シナリオ詳細
あぁ、愛しのローリー。或いは、お年玉をもらいに行こう…。
オープニング
●時飛ばしの秘宝
ある寒い日の朝である。
ところは幻想、とある宿。
朝早く、日が昇るのと同時に目覚めたマリエッタ・エーレイン (p3p010534)は窓の外が騒がしいことに気が付いた。
「あら、何でしょう?」
カーテンを閉め切った向こうから、窓を叩く音と、誰かの叫ぶ声がした。
朝も早くから騒がしい。しかも、宿の2階にあるマリエッタの部屋を直接訪ねて来るなんて、ただ事では無い予感がする。
1つは、マリエッタの部屋と知って訪ねて来たパターン。
2つは、そこにマリエッタが宿泊していると知らず、偶然にこの部屋を訪れたパターン。
3つは、木の枝か何かが風で揺れて、ノックのように聞こえているだけというパターン。
「3なら良し。2であれば、まずはお話を聞いてから……1だったら」
誰が訪ねて来たかによるが、厄介ごとに違いない。
寝起き姿を軽く整え、上着を羽織ったマリエッタがそっとカーテンを開く。
「あ、出て来たわ! 良かった! まだこの部屋に泊まっていたのね!」
「ほら、ボクの言った通りだったじゃないですか。仕事に向かう途中で見かけたんですよ」
窓ガラスに張り付いていたのは、2人の幼い子供であった。
片方は、ぶかぶかの三角帽子を頭に被った6歳ぐらいの女の子。箒に乗って、器用に空中に浮いている。
そしてもう1人は、10歳前後に見える中性的な翼種の子供。怪我でもしたのか、左の眼には眼帯を付けている。
「……? どちら様でしょう? ねぇ、君たち。お母さんやお父さんはどこですか?」
窓を開いて、2人を部屋へと招き入れるとマリエッタはそう問うた。
それから、昨日に買い置いていたクッキーの袋を取り出すと、2人の可愛らしい来客へと手渡した。
「あら! はちみつ堂のクッキーじゃない! 並ばないと買えないのよね!」
箒に乗った黒髪の女児が、嬉しそうにクッキーを受け取った。その様子を微笑まし気に眺めながらもマリエッタは問いを重ねる。
「喉に詰まらせては大変ですから、ゆっくり食べてくださいね。それで、君たちは私を探していたんですよね? こんなに朝早くから、何か私に御用でも?」
「そう! そうなの! そうなんだけど、ちょっと待っててもらえるかしら?」
クッキーを食べるのに忙しいので。
そんな三角帽子の女児を少し呆れたように見やって、眼帯の子供はため息を零す。
「クッキーなんて食べている場合ではないでしょう。セレナさん。ボクたちの置かれた状況、分かってますか?」
「んぐっ!? わ、分かってるわよ、チェレンチィさん! でも、はちみつ堂のクッキーを味わうのだって重要だわ! 私たち、朝ごはんもまだなのよ?」
瞬間、マリエッタの笑顔が凍った。
頬を一筋、汗が伝い落ちる。
それから、彼女は問いかけた。
「セレナ? チェレンチィ? ……え?」
セレナ・夜月 (p3p010688)、そしてチェレンチィ (p3p008318)。イレギュラーズの同僚で、箒を使った空中機動や無音の殺傷を得意とする戦士たちだ。
年齢はたしか、セレナが10代の中頃で、チェレンチィは20を多少超えたぐらいだっただろうか。
確かに目の前の2人には、セレナやチェレンチィの面影がある。
2人とも確かに若い。
けれど、こんな子供じゃなかったはずだ。
「一体、どういうことなんです……?」
首を傾げてマリエッタは言う。
セレナとチェレンチィは、そっと視線を床へと落とした。
その時だ。
「簡単な話だ。そして、我ながら情けない様を晒したと思う」
「言っても仕方ねぇだろ。ま、よーするに俺たちは罠に嵌ったのさ」
開けっ放しの窓の縁に腰かけて、少年たちの声がした。
