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シナリオ詳細

「真昼の凶行」事件。或いは、ある画家のその後の話…。

完了

参加者 : 7 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

オープニング

●色のついた男
 抜けるような青い空。
 ゴミのひとつも落ちてはいない綺麗な通りを、絵具に塗れた男が歩く。
 伸び放題の空色の髪に、目の下に張り付く濃い隈に、肩からずり落ちてそのままになっている毛玉だらけの古いコート。口に咥えた棒つき飴を噛み砕き、男……『七色Alex』小昏 泰助は、近くの家屋へ視線を向けた。
 静謐な空気に見合う、染みの1つもない真白い壁。
 それを眺めて、泰助は「はぁ」と、陰鬱な溜め息を零す。
 それから彼は髪を荒く搔きむしると、壁に近づきマジマジと様子を窺い始めた。掻きむしった髪の間から、すっかり乾いて粉末となった油絵具が零れ落ちる。
 天義の街に似合わぬ彼の様子を、通行人は訝し気に監視していた。
「古い時代の建築様式に、現代人の感覚を混ぜてるんだな、これは。数百年も時代を隔てた異なる文化をミックスしているってのに調和は一切崩れてない。いやぁ、大したもんだ」
 白い壁を上から下から、横から、斜めからと様々な角度で観察していた泰助は、にぃと口角をあげた。それから彼は、腰に下げていた絵筆をとると、小瓶の中の絵具に浸す。
「大したものだけど、すこぉしばかり清廉に過ぎるよねぇ。こんなに綺麗だと、住んでる連中も息苦しいだろうに。人ってのは、綺麗なだけのところじゃあ、生きていけない生物だってのになぁ」
 筆を浸した絵具は紫紺。
 泰助は数秒、真白い壁の前でピタリと動きを止めて、目を閉じた。
 それから彼は「良し」と一言。
 瞬間、彼の纏う気だるげな空気が一変した。周囲を突き刺し、射殺さんばかりの緊張感と気迫がみなぎる。遠巻きに泰助の様子を眺めていた通行人たちが、思わずといった様子で数歩、後ろに下がった。
 眠たげな瞳の中に、淀みのような暗い炎が灯った気がする。
「……っと!」
 一閃。
 彼は虚空に絵筆を振るった。
 飛び散った絵具が、白い壁に血飛沫のような紫紺を散らす。
 次いで、絵筆を壁に押し当てて、泰助はその場にしゃがみ込んだ。
 否、しゃがみ込む勢いを利用して、壁面に線を描いたのである。
 それはまるで、真白い壁に紫紺色の切れ目が刻まれたかのようで……例えば、暗く深い切れ目の奥から、今にも得体の知れない“何か”の怪物が、醜く悍ましい手を伸ばしてさえ来るように思われて……。
「あぁ、うん。いい感じだ。いい感じに“人間”らしくなっただろう」
 なんて。
 満足そうに頷いて、泰助は筆を腰に戻した。
 以上が、天義の街に今後長らく語り継がれる「真昼の凶行」事件の顛末であった。

