PandoraPartyProject

シナリオ詳細

霜月さんは頭が痛い

完了

参加者 : 10 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

オープニング

●欲望おせち
 数の子だろ、黒豆だろ、んでたたきごぼうだろォ?
 かまぼこは紅白にしたいよなァ。伊達巻ははずせないし、栗きんとんは必須。昆布巻きもだなァ。焼き物なら鯛はぜったい入れたいなァ。それに海老とはまぐり添えてー。酢の物はやっぱりレンコンとなますだ。煮しめはこんにゃくと里芋。そうそう、くわい。忘れちゃいけない。たけのこ炊いたんも霜月さん的にほしいとこだよなァ。
 ありゃ、メニューの数が偶数だわ、不吉不吉、あと一品。なんにしよう?

●幕間 冷たい心臓・壱
 鮮やかな南天模様が火鉢を彩っていた。その火鉢は、黒影 鬼灯(p3p007949)と相対する少年の、ちょうど中央に置かれていた。鬼灯はあぐらのうえに頬杖をつき、火鉢の向こうで正座している少年を見つめる。平々凡々とした少年だが、血のように赤い髪と目が印象的だ。彼の名は【孤児院最年長】ベネラー (p3n000140)。腰には魔銃『赤奏プライド』を帯びている。斜め後ろには、彼の保護者である孤児院の院長シスターイザベラがなよやかに座っていた。
 名無しの魔種に狙われているため、鬼灯が彼の所属する孤児院の院生まるごと引き取って庇護下に置いて久しい。その魔種の計略で、院生のひとりであったセレーデという少女が反転し、討ち取らざるをえなかったのも、記憶に新しい。現状、肝心の魔種には逃げられっぱなしだ。いつまた襲いかかってくるかわからない。それに加えて、ベネラー自身にも頭痛の種があった。感染する呪いにかかっているのである。たしかビースチャン・ムースというスライムへ変じる呪いと言ったか。ベネラーは危険だ、歩く不発弾だと、神無月が彼を毛嫌いしていることも、鬼灯は重々承知していた。
 障子の向こうで、かこんとししおどしが鳴った。それを皮切りに、シスターが口を開いた。
「ベネラー、お話しなさい」
「はい」
 返事はしたものの、ベネラーはどう続ければいいのか迷っているようだった。鬼灯が助け舟代わりに声をかける。
「ベネラー殿、睦月を連れてとつぜん出ていって、みんな驚いていたぞ」
「はい」
「『ちょっと遠くへ行ってくる』という置き手紙はさすがに雑すぎやしないか。ミョール殿が心配のあまり癇癪を起こしていたし、リリコ殿は不眠がぶりかえした」
「はい」
 すみませんとベネラーはわかりやすく小さくなった。
「僕個人の事情に、誰も、巻き込みたくなくて……」
「火中の栗を拾ったのは俺たちの方だ。もっと信じて頼ってほしい」
「おっしゃるとおりなのですが……それでも……」

●欲望おせち?
 んで酒と茶ァ。たんまりいるよなァ。うちは大所帯だから。同じ飲むなら酒は屠蘇散漬けるとこまでやりたいなァ。縁起物だもんなァ。奥方には茶を点てたいから、茶道具を一式用意しとかないと。それでもって、おせちは暦の部下たちの分も作ってあげたいしィ。面倒みてる孤児院の子どもたちのも……あ、お年玉、お年玉の用意、やっべやっべ、睦月に相談しなきゃ。
 てか材料、何キロ用意すりゃいいんだァ? リスト作っとかないとだなァ。あれ、待てよ。年末のどたばたで大掃除してなくねェ? あっ、餅つき! 年越しそば! 門松! しめ飾り! うわ、やっべやっべやっべー、手をつけてないことのほうが多いじゃんかァ!

●幕間 冷たい心臓・弐
「ベネラーさん」
 鬼灯の腕の中から、章姫が微笑みを向けた。
「もうあなたひとりでどうにかなる段階ではないのだわ」
 ベネラーはつらそうに顔を伏せた。鬼灯が有無を言わせぬ声音で問う。
「なぜ銃を買いに鉄帝まで行ったのだ?」
 ベネラーが低く押し出す。
「名無しの魔種の襲撃に備えて、自衛したいと考えたからです」
「だから孤児院の子どもたちへも銃を配ったのか」
「はい」
「ずいぶんと珍妙なシャイネンナハトになってしまったな」
「はい……」
 怒ってますか? おそるおそる問いかけたベネラーに鬼灯は首を振ってみせた。
「あきれているだけだ」

●欲望おせち!
「ステーキ食いたい」
 ユリックの一言に、霜月は膝から崩れ落ちそうになった。あと一品を決めるために、彼は頭領である鬼灯が保護した孤児院の子どもたちへ、話を聞きにきたのだった。
「ユリック、霜月さんが困ってるでしょ。霜月さん、こいつの言うことは聞かなくていいから」
 ミョールがユリックの襟首をつかまえた。ウェーブがかった長い金髪に、青と緑のオッドアイを持つ少女だ。霜月は彼女へ視線をやった。
「そういうミョールちゃんは何が食べたい?」
「え、え、えっとぉ……」
 ミョールの目が泳いでいる。
「正直に言ってごらんよォ」
「ロ、ローストビーフ」
「あーずるい! ずるいでーす! ここに抜け駆けしてるやつがいまーす!」
「黙ってなさいよユリック!」
「いいなー、それならボクはアップルパイが食べたい。焼きたてホカホカのやつ」
 今日もカワイイ格好をしているロロフォイが不満そうに言う。
「チナナはすっぱいのとにがいのはイヤでち」
 遠慮なく自分の都合を押し付けてくる、最年少、チナナ。
「オレはねー! えーっとねー! ピザがいいピザが!」
 無邪気に主張しているのはいつもユリックのあとをついてまわる幻想種のわんぱく、ザス。
 とりあえず子どもたちはあたたかいものが食べたいということだけはわかった。おせちの前提を根本からくつがえしてきてくれている。霜月はくらくらする額を抑え、助けを求めるように話を振った。
「リリコちゃんはァ?」
「……私?」
【無口な雄弁】リリコ(p3n000096)はこくびをかしげてかすかに眉を寄せた。大きなリボンが困惑したかのようにふわふわと揺れている。
「……なんでもいい」
 な ん で も い い が い ち ば ん こ ま る 。

●幕間 冷たい心臓・参
「……怖いんです、僕」
 ベネラーは顔を伏せたまま膝の上の拳を握り込んだ。少年らしいまろやかな肌には、骨が浮いている。
「魔種も厄介だけれど、それ以上に怖いのは僕にかけられたビースチャン・ムースの呪いです。いつ何時、僕の呪いが暴発して理性をなくしてしまうのかと。またも吸血衝動に飲み込まれて、誰かを襲ってしまうのではないかと」
 僕は二度と誰も傷つけたくないのに。
 奥歯を噛み締めているのか、ベネラーの肩がふるえていた。
「ふむ」
 鬼灯は頬杖をやめた。姿勢を正し、背筋を伸ばす。
「ベネラー殿、いちど医者に診てもらってみるのはいかがか?」
「お医者さん、ですか? でも僕は心臓が冷たい以外はなんとも言えないと、イレギュラーズの方から診断されていて……」
「通常の医術ならな。だが練達ならどうだ」
「練達?」
 ベネラーが意外そうに顔を上げた。シスターも「まあ」と口元へ手をやる。彼女は鬼灯の一言で理解したようだった。
「エリア777」
 鬼灯はそう告げた。
「ただでさえ旅人ぞろいの探求都市国家アデプトにある、人外ばかりが集っている区画だ。俺も行ったことがあるが、人間の姿をしている者のほうが少ない。そこの医療技術をもってすれば、なにかしら情報が得られるかもしれん。ベネラー殿も、日々をただ座しておびえているだけではつらかろう?」
「……はい」
「行ってみるか? エリア777」
「はい。行ってみたい、いえ、行きたいです」
 まっすぐな少年の瞳を受けて、鬼灯は鷹揚にうなずいた。

