シナリオ詳細
おもかげ香
オープニング
●幸せな夢はいかが?
「おもかげ香って知ってる?」
劉・雨泽(p3n000218)が言うには、それは幸せな夢を見られる香なのだそうだ。
「最近豊穣の一部で流行っているようでね」
幸せな夢を見られるのなら、それは流行っていても悪いものではないのではと首を傾げたルーキス・ファウン(p3p008870)がハッと息を呑んだ。
「まさか」
「うん、少し問題が起きているんだ」
頷いた雨泽が指を立てながら話を続ける。
ひとつ、その夢では記憶の中の『大切な誰か』に出会える。
ひとつ、その夢は『必ず』幸せであり、幸せなおもかげを見られる。
もう忘れてしまっていた誰かの姿でも、夢を見れば思い出す。稀に夢を見ても覚えていない者もいるようだが、それは夢だから仕方がない。すぐに忘れてしまっただけなのだろう。
辛い現実で生きている人は、幸せな夢を見れば現実から逃げて浸りたくなる。
それがもう会えない相手であるならば、もっと会っていたいと望んでしまう。
つまるところ、この香自体は毒ではないものの、幸せな夢には中毒性があるのだ。
それを心から望めば望むほど、その人は幸せな夢にはまってしまう。
「夢にのめり込んで、夢から醒めない人もいるみたい」
睡眠薬を飲んでまで香を焚く者もいるのだとか。
眠りを求めるあまり大量の睡眠薬を飲んで、そのまま夢の世界の住人になる者も。
「と言うわけでね、ここにその香があるんだ」
雨泽が懐から巾着を取り出した。
「え。あるんですか」
「あるんだ。だからちょっと試してみてくれる?
その上で君たちに、この香をどうするかの判断を仰ぎたい」
危険だと思うのなら、取り締まるべきだ。
香自体に危険はないと思うのなら、取り締まらなくてもいい。
「この香を販売している者は割れているからね、やめさせることはできるよ」
しかし取り締まったとしても、また別の者が似たような香は出てくるかもしれない。商売というものはいつだってそういうものだから、そこら辺は詮無きことだ。だが、一時的に流行を取り払うことは叶う。
「そういう訳で、どうかな?」
巾着から山吹色の三角錐の香を手の上に乗せた雨泽が首を傾げると、ルーキスがひとつ手に取った。
「火をつければ良いのですか?」
「うん。平たい皿の上に乗せて火を付けるだけだよ」
「昔の師匠に会えるかもしれませんし、試してみますね」
今年もそろそろ終わると言う頃、幸せな夢はいかがと雨泽が小さく笑った。
●おもかげ
草むらの中、小さな腕をバタつかせる。
小さな腕は小さくて、ぎゅうと握られていて、何も成せない。
バタバタバタ、バタ。
動かすだけでせいいっぱいで――けれどもルーキスは、視界に入ったカタバミの黄色を追っていた。
- おもかげ香完了
- GM名壱花
- 種別リクエスト
- 難易度-
- 冒険終了日時2023年01月11日 22時05分
- 参加人数8/8人
- 相談8日
- 参加費150RC
参加者 : 8 人
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参加者一覧(8人)
リプレイ
●香り、落ちる
「『必ず』幸せな夢を見せられるお香なんて!」
すごいと喜んだ『月香るウィスタリア』ジルーシャ・グレイ(p3p002246)は研究したい気持ちから香を焚き、それ以外の皆は宿や自宅、思い思いの場所でひとりで香を焚いた。
ふわりと香るのは、甘めの香り。
「幸福ってんなら間違いなくあの頃の……」
「昔の師匠に会えるのかな」
「大切ってことは母さんか?」
「僕の大切な誰か、思い出せるかな」
「ええ夢が見れるんなら、まあ」
「いい匂いですね……」
「おやすみ、なさい」
吸い込めばすぐ、ふわりと羽のように軽くなったような心地がして。
落ちていく、落ちていく。
幸せな眠りの中へ。
●宝箱
「ジルーシャ」
「あっ」
