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シナリオ詳細

<ネメセイアの鐘>愉しい処刑は雪空の下で

完了

参加者 : 10 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

オープニング


 この狂った箱庭がジブンにとっては天国の様な場所なのだと気づいたのは、退屈な邸宅から連れ去られてすぐの事だった。
 狂った常識、狂ったルール。狂ったシスター、狂った大人たち。狂った魔女裁判、狂った信仰。
 周りの同年代のヤツラはこの狂った世界に心を狂わされ、壊れるか、あるいは根っからの信者になっていく。弱い奴はその前に死ぬ。
 そんな連中を、ジブンは冷めた目で見ていた。驚くほどに心は動かなかった。壊れもしなければ、敬虔な信者になった訳でもない。だけど、そのフリをするのは得意だった。クスリなんて必要なかった。
 そして何より、ここのルールは肌に合った。他者を蹴落として殺す『魔女裁判』は、成り上がる手段としても娯楽としても完璧だった。他人の荒探しと方便は誰よりも得意だったし。
 同年代のバカを何人も処刑に追い込んだ。そして自ら処刑人を申し出て、あのシスターに褒められた。うざかっただけだけど。
 ある時は毒で苦しめて処刑した。ある時は縄で首を絞めて処刑した。アイスピック処刑した。鋸で処刑した。火炙りにして処刑した。
 処刑した。処刑した。処刑した。処刑した。処刑した。シスターは処刑の度に、本当に愉快そうに笑っていた。時には笑い転げていた。気味の悪い奴だ。
 そして気づけばジブンは聖銃士の幹部生――プリンシバル・エクスキューショナーになっていた。長いからみんなはプリンシバル・エクスと呼ぶ。なんだっていいけど。元の名前は忘れたし。
 だけど安心はできない。ここで生き残るには、もっと力を手に入れなければならない。大人に自らの価値を示せるような力――いや、違う。あの狂った大人達ですら圧倒するような力を。その為になんだってした。
 いくつもの呪術を身体に刻み込み、寿命を削るような禁術で肉体を強化した。ジブンの右腕は赤黒い異形の大腕と化した。顔の半分も変形して岩の様に硬質化した。身体からは猛毒が滴る棘が無数に生えている。
 何の言い訳のしようもなく、今のジブンはバケモノだ。けどそれでいい。
 ジブンはバケモノとして、この狂った世界をとことん楽しんでやる。
「プリンシバル・エクス。あなたに割り当てられた戦力が到着しました。天使騎士型の聖獣達です」
 不意に声をかけられ、自分はハッと振り向いた。振り向いた先にいたのは優しく微笑むシスター……いや、違う。優しく微笑むフリが上手なシスター・シーラだった。ジブンを『幹部生』に推薦した『大人』にして、ジブンに様々な呪術や魔術を仕込んだ黒魔術師。
「ソウカ……」
「そして、私も兵力の1人です……フフッ。あなたがここに来たときは私がしっかりと保護者をやっていたのに。今ではすっかりあなたも1人前の聖銃士になりましたね」
「その笑いヲ止メロ。ジブンには通用しないと何度も言ッタ。ジブンモ、他ノ子供タチモ。便利な道具程度にしか思ってイナイクセニ。ジブンと同じくらいのバケモノメ」
 冷たく言い放つエクスに、シスター・シーラはやはり微笑んで返した。
「けれどここで生き抜くためには、この薄ら寒いやり取りも微笑んで返すような強かさも必要だと私も言いましたよ? まあバケモノは否定しませんけど、フフ……まああなたは確かに演技が上手ですけど。聡い大人ならあなたが本当の意味での信者じゃないって気づいちゃいますよ?」
「なら、ジブンをやはり幹部生には不適当ダッタト処刑スルカ? ジブンヲ推薦シタお前の責任も問われるダロウナ」
 エクスがそう返すと、シスター・シーラは口元に手を当てて、本当に愉快そうに笑う。
「アハハ……あなたのそういう所、好きですよ。本当にね。それで? 本当に敵はやってくるんですか?」
「来る。ジブンなら確実ニ今の時期を逃しはシナイ。敵が馬鹿でなければ、必ずクル」
「そうですか……あなたの優秀さは知っていますからね。信じるとしましょうか……あ、コーンスープ持ってきたんですよ、飲みます?」
「飲ム」
 異形の肉体と化したプリンシバル・エクスとシスター・シーラ。奇妙な2人は寒空の下、町の警備を続ける。
 この2人にはとある共通点があった。それはこの狂気に彩られた世界が、本当の意味で馴染んでいた事。そして誰かを追い詰め、そして自らの手で処刑する事に至上の悦びを得る事。
 だから2人はいまかいまかと待ちわびていた。敵対勢力の襲撃を。
 そして襲撃者をぶちのめし、2人で愉しく処刑する事を。


