シナリオ詳細
<クリスタル・ヴァイス>冬を駆け
オープニング
●狼の足音
たた、たたた、たた!
獣の足は凍った地面を気にせず蹴り、駆けてくる。
――ギャイン!
しかしその動きは見えない何かによって阻まれ、氷で覆われた壁へと叩きつけられた。獣はすぐに立ち上がる。まるで『ダメージなど無かった』かのように。
ゆらりと不自然に揺れる身体が、彼等が真っ当な獣ではない事を知らしめている。グルルと牙をむき出しにして低くうなり、駆けていく背中へ追いつかんとまた地を蹴った。
鉄帝の冬は――伝説の狼『フローズヴィニトル』になぞらえた大寒波は、鉄帝の全てを白で覆い尽くした。
人は次々と死んでいく。『禁忌』を犯す人も現れだしている。
イレギュラーズたちは策を練り対策し、そして不凍港の開放をして耐え忍んでいるものの、蓄えた物資はどれだけ持つのかも解らない。鉄帝の未来は、ただただ白に染め上げられていた。一刻も早くこの国を取り戻し、安定させる必要がある。それは全ての派閥において共通した想いであるだろう。
先日、鉄道施設攻略戦で大規模な地下道が発見された。帝政派、ザーバ派、ラド・バウ独立区が新たな補給ルートを確保できないものかと調査を進めたところ、冬の化身が如き存在とイレギュラーズたちは遭遇することとなった。
銀の森に属するエリス・マスカレイド曰く『フローズヴィニトル』という伝説上の狼が地下の奥底には封じられている――まるでその、手足であるかのような存在に。
●氷雨
各地に分かたれて『封印』された古の獣だと、エリス・マスカレイドは言っていた。
「本当に『フローズヴィトニル』が地下にいるのなら、どうにかしないといけないよね」
地下道の入り口のひとつへの地図を手に、劉・雨泽(p3n000218)が会議室へと顔を出した。廊下が冷えるのかすぐに戸を閉め、真っ直ぐに暖炉へと向かう。
「あら、雨泽。風邪はもういいの?」
心配したんだからとひとつの目を瞬かせたジルーシャ・グレイ(p3p002246)に雨泽は「お陰様で」と少し困ったように笑んだ。世話をかけてしまったことが引っかかっているのだろう。元気になればいいのよと、ジルーシャは安眠の香をついでに手渡した。
「まあ、という訳でね、君たちには調査をしてもらいたいんだ。……地下道に居る精霊っぽいのが厄災の種となるならば、それを外へ出ないようにもしてほしい」
わかったわと頷いたジルーシャが視線を送ると「僕は病み上がりだからお留守番」と雨泽が手を振り、それが良いとジルーシャは再び頷いた。
そうしてイレギュラーズたちは、ローゼンイスタフ兵等とともに地下道の調査へと向かった。
雨泽に渡された地図に従って向かえば確かに地下道への入り口はあり、そこから地下道への侵入が叶った。冷え込みが激しいのか壁も地面も凍っており、慎重に進もうと頷きあった。
地下道内部は、どこからか冷たい風が吹き付けてくるようだった。今入ってきた場所と同様に、どこかに出入り出来るような穴が空いているのだろう。
道はアリの巣のように幾重にも重なりあいながらも分かれ、何処かへと続いていっているようだ。同行者が多いため、またドミノ倒しとならぬよう、イレギュラーズたちは出来るだけ広い道――線路のようなものが走る道を見つければ、そこを選んで進んでいった。
何らかの損傷で途絶えていれば横道に入り、奥へ奥へと。
ふと視線の先が少し暗くなる。
道の先が行き止まり――否、他の道と繋がっているようだ。
その道を甲冑を纏った騎士が駆けていき、その後を白い狼たちが追っている。
「あれ、あの人は……」
氷に溶け込むような白銀の甲冑が不凍港で見たものだと確信し、レイリー=シュタイン(p3p007270)は慌てて歩を早めた。
追いかけ、角を曲がる。
しかし、その先にもいくつもの道が入り組んでおり、その背を見失ってしまったのだった。
- <クリスタル・ヴァイス>冬を駆け完了
- GM名壱花
- 種別EX
- 難易度NORMAL
- 冒険終了日時2023年02月04日 22時05分
- 参加人数10/10人
- 相談6日
- 参加費150RC
参加者 : 10 人
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参加者一覧(10人)
リプレイ
●Panzerlied
地下道内を、びゅうと風が吹き抜けていく。
外よりも暖かいだろうと狭い入り口から踏み入れた瞬間、そんなことはないと凍った壁や地面が物語っていた。
「寒……冬、凝縮、したみたい……」
特に、先程から吹くこの体の芯さえも凍ってしまいそうな冷たい風だ。『魂の護り手』シャノ・アラ・シタシディ(p3p008554)がふると身震いをして肩を竦ませ、風が流れてくる方角を見た。
(この先、フローズヴィトニル、いる?)
