シナリオ詳細
少女夢中。或いは、花畑の楽しいお散歩…。
オープニング
●夢を見る少女
一面に、花畑が広がっていた。
赤、青、黄色、薄紫に橙色、色とりどりの花が咲き誇る。奇麗だ。いい香りがする。春の陽気が心地いい。私はとっても幸せだ。
少女の目の前に、ふわふわの熊のぬいぐるみが現れた。
熊のぬいぐるみは憤った様子で、綺麗な花畑を踏み荒らしている。
だから、彼女は熊のぬいぐるみを叩いた。悪いことをするぬいぐるみには、お仕置きが必要だからである。
「悪いことをしたら怒られるのよ!」
ペチン、と情けの無い音が鳴る。
ぶち、と音がしてぬいぐるみの首が落ちた。中から綿が、ふわふわもこもこと零れだす。
熊のぬいぐるみは泣いていた。
それっきり、ぬいぐるみは動かない。
「あ、あら? やりすぎちゃった? ごめんなさい、熊さん!」
少女は慌てて熊のぬいぐるみを抱き上げる。
体の中に綿を詰め直して、その上に落ちた首を置いた。
一秒、二秒……ぴくり、とぬいぐるみが身じろぎをした。
それからぴょんと少女の手から跳び下りると、嬉しそうに踊っている。
花畑を荒らしていた悪い熊はもういない。
少女と熊のぬいぐるみは、きっと友達になったのだ。
けれど、しかし……。
「まぁ、何てことなの! 花畑を荒らすぬいぐるみさんがこんなにたくさん!」
いつの間にか、少女の周りにはたくさんのぬいぐるみに溢れていた。
ぬいぐるみは、少女を責めるような仕草で地団駄を踏んで騒いでいる。その度に、きれいな花が花弁を散らす。
少女はそれが悲しかった。
だから、悪いことをするぬいぐるみにお仕置きをすることにした。
「べあー!」
「熊さんも手伝ってくれるの? うん、分かったわ! 一緒にぬいぐるみさんたちに“メッ”てしましょう!」
花畑を守るため。
ぬいぐるみたちにお仕置きをして、仲直りして友達になるため。
少女は小さな拳を握って「えいえいおー!」と気合を入れた。
●血みどろ
「さて、ご覧の通り……そこにあるのは血の海と、地面を這いまわるアンデッドの群ればかり」
天義。
とある渓谷の底を見下ろしてイフタフ・ヤー・シムシム(p3n000231)はそう言った。
谷底には粗末な小屋や、テントが乱雑に並んでいる。おそらく、どこかの国から……きっと、鉄帝国の辺りから流れて来た犯罪者や盗賊たちが住み着いていたのだろう。
その数はおよそ30人。
けれど、現在のところ生者はただの1人もいない。
「先ほど、先遣隊に様子を見てもらったっすけど……アンデッドたちは近づいて来る“生者”を襲うみたいっすね。その攻撃に特別な効果が付与されているなんてことはないっすけど、首を落としても、頭を砕いても、心臓を貫いても動きを止めることは無いッス」
そう言ってイフタフは、地面ににょろにょろとした線を描いた。
「こんな風な“線蟲”がアンデッドの体内に住み着いてるっス。これを潰すことでアンデッドは元の死体に戻るっぽいっすね」
それから、と。
イフタフは次に谷底を指さした。
地面を這いまわるアンデッドの群れは、どうやら一定の方向へと向かっているようだ。その進路の先、谷底を抜けると小さな泉が確認できる。
「移動速度は遅いっすけど、分断して撃破……というのは難しそうっす。それからアンデッドたちの先頭には、血みどろの女の子がいるッス」
名前も知らない。
生きているのかどうかさえも分からない。
少女は幸せそうに笑いながら、谷底に住まう流れ者たちを次々と殺めていったのだ。そして、殺めた死体に線蟲を植え付け、アンデッドへと変えた。
「あの子、様子がおかしいっすよ。ずっと笑っているし、お友達がどうの、お花畑がどうのって呟き続けているっす。たぶん、谷底の惨状が別の景色に見えてるんっすね」
イフタフ曰く、少女は常に【恍惚】状態にあるが、その他の精神系BSの影響は受けないとのことだ。そして、多少の傷であればすぐに癒えるほど治癒力が高いという。