「ご機嫌よう、イレギュラーズ。今日はパールホワイトな空模様ね……さて。天義の首都フォン・ルーベルグから離れた海沿いの独立都市、アドラステイアは知っているかしら? 少数の大人と、大量の子供たちで形成されたこの都市は……一言で言うなら、ミッドナイトブラックな都市ね」
 疑うべきは罰する魔女裁判。裏切者には刻印が押され、『疑雲の渓』が落とされる。ファルマコンと呼ばれる新たな神が信仰され、危険な赤い錠剤『イコル』が蔓延り――などなど。どす黒い逸話には事欠かない都市だと、『色彩の魔女』プルー・ビビットカラー(p3n000004)は言う。
「そんなアドラステイアに、天義はアドラステイア討伐作戦の決行を決めたわ。先日から起きている『殉教者の森』の事件にアドラステイアが兵を派遣している今を好機と捉えたのね。あなたたちはその討伐作戦の1部隊として、アドラステイア上層へ進軍してもらう。そして町を警備している『幹部生』の1人、『プリンシバル・エクス』に戦闘を仕掛けてもらうわ」
 プリンシバル・エクス。アドラステイアにおける魔女裁判を徹底的に有効活用して様々な同年代の子供達を処刑し成り上がった少年。しかしその肉体は怪物の様に変容しており、その見た目に違わぬ高い戦闘能力を持っているという。
「更に、その傍らには天使の羽根を生やした騎士の様な怪物、『聖獣』と、『シスター・シーラ』と呼ばれる大人がいるみたい。シスター・シーラは、様々な魔術や呪術に精通した黒魔術師で……その実力はプリンシバル・エクスと同等以上。結構な戦力を相手取ってもらうことになるわね」
 狙うべきは、当然討伐。しかし敵勢力の規模を考えると、撃退できれば戦果としては上々だとプルーは言う。
「プリンシバル・エクスは、元はとある貴族の子供だったみたいだけど……今はその事も忘れて、そもそも興味もないみたい。戻れないところまで行ってしまった、という表現を使って間違いないと思うわ。手加減をすれば、やられるのは間違いなくアナタ達。気を許さず、確実に依頼を達成して頂戴。気をつけてね」

GMコメント

 のらむです。怪物へと変じた少年、プリンシバル・エクスと、彼の保護者面にして師匠、シスター・シーラ、そして聖獣達と戦って頂きます。

●成功条件
 プリンシバル・エクス、シスター・シーラ、聖獣達の撃退、または討伐。いずれの生死も問わない。

●情報精度
 このシナリオの情報精度はCです。
 情報精度は低めで、不測の事態が起きる可能性があります。

●戦場情報
 アドラステイア上層。非常に美しい街並みが広がっているが、雪が降りしきり、身を刺すような寒さに包まれている。
 更にどこからか焦げ臭く生臭い、気分が悪くなるような匂いが蔓延している。
 家屋が立ち並ぶ町の中、巡回を行っていた敵勢力に戦闘を仕掛ける形となる。

●聖獣×??
 背中に天使の羽根の様なモノを生やした、全身に甲冑を着込んだ人型の怪物。
 甲冑の中身は、文字通り異形のバケモノが詰め込められている。
 機動力が高く、それぞれが自己回復能力を持っている。力も強く、力任せに振るわれる剣の一撃はバカにできない威力。正確な数は不明だが、10体程度はいると思われる。