封じられていると耳にする、伝説上の狼『フローズヴィトニル』。
それが本当に居て、そうして目覚めさせられようとしているのならばイレギュラーズとしては阻止せねばならない。浪漫のない話だが、伝説は伝説でしたと、居ないのであるのが一等良い。その方が世話がないし、きっと不幸な連鎖も起こらない。居るか、居ないか。それを確認するため、イレギュラーズたちはローゼンイスタフの兵等と共に地下道を進んでいた。
「居ると思うか?」
「どうかしらね」
シャノの様子をチラと見てから『永炎勇狼』ウェール=ナイトボート(p3p000561)が口を開き、『月香るウィスタリア』ジルーシャ・グレイ(p3p002246)が悪戯を思いついた子供みたいに唇で弧を描く。ジルーシャにとっては『隣人』たる精霊も『物語』だと思う者も居るのだ、確認して認識して、識るまではわからない。
「アンタたちはどう思う?」
ローゼンイスタフの兵等へ、問う。
「居ない方が嬉しいですね」
「私達は寒さには強いほうですが、こう寒くては……」
この大地に産まれ生きている者たちにとっても、この冬の寒さは酷い。ジルーシャは病み上がりの情報屋の顔をつい思い浮かべた。
「風邪どころじゃ済まなくなるものね」
「まさに冬の狼の冷たい牙が、この土地を噛みしめているんだろうな」
さしずめこの地下道は、フローズヴィトニルへの胃に滑り落ちる喉だろうか。
不敵に笑んだ『性別:美少年』セレマ オード クロウリー(p3p007790)は、この寒さの中にあっても『常と変わらない』。儚さは失われず、かと言って寒さに鼻の頭を赤くしたり風邪を引いて鼻を垂らすような醜態も晒していない。ただあるがままの美しさを誇りながら先頭を歩いていた。
「……何だかヘルちゃん的には親近感が湧く名前だったりするのだ……」
セレマの隣では、『凶狼』ヘルミーネ・フォン・ニヴルヘイム(p3p010212)がうーん? と首を傾げる。そんな名前の知り合いなんて、居ないはずなのに。けれども何処か近いような、尾の先がざわつくような、そんな感じがしている。
(うーむ。ヘルちゃんには関係のない言葉なのに……)
それなのに何故か『その名はヘルちゃんにこそ似合うのだ!』なんて言ってやりたくなる。どうしてそう思うのかも解らず、ヘルミーネは自身の尾をもふった。
(……もしかして、狼だから? きっとそうなのだ! 伝説の魔狼とか言われてるからかもしれないのだ! ヘルちゃんの方が悪狼なのに、ヘルちゃんより伝説に謳われているのが気に入らないのだ!)