おそらく、彼女の体内に巣食う“線蟲”による影響だろう。
「ボロボロと身体から線蟲を零しながら、泉の方に移動を続けているっすよ。見た目からは考えられないほどに力が強くて、その攻撃には【狂気】【奈落】【滂沱】が付与されてます」
歳のころは10代の半ばほどだろうか。
身体に蟲を植え付けられて、全身を血塗れにして、それでも笑っていられるなどきっと彼女はまともな精神状態には無いのだろう。
「どこから来たのか、それとも誰かが連れて来たのか……分からないっすね。ただ、線蟲の巣みたいなのがあるみたいなんっすよね。上手くそれだけ破壊できれば、もしかしたら正気を取り戻すかもしれないっすけど」
果たして、正気を取り戻すことが少女にとって最善だろうか。
- 少女夢中。或いは、花畑の楽しいお散歩…。完了
- GM名病み月
- 種別通常
- 難易度NORMAL
- 冒険終了日時2022年12月14日 22時05分
- 参加人数8/8人
- 相談7日
- 参加費100RC
参加者 : 8 人
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参加者一覧(8人)
リプレイ
●陽の当たらない谷の底
ところは天義。
とある谷底。
ひっそりと暮らす、流れ者たちの集落があった。
谷を抜けた先の泉で水を得て、時折、人や獣を襲って食糧を得る。そんな生活。本人たちも長くは続かないという予感があった。
けれど彼らは無法者。都市に戻れば、捕えられて首を刎ねられるのが定め。
けれど、しかし……。
彼らの平穏、けれど貧しい生活はある日、突然に終わりを迎える。
1人の少女。
夢見る笑顔の幼い少女の手によって、彼らは屍と化した。
血と臓物と肉の欠片が散らばっていた。
死した無法者たちは、その身に植え付けられた線蟲によって動かされている。もはやそこに意思は無い。ただ地面を這いずるだけだ。
「アンデッドに、寄生虫。考えうる限り、最悪に近い組み合わせだ、な。一匹残らず駆除せねば、悍ましい事態を引き起こすことに、なる」
血溜まりを歩む8人の人影。
眉間に僅か皺を寄せ『矜持の星』エクスマリア=カリブルヌス(p3p000787)は地面を見下ろす。そこはかつての集落跡地。足元は赤く、土肌が覗く場所はない。
「死体を操るだけではなく、人まで操るなんて」
『蒼輝聖光』スティア・エイル・ヴァークライト(p3p001034)は、地面に転がる男の遺体に目を向けた。
手足を失った、上体だけの男の遺体だ。芋虫みたいに蠢きながら、前へ進もうとしているらしい。大きく抉れた喉からは、血泡と一緒に、細く長い蟲が見えている。
「線蟲の支配された少女とアンデッドの群れ……子供をキャリアにするなど許せない」
静かに祈りを捧げるとマルコキアス・ゴモリー(p3p010903)は遺体の頭部を剣で貫く。後頭部から眉間にかけて穴を穿たれた遺体だが、それでも動きは止めていない。
身体は既に死んでいる。脳の機能も止まったはずだ。
遺体の前にしゃがみ込んだ『闇之雲』武器商人(p3p001107)が、喉から覗く線蟲を摘んで引き摺り出した。
「ハリガネムシに似た蟲に水辺、か。当然、繁殖の可能性が頭に浮かぶねぇ」
指で摘まれた線蟲が、藻掻くように身をくねらせる。しばらくそうしていたが、そのうち武器商人の手首目掛けて喰らい付いた。
否、鋭く尖った頭の先で皮膚に穴を開け、血管の中に潜り込もうとしたのだろう。
「っと、あぶない」
ぶち、と線蟲を押し潰す。頭部辺りを潰されて、線蟲はそれっきり動かなくなった。
「自分の身体が引き起こした事態を目の当たりにしたら、きっと彼女は心を病んでしまうだろうな。だがそれは彼女の意思ではないはずで……最悪な不運に遭ってしまっただけだ」
少女も遺体の群れたちも、もはや集落にはいない。『青き鋼の音色』イズマ・トーティス(p3p009471)は、谷の奥へと視線を向けた。