●異形の幹部生、『プリンシバル・エクス』
 正式な名前は『プリンシバル・エクスキューショナー』。
 元貴族の少年。拉致されて訪れたアドラステイアにて、処刑人しての才能を発揮し、一気に幹部生まで成り上がる。力を追い求め、大人達と対等以上の力を得ようと画策する。
 シスター・シーラの協力の元、多大な苦痛を伴った様々な呪術や禁術を全身に施されており、高い戦闘能力と引き換えに肉体のあちこちが異形化している。
 戦闘時には異形の大腕による暴力や、『様々な毒』が滴る棘を射出する、身に纏った『棘』を強化する、といった技の他、シスター・シーラから伝授された、強力な自己回復能力を含む魔術も行使可能だと確認されている。

●処刑愛好家にして黒魔術師、『シスター・シーラ』
 年齢不詳、素性不明の謎の美女。アドラステイアにおいては『大人』の1人として、子供達への教育を行ってきた。
 その中でもシーラはエクスの才能と適性を早々に見抜き、子供達の中でも特に手厚く教育を行い、戦闘面での『師匠』としても接した。
 シーラが操る魔術や呪術はそのいずれもが強力だと思われ、『致命』や『暗闇』、『出血系列』のバッドステータスを付与する魔術が行使可能だと判明しているが、その他にも戦闘能力を持っていると思われる。
 プリンシバル・エクスと同程度、あるいはそれ以上の戦闘能力を持っていると思われる。

 以上です。よろしくお願いします。お気をつけて。

  • <ネメセイアの鐘>愉しい処刑は雪空の下でLv:40以上完了
  • GM名のらむ
  • 種別EX
  • 難易度HARD
  • 冒険終了日時2022年12月16日 22時10分
  • 参加人数10/10人
  • 相談7日
  • 参加費150RC

参加者 : 10 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

参加者一覧(10人)

エイヴァン=フルブス=グラキオール(p3p000072)
波濤の盾
スティア・エイル・ヴァークライト(p3p001034)
天義の聖女
武器商人(p3p001107)
闇之雲
マルク・シリング(p3p001309)
軍師
サクラ(p3p005004)
聖奠聖騎士
ルーキス・ファウン(p3p008870)
蒼光双閃
ウィルド=アルス=アーヴィン(p3p009380)
微笑みに悪を忍ばせ
リュビア・イネスペラ(p3p010143)
malstrøm
ガイアドニス(p3p010327)
小さな命に大きな愛
夢野 幸潮(p3p010573)
敗れた幻想の担い手

リプレイ


 雪が降りしきる。凍える様な空気の冷たさが、異形の肌に染み入る。
 どこからか焦げ臭く、生臭い匂いが立ち込めてきている。血の匂いは嫌いではないが、これは単純に不愉快なのでさっさと収まって欲しい。
「プリンシバル・エクス」
「ナンダ」
 傍らに立つシスター・シーラが不意に声をかけてきた。
「もし自分が処刑されるなら、どんな処刑方法が良いですか?」
「ハ?」
 いきなり何を言い出すんだこの女は。
「私は、どうせ処刑されるなら独創的なやり方がいいですね。見てる皆が愉快で笑い転げてしまうような、そんな処刑」
「……自殺願望でも持っているノカ?」
「いいえ。ただ……」
 シーラは雪が降りしきる空を見上げ、手を伸ばした。
「なんだか今日は、あなたとの今生の別れが来る気がして。どうせなら好きなものでも教えておこうかと」
「ソウカ。ちなみにジブンはお前ガ嫌いダ」
「フフ……ええ、もちろん知っていますよ」
 シーラはそう言って愉快そうに笑った。