●欲望おせちへたどりつけるか?
「えっとねェ、ほんと困ってるんで、助けてほしい……」
 あなたの前で霜月はくたびれた笑みを浮かべた。
「やらなきゃいけないことが多すぎるんだよォ、猫の手も借りたいんだよォ」
「おやこの我(アタシ)を猫の手とは霜月の旦那も大きく出たじゃないか。孤児院周りの生活費もろもろ、援助を打ち切ってもいいんだよ? あのシスターの胃袋を支えているのは誰だと思ってるんだい?」
「アッハイ。イツモオセワニナッテマス」
 霜月はなめらかに土下座した。シスターは、どこへ入っているのかとマジなツラで小一時間問い詰めたいくらい、大食いなのだった。それよりなにより、武器商人(p3p001107)には敬意を払うべきである。なぜなら女神と崇める奥方が、己を閉じ込めていた拘束を打ち破るための『名』を与えたのは武器商人なのだから。それだけで暦である霜月にとっては敬うに余りある。名は最初の呪であり、最後の呪である。暦たちが章姫と触れ合えるのは、いちにもににも武器商人のおかげだ。もっともそのモノにとっては、そんなこともあったねくらいなのだろうが。
「さすがに今のは無礼でした。すみません」
「ヒヒ、冗談だよ冗談。援助だって我(アタシ)のポケットマネーだしね。たいした額じゃないさ。それで、何をすればいいんだい?」
 なお、武器商人はかの有名な商人ギルド・サヨナキドリのテッペンである。ポケットは当然深く広い。立ち上がった霜月は冷や汗をかきながら次をくりだした。
「おせちを作りたいのですが、材料がいま手元になくてですね」
「敬語はいいよ。いつもの調子でやっとくれ」
「じゃあ失礼させていただいてェ。まずは裏手のお山の近くに畑があるんで、そこから野菜を採ってきてほしい。雪の下に埋めてあるから、今頃おいしく熟してると思うんだァ。いいぐあいの野菜は近づいたら襲ってくるし探すのは簡単だよォ」
「は?」
「は?」
 冬越 弾正(p3p007105)とアーマデル・アル・アマル(p3p008599)が霜月を二度見した。
「あれ、霜月さん、なんか変なこと言ったァ?」
「野菜が襲ってくると言った」
「ああ、豊穣じゃよくあることだよ、弾正ちゃん。修行にもなるしね、ちょうどいい」
「そうだな、考えてみれば食材が襲ってくるのは混沌ではオーソドックスなステレオタイプだ」
 アーマデルがそっけなく言う。霜月は当然のように首肯し先を続けた。
「んで、孤児院の子どもたちが肉食いたいって騒いでるから、牛狩ってきて」
「牛を、狩る?」
「うん、そうだよ弾正ちゃん。裏手のお山を登っていったら、冬眠しそこねた野生の牛が出てくると思うんだよねェ。あのあたりは雪が積もった斜面で足場が悪いし、牛はちょっといやかなり凶暴だから気をつけてねェ」
「冬眠、牛、凶暴」
「まごうことなく牛だな」
 アーマデルがスンって感じで断言する。
「依頼人が牛と呼んでいるのだから牛だ。そしてこのシナリオの情報精度はAだ」
「メッタなことを言うもんじゃない。ちなみに俺たちが仕事をしている間、暦たちは何をするつもりなんだ?」
「大掃除、する……」
「……そっかあ」
 大掃除じゃ仕方ないよなあと弾正は優しい目で遠くのお山を見た。
「買い物も行ってほしい。リスト作ってあるからそれ持って高天京の問屋街へ行って。魚、調味料各種、酒、茶、もち米、そば、あとおせちの具材いろいろたくさん、買えるだけ買ってきて。馬車とか荷車とかあると楽かもしれないねェ」
 ふむ、とあなたは聞く姿勢に入った。
「一通り終わったそのあとはァ。餅つきしないとだし、おせち作らないとだし、孤児院の子どもたちの相手だってしなきゃだしィ」
 あの子達、いつ魔種に襲われるかわかんないから、普段はなかなか遊ばせてやれないんだァ。霜月は頭をかいた。彼の瞳へ浮かんだのは憐憫だろうか、同情だろうか。一瞬でそれを打ち消し、霜月はあなたへ、へらっと笑ってみせた。
「というわけで、年末なのにやることがうんとあるんだよねェ。年越しそば、豪勢なの用意するから、お願い。このとーり。手伝って?」

GMコメント

みどりです。年越しシナリオです。

PCさんが遊んでるとこいっぱい書きたいのでEXにしました。やたら長い幕間は気にしないでください。
本題です。どうやら暦さんたちは年越しと新年の準備をわーっとやってがーってやるようです。手伝ってあげてください。
孤児院の子たちはそのへんでわちゃわちゃしています。

やること 多いので手分けしたほうがスムーズです。
前半
1)裏の畑でバトって野菜入手
2)裏手のお山を登って牛とバトって肉入手
3)高天京の問屋街へ買いものに行く 買物リスト有り とにかくたくさんの量が求められている
後半
4)庭で餅つき 鏡餅用です 試食は参加者の特権
5)おせち作り 欲望おせちです 型にとらわれずこれ食いてえあれ食わせてえってのをぶちこめ
6)孤児院の子どもたちの相手をする 娯楽に飢えています あなたの冒険譚を目を輝かせて聞くでしょう
7)その他やりたいことあれば何でも
最後
8)みんなで年越しそばを食べる(どうしても新年を大切な人と大事な場所で迎えたいあなたはキャンセルしていいです)

●戦場&エネミー
やること(1)の戦場
 鬼灯邸の裏手のお山近くにある畑。自給自足と修行がてら暦たちがかわりばんこに畑当番をしている。
 にんじん、大根、ごぼう、白菜、ネギ、キャベツなど冬野菜が雪の下へ大量に埋めてある。
 つまり、歩くたびに野菜とエンカウントする。広大なフィールドをいかに効率よくまわって野菜を回収できるかが鍵。
エネミー 野菜 たくさん
 HPは低いものの、雪の下から突然飛び出して奇襲をしかけてくる。反応と命中はそこそこ高い。それ以外は野菜。
 野菜のくせにデッドリースカイとかアナイアレイト・アンセムとかイクリプス・ヴォイドレベルの攻撃を放ってくるので消耗に注意。

やること(2)の戦場
 裏手のお山を登っていくと、牛と遭遇する。ジビエである。
 雪が積もった急斜面であり、機動力へ-3のペナルティがかかる。
エネミー 牛 1体
 EXAの心得があり、カラミティギャロップや聖王封魔やステイシス並の攻撃を仕掛けてくる。また、頻繁に移動するので逃走に注意。

●EX
開放してあります。
が。
このシナリオでは少なくとも暦さんたちと章姫さまは確実に出てきます。PCさんも負けず劣らず関係者バンバン出してくれるとにぎやかになってさらにお得。

●NPC かかわってもかかわらなくてもいいですが、かかわったほうが何かと楽しいでしょう。
『暦』
 鬼灯さんの関係者で戦闘能力があります。鬼灯さんの妻である人形、章姫さまを敬愛しています。

 会計係でピアニストの苦労人かわいい、睦月さん
 なんでもできるし無茶振りバッチコイな、如月さん
 普通に不穏だけどさりげにいいやつ、弥生さん
 ガードの固いおっとりさんで桜餅に目がない、卯月さん
 心優しき不殺の人なのにプリンセス呼ばわりされてる、皐月さん
 相棒鷹ナナシと戦場を駆ける隠してるつもりド甘党、水無月さん
 金銀双子の金色の方連撃は任せろ双子よせ刺さる、文月さん
 金銀双子の銀色の方弟の世話は任せろ双子よせ刺さる、葉月さん
 頭領をおっさん呼ばわりできる唯一の傑物、長月さん
 バリバリ神秘系霊視もできちゃうぐう有能、神無月さん
 みんな大好き母上でこの依頼の直接の依頼人、霜月さん
 根暗くんと見せかけてスペック最高値更新中の、師走さん

 非常に多才で個性に富んだ方々です。前半では大掃除をしており、後半ではPCさんたちと共に働きます。または一休みしています。あるいは遊んでいます。
 各キャラの詳細は鬼灯さんとこのアルバムをご参照ください(投げっぱジャーマン)。

『孤児院』 みどりのGMページにフレーバーが載っています。現在鬼灯さんちにまるっと居候中です。
 男『孤児院最年長』ベネラー (p3n000140) なんか呪われてて魔種に狙われてるなう
 男ユリック いばりんぼう→やんちゃ
 女『無口な雄弁』リリコ(p3n000096)
 女ミョール 見栄っ張り→負けず嫌い→一途
 男ザス おちょうしもの→能天気
 ×女セレーデ さびしがりや→討伐
 男ロロフォイ あまえんぼう→男の娘
 女チナナ 泣き虫→ふてぶてしい
 院長イザベラ くいしんぼう

●情報精度
 このシナリオの情報精度はAです。
 イレギュラーズさんなら大丈夫!

  • 霜月さんは頭が痛い完了
  • GM名赤白みどり
  • 種別EX
  • 難易度NORMAL
  • 冒険終了日時2023年01月20日 22時15分
  • 参加人数10/10人
  • 相談8日
  • 参加費150RC

参加者 : 10 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

参加者一覧(10人)

ヨタカ・アストラルノヴァ(p3p000155)
楔断ちし者
日向 葵(p3p000366)
紅眼のエースストライカー
伏見 行人(p3p000858)
北辰の道標
武器商人(p3p001107)
闇之雲
冬越 弾正(p3p007105)
終音
黒影 鬼灯(p3p007949)
やさしき愛妻家
流星(p3p008041)
水無月の名代
アーマデル・アル・アマル(p3p008599)
灰想繰切
メリッサ エンフィールド(p3p010291)
純真無垢
雪風(p3p010891)
幸運艦

リプレイ

●北風ぴゅうぴゅう
 松の木の枝に乙女が立っている。
 体重など感じさせないその佇まい、只者ではない。その乙女はいぶかしそうな顔でいる。
 あたりはしんと静まり返り、耳が痛いほどだ。眼下に見える大きな屋敷では、蟻のように忙しく動き回っている忍姿の集団が見える。もうすこし詳しく見ようと、乙女は前へ乗り出した。
「……ここ、常山ではありませんわよね」
 迷子である。
「いえちがいますわちがいますわ、迷子ではありませんでしてよ、これはそう、若干の誤差といいますが、誰にでも欠点はあるものでして、いえあたくしは天才ですから完璧ですけれども、そう、これは、諸国漫遊の途中の物見遊山、けっして、けっして迷子などではありませんのですわ!」
 誰に向かっていっているのか不明だが、一息にしゃべった彼女は、ふと屋敷へ向かって歩いて行く集団を見つけた。
「あら。あのお姿は」