方や青い髪に獣の耳と尻尾を生やした少年。もう片方は、緑のマントに体を包んだ赤茶けた髪色の少年だ。
マリエッタの表情が、再び固まる。
新たに現れた2人は知らない子供だ。だが、その雰囲気や喋り方には覚えがあった。
アルヴァ=ラドスラフ (p3p007360)とサンディ・カルタ (p3p000438)。共に子供の姿である。
「また増えた……クッキー、足りるでしょうか」
はちみつ堂のクッキーは、値段の割に量があまり入っていない。
●子供に優しいキャロル伯爵
キャロル伯爵。
その街を治める貴族の名である。
「身寄りのない子供たちを施設に引き取り、里親を探す……そんな活動をしている方と聞きましたが? そのおかげか、この街に孤児って少ないですよね」
小高い丘の頂に、シートを広げてピクニック。
マリエッタと、4人の子供たちは現地で作ったオリジナルのサンドウィッチを食べながら、作戦会議の真っ最中だ。傍目に見れば長閑な光景。けれど、交わされる会話の内容は不穏なものだ。
例えサンドウィッチの形が崩れようと、狙った場所にピックが上手く刺さらなくても……あくまでこれは作戦会議の一環である。
「身寄りのない子供を施設に引き取っているってのは間違いじゃない。里親を探しているというのも本当だ」
サンドウィッチを食みながら、アルヴァは答えた。
「屋敷の地下には大勢の子供たちがいます。もっとも、すでに死んでいますが」
忌々しいと言わんばかりにチェレンチィが相槌を打つ。マリエッタの視線が、チェレンチィへ向いた。
「それは、どういうことでしょう?」
「あの男の性癖……でしょうね。見目麗しい子供たちを、剥製にしてコレクションしているんですよ」
「件の施設や活動は、自分の趣味の隠れ蓑ってわけだ。最近、俺の知り合いの子供が1人誘拐されちまってな。助けに行こうと乗り込んだところ、この様ってわけだ」
短くなった手足を見下ろし、サンディは自嘲気味にそう言った。
「高価範囲は屋敷全体ってところだろうな。俺とセレナは空から乗り込もうとしたが、屋根に降りる前にこんな様になっちまった」
「アルヴァから話を聞いてね。活動資金を根こそぎ奪ってやろうと思っていたんだけど」
「ボクは暗殺の下見ですね。まぁ、この状況では、それも難しそうですが」
ミルクたっぷりの甘いコーヒーを口に含んで、チェレンチィが羽を動かす。普段のチェレンチィの様子を知る者からすれば、その羽の動きは頼りない。
いつも通りの速度で飛行することは出来ないし、無音飛行も叶わない。
「どうやら今のボクたちの身体能力は3分の1程度に低下しているみたいですよ。おまけに技を使おうとしても、失敗することが多い」
今現在、チェレンチィたちの使う技は、今の体に最適化されたものである。当然、子供の体で行使することは前提とされていないため、ファンブル率が上がっているのだ。
「つまり、貴族の財産や誘拐された子供たちを奪い返せばいいんですね? えっと、皆さんにも分かりやすく言うと“お年玉”を貰いに行こう?」
「お年玉はともかく……まぁ、話が早くて助かるよ。だが、油断はしないでくれ」
現状、誘拐された子供の居場所は分からない。
そして、財産を奪うためにはキャロル伯爵の持つ“金庫の鍵”を奪わなければいけない。
「金庫の鍵は、水晶で出来た球体の形をしている。用心深い男のようでな、動かせない金庫をこの街や、街の外に幾つも分散して設置しているんだ」
「用心深いというよりも、他人を信用していないんでしょうね。屋敷にはキャロル伯爵以外には、くるみ割り人形やテディベアの形をしたゴーレムしかいませんでした」
アルヴァとチェレンチィは、多少だが屋敷内部の様子を目にして来たらしい。