 イレギュラーズ達は既にアドラステイア上層に辿り着いていた。
 数えきれない程の邪悪が潜むこの場所を攻め落とす為、イレギュラーズ達は標的の居所を探る。
「まあそういう訳だ。キビキビ働いてくれ、純蘭。『人工物』ならばその観察眼は役に立つだろう」
『敗れた幻想の担い手』夢野 幸潮(p3p010573)の言葉に、『裏武器屋』を自称する少女、平賀綺蘭は大きくため息を吐く。
「また連れてこられたんですが……しかもこんなガチHARD依頼にッ!! 私戦闘向きじゃないんですが? わかってます?」
「安心しろ。その方向性での活躍は特に期待していない。観察して、分析して、報告してくれればそれでいい」
「チッ、しゃーねー……イスカンダルは私が使いますよ。流石にアシがねーと死ぬので……でも忘れないで下さいよ、私は『分析役』ですからね!?」
「ああ、もちろん」
 そんなやり取りの後、綺蘭は渋々無線を装着した。
「いよいよアドラステイア上層の攻略、か……これまで多くの悲劇を生んできたこの歪な町。その元凶にいよいよ手が届く所まで来たんだね」
『浮遊島の大使』マルク・シリング(p3p001309)は、高空へと飛ばしたファミリア―と視覚情報を共有し、敵の偵察を行っていた。
「正直な所、この愚民ばかりの都市が今まで保ってきた、という事実に驚きすらしますね……ま、それでも滅亡する事には変わりありません。今回の作戦はアドラステイア滅亡の前哨戦といった所ですかね」
『微笑みに悪を忍ばせ』ウィルド=アルス=アーヴィン(p3p009380)もまた、ファミリア―を用いた偵察を行っていた。プリンシバル・エクス、シスター・シーラ達のおおまかな居場所を把握し、イレギュラーズ達は移動を開始する。
「出だしは肝心よね……みんなおねーさんに付いてきて! 建物も多いし、奇襲を仕掛けられると思うわ!」
『超合金おねーさん』ガイアドニス(p3p010327)が仲間達を先導する。敵の数はエクスとシーラを含めて12体以上。彼らは常に周囲を警戒している状態ではあったが、それでも奇襲を仕掛ける事は可能だとガイアドニスは判断した。

