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シナリオ詳細

<地底のゲルギャ>女帝ジルガと僅かな春

完了

参加者 : 8 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

オープニング


「君は、英雄になりたいのかい?」

 暗い、暗い、地の底で。
 明るい、楽し気な、男の声がしました。

 私は、椅子です。
 私は、女帝様のぶたです。
 聴こえているような所作をしては、なりません。

「……」

 女帝様は、葉巻に火をつけて……静かに煙を吐きました。
 私は心の中で静かに安堵しました。不味いからと膚に押し付けられると、痛いからです。

「アタシは別に、英雄の座なんて望んじゃいねぇよ」
「じゃあ何故?」
「レフを押し上げてやりたいのさ。“新時代にこそ英雄は必要だ”――なんて語る男を支えて押し上げてやりたい。健気だろ?」

 じゅう。
 私の膚に葉巻が押し当てられました。私は堪らず悲鳴を上げます。
 五月蠅い、と女帝様は私の髪を掴んで引き上げます。頸が悲鳴を上げています。
 けれど、これは、女帝様の為。私はこらえるしかありません。

「五月蠅いねえ。椅子は椅子らしく静かにしてな!」
「は、い」
「おー怖い怖い。キミはいつだって苛烈だね、ジルガ」
「ぶたに優しくする義理なんてないだろう。で? アンタは何しに来たってのさ、ガルロカ……ああ、今は“中尉”だっけ?」
「ん? 様子見だよォ。新皇帝派同士仲良くしたいなーって。ねェ?」
「……」

 女帝様が、だまっておられます。
 わたしは、ぶたです。
 どうしたのですか、などきけません。
 けれども……女帝様はあきらかに、なにか、ようすが。

 ――バチィンッ!!

「んひぃっ!!」

 わたしはでんげきにうたれたようなここちがして、身体がびくりとはねあがりました。
 女帝様の乗馬鞭が、わたしをたたいてくださったのです。
 ありがたい、ありがたい、ことです。
 女帝様が、わたしをぶってくださった。

「ガルロカ、アンタと話してると妙な心地がするんだよ」
「えェ~、何? 其れって恋?」
「バカ言うんじゃあないよ! イライラすんのさ……アンタにじゃない、ぶたにでもない、世界に……何か、とても、イライラすんのさ」
「そーなの。ジルガ、調子悪いんだァ? 其れってさ、石炭のせいだったりしない? 冬は地下も冷えるけどさ、これって全部ぶたさんに掘らせたの?」
「――……。ああ。この辺りに溜め込んであったトロッコを全部持って来させたんだ。……不思議だね。まるで昔誰かが此処にいたみたいに、石炭がトロッコに積んである。まるで集めろと言わんばかりだったよ」
「へェ~、其れは良かったじゃん! ジルガが凍死しました~、なんてなったら僕泣いちゃうからさァ。折角だから仲良くしようよ、ね?」
「五月蠅いね、アンタと仲良くする気なんてないよ。いずれはアタシたちは反目し合う仲だろ。レフは英雄になる。アタシが、英雄にする」
「ねえジルガ、君」

 ――悪趣味って、よく言われない?

 女帝様が、再びはまきにひをつけます。
 わたしはぶたです。
 わたしはぶたです。
 わたしはぶたです。



 冬が訪れた。
 鉄帝の冬は厳しい。其れは誰もが知るところであるが――
 ――だが、今年の冬はまるで獣のように各陣営に牙を剥いた。
 服に意味がなくなるほどの寒さ。
 恐ろしいほどの寒さ。
 まるで“獣に食まれるかのような”寒さ。

 其れは鉄帝に限らず、各所に恐ろしい影響を及ぼした。
 ラサでは砂漠に雪が降った。天義にも其の寒さは及んだ。
 そして温暖である海洋でさえ、氷の気配を感じている。

 ――“銀の森”の女王が言うには。
 フローズヴィトニル、という獣がいるのだという。
 大地深くに封じられた、強大な力を持つケモノ。

 其れが何かを考えるには、時間がなさすぎる。
 まずは冬を越すために、と、探索を提案した者がいた。
 地下にはもしかすれば、冬を越すための物資があるかもしれないと。