●合流
 笹薮を突き抜けて影が疾駆してくる。
 最後の薮の前でその影は大きく跳躍し、体操選手かなって勢いで着地した。
「うわびっくりした!」
『黄泉路の楔』冬越 弾正(p3p007105)は心底驚いた。なんで秋永一族の祭司がこんなところにいるんだ。いや諸国漫遊へ出ているのは知っているけど。
『灰想繰切』アーマデル・アル・アマル(p3p008599)も、ほんのすこし口をへの字にして驚きをあらわにしていたが、やがて乙女へ声を賭けた。
「その声は我が友『藤袴』こと秋永円香殿ではないか」
「いかにもですわ。何もしゃべっておりませんが、そういうことにしておきますわ。本日は弾正様とアーマデル様、おそろいでどちらまで?」
 弾正は顎をしゃくった。『やさしき愛妻家』黒影 鬼灯(p3p007949)が居る。彼は正門をくぐり円香が見ていた屋敷の中へ、入ろうとしていた。中からは怒鳴り声が聴こえてくる。
「ああもう! 文月! 葉月! その笹は煤払い用! チャンバラしてないで、ちゃんとやれェ! 水無月は鷹の相手してないでちゃっちゃと水くめ! 如月と皐月はばんばん家具動かして、卯月と師走はその間に掃除掃除! 弥生は今日中に罠の類を全部片付けることォ! 長月、あくびしてるひまがあったら手ェ動かす! これも修行だァ! ……ああ神無月は真面目だねェ、助かるよ。睦月ィ、帳簿整理おつかれさまァ」
 屋敷の方々からいらえが返ってくる。
「そこの双子! いいかんにしろォ!」
「ち、違うって母上、俺はただ文月を止めようと……」
「あははっ、葉月が母上に怒られてやんのー」
「怒ってるのは主にあんたにだ、文月ィ!」
 門から中を覗いてみると、火縄銃を背負った長身の忍が双子をどやしつけている。鬼灯は門をくぐり抜けると、長身の忍へ声をかけた。
「母上~。進捗どうですか」
「今の俺にそれを聞くわけェ? 頭領ゥ」
「おぶちきれておられる」
 殺意満開な忍に対し、その男は飄々とした態度を崩さない。どうやら忍たちはこの男の部下らしい。その後、話の流れで、彼らが暦と呼ばれる集団で、長身の忍は霜月だと円香は知った。鬼灯へ続き、これまた輪をかけて飄々とした人物が庭へと足を踏み入れた。
「水臭いじゃないか、霜月。知らない仲じゃあないんだ。行人ちゃん、ちょっと手伝え、で良いんだぜ?」
 快活な笑みを浮かべるのは、『北辰の道標』伏見 行人(p3p000858)だった。
「あああ、なんかもう行人ちゃんが天使に見えるよォ」
「そいつは持ち上げすぎだろ、だいたい天使なんて柄ではないさ。ミカエルくらいなら考えてやってもいい」
「いつもの行人ちゃん節が聞けて安心だよォ」
 屋敷の方ではやかましく音が鳴り響いている。家具を動かす音、掃き掃除をする音。雑巾を絞る音。こどもたちが手伝っている声。
「オレも居るぜ」
「ワシもじゃ」
 ザッと地に足つけて現れたのは、『紅眼のエースストライカー』日向 葵(p3p000366)と彼のチームメイトでフォワードの大美崎漁(おおみさきいさり)。しゅっとした葵とラグビーの選手と間違えられそうな漁は、見た目は正反対なものの、深く信頼しあっている。お互いに背中を預けあってきた仲なのだ。それは混沌においても変わらないようだった。
「この時期はちょうどオフシーズンじゃからな。他所の国の知見を得るいい機会じゃ! ガッハッハ!」
「というわけで漁を連れてきたっス。こう子どもが多いと騒がしくてかなわねぇからな。ひとつオレらも手を貸してやろうって寸法っスよ」
 葵はいつくしみにあふれたまなざしで縁側を拭き掃除している子どもたちを眺めた。子どもたちは誰が一番早く端までたどり着けるか競争しているようだった。
「……つっても年に一回のイベントっスからね。楽しんでもらわねぇとな」
 そっけない言葉と裏腹のやわらかな口調。その声音には本心からの優しさがあふれていた。無論葵はただ甘いだけの男ではない、イレギュラーズとして時に厳しい態度もとる。けれど、それは相手の立場を思いやってのものであることが多い。それはエースとしてチームを引っ張っていく彼の、鋭い眼力の賜だろう。そしてその判断力は、彼自身の並々ならぬ努力で勝ち取ったものだ。
「俺も! 俺もいます!」
 ちっこいのがものすごく自己主張している。具体的に言うと両手を上にあげて全身でアピールしている。
「水無月班所属、恐れ多くも名代を預かりし者として! 全身全霊、粉骨砕身、仕事へ取り組ませていただく!」
 くわって感じに目を見開いた『水無月の名代』流星(p3p008041)が宣誓。やる気満々、少々空回り。でもそこがいい。若い子はこうでなくっちゃ。うんうん、と霜月がうなずきながら流星の頭を撫でる。
「流星ちゃんはいい子だね。今日はみんな大掃除に必死だからホント助かるよォ」
「いつも行事や屋敷のことは母う……霜月殿に任せきりだからな。手伝わせてくれるというのなら、日頃の感謝も込めて全力でやらせてもらおう」
「霜月さんのことそのまま呼んでくれるなんて貴重な子だよねェ。頼りにしてるよォ」
「了解った。母……霜月殿」
(俺がここでがんばれば水無月班の評価があがる。相対的に師匠の株もあがる。師匠のためにも、全力で!)
 決意を胸に、流星は大地を踏みしめた。軽い寒気は、武者震いというやつだ。澄んだ冬の空気を肺いっぱいに吸い込んで、流星は叫んだ。
「師匠! 大掃除はよろしくお願い致します! 俺は俺で精一杯やります!」
 その声はたしかに水無月の耳へと届いただろう。弟子の声を聞き違える男ではないのだから。
「あの……大丈夫……ですか?」
『幸運艦』雪風(p3p010891)が、ここまでフリーズしたままだった弾正へおずおずと聞く。
「あ、ああ! 大丈夫だ! な、達郎!?」
「えっ、そこで某へ振るのでござるか弾正様? もちのろんでございまする」
「そうですか……よかった。わたしはてっきり、この寒風で凍えてしまったのかと」
 遠慮がちに微笑んだ雪風へ、弾正は。
「バッチリ元気いっぱいだとも! この程度のノイズ、逆に心地よいくらいだ!」
「某については心配御無用でござる」
 達郎もそう答えた。柳生達郎(やぎゅうたつろう)。『葛刃九席』の異名を持つ、秋永一族の庶流の青年だ。音の因子を持つ精霊種だが、どちらかというと刀剣による近接戦闘が得意な、なよやかそうな見た目に反して、意外とバイオレンスな背景の持ち主である。なお愛刀は「削丸(そぎまる)」らしい。痛そうでチョットコワイ。
 チョットコワイといえば雪風の艤装もバイオレンスだが、こっちはなんだかオシャンな感じである。やはり美少女と無骨な兵器の組み合わせは良い。その美少女であるところの雪風は庭から屋敷を見回して、ほうとため息をついた。
「年越しの準備……確かにわたしが元いた世界でも、艦の乗員が忙しくも……楽しそうに準備をしていましたね」
 その瞳は昔日を見ているかのようだ。今はなきぬくもりへ酔うように、雪風は続ける。
「正直なところ、非効率な気もします。やることも、手間も、膨大ですし。……それでも行事というのは大事なものです」
 ですから安心してお手伝いをお任せくださいと雪風は霜月へ一礼した。優雅で流れるような仕草はただのAIとは思えない。気高く、ひそやかに咲く、慎ましやかな白百合のようだ。
「私へもお任せください! きっとお役に立ってみせます!」
 ほがらかに言うのは『純真無垢』メリッサ エンフィールド(p3p010291)。はつらつとしていて日向が似合いそうな娘だ。それはなにも背におった美しい翼や頭上の光輪のせいだけではあるまい。彼女の、明るく、ていねいながらも物怖じしない態度は、じつに新米イレギュラーズらしいまぶしさを放っていた。フレッシュで愛らしい娘は、これでいて果ての迷宮へも挑んだことがある猛者でもある。案外、負けん気が強いのかもしれない。好奇心を隠すこともなく、メリッサはあたりを見回してはうなずいている。豊穣が珍しいのだろう。未知への探究心は強者への道標でもある。未踏破の地を歩き続ける者こそが勇者と呼ばれるのだから。いつの日か彼女も歴史へ名を残すようになるかもしれない。運命の特異点イレギュラーズなのだから。いまはまだ新米でも、可能性は無限大だ。
 霜月から話を聞いたメリッサは大きく首肯してみせた。
「まずは食材集めからですね。わかりました。スパッと行ってバシッと決めてきますよ!」
 その背後へゆらりと人影ふたつ。
「いやはや、中々に慌ただしい年越しになりそうだね」
「…そうだね紫月…。…今年の家族旅行は豊穣…。…イレギュラーズとしても…俺個人としても…楽しい一日になりそうだよ…。」
 愛されたがゆえの姿をとったナニカと、その番である一羽が姿を現す。『闇之雲』武器商人(p3p001107)と『楔断ちし者』ヨタカ・アストラルノヴァ(p3p000155)だ。
 あ、武器商人しゃん。ああっ本当だヨタカさんもいる! うれしい! 孤児院の子どもたちが毬みたいにはずみながら縁側からこちらへ駆けてくる。一斉にやってくるものだから、ちょっとした津波だ。またたくまに一羽とソレは子どもたちに囲まれた。
「ヒヒ、本日のハッピーテイル症候群はどの子かな? 安心おし、痛み止めも甘い糖衣つきのおくすりもちゃーんと用意してあるとも」
 武器商人は子どもたちひとりひとりの頭へ祝福するように手を置く。そうされると子どもたちはなんとも満足した顔になって、武器商人へハグをしたり頭を下げたりと、親愛の情を表すのだった。ヨタカはその様子をにこにこしながら見守った。
「……あら」
 リリコが気づいた。続けて他の子たちも気づいた。一羽とソレのうしろへ隠れるように立っていた少年に。わっと人だかりができる。子どもたちは興奮している様子だ。その少年の来訪に。少年は緊張のあまり猫耳をぴこぴこさせながら、最初の挨拶をした。
「こ、こんにち、は……僕は……」
「あー! 待って待って、自己紹介はいいわ、当ててみせるから! えーと、えーと」
「ラスヴェートさんですよね。ラスヴェート・アストラルノヴァさん」
 考え込んだミョールのとなりで、ベネラーがこんにちはと会釈をする。
「あたしが! あたしが当てるはずだったのに!」
「ぐえ」
 ミョールがベネラーの襟首を締め上げている。
「あ、あはは……」
 どう反応すれば正解なのかわからず、ラスヴェートは困ったように笑った。
「……おひさしぶりね。ラスヴェート。あなたまで来てくれて、とってもうれしいわ」
「リリコお姉ちゃん、元気そうで良かった」
「…うん…紫月からいろいろ聞いていたからね……俺たちなりに心配していたんだ…。」
「……とっても、もうしわけないの」
「…気にしないで…こうして元気な姿を見られて…安心したよ…。」
「ところでリリコお姉ちゃんたち、掃除は、いいの?」
「……いまはこうして出会えた喜びを分かち合いたいわ。ようこそ、ラスヴェート。すこし髪が伸びた? ……私のセリフではないかもしれないけれど、鬼灯さんのお屋敷はいいところ。ゆっくりしていって」
「う、うん」
(でも暦さんたちだっけ、みんな忙しそう……いい子にしてなきゃ)
 しゅんとしたラスヴェートの手を子どもたちが引く。
「わ、わ! お父さん、パパさん!」
 助けを求めるように振り向くラスヴェートへ、ソレと一羽はにこやかに微笑む。
「みんなラスヴェートと遊びたいんだよ」
「…そうだよ…。…いっておいでラス…。…俺たちはこれから仕事……。」
「う、うん! いい子にしてるね!」
 あっというまに連れて行かれたラスヴェートを見送ると、一羽とソレは仲間へ視線をやった。
「……子どもたちに料理を振る舞うためにやってきたのだが…まさか食材と戦うことになるとは…。」
「こういうのも楽しくて好きだよ。ヒヒヒ」
「…ふふ、そうだな…。…実を言うと俺も嫌いじゃない…。…新年を迎えるため…新鮮な野菜をたくさん獲るぞ……!」
 意気込む一羽とナニカ。雪風は霜月へ問うた。
「わたしは何をすれば……? はい、野菜の収穫ですね。たしかにお受けしました」
 雪風はこくりとうなずき、装備をたしかめる。
「んじゃ、オレは漁と買い出しに出かけるっス」
「荷物持ちなら任せとけ。馬車も用意できたしのう!」
 葵と漁は自信ありげに腕を組んだ。
「俺と章殿も買い出しへ行こう。手分けして問屋街を回れば効率がいいだろう。母上やること多くて可哀想だしな」
「霜月さんのことまで考えてあげる鬼灯くん、やさしくてすてきなのだわ」
「うれしいことを言ってくれるな章殿、率直に言って照れる」
「そんなところもすてきなのだわ」
「はっはっは、そういう章殿は今日も愛くるしい。癒やされるぞ」
「おーい、戻ってこーい」
 ふたりだけバリアを張った鬼灯と章姫に、葵が遠い目をしながらおいでおいでをする。
「……冗談だ」
「冗談って空気じゃなかったっス」
「ごほん、とにかく俺は馬車と妖精の木馬を用意してある。こちらも大量に買い付ける予定だ。リストを半分に分けるか?」
「そうしたほうがいいっスね」
「鬼灯くん! 鬼灯くん! みてみて!」
 いつのまにか章姫が妖精の木馬ことお友達の背に乗っている。その後方へ続くのはメルヘンな装飾で飾り立てられた荷馬車だ。
「はしゃいでいる章殿は鬼かわいいな。今度遊園地行くか」
「だから戻ってこーい」
 アーマデルは残った面子とひとりひとり視線をあわせる。
「では、俺たちでうし★BATTLEだ。牛と呼ぶと語弊がありそうな気がするので『うし』だ」
「うしが雪山を飛び回り、特異運命座標は心ひとつに熱くなる! ツッコミドコロは多いが、年末に闘牛で勝てば縁起が良さそうだな」
 しまってこー。と、弾正がしまってない声で告げる。
「なあ霜月、仕留めたらすぐ来てくれるか? 血抜きがあるからな。よろしく頼む」
「わかったよ、行人ちゃん」
「とりあえずうしとの戦いは俺たちに任せて、大掃除を頼む、それから献立も考えててくれよ?」
「もちだよォ。楽しみにしてるからねェ」
 流星はひっきりなしに襟元や衣の裾を直している。心ここにあらずといった風情だ。
「早く行って終わらせよう。余った時間は大掃除の手伝いにあてたい」
「流星ちゃんはどこまでいい子なの。これはあとでごほうびが必要だねェ、何でも言ってごらん?」
「で、では、後ほど、遠慮なく」
 流星は緊張した面持ちで行人の横へ並ぶ。行人がニヤリと笑った。
「さ、仕事だ、やろう」
「今年も、もう少しで終わりですね、一年をきちんと締めくくるためにも、年越しと新年の準備、はりきっていきましょう!」
 メリッサが元気よく応じる。そしてイレギュラーズは、応と拳を天へ突き上げたのだった。