「……プリンシバル・エクス」
「ナンダ」
「あなたは幸せですか?」
「ハ? さっきカラ一体何ヲ…………ハッ!!」
 シーラがエクスにそんな問いかけをした直後、エクスは何者かの気配を感じ取った。しかし、一歩出遅れた。建物の陰から姿を現したガイアドニスが、騎士型の聖獣達目掛けて突撃してきた。
「こんにちは、愛してもらえなかった子達。おねーさんが愛してあげるのだわ!」
 突如として現れた敵勢力に、聖獣達が一斉に剣を抜き、ガイアドニスに向ける。
「素敵な挨拶ね! おねーさんとしてはとても満足よ!」
 ガイアドニスは一歩も退がる事無く聖獣達の前に立ち塞がり、その動きを抑え込む。
「グ……ア……!!」
 聖獣達は呻き声の様な音を発する。苦しんでいるかの様な、嘆いているかの様な。そんな音を発しながら。
「はいはい、キミ達の相手は我(アタシ)たちだよぉ」
 そんな聖獣達の前に更に立ち塞がったのは『闇之雲』武器商人(p3p001107)。そして小さく笑みを零すと、聖獣達の内側から黒い感情が噴き出した。目の前の存在を。武器商人を一秒でも早く殺さなくてはならないという衝動に駆られる。
「どうやら……アナタの予想は当たった様ですね、エクス。先手は取られた様ですが」
「オマエが無駄話をして来るからダ」
 シーラは懐から小さな杖を取り出し、エクスは異形大腕に力を込める。
 そしてそんなエクスの前に進み出たのが、大盾を構えた『波濤の盾』エイヴァン=フルブス=グラキオール(p3p000072)だ。
「よう。アンタの相手は俺だ……見た目は随分綺麗だが、中々の有様じゃないか、この街は。どこぞの誰かさん達のせいで」
「ソウダナ。全くもってその通りダ。だがジブンにはコレが快適なんダ、邪魔をスルナ白熊」
「邪魔はするさ怪物。仕事だからな」
 エイヴァンはそう返すと、凍波の大盾『牆壁【摧波熊】』を地面に叩きつける。空気中に含まれた水分が一瞬にして凍結し、大盾に結着し、その耐久力が高まっていく。
「あらら……見た所、あなた達の本命は私ですか。モテる女は辛いですね」
 シーラはおどけた口調でそんな事を言いながら微笑み、イレギュラーズ達を見回す。
 イレギュラーズ達はシーラを優先的に排除する方向性で戦闘を行うという方針を取った。必然、シーラの前には多くのイレギュラーズ達が立ち塞がる事となる。
「天義に住まう人達の安寧の為にもこれ以上の悪行は重ねさせないよ……罪もない人たちが苦しむ姿は、見たくないから」
『蒼輝聖光』スティア・エイル・ヴァークライト(p3p001034)の言葉に、シーラが小さく笑う。
「人の事を悪者呼ばわりとは、失礼しちゃいますね。処刑しちゃいますよ?」
「出来るものならやってみなよ……!」
 スティアは魔導器に自らの魔力を込めながら、シーラを厳しい目つきで見据えた。
「アドラステイア攻略の為は勿論あるけど……貴方達2人を捨て置くことは誰にとっても良くない事だと感じる……」
『聖奠聖騎士』サクラ(p3p005004)は刀を構え、シーラを見据える。
「天義の聖騎士、サクラ・ロウライト。ここで貴方達を止めるよ!」
「見る目はある様ですね、騎士さん? 私たちはほんと、心の底から、どうしようも無いほどに最悪なので」
 シーラはクルクルと小さく杖を回した。瞬間、シーラの周囲から純粋な『闇』が放たれた。それはイレギュラーズ達の全身に纏わりつき、その視界を奪い魂を汚さんとする。
「話に聞いてはいたけど、もう相当に陰惨だよね。善も悪も理解した上で最悪を自ら選んで、その癖見た目だけ取り繕っている辺りとか。手遅れの具現化というか……」
『malstrøm』リュビア・イネスペラ(p3p010143)は武装『時果』を軽く振るう。刀身の様な形を成したソレは放たれた闇を斬り払う。
「いや、手遅れって言っちゃうと士気下がっちゃうかな……よくわからないんだ、そういうところは」
「手遅れで合ってますよ。大事なのはそれを診る医者もいなければ、本人に治療する意思もないところですね」
 リュビアの言葉にシーラは淡々とした口調で返した。
「狂っているとしか言いようがないな。教育係も、聖銃士も。己の悪辣さも、異形の姿も。己の在り様と全ての変化を享受している様に感じられる」
『散華閃刀』ルーキス・ファウン(p3p008870)は『瑠璃雛菊』と『白百合』。二振りの刀を構えてシーラに突き付ける。
「これ以上、お前達による犠牲を増やさない為に。忌まわしい負の連鎖をここで断ち切る!」
「フフフ……」
 シーラは口元に手を当て、笑い声を漏らす。
「いいでしょう……そこに居る彼以外の全てが退屈で仕方がなかったんです……その代わり、私を殺すならとっても愉快で独創的な殺し方をしてくださいね?」
「ダガ生憎、愉快な死に方ヲするノハお前たちの方だがナ」
 シーラとエクスがそう言って。
 そして本格的に戦いが始まった。