●蟲毒の檻
 当然のように、泰助は衛兵に捕らわれた。
 曰く「神への感謝と、その美しさを示すために建設された“白壁”を汚すことは許されない」というわけだ。壁に絵具を塗っただけにしては罪が重いようにも感じられるが、天義においては“そういうケース”もままあり得る。
 自身の常識が、他の誰かにとっては非常識であるなんてことは、よくある話だ。
 深い考えもなく仕出かした行為がきっかけで、大勢に恨まれることになる……なんてこともあるだろう。
「……とまぁ、そう言う理由で俺の師匠が捕らわれている。正直、自業自得だとも思うが命の危機と聞いては見捨てる気にもなれなくてな」
 疲れた様子でベルナルド=ヴァレンティーノ(p3p002941) はそう言った。
 それから彼は、一枚のスケッチを机に広げる。描かれているのは迷路だろうか。よほどに慌てて描いたのか、紙には皺や汚れが目立つ。
「これは、今から10数年ほど前にとある画家が描いたものだ。通称“黒壁”と呼ばれる天義のとある都市の地下にある迷宮で、罪人たちを放り込んでおく牢獄だって話だぜ」
 件の画家は、命からがら牢獄から逃げ出した。
 その結果、存在を秘匿されていた“黒壁”の存在は一部の者に知られることとなった。ベルナルドも、師であり養父である泰助から、その存在を聞かされていた。
 ともすると、今回の泰助の奇行は“黒壁”へ赴くために行われたのかもしれない。
「“黒壁”には、許されざる罪人たちが送り込まれているそうだ。黒壁で死した罪人は、アンデッドと化し彷徨い続けることになる。死した後も【不遇】【停滞】をばら撒いているらしいぜ」
 黒壁に放り込まれた罪人は、そこでアンデッドたちに襲われて命を落とす。或いは、上手く逃げ続けられたとしても、疲労や飢餓による死が舞っている。
 牢獄とは名ばかりの処刑場。それが“黒壁”の実態だ。
「加えてこいつだ」
 ベルナルドは2枚目のスケッチを提示する。
 描かれていたのは、錆びだらけの鎧を纏った巨躯の騎士のイラストだ。
「通称“堕ちた聖騎士・アスカーリ”。騎士でありながら殺戮に酔い“黒壁”送りにされた過去の悪人だそうだ。既にアンデッドだろうが……“黒壁”の中には、今もこいつがうろついている」
 生前から殺戮を好んだアスカーリは、今現在も“黒壁”内で、それを愉しんでいるらしい。
 【無策】【重圧】【封印】の効果を付与されたメイスを武器に、送られてくる罪人たちを狩っているのだ。
「あの人はそう易々とくたばるようなタマじゃない。おそらく今のところは無事だと思うが……あぁ、大人しく隠れて過ごすような奴でもないからな。悪いが、急ぎで向いたい。入口は見つけてあるから“黒壁”に入る分には問題もないしな」
 出る方法は現在のところ判然としてはいないようだが……。きっと何とかなるだろう。
「養父が脱出方法を見つけてくれていればいいが……」
 悲痛なような、呆れたような。
 どうにも不安定な表情を浮かべ、ベルナルドはそう告げるのだった。

GMコメント

※こちらのシナリオはリクエストシナリオとなります。
●ミッション
『七色Alex』小昏 泰助の救出

●ターゲット
・『七色Alex』小昏 泰助
ベルナルドの師にして、現代美術のカリスマとして名が広く知れ渡っている画家。
天義にて“穢されざるべき白壁”に絵具を塗った罪で投獄。その後、地下牢獄“黒壁”へと送られた。
https://rev1.reversion.jp/illust/illust/38946

・堕ちた聖騎士・アスカーリ×1
錆びだらけの鎧を纏った巨躯の騎士。
古い時代の書物に存在が記されている悪人で“黒壁”へ送り込まれた最初の罪人。
既に死して、現在はアンデッドと化している。
【無策】【重圧】【封印】の効果を付与されたメイスを武器に、黒壁へ送り込まれた罪人たちを追い回し、殺める。

・アンデッドたち×多数
黒壁に送り込まれた罪人たちの馴れの果て。
比較的フレッシュな状態のものから、ほとんど白骨化しているものまで様々。
黒壁内を彷徨い歩き、出口を探しているようだ。
周囲に【不遇】【停滞】の効果を付与する瘴気をばら撒く。

●フィールド
天義。とある清廉な都市。
その地下にある“黒壁”と呼ばれる迷宮が舞台となる。
道幅は狭く、天井は高い。なお、迷路の壁は天井にまで繋がっているため、壁を飛び超えての移動は出来ない。
うすぼんやりとした明かりに照らされており、太陽の光は届かない。
道は入り組んでいる。迷路とは言うが、ゴールが定められているかどうかは定かではない。