 地下には何がいるか判らない。
 イレギュラーズは其の北風に耐えながら、この厳冬を越えるための暖かさを求めて伏魔殿じみた地下へと探索の手を伸ばすのであった――

GMコメント

 こんにちは、奇古譚です。
 こういうクソサドい女、好きなんですよね。

●目標
 「“女帝”ジルガを倒し、石炭を確保せよ」

●立地
 ブランデン=グラード駅付近で発見された“地下道”です。
 普段利用されていた訳ではなく、恐らく遥か昔に存在した古代文明の名残だと思われます。

 この地下道を利用すれば、新皇帝派などが跋扈する地上を利用する事なく、補給線などを確保する事が出来るかもしれません。早急な調査が必要でしょう。
 嘗ての文明の名残であるならば、案外“使えるものはまとまっておいてある”のかも知れません。

 しかし、其れを読んでいる存在がいない訳はなく。見付けたのはイレギュラーズに限った話ではなく。
 其の一角を我がものとして、石炭を溜め込んでいる女。其れが『新時代英雄隊(ジェルヴォプリノシェーニエ)』の一人、“女帝”ジルガです。


●エネミー
 ジルガx1
 ぶたxいっぱい

 ジルガは鉄騎種でしたが、とある魔種と関わったばかりに呼び声に引っ掛かり、半分魔種になりかかっています。
 戦闘中の対応如何では魔種へと変貌してしまうでしょう。
 主に鞭を用いた遠距離攻撃と、ぶたを操る事による己の守護を行います。後衛です。

 ぶたはぶたです。
 ぶたになるまえはよくおぼえていません。
 女帝様のためにたたかいます。
 たてにもなります。けんにもなります。
 ましゅ? なんですかそれは?

●情報精度
 このシナリオの情報精度はBです。
 依頼人の言葉や情報に嘘はありませんが、不明点もあります。

●特殊ドロップ『闘争信望』
 当シナリオでは参加者全員にアイテム『闘争信望』がドロップします。
 闘争信望は特定の勢力ギルドに所属していると使用でき、該当勢力の『勢力傾向』に影響を与える事が出来ます。
 https://rev1.reversion.jp/page/tetteidouran


 此処まで読んで下さりありがとうございました。
 アドリブが多くなる傾向にあります。
 NGの方は明記して頂ければ、プレイング通りに描写致します。
 では、いってらっしゃい。

  • <地底のゲルギャ>女帝ジルガと僅かな春完了
  • GM名奇古譚
  • 種別通常
  • 難易度NORMAL
  • 冒険終了日時2023年01月08日 22時05分
  • 参加人数8/8人
  • 相談7日
  • 参加費100RC

参加者 : 8 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

参加者一覧(8人)

セララ(p3p000273)
魔法騎士
咲花・百合子(p3p001385)
白百合清楚殺戮拳
ルーキス・グリムゲルデ(p3p002535)
月夜の蒼
ルナール・グリムゲルデ(p3p002562)
片翼の守護者
仙狸厄狩 汰磨羈(p3p002831)
陰陽式
ゼファー(p3p007625)
祝福の風
レイン・レイン(p3p010586)
玉響
三鬼 昴(p3p010722)
修羅の如く

リプレイ


「ぶたさん、って呼称だけど……人間、だよね?」

 『魔法騎士』セララ(p3p000273)は確認するように、『白百合清楚殺戮拳』咲花・百合子(p3p001385)たちを振り返る。
 うむ、と重々しく百合子は頷き。

「いかにも、人間であろう。しかしぶたと呼称しているとはいえ、配下の数を維持するのも人を想う心がなくては出来ぬ事」

 誰かの為に何かをしたい。そういう女なのだろうか。
 女帝と呼称された彼女に、そっと百合子は想いを馳せる。

「まあーでも、今どきああいうタイプって珍しいよねぇ。絵に描いたような貴族っていうか、悪者っていうか」
「そうだな。だが……気になるのは大寒波、か。確かにこの地下は少し冷たく感じるな」