●は? ここまでで通常のリプ分の文字を食ってるわけだが!?
「しまってこー」
 弾正は再度そう言った。なんかそんな気分だったのだ。
 うし班、流星、弾正、アーマデル、行人、メリッサの5人は、裏手のお山の急斜面を飛んで乗り越えていた。クレバーである。積もった雪をかき分ける必要も、斜面から煩わされる必要もない。さらに機動力へのペナルティもかからないと、いいことづくめだ。背中にアーマデルには円香と弾正には達郎がしがみついていることを除けば。
「円香はともかく、なんで達郎までこっちへきてるんだ?」
「こ、こんな見知らぬ地へひとりぼっちにしないでほしいでござるううう」
「まさかの泣き言」
 そりゃ関係者はフリースタイルだがなあと弾正は遠い目をした。
「うし★BATTLEはあたくしが主力と言ってもいいでしょう? 連れて行かないだなんて、選択肢はないのですわ」
「そうだな、円香殿、頼りにしている」
「任せてくださってよろしいのですわよ、おほほ」
「俺としては戦力は多い方がいい」
 とにかく早く終わらせたい流星が意気込む。うしなんかちゃっちゃとしばいて肉塊にするのだ。そして大掃除を手伝って、師匠に褒めてもらうのだ! 純情一途な師弟愛はうつくしいの一言。流星みたいなキリッとした子こそ、与太時空では真価を発揮する。
「ふんふん、ふふん、ちょっと北風が冷たいです。うう、やっぱり山は冷えるう」
 ぷるりと震えて、かわいらしいくしゃみをすると、メリッサは自分で自分を抱きしめた。やわらかいスカートの端を、ほんのすこし風が持ち上げている。楚々とした黒タイツの足首が細くて、守ってやらねばならないようなきがする。こう見えてけっこう、がんばっているほうなのだけれど。
「おい、あれうしじゃないか?」
 行人が言う方へ目をやってみれば、岩でも通ったのかと思うような豪快な雪の跡、そのはるかむこうで、頑丈そうな黒い塊が動いている。
「標的発見、です。行きますよ皆さん」
 メリッサがついっと空を滑っていく。
「空間把握完了、任意の範囲を照合、呼応精霊更新、力場構築完了、シムーンケイジ起動」
 すさまじい熱風が雪をも溶かした。えっちらおっちら歩いていたうしは、突然の襲撃にびっくらこいたようだった。雪を蹴立てて距離を取ろうとする。が、うしは異変に気づいた。足が重い。思ったように前へ進めない。
「ラサの熱風に絡みつかれる感触はいかがですか、うしさん?」
 メリッサはあくまで涼やかに微笑む。
 流星がさらに迫りゆき、ぼすっと雪の中へ飛び込んだ。その距離からうしめがけて。
「くらえ! 残影百手!」
「俺のセリフー!」
 弾正が叫んでいるが無視して流星は神速のスピードで手刀をうしへ叩き込んだ。苦悶するうし。目にもとまらぬ速さで打ち込まれる手刀は、不調をうしへ与えていく。
「ストレスをかけない方が肉が柔らかくなると聞いた。サクッと狩るぞ」
「ええい、主人公ムーブかましおって、うらやましいぞこんにゃろう! いや女性だった! すまん!」
「べつに隠しているわけではないが、あからさまに指摘されると微妙な気分になるな」
 複雑な乙女心、あるいは漢心。
 弾正は達郎をおろし、空中でみがまえた。
「こうなったらとうとう解禁されたEXスキルで……」
「アッパーユアハート!」
「俺の見せ場ー!」
 行人が突進! うしを怒らせる! 混乱させる! ショックを与える! うしはめっちゃかわいそうなことになってる!
 さらに行人はうしの背に乗り、角を両手でつかんだ。がっちりと全体重をかけ、両足でうしへしがみつく。
「うおっ、暴れるな、ロデオかこれは、うぷっ」
 あまりの上下左右動に、ちょっと胃の中のものが逆流しちゃいそうな行人。
 なにしろ憤怒を向けるべき相手が背中に居るのだ。うしとしては暴れたくもなるだろう。だがおかげで足止めには成功した。
「あれを斬ればよいのでございますね」
「達郎まで俺の見せ場を奪っていくー」
「そそそそんなことはないでござるよ! ただ現地まで来たからには貢献せねばとですねえ!」
 しゅらっと引き抜いた削丸。達郎は一気に踏み込み、連撃をとかまえようとしたが、そこへ行人の注文が飛ぶ。
「うしの美味しいところは攻撃しないでくれ!」
「えっ」
 固まる達郎。うしの美味しいところって? それ全身じゃない?
「し、尻尾を切り落とすでござるか? いや、しっぽもテイルといって専用の料理がある部位。首は当然ネックといい煮込み料理に最適。頭、あたまなら、いかん、タンがある。脳も人によっては珍味。ああっ、どうすれば!」
「……達郎」
 弾正は一瞬やさしい目になりかけたが、戦場で油断は実際禁物。うしはびったんばったん暴れている。雪の中を転がりまわり、行人を振り落とそうとしている。
「ぶわっ、つめたっ! ええいこの暴れうしどりめ! おとなしくなれっ!」
 行人は拳を振り上げ、脊椎めがけて重い一撃。ぴぎーと、豚っぽい悲鳴をあげるうし。
(いやほんとあれはなんの生物なんだ……)
 アーマデルは自分が攻撃すればするほどうし肉から離れていく現状に呆然としていた。現状それは、うしでありとりであり、ぶたでもある。
「なんだか知らんがとにかくよし!」
 そう吠えたアーマデルは攻撃を続行。
「おいしくなあれ! おいしくなあれ! この際ワニ肉でもシカ肉でも種類は問わん! 倒せばみんなジビエだ! なんでもいいからおいしくなるがいい!」
 何度目かのアッパーユアハートがかすった。うしは全力で逃走を試みる。しかしBSでがんじがらめにされたうえに、進路上へ弾正が割り込む。
「輝け、俺のEXスキル、今こそ出番だ、ブレイズハート・ヒートソウル!」
 炎の軌跡がうしなんだかよくわかんなくなってきたいきものを襲う。
「グルエモシュルブヒャアアアア!」
 何の鳴き声? メリッサと流星は硬直した。
「いくぞアーマデル!」
「おう、弾正!」
「「Happy Newyearおめでっとフラーッシュ!」」
 弾正が光のくさびと電子の輪を気合い入れてビッカビカ光らせる。同時にアーマデルから1680万色の後光が放たれる。
「目が目がああああああ!」
 思わず目を覆った行人がうしだったものの背から振り落とされた。
「あだだだ! いだっ! 背中打ったあ!」
「行人! あなたの仇は必ず取ってみせますわ!」
 円香がえいやって雪へ両手をついた。
「いやまだ死んでない」
「似たようなものですわ、秘技! カジキマグロ召喚ー!」
 ゴウランガ! 大地を割り巨大なカジキマグロが飛び出る。その角(鼻吻っていうんだって)は実際鋭角。どーんと突き上げられたうしのようななんかは、吹き飛ぶ。
「円香さんさあ、もっとさあ、手心ってもんをさあ」
 行人がきれいな放物線を描いているうしごときものを目で追いかけた。うしは奥地のほうへ落ちていった。これはさがすのに骨が折れそうだ。
 2時間後。
 どうにかこうにかうしの落下現場に霜月を連れてきた一行は、さっそく血抜きをした。頑丈な木の枝にうしめいたものを吊るし、下にたらいを置く。まだほかほかした鮮血がたらいにたまっていく。これは腸詰めや隠し味につかうらしい。
「霜月殿、霜月殿」
「なんだい流星ちゃん」
「じつは折り入ってお頼みしたいことが」
「霜月さんと流星ちゃんの仲じゃあないか。よその子でもあんたの活躍は聞いてるよォ。なんでもいってごらん」
「こ、今年は型破りなものでもいいと聞いたので……」
 超ろくろまわしてる流星。
「うん」
「その、甘味を詰めたものなど、どうだろうかと……定番の栗きんとんだけでなく、プチフール……一口サイズの洋菓子などであれば」
「うん」
「こ、こ、子どもたちもつまみやすく! 奥方の紅茶にも合い、喜んでもらえるのでは……! と、思って、ですね……」
「流星ちゃん」
 霜月は作業の手を止め、やおら軍手を脱ぐなり流星の頭をなでくりまわした。
「あんた、ほんっとに良い子だねえ! イイコイイコ!」
「わ、わ」
 甘党な師を思う心根は、霜月へちゃんと届いたらしい。

