嘘はありませんが、不明点もあります。

  • <クリスタル・ヴァイス>地底に輝るは完了
  • GM名日下部あやめ
  • 種別通常
  • 難易度HARD
  • 冒険終了日時2023年02月03日 22時05分
  • 参加人数8/8人
  • 相談6日
  • 参加費100RC

参加者 : 8 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

参加者一覧(8人)

夢見 ルル家(p3p000016)
夢見大名
ヴァイス・ブルメホフナ・ストランド(p3p000921)
白き寓話
すずな(p3p005307)
信ず刄
タイム(p3p007854)
女の子は強いから
小金井・正純(p3p008000)
ただの女
カイン・レジスト(p3p008357)
数多異世界の冒険者
ボディ・ダクレ(p3p008384)
アイのカタチ
コルネリア=フライフォーゲル(p3p009315)
慈悪の天秤

リプレイ


 ――ヒュ、と風を切る音がする。大きく振りかぶられた槍は天蓋に突き刺さりがりがりと酷い音を立てて削れた。
 だが、それをも気にしている素振りもなく少女が笑う。雀斑が散った幼いかんばせにソバージュの髪を揺らした屈託ない笑みで笑う少女だ。
「我が名はマドカ・ヒューストン! 生まれは鉄帝国、母はラサの踊り子! 『ヒューストン一座』の末の娘!
 敬愛するご主人様はターリャ様。『かわいくない』あなた達を『かわいく』しに来ましたよ。さあ、少し遊んでくれませんか?」
 堂々と名乗り上げられたならば『涙と罪を分かつ』夢見 ルル家(p3p000016)とて同じく返すだけ。淡い蜜色の髪が揺らぎ構えた『真珠』が音鳴らす。
「拙者の名は夢見ルル家! 生まれはロストエデン! 父は勇者ロボ! 母は邪神!
 宇宙一の美少女(自己評価)の拙者を可愛くしよう等と笑止千万です! 美少女らしく蹴散らしてさしあげますよ!」
 眼前に存在した風が変わりな鉄帝国軍人は「素晴らしい」と拍手喝采、万感の思いでルル家を出迎える。何とも妙な気配だ。少女の背後にはリボンやヘッドドレスで『可愛らしく』着飾られた『可愛くない』男達の姿が見える。
「う、うぅん。これまた特徴的なお方ですね。
 趣味嗜好を否定するつもりはありませんが……鉄帝国軍人大丈夫です……?
 いえまあ、それは関係ないのかもですけれど。どちらかというと、あの魔種の影響……? むしろそうであって下さい」
 あの魔種――ターリャの事を思い浮かべてから『忠犬』すずな(p3p005307)は国家の行く末を憂い、分水剣を引き抜いた。蒼白く輝きを帯びた刀身は流麗なる水を思わせる。突如として姿を見せた騒がしい軍人に「ぎゃあ」と叫んだクロム・スタークスが古代兵器の背後に身を隠した。子供が散らかした儘としか言いようのない広い空間に点在する嘗ての遺品達。置き去りになったそれに身を隠した男は「早く倒せよ!」と叫んでいる。
「良くもまあ、あの限界の中この地下道を見つけられたものです。悪運を持っていますね、クロムさん。
 それはそうと、招かれざる客。目的はこちらの足を止めること、なのでしょうか」
 嘆息する『明けの明星』小金井・正純(p3p008000)に「見付けたことを感謝しろよ」とクロムがけたたましく声を上げる。あちらも、こちらも妙な存在ばかりだ。
「まあまあ正純さん。騒げるほど元気になったのなら良かったじゃない。クロムさんてばお腹ペコペコで衰弱してたことなんて忘れちゃったのかしら」
 くすくすと笑った『この手を貴女に』タイム(p3p007854)の気遣いに上乗せするようにクロムは「腹減ったんだよ、ブス!」と叫んだ。
「……やっぱり少し静かにしててもらっていいですか?」
「その様な言葉、とんでもない! チャーミングではないですか! ねえ!?」
 何故か敵側から声を掛けられてタイムは肩を竦めた。マドカという少女はよく話す。朗らかな雰囲気を愛嬌のある小動物らしさを兼ね揃えた娘は『可愛い』に固執しているのだろう。そんな少女の背後には正純をじっとりと見詰めているだけの男がいた。
(……あの方は、何でしょうか。どこかでお会いした事が? いえ、それはなかったような――」
 思わず眉を寄せた正純は以前、ベデクトの作戦で遭った事があれどそれ以前の記憶にはないと柳眉を寄せ困り切ったように肩を竦めた。
「随分騒がしい奴が着いてきたわねぇ……あの時顔見せた軍人……今回は小うるさいのは一緒じゃないのね。
 正純に何か思うことあるらしいけど、戦場で余所見なんてするなんて酷いじゃない、こっちも見なさぁい?」
 拳銃を構えた『慈悪の天秤』コルネリア=フライフォーゲル(p3p009315)は嘆息する。銃口は正純を見詰めていた男――リスター・ゴールマンに向けられていた。
「『正純』?」
 男の口が胡乱に動く。マドカは「モロチコフ中佐が言って居たじゃないですか! イレギュラーズの!」と調査をしていますと言わんばかりに胸を張った。
「正純、か。……なら、人違いだ」
 男が首を振ればコルネリアと正純は顔を見合わせる。一体何だというのか。
 灰に――星が瞬き、輝き帯びた眸を有しているというのに、地に捨て置かれた娘と彼女は似ても似付かないかとリスターは唇を噤んだ。


