PandoraPartyProject

シナリオ詳細

黄金航路開拓史。或いは、訳ありの荷運び…。

完了

参加者 : 8 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

オープニング

●奇妙な荷物
 豊穣、雲霧の里から帰還して、数日が経った頃である。
 ところは港街“ポールスター”の執政館。
 朝早く、ラダ・ジグリ (p3p000271)の寝室前に大きな樽が届けられた。注連縄を巻かれ、旗の掲げられた大樽だ。それは、暫く前に海で拾った“流し樽”によく似ている。
「……あの時は樽の中に人が入っていたけれど」
 随分と危険な目にも合ったが、おかげで海路と港が開けた。リスクに見合っただけの“益”を得たのだから不満は無い。不満は無いが、だからと言って二度と同じ目に遭いたいかと言われればそれは否だ。
 実際、雲霧の里からの帰還途中に海で見かけた“流し樽”は無視している。
「無視したのが悪かったか? まさか樽の方からやって来るとは」
 そう言ってラダは、爪先で樽を蹴る。
 途端に、ガタガタと樽が激しく揺れた。やはり、とラダは頬を引き攣らせた。それから、寝ぐせの付いた髪を直すのも忘れ、彼女は周囲に視線を巡らす。
 縄があれば樽の蓋を縛ってやろうと思ったのだが。
 悲しいかな、ラダが縄を手に取る前に「ばかん!」と大きな音を立てて樽の蓋が吹き飛んだ。
「おぉ、やっと着いたか。いやぁ、長旅だったのぅ。海で拾ってもらえるものと思っていたが、お前ら我を無視したのぅ?」
 うんざり、といった態度を隠そうともしない。
 樽の中から這い出したのは、白と赤の巫女装束に、赤い束の混じる白髪。白い肌に、ひょろりと長い腕と脚。
「お前……ムラクモ、か?」
 どことなく纏う雰囲気は違うが、その外見は、かつて海で出会った巫女……ムラクモに相違ないようだ。

「んん? 我はシラヌi……じゃなかった。えぇっと、アレじゃのぅ。ムラクモである。うん」
 外見こそ、既知の巫女・ムラクモに瓜二つだが、どうにも彼女はムラクモでは無いらしい。
 とはいえ、本人は自身をムラクモと名乗った。きっと何か訳ありだろう。訳ありということは、つまり面倒ごとに巻き込まれる予兆であるとラダはよくよく理解していた。
「はぁ……とりあえず、朝食にしよう。詳しい話はその後で」
 事態は今一飲み込めないが、何はともあれ寝起きで頭が回らない。
 蓋の開いた樽を廊下に転がしたまま、ラダとムラクモ(?)は食堂へ向かった。

「主らアレじゃろ? 海洋の方に行くんじゃろ?」
「まぁ、そうなるな。向こうに港を作って商いをするのが目的だが」
「商いか。懐かしいのぅ。大昔には雲霧の里でも商いをしていた。長い歴史の中で商いをしていた一族は無くなってしまったがのぅ」
 朝食のパンをおかわりしながら、ムラクモ(?)はどこか遠い目をして言った。それから彼女は焼いたベーコンに手を伸ばす。そちらも既に5切れ目だ。遠慮というものが無い。
「さしずめ今は、主らが“旅商の一族”といったところかのぅ。いやぁ、また他国の美味い供物にありつけるかと思うと、今から涎が止まらんわ」
「涎が止まらないのは食事中だからだろう。というか……供物?」
「あ、いや、食事じゃのぅ」
 やはり怪しい。
 というよりも、目の前の彼女の正体に思い当たる節はある。あるがしかし、それを口にしていいものか。悩むラダに、ムラクモ(?)は視線を向けて言葉を続けた。
「だったらアレだのぅ。海洋には海に沈んだ我の祠があるゆえ、その辺りに港を作ることをおススメするのぅ。我の加護が戻れば、海も風も穏やかなままになるからのぅ」
「我の祠と加護……なぁ、お前、というか貴女はその……隠す気があるのか?」
「もちろん」
 なんとも捉え辛い相手だ。
 眉間に少しの皺を寄せ、ラダは珈琲を一口すする。