 『月夜の蒼』ルーキス・グリムゲルデ(p3p002535)は夫である『紅獣』ルナール・グリムゲルデ(p3p002562)と共に歩きながら首を傾げ。ルナールは其の地下らしいといえば地下らしく、しかし過剰といえば過剰にも思える寒さに妻の身体を案じる。

「ともあれ、人をぶた扱いして貶め、甚振るのは――なんとも見苦しい事よ」

 魔種に堕ちつつあるのも因果応報の末というもの。
 『陰陽式』仙狸厄狩 汰磨羈(p3p002831)は冷静に、冷徹に言うのだ。完全に堕ちる前に、私たちの手で葬ってやるのが攻めてもの情けだと。

「ぶたって呼ばれてる人は……ジルガの事、心配してるみたいだけど……ジルガがレフの事を『好き』なのとは、違うのかな……?」

 ふわり、身体から輝きを放って地下道を照らしながら、『玉響』レイン・レイン(p3p010586)は『凛気』ゼファー(p3p007625)を見て首を傾げる。どうでしょうねえ、と風吹くようにゼファーは言う。

「でもどちらにせよ、仲良くおててつないでカーテンコールって訳にはいかないのよね。残念ながら。彼女は既に、みんなの悪役になりかけているんだから」
「私にはそういう感情は理解出来ないが」

 と、『筋肉こそ至高』三鬼 昴(p3p010722)は前おいて。しかし、と続ける。

「新皇帝派も地下道を使っているか。だが、こうして物資を集めてくれるなら好都合だ。奴らの集めた物資を奪い、我々で“有効活用”してやろう」

 ばしん、と拳と掌を打ち合わせる昴。
 其の音は坑道に反響し――やがて、同じようで違う音が聞こえてきた。

 ――ばしん。

 鞭の音だ。



「このっ!!!」

 ばしん。
 打音が響き、男が倒れ込む。ぶたたちは彼女から噴き出さんとするかのような憤怒の炎に恐れおののく。ジルガという女は女帝らしく癇癪持ちではあったが――最近の其れは度を越えていた。明らかに“何かに怒っているが、何に怒っているのか判らない”状況であった。わからないままにぶたたちは其の身体を鞭でぶたれ、赤く腫れあがった其処を更に、更に、更にぶたれて苦悶する。ぶたにとっては歓びであったが、恐怖でもあった。

 “このまま死ぬまでぶたれるのではないか”

 死への恐怖はぶたでも持っている。そして何より――そんなものがあるかは判らないが――“プレイの規約違反”だ。

「すみません」
「ぶたは喋らないんだよ!! 喋るな!! 五月蠅い!! ああ五月蠅い、五月蠅い、五月蠅いったら!!」

 ジルガもまた、今までに感じた事のない衝動に恐怖を覚えていた。彼女は死んでも認めないだろうが。頭の中で囁く声がする。総てを解放してしまえと。其の怒りは正しいのだと。其の怒りは――世界に向けるに相応しいと。

 ああ鬱陶しい! ジルガが再び鞭を振り上げた、其の時だった。

「イラついてるようだな。私が解消してやろうか?」

 聴こえてきた声に、はっとジルガは振り返る。頬までで切りそろえたウェーブの金髪に碧い目をした、目の覚めるような美しい女が――昴の瞳に映った。成る程。この美貌にぶたは寄って来る訳だ。

「――なんだいアンタたち」
「なんだと言われればそうねえ……過剰なプレイを止めに来た観客ってところかしら」
「観客? ……ハッ! こんな地下の“プレイ場”にわざわざ見に来て止めようって? お優しいことだねぇ、侵入者!」

 ゼファーが肩を竦めて言うと、ジルガは其の美貌を歪ませてぶた達に立つよう合図する。彼女に平伏するように伏せていたぶた――男性たちが次々と起き上がり、ジルガを護るように、壁のように立ち塞がった。