曰く、貴族の屋敷らしくないパステルカラーの可愛らしい廊下。風船やぬいぐるみで飾られた部屋に、各所に並ぶくるみ割り人形とテディベアのゴーレム。
低下した身体能力でゴーレムたちの妨害を抜け、キャロル伯爵の元に迫るのは至難であろう。
「そしてあのおっさん……たぶん位置感知系の技能を持ってるな。それも、対象を“子供”に絞る代わりに精度を上げている。俺がすぐに見つかっちまったんだから、相当だぜ」
自分の手の平を見つめ、サンディは呻くように言う。
子供のころから、盗みの腕には自信があった。気づかれないように接近し、音も立てずに財布をスリ盗る程度のことは出来るつもりだった。
それがどうだ。
罠……“ネバーランド”という名の魔道具らしい……が発動し、子供の姿になって数分もしないうちに、サンディはキャロル伯爵に見つかったのだ。
逃げても逃げても追いかけて来る、優しい笑顔の中年男性の姿が今も脳裏にこびり付いて離れない。
「おっさんは視認した相手に【無常】【退化】を付与する魔術を使う。“ネバーランド”と併用されている今の状況じゃ、碌に抵抗も出来ずに捕まっちまうだろうな」
さて、どうするか。
5人は……1人の女性と4人の子供は視線を交わし、相談を始めた。
と、そこでセレナが首を傾げる。
「ところで“ネバーランド”の効果は伝染するみたいなんだけど、マリエッタさんはちっとも若くならないわね?」
「……えぇ、どうしてでしょうね?」
“ネバーランド”の効能も、きっと完璧ではないのだろう。
- あぁ、愛しのローリー。或いは、お年玉をもらいに行こう…。完了
- GM名病み月
- 種別リクエスト
- 難易度-
- 冒険終了日時2023年01月15日 22時20分
- 参加人数7/7人
- 相談7日
- 参加費150RC
参加者 : 7 人
冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。
参加者一覧(7人)
リプレイ
●子供は宝
見渡す限りのパステルカラー。
廊下に並ぶぬいぐるみ。色取り取りの可愛らしくも、キラキラしている飾り付け。
知らなければ、そこが“貴族の屋敷”だと、分かる者などいないだろう。
「こんなにちいさくなっちゃうのはそうていがいだったけど、それでもできることはあるわ。さ、『おとしだま』をもらいにいきましょ!」
侵入するのは簡単だった。
大き目サイズの三角帽子を持ち上げながら、6歳女児もとい『夜守の魔女』セレナ・夜月(p3p010688)が、パステルカラーの廊下を進む。
屋敷の1階。鍵の開いていた裏口から、屋敷内部へ踏み込んだのは都合5名の子供たちだ。目的は単なる悪戯ではなく、貴族の財産と、誘拐されたスラムの子供を奪うこと。
「キャロル伯爵の姿は見えませんね。今のうちに……んぎゃ!」
駆け出した直後に、『暗殺流儀』チェレンチィ(p3p008318)が顔からこけた。だが、問題ない。床の素材はふかふかしており、転んだ程度で怪我はしない。
「身軽さや素早さを売りにしていたのに、これでは商売上がったり。どうにか元の姿に戻りませんと」
悔しそうな顔をして、チェレンチィはそう呟いた。
魔道具の影響により子供になったイレギュラーズは、身体能力や技術が大きく低下した状態にある。さもなければ、多少足場が不安定な程度でチェレンチィが転倒などするはずもない。
そんなチェレンチィを助け起こすのは、青い髪の7歳児……『航空指揮』アルヴァ=ラドスラフ(p3p007360)だ。
「クソが、子供に戻る魔道具なんてアリかよ」
「落ち着けって。まぁ体が小さくなったからって、何も赤ん坊に戻ったわけじゃねぇ。そんな困ることないだろ!」
「……いや、カイト? お前……それは」
「あん?」