見つけたら証明してみせると意気込むと、ヘルミーネの足取りは軽くなる。
彼女の様子を少し不思議そうに流し見たセレマだったが、気にする必要はないかと視線を道の先へと向けた。
そこを――行き止まりのように見える道の先、T字となっている横道を、ひとりの甲冑を纏った騎士が駆けていった。何かに追われているのだろうか。そう思う間もなく、騎士の後ろには鼻の上に皺を寄せた通常の狼よりも大きな白い狼が続き、彼が何のために駆けているのかは明白であった。
「あれ、あの人は……」
ポツリと言葉を零した『ヴァイスドラッヘ』レイリー=シュタイン(p3p007270)がタッと地を蹴り、前へ出る。イレギュラーズたちも顔を見合わせ、彼女の後を追った。
「知って、いる、ひと?」
「多分あの人、前にも会った指揮官かな……?」
思わず溢れたシャノの疑問に、『光鱗の姫』イリス・アトラクトス(p3p000883)が応じる。
「そうっスね。不凍港で――当局庁舎に居た騎士っス」
横切る姿が見られたのは一瞬であったが、鎧も得物も一般的な新皇帝派の兵等とも違うものだから、氷と炎のブレスを騎士へと吐いた記憶も新しい『青の疾風譚』ライオリット・ベンダバール(p3p010380)も顎を引く。
レイリーも同じ思いで飛び出したのだろうことが察せられ、イレギュラーズたちは行き止まり――否、分かれ道となっている壁まで足早に向かった。
先にそこへ到達したレイリーは角を曲がって一歩踏み出した姿勢で停止している。追いついた仲間たちは彼女の視線を追い、すでにそこにかの騎士が居ないことを確認した。
「あの時の騎士、だったわよね」
イリスとライオリットの同意に、レイリーは逸る気持ちで一歩踏み出していた足を戻す。見知らぬ地であり視界も開けていない場所でのひとりでの独断先行は無謀だ。翻弄された仲間たちに更なる被害も生じさせかねない。
「新皇帝派の騎士、ね。指揮官だったと言っていたわね。ひとりで居たようだけれど、他の部下たちは居ないのかしら」
「よっぽど力に自信があるのか、部下の消耗を避けるために単独行動か」
「……或いは私たちを誘い出して……という線もあると思うわ」
冷静に『高貴な責務』ルチア・アフラニア(p3p006865)が唱え、ウェールも顎を引く。この地下道の全体図が解らない以上、どんな罠があるかも解らない。ひとりで先回りをして先行し、迂闊にも罠に飛び込むようなことがないようにしようとイレギュラーズたちは意見を纏めた。今回はイレギュラーズのみで来ている訳ではない。イレギュラーズが危険に飛び込めばローゼンイスタフ兵等も巻き込まれることとなる。――イレギュラーズのみならば運命力で窮地を脱っせたとしても、ローゼンイスタフ兵たちはそうはいかないことだろう。
「……行き止まりではないみたいだね」
分かれ道の双方へ一羽ずつスターバードを飛ばしたセレマがそう口にした。
どちらの道もどれだけ奥まで続いているのかは解らないが、仲間たちが話している間に行き詰まりまで辿り着いては居ない。戻らせるのに必要な時間も考え、騎士が駆けてきた方向のファミリアーに戻るように命じた。
「ひとまずは追う形でいいかい?」
「そうね、何をしているのか気になるわ」
「対話が可能なら、停戦を提案してもいいかしら」
「三つ巴の戦場を作るのはよね。レイリーが見知っているというのなら、任せるわ」
「私も異論ないよ」
セレマの確認にジルーシャが同意を示し、レイリーが提案した。彼女の提案に、イレギュラーズたちは更に同意を重ねる。協力――とまではいかなくとも互いに切っ先を向け合わないだけでも、お互いが動きやすくなるはずだ。
「ローゼンイスタフ兵の皆さんはあまりよくは思わないかもしれないっスけど……いいっスか?」
「自分たちも問題はありません」
イレギュラーズたちだけで決める訳にはいかないとライオリットが同行しているローゼンイスタフ兵たちへと尋ねれば、彼等も顎を引いてくれる。彼等も兵として、必ずしも敵兵が敵であるとは――上からの命令でどうしようもならない立場というものも理解しているし、時には剣を収めることが必要なこともよく理解していた。
「話は纏まったな。行こう」
美術品の真価が解る目を持っていれど、古い地下道のことなぞ解らない。けれども二羽のスターバードで可能な限り安全な道を選んでみせると、セレマが先導した。
●Tracker
イレギュラーズたちは氷の騎士の足取りを追った。