●ムラクモ(?)の依頼
「それで、ムラクモたちが祀っている海神ってのは元々海洋の方から流れたものだと?」
 朝食後、急遽呼ばれたジョージ・キングマン (p3p007332)はムラクモ(?)の話を聞いた。曰く、雲霧の里にて祀られている海神とやらは、海洋国家の出身らしい。
 それが今は豊穣に祀られているのには理由があるそうで、ムラクモ(?)は呵々と笑って言葉を続けた。
「散歩に出かけて、雲霧の里に辿り着いて、連中があまりに良くしてくれるのでな、加護の1つも与えてやらねばということで暫く滞在しておったのよ」
 まるで、自身が件の海神であるかのごとき語り口。
 だが、いちいち揚げ足を取っていては話は進まない。ジョージは疑問を飲み込んで、以前にムラクモよりもらった6本腕の像を取り出しテーブルに置いた。
「おぉ、我の守護像じゃのぅ。目的地までの安全な道筋を示してくれる加護を与えておるやつじゃ」
「そのようだな。あんたの……じゃなかった。海神の祠とやらには、腕の指し示す方向に進めばいいのか?」
「安全な航路があればな。けれどまぁ、しかし……」
 ちょん、とムラクモ(?)は像の頭を指で叩いた。途端に6本の腕が動いて、同じ方向を指し示す。けれど、よくよく見れば腕は動いているようだ。
「あぁ、やっぱり。動いておるのぅ」
「動く? 祠がか?」
「いやぁ、島じゃのぅ」
 なんて。
 さも当然といった様子で、ムラクモ(?)はそう言った。

 曰く、海神の祠は巨大な岩蟹の背に作られたものらしい。元々は海洋のどこかの島の端にくっついていた巨大岩蟹であるが、長い時間が過ぎる中で勝手に移動を始めたようだ。行方不明の主を探して海に出たのだろう……とのことである。つまり勝手に留守にして帰ってこない海神が悪い。
「我が乗り込めば言うことを聞くようにもなろう。アレが呼吸のために海上に出て来る時を狙って船を寄せてくれるかのぅ?」
「簡単に言ってくれるが……簡単なのか?」
 話を聞いていたラダは問う。
 ムラクモ(?)は首を傾げて、うぅん、と唸った。
「いやぁ、どうかなぁ? アレが海上に出て来るのは“暴風海域”か“渦潮海域”それか“流氷海域”か“濃霧海域”のどこかだろうなぁ。あるじゃろ、像が示している方向にそういうのが固まって起こる海域が」
 なぁ、と問うたムラクモ(?)にジョージは小さな溜め息を返した。
「あるな。だが、楽じゃないぞ。“暴風海域”では【飛】【崩れ】を伴う突風が、“渦潮海域”では【不発】【不運】の海流が、“流氷海域”ではあまりの寒さに【絶凍】【麻痺】を、“濃霧海域”では【封印】【暗闇】の異常を受けると聞いている」
「じゃあ、それを突破していかないとなぁ。あの蟹はきっと、近づけば襲って来るだろうからなぁ……上手いこと回避しながら、我を祠に連れて行ってくれ」
「まぁ、うちの魔導船には風や波を読む機能が付いてる。俺の船を出すことも出来るし、追い込み漁みたいなものと考えればいいか」
「うむ。誰に気兼ねすることもなく使える港は欲しいじゃろ? 岩蟹の制御を取り戻せば、適当な島に接岸させるからのぅ。その背を港にすればいい」
 話は決まり、と。
 そう言って、ムラクモ(?)は呵々と笑った。
 かくしてラダとジョージは船員を集め、巨大岩蟹の追い込み漁へと繰り出した。