「やっと起きましたか、ジルーシャ。調香中では無かったのですか?」
頭を持ち上げると、何度も呼んだのですよと呆れた表情の兄弟子――オージェが居た。慌てて口から飛び出すのは、両手を合わせての言い訳と、師匠には内緒にと願う声。
「調香もしたんだ。ほら、今回は自信作!」
呆れたように溜息を零し、嗜めるように眉を顰めながらもオージェはジルーシャが差し出した香りを嗅いで、香料の比率の違いや扱い方が荒い等、的確な指示をくれる。
(流石はオージェよね)
兄弟子は神童と言われていて、当時のジルーシャには憧れの存在だった。
弟子という範疇を越えて、孤児院育ちのジルーシャにも兄が居たらこうなのだろうかと思えさせてくれた。
師匠とオージェ、それからジルーシャ。
初めて家族ができたみたいで嬉しくて、煌めく宝物のような日々。
「帰ったよ、クソ弟子!」
外出していた師匠が帰ってきた。おかえりなさいと口にできるのも嬉しい。
「ジルーシャが居眠りをしていました」
「オージェ!? 内緒にしてって言ったのに!」
「ほぉ?」
「あっ、ちが、ししょ……っだ!!」
師匠が笑顔のまま、拳骨をくれる。師匠の手の骨は鋼で出来ているのかと思うくらい毎回とても痛くて涙も出る。
オージェに教わった通りに調香した香りを師匠に差し出せば、悪くないねと師匠が褒めてくれた。
「俺、いつか絶対オージェみたいな調香師になるんだ」
口癖になるくらい言っていた言葉。
オージェは恥ずかしいのかいつも困ったような顔をする。
子供の頃はそう思っていたけれど、何故だろう。
(……あれ?)
オージェが冷ややかな目を向けている気がして意識を向けてみたが、彼は手元の本へと視線を落としていた。
(気のせい、よね?)
彼がそんな視線を向けるわけがないじゃないか。
いつだってジルーシャの話を穏やかに聞いてくれた、優しい『兄』だったのだから。
●約束
「兄さん、林檎が切れたよ」
クルークが『燈囀の鳥』チック・シュテル(p3p000932)に笑みを向けた。チックは驚いて息を飲んだが、身体は勝手に動いて言葉を返し、クルークに教わりながらアップルパイを作っていく。
(……そっか。これが、雨泽が言う……してた、夢)
最愛のかたわれが生きている。
その光景にチックの胸は温かくなる。
――はずなのに。
(……どうして?)
苦しいと感じるのは、どうしてだろう。
林檎の瑞々しい香りが砂糖で甘くなり、窯に入れれば家中にバターの甘い香りが広がっていく。クルークが楽しみだねと朗らかに笑って、チックが頷く。焼きたてのアップルパイは本当に美味しいのだ。
焼き上がりを待つ間に、洗い物。泡が跳ねて鼻についたチックに、クルークがまた笑う。
(幸せ)
ずっと守っていきたいと思っていた笑顔は、今はもう見られない。
きゅっと胸が痛くなる。けれど夢の中のチックは穏やかな表情で愛おしげに弟を見ていて、身体の自由がない心だけのチックには胸を抑えることすらできずにいる。
向かい合って座って、切り分けたアップルパイを一口。美味しいねと笑い合う幸せ。
今日の夜ご飯や、明日のこと、その先のことを話し合える幸せ。
たくさんの幸せを感じる度、この幸せは現実にはないのだと胸が締め付けられる。
弟はもう居ない。
チックが守るために手を伸ばし――クルークの未来を奪ったのだから。
「――ねえ、兄さん」
「ん」
アップルパイの最後の一切れを口に運んだクルークへ、なぁにと視線を向けた。
「僕達、ずっと一緒にいようね」
「うん、一緒にいる……ずっと」
夢の中のチックは、この何気ない日常がずっと続くことを疑っていない。
「絶対だよ」
「うん」
絶対なんて、ないのに。
弟と過ごすこんな日常はもう、ない。
ないはずだ。喪われた命だけは絶対に戻らない。
あるとしたら――『救い損なって』いた場合だけ。
(おれ……忘れない、よ)
弟の笑顔も、自分が犯した罪も。
幸せが、確かにそこにあったことも。