●え、もう1万字つかっちゃったんですけど?
 はい、こちら野菜班。比較的整備された道を進み、やってきました畑へ。こんもりと雪が積もる大雪原。思わず感嘆の声を漏らす武器商人。
「いやァ~思っていたより広いね。たしかにここをぜんぶ耕して回ったら、それだけでいい修行になりそうだ」
「…そうだね紫月…。…おいしい冬野菜をとるためにも…しまってこー……。」
「作戦は? といっても、我(アタシ)は小鳥とともに行動するけれどね、さて、この敷地内を虱潰しにまわるのは普通に考えてタイヘンだね」
「…そうだね…。」
「安全を取って固まって行動するか、それとも効率を取って散開するか、むずかしいところです」
 雪風が宝石のような瞳を曇らせた。憂いを帯びた彼女の瞳はどんな輝石よりも美しい。
「ふむ、では回復ができる小鳥を中心として、我(アタシ)は右手で呼び声をしかけよう。雪風の方は左手を頼むよ」
「了解です」
「そうだ、我(アタシ)は単体攻撃しか持ってないし、下手をするとせっかくの野菜を粉砕するかもしれない、かわいい小鳥、我(アタシ)ごとふっとばしておくれ」
「……え……。…できればその戦法はとりたくないと…。…だからワールドエンド・ルナティックを使うよ…。」
 識別付きスキルはきっと彼なりの愛の証。そりゃあ武器商人が不死身なのはよく知っているし、ソレが何者なるかはいまだに空をつかむような話だけれど、それでも大切なのだ。なによりも大事なのだ。血の絆すら超えた眷属に成り果てた、そんなことすら関係ない。だって愛しているから。愛しちゃったから。ヨタカにとって、武器商人は、この世にふたつとない紫に輝く月だから。壊したくない。傷つけたくない。当然のこと。とはいえ、暦たちや孤児院の子のために野菜は狩らねばなるまいや。
 よし、とヨタカは気合を入れ直した。
「…ヒーラー兼アタッカーか…。…責任重大だな…。…やってみせるとも…。」
「では出撃します」
 雪風の艤装が重い音を響かせ始める。同時に雪風がかすかに雪上から浮く。艤装稼働による法力の放出だ。雪風の全身を巡る法力が艤装を稼働させる熱エネルギーに転換され廃棄されている。勢いよく吹きつけられる排気熱がさらさらした雪を追いやり、雪風を中心とした波紋のように広がっていく。
 そのまま雪風は蛇行しながら雪の上を進む。両足は閉じたまま、体幹を傾け重心をそらして自在に雪の上を駆け回る姿はスキーでもしているかのよう。軽やかな身のこなしで、襲い来る野菜共をすべて回避していく。皮一枚で避けた大根とかなんやかんやが、標的である雪風を追ってのっそのっそ動き回る様子はシュールだ。
「そろそろでしょうか」
 野菜の行進を先導していた雪風は、くるりと身を翻し、野菜共と対峙する。
「一網打尽といきましょう。副砲、射撃準備よし、撃て!」
 タタタタ。破裂音が連続し、弾丸が吐き出され、暴力の嵐が野菜を襲う。ほどよくぺちぺちされた野菜は次々と地に伏していく。
「いいねぇ、負けていられないね、こちらも」
 武器商人は雪原を進み、ほんのひとかけらだけ、本来の姿を気配にのせた。それだけで空気が変わる。恐慌にかられた野菜が群れをなして襲いかかる。野菜ごときに知能があるかは謎だが、それでも武器商人のもつ絶大な畏怖は、野菜を恐怖させるに充分だった。あっというまに20mもの間合いに存在するすべての野菜が武器商人へ襲いかかる。その量ときたら、筆舌に尽くしがたい。
「……紫月……。…はちゃめちゃに野菜の山になってる…。…いま助けるから…!」
 びったんびったん跳ね回る野菜にたかられている武器商人。番へ助力するため、ヨタカは射程内へ野菜の山をとらえる。
「……紫を示して紫を助けよ…。…俺の、俺だけの月を守れ…。…世界の終わりまで、踊り狂わん…!」
 ヨタカを中心に紫電が発生し、突風となって野菜の山へ吹きつけていく。狂気を植え込まれた野菜たちは自分で自分をぺいんぺいんし、自滅していく。すっかり終わった頃には山が崩れ、あたりには数多の野菜が転がっていた。その輪の中心で、武器商人は伸びをした。
「野菜にたかれるとは、なかなかに貴重な経験だね。そういえば孤児院の子たちをピクニックへ連れて行った時ももっふもふにされたっけか。なつかしい」
「…ねんのため大天使の祝福をかけておくよ…。」
「このくらい平気だとも、知っているだろぅ?」
「…それでも、俺が、なんかいやだ…。…紫月は、俺の月だよ…。……わかってほしい…。」
「うん、これでも大事にしてるつもりだよ。おまえのそんな顔は我(アタシ)だって胸が痛い」
「…そう…? …紫月が強いのは知っているけれど…。…俺には見守ることしかできない時も多々あるけれど…、…だからこそもっと自分を大切に…ね……?」
「してるしてる」
「…本当かなあ…。」
 ヨタカはくすくすと笑いながら、大切な紫月の頬へ振れた。じんわりとぬくもりが広がっていくのは、なにも癒やしの余波だけではあるまい。この頬を包むやさしい手が、いつまでも共にあってほしいと、武器商人は芯からそう感じた。喜びの輪が魔力に変わり、武器商人の受けた傷を消していく。
(わたしも補給がほしいのですが……言い出せない雰囲気……)
 一羽とソレを包むぽわぽわ感に遠慮を感じた雪風は、若干痛む青あざをさすると、よいせよいせ言いながら野菜をダン箱へ放り込んでいく。