GMコメント

●ミッション
巨大岩蟹に接近し、その背にある祠にムラクモ(?)を送り込む。

●ターゲット
・巨大岩蟹×1
島ほどの大きさがある巨大な岩蟹。動きはあまり速くは無いが、非常に耐久、耐性に優れる。
その背中には、海神の祠が儲けられている。
外敵は排除しようとする性質。岩蟹の攻撃を回避あるいは迎撃しながら、接近する必要がある。
※脚単位でなら状態異常を付与することも可能。

・ムラクモ(?)×1
白い肌の痩せた女だ。
肌も髪も真っ白。髪の一部には赤い毛束が混じっている。
彼女を巨大岩蟹の背にある祠へ送り届けることが今回の目的となる。

・海神
豊穣・雲霧の里に祀られている海神。
海旅の安全と、穏やかな天候という加護を与える。
元々は海洋にいた“何か”だが、現在は雲霧の里に出張中。おかげで海洋のとある海域では異常な天候、海流が続いており、今回1度、里帰りをすることにした。

●搭乗船
イレギュラーズが乗る魔導船。以下の装備が付属している。

・対船スナイパーライフル×2
射程と命中精度に優れたスナイパーライフル。貫通力は高いが、弾丸の装填には時間がかかる。甲板の左右に設置されている。

・大型プロペラ&ライト
強風を起こすプロペラと目が眩むほどの強光を発生させる装置。船尾に設置されている。

・魔導レーダー
周辺の状況を詳細に把握するための装置。船の位置、人の位置、付近の風や海流なども鮮明に知ることが出来る。

●フィールド
海洋。岩蟹が呼吸のために海面に浮上する海域。
以下のうち1つの海域を選んで、船で乗り込むことになる。

1・“暴風海域”:【飛】【崩れ】を伴う突風が吹く海域。
2・“渦潮海域”:【不発】【不運】を付与する海流が渦巻く海域。
3・“流氷海域”:【絶凍】【麻痺】を付与する寒風が吹きすさぶ海域。海に氷が浮いている。
4・“濃霧海域”:【封印】【暗闇】を付与する濃い霧が漂っている海域。視界が悪く、30メートルほど離れると対象の影しか見えなくなる。

●情報精度
このシナリオの情報精度はBです。
依頼人の言葉や情報に嘘はありませんが、不明点もあります。

  • 黄金航路開拓史。或いは、訳ありの荷運び…。完了
  • GM名病み月
  • 種別リクエスト
  • 難易度-
  • 冒険終了日時2022年12月17日 22時20分
  • 参加人数8/8人
  • 相談8日
  • 参加費150RC

参加者 : 8 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

参加者一覧(8人)

十夜 縁(p3p000099)
幻蒼海龍
ラダ・ジグリ(p3p000271)
灼けつく太陽
※参加確定済み※
八田 悠(p3p000687)
あなたの世界
寒櫻院・史之(p3p002233)
冬結
エマ・ウィートラント(p3p005065)
Enigma
ジョージ・キングマン(p3p007332)
絶海
※参加確定済み※
リコリス・ウォルハント・ローア(p3p009236)
花でいっぱいの
型破 命(p3p009483)
金剛不壊の華