苦しくとも、痛くとも、忘れない。
●親子
「お母さん、それから勇者はどうしたの?」
「勇者はお姫様を守って幸せに暮らしたのよ」
母の膝の上で読み聞かせられる英雄譚。小さな『黒豚系オーク』ゴリョウ・クートン(p3p002081)はその時間がとても好きだった。
優しい母と、人が良さそうな笑みを浮かべる父。穏やかな世界の中心はいつだって小さなゴリョウ。
「じゃあお母さんはボクが守るね」
むふーっと鼻息荒く宣言するゴリョウに、母は「お父さんよりも強くなれる?」なんて笑っていた。
(そうだな、これが俺の『始まり』だったな)
元居た世界では父を真似て傭兵をし、今は飯屋と守り手の二足草鞋で無辜の民の心と腹、そして戦友たちの背中を守っている。
母が読んでくれる英雄譚が好きだった。
にこにこ笑う父が好きだった。
ふたりは今、どうしているのだろう――。
「ゴリョウ、最近どう?」
珍しいことに、目覚めたゴリョウの元へ従姉妹に当たるノエルが訪ねてきた。目覚めないかも知れないから見てきて欲しいと連絡がいったのかもしれない。
母によく似た顔をノエルを見て、ゴリョウは「なあ」と呼びかけ、口を閉ざす。言葉を探した。何と問えばいいのだろう。
ややあってから、ゴリョウは躊躇いがちに口を開いた。
「親父たちは俺が消えた後……」
少し驚いたのだろう。ノエルは瞳を瞬かせ、それから穏やかに笑って教えてくれた。
伯母は自分より先に死んで親不孝と愚痴りながらも、双子の弟妹には自慢の兄だと伝えていたこと。
小父はいつも通り――けれど何処と無く寂しげな笑みで、自慢の息子だと言っていたこと。
その言葉を聞いてゴリョウは天を仰ぎ、大きな手のひらで両目を覆った。
両親にとって自慢の息子であり続けよう。これまでも、これからも。
●傍らの花
天井が高く、何故だかぼやけている。
不思議に思って眺めていると「あら、目が覚めたのね」と女性の声が聞こえ、身体が持ち上げられ『散華閃刀』ルーキス・ファウン(p3p008870)は驚いた。
愛おしそうな顔で女性が『自分』を覗き込み、「おはよう、私の光」と微笑んだ。
(あなたは……)
――リーベル・ファウン。
その女性が己の母親であることに、顔を見た瞬間『解った』。
(この赤ん坊は自分自身。つまりこれは幼少時代の夢、ということか)
手足をぎゅっと握ったままのルーキスは意思とは別にキャッキャと高い声を上げ、母の顔見て喜んでいた。
「名前が決まったわ! あなたの名前はルーキス。ルーキス・ファウン」
母はまだ若いように見えた。ルーキスのことを愛おしくてたまらないといった表情で見つめ、興奮しているのか少し早口でルーキスへ語りかける。
「ルーキスは故郷の古い言葉で『光』を意味しているのよ。その生が、光溢れるものとなります様に」
額に柔らかな熱が触れる。
大切な愛し子の未来を願う母の愛が落とされたのだと気付いて、ルーキスはこんなにも愛されていたのかと知った。
「ルーキス、美味しい?」
母が微笑む。
「ルーキス、見て」
おぶったルーキスを揺らし、母が指をさす。
「ゆっくり大きくなってね」
場面は次々と切り替わって、その度に母は祈りを、願いを、愛を、くれた。
(……これはのめり込む人の気持ちが解る気がするな……)
愛してくれているのが解る。
ふたりきりでも人々に支えられ、幸せに満ちていたことが解る。
けれどそれなのに。
(母は何故俺を……)
また場面が切り替わり、森の中になった。
リーベルはまるで隠すように茂みの中にルーキスを置くと、泣きそうな顔でルーキスの頬を撫でた。幼いルーキスが母の指をぎゅうと握ると熱い雫がぼたりと落ちて。想いを振り切るように母が立ち上がり、視界から消える。
その後に視界に映るのは緑と黄色。母の宿す色に似ているからか、幼いルーキスは泣かずにじぃっと見つめていた。
いつまでも、ずっと。
●最初の友
夢の世界へダ~イブ!