●情報精度
このシナリオの情報精度はBです。
依頼人の言葉や情報に嘘はありませんが、不明点もあります。

  • 「真昼の凶行」事件。或いは、ある画家のその後の話…。完了
  • GM名病み月
  • 種別リクエスト
  • 難易度-
  • 冒険終了日時2022年12月10日 22時05分
  • 参加人数7/7人
  • 相談8日
  • 参加費150RC

参加者 : 7 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

参加者一覧(7人)

ウェール=ナイトボート(p3p000561)
永炎勇狼
ベルナルド=ヴァレンティーノ(p3p002941)
アネモネの花束
※参加確定済み※
閠(p3p006838)
真白き咎鴉
アーマデル・アル・アマル(p3p008599)
灰想繰切
黒水・奈々美(p3p009198)
パープルハート
イズマ・トーティス(p3p009471)
青き鋼の音色
マルコキアス・ゴモリー(p3p010903)

リプレイ

●監獄迷宮“黒壁”
 小昏 泰助。
 種族は飛行種。年齢不詳の画家である。
 現代美術のカリスマとして名が広く知れ渡っているが、それと同じぐらいにトラブルメーカー、不審者、変わり者といった呼び名も定着している風変わりな男性だ。
 曰く「幸福であり平穏であり退屈な日常からは平凡な作品しか生まれない」という彼のモットーのようなものに基づく奇行による風評である。要するに彼は望んでストレスの中に己の身を置くのだ。
 その結果、トラブルに見舞われることも少なくないし、危険な目に遭うことも頻繁にある。一行に懲りた様子を見せない辺り、彼の本質は病的なまでに“画家”なのだ。生物であれば当然に命の存続を最優先として動くはずだが、そしてそれは本能に基づくものであるはずなのだが……悲しいかな、泰助はきっと生物である前に“画家”なのである。
 なお、ローレットの一員、『鳥籠の画家』ベルナルド=ヴァレンティーノ(p3p002941)は彼の養子にして、弟子である。

 白骨死体が、腐りかけた男の死体が、皮膚をズタズタにした子供の死体が、呻き声をあげ押し寄せる。落ちていた剣や槍、朽ちかけた木材で組んだバリケードの奥で泰助はスケッチブックを開いた。
「なるほどねぇ。ここはきっとアンデッドが発生しやすい土地なんだな。だから罪人をここに閉じ込めるのか。死後も腐った体で彷徨い続けるってのが、きっと彼らに与えられた罰なんだろうなぁ」
 腐った血と肉の臭いが満ちていた。
 泰助はけれど、頬に冷や汗を伝わせながらもアンデッドから視線を逸らそうとはしない。ほんの数メートルほど前にまで迫ったアンデッドの姿を、スケッチブックへ精緻に写し取っている。
 