今しがた倒したのであろう、狼――否、フローズヴィトニルの配下めいた冬狼が消え行くのを視認した。死骸が残らないことから精霊なのかもしれない。
「ここを通ったのは間違いないみたいっスね」
氷の騎士が向かう方向へ進めば進むほど底冷えするようだった。
「目的地があるんスかね」
「どうであろうな」
「目的がかち合った時が問題よね」
何にしても冷える。滑らないように足元に気をつけ、イリスは進んだ。
「あの騎士が倒したのか、敵はいなさそ――」
いなさそうだ、と先行しているファミリアーからの情報を伝えようとしたセレマの眼前で『空気が凍った』。
ピキキと高く歌うような音を立て、『ソレ』は突然現われる。
「……氷の精霊?」
竪琴を奏でても応えてくれる精霊たちがいなかったが、やっと呼びかけが届いたのかとジルーシャは柔和に眉を落とし掛け――しかし、すぐに『違う』と解った。
ジルーシャはソレに――冬の精霊に、会ったことがあるのだから。
「皆、気をつけて! この精霊は敵よ!」
「氷っぽいのだ! 実はヘルちゃんは炎系統も得意なのだ!」
一番にヘルミーネが炎の扇を振るい、火の粉を散らす。
「狼以外もいるんだ?」
次に反応したセレマが美しい笑みを向けてやれば、現れた五体の内二体はセレマに視線が釘付けとなった。
「ローゼンイスタフ兵の皆さん、気をつけるっス……!」
自己強化を施したライオリットは炎と氷の息吹を吐こうとして、押し留まる。地下通路という狭い場所での識別のない広範囲の技は、もれなく全員を巻き込むことだろう。
「うわ……」
「くっ……」
ビュオォォォ。
冬の精霊たちが吐く息吹は外の吹雪にも似て。その場に居た全員を白に飲み込み、凍えるような寒さで震え上がらせる。
「ふふん! ヘルちゃんには効かないのだ!」
「寒さに耐性がない者は無理をするな」
「アンタたち、大丈夫!?」
もっこもこな自前の毛皮のあるヘルミーネとウェール。精霊に愛されているジルーシャはウェールとともにローゼンイスタフ兵を気遣った。
「数、減らす、しよう」
「ああ、そうだな」
まず、とシャノが鏃の先を向けるのは、セレマが引き寄せた個体。彼の意図を組んだウェールはシャノの動きに合わせて鋼の驟雨を降らせる。
「そうね、まずは数を減らしたほうが良さそう」
いざとなればいつでも仲間を庇える位置をと視線を巡らせながら、イリスも三叉釵と盾を手に前へと出る。シャノが攻撃を与えた精霊へ向かって、聖なる光を纏った三叉釵を突き出した。
「わたしも皆を守ってみせるわ!」
盾を掲げて前へと出たレイリーも冬の精霊の視線集めに買って出た。同時に仲間たちの機動を下げダメージを与えたが、すぐに「回復は任せて」と前に出たルチアが《クェーサーアナライズ》で機動力と傷を癒やしていく。
「この精霊もこの寒さの一端であろうか」
ならばここで仕留めておかねばならない。
練倒は高い火力の魔砲で貫かんと試みようとしたが――引き寄せている仲間と冬の精霊が重なっていることも、また地下通路という限られた場所であるため仲間に当てないということが難しく、数を減らすために全体的にダメージを与えようと竜種を真似た咆哮で精霊たちを威嚇した。
(時間が掛かりそうだ)
攻撃を受けながら、セレマは冷静にそう思った。
美しいその体は、傷がひとつでもつけば、全て無になる。
美しさが損なわれること、それは即ち美少年にとって死を意味するのだ。
だからこそセレマは傷つかない――否、傷ついてはいるのだが、必ず殺すという強い意思で牙を剥かれない限り、セレマの傷は瞬時に回復する。
決して倒れない前衛。強敵を相手にして頼もしい限りではある。
耐えていれば、いつかは必ず戦闘が終わる。それも勝ちという形で。
しかし今は――。
(追いつけるだろうか)
氷の騎士の元へ。レイリーの気持ちは逸っていた。
一体一体が非常に強いため、戦闘は長引いた。
けれども終わりは来る。
「……ごめんなさいね。アンタたちを、外に出してあげることはできないの」
この精霊たちはジルーシャの『隣人』たちではない。
声が届かないことは既に知っている。
だから悲しげに眉を下げ、ジルーシャは炎の幻影を操った。せめて苦しませる時間が短く済むようにと、意を決したような表情で。
冬の精霊の最後の一体が消滅すると、必要になってくるのは傷の手当だ。また氷の騎士との距離は開くだろうが、仕方がない。これを怠れば全滅するのはイレギュラーズたちだ。氷の騎士も戦闘を多く重ねていることを祈るしか無い。