「……屈強な軍人相手にああいう装飾は不釣り合いだとは思うのですが、私が知らないだけで世界では流行っているのですかね?」
 余りに可愛らしく着飾られた軍人達を見て『ぬくもり』ボディ・ダクレ(p3p008384)は『ちぐはぐ軍人』の心の所在を心配するように瞬いた。
 その大きなエメラルドの眸に、射干玉に淡き緑を混ぜた艶やかな髪を揺らがせた雛菊の娘は己の身に刻み込まれた呪いを確かめるように一歩ずつ前線へと近付いて行く。
 コルネリアの銃口が軍人達を狙う。研ぎ澄まされた刃の先を伺うようにボディは走り出す。まほうの言葉が唇に乗れば、確実の一撃を齎す様に、デッドエンドを掲げた花は艶やかに咲き誇る。
 飾られたのは碧玉の美しさ。野に咲く雛菊の可憐さに潜ませたのは屍の毒。乙女の装甲(かわ)の奥から無慈悲な死神がせせら笑って。
「もッ――ちろん、流行っていますよぉ!」
 地を蹴って。天を目指すように掲げられた槍の先。滅多矢鱈に槍が振るわれ風が切り裂かれる。
 朗らかささえも感じる彼女達、しかし、その実力はお墨付き。編成の隙なく手強い相手だと一振りの片手剣を握りしめ『数多異世界の冒険者』カイン・レジスト(p3p008357)は前線へ向け踏み込んだ。辺りを全て巻込むように魔神の魔力がせせら笑った。
 マドカの眸が細められる。花咲く笑みに僅かに乗った好戦的な色彩を『白き寓話』ヴァイス・ブルメホフナ・ストランド(p3p000921)は見逃すことはない。野に咲く花の美しさ、それはヴァイスもマドカも持ち得るもので。
「あらあら……えっと。かわいい……? 子が来たわねぇ。
 とはいえ、ちょっと私たちも倒されるのは困るから、抗わせてもらうのだけれど……ふむ。まぁ、できることはしましょうか」
 小さく首を傾げれば、薔薇少女は白き短剣を振りかざす。身に纏うたのは特殊支援、同様に身を包み込んだのは箍を外す信号。
 肉体のシグナルは解析済み。まるで構築されたプログラムを敢て『壊す』様な肉体への補強を身に纏い、飛んだ。
 地を蹴ったストラップシューズ。薔薇の花開くようにワンピースが踊る。アクロバティックに空より降った眩き光。
(――向こうも支援隊がいるから、こっちはちょっと無理してでも押し込めるようにしたいわねぇ)
 索敵が得意だというならば乱戦状態でも出来うる限りの『巻き込み』を視野に入れるべきだろうか。
 踊る少女のワンピースに「華麗ですねえ!」と嬉しそうに声を弾ませるマドカの槍をタイムの紋様が受け止める。
 宙に躍った紋様は勇猛にも敵の視線を奪う術式が描かれた。人を護る為ならば、絶対の救済者は立ちはだかる。
「また会ったわね。えっと……マドカさん。今日は随分ご機嫌ね」
「タイムさんでしたね! 調べましたよ。いひひ、やはり今日もお可愛らしい!」
 じりじりと腕が撓った。魔術紋がぱきりと割れてマドカが一度後退する。ぐりん、と体が捻られた。槍がもう一度飛び込んでくる。
「もう少し可愛くなりませんか? 任せて下さいよ、このマドカに!」
 明るく、友人のような声音で語らう少女。それ故にやりにくさは如実に表れる。何処までも自分本位であるようで、軍人として弁えている彼女の猛攻は緩むことはない。
「外見の可愛さだけじゃ人の価値は決まらないわ。なのにどうして拘るの?」