 地下迷宮“黒壁”。
 秘匿されたそれの存在を知る者は少ない。
 天義のとある清廉な都市の地下に築かれたそこは、罪人たちの処刑場だ。罪を犯した罪人は、迷宮へと放り込まれて死ぬまで……否、死後さえも出て来られないとされている。
 見張りはいない。
 必要なんてないからだ。
 入口の扉は硬く、到底破壊できるものではない。加えて、その入り口は一方の方向からしか開かない仕組みとなっていた。つまり、1度入れば、外に出ることは叶わない。
 だからこそ、侵入自体は楽だった。
「師匠ならこんな状況も“ストレスフルだ!”なんて言って楽しんでるかもしれねぇな」
 迷宮に入ってすぐ。黒い壁面に描かれた黄色と緑の幾何学模様をじぃっと眺めてベルナルドはそう呟いた。
「牢獄という名の処刑場……実は無罪の人とか、邪魔だから適当な罪を偽装して放り込まれた人とかいそうだな」
 『永炎勇狼』ウェール=ナイトボート(p3p000561)が両の手を虚空へと伸ばす。その手から2羽の鴉が飛び立って、左右の通路へ去っていく。鴉の視界を通して、ウェールは迷宮の複雑さを知った。角を曲がる度に、道が2つか3つに分かれるのだ。
「俺の故郷では死は休息であり、生前の様々なことは罪を含め、名を失う事で精算されるんだ。死者は往くべき処へ──故にこのような死霊の吹き溜まりは…『人道的ではない』と称するべきか」
 壁に手を触れ『灰想繰切』アーマデル・アル・アマル(p3p008599)がそう言った。その指先には、黒い汚れが付着している。おそらくはこびり付いた血や肉片だ。
「ええと、芸術家だかなんだか知らないけど壁に絵具を塗ったら牢に閉じ込められたって事? 自業自得というかなんというか……」
「勝手に描いたら怒られるだろう、普通……とはいえ見捨てられないし、黒壁の牢獄だなんてあまりにも非道だ」
 『パープルハート』黒水・奈々美(p3p009198)と『青き鋼の音色』イズマ・トーティス(p3p009471)は、黒い壁を見て言葉を交わす。元々が黒い色をしているため分かりづらいが、壁にも床にも夥しい量の血の痕や、何かを引き摺ったような痕跡があるからだ。
「こっちだ」
 ウェールの先導でイレギュラーズは通路を左へと進む。
 角を曲がった先には、つい先ほどもみた黄色と緑の幾何学模様が描かれていた。足を止めたベルナルドは模様を見つめ、顎に手を触れた。
「さっきのは模様はおそらく“T”を模したものだ。そして今度は“a”か」
「ベルナルドさんの、お師匠様が大変、とお聞きして……その、友人として、微力ながらお手伝いに、参りましたが……お師匠様は、どんな絵を描かれる方、なのでしょう?」
 『真白き咎鴉』閠(p3p006838)はそう問うた。
 壁に描かれた幾何学模様は、おそらく泰助の描いたものだ。けれど、そこにどのような意味があるのかは、一切不明のままである。
 ただ1人、ベルナルドだけはそうではない。
「迷宮にサインを残していくつもりなんじゃないか? そのついでにアンデッドを連れ回しているみたいだが」
 視線を床へと向けて見れば、そこにはまだ新しい足跡が残っている。それも1人分ではない。複数人分の足跡……血の痕跡が。
「だが、あの人が戦ってる姿とか想像つかねぇし……こいつはかなりやばい状況だぞ」
 目下の脅威は大量にいるはずのアンデッド。
 それから、“黒壁”へ送り込まれた最初の罪人……堕ちた聖騎士・アスカーリか。
「元聖騎士兼異端審問官として……かの聖騎士アスカーリを断罪せねば……それが自分の務めなれば」
 低く唸るような声。マルコキアス・ゴモリー(p3p010903)の腰で、じゃらりと鎖の擦れる音が鳴る。

●堕ちた聖騎士
 ウェールが紙面にペンを走らす。
 鴉の視界を通して迷路を先行し、地図を作製しているのだ。
「この先はどっちだ? 道が3つに……うおっ!?」
 悲鳴をあげてウェールがその場に膝を突く。両目を押さえているウェールの肩をベルナルドが支えた。
「おい!? どうした?」
「分からん。だが、鴉が殺された! この先、何かいるぞ!」
 アンデッドだらけの迷宮だ。鴉を襲った“何か”など、きっと死人に決まっている。地図をポケットに仕舞ったウェールは、代わりにカードの束を取り出しすぐにでも投擲できる姿勢を取った。
 ガシャン、と壁の向こうで金属の擦れる音がした。錆び付いた金属音だ。
 ピクリ、とベルナルドの肩が跳ねる。
「アスカーリか? 交戦は避けられなそうだ」

 じゃらり、と鎖の音が鳴る。
 マルコキアスの手には厚刃の直剣の集合体。その柄の先端からは鎖が伸びている。鎖の先には分銅。右手に剣を、左手に鎖を握って前進するマルコキアスに、巨躯の騎士が視線を向けた。
 血錆で変色した鎧。兜の奥には、虚ろな眼窩。手にはメイスを。盾を持っていないのは、きっと必要ないからだ。分厚い鎧はそう易々と貫けない。
 もっとも、長い時間の中で鎧はすっかり錆び付いている。生前ほどの防御力は無いだろう。
「貴様の様な聖騎士は民への害にしかならん……よってこの外道に断罪を」
 撃剣を振り上げマルコキアスが疾駆した。
 迎え撃つように、アスカーリもメイスを振り上げる。
 