「正義の味方ッ、魔法騎士セララ参上! 目を覚まして、キミたちはぶたじゃない、人間だよ! 気をしっかり持って!」

 きらりん、と魔法騎士(魔法少女)らしい決めポーズでぶた達の視線を独り占めすると、セララは説得にかかる。

「……セララ……?」
「ほんものの……セララ……?」

 ぶたが僅かにざわめく。そう、セララは魔法騎士を伊達に名乗っている訳ではない。其の知名度は凄まじいもので、映画化もされているのである。其の彼女を、本物を見たという歓びが僅かにぶた達を正気に引き戻そうとするが、

「アンタ達!! 小娘相手に何やってるんだい、やっちまいな!!」
「……あ、あ……女帝様、女帝様……!!」

「ふむ」

 洗脳ではないかもしれないが、相当な“人望”があると見た。
 徒手空拳でイレギュラーズに挑んでくるぶた達の覚悟を、百合子はそう見る。需要と供給の合致? 趣味と趣味の合致? いずれにせよ、ジルガとぶたの絆を断つには時間がかかりそう――ならば。

「直接吹き飛ばすまで!! 生身の人間が美少女に敵うと思うてか! 喝ッ!!」
「っぐ」

 呻く声すら許されず、其の美しい少女に触れようとした不届き者は吹き飛ばされた。
 ついでに一緒にいたぶたも吹き飛ばされた。

「ルナール先生、ノビた奴は後ろにでも放り投げておいてー」
「はいはい……こういう風に手加減が出来たら、俺たちも苦労はしないんだけどな」

 前方で庇いにはいっているルナールは、意識を失った“ぶた”を後方へひょいと放り投げる。どさり、と痛そうな音がしたが、まあ、鞭でぶたれ続けるよりはマシだろう。何より、痛いのがお好きみたいだし。

「せいっ!」

 汰磨羈が刀を一振るい。和魂と荒魂が混然とした其の陰陽の狭間から光を放ち、災い――というかぶたを一気に薙ぎ払う。まるで光線で貫くように倒れ伏したぶたたちは、ジルガへの道を作る事となる。
 其れは僅かな隙だが、汰磨羈や百合子、昴たちが入り込むには十分すぎる隙だった。
 完璧だったはずの防壁に侵入を許した事にジルガは歯噛みをして、苛立たし気に鞭を振るう。

「何やってんだいアンタたち! そんなんじゃ押し切られるだろう!?」

 女王の鼓舞で、ぶたの身体がめり、と盛り上がる。其れは筋肉の隆起だ。やせ細っていたぶた達は、瞬く間に肉壁となって百合子達を、ルナールを殴りつける。

「ふん……!! 力任せの拳が吾に通じると思うな。心・技・体……総て揃ってこその拳の一手。貴殿には心が! 技も! 足りぬわ!」
「心技体だの難しい話は私には判らんが……今は同意だな。ただ力だけで殴れば良いってもんじゃあない。教えてやろうか。本当の“肉弾戦”ってやつを!」

 練り上げられた闘氣が、昴の身体からオーラとなって立ち上る。
 其の拳が、足が、暴風のように唸って――巨体となったぶたたちを押し上げた!

「――新時代英雄隊、か」

 百合子はジルガの前に立ち、美少女らしく微風を吹かせる。
 何か思う所があるように、一度目を閉じると……開き、ジルガを真っ直ぐに見た。
 ジルガもまた、百合子を見ていた。いつでも仕掛けられるようにはしていたが、会話の用意はあるようだった。

「自ら英雄を名乗るなどと恥知らずな――と思うたが、存外にやるではないか」
「わかってない女だね。こンな時代の英雄は、名乗らなきゃなれないのさ。例え安寧が訪れた後何が起ころうとも、英雄だと叫べば後々に語り継がれる」
「ほう? ……英雄が『平和になったらどうなるか』を判っているような口ぶりだな。……否、今は問うまい。他者の夢を叶える、……吾も昔は、そう思っておった」