「さっさと倒れてクレ。オマエ達一人一人に、愉快でタノシイ処刑を用意してヤル。クク……」
 エクスは不気味な笑い声を漏らしながら、両腕を大きく広げる。そして全身から猛毒の棘が空に向かって射出され、そして雨の様に降り注いだ。
「個性的な一発芸をどうも……だけどそう簡単に当たってやるつもりはないな」
 エイヴァンは超重量の大盾を空に向けて棘を防ぎながら、エクスの懐まで接近する。そしてこれまた超重量を誇る『斧砲【白狂濤】』を片手で構える。
「はっきり言って趣味悪いぜ、アンタ。ここは確かに骨の髄まで狂った場所だが、それにしたって度を越している」
 エイヴァンは横薙ぎの重い斬撃を放つ。大斧の刃がエクスの腕に深々と突き刺さり、毒々しい色の血しぶきが舞う。しかしエクスは表情を変えずにエイヴァンを見返す。
「それでも、これがジブンの選べル最善の道ダ。クソツマラナイ人生に、ようやく愉しみを見出せたンダ」
「ヘッ、人生か。そいつを語るにはお前はあまりにもガキすぎる。年齢だけの話じゃないぜ? ……ところで、これで終わりだとでも思ったか?」
 瞬間、エイヴァンは斧砲を発射。零距離から放たれた砲弾がエクスの巨体を打ち、爆発と共に大きくよろめいた。しかし爆炎の中、巨大な腕が迫ってきているのをエイヴァンは見た。
「ソレはこっちのセリフでもあル」
 振り下ろされた巨腕を、エイヴァンは真正面から受け止める。その威力にエイヴァンの全身が軋むが、それでもエイヴァンは不敵に笑みを浮かべた。
「まあまあやるな。だけどここは通さねぇ。お好みの処刑ごっこも、キャンセルするんだな」
「チッ……ムダに頑丈なヤツメ……」
 エクスとエイヴァンがほぼ同時に蹴りを放つと、2人の身体が同時に吹き飛んだ。
「……無駄なものかよ。頑丈な肉体を無駄使いしてるのはアンタの方だろ?」
「フン……」
 エクスは数歩下がり、戦場を見渡す。敵の最優先目標は明確にシーラ。聖獣とエクス自身に割り当てられた戦力は明確に抑え要因だという事は分かるが、思った以上にイレギュラーズは頑丈だった。
「確かにそうだな。私達は……とても頑丈だ。だが綺蘭の分析によれば、そちらの聖獣はそこまででもないらしい。なるべく死者を出さないという意見に応えるならば……これは今の内に使っておいた方がいいだろう」
  幸潮は万年筆をクルクルと手元で弄びながら、この場で必要な『描写』を考える。
「そうだな。アイゼン・シュルテンはギフトによる演出で……宇宙より落ちる流星群の様にしよう。出来るだけ見た目は派手に、かつ神々しく。神の偉業であるかのようしてやれば、幾らかは本能による恐れも抱くかもしれない」
 幸潮はサラサラと『虚』に書き記していた描写を締めくくる。
 次の瞬間、戦場の上空に暗く神秘的な小さな宇宙が創造された。無数の星々が瞬くその宇宙から、黄金の輝きを纏った無数の流星が飛び出して、戦場に降り注ぎ。聖獣達を容赦なく圧し潰した。
「何やら……奇妙な業を使う方がいらっしゃる様で。困ったものですね」
 シーラが杖を振るう。『宙に顕現した無数の赤い刃がイレギュラーズ達に向け放たれると、次々と突き刺さり、出血のBSを与え』
『出血のBSなど誰も受ける事は無かった。そもそも赤い刃など放たれていたのか? 確かになにかでダメージは受けたかもしれないが、誰一人としてその様なBSを受ける謂われなどなかった』
「まあここの描写はこんなものでいいだろう。一々全ての描写を書き換えていたらキリがない」
 執筆こそが幸潮の能力。打ち勝てなかった『描写』は虚無へと還る。
「そういう訳だ。まあ、奇妙な業と呼ばれるのも無理はないな」
「ええ、全く以てその様で。自分が理解できないことを深く考えない性格で心底良かったと思っていた所です」
「それは良かった。説明を求められても少々困るからな」
 意味が分からないが、とにかく攻撃を邪魔された事は理解できたシーラ。しかしその言葉の通り、攻撃を続ける。杖を振るうと、呪詛が込められた炎の波が周囲に放たれた。