リプレイ

●6Gの歌
 6Gの唄を歌おう♪
 ポケットに麦を詰め込んで♪
 鞄に干し肉を詰め込んで♪
 凪の海の大蟹が♪
 まだ見ぬ世界へ飛び出した♪

 風の強い明け方のことだ。
 波に揺られ、潮風を浴びて、甲板の上で白い髪の女性が歌う。身に纏うは赤と白の巫女装束。とある事情で海洋へ向かうムラクモという名の女性である。おそらくは偽名の類だろうが、彼女自身がそう名乗るのだから仕方ない。
「ラサで聴いたことのある歌だ。古い時代の吟遊詩人に伝わる歌だと言っていたが」
 操舵輪を握る『絶海』ジョージ・キングマン(p3p007332)の傍らで、腕組みをした『天穿つ』ラダ・ジグリ(p3p000271)はそう呟いた。
「ひょっとすると、大昔にも彼女はラサに来たことがあるのかもしれないな。ともあれ、海神……いや、ムラクモの話は、渡りに船だ」
 ムラクモの依頼は、自身を海洋のとある島……というよりも、島のように巨大な岩蟹の元へ送り届けてほしいというものだった。
 報酬として、岩蟹が岸に付いた暁にはその背に港を作っていいとか。
「多量の鳥居。守護像。冗談のような流し樽で本当に辿り着くあたり、力は本物だ。ノリは軽いが軽んじてはならない」
 ジョージの燻らす煙草の煙を目で追いながら、ラダは言う。風に吹かれて、煙草の煙が明け方の空に霞んで消えた。風が強い。目的の海域まで、もう数時間も船を走らせれば着くだろう。

 強風が吹き荒れ、辺りには濃い霧が漂う。海面を覆う流氷が、渦潮に流され漂っていた。
 海洋のとある異常海域。複数の悪天候に苛まれ、並の船では近寄ることさえ許されない。現在、一行の乗る魔導船が差し掛かったのは、濃霧、流氷、渦潮、暴風という4つの海域のちょうど中間あたりである。
 この辺りまでなら問題ない。
 だが、さらに先へ進むというなら、命の覚悟が必要になる。
「そういや聞いたことがあるな。異常な海域には近づくな。海に怪物が潜んでいるから……って漁師の間に伝わる話だ」
 そう言って『幻蒼海龍』十夜 縁(p3p000099)は濃霧の海域へ視線を向けた。濃い霧の奥で、巨大な何かが身じろぎをした気配がある。
 ゆっくりと、巨大な何かは海を進んで、渦潮海域の方向へ向かった。
「あぁ……なんだって岩蟹の背なんかに祠を作っちまったのかねぇ」
 甲板前方。
 舵を取るジョージのすぐ近くには、魔導レーダーを覗く『若木』寒櫻院・史之(p3p002233)の姿があった。
「ジョージさん、2時の方角に渦潮発生、この進路だと5分以内に範囲へ入りそうだよ」
「取り舵いっぱいよーそろー!」
 マストの上で『あなたの世界』八田 悠(p3p000687)が声をあげる。その指示に従い、ジョージは舵輪を大きく回した。船が傾き、進路を2時の方向へ。
 発生した渦潮を避けて、船はさらに先へと進む。
「航路の開拓は海住まいの僕にも益が回ってきそうな話だし、是非とも成功させたいね」
 現在、付近に岩蟹の姿は見当たらない。
 だが、そう遠くないうちにそれは現れる。悠にはそんな予感があった。