 メイスと剣が衝突した。
 轟音が周囲に鳴り響く。
 ギシ、と骨の軋む音。マルコキアスの腕骨には、おそらく罅が入っただろう。
「っ! 右の通路は行き止まり、です」
 そう言って潤は右の通路を指さした。
 両の耳に手を添えて、武器と武器がぶつかる衝撃音の反響を聴いたのだろう。
「俺は中央の通路を見て来る。イズマ殿は左を!」
「あぁ。任せてくれ」
 潤の言葉を耳にするなり、アーマデルとイズマが駆け出した。マルコキアスがアスカーリを抑えている横を、滑るように駆け抜けて2人はそれぞれ目的とする通路の方向へ駆けていく。
 地面を滑るアーマデルが銃剣を構えた。
 放たれた1発の弾丸が、アスカーリの手首を撃ち抜く。一瞬、アスカーリの腕が止まった。だが、それだけだ。メイスを取り落とすことは無い。
「銀の弾丸……とはいかないか」
 速度を殺さず、アーマデルが壁へぶつかる。
 否、まるで水にでも潜るみたいに、その体は壁の向こうへすり抜けた。

「西だ!」
 迷宮にウェールの声が響き渡った。
 壁をすり抜けたイズマは、視線を素早く西へと向ける。
「こっちか!」
「イズマが近いか! 悪ぃが先に向かってくれ!」
 壁の向こうからベルナルドの声がした。
 ついで、石の砕ける大音声。どうやらアスカーリが大暴れをしているらしい。
「あぁ。回り道させられるのは面倒だ。迷ってやる気はないんだよ」
 腰の位置に細剣を構え、イズマは姿勢を低くする。
 十分に剣に力を溜めて……一閃。
 放たれた斬撃が、壁に深い裂傷を刻んだ。
 1つ、2つ、3つ。
 続けざまに斬撃を繰り出したイズマは、トドメとばかりに壁に向かって前蹴りを叩き込む。

 砕けた壁の向こうには、膨大な数のアンデッドがひしめいていた。
「っ……これは想像以上だな」
 腐臭に顔を顰めながらも、イズマはアンデッドの群れへ跳び込んで行った。
「おぉ!? だ、誰だろう? 一緒に放り込まれた罪人かなぁ?」
 アンデッドの群れの奥には、焦った様子の男性が1人。
 アンデッドの血を頭から被って、すっかり酷い有様だ。だが、スケッチを取る手は止まらない。
「極限状態に身を置きたい気持ちは解るが、死んだら元も子もない! ベルナルドさんが心配して来てくれたんだぞ?」
「ベルナルド!? ベルナルドの友達か!? 変わった奴だが仲良くしてくれると嬉しいよ!」
「こちらこそ、義息子さんにはお世話になってる! いいから、とにかくここから出るぞ!」
 自棄である。
 イズマが手近なアンデッドに手を触れると、閃光の棘がその全身を串刺しにした。

 血を吐き散らし、アンデッドが襲い来る。
 イズマの開けた穴から顔を覗かせて、奈々美は顔色を青くした。
「ひぃ……や、やっぱりオバケがいっぱいぃ……!!」
 アンデッドの手から逃れるように仰け反って、奈々美は腕を前へと突き出す。
 その手の平には紫色の魔力の輝き。
 ハート型の魔力弾が、腐りかけた死人の顔面を撃ち砕く。飛び散る脳漿と、溶けかけた肉と、黒く変色した血液。
「ひぃぃぃ!」
「上出来だ。イズマのところまで道を作ってくれ!」
 這うようにして後ろへ下がる奈々美の頭上を、ベルナルドが飛び超えていく。
 紫色の魔力を纏ったベルナルドの蹴りが、アンデッドの胴を打った。