「呪術と魔術の併せ技、といった所でしょうか。何にせよアレに当たるとかなり痛そうですね」
 ウィルドは自立式防御短剣『パリィ・オブ・フォースウィル』を構える。そして炎の波が当たる寸前、斬り上げた。裂かれた炎の波の隙間を通り抜け、ウィルドは小さく息を吐いた。
「危ない危ない……っと、私も自分の役目を果たさねばなりませんね」
 そう呟き、ウィルドは渾身の胡散臭いスマイルを浮かべながら拳を構え、シーラに接近する。
「あら、素敵な笑顔を浮かべる方ですね。この街にピッタリな素敵な笑顔」
「そう言って頂けると嬉しいですね。例え悪辣なシスター紛いの言葉だったとしても……まあ、私が賛辞と皮肉の区別が付かない人間だったのならもっと素直に喜べたのでしょうけどね」
 そう言って更に笑みを深め、ウィルドはシーラに拳を放つ。華奢な見た目に反した頑丈な肉体に、ウィルドの拳が痺れる。
「これは中々……人を呪い、残酷な処刑を行い、おどろおどろしい魔術を行使するシスターにピッタリな岩の様な身体ですね」
「あら、ウフフ。誉め言葉をどうも」
「どういたしまして」
 痺れる拳を無理やり握りしめ、ウィルドは間髪入れずに再度拳を叩き込んだ。シーラは僅かに表情を歪めながら後ずさる。
「んー……中々厄介な方たちですね。わざわざ人の敷地にまで乗り込んでこんな横暴。神が許しませんよ?」
「あなた達が仕える様な神になら、別に許されなくてもいいかな。多くの人々に悲しみと死を撒き散らしてきたあなた達が仕える神なんて、ね」
 マルクはソウルリンカーを埋め込んだ指輪『ワールドリンカー』をそっと掲げる。するとマルクの眼前に立方体型の魔力が次々と生成さていく。
「罰当たりな方ですね。神は全てを包み込み、何者にも安寧と許しを与えてくださるというのに」
「それ、本気で言ってる? それともそれっぽい事を並べ立てているだけ?」
「それっぽい事を並べ立てているだけですね」
 シーラが杖を振るう。次の瞬間、イレギュラーズ達の頭上に巨大なギロチンの刃が生成され、一斉に落とされる。
「ギロチンね。処刑としては無駄な苦痛を与えない方法ではあるけれど……だからと言って当たるつもりはないかな」
 マルクが指輪を嵌めた指を小さく上に向ける。すると立方体型の魔力の塊が次々とギロチンに向けて射出され、その巨大な刃を粉々に吹き飛ばした。
「誰も首を切り落とす為に使うとは言っていませんよ?」
「そうだったね。あなたは無意味に他者に苦痛を与えるのが趣味だったね」
 そう呟き、マルクは今度はシーラを指さした。魔力の塊が一瞬にして神聖なる光へと変換され、放たれる。眩い光の塊が次々とシーラやエクスの身体に直撃し、その身体を焼いた。
「あなたが言う神がどんな存在であろうとも。もう止まるわけにはいかない。ここは、絶対に負けられない」
 マルクは意思の籠った言葉で言い切ると、再び指輪を掲げる。そして顕れた魔力の塊。マリクが強く拳を握り締めると、魔力が収束。剣の形を成したソレを手に取ると、マリクは一気にシーラに接近する。
「これ以上、誰かがアドラステイアの犠牲とならないように。ここで必ず倒させて貰う」
 そして放たれた一閃。極光の斬撃は凄まじい速度を以てシーラの身体を深く切りつけた。
「酷い事するじゃないですか……侮っていたつもりはありませんが。中々やりますね、あなた達」
 数度の攻撃を受け、シーラはニヤリと笑みを浮かべた。その表情は聖職者のモノというよりも、死闘を楽しむ戦士の様な笑みの様であった。
 そして再び杖を振るおうと構えたシーラの前に、スティアが勢いよく進み出た。
「これ以上仲間の邪魔はさせないよ! あなたの相手は私!」
「へえ」
 薄ら笑みを浮かべるシーラ。スティアは本の形の魔導器『セラフィム』を手に、魔術を詠唱する。
「あなたは見せかけだけのシスター……ただその手で人を傷つけるだけじゃない。子供達を騙し、利用して更に人を殺す。どうしてそんな事を? 本当に、本当の意味で人を傷つけたいだけだって言うの!?」