「私は可愛くはありませんから。雀斑の散った肌も決して色白とは言えない肌も、このソバージュの髪だって。望んだものではありません。
 良いですか、タイムさん。世界には『可愛くなくてはならなかった』人も居るのですよ、この私みたいに!」
 ワントーン下がった声音。強迫されるように可愛いと求めた少女はそれでもその手を緩めることはなく。
 マドカの動きに合せるように彼女の部下達がコルネリアへと飛び付いた。勇気と責務を与える業火の気配。怒りを湛えた焔の精霊の気配はコルネリアの弾丸となって飛び込んでいく。
 前衛にて戦うルル家はリスターの場所を察知する事が出来た。統率が『取れすぎている』というのも考え物だ。何処かおちゃらけた空気を持つマドカも、背後で支援を行なうリスターも、根は真面目なのだろうか。
 遮蔽物を見付けたルル家は「あちらに」と唇だけで動かした。ヴァイスは小さく頷いた。乱戦状態に帯びた茨。それは密やかにリスターを狙い打つ。
「其方にいらっしゃいましたか、ゴールマン中佐殿!」
 ルル家の眸から漏れ出でた虚ろ。それは不敵に嘲笑うが如く男の思考を蝕んだ。支援部隊である以上リカバリーは用意だが、指揮系統を乱すにはぴったりだ。
 大立ち回りを行なうルル家に続き、カインは「クロム氏は下がっていて下さい」と繰り返し告げ、周囲に存在する不審を出来うる限り取り除く。
「可愛いにも種類はあるし、何にせよ持ち味を活かした方が良いと個人的には思うんだけどね……」
「いいえ、我が部下達は皆、その個性を活かした盤石の愛らしさではありませんか!」
 伝わらないかとカインは肩を竦めた。マドカは地獄耳だ。可愛いという言葉もターリャという名を呼ぶそのひとつさえ、逃すことはない。
 愛しい人のためにと戦う乙女の姿。彼女の部下達を巻込む魔神の光の向こう側へと飛び込んだ『可愛くない防御』の形。
「さぁ剣でも槍でもかかって来るといい。貴方達の可愛くない攻撃と私の可愛くない防御、勝負と参りましょうか」
 可愛くない攻撃を繰り広げるマドカに迫らんとすれば『可愛いか定かではない』男達が壁になる。
「その格好は気に入っていらっしゃるので?」
「ヒューストン少佐はアレでいて、良き上官だ」
 まるで我が子でも愛でるかのように囁く男に案外、彼女は愛されているのだと妙な実感を湧かせボディはずんずんと進む。
 天使の福音が舞い降り、遍く全てを薙ぎ払わんと広域を狙ったカインとヴァイスを標的にしていた支援部隊の連携が乱れたのはルル家の画策だろう。
「この前ぶりですね。相変わらず、華美な装備をなさっているようで。何が貴方をそこまでさせるんです?」
 それでも、一人きりでは少しばかり辛い。タイムとパスをして正純はマドカに問い掛けた。
 よくぞ聞いてくれましたと言いたげに女の眸が細められる。その言葉を遮ったのは鋭き一太刀、続く茨はその動きをも阻害する。
「もう、あんまり暴れないで頂戴?」
「そうですよ、部下の皆さんもお疲れですしね!」
 ヒューストン隊は皆、膝を付きゴールマン隊による撤退支援を受け始めている。それでも指揮官であるマドカは引く事はなかった。
 根っからの悪人でなければ命を奪わないと決めたルル家の『甘い優しさ』を感じ入りながらマドカはイレギュラーズの前に立っている。
「――本当に可愛い人ばっかり」
 呟かれたその言葉を正純と、すずなは聞いていた。