 一方、その頃。
 船室にて待機していた『金剛不壊の華』型破 命(p3p009483)は、ムラクモ(?)を遠目に見ながら、なんとも妙な顔をしていた。
「なんか凄ぇのがいる。ムラクモ? いや……確かにナリはそっくりだけどよぉ」
 依頼主であるムラクモとは、以前にも逢ったことがある。しかし、今回同行しているムラクモ(?)の様子は、命の知るそれとはどうにも別人のようなのだ。
 外見は瓜二つ。けれど、存在感がおかしい。希薄だが、確かにそこにいて目が離せないような不可思議な印象だ。まるで自分の影でも眺めているような……得も言われぬ感覚に、命は眉間を揉んでいた。
 一方、当のムラクモ(?)はと言えば、リコリスと一緒に命の持参した干し肉を頬張っていた。
「おほー! 味が濃いのぅ。酒に合うのぅ。やれお供えだ何だといって渡されるのは、生の食材がほとんどだからのぅ」
「生のお肉も美味しいけど、スパイスで味付けしたお肉もいいよね!」
『JA( 'ᾥ' )WS』リコリス・ウォルハント・ローア(p3p009236)は今日もブレない。自然な様子で、ムラクモ(?)と一緒に干し肉を食んでいる。
 気が合ったのか、会話も弾んでいるようだ。
「お供えを貰えるってどんな気分? そこにいれば、食べるのに困らないんだよね?」
「……まぁ、食うには困らんなぁ。食うには困らんが、退屈でなぁ。飽き飽きして他所に出かけて行ってしまったなぁ」
 その結果として、元の場所に戻れなくなったというのだから、なんともトホホな話であった。なお、会話の内容が明らかに人の暮らしのそれでは無いが、リコリスは気にした風もない。
「しかし樽で漂流しながらポールスターまでとは……豪胆と言うか無謀と言うか。中々面白い方でごぜーますね」
 呆れた様子の『Enigma』エマ・ウィートラント(p3p005065)だが、きっとムラクモ(?)には、彼女なりの理由があるのだ。
 それからエマは、壁際の棚に置かれた木像へ視線を向けた。以前にムラクモより受け取った6本腕の木像だ。その腕は、全部が同じ方向を……船の進行方向を指し示している。
「目的地を指し示す木像、でありんすか。ひょっとすると、ムラクモ様にも似たような……っとぉ!?」
 エマが木像へ手を伸ばす。
 直後、船が大きく揺れた。それによって、エマの身体が宙に浮く。咄嗟に木像を手に取ると、軽く空中で半回転。着地と同時に、甲板へ向け駆け出した。
「上がって来い! 渦潮に囲まれた!」
 ジョージの叫ぶ声がした。
 かくして一行は、渦潮海域へと入る。

●渦潮海域
 渦を巻く幾つもの海流が、船を右へ、左へと揺らした。
 転覆するほどに強い海流では無いが、慣れていなければまっすぐに立っていることさえも難しい。三半規管に対する挑戦か。傾いた甲板を、リコリスが滑り落ちていく。
「あぁぁー!?」
 爪の痕が甲板を削った。リコリスが海に落ちる直前、命が手を伸ばしてリコリスを支えた。
「おぉ、あぶねぇな!」
 船室から甲板へと出て来た途端にこれである。
「うーぁぁー!」
 リコリスに続き、ムラクモも甲板を転がった。彼女が海に落ちてしまえば、何のためにこんな場所にまで訪れたのか分かったものじゃない。
「っと、こっちもか。お前さんは船室で大人しくしておいた方がいいんじゃないか?」
 転がるムラクモを追いかけて、縁が甲板を疾駆した。不安定な足元を物ともせずに駆けた縁が、ムラクモの片腕を取る。
「いやなに、ただ運ばれるのも性に合わんのでなぁ」
「そうかい。最近は奉られる側もアグレッシブだことで」
「うむ。長く生きると退屈で……っと、違った。我、単なる巫女であるなぁ」
「……そうかい」
 吐きかけた言葉を飲み込んで、縁はそれだけを返す。
 そんな縁の頭上へと、1匹の飛竜が降りて来た。ラダの愛竜“がんも”である。その口には、数本のロープが咥えられていた。
「海に落ちないようロープで自分と船を繋いでおくんだ! 渦潮が多い! もっと揺れるぞ!」
 船首付近から、甲板側面へと駆けながらラダは言う。
 船の側面に取り付けられた大型スナイパーライフルの元へ向かっているのだ。
「件の蟹は現れたのか!?」
「まだだが、先に弾丸を装填しておく!」
 縁の問いにラダが答えた。
 直後、船首で悠が声を張り上げる。
「風向きが悪いって精霊たちが言っているよ! 誰か帆を畳んで! それとムラクモさんをこっちへ!」
 激しい揺れに耐えかねたのか、悠は木柵にしがみついている状態だ。
 甲板に座り込むようにしながらも、声を張り上げて仲間たちに“役割”を与える。
「風の影響は馬鹿にできないでごぜーますね。あい、わっちが帆に上りましょう」
 波を頭から被ったのか。エマはすっかりびしょ濡れだ。黒い衣服は水を吸って重たそうだが、幸い動作に支障はない。
 復帰したリコリスを伴って、マストへ駆けあがっていく。
「しかし、よく揺れますこと。海神の里帰りとやらが成れば、荒れた海域をなんとかしてもらえるんでごぜーますかね?」
 そんなことを呟きながら、エマは帆を巻き上げていく。