 スティアの言葉に、シーラはシスターとしてとの柔らかな笑顔をスティアに向ける。
「そういう人もいるんですよ、お嬢さん。凄惨な過去も衝撃的な事件も無くたって、ただそういう性質だからという理由で他者を傷つけられる人が。私と、エクスみたいに」
「……そう。でも、私には止める理由があるから。あなた達の凶行は全力で喰いとめる!!」
 そしてスティアの詠唱が完了する。瞬間、シーラの足元に咲き誇った無数の氷結の花。咲き誇っては散って行く無数の氷の花びらがシーラの全身を切り刻み、鮮血と共に舞い踊った。
「そこに理由があろうとなかろうと……そんな事は絶対に許さない! そんな真似は、今日で終わりにさせてもらうよ!」
「出来るものならやってみてください……あら、これはあなたのセリフでしたか? フフ」
 シーラは笑い、杖を振るう。純粋な死を望む呪詛が放たれ、スティアを襲う。魂を直接蝕む一撃によって全身が裂かれる様な痛みを受けるが、スティアはグッと両足に力を込めて立ち続ける。
「こんな呪いで……簡単に倒せるとは思わないで!」
 スティアは即座に自身の首位に術式を展開。構築された聖域は白く光輝くと、その中心に立つスティアの
傷が瞬く間に癒えていった。
「簡単に倒れてくれないっていうのは単純に面倒ですねえ……プリンシバル・エクス。あなたの大切な師匠様が殴られ斬られていますよ。早く助けに来てください」
「殴られ斬られテオケ、性悪シスター。コッチはコッチで忙しい。聖獣にでも頼んでおけ」
「いやあ、中々彼らも邪魔されている様でして……敵は中々優秀株揃いの様で」
 シーラがチラリと向けた視線の先では、聖獣達を抑えているイレギュラーズ達が居た。
 エクスとシーラを含む敵の一団は奇襲を受け、満足に聖獣達を動かせぬまま戦闘が始まってしまった。それ故にあまり自由に身動きが取れず、作戦も何もない純粋な正面からの戦闘を強いられる形となっていた。
「お褒めの言葉と声援をどうも! 我(アタシ)たちは我(アタシ)達で頑張ってるから、シスターさんはシスターさん1人で頑張ってくださいな!」
 シーラに向けてそう言いのけた武器商人。目の前には、剣を構えて呻きを上げる聖獣達の姿が。
「聖なる獣と書いて聖獣。その甲冑の中身はその名前に似つかわしくないモノが入っていると確信はしているけど……仕事をこなすために尽力しているのはお互い様だね!」
「グ……アアア……!!」
 そして一斉に振り下ろされる3つの剣。最初の斬撃を軽く身を翻して避け、聖獣の手元を蹴り剣を弾いて二度目の斬撃を阻止し、3度目の斬撃はその刃を右手で掴み上げて止めた。
「下手な斬撃も数撃ちゃ当たる……けど3発じゃ足りなかったみたいだね」
 そしてバキリ、と刃を握り砕いた武器商人は大きく腕を振るうと、甲冑ごと聖獣の身体を殴り砕き、聖獣の身体は吹き飛んでいった。それはまさしく『怪物』じみた腕力だったと言えるだろう。
「ハ……人間なのハ見た目ダケカ? ソウイウ意味でもお互い様ダナ」
「それはどうかな? まあ人間かどうかっていうのは正直、我(アタシ)としてはどっちでもいいケド。キミと一緒っていうのはなんというか……不服かな」
「ジブンもダ」
 エクスは全身の毒棘を空に向けて射出。再び雨の様に棘が広範囲に降り注いだ。
「今日は生憎の雪模様。それなのにこんなモノまで降ってきたらたまったものじゃないね」
 武器商人は咄嗟に地を蹴り、跳ぶ。宙で身を翻し、降り注ぐいくつも棘をキャッチして被弾を防ぐと、傍に立っていた聖獣の頭部に全ての棘を突き刺し、蹴り付ける。棘が頭部に貫通した聖獣は、そのまま地に伏した。
「いい感じね武器商人くんちゃん! ちょーっとだけ数は多いけど……このまま抑えきりましょう!」
 ガイアドニスの言葉通り、聖獣の数はそれなりに多かった。既に2体ほど武器商人が仕留めたものの、それでも10体以上残存している。聖獣達は呻き声をあげ、