「好き好んでアンデッドを呼び集めるなんて。ゲージュツカらしく頭がおかし……げふげふ」
 わざとらしく咳払い。奈々美は腕を横に薙ぐ。
 放たれた紫色の魔弾が、白骨死体の背骨を砕いた。崩れ落ちる白骨死体を体当たりで弾き飛ばして、ベルナルドがアンデッドの群れの中へと突撃していく。
「まぁ、変わり者には違いないが、あんなでも俺の父親だ。イズマ、まだいけるか!」
「もちろんだ!」
 ベルナルドの号令に背中を押され、イズマが勢いを取り戻した。
 目の前の敵を細剣で斬り裂き、絵筆を縦横に振るいながら、2人は前へ、前へと進む。

 虚空へ腕を突き出した。
 ウェールは爪を突き立てて、開いた五指を握りしめるように閉じる。
 数瞬の後、アスカーリの胸部で金属の砕ける音がした。
 罅割れた鎧の内側から、暗褐色の瘴気が溢れる。
「たとえ中身が骨だけでも、毒で骨を溶かせば問題ない」
 メイスを一閃。マルコキアスの肩を殴打したアスカーリは、顔をウェールへと向ける。
 ひゅん、と風を引き裂く音。
 アスカーリの横面をアーマデルの剣が薙ぐ。
 
「死霊を見かけないと思ったが……お前が取り込んでいたのか」
 蛇腹の剣がアスカーリを襲う。
 肘を、膝を、手首を、喉を。鎧の薄い場所を狙って次々と放たれる斬撃が、徐々に……しかし確実に、アスカーリの体勢を崩した。
 一閃。
 地を這うような斬撃がアスカーリの足元を払う。
 姿勢を崩したアスカーリの巨躯が、その瞬間、確かに虚空へと浮いた。

 白い影が宙を舞う。
 アンデッドたちの頭上を飛び越え、潤は迷路の天井付近へと高度を上げた。
 手にした指揮杖を虚空に泳がせ、魔力の弾丸を形成。潤の指揮に導かれ、弾丸はまっすぐ地上へと落ちていく。
 まるで流星。
 今にも泰助に喰らいつかんとしていたアンデッドの頭を、脳天から顎まで貫いた。
「……罪人とは言え、死後も永遠に、囚われ続ける必要は無い、とボクは思います」
 脳天を射貫かれたアンデッドは、それっきり動くことは無い。
 哀れな遺体を見下ろして、潤はそう囁いた。

●迷宮からの脱出
 メイスの一撃を胸部に受けて、マルコキアスは意識を飛ばした。胸部からはあばらの折れる音がする。喉を逆流した血を吐いて、白目を剥いたマルコキアスが床に倒れた。
 地面を蹴って、巨躯が跳ぶ。アスカーリは大上段にメイスを振り上げ、力任せに振り下ろす。その一撃がマルコキアスの頭蓋を砕く寸前に、ウェールが彼を後ろに引いた。
 顔面から血を滴らせながら、ウェールは転がるように後退。
 【パンドラ】を消費し、マルコキアスが目を覚ます。割れるように頭が痛い。しかし、ここで倒れるわけにもいかない。
「手首だ。同時に行くぞ」
 アーマデルが蛇腹の剣を横に薙ぐ。
 脱力した彼の左腕は、肩の関節がきっと外れているのだろう。
「おぉ。タフな奴だな」
 ウェールの投擲したカードが、剣の軌跡を追って飛んだ。
 狙い澄ました連撃が、アスカーリの手甲を砕いた。剥き出しになったのは、すっかり干からび骨の浮いた大きな手だ。骨格から、生前はかなりの筋量を持つ人物だったことが分かる。
「ぬぅ……おお!」
 怒号と共にマルコキアスが撃剣を投擲。
 風を切り裂き飛ぶ撃剣が、アスカーリの手首を貫き、穴を穿った。筋を切断したのだろう。開いた指から、メイスが床へ落下する。