『緋色の鷹翼』カイト・シャルラハ(p3p000684)の手元を見つめ、アルヴァは目を丸くする。カイトが運んでいるのは、廊下に飾り付けられていた星形のランプだ。
そして、カイトの足元にはぬいぐるみやクッション、飾りなどを集めて作った“巣”のようなものが出来ている。先ほどから無言のまま、忙しそうにしていると思えば……おそらく、本能的に落ち着ける場所を設けようとしていたのだろう。
なお、例に漏れずカイトもすっかり子供の姿だ。
「おい、遊ぶのは後にしとけよ……来るぞ」
腰を低くし、そう言ったのは『抗う者』サンディ・カルタ(p3p000438)。手首から零れた血は床に落ちず、虚空で短刀の形を成した。小さな手でそれを握って、刃先を向けたその先には、2階へと続く階段がある。
コツコツと、小さな足音が聞こえて来た。
「どう隠れても子どもだと見つかっちまうんだったか?」
「侵入時点でキャロルには探知されてたはずだ。となると、取れる手は1つ……」
サンディの肩を叩いて、アルヴァはくるりと踵を返した。
足音の主が姿を見せるより速く、アルヴァの合図でイレギュラーズは一斉に床を蹴りつける。
「逃げるんだよ!」
こうして5人の子供たちと、キャロル伯爵との“鬼ごっこ”が始まった。
屋敷の裏門付近にて、小鳥が1羽、囀った。
『未来への葬送』マリエッタ・エーレイン(p3p010534)の肩に乗った青い鳥は、セレナの呼んだ使い魔だ。
「向こうは上手く伯爵を呼び出せたようですね。では、更に若返る前に終わらせてしまいましょう」
小鳥を使った合図を受けて、『不可視の』イスナーン(p3p008498)が影の内へと歩を進める。その体は、影に溶けるようにしてすっかり視認できなくなった。
イスナーンとて、当然に魔道具の影響を受けて若返っているものの、元々の年齢が年齢だ。10歳程度、若くなっても十分に成人した肉体は保たれている。
そして、もう1人……。
「キャロル伯爵。童話の世界には一つつきものがあるんですよ」
マリエッタは、そう言って裏門の扉を押し開ける。
裏庭へと1歩を踏み入れた瞬間、冷たい風が一陣吹いた。マリエッタの髪とスカートが風に靡く。
「それは子供を浚う悪い魔女。血の魔女が浚ってあげましょう。貴方の大事な、子供達をね」
零すような呟きは、風に運ばれどこかへ消えた。
●遊ぼう、ローリー
廊下には、幾つものぬいぐるみが並んでいた。
子供たちを楽しませるため、そして侵入者を排除するために設置された特別仕様のゴーレムだ。見た目こそ、ふわふわしていてファンシーチックなものではあるが、その実態は頑強で、そして果てしなく強靭だ。
ただし、それは大人を相手にした場合だけ。
「これで……ゴーレムに、なり切る!!!!!」
そのうち1つの背中を裂いて、綿の詰まった内側にサンディは潜り込んでいた。
ガラスの瞳を通して窺う廊下には、1歩2歩と歩を進めて来る男の姿。皺のない衣服に身を包み、白い髪をぴったりと撫でつけた上品そうな男性だ。
柔らかな笑みを浮かべた彼は、右へ左へと視線を巡らす。サンディをはじめ、屋敷内に迷い込んだ子供たちを探しているのだ。
「ローリー? んー? どこに隠れたのかなぁ? こっちかなぁ? まったく、ローリーはかくれんぼが上手だなぁ」
キャロル伯爵は、まったく見当違いの場所を探している。
息を潜めて伯爵の様子を窺いながら、サンディはキャロル伯爵の一挙手一投足を観察していた。年齢の割に腰はまっすぐ伸びているが、決して身体能力が高そうには見えない。
典型的な貴族家の当主、それもとびっきりに優しそうな類に見える。
だが、見かけ通りの人物でないことも知っていた。孤児たちの支援を行う裏で、気に入った子供を剥製にして地下に飾るという趣味を持つ歪んだ男だ。
(みんなは上手く逃げたかな?)