「これを。良かったら使ってほしい」
凍傷になっているのか怪我の酷い兵や仲間を忙しく回復して回るルチアの側をすり抜けて、ウェールはひどく疲れた様子の兵へと『日輪結晶』を手渡した。太陽に晒していると熱を宿すそれは、ここへ来る前に十分に熱を蓄えておいた。ひとつしか無いことをすまないと詫びれば、とんでもないとローゼンイスタフ兵はウェールに笑みを向ける。
「ああ、温かい」
「まだ……まだ、頑張れます」
疲れていても、過酷な土地であっても、人は笑える余裕があれば生きていける。
●Eisritter
「……あちらに行ったようだけれど」
セレマが広い道の方を指差す。道には戦闘の残滓があり、疑いようもない。
しかし、「けれど」で言葉を切ったのだ。セレマの言葉には続きがある。
「こちらへ行こうと思う」
セレマの重いものなぞ持ったことも無さそうな儚くも美しい白魚が、言葉とともに狭い道を指し示した。
「そっち、近道?」
広めの道には仄かな光源があるが、狭い道は更に灯りが乏しい。暗い道を覗き込んで首を傾げたシャノに、セレマは「わからないけど」と返す。
戦闘をする度、氷の騎士との距離は開いているようだから、何かしらの手を打たねばならなかった。
「広い通路が車両を通す場所ならば、点検等に人が使う道もあると思ってな」
車両を走らせる以上、様々な理由から広い通路は大回りをしなければならない場合がある。大きな穴を掘っては地盤沈下が危ぶまれる場所であったり、巨大な岩石のような土壌の場所であったりして迂回……そして、地下へと降りていく場合、だ。
どうにも氷の騎士が選んでいる通路は、気にならないくらい少しずつ緩やかに下っている。そのことに気がついたのは、後衛として後方から広域俯瞰で視ていたシャノだった。地下道という高さが制限された場所であるため然程効果のない俯瞰ではあるのだが、通常の視点よりも皆の――と言うよりも先頭を歩いているセレマの――頭の高さが他の人と比べた際に低くなることに気がついたのだ。調査に付いてきているローゼンイスタフ兵からも似たような報告があった。彼等は警戒の多くの比率をイレギュラーズたちが担ってくれているからと、通った道の地図をメモったり、曲がる際に壁へ印をつけたりと調査方面に積極的に動いてくれている。
それを告げられたセレマはふんと鼻を鳴らしてからファミリアーを先行させる度に地面の傾斜も注視してみることにした。その結果、殆どが広い道との傾斜と変わらなかったが、傾斜の大きな細い道もあることに気がついた。そしてソレには『上り』と『下り』があることも。
此度セレマが指差したのは、下りである。
つまり、広い通路から行った『上り』に繋がっている可能性があった。
問題は二点。
ひとつはハズレであった場合。これは元来た道を戻る外ない上にタイムロス。
ひとつは道が狭く、ふたり並んで歩くには狭いと感じる。それは冬の精霊に襲われた際に戦闘が難しい、ということだ。
前者はある程度ファミリアーの先行で視られるが、後者は何とかして戦闘を一時的に回避する外無い。そのためイレギュラーズたちはその際どうするかを話し合い、狭い道へと進んだ。
狭い道を進み、先行させているファミリアーが広い通路に到達したことを知ったセレマは、そこに氷の騎士が通った跡――戦闘の残滓があることを仲間たちへと告げた。
その時だった。
――ピキ、ピキキ。
空気が凍てつき歌いだす。
これは既に幾度二度見た現象――冬の精霊の訪いに、セレマが口の端を上げた。
「おいでなさったね」
「ヘルちゃんが先行するのだ!」
「ほら、肩を貸すっスよ」
「吾輩に掴まるのである」
動きづらい者たちをウェールと練倒、ライオリットが背負ったり肩を貸して。
「行くわよ!」
「走って!」
冬の精霊の姿が完全な形になる前にくぐり抜けるようにイレギュラーズたちは駆けていく。
幸い――と言うべきか、地面は下っている。凍っているから転ぶ危険はあるものの、転びさえしなければ速度が出た。
先頭を駆けるヘルミーネは発光して、皆を導いていく。
「む! 明かりが見えるのだ! 広いところに出そうなのだ!」
ファミリアーで感知していた広い通路に繋がった。
狭い通路から飛び出すとイレギュラーズたちは反転し、ローゼンイスタフ兵たちを下げる。
「鬼ごっこ、終わり」
「反撃、だね」
「そういうこと」
シャノとイリスの言葉に、セレマが美少年らしく悠然と微笑んだ。