何かを引き摺ったみたいな血の痕跡。
所々に転がる肉や臓物の破片。
この光景が、少女の目には“きれいな花畑”のように見えているらしい。
少女の道を阻む無法者たちは、花畑を荒らす“ぬいぐるみ”である。
血塗れの少女が、にこにこ笑顔で歩いていた。
肩や頬に負った裂傷からは、線蟲が顔を覗かせている。傷口が蠢いているみたいだ。そのような有様ながら、しかし少女は痛みを感じていないらしい。
幸せそうに、楽しそうに、泉へ向かって谷の底を歩くのだ。
「おぉ、鼻歌なんぞ歌って。情報通り楽しそうに歩いて居るわ。一体何が見えているのであろうなぁ」
少女の前に立ちはだかるのは、いかにも美しい少女であった。名を『白百合清楚殺戮拳』咲花・百合子(p3p001385)。胸の前で腕を組み、花も恥じらう美しい笑顔で少女を睥睨しているのである。
その後ろには『純白の矜持』楊枝 茄子子(p3p008356)の姿もある。彼女は胸に片手を当てて、困ったような溜め息を零した。
「そもそも、どんな状況であろうと、殺人を犯した彼女は不正義によって処罰を受けるべきです」
「救えぬかな? それとも、この惨状を見せつけるつもりか?」
百合子の問いに、茄子子はゆっくり首を振る。
「あんなに楽しそうにしている彼女を救おうだなんて気持ちには、どうしてもなれないんですよね。エゴですかね」
つまり、夢心地のまま少女を“殺める”方が良いと茄子子は考えているようだ。
「殺めるにしろ、命を繋ぐにしろ、まずは対処しなきゃだね。あの様子は尋常じゃない。色々な意味でアレは放置できない」
『数多異世界の冒険者』カイン・レジスト(p3p008357)は剣を抜いてそう言った。
1歩、前へと足を踏み出してみれば、少女が「おや?」と首を傾げた。カインたちの接近に、どうやら気が付いたようだ。
「まぁ、なんてことをしているの! お花畑を踏み荒らすなんて、悪い猫ちゃんたちだわ!」
可愛らしく頬をぷくりと膨らませ、少女は怒りをあらわにした。年相応に幼い仕草と声である。けれど、その肩辺りからは、何匹もの線蟲がぼろぼろと零れ落ちていた。
●お花畑の狼藉者
赤、青、黄色の綺麗な花を蹴散らし、踏んで、荒らすぬいぐるみが3体。
1匹は黒い猫だった。
もう1匹は白い猫だ。
それから、ローブを纏った熊さんもいる。
ぬいぐるみたちは、挑発でもするみたいに意地悪そうな顔で少女を眺めていた。
悪いぬいぐるみさんたちをお仕置きして、これから仲直りの印にみんなでピクニックに行くつもりだったのに……邪魔をするなんて、ひどいぬいぐるみさんたちだ。
「もう! もう! 怒っちゃったんだから!」
意地悪なぬいぐるみさんたち。
でも、大丈夫だ。
ぬいぐるみさんたちは、物分かりがいいので、ちょっとお仕置きしてあげればすぐに大人しくなるのを知っている。
軽く拳を握った少女は、前に迫った黒猫さんをポカリと叩いた。
ちっとも力を込めていない、いわゆる“お友達パンチ”というやつだ。
少女の拳は、黒猫さんの胸に当たった。
ふわり、と温かな風が吹いて、黒猫さんの胸からは白い綿と、紙吹雪が舞い上がる。
少女の拳が黒に染まった。
否、それは皮膚を突き破り現れた線蟲たちだ。
身体を濡らす血を散らしながら、少女は拳を振り抜いた。ぶち、と肉の千切れる音がする。少女の筋肉が断裂した音だろう。
だが、少女は痛みを感じていない風である。
可愛らしく怒った顔で、百合子の胸部を打ち抜いた。
「……っぐ!? おっ……ぁ!」
身体付きの割に殴打が重い。
インパクトの瞬間、線蟲たちが蠢いて百合子の肉を深く抉った。飛び散った鮮血と、皮膚の破片を顔に浴びながら、少女はむくっと頬を膨らませて言った。
「もう! 悪いことしちゃ駄目なんだから!」
数歩、後ろへと下がり百合子は地面に膝を突く。
それから胸部の傷を見下ろし、再び拳を握り直した。
「痛みさえも感じておらぬか。いやはや……悍ましい生き物だな」