元気に眠りについた『北辰より来たる母神』水天宮 妙見子(p3p010644)は、気付けば懐かしい場所に居た。
虫の音も聞こえないくらい静まった、夜の御所。
ひんやりとした寝殿造の建物に、空は星が見えない曇り空。
懐かしさを覚えて見渡していれば「妙見様」と後方から声が掛かる。知った声だ。……そもそもその名で呼ぶ相手はひとりしか思い浮かばない。
「こんばんは」
微笑みとともに振り返る。
視線の先には美しい女(ひと)。
世界のシステムで、必要悪。
どれだけ彼女が悪し様に言われようと、妙見子は彼女の優しさを知っていた。だから無理やり力を奪って時を遡ってまでやり直し、彼女の苦しみを理解しようとした、最初の友人。
眼前で微笑む彼女はただ穏やかで、苦しんでいないように思えた。
優しくて慈愛に満ちた瞳に、妙見子は嗚呼と溜息を零す。
(……もう会えないとばかり思っていたはずなのに……)
これは夢だと解っている。
今告げても当時の彼女には届かないことは解っている。
けれどそれでも、妙見子は言わずにはいられなかった。
「ありがとう、人形のように冷たかった私と仲良くしてくれて」
かつて『玉藻前』と呼ばれた傾国の狐が微笑む。
その姿に妙見子はまた嗚呼と吐息を零した。
(……幸せな思い出なんて、思い出さなくてもいいんですよ……)
恋しくて、悲しくなるばかりなのだから。
●幸せの色
柔らかい陽射しが翳ったことに気付いて目を開くと、黄と金と、朽ちた寺の庇が視界に入る。
八百万の少女・凪が「起こしてしまったかしら」と微笑むのを見て、『瞑目の墓守』日向寺 三毒(p3p008777)は僅かに息を詰めた。出るだろうと思ってはいたが、こうして穏やかな姿を見ると胸に満ちるものがある。
(この寺には人喰いが出るってェ噂があったよな)
それなのに『お嬢様』の肩書を持つ少女は家を抜け出しては寺へと来ていた。見つかれば大目玉どころでは済まないだろうに。
「あたしはここが好きなの」
凪は三毒の隣に腰掛け、朽ちかけた寺の境内を見渡す。
塀も庇もみぃんなボロボロで、美しい仏花もなく、ただ蒲公英の黄色のみが染めている。吹きさらしの雨さらし。流れる自然と刻のありのままの姿だけがここにはあった。
「凪お嬢様でないあたしを許してくれるのは、ここと貴方だけね」
思うところはあれど、知ったことではないと目を閉ざす。
あの日の三毒が誰かの側で寝るのは母の居た幼い頃以来なことに気付いたのは、目覚めてからだった。
陽射しが強くなった。
目を開くと、周囲の黄色が蒲公英から向日葵へと変わっていた。
「眠るなら日陰に入らないと」
降ってきた小言に名を呼べば、向日葵よりも眩しい笑顔に覗き込まれる。
重ねた月日により凪も大きくなったが、中身はまだまだいとけない。
「いま失礼なことを考えたわね?」
「さァてな」
解るのよと上がった柳眉はすぐに下りて。
気さくに交わし合う会話と空気が心地よくて、笑い合う。
いつしか恋仲となったふたりは、ひと目を偲んで廃寺で逢瀬を重ねていた。
家柄を捨てたい八百万と、人喰いと呼ばれた獄人。
決してその恋は許されない。
(香が見せるのが幸福だってんなら、夢はここで終いだ)
この先にあるのは、悪夢だけだ。
――『日向寺』。三毒の思い出の地。
然れども今は既にその名は忘れられ、『花嫁喰らいの悪鬼』の口伝のみが残る地。
三毒は最後に凪の笑顔を心に焼き付け、目覚めを待った。
●手の届かぬ
「宮様、宮様!」
幼い声が跳ねている。
視界は低くて『黒蛇』物部 支佐手(p3p009422)は違和感を覚えるが、身体は勝手に動いて駆けていく。今のような安定感のない、ただ楽しさだけがある足取りで。