さぁ、狩りの時間だ。
――――
――
勾配の大きい下りの狭い道を見つけたら、先刻と同様にした。
広い道と狭い道の双方にセレマがファミリアーを飛ばし、広い道がどう伸びているのかを予測しながら進む。どうしたって賭けにはなってしまうのだが――偏に運が良かった。
先刻の狭い道よりは少し長い道の果て、先刻同様にファミリアーは無事に広い道へと辿り着いた。
――しかし、そこには戦闘の跡が見られなかった。
まだ騎士が辿り着いていないのか、それとも違う通路に出たか。
広い通路から向かわせているファミリアーはまだ到達していないため、不安は募る。
前者であれば良いと願いながら一行は進み、そして矢張りというか出現した冬の精霊を引き連れ、広い通路へと至った。一度同じ行動を取っているからかローゼンイスタフ兵たちの動きもスムーズな上、冬の精霊との戦闘にいたっては四回目だ。仲間同士の特性も、こうした方が攻撃をしやすい等の情報も、戦闘を迎える度の回復行動時に話し合うことが叶っている。
「破式魔砲を放つのである!」
「斜線、確保、為にも、配置、把握、必要。周辺、監視、任せて」
故に、斜線の確保も叶うこととなった上に、可能な範囲でその斜線に精霊が入るような位置取りも俯瞰の視点を持つシャノが指示を出せば可能となった。
一戦目よりも連携が取れた動きで、イレギュラーズたちは冬の精霊の相手取る。
戦闘は依然時間を要するし、全員に被害の及ぶ息吹は厄介だが、それでも一戦目よりも早く敵数を減らすことが叶った。
相手取っていた冬の精霊が残り一体となった時、姿を表す者が居た。
「あっ」
「氷の騎士!」
通路を駆けてきた騎士自身は、前方でのイレギュラーズたちの戦闘に気付いていたのだろう。驚くような大きな反応は見せず、壁際をそのまま駆け抜けようとする。恐らく立ち塞がればすぐに得物を振るい、道を開けさせる構えで。
「不凍港以来ね、元気にしてた?」
冬の精霊を仲間に任せて騎士側へとレイリーが踏み込めば、彼の後を追っていた冬狼たちがターゲットを変更して襲いかかってくる。一瞬「もしかして使役している!?」との考えも浮かんだが、どうやらそうではないらしく、単に逃げる獲物を追うよりも大人数で足を止めており、尚且負傷者も居るイレギュラーズとローゼンイスタフ兵の方が冬狼の中での優先順位が上がっただけのようだった。
「ボクの美しさを無視するだなんて、許さない」
「わーはっはっは! やっと会えたな狼! さあ、ヘルちゃんと勝負なのだ!」
すかさずセレマが微笑を向けて自身への加虐心を煽り、求めている『伝説の悪い狼』とは違うけれど同じ狼属としてどちらが上かの白黒つけたいヘルミーネが火焔の大扇を振るった。
もう一体の冬狼はイリスの戦意に当てられ引き寄せられ、頼りになる仲間たちを心強く思いながらレイリーは冬狼に槍を一閃し、立ち去らんとしている氷の騎士へと視線を向けた。
「改めて名乗るわ! 私はレイリー! 貴方は!?」
氷の騎士の背に向け、レイリーが叫ぶ。
「……レイリー……」
氷の騎士が足運びを緩め、僅かに歩を止めた。小さく落とされた言葉を聞けた者は居ない――否、超聴力を持つジルーシャの耳にのみその言葉は届いていた。
「……彼、彼女の名前に反応したわ」
ジルーシャの静かな声は、声を張り上げているレイリーには聞こえていない。けれどその言葉を拾ったウェールは冬の精霊にとどめを刺しがてら、氷の騎士へと視線を向ける。身じろぎもせず、静かなものだ。けれどもそれが、彼の一瞬の躊躇いであるように思えた。
レイリーは彼に言葉を届けんと声を張り上げ続けている。
「ねぇ、貴方はどうして新皇帝派につくの!?」
レイリーが不凍港で見た彼は、新皇帝派としては珍しく『騎士』だった。沈着冷静で粗暴なところはなく、被害状況を考えて撤退の判断も下せる。今だってイレギュラーズたちを倒しに来るわけではなく、自分の任務を優先しているように見える。
国を思う騎士なのだと、そう思えた。
そんな人が、何故。
答えてと、レイリーは叫ぶ。
しかし騎士は答えない。
氷の騎士が一歩前へと踏み出そうとして――
『あなたはレイリーさんの知り合いか?』
そこへ、ウェールは念話で問いかけた。
賭けだった。9割方返事はないだろうと踏んで。けれども1割に賭けたのだ。
氷の騎士の視線がイレギュラーズへと向かう。
ハイテレパスに応じたのだと、ウェールにだけ解った。