「抑えられそうですか? 一瞬、拳を振り抜くのを躊躇ったように見えましたが?」
茄子子が両の手を打ち鳴らす。
瞬間、ふわりと地面から無数の燐光が浮き上がった。
ふわふわと、踊るように舞う淡い光が百合子の頭上に降り注ぐ。胸部から流れる血が止まり、傷の上に薄い皮膜を形作った。
「あどけない少女を殴るとなると少しな……いや、分かっておるとも。このアンデッドと少女は体のいい乗り物にすぎぬ。変な虫の目論見は潰すとも」
拳を鳴らし、百合子は地面を蹴り飛ばす。
急加速。から、少女の眼前で急停止。目に見えぬほどの速度で打たれた百合子の拳が、少女の腹を打ち抜いた。
少女の口から、血と一緒に大量の線蟲が零れる。
その横を、カインは急ぎ駆け抜けた。少女の背後に続くアンデッドの群れが、すぐそこにまで迫っているのだ。
「少女に加勢……するつもりは無さそうだな。まっすぐ泉に向かっている」
アンデッドの群れは、少女や百合子を避けるようにして左右へ散らばっている。戦闘途中の2人を無視して、泉へ向かおうとしているのだ。
「少し散らばり過ぎだ、な」
岩の上に跳び乗ってエクスマリアが視線を左右へ走らせた。アンデッドたちを仕留める術はあるものの、こうも散らばっているのは良くない。
「線蟲が泉に辿り着いてしまったら繁殖や被害が取り返しのつかない事になりそうだ。とにかく足止めするぞ」
「注意を引いて一箇所に集めるね」
アンデッドの間を縫って、イズマとスティアが前方へ回る。
マルコキアスが地面に剣を突き立てる。
じゃらりと音を立てて、展開された無数の鎖がアンデッドたちの進路を塞いだ。
「この鎖の結界……簡単に突破できると思わない事だ」
アンデッドたちは、体の欠損さえ厭わずに鎖へぶつかっていく。前へ、前へと進もうとする。鼻が潰れ、喰い込んだ鎖で肉が千切れようともだ。
男たちの遺体は線蟲にとって、単なる乗り物に過ぎないということだろう。泉にさえ辿り着ければ、どれだけ損傷しようと構わないのである。
「ぬぅ……哀れな」
マルコキアスの足首に、アンデッドが食らいつく。
皮膚が裂け、血が溢れた。
直後、マルコキアスの頭上で閃光が散る。
「悪いけど、どいて貰うよ!」
「一匹残らず駆除せねば、悍ましい事態を引き起こすことに、なる」
降り注ぐのは鉄の流星。
エクスマリアとカインが頭上に手を掲げ、鉄の星を降らせているのだ。
流星に撃たれ、1体、2体とアンデッドが倒れていく。
「CTが高いほどに、時間を掛けずに討伐できると言うなら、この場はマリアの独壇場、だ」
アンデッドはあくまで乗り物。
本体は体内に巣食う線蟲である。そのほとんどを、エクスマリアの流星はピンポイントで撃ち抜いた。
谷底という広さに限りのある戦場。
高いCTを誇る範囲攻撃は、アンデッドたちの天敵と言える。
「ヒヒヒヒヒ! 泉に向かおうとする本能だけで動いているのかな?」
遺体から這い出た線蟲を踏みつぶして、武器商人は肩を揺らした。
武器商人、イズマが生き残りのアンデッドを殲滅すれば、残す敵は夢見る少女ただ1人。
「あの子を助けるんでしょう? それじゃあ、一旦気絶させちゃおう」
線蟲の駆除を仲間に託し、スティアが前線へと上がる。
少女が拳を振り下ろす。
叩きつけるような大ぶりの一撃だ。速度と威力は大したものだが狙いが甘い。
「今度は銀色の猫ちゃんなのね!」
紙一重で拳を避けて、スティアは少女の背後へ回る。戦闘訓練を積んだわけでもない幼い少女だが、フィジカルだけは並じゃない。
「眠って!」
少女の背に向けスティアは手を翳す。
気温が一気に冷え込んで、形成される氷の花が少女を包んだ。けれど、少女は氷を砕きながら身体を反転。
バックブローの要領で、スティアの側頭部を殴打した。
「あぁ!? 猫ちゃん! ごめんね! 強く叩き過ぎちゃったかも!」
少女の目には、スティアが“猫のぬいぐるみ”に見えているようだ。
地面を跳ねるスティアを抱き止め、カインが代わりに前に出る。