 魔力を孕んだ熱風が、砂塵をごうと巻き上げる。
 砂嵐。
 その直上には潤がいた。
 指揮杖を振るえば、さらに一段、砂嵐が勢いを増す。巻き込まれたアンデッドの腕や脚が千切れ、首が180度も捻じ折れた。
 アンデッドの壁に穴が開く。
 空いた空間を、ベルナルドが駆け抜けた。

 崩れたバリケードの向こう側、血塗れの泰助が床に尻もちをついている。
 アンデッドの返り血を浴びたものの、怪我などは負っていないようだ。だが、疲労と空腹も限界に近いのか、自力で立つことは難しそうだった。
「お、おぉ? ベルナルド? ベルナルドか!」
 驚いたような、嬉しそうな、そして今にも泣きそうな顔だ。
 駆け寄ったベルナルドは、泰助を強く抱きしめた。首の後ろに回した手に力が籠る。鼻に届く血錆の臭いと、懐かしささえ感じるテレピン油の臭い。
「馬鹿野郎……俺の父親はアンタしかいないんだぞ!」
 怒鳴り声に顔を顰めて、泰助はへらりと笑って見せた。
 それからそっと、ベルナルドの後ろ頭に手を回し、汗ばんた髪を荒い手つきで撫でた。
「ったく、わざわざこんなところにまで来て、お小言か? あぁ、悪かったよ。俺が悪かった」
 なんて。
 子供に言い聞かせるように、泰助はそう呟いた。

 バリケードの中に、古い木の板が転がっている。
 奈々美はそれを手に取ると、板に刻まれた幾つもの線に目を走らせた。
「これ、迷宮の地図? ……出口とか無くない?」
「どれだけ彷徨っても出られない……つまり、まともな出口が存在しない、のかもしれません」
 奈々美の手元を覗き込み、潤がそう言う。なるほど、ここは迷宮とは名ばかりの処刑場。扉は外からしか開かないし、内部にはアスカーリを始めとしたアンデッドの群れが彷徨っている。
 出口なんてものを用意する必要は無いのだ。
「まぁ、俺が設計者なら迷路のゴールも出口も作らない。となると元来た道を引き返すしかないな」
 近寄って来たアンデッドを細剣で裂いて、イズマが言った。
 かくして一行は、アンデッドの群れを引き連れながら帰路につく。

 ベルナルドの背には泰助が。
 奈々美は潤が抱えて飛んだ。奈々美が疲れたといったからだ。
 怪我の酷いマルコキアスは、ウェールが引き摺っている。
 その後ろから、アスカーリを始めとしたアンデッドが付いてきていた。幸い、動きは速くない。元来た道を正しい順路の引き返す一行に追いつくことは無いだろう。
 先行するイズマとアーマデルが、壁をすり抜け迷宮の外から扉を開く予定だ。よほどのトラブルが無い限り、迷宮からの脱出は叶う。
「貴方が小昏殿か……いくら何でも許可なく勝手に塗っては駄目だ。今度から許可を取りに行って欲しい」
 掠れた声でマルコキアスはそう言った。
 へらり、と笑って泰助はひらひらと手を振るばかり。納得したのか、それとも適当にリアクションを返しているだけか。
 なにはともあれ……。
 一行は入り口の門に辿り着いた。
「さぁ早く、この場から抜け出そうぜ」
 なんて。
 ゆっくりと開く扉に向けて、ベルナルドが絵筆を走らす。
 記されたのは今日の日付と“ベルナルド=ヴァレンティーノ”の名。それを見て、泰助は堪えきれぬといった様子で呵々と笑うのだった。


成否

成功

MVP

マルコキアス・ゴモリー(p3p010903)

状態異常

ウェール=ナイトボート(p3p000561)[重傷]
永炎勇狼
アーマデル・アル・アマル(p3p008599)[重傷]
灰想繰切
マルコキアス・ゴモリー(p3p010903)[重傷]

あとがき

お疲れ様です。
この度は、シナリオリクエストおよびご参加ありがとうございました。
小昏 泰助は極度のストレス性疲労を抱えた状態で救助されました。
依頼は成功となります。
なお、およそ一か月後に『咎人ノ壁』というタイトルの絵画を完成させることになります。

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