『――……彼女がカーリン家の者ならば』
レイリーが『カーリン家の者ならば』伝えてほしい、と温度の感じられない静かな声。その念話がウェールに返ってきた。
以前不凍港でレイリーは、彼へ『レイリー=シュタイン』と名乗った。カーリンの姓は名乗っていない。……名門カーリン家はレイリーが幼き日に取り潰しとなったのだから。
しかし彼女が『レイリー=カーリン』であるならば、氷の騎士には言葉を交わす理由が生じるのだろう。続く言葉にウェールは少なからず察することができた。
言伝を残し、氷の騎士は立ち去った。
「待っ……!」
「っ……!」
「セレマ君!」
手を伸ばすレイリーの声に、様々な声が重なった。氷の騎士にのみに向けていた意識を仲間たちへと向ければ、氷狼を抑えてくれていたセレマが倒れ――奇跡の力で立ち上がり、イリスが彼の代わりに冬狼を受け持とうとしているところだった。
鋭い牙や爪には獲物を必ず殺すという殺意が現れていたのだろう。それは儚くも美しい少年を『殺せる』ものだった。
「撤退するわよ!」
「そうだな」
ルチアに応じ、ウェールは意識を失っているローゼンイスタフ兵を担ぎ上げる。
――託された言葉は、まだ伝えない。
レイリーが動かなくなるか、ひとりで追いかけようとするかもしれないから。
「ん。援護、する」
「うう、ヘルちゃんはまだ戦えるのだ!」
「しんがりをお願いするわ! ……こっちよ!」
兵を背負って手がふさがったウェールの代わりにジルーシャが先導し、練倒とルチア、セレマを支えたライオリットが続く。ヘルミーネは飛びかかろうとする冬狼へ最後まで立ち向かい、シャノは牽制すべく矢を番えた。
「レイリーさん、撤退です!」
「……、……っ」
イリスに手を引かれ、後ろ髪引かれる思いでレイリーも身を翻す。
何故こんなにも彼の騎士が気になるのか解らない。
しかしその答えはすぐに知ることとなる。
地下道を抜け、風と共に吹き付けてくる雪の中へと出る。
入り口が狭くて共に入れはしなかったが、少しで風を凌げる場所で隠れるように待たせていた亜竜『シュヴァくん』が引く亜竜馬車へと意識がない者を優先的に乗せた。
「寒き者は吾輩に身を寄せるのである」
人肌よりも獣に近い熱を発せられる練倒は馬車に乗り込み、冬の精霊や冬狼の凍える息吹を浴びた兵と仲間たちの身体を温める。暖炉のような温もりはないが、それでもこの寒さの中でこの温かさはありがたい。
「大丈夫よ、後はもう帰るだけだから」
「精霊たちが……ごめんなさいね」
ルチアは手を握って元気づけながら回復をし、ジルーシャはせめてもとリラックス効果のある香りを広げた。シャノとライオットとヘルミーネは外で警戒に当たり、セレマは休んでいる。そんな中、レイリーは馬車の片隅で膝を抱えていた。
(結局名前、聞けなかったわね……)
頭を占めるのは氷の騎士のことばかり。何故こんなにも気になるのか――。
亜竜馬車の操縦をイリスに任せたウェールが荷台へと入ってくる。
真っ直ぐにレイリーの側へと向かった彼は、少し躊躇うような間を置いてから口を開いた。
「レイリーさん、あなたは『カーリン家の者』か?」
ウェールの声に、レイリーの肩が跳ねた。
驚愕に見開かれた瞳がウェールを見上げる。
その貌を見れば、答えが解る。『是』だ。
「何故」
何故、その家名を。
その家は何年も前に取り潰しとなり、鉄帝貴族から消された家名だ。
人々が口にしなくなって久しい名だ。
「騎士から伝言を預かっている」
新皇帝派に弱みを握られている可能性を考えたこと。そして彼が叫んで返事をするような手合にも見えなかったため、ハイテレパスを使用したこと。その二点を手短に説明し、レイリーがカーリン家の者ならば伝えて欲しいと言われた言葉を一句も違えずウェールは口にした。
――――私はカーリン家の『当主』。
ローマン=パーヴロヴィチ=カーリンだ。
次に戦場でまみえたならば、皇帝の騎士として貴殿等を討つ。
――どうして、おにいさま……。
カーリンのおいえはもう、なくなってしまったのに――。
――――……例えおまえがレイであろうとも。
――おにいさま、どうして。
どうしていきていらっしゃるのですか。
おにいさまはあのとき――。
何故、彼が言葉を残したか。
それはきっと、哀れで愛しい、そして大切な妹への願いでもあったのだろう。
だからどうか、これ以上戦場へ姿を見せてくれるな、と。
――ああ、それでもわたしは、わたしは……!