「今のうちに治療を。皮膚が抉れているぞ」
“強く叩き過ぎた”というには、スティアの負った傷は深い。それは1人で少女を抑え続けていた百合子も同様だ。
剣を斜めに構えたカインは、少女の殴打を受け止める。
「彼女にとって最善かは分からないけど、現実を見ないまま死ぬのは僕的にとても嫌だな」
「しかし……線虫に蝕まれた状態では、まともな受け答えもできるか、怪しいところ、だ」
カインとエクスマリアの攻撃は、少女に大きなダメージを与えない。
否、ダメージは相応に大きいのだろうが、少女が痛みを感じているように見えないのだ。加えて、傷口はすぐに線蟲によって塞がれる。
その度に少女が、人ではない何かに変容していくようにも感じた。
「少女は……元凶として討伐するのが自身の在り方としては正しいのだろう……いくら寄生虫もどきに支配され、自身の意思として動けなかったとしても、だ」
少女の殴打を剣で受け止め、マルコキアスは苦悶を奥歯で噛み潰す。
「だが……彼女は被害者でもあるのだ」
その言葉は、きっと少女の耳に届いていないだろう。
虚空に1本の魔剣が浮いた。
斬撃が、少女の腕に裂傷を刻む。
「どう見るね?」
線蟲を零す少女を見ながら、武器商人はそう問うた。
問いを受けた茄子子は、少女から目を離さないまま静かに言葉を紡ぐ。
「私は、嘘でも仮初でも幸せなままの方がいいと思います。それが最善かどうかは分かりませんが、私がそう思ってます」
はぁ、と小さな溜め息をひとつ。
少女の後ろに広がっているのは、血と屍の海である。屍山血河という言葉が良く似合う。果たして、少女が正気を取り戻した時、その光景に耐えられるかは分からない。
「エゴですね」
なんて。
茄子子はそんなことを言う。
少女の殴打をすり抜けながら、スティアは再び手を翳す。
「ほら、こっちだよ」
白銀の魔力が渦を巻く。少女の腕から肩にかけてが氷の花に包まれた。
急な重量の増加に不意を打たれたのか、少女は姿勢を大きく崩した。がら空きになった足元へ、カインは足刀を叩き込む。
「少女自身の体力生命力が持たない。これ以上は攻撃できないぞ!」
●線蟲の巣
地面に倒れた少女の背中へ百合子が飛び乗る。
四肢を抑え込んだ百合子は、背後へ向けて声を投げた。
「幻覚を見るという事は巣は頭の中か? 全然わからんが組み付いて動きを止める事は出来る! 吾が押さえつけてる間に手術でも何でも試すがよいわ!」
「あぁ、すぐに手術に取り掛かる! 茄子子さんと、スティアさんは少女の治療を! もしも……いや」
少女の前にかけよって、イズマは地面に救急箱を広げた。
泣き喚く少女の手脚から、絶えず線蟲が湧きだしている。ピンセットでそれを除去しながら、イズマは強く歯噛みした。
「俺は君と仲良くなれたら嬉しいよ。でもね、お友達は叩いちゃダメなんだ」
「いーやー! はーなーしーてー! お花畑を荒らさないでー!」
やはり、少女にイズマの声は聞こえていない。
「……なんだ、これ」
3つ。
イズマの摘出した病巣の数だ。少女の喉と、心臓の傍、それから腹部に形成されていたものだ。大きさに差があるのは、巣が形成された時期が同じではないからだ。
巣を摘出するたびに、少女の力は失われた。
体内に住む線蟲が数を減らしたせいだ。
「痛いぃ、痛いよ」
泣き叫んでいたのも最初だけ。もはや大きな声をあげるだけの元気も残っていないように見える。
そして、最後に残った巣は少女の首の後ろにあった。脳のすぐ下あたり……一部は脳にまで根を伸ばしているだろうか。
最後に残った線蟲の巣を取り出した。
少女は、意識を失って浅い呼吸を繰り返す。
「これ以上、吾らに出来ることはあるまいよ」
「傷を塞ごう。それから、後のことは……」
百合子とスティアに促され、イズマは手術痕を縫い合わせ、傷口にガーゼを押し当てる。失血量は多いが、線蟲のおかげか命はどうにか繋いでいる。
だが、きっと目を覚ますことは無いだろう。