キャロル伯爵との遭遇から、すでに十数分ほどが経過している。思ったよりもキャロル伯爵の追跡が執拗だったため、サンディが囮役となって足止めしているわけだ。
「んー? どこかなぁ? こっちかなぁ?」
キャロル伯爵の姿が視界から消えた。
コツコツ、と足音が遠ざかっていく。
(……みんなの方に行ったのか? だったら、俺が姿を現すべきか?)
外に出るべく、ぬいぐるみの内で身を捩らせた。
と、その時だ。
「見つけたよぉ、ローリィィィ?」
サンディの視界一杯に、伯爵の笑顔が映り込む。
廊下にずらりとぬいぐるみが並んでいた。
テディベアに、大きな兎、猫を模したぬいぐるみと、くるみ割り人形。種類は多様。数は膨大。素材に使われた布や綿は上質なもので、裁縫も丁寧。どのぬいぐるみも職人が力を入れて作り上げたことが分かる。
それが、数体、マリエッタへと襲い掛かった。
屋敷に足を踏み入れたのと同時に、何の警告も無く、突然に。
なぜか? それは、マリエッタが“子供”では無いからだ。
「容赦のない……しかし、どうして私自身に何の変化もないのでしょうね」
振り下ろされたぬいぐるみの腕を回避して、マリエッタはそう呟いた。テディベアのもこもこ、ふわふわとした腕には結構な量の魔力が充填されている。
空振った腕が床を叩けば、ファンシー塗装の床板が砕け、木っ端が辺りに飛び散った。顔を庇うマリエッタの腕に、飛び散った木っ端が裂傷を刻む。
白い肌に血が伝う。
それは意思を持つように、ぬるりとうねると刃の形状を取った。
とん、と広げた手の平をぬいぐるみの胸に押し当てて……瞬間、まるで花が咲くように赤い刃が展開される。
スパン、と軽い音がして。
テディベアの丸い頭が、ポトリと地面に転がった。
地下に続く階段がある。
鋼鉄の扉で遮られた、いかにも怪しい階段だ。何者も立ち入らせまいと、厳重に鍵がかけられているが、そんなものイスナーンの前では意味がない。
袖口に仕込んだ針金を摘むと、錠前へと差し込んだ。数回ほど針金を上下に動かせば、あっさりと開錠は成功する。
鍵の数は3つ。多少、大きさに差はあるが開錠にかかる時間は変わらない。
そうして、3つの鍵を開けてイスナーンは針金を仕舞った。少し余裕のある袖口を片手で摘むと、イスナーンは首を傾げる。
「気持ち服が緩くなった気がしますがきっと気のせいか十年で筋肉が増えたのでしょう」
決して太ったわけではない、と。
そう呟いて、イスナーンは床を蹴る。
転がる彼のすぐ頭上を、くるみ割り人形の腕が通過した。
「すんなりと地下へ進ませてはくれませんか」
砕け散った壁の破片が、イスナーンの頬や肩に傷を作った。流れる血を手の甲で拭うと、イスナーンは背後を見やる。
そこにいたのは、都合10を超える数のぬいぐるみゴーレムたちだった。
廊下を走るアルヴァとカイトが、背後へ向かって声をあげた。
「へっへーん中年体力の鈍間伯爵め、こっち来やがれ!」
「かくれんぼでも、鬼ごっこでも、おっさんなんかに俺が負けるわけないぜ!」
屋敷の2階。
背後に人の姿は無いが、ゆっくりとした足音だけは聞こえている。
キャロル伯爵が階段を上って来ているのだ。走ったり、不必要に大きな声を出すような真似をしないのは、アルヴァとカイトを怖がらせないためだろう。
「カイト、仕掛けるぞ!」
「おう。見せてやろう、子供の力を」
2人は視線を交差させ、廊下の左右に並んだ別々の部屋へと跳び込んだ。まるで水に飛び込むみたいに、木製扉を摺り抜けて……。
足音が近づいて来る。
「どこに行ったのかなぁ? ここかなぁ? いないなぁ?」