成否
成功
MVP
状態異常
なし
あとがき
MVPはローゼンイスタフ兵へ一等気を配ってくれた、あなたへ。
お疲れさまでした、イレギュラーズ。
GMコメント
ごきげんよう、壱花です。
こちらは北辰連合シナリオになります。
●目的
地下道を抜け出そうとしている冬の精霊の排除
●失敗条件
ローゼンイスタフ兵の全滅
●シナリオについて
フィールドは鉄帝地下道です。壁や足場が凍っており、とても寒いです。滑らないようご注意ください。
いくつもの細い分かれ道や行き止まりの道、ちょっとした広場のような場所もあるようです。氷の騎士は武器の都合か、広めの道を選んで進んでいっているようです。線路がある道でしたら周囲を見渡す程度ならば灯りは不要でしょう。
道であったり空間であったり、突然冬の精霊が現れ、イレギュラーズたちを襲います。彼等は外へ出たがっていますが、その能力をみれば野放しにすることはできないとイレギュラーズたちは思うことでしょう。
順調に冬の精霊を倒して進めば少し開けた場所で氷の騎士に遭遇できます。姿を見失っても、時折消滅間際の冬狼が倒れているので追えます。
冬の精霊も冬狼も一体一体が強い&疲弊する兵が多く出ることが予想されるため、深追いはしない方が良いかもしれません。
●敵
・『氷の騎士』
新皇帝派で大佐の位を戴く騎士。地下鉄の存在は新皇帝派も一部、認識している様です。調査をすべく奥へ奥へと向かっています。
単独行動で調査をしているのか、それとも部下は既に倒れたのかは不明ですが、ひとりで行動しています。そしてその後冬狼が追っています。
敵対する相手へは攻撃します。冬狼と同時に相手とする場合、難易度が格段にあがります。しかし彼は、イレギュラーズたちよりも調査を優先します。冬狼と交戦している間にいくつかある道へと姿を消すことでしょう。
レイリーさんとの関係は明らかになっておらず、お互いに少し思うところがあるかもしれませんが気付いておりません。彼の記憶の中よりもレイリーさんは成長しており、尚且名前も違うためです。
・冬狼 ×2体
白い毛並みの幻狼です。幻狼は実態では無く、精霊にも近しい存在であるようです。氷の騎士を追っています。
氷の騎士にイレギュラーズたちが追いつくと冬狼の標的はイレギュラーズたちに変わります。非常に強く、氷の騎士と同時に相手が出来るほど弱くはないです。
攻撃手段は冬の精霊と似たことや、氷の牙や爪等による攻撃も行います。攻撃力や反応等が高く、物理攻撃は効きづらいです。
・冬の精霊 ×20体
氷や雪を思わせる冬の精霊たちです。非常に強い力を有しており、侵入者を追い払わんとしている他、外へと飛び出そうとしているようです。この精霊はは通常の精霊と違うため、説得等は出来ません。倒すと消滅します。
一度にたくさん出現するわけではなく、氷の騎士を追っていくと5体ずつ出現します。
攻撃手段は、氷属性の自然現象となります。針のような細かい氷の礫や、広範囲の凍える息吹を使います。出血や麻痺等のBS効果もあります。
精霊たちが外に抜け出て暴れた場合、多くの死者が出ると予想されます。
20体を倒した時点で騎士を追わずに撤退したとしても、失敗にはなりません。
●味方
ローゼンイスタフ兵(鉄帝国軍正規兵)が10名ほど同行・調査にきています。
強さは一般的な兵です。指示を出せば従いますが、状況によっては自力で動くことが難しい者も出ます。撤退を命じる際は、イレギュラーズたちも一緒に撤退することになります。
冬の精霊たちに襲われると熱を奪われ、放置すれば命が奪われます。
●情報精度
このシナリオの情報精度はCです。
情報精度は低めで、不測の事態が起きる可能性があります。
●EXプレイング
開放してあります。文字数が欲しい時等に活用ください。
●特殊ドロップ『闘争信望』
当シナリオでは参加者全員にアイテム『闘争信望』がドロップします。
闘争信望は特定の勢力ギルドに所属していると使用でき、該当勢力の『勢力傾向』に影響を与える事が出来ます。
https://rev1.reversion.jp/page/tetteidouran
それでは、イレギュラーズの皆様、宜しくお願い致します。
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