「見て下さい! 鬼灯が綺麗に咲いとったのです!」
「嗚呼、綺麗だな」
――宮様だ。
視界に映り込んだ優しいその笑みに、支佐手は『自身』の中でそっと息を詰めた。差し出した鬼灯をその細やかな指先が――振り払うこと無く――受け取ってくれる。
「後で使用人に飾らせよう。私のために摘んで来てくれて有難う」
お優しい宮様。仕事熱心で、思慮深く、いつも支佐手の憧れだった。
「宮様、都で人気の菓子が手に入ったのです! その……よろしけりゃあ、一緒に食べて頂けませんか?」
「これは美味しそうだ。少し待っていなさい。今、茶を淹れて来よう」
場面が切り替わる度、少しずつ支佐手は大きくなっていた。
ただの憧れはいつからか分不相応にも恋慕へと変わり、彼の人に褒めてもらいたくて、彼の人の視界に入りたくて、彼の人に想ってもらいたくて、いつでも支佐手は宮様の元へと駆けていった。
「……あの、宮様。わしと祝言をあげましょう! まだ半人前ですが、きっと立派になって見せますけえ」
「そうだな。支佐手が大きくなったら、考えてみることにしよう。それまで、待っていてくれないか?」
支佐手は目を丸くした。頬に熱が集うのが解る。
この嬉しさを覚えているのは幼い日の支佐手だと言うことは理解しているが、その気持ちに今の支佐手自身も引き寄せられるかのように思えた。
いい夢だ。けれどこれは、毒にも成り得る。
いつかこんな日に戻れれば――なんて、また分不相応な願いを懐きそうになる。彼の人が支佐手の気持ちを知りつつもやんわりはぐらかしてくれていた思いに気付けている、今の支佐手でも。
(だからこそ)
末席とは言え法を預かる者として、見逃すわけにはいかないのだ。
優しい笑みと穏やかな日々を最後まで見届け、支佐手は目を覚ますのだった。
●大好きな家族
誰かが『祈光のシュネー』祝音・猫乃見・来探(p3p009413)の名を呼んだ。その懐かしい声で、祝音の意識が浮上した。
(ここは……)
視界に映る、焦げ茶色の髪と目をした女性。
その顔に祝音の朧気だった記憶が確かなものとなり「お姉ちゃん!」と声を上げたが、祝音の喉から声は発せられなかった。
「――、大丈夫?」
祝音の名とは違う名前で姉が呼ぶ。けれど祝音にはそれが自身の名だと認識できた。
目の前のお姉ちゃんは、双子の姉のいつもはクールな方。けれどもいつだって13歳も年の離れた祝音には優しくて、今だって「……あまり無理はしないほうが」と案じてくれている。
「大丈夫だよ、萱音お姉ちゃん。今日、皆で買い物に行くの……僕も楽しみだから」
祝音の意思とは別にそんな言葉を唇は紡ぎ、姉の瞳の中に映る『祝音』は儚くも幸せそうに微笑んだ。
(僕の色……お姉ちゃんと一緒だ)
視界の端に入り込んだ鏡に、ふたりの姿が映り込んでいた。『今』よりもずっと小さな『祝音』と、同じ彩を持つ姉。
もうひとりのお姉ちゃんが呼びに来て、祝音は車に乗り込んだ。
座席はお姉ちゃんたちの間の特等席。
行き先は少し遠くのショッピングモール。クリスマスが近いからとても大きなツリーがあるらしく、お姉ちゃんが「写真を撮ろう」と言ってくれた。もうすぐ10歳になる僕の、9歳最後の記念写真になるかも! なんて、祝音は嬉しげに後部座席で足を揺らしていた。
両隣にはお姉ちゃんたちがいて、運転席と助手席には父と母。
穏やかで楽しい気配と笑い声で満ちる車内。
幸せはそこに満ちていて、ずっとこのまま続いて――。
頬を伝う涙の冷たさで、目が覚めた。
「お姉ちゃん……お姉ちゃ…ん…!」
新たに溢れる涙は熱くて息は苦しいのに、その涙は止まってくれそうにない。
祝音は唐突に終わった夢の理由に気付いてしまったのだ。