扉を開く音がする。
キャロル伯爵が、廊下に並んだ扉を1つひとつ開けて確認しているのだ。
少しずつ、伯爵はアルヴァとカイトが隠れた部屋へ近づいて来る。
ガチャ、とドアノブを捻る音がした。
瞬間、カイトは扉を摺り抜け部屋の内から廊下へと飛び出す。向いの部屋に身を潜めていたアルヴァも同じだ。
「子供の無遠慮さ舐めんなよ!」
カイトが叫ぶ。
猛禽の爪を備えた蹴りが、伯爵の手に裂傷を刻んだ。
小さな身体とはいえ猛禽には違いない。人の肉を裂く程度なら、子供の身体でも容易だ。
だが、それだけだ。
まったく同時に浴びせかけられた2人の跳び蹴り。それをキャロル伯爵は、余裕な顔して受け止めたのだ。
「っ!? 貫き穿つ、疾風の槍!」
足を掴まれた不安定な姿勢のまま、アルヴァはライフルを一閃させる。
子供の腕力では、普段ほどの威力は乗らない。キャロル伯爵の脇腹をライフルで殴打した瞬間、アルヴァの脚に痛みが走る。
「ぐっ!?」
「アルヴァっ!?」
「まったく2人は暴れん坊さんだなぁ」
腕を裂かれ、ライフルで殴打されてなお、伯爵は笑顔のままだった。底知れぬほどの子供に対する慈愛の心に、アルヴァは寒気さえ感じる。
伯爵の手に、七色の魔力光が灯り……。
「おや? そっちにいたんだね?」
アルヴァとカイトを床へ降ろして、伯爵は背後を振り返る。放たれた七色の魔力弾が廊下一面を埋め尽くした。
瞬間、廊下に魔力の風が吹き荒れる。
閃光が伯爵の放った魔弾を弾いた。
セレナの放った魔力の光だ。
ぽわん、と気の抜ける音を鳴らして破裂する魔力光。その真下を掻い潜り、2つの影が伯爵の懐へ潜り込む。
「ほうきをつかんで!」
伯爵には目もくれず、セレナの箒が廊下を翔けた。アルヴァとカイトが箒を掴んだのを確認し、セレナは飛行速度をさらに一段あげる。
「わたしは、いせかいのまじょ! おじさん、つかまえてみなさいな!」
「んん? 魔法少女ごっこかな? よぉし、捕まえちゃうぞ!」
伯爵が指を弾いた。
セレナの進路を塞ぐように、ぬいぐるみたちが起動する。
魔力の閃光が吹き荒れる。
「かわいいぬいぐるみはきらいじゃないけど、つかまえてくるのはしゅみじゃないの!」
焼け焦げたぬいぐるみの間を潜って、セレナは加速。箒から降りたアルヴァとカイトが、ライフルと槍を横に薙いだ。
こどもたちによる逆襲が、今、幕を開けたのだ。
「君はローリーによく似ているね。あぁ、昔ね、ぼくが愛した少女の名前なんだけど……彼女は病気で死んでしまったんだ」
両腕を取られ身動きの取れないチェレンチィの顔を、キャロル伯爵はじぃと見つめる。
少しだけ悲しそうな顔をして、彼はさらに言葉を続けた。
「彼女との別れが、ぼくの始まりだったんだ。幼い子供はね、愛されて、幸せにならなきゃいけない。彼女みたいに、親に捨てられて、1人寂しく死んでいくなんて許されない」
「あなたが助けてあげればよかったんじゃないですか?」
淡々と。
チェレンチィはそう問うた。
伯爵は視線を伏せて肩を震わす。その瞳から、涙が零れて、床に小さな染みを作った。
「気付いてあげられなかったんだ。彼女が親に捨てられたことを、ぼくは最後まで知らずにいた……まったく、度し難いほどに鈍く、愚かだったんだ」
鼻を啜った伯爵は、涙を拭うべくチェレンチィの手から片方の腕を離す。
刹那、チェレンチィの翼が風を打ち、その痩身がその場でくるりと虚空に浮いた。
体を回転させながら、チェレンチィがナイフを振るう。
「おっと!?」
黒い刃が伯爵の身体を貫くことは無かったが、代わりに衣服の前面が裂けた。布の破片と一緒に、懐から零れた宝石球が床に転がる。