「さぁてさて、やっとこさ壁を片付けたらと思ったら……随分と甘ったるい少女趣味な奴がいるじゃねぇの。その殴り合い、アタシも混ぜなさいよ。
 それにしても血が舞う戦場で可憐を求めるなんて、大した趣味だわ。今回はあのうるさい中佐……様だったか、アイツは留守番かい?」
「モロチコフ中佐ですか。んふふ、そうです! コルネリアさんは中佐の『殴り友』ですよね」
「殴り友――……まあ、また会えたら、次こそぶち抜いてやろうと思ったのに残念ね」
 マドカを狙う弾丸は風を切る。槍で弾けば、その隙を付くようにスズナが飛び込んだ。マドカの眸に光が滲む――腕を差し出し敢て身を切らせるように動いた女にすずなは瞠目し、それが女の献身なのだと気付く。
「ターリャ様、と仰いましたね。貴女は彼女のなんなのですか?」
「女神です」
 はっきりとマドカは答えた。すずなはその心酔する眸を眺め、だからこそ少女は『無敵』なのだと察する。
 趣味趣向は何とも言えないが、歪みきった感情の征く果ては底も見えぬ洞。
 彼女の長槍がタイムの肩を貫き穿ち、微笑むだけでも強敵である事は察するに余りある。
「しかしまあ、あちらの得物は大剣。貴女は大槍。大きければなんでもいいのですか? 貴方達は」
 刀身のリーチは彼方が上手。だが、長物を振り回すならば間合いにさえ入ってしまえば問題はない。すずなはマドカの一挙手一投足をも警戒し続ける。
「さっき、どうして可愛いのに拘るのかと聞きましたね。
 こんなに勤勉で、イレギュラーズの皆さんと一度会ったならばきちんと調べている素晴らしい軍人の鑑の私が!」
「……そこまでは、言ってないわ?」
 膝を付いたタイムと後退しコルネリアはマドカに相対していた。圧が強いと呟くルル家にマドカは己の舞台を演じるプリマドンナのように堂々と振る舞った。
「貴女の価値観の結果が兵士のあの恰好なのかしら。でも大切な誰かの為に体を張る女の子、わたしはすっごく可愛いと思うの。
 ……あなたがターリャを想う気持ちも兵士があなたを想う気持ちも、例え不格好でも尊くて可愛いくて価値のあるものよ。
 だって刺繍を施したリボンを渡すくらい大切に思ってるんでしょう?」
 マドカは軍人達が倒れる度に逐一確認をしていた。逐一、チェックをし、部下達が野垂れ死なぬようにと願っているようにも見えた。
 刺繍は『M.Houston』。少女が自身の部隊に配属になった軍人達に「護ってあげる証」として着けたもの。
「ええ、大事です。ターリャ様も、私の部下も。こんなにも可愛い彼等を愛さずにいられますか!
 私は踊り子の娘です。故に『可愛くなくては』価値はなかった。母は幼い私を売り払い、金に換えました。
 ――容貌こそが重視される世界で、私は必要のない荷物でしかありませんでしたから!」
 マドカは語り、後方で支援と撤退経路の計算をしているリスターを振り返る。
「ゴールマン中佐、貴方にだって譲れぬ理想や決意があるでしょう!」
「……はあ」
 堂々と語ったマドカの長槍がすずなとぶつかり合った。先程から正純をじいと見詰めているあの男は何者なのか。
 それは分からないが男に対して仕掛けていたルル家とヴァイス、カインに対しリスターはそれ以上は仕返しをしなかった。
 マドカが『可愛くて堪らない』タイムを相手にし、それを越え、コルネリアや正純に向き合った頃。リスターは深追いを禁ずるように撤退支援を整え始めたのだ。
「貴女の敗因は唯一つ! 拙者の方が抜群の美少女だったことですよ!」
 額から流れる血が視界を覆う。拭い、息をついたマドカは「それはそうかもしれませんねぇ~!」と乾いた喝采を送った。
「マドカという方、どうしてその様な事に拘るかは分かりませんが……今回は負けをお認めになられた方が良いのでは?」
「そうですね。ゴールマン中佐も帰るつもりですし、メイクも崩れちゃいましたし。
 ……あと、なんだか困っちゃいます。可愛いに拘る理由を聞かれてしまえば、可愛くない私が出て来ちゃいますから」
 可愛い『雛菊』を見詰めてマドカは笑った。薄ら暗い笑みに差し込むように、女の本来の顔が揺らいでいる。
 五体は満足、それでも四肢は疲弊で余り動かないか。流した血の量も多く、乱れた髪は戻らない。
 コルネリアは銃を向けたままマドカへと鼻先を鳴らして笑って見せた。
「……互いに生臭い顔になっちまったな。血化粧、お気に召したか?」
「とっても。こんな姿でも可愛ければ良いんですけどね!」
 うっとりと笑うマドカにコルネリアは言ってろと吐き捨てた。銃は未だ、構えたまま。
 カインもまだ、警戒を緩めない。静かに立っていたボディは「退きますか」と問い掛ける。
「ゴールマン中佐が行くそうですからねえ。仕方ないですよね!」
「……次は、ちゃんとテメェで会いに来な。中佐さんよ」
「――伝えておきましょう」
 血を拭ってマドカはコルネリアを見詰めた。背後で答えるリスターはマドカに指先だけで指示をする。その眸に乗せられた気配は、揺るぎない『戦士』のそれ。
 後方で撤退を促すリスターは銃を構え、肩で息をしたコルネリアから視線を逸らしクロムに腕を掴まれて揺らされ続けて居る正純を見遣った。