 魔導レーダーに、幾つもの光が点滅していた。
 光の強さや大きさはまちまちだ。それらは、船の周囲に発生している渦潮を現すものである。加えて、レーダーに映る大きな影と、船後方から迫る青い波紋の印。
「背後から高波が来るよ、船の速度を落としてやりすごそ……いや、駄目だ。渦潮に飲まれる!」
「大渦に捕まれば抜け出せなくなる。高波を受ける方がマシだな」
 船の進路がぶれないよう、ジョージは舵輪を握りしめた。
 レーダーを覗いていた史之は、命と共にムラクモを支える。
 一瞬の出来事だ。
 刻一刻と変わる潮目に対応するには、迅速な判断力と、即座の行動が不可欠だ。
「ほぉ?」
 と、感心した風にムラクモは小さく言葉を零し……。
「揺れが来るよ、みんな気をつけて!」
 甲板へしゃがみ込みながら、史之が大声を張り上げた。

 高波が船の後方に降りかかる。
 渦潮の影響を受けたのか、奇妙なほどに捩じれた波だ。大量の海水が甲板を流れ、まるで川でも出来たみたいだ。
 甲板後方から船首へ向けて、大量の水が流れて行った。
 縁は流れに飛び込んで、海流と共に船首へ泳ぐ。甲板を走るより、波に乗った方が速く移動できるからだ。
「今しがた、前の方で何かが動いただろ! 岩蟹じゃねぇのか?」
「っ!? ほ、本当だ! ジョージさん、舵を切って! 直進すると、蟹にぶつかる!」
 縁に問われ、史之が慌てて魔導レーダーを覗き見た。船の進行方向には巨大な影。先ほどよりもはっきりと表示されているのは、岩蟹が浮上してきているからだろう。
「そのまま背後を取れればいいが……関節が蟹のそれなら、背後には届かないだろう」
 ジョージが舵輪を回転させる。
 2つの渦潮の間を抜けて、船は斜め前方へ。傾いた船のすぐ真下に、けれど小さな渦が生じた。船体は斜めに傾いている。渦に飲まれれば、転覆のリスクもあるだろう。
「帆を広げられないか! 風を受けて加速するんだ!」
 ラダの声が甲板に響く。
 けれど、マストから返って来たのは「無理!」というリコリスの声だった。
「縄が濡れて硬くなってる! 間に合わないかも!」
「だったらプロペラはどうかな! 命さんは!?」
 柵にしがみつきながら、悠が背後を振り返った。
 だが、そこに命の姿は無い。さっきまで操舵席のすぐ傍で、ムラクモの傍に控えていたのに、いつの間にか消えている。
 高波に飲まれ、海に落ちたか。
 悠の顔が青ざめて……直後、船が加速した。

 波は寄せて返すものだ。
 甲板を流れる大量の海水も同様。いつまでも甲板の上に留まってはいない。
 縁が波に乗って船首へ来たように、命もまた波の引きに併せて船尾へ移動していた。
 何か考えがあっての行動ではない。
 いわば、直感。そうするべきだと、獣じみた直感が囁き、命はそれに従った。
「だったらプロペラはどうかな! 命さんは!?」
 悠の声が耳に届いた、その瞬間。
「おぉ、ギリギリだったな」
 命はプロペラを稼動させ、船を加速させたのだ。