「ナイフで刺せば意表はつけると踏みましたが……上手くいって何よりです」
翼で空気を打ってチェレンチィが加速する。滑るように床を疾駆し、床に転がる宝石球を蹴り飛ばした。
「そちらは?」
弧を描き、廊下を飛んだ宝石球をキャッチしたのは、捕らわれたはずのサンディだった。
睡眠薬でも打たれたのか、顔色は悪く、足取りは覚束ないようだが、行動不能には程遠い。
「ばっちりだ! 逃げるぞ!」
「なに!? 君は確かに眠らせたはず……っ!」
驚愕に声を荒げる伯爵へ向け、サンディは舌を出して「いー!」とだけ言葉を返す。
●さよなら、キャロル
時刻は少し巻き戻る。
屋敷の2階。広い部屋に拘束されたサンディは、マリエッタの手で救出された。
部屋にいたのは、サンディと、サンディが行方を捜していた孤児の2人だけ。広い部屋に子供2人とは、どうにもバランスが悪い気がする。
きっとこの部屋は、連れて来た子供を一時的に滞在させておくために用意されたものなのだろう。
この部屋で数日を過ごした子供は、伯爵の経営する施設か、或いは地下へと送られることになる。
「伯爵の行為……不思議と記憶が思い返されるようで。地下のコレクション。人知れずに……全て破壊したい。魔女の気持ちが抑えきれない気もするのですよ」
壁に飾られた、子供の描いた拙い絵に手を触れてマリエッタがそう呟いた。
そんな彼女の背に、サンディは恐る恐るといった様子で声をかける。
「破壊は後回しにして、その子を連れて先に逃げてくれねぇか?」
「……構いませんが、サンディさんは?」
「あぁ、ちょっとやられっぱなしは性に合わないんでね」
意識がはっきりしないのか、サンディの足取りはふらついている。
そんな状態でも、サンディは手に一枚のカードを握って、部屋からふらりと出て行った。
ぬいぐるみの一撃が、鉄格子ごと窓ガラスを粉々に砕いた。
「よっし! 儲けた! サンディ、チェレンチィ! そのまま廊下を進んで来てくれ!」
ライフルによる一閃で、ぬいぐるみを殴り倒しながらアルヴァは叫ぶ。
そのすぐ横を、翼を広げたカイトが駆けた。迷うことなく壁の穴から、屋敷の庭へと飛び出して、視線を遠くへと向ける。
「目当てのもんは盗ったんだろ? だったら長居は無用だぜ!」
門の向こうには、子供の手を引き屋敷を離れるマリエッタの姿が見えた。
「なんでマリエッタは子供にならなかったのかしら? もしかして、ものすごいごこうれ……うっ、ううん! なんでもないわ!」
カイトに続き、外に出たのはセレナである。
伯爵を攪乱するためか、セレナとカイトは屋敷の裏手へ飛んでいく。
直後、屋敷の窓から七色の閃光が零れた。
宝石球を奪い返すべく、伯爵が魔力弾を放ったのだろう。
壁の穴から粉塵が溢れる。
粉塵の真ん中を突っ切って、アルヴァとチェレンチィが……それから、2人にぶら下げられた状態のサンディが外に飛び出した。
「ネバーランドはどうします? 壊すなりなんなりして早く元の姿に戻りたいのですが」
なんて。
チェレンチィがそう言うと、サンディとアルヴァは揃って顔色を悪くした。
屋敷の地下に血だまりがあった。
それから、ぬいぐるみの綿が散らばっている。
薄暗い部屋だ。壁際には、子供の剥製が無数に並んでいる。どの子も、幸せそうな笑顔を浮かべているが……死後に無理矢理、整えられた紛い物の笑顔であることは明白だ。
それから、部屋の奥には小さな回転木馬が1つ。
燐光を放つそれは「人を10歳、若返らせる」魔道具“ネバーランド”に相違ない。