 ジルガが仕掛ける。
 乗馬鞭の剣のような――いや、違う。仕込み鞭だ……!―― 一撃を百合子は横に回り込む事でかわし、僅かに虚空を見上げてから一撃を叩き込む。其れは重い一撃だ。ジルガはかふ、と意に添わず息を吐きだしながらよろめいて、しかし百合子を睨む目は揺るがなかった。

「好きな人の夢をかなえてあげたい、なんて甘い事を考えておったとも」
「……ッ!」
「だが、吾は本当は……そんな事がしたいのではなかった。人が見た夢に魅せられて、其の続きをずっと見ていたかっただけだったのだ。お主もそうではないのか? あの男が見た夢の続きを見たいと、そう思っているのではないか?」
「……そうかもしれない、ねッ!!」

 刺突。
 其れは百合子の肩を的確に捉える。直ぐに引き抜いてジルガが構えた。ぶたは応援に来ない。来ることが出来ない。ルーキスのケイオスタイドで綺麗に“邪悪に洗われて”、或いはセララに魅せられて、或いはゼファーによって急所を的確に撃ち抜かれ。
 そして或いはうねるレインの雷撃を受け、更には昴に振り回され、ぶたたちは女帝を助ける事が出来ない。
 けれどジルガは平伏したりしない。其れが女帝の矜持であるからだ。ぶた達の前で無様に膝を突くなどと、ジルガの矜持が許さなかった。

「アンタたちには滑稽に見えるかもしれないね、レフのやってる事は……! 英雄だと名乗りを上げて、其の癖やってる事は真逆かもしれない! 其れでも、其れでもねえ! レフは英雄なんだ! アタシの中ではもう英雄なんだ……ただの女だったアタシを此処まで連れてきた、アタシの生き方を肯定してくれた、アタシの戦い方を肯定してくれた……! そうさ、アタシはレフの夢を見ていたい! 夢の続きを、ずっとずっと続く筈の英雄への道程を見ていたいのさ!」

 ――ある種の共依存、か。
 汰磨羈はぶたを薙ぎ払いながら、ジルガの叫びを聞いてそう思う。
 ぶたが“ジルガがいないとぶたになれない”ように、ジルガも“ぶたがいないと女帝になれない”。其れは歪な共依存。きっと誰にも理解されない在り方だったに違いない。其れを肯定したレフ・レフレギノという男がジルガにとってどれだけの影響を与えたのかは、想像に難くない。

「ルナールよ、程々に手加減をな」
「え? 何で?」
「ぶたにとってジルガは唯一だ。其れは逆も同じ。ジルガにとっても、きっとぶたは唯一なのだ。そんな存在を殺してみろ、魔種化が加速するぞ」
「んー、手加減は苦手なんだけどなぁ……! 死ななきゃオーケーって事で良い?」
「……まあ、良いだろう!」

「女帝様」
「女帝様……! 女帝様……!」

 ぶた達は歓喜していた。
 ジルガの言葉に、歓喜していた。決して人に理解されない自分達。其れでも自分たちを“連れ歩いてくれた”女帝ジルガ。彼女はレフが声を掛けなければ、きっとずっとぶた達を連れて彷徨うつもりだったのだ。其れをぶた達は“いま理解した”!