 海が大きく盛り上がる。
 高波と共に現れたのは、山のごとき巨大な蟹だ。
 高く掲げた左右の鋏が、魔導船を狙っている。圧倒的なまでの巨体を目にしたジョージは、一瞬だが、思わず動きを止めてしまった。
 船を加速させ、蟹の横をすり抜ける。
 けれど、鋏の方が速い。仮に回避できたとしても、あれが海面に叩きつけられてしまえば、魔導船は大きく体勢を崩すだろう。
 だが、しかし……。
「予想通りでごぜーますね!」
「あのカニさん、脚一本でいいから食べられたりしない?ちょっと試してみちゃだめかな!?」
 突如として巻き起こった砂塵が、岩蟹の鋏を包み込む。
 マストの上で両手を掲げるエマがいた。
 暴風を受けた蟹の鋏が、虚空で一時停止する。その隙に、鋏の先端へと向けリコリスが跳躍。火炎を灯した手の平を、蟹の鋏へ叩きつければ、ごうと紅蓮が爆ぜ散った。
「これ、紅焔が入ったら焼きガニになってたりしない?」
「我の半身がぁぁ!?」
 ムラクモの悲鳴が海に響いた。
 ぎょろり、と蟹の瞳が甲板へ向けられる。
 通り過ぎていく船を追って、蟹が身体を傾けた。
 直後、船尾で強い閃光。命がライトを付けたのだろう。至近距離から光を浴びて、蟹はたまらずに身を捩らせた。
「今!」
 悠の声。甲板を駆ける足音が鳴る。
 甲板の縁に足をかけ、縁が刀を後方へ振りかぶる。刀に纏う黒い魔力の奔流が、次第に細く刃の形へ縒り合わされて……。
「脚の一、二本は捥いじまっても勘弁してくれや。祟りなさんなよ、ムラクモの嬢ちゃん!」
 一閃。
 黒き顎が放たれて、蟹の鋏を抉り取る。

 リコリスが甲板に転がった。
 それを足で受け止めながら、ジョージが舵を左右へと切る。蟹が身じろぎするたびに、渦潮の位置が変わるのだ。
 海面を見ながら、それを回避するだけでも精一杯。けれど、いつまでも渦潮の相手ばかりをしているわけにもいかない。
「板一枚下は地獄だからね。ジョージさんは操舵に集中してもらわないと」
 レーダーを睨む史之の頬を汗が伝った。
 次々と現れては消える渦潮を、補足し続けるのにも神経を使うのだろう。
「ここ!」
 レーダーの一部を史之が指で指し示す。渦潮が消えた僅かな隙間を最短距離で通り抜ければ、船は蟹の後ろに回れる。
 だが、そのためには蟹の脚が邪魔だった。
「いや、いける。神の祠を守るものなら、さしずめ神獣と言ったところだろうが、こちらも事情がある。押し通らせてもらおう!」
 
 甲板を転がるようにして、悠がラダのもとへと駆けた。
「ラダさんは“狙撃手”ね! 狙うのは一番後ろの脚!」
 悠の言葉を聞くなりラダは、ライフルの角度を僅かに下げた。装填された弾丸は1発。渦潮を避けるためか、船は左右へ揺れていた。
 不規則な揺れ。上下左右に射線がずれる。
 ラダは深く、潮を多分に含んだ空気を吸い込んだ。
 呼吸を止めて、片目を閉じる。
 身体の力をだらりと抜いて、全神経を指の先へと集中させた。
「焦って詰まらせてたんじゃ勿体ないからな」
 1つ。
 2つ。
 そして、3つ。
 脳のうちでカウントを刻む。
 それから、ラダはトリガーを引いた。
 まるで爆発のような轟音と衝撃が響き、1発の弾丸が放たれた。