おもかげ香は――『幸せな夢だけを見せてくれる』香、なのだから。
●香の行方
イレギュラーズたちは香を試し、それぞれの答えを雨泽へと伝えた。「そう、それが君の答えなんだね」とだけ口にして、けれども報告を聞く度に笑みを深くした彼がローレットへと持ち帰ったのは、満場一致で『取り締まる』の回答だった。
偏に取り締まるといっても、その後どうするか、が出てくる。
最終的には専門の機関や業者を用意して扱うのが望ましいが、それに至るためには――それを夢物語で終わらせないためには、想像以上に多くの国の上層部や関係者が動かねばならない。
故に今は、今すぐに行えること。
おもかげ香は刑部によって差し止められ、一般には出回らなくなった。
いつか正しく取り扱えるようになる、その日のために。
成否
成功
MVP
なし
状態異常
なし
あとがき
良い夢は見られたでしょうか。
また夢の中で会えるかも知れませんし、もう会えないかもしれません。
けれどもまだあなたの胸の中にあることを、夢の中のあなたは知りました。
覚えていなくとも、覚えていようとも、あなたの大切な人はいつまでもあなたの中に居ます。
お疲れさまでした、イレギュラーズ。
GMコメント
ごきげんよう、壱花です。
今年最後のOPになります。
●シナリオについて
香をかいで、眠りにつきましょう。
それは深い深い眠りになりますので、夢へと旅立つ準備はしっかりと。
あなたは夢の中で目覚めると側に『大切な誰か』がいるはずです。
その人は誰でしょう? あなたにとって、どんな人?
覚えていない? いいえ、夢の中のあなた『なら』覚えているはずです。
夢は繋がりません。夢は一人で見るものです。
夢は夢なので、忘れてしまっても良いのです。
何だか幸せな夢を見たなぁという思いが残ります。
●おもかげ
記憶の中の、もしくは記憶の奥底の、『大切な誰か』に出会えます。
『当時の自分』と誰かの姿を『神の視点』or『自分の中から』見ていても良いですし、記憶ではなく夢は夢として当時の自分や現在の自分がお話をしていても良いでしょう。また、当時の自分の精神年齢や感情に引っ張られることもあるかもしれませんね。最初から夢だと気付いていてもいいですし、途中で気付いてもいいでしょう。ご自由に感じてください。
忘れていて朧気な、もしくは心に残り続ける、大切な誰かとのひとときをお教えください。『必ず』幸せなおもかげが見られます。
夢は夢。結局の所、全てあなたの脳が描いたものです。
●『大切な誰か』についてのご注意
その人がどんな人であるかをお教えください。
ルーキスさんはお母様の姿を見ることでしょう。
参加者ではない他PCさんを指定することはできません。
夢は繋がりませんが、参加PCさんであっても互いに許可を出している事が解る記載を『双方で』お願いします。無ければふわふわor描写が削られます。
関係者さんを指定する場合は、EXプレイングでデータを呼び出してください。記憶にある魔種になる前の懐かしい姿、等も可能です。それが幸せであるならば。
●香をどうするか
多数決になります。
【取り締まる】or【取り締まらない】をプレイング内に記載ください。
上記の言葉が同数の場合は、それぞれの理由を拝見した上で判断が下ります。
●EXプレイング
開放してあります。
関係者さんを呼び出したり、文字数を増やしたい場合にどうぞ。
可能な範囲でお応えします。
●情報精度
このシナリオの情報精度はAです。想定外の事態は絶対に起こりません。
それでは、イレギュラーズの皆様、宜しくお願い致します。
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