●えーと。残機残機(文字数)。よっしゃ、いける、たぶん。がんばる。
 かぽかぽと蹄を鳴らして、馬が荷車を引っ張っていく。これが真冬の豊穣でなければ小旅行といった趣だろう。どうせなら温かいおひさまの下で春の陽気を感じながら高天京まで足を伸ばしたかった、などと葵は思う。冷たい風が吹きつけてきて、ついつい葵は全身を震わせた。その肩へ上着がかけられる。
「おう、葵。無理せんとちったあ頼れ」
「頼れって、これ、漁の上着だろ? 漁こそタンクトップ一枚で平気か?」
「ガハハ! 冬の海に慣れたワシにゃあ涼風よ! この程度で風邪なんぞ引いていたら、『フィッシャー』の通り名が泣くわ!」
「へいへい。……わざわざサンキューな漁」
 ちょっとばかり照れを感じた顔をむりやりしかめ、平静を装う。礼の言葉は独り言のようにぼそりと。そんな葵の性分を、漁はよく知っているから。
「エースストライカーからお褒めの言葉をもらえるのは光栄じゃのう! で、ワシをひっぱりだしたんじゃ。よほどの大荷物を仕入れに行くと見た。魚の目利きならまかせとけい!」
「ああ、そういやリストに魚もあったな。鬼灯、オレは土地勘ねえっスから、どういうルートで行くかはアンタに任せるっす」
「ふむ、そうだな」
 隣の馬車の荷台で、鬼灯は手綱を手にしたままリストを取り出すという器用な真似をしてみせた。なお、嫁は木馬の上でキャッキャしている。心洗われる光景だった。ほっこりしたいい気分で章姫へ微笑みかけると、鬼灯は葵へ視線を移した。
「俺は章殿といっしょに町中を歩くから、葵殿は水路沿いの店を回ってほしい。そのルートなら道に迷うこともあるまい」
「ありがたいっス」
「ねんのため地図を書いておこう」
 鬼灯は矢立を取り出すと、揺れる馬車の上で精確な地図を書くというこれまた器用な真似をしてのけた。リストとともに地図を受け取った葵は感嘆の声を漏らす。地図には寄るべき店へ赤丸がしてあって、どう動けば最短ルートをたどれるか矢印までついている。
「気遣いありがとさんっス」
「礼には及ばない。久しぶりの章殿との二人きりの時間を俺も楽しみたい」
「はは、お熱いっスね」
「熱くて何が悪い? 章殿はいとしき妻で、穢れなき聖女で、ありえないほど女神だ」
「なんも悪くねっスよ。そこまで入れ込める御方がいるのがうらやましいくらいっス」
「そうじゃぜ、人を愛するのは勇気がいる。愛し続けるためには献身がいる。しかして愛情と甘やかしは違うからのう」
「そこまで惚れられるってのは正直すげえと思うんスよ。章姫との出会いとか聞いてもいいっスか?」
「お、聞くか? いいぞ、長くなるが。あれは……」
 鬼灯のなれそめ話は、とんでもなく長かった。あんまり長すぎて、高天京へついてしまった。若干疲労を感じながら、葵は鬼灯へストップをかける。
「そ、そろそろ問屋街っス」
「む、もうか。まだまだこれからがクライマックスだというのに」
「その話はまた今度」
 むりやり話題を切り上げ、四辻で二手に分かれる。
 鬼灯と章姫へ手を振り、葵はリストを眺めてぼやく。
「いやいやいや品目も量も多過ぎっしょ。一応馬車も借りてきたとは言え、これは漁にも手伝ってもらわないといけないっスね」
「おっ、さっそくワシの出番か?」
「そうっスね、見ての通り荷物が多いんスよ」
 ひとまず鬼灯の示したルートをたどり、赤丸の付いた店の前へ馬車を寄せる。葵の頭の中で、リストの量と相伴に預かる総人数の割り算が始まった。
「これ、リスト通り買ってたら絶対足りねえっスよ。1.2倍くらいでちょうどいいんじゃないスかね」
「同意じゃ」
「てか……こういうのも使うんスか。オレん家はホラ、大晦日と正月は寿司と肉しか食わねぇから」
「寿司は寿が入っとるから縁起物じゃ。肉は言うまでもなく縁起物じゃ。まlそんな深く考えることはないわ、違うか?」
「そっスね。あー、お菓子とかあると喜ばれるかもしれねっス。箸休めにもデザートにもなるし、子どもも喜ぶっしょ。寄り道していいスか、漁」
「もちろんじゃぜ」
 だがしかし、あの人数分の菓子を買い込むとなると……。
「ぐおおおおお、重っ! 悪ぃ漁、半分頼むわ」
「腰をやられるなよ、葵。力仕事なら任せくんじゃ! そのためにワシがおるんじゃからな、ガッハッハ!」
 一方その頃、章姫は鬼灯のお膝へオンしていた。
「やっぱりここがいちばん落ち着くのだわ」
「そうかそうか、うれしいことを言ってくれる。章殿は今日も愛らしい」
「お父様もいいけれど、お兄様もいいけれど、選べと言われたら鬼灯くんなのだわ」
「はっはっは、章殿。あんまり俺を喜ばせるな。今日の任務遂行が難しくなる」
「そうなの?」
「浮かれると周りが見えにくくなるものだよ。おっと、通り過ぎそうになった」
 鬼灯は事前に訪うべき店へあたりをつけていた。豊穣での名声が600を超える鬼灯である。その気がなくとも店の主のほうから喜んでよってくるだろうが、念には念を入れるのが忍のやり方だ。鬼灯は、普段から暦たちがなにかと世話になっている店へ立ち寄った。問屋街の熱気は高く、年の瀬もあってみなみなどこか急ぎ足。そんな中を縫うように馬車を店へ寄せ、必要なものを選び抜いていく。どうせなら霜月が喜ぶような品質高めのものが良い。だがそればかりで揃えると、予算オーバーキャパオーバー。睦月が泡を吹いて倒れかねない。頭領はそのへんの機微をちゃーんと心得ているのだ。
 会計の段になって、鬼灯は店主を呼び寄せた。
「これはこれは鬼灯様、奥様、ご来店いただき誠にありがとうございます」
「すまないご主人、年末年始の物入りというやつでな。……すこしばかりまけてくれると助かるのだが」
「名だたる暦の頭領直々にお目をかけていただけるとは当店も鼻が高い。まとめ買いもしてくださることですし、この値段でいかがでしょう」
 算盤を弾いた結果は、睦月が頭痛を感じるくらい。泡を吹かないだけまだましだが、この調子で買い物を続けるのも厳しい。章姫がにぱあっと笑顔を浮かべる。
「もうひとこえーなのだわ!」
「いまならこのウルトラスーパーかわいい章殿直筆サインもつける」
「なんと!」
「なんなら似顔絵でもいいぞ、章殿は絵を描くのが上手なんだ」
 サインと似顔絵、どちらにするか真剣に悩み始める店主へ笑みを誘われ、鬼灯は腕の中の妻を抱きしめる。
「ゆっくり考えてくれ、といいたいところだが、あいにくとよその店へも行かねばならん。ご主人、結論を急いでよろしいか」
「では、サインと似顔絵両方つけていただいて出血大サービス、このお値段!」
「ふむ。この品質でこの値段か。これなら霜月も睦月も喜びそうだ。感謝する、ご主人」
「それでは似顔絵にサインをつけるのだわー」
 ポシェットから色鉛筆セットを取り出し、鬼灯が準備していた色紙をもらって、章姫は意気揚々と店主の似顔絵を書き始めた。きっとこれは店先へ、誇らしげに飾られることだろう。