●海神の帰還
 時刻は少し巻き戻る。
「役を配るにあたってはムラクモさんにも相応に、神の役を渡したいわけなんだけど。まあそのためにはどのような神様かが必要なんだよね」
 あなたはどうなりたい?
 そう問う悠へ、ムラクモは即座に答えを返した。
「我はいついかなる時も我である」
 海は広く、世界はさらに広いのだ。
 ならばこそ、自由に生きねばもったいないと、海の神は呵々と笑った。

「己れのとこの旦那が言ってたんだがな。その神様を喜ばせてやりたいなら祠とかを丁寧に扱ってやれって」
 そう言った命の言葉を思い出す。
 岩蟹の背に、降りた人影は4つ。
 ラダとムラクモ、それからリコリスとエマだ。
「蟹がいっぱい取れる平和な海を取り戻すために、キミのことは絶対に送り届けるんだからね!」
「蟹かぁ。蟹を食うのは少しなぁ……」
 岩蟹の背には、苔むした鳥居が並んでいた。
 数十本か、或いは百か。鳥居を潜った遥か先には、岩で出来た祠らしきものがある。
 その景色は、以前にムラクモを送り届けたとある島に酷似していた。或いは海神を祀る豊穣の港“雲霧の里”にも。
 鳥居を潜り、祠の手前へ。
「さてさて、祠までやって来たは良いでごぜーますけど、これからどうするので?」
「んー。どうするもこうするも無いんだがのぉ。こう、扉を開けて……よいしょっと」
 躊躇なく祠を開けて、ムラクモはそのうちへと入る。
 祠の中は真っ暗だ。水の満ちている気配があった。
 とぷん、と微かな音を立ててムラクモが闇に溶けていく。途端、蟹の動きが止まった。
「これで良い。さて……そろそろ我の正体を告げよう」
 なんて。
 闇の中から顔を覗かせ、ムラクモ……否、海の神とやらは笑った。

「名前を聞けるか? 通称でもいい。祀る者の呼び名が分からないのは、不便だろう?」
 そう問うたのはジョージである。
 船の番を史之と縁の2人に任せ、岩蟹の背に降りて来たのだ。
 ムラクモ改め海の神は、にぃと口角を吊り上げる。それから自身の紅い髪に手を触れて、8本の腕を指揮者のように虚空に走らせるのである。
「名前は無いのぅ。“名もなき霧”とも呼ばれたし“カルキノス”とも呼ばれたし、“黄金と嵐の王”や“蟹守御前”とも呼ばれこともある……まぁ、そうだな、此度は港の名を名乗ろうか」
 つまり、呼び名は好きに決めろということだ。
 それから彼女は、指を輪にしてにやりと笑う。
「……供物か。航海の安全への代金だな。では好みの肴など希望があれば私が聞こう」
 仕方がない、と苦笑して、ラダは小さな溜め息を零す。
 かくして岩蟹は、海洋へと向かって移動を始めた。岩蟹が海洋の岸に着けば、そこが港として利用できるようになるはずだ。
「いずれ眷属たちも戻って来るだろうさ」
 8本の腕で酒と干し肉を抱え、嬉しそうに彼女は言った。

成否

成功

MVP

ジョージ・キングマン(p3p007332)
絶海

状態異常

なし

あとがき

お疲れ様です。
ムラクモ(?)は無事に、岩蟹の祠へ送り届けられました。
岩蟹は海洋の人気のない岸へ移動します。以降、岩蟹の背を港として利用できます。
また、ムラクモ(?)に正式な名前はありません。とりあえず港の名前を、そのまま自分の名として名乗るつもりのようです。
※なお、ムラクモ(?)は時々、豊穣“雲霧の里”やポールスターへ出かけていきます。

この度はシナリオのリクエスト、ありがとうございました。
縁があれば、また別の依頼にてお会いしましょう。

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