 何と心優しい方だろう。
 何といじらしい方だろう。

 ぶた達は奮起する。
 己たちが、女帝を護るのだ。
 もう頭からは護るべき石炭の事など吹き飛んでいた。ただただぶた達は、ジルガの為に戦うと決めた。

 そんな時。

「私がそんなお前に良い事を教えてやろう」

 ぽいっ。ぽいっ。
 両脇に抱えていたぶたを投げ捨てて、ジルガに近付く影が一つ。――昴だった。

「今は落ち着いているようだが、お前は憤怒に取り憑かれかけているな?」
「……」
「沈黙は肯定と取るぞ。其れを回避するいい方法がある。其れは……」

 ――お前を私の“ぶた”にしてしまう事だ。

 ばきん。ばきん。
 両手の拳を鳴らしながら、昴がにいやりと笑った。

「な、アタシをぶたに!? 何を言っ」
「違うだろう!! ぶたはぶーぶーとしか鳴かん!」

 レインは遠くから……ルナールは近くから……其の光景を見ていた。
 ルナールは出来るなら、レインの目だけでも塞いでやりたかった。
 昴が殴る。ジルガの身体がくの字に折れる。其の胸ぐらをつかんで、「私は誰だ?」と問い掛ける。「ご主人様です」の言葉が出るまで、殴る。殴る。殴る。
 どの道斃さねばならない敵だ。百合子はやれやれと溜息を吐きながらも僅かに加勢する。あくまでご主人様は昴であるべきなので。

 さて、此処でサディズムとマゾヒズムの話をしよう。
 これは一見真逆の性癖のように思われがちだが、実は一周回った時計の短針と長針のように背中合わせの関係である。
 サディスト――躾ける側は、躾けられる側(マゾヒスト)の精神を理解していなければ彼らが望む痛みを与える事が出来ない。
 マゾヒストも同じである。躾ける側が何を求めているのかを理解していなければ、良い相互関係を築く事は出来ない。
 そう言う意味では“服従を求める”ジルガと“仕置きの痛みを求める”ぶたの相性はすこぶる良好であり、“ただ痛め付けるだけ”という昴のやり方にジルガが適合しているかというと否なのである。が。
 性癖には、しばしば“開拓される”時があり――

「あっ、ああっ……!!」

 只管殴られるばかりだったジルガの声に法悦が混じり始め、そして。

「ご……ご主人様……!!」

 ――其れが、女帝ジルガを魔種化から救い。
 そして斃される際のジルガの最期の一声となった。



「いやー、凄かったわね、昴の調教」
「調教というでない」

 あっはっは、とゼファーが笑う。汰磨羈は額を抑えている。まさかこんな形で勝利をもぎ取る事になろうとは思いもしなかったという顔だ。

「……」
「どうしたの、レイン」

 ぶた達は斃れたジルガに縋り泣いている。其の様をじっと見ていたレインに、セララが歩み寄り覗き込んだ。
 レインは大したことではないのだ、と頭を振る。

「ううん、……ジルガはもしかしたら、心が縛られてた方が、心地いい人だったのかもしれないなって……」
「心が?」
「そう……だってずっと、レフって人に、縛られてた……」
「確かにそうかもね」
「あ、ルーキスさん」

 幸い線路は生きていたので、トロッコは線路に乗せて入り口に待たせている馬車まで運ぶことになった。力仕事は昴や百合子、そしてルナールに任せ、彼女もまた、ぶた達の様子を見に来たらしい。

「今ファミリアーで調べてるけどね、この辺りの石炭は大体此処に集められたみたいだ。石炭の使い道なんて一つだから、なんだかんだ言って――ジルガもぶた達と一緒に春を待ちたかったんじゃないかなぁ」
「ぶたさんたちと、一緒に……」

 レインは茫洋とした瞳を、泣き崩れているぶた達に送る。

「……ねえ、あの人達、連れて帰れる……?」
「あー……そうだね、連れて帰らなかったら、此処で凍死だろうねぇ……女帝様と一緒なら、って言いそうだけど」
「じゃあ、女帝様も一緒に連れて帰ろう……埋葬してあげて、ぶたさんがお祈り出来るように……」

 レインの提案は直ぐに共有される。
 この大寒波の中で保護すべき人間が増えるのは、と悩ましい所ではあったが、昴の「そうすべきだ」という言葉で話題は決着する。
 彼女は笑って言った。

「彼女は私の“ぶた”だからな。放っておくのはご主人様らしくないだろう?」

成否

成功

MVP

三鬼 昴(p3p010722)
修羅の如く

状態異常

なし

あとがき

お疲れ様でした。
女帝ジルガはぶたさんジルガとなってその生涯を終えましたが、
間違いなく人生最高の瞬間を見て逝きました。
ちなみにぶたは十数名いますが、誰一人として彼女の下を離れるものはいませんでした。
ご参加ありがとうございました!

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