「――君は、アッシェ……と呼ばれていたことは、なかったか」

 正純の星詠の眸が細められる。幼い頃の記憶は曖昧で、天義と鉄帝国の国境沿いに住んでいる義父から己はこの周辺の生まれだと聞いたこともあった。
 ならば、彼が『自分を知っている』可能性だってある。気にもとめていなかった過去が迫ってくる。
 足音を立て、迫り来る過去は決して己を逃さない。
「……」
「純ちゃん…?」
 ルル家に呼び掛けられて正純ははっと顔を上げた。思わず黙り込み考えた己の薄れた記憶を手繰ることを止め、撤退していく鉄帝国軍人を眺める。
「次は上官を連れて来ますね! 趣味は命のやりとりの上官です。怖いでしょう?
 ……だから、その時は、マドカ・ヒューストンのことも可愛い儘で殺して下さいね? 身の上話たっぷりしますから」
 ばいばい、と子供の様に手を振った女を追掛けることなく、正純は暫く考え込んでいた。

成否

成功

MVP

なし

状態異常

ヴァイス・ブルメホフナ・ストランド(p3p000921)[重傷]
白き寓話
タイム(p3p007854)[重傷]
女の子は強いから
ボディ・ダクレ(p3p008384)[重傷]
アイのカタチ
コルネリア=フライフォーゲル(p3p009315)[重傷]
慈悪の天秤

あとがき

 この度はご参加有り難う御座いました。
 マドカは今度は「モロチコフ中佐も連れて来ますね~!」と手を振って撤退していきました。

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