●えええええ!? ちょ、蕎麦食えるのかこの残字数で!
 おもちもちもちぺったんぺったん。鬼灯邸の庭にはいくつもの臼と杵が用意されている。なにせ消費が莫大なものだから、このくらいしないと間に合わないのだ。鏡餅は当然、でっかい。
「私、餅つきってやったことないんです。だから初めての餅つき楽しみです! よーし、ぺったんぺったんしますよー!」
 がっとつかんだ杵。が、思ったよりか重い。なんせ彼女の物理攻撃力はこの依頼記録時点で72。ボーナスすらつかない値だ。しかしながら、餅をぺったんするにはちょうどいいかもしれない。あんまり物攻高いと、臼が割れかねない。
「せーのっ!」
 思い切って振り上げた杵。メリッサは反動でぐらりと傾く。
「わ、とと」
「だいじょうぶかー? 腰いわしたらかなわへんで?」
 本日の相方、長月がメリッサへ声をかける。
「問題ありません! 長月さんこそ血染めの餅ができないよう気をつけてください」
「それな」
 そいやと杵を振り下ろすメリッサ。なんとか臼の中央、白いもち米へ命中。
「これ難しいですね。垂直におろしたつもりが、先端がひねってしまいます」
「まー気長にいこうや。あと腕の筋肉だけで杵動かすのはやめとき。あとでえらいことになんで。上半身や、上半身ごと動かすつもりでやるんや」
「わかりました」
 言われたとおり体のバネを駆使して、ぺったんぺったん。
「あ、ちょっとずつ慣れてきたかも」
 会心の笑みをもらすメリッサ。
 その隣で一心不乱に餅をついているのは流星。卯月は微笑ましげにそんな流星を見やっている。餅を返すのも忘れない。
「はっ! ほっ! やっ! とうっ!」
 これでもかと乱打される餅。もうすでに高速餅つきの域に到達しているが、さすがは暦を名乗る忍たち。すさまじい速度にもかかわらず、汗一つかいていない。餅は臼の中でぐんにゃり、ちゃくちゃくと粘度を上げていく。
「でい! ふっ! とあ! たぁっ!」
「流星さん、あんまり気合を入れすぎて体力を使い果たさないでくださいね?」
「……そうだぞ、まだまだ先がある……」
 師走が卯月を押しのけ、仕上がった餅を回収すると、新たなもち米を臼へ投入していく。
「何度でもこい。俺にはやるべきことがあるんだ!」
 気迫で餅をねじ伏せる流星のその奥では、章姫がせっせと白玉みたいなお餅を大量生産している。
「ぺったんもしたかったのだわ」
「章殿、杵は大人の男でも重たいんだ。今度弥生に章殿専用のを作ってもらおうな」
 どうせ作るなら臼もあったほうがいいだろう。弥生は器用だからそのくらいすぐにこさえてくれそうだ。なんて思ってたら、弥生が「奥方にのみ負荷をかける訳にはいかない」と練達の機能を織り込んで、臼が自動で餅をついてくれる機能もつけてくれるようになるなど、今の鬼灯には理解できない。しかもそいつが豊穣における、全自動餅つき機の始祖となることなど、想像の範囲外だ。なにをやらせても120点を出してくる弥生ならでは。だいたいその余った20点は、よけいなお世話だったりするわけだが。そんなところも含めて弥生なのだ。
「さあ、もち★BATTLEだ。……つくのか、餅を、俺も?」
 もちに食材適性は付加できるのか? もともと食材なのに? そんなアーマデルの心配は杞憂に終わった。食材に食材適性がつくとどうなるか、自明である。さらに美味しくなること請け合いだ。
「アーマデルには俺の相方になってもらおう。年末といえば歌合戦! リズムに合わせて餅をつけば、うっかり手をぺったんしてしまうリスクも低くなるというものだ。それでは達郎、ベネラー殿、いい感じに盛り上げを頼んだぞ!」
「「えっ」」
 達郎とベネラーが固まる。
「餅つきの盛り上げ? 盛り上げ……。盛り上げとは……。どうやればいいのでござりましょうか」
「え、えーと、盛り上げ……盛り上げ……盛り上げっていったいどうすれば……」
 ベネラーは困っている。普段な受け身な子なのだ。いきなり場を温めろと言われては、フリーズしてしまうのもせんかたない。
(はっ! いけない。どう見てもベネラー殿は某よりもお若い。リードするつもりでしっかりせねば)
「ベネラー殿、盛り上げと言えば掛け声、掛け声と言えば……」
「いえば?」
「万歳三唱! これ以外ないでござる!」
「ば、ばんざーい?」
「そうそうその調子でござるよ、バンザーイ!」
「なんだかすごく恥ずかしいのですが、達郎さん! ばんざーい!」
「弾正殿のためならば命がけでも盛り上げてみせまする! バンザーイ! バンザーイ!」
「ば、ばんざーい、ばんざーい!」
 ふにゃあって感じで真っ赤になってるベネラーと、真剣そのもので万歳している達郎。かなりの温度差である。
(万歳の日は2/11だったような。時系列的にはまだまだ年の瀬なんだが)
 おもわず弾正自身もあさってに思考が飛んでしまった。いやいやと頭を振り、雑念を追い払う。
 そのあいだにアーマデルはラスヴェートと孤児院の子たちを呼んで、すりばちとすりこぎを渡していく。
「手伝ってみないか? 試食は参加者の特権だからな。これは臼と杵の代わりだ。もち米の食感が残っているものを『はんごろし』、さらによくつぶすと『みなごろし』になるらしい」
 不穏な単語に「大丈夫かなこれ」なラスヴェート。気にしてない年少組は楽しそう。自分にもできることがあるのは嬉しいのか、他の子達も続々と参加。ユリックとミョールなんかは率先して叩きまくっている。
 そうこうしているうちに。
「つきあがりましたね! 味見しちゃいますよー、役得役得……ふぁ? 美味しいです!」
 つきたておもちはやわらかふんわり、噛めば噛むほどとろっとあたたか。
「自分でついたお餅は格別ですねー」
「メリッサさん、いい食べっぷりなのだわ」
「章殿の手作り分は、俺のだからな?」
 章姫が関わると、とことん大人気ない鬼灯である。
「鏡餅の由来は諸説ある」
 とは弾正の弁だ。
「人の魂を模しているとも聞いたことがある。飾っている時にヒビが入らないよう、しっかり作らねば」
「好きな形にするわけではないのだな……。弾正は物知りだ。保存食を神に供える儀式は俺の故郷にもあった、それと似たようなものだろうか」
 巨大鏡餅を整形しながら、アーマデルは弾正と言葉をかわす。それも終わると、アーマデルは弾正の口元へ丸めた餅を押し付けた。
「ほら、弾正、『あーん』だ」
「うむ! 縁起良くゲーミングに光っているな! さてはスパイスを混ぜたな?」
「ああ、味は保証する。味は」
 これ、橙の代わりになるんじゃなかろうか。鏡餅のてっぺんに飾って。弾正はそう思ってしまった。案外いけるかもしれない。夜はカラフルに発光して、イルミネーション代わりにもなってくれそうだし。
 その頃の流星は、てってけてってけ廊下を競歩の速度で進んでいた。流星にとって廊下は、走るものではないので。
 何度も角を曲がった先に、見慣れた大きな背中が現れる。
「ああ、流星。おつとめごくろうさん」
 振り返ったその人は水無月。
「師匠。大掃除でお疲れのところ申し訳ありません」
「気にするな。……いい匂いだな」
「はい! 実は餅つきを終えたばかりなのですが、参加者権限を欲張りすぎてしまって……消費を手伝っていただけませんか? せっかくのつきたてを無駄にするのは、バチがあたりますから、ね?」
 差し出した皿の上にはあんこにごまにきなこ。そしてまだ湯気を立てる白餅。水無月はにんまりと目元を緩める。
「孝行な弟子をもって、幸せ者だな、俺は」