彼女はきっと、ずっと覚めない夢の中で過ごすのだ。
「練達か深緑か、優れた技術を擁する国へ運ぶ。生きている限りは、最善を尽くそう」
眠らせ、拘束した少女を抱きかかえエクスマリアはそう言った。
遺体や、摘出した線蟲の巣は既に焼却済みである。少女が、あの惨状を見ずに済んだことだけは、ある種の救いと言えるかもしれない。
「頼む……安楽死させる事はできるが、望まぬ終わりよりも救う方が良いと、俺は信じる」
線蟲の巣を取り除いたことで、少女の危険性は大きく下がっているはずだ。けれど、脳にまで根を伸ばした最後の巣が問題だった。
きっと脳にまで達した線蟲が、少女の正気を失わせた原因だ。それを取り除いたことで、少女は線蟲から解放された。
その代わり、次にいつ目が覚めるかは分からない。
「気をしっかり持ってください。貴方の幸せは、まだ続いていくんですから」
眠る少女の頭を撫でて茄子子は言う。
歳相応にあどけない寝顔だ。ずっと、そのまま幸せに過ごしてほしいと願わずにいられない。
「確かに彼女は許されざる大罪を犯してしまった……しかし、彼女は被害者でもある」
「あんなのが拡散される様な事になったらとんでもないからね」
谷底に残ったのは3人。
マルコキアスとカイン、武器商人は焼かずに残した線蟲の巣を囲み言葉を交わす。
「とても『自然には』そんなことになると思えんのだが」
武器商人が巣を手に取った。
体内から摘出されたことで、巣にいた線蟲は既に息絶えている。人に寄生していなければ、自己の生命さえも維持できないようだ。
腹部、喉、心臓の近く、脳のすぐ下。
正中線上にきれいに並んだ巣の位置には、何か作為的なものを感じる。
「誰かに植え付けられたのかな。例えば……天義のお偉いさんとかはどうだろう。無法者たちを潰すために、身寄りのない少女を利用した、とかね」
悪意的な想像だ。
ヒヒ、と引き攣った笑みを零す武器商人は、谷の彼方へ視線を向ける。その先には街か何かがあるはずだ。
「犯人が見つかるとは思わないけど、少女の足取りを辿ってみようか」
なんて。
そう呟いて3人は、誰からともなく歩き始めた。
成否
成功
MVP
状態異常
あとがき
お疲れ様です。
少女に救う線蟲や、アンデッドたちは無事に殲滅されました。
目を覚まさないまま、少女は練達へ運ばれたようです。
依頼は成功となります。
この度はご参加いただきありがとうございました。
縁があれば、また別の依頼でお会いしましょう。
GMコメント
●ミッション
少女およびアンデッドに巣食う“線蟲”の殲滅
●ターゲット
・夢心地の少女×1
年齢は10代の半ばほど。
体内に大量の“線蟲”と、その巣を宿した血塗れの少女。
正気を失しているのか、幸せそうに笑っている。
体内に宿した線蟲の影響か、治癒力が高く、常に【恍惚】状態にある。※【恍惚】以外の精神系BSの影響を受けない。
谷底を抜けた先にある泉を目指しているようだ。
おしおき:物中単に大ダメージ、狂気、奈落、滂沱
線蟲で強化された腕による殴打。
・流れ者のアンデッド×30
這いずるアンデッド。
動きは緩慢だが、体内に巣食う1匹の“線蟲”を潰さない限り動き続ける性質を持つ。
・線蟲
ハリガネムシに似た奇妙な生物。
少女の体内に巣が存在する。
アンデッドの体内には1匹が巣食っている。
CTが高ければ、線蟲を短時間で討伐しやすくなるかもしれない…。
●フィールド
天義。
とある渓谷の底。どこかから流れて来た無法者たちが作った集落跡地。
渓谷の幅は10メートルほど。
谷底を500メートルほど進むと小さな泉がある。少女とアンデッドの群れは泉の方向を目指して進んでいるようだ。
●情報精度
このシナリオの情報精度はBです。
依頼人の言葉や情報に嘘はありませんが、不明点もあります。
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