「あれですね」
血塗れのイスナーンが、マッチを擦って火を起こす。屋敷の地下に向かう途中で、無数のぬいぐるみに襲われたことで【パンドラ】を消費するまで追い込まれたが、どうにか仕事は果たせそうだ。
床に放られたマッチの火は、ぬいぐるみの綿に着火して、黒い煙を立ち昇らせた。
もうじき、屋敷の地下は……否、屋敷の全てが炎に飲まれる。
「証拠の書類だけは持ち帰らせてもらいますが」
他はすべて、灰と化して失われることだろう。
成否
成功
MVP
状態異常
あとがき
お疲れ様です。
この度は、シナリオのリクエストおよびご参加、ありがとうござました。
キャロル伯爵の財産は強奪され、屋敷は炎に包まれました。
伯爵の行っていた慈善事業は、資金不足により停止となります。
依頼は成功です。
GMコメント
●ミッション
キャロル伯爵の屋敷から“お年玉”を回収する
●お年玉
①金庫の鍵:キャロル伯爵の所持する水晶球。屋敷外に複数存在する堅牢な金庫を開ける鍵。
②誘拐された子供:サンディの知り合いの孤児。最近、キャロル伯爵の屋敷に連れていかれた。
●ターゲット
・キャロル伯爵×1
40代ほどの中年男性。
表向きは、身寄りのない子供を施設に引き取り、里親を探す活動をしている慈善家貴族。
時折、気に入った容姿の子供が見つかると、剥製にして屋敷の地下にコレクションしている。
本性はともかく、表向きには悪しき点のない善人のように振る舞っている。
『子供探知』のスキルと、魔道具“ネバーランド”を有する。
子供探知:対象は低年齢の子供に限るが、高精度で位置を把握できるスキル。
ネバーランド:屋敷全体を高価範囲に置く魔道具。許可なく敷地に立ち入った者の年齢を10歳下げる。
効果は伝染するため“子供化”した者の近くにいると子供化が進む。
※相談中、誰かが若返るかもしれませんね。
全ての子供に愛の手を:神中範に中ダメージ、無常、退化
カラフルで愉快な魔弾。
・子供たちのお友達×複数
屋敷の各所に設置されたゴーレム。くるみ割り人形やテディベアの形をしている。
子供たちを外に逃がさないために存在する。大人は容赦なく排除する。
●特殊状況
“ネバーランド”の影響で、参加者の年齢は10歳若返る。
10代前半までの年齢に若返った場合、パラメーターが3分の1に低下し、FB率が上昇するデメリットを受ける。
※そもそも高年齢の場合や、年齢不明な場合、加齢という概念が存在しない場合は効果が上手く発動しなかったり、不思議と幼児サイズにまで縮んだりする。
効果は伝染するため“子供化”した者の近くにいると子供化が進む。
※相談中、誰かが若返るかもしれませんね。
●フィールド
幻想。キャロル伯爵の屋敷。
屋敷の窓には鉄格子が嵌めこまれている。
屋敷内はパステルカラーに塗装されており、クッションや風船、ぬいぐるみなどで飾り付けられている。全体的にキッズルームのような雰囲気。子供サイズであれば身を隠す場所は多い。その方がかくれんぼで遊びやすいからだ。
屋敷は3階建て。ただし、地下にコレクションルームがあるらしい。
●情報精度
このシナリオの情報精度はBです。
依頼人の言葉や情報に嘘はありませんが、不明点もあります。
●注意事項
この依頼は『悪属性依頼』です。
成功した場合、『幻想』における名声がマイナスされます。
又、失敗した場合の名声値の減少は0となります。
また、成功した場合は多少Goldが多く貰えます。
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