「第四の壁の向こうから心地いい悲鳴が聞こえるねぇ、ヒヒヒ」
「…紫月…。…包丁持ったまま、よそごと考えると、あぶないよ…?」
 ヨタカはせっせと発酵を終えたピザ生地を伸ばしている。生地は薄くもなく、厚くもない、ちょうどいいあんばいを見極めながら。薄すぎるとクリスピーになって歯ごたえは良いものの食べでがない。あつすぎると今度はモッサモッサしてただのパンになる。だからちょうどいいあんばいを見極めるのはけっこう大変なのだ。大変なのだけれど。
「…腕が鳴るね…。…紫月…具材のほうはどう……?」
「そろそろ準備が終わる頃だよぅ。ホワイトソースも出番を待っているとも」
 ヨタカは料理を楽しんでいた。今日作るのはベーコンと根菜類のピザ、ホワイトソース仕立て。畑で取ってきた新鮮な野菜をたっぷり、それからアクセントにベーコンもしっかり。グラタンほど重くもなく、シンプルなマルゲリータよりも目に美味しく、食べて楽しい。
「ふふ、小鳥が野菜嫌いだったのが随分昔のことみたいだね」
「…そう、なんだよな…。…昔は『野菜なんて…!』とまで思ってたけど…。…家族と過ごすようになってからは、紫月がいろいろと栄養や献立を配慮してくれたおかげで…。…まったく抵抗がなくなってしまったよ…。」
「喜んで食べてくれるから、我(アタシ)も作りがいがあるよ」
「…野菜大好きだとも…。…紫月の作ってくれる料理なら…なおさら…。…ふふ、紫月には感謝しかないよ…。…いつも紫月は、俺を新しい世界へ連れて行ってくれる…。…ありがとう…。」
「それは小鳥が喜びを見出したから。我(アタシ)はなァんにもしちゃいないさ」
「…またそういうことを言う…。…野菜好きになったのは、まちがいなく紫月のおかげ…。」
 形良く伸ばした生地の上にソースを敷き、具材をちらしたら、あとは焼くだけ。これが難しい。しかして華麗な手さばきでピザを焼いていく武器商人。その手腕にほれぼれするヨタカ。あたりには胃の腑に来る香りが立ち込め、ピザはこんがりいい色。
「さァまだまだ作るよ。なにせあのシスターも居るんだからね」
「…ああ…俺も力を貸すよ紫月…。」
 一羽と何者かが力を合わせる反対側では、雪風が包丁&まな板と格闘中。伊達巻を見目がいいよう、等間隔に切っていく。この等間隔に切るというのが曲者で、普段から射角だ距離だ戦場把握だときっちりとした情報が求められることの多かった雪風としては、寸毫のズレも許せない。機械のように(もともとAIだが)、完璧無比に切り分けていく。
「雪風さん、肩の力を抜いてもいいのでございますよ」
「いいえ神無月さん。これはもう性分です。わたしのことはお気になさらず」
「それではその作業が終わりましたならば、お茶でもいかがでしょうか」
「……いただきます」
 伊達巻をすべて切り終わり、雪風は深呼吸をした。隣の部屋で熱いお茶を御馳走になると、体が温まっていく。いつのまにか冷えていたのだと今更ながらに気づいた。
「今年は欲望おせちということで、わたくしは舞茸のたっぷりはいった炊き込みご飯などをリクエストする所存でございます」
 神無月がうれしげに言う。
「型通り作るのは……できますが……欲望おせちとなると……。わたしは特には……」
「何を入れても良いのでございますよ?」
「……そ、そうですか? た、たとえばどのようなものが適切でしょうか」
「好きなものでよいと思慮するしだいにございます」
「アイス、とか?」
「アイス、よいご判断でございますね。お子たちや年若い暦らが喜ぶでございましょう」
「ほ、本当ですか……? ダメじゃないですか……?」
「なにを拒む必要がございましょうか。欲望おせちなのですから。それに、アイスクリンの頭文字は愛に通じましょう、縁起物でございます」
「縁起物……」
 自分のすきなものを褒められた気がして、雪風は胸の内があたたかくなった。

「はーい、ドタバタすんなユリック。ザスもいっしょになるんじゃない。お話してやらないぞ?」
「そうそう。はい子どもたちにラスヴェート。座って座って、両手を上にあげるっス」
 すなおに両手を上に上げた子どもたち、葵は手遊びのわらべうたを歌い、子どもたちをお行儀良く畳の間へ座らせる。
「よしよしみんないい子だ。それじゃ始めるぞ」
「「はーい」」
 行人は満足げに子どもたちを見回した。ラスヴェートも興味津々らしく、かわいらしい猫耳をしきりに動かしている。
「ンンン……あれはそう、忘れもしない。俺がこの世界に来て少ししか経っていない頃の話……。ユリエフとロミナっつー依頼人の駆け落ちを手伝ったんだ。ついでに花を召しませ召しませ花をってな。あれが初任務だったな。俺が『北辰の道標』と名乗るきっかけとなった思い出深い依頼だ」
「ロマンチックでち」
「おしゃまさんだな、チナナは。耳年増になってくれるなよ?」
「オレは、うーん、そうっスね。そらもう色々ありすぎてどれから語ればいいのやら」
 葵が頭をかき、ロロフォイが期待に満ちたシトリンの瞳で見上げる。
「一つの国の存亡がかかった魔種との一大決戦から、やたら特徴の濃い生き物との勝負、かと思えば聞くだけでふざけまくってるみてぇな依頼とかもあったな」
 リリコはいつもの無表情。けれどリボンはふわふわ揺れまくっている。情報屋でもある彼女にとって、イレギュラーズの手柄話は聞くだけで楽しい。
「時には命をかけて、別のときには恥を捨てて……いや、捨てたくはなかったけど……。とにかく!」
 葵がぱんと両膝を叩く。
「過ぎてみると面白ぇ事だらけで話しきれねぇ事ばっかっスよ。な、漁?」
「そうとも! ワシは漁師じゃから話はもっぱら海洋での出来事になるのう。漁師にとって、海の上は常に戦場よ。時たまデカい怪物が出てはみんなで肝を冷やしておるわい」
 それはもう子どもなんぞ一飲みする大きさよと、漁は両手を広げた。ラスヴェートはぽかんとしている。想像がつかないのだろう。
「パパさんやお父さんよりつよい?」
「そんなことはないぞう。ぬっしゃの保護者の手にかかれば一網打尽よ、ガハハハ!」
「そうなんだ。そうだよね、パパさんとお父さんだものね」
 控えめながらもどこかうれしげなラスヴェート。
「覚えておくといいっス。アンタらが思ってるより、世界はとんでもなく広いっスよ」
 いつかその足で旅立ち、その目で見るといいっス。葵はそう締めくくった。

●ぜはー
「なんとか字数が確保できてよかったねぇ、ヒヒヒ」
「…誰の話、紫月…。……まあいいや、それでは……」
「「いただきます!」」
 そろった全員が箸を手に取る。わいわいがやがや、年越しそばタイムだ。あたたかな蕎麦は十割。まじりっけなしの純正物。
「みんなで騒ぎながら年を越すのも悪くはねぇな。まだまだ忙しいし、来年も気合い入れてくか!」
 葵は心を奮い立たせ、最初のひとくちをすすった。
「んー、出汁は上品、蕎麦はあっさり。冷えた体に染み入るっス」
「おーい霜月~」
「はいはい行人ちゃん?」
 これ、頼むわ。ええっ、いいのかい行人ちゃん。ひそひそ声がかわされる。霜月へ行人がさしだしたのは、章姫と孤児院の子どもたち用のお年玉。これだけあれば足りるだろうと、百花百様のポチ袋を押し付ける。噂の色男は、なにかとやることがスマートだ。
「初めて食べますが……普通のお蕎麦ですね」
 雪風はふしぎそうに味わっている。
「でも……細く長く……ですか。そうですね、その祈りはわたしも持っている願いでもあります。どうか来年も皆様に幸多からんことを……」
 祈りは天へ届いただろう。
「美味しいものを食べて、沢山の人と過ごす年越しはとても楽しい…。今年最後の…そして初めての思い出になったよ…これが…幸せなんだね……。」
「来年もまた、同じようにすごせればいいなァ」
 武器商人は大事な小鳥と、美味しそうに食べているかわいい息子へ目をやった。最後にちらりとリリコの横顔を眺める。視線に気づいたリリコがかすかな微笑を返した。……いや、我(アタシ)が護って手に入れないとね。決意を胸に秘め、武器商人は蕎麦を食べていく。
「本年も大変にお世話になりました。来年もどうぞよろしくお願いいいたします」
 深々と座礼をしているのは流星だ。
「蕎麦が伸びるぞ、流星」
「はい、問題ありません、手早く食べます」
 師匠にからかいを含んだ声をかけられ、大真面目に返答する。
「細く長くを願い、そばを食べるとは、豊穣には面白い風習があるものですね」
 メリッサは物珍しそう。箸とかいう新手の食器に苦戦しつつも、蕎麦の美味を味わい尽くす。
「母上、朝から頑張ったな。章殿セラピーの権利をあげよう」
「私とお話して! お絵かきして! お茶を飲むのだわ!」
「いいんですか!?」
 飛び上がらんばかりに喜ぶ霜月を、いーなーと他の暦が見つめている。ふっと相好を崩し、鬼灯はつぶやいた。本心であっただろう。
「……俺は本当に、霜月や皆が来てくれて、良かったと思っているぞ」
「一年か。なんとか乗り切ったな。俺たちは、死にかけたことも沢山あった。でも、幸せな思い出のほうが沢山だ!」
「弾正、来年も……」
 ごぉん。鐘の音が耳へ届いたので、アーマデルは言い直した。
「今年もよろしくな」

成否

成功

MVP

メリッサ エンフィールド(p3p010291)
純真無垢

状態異常

なし

あとがき

ああん字数!字数!もっと暦さん出したかった!章姫さまに聖母ムーブさせたかった!せっかく来てくれた関係者さんたちをがっっっっつり絡ませたかった!

でもしかたないよね、PCさんのそれぞれのプレがあんまりかっこかわいくて魅力的だもんね!

おつかれさまでした!
MVPは豊穣をめいっぱい楽しんでいる新米さんへ。

またのご利用をお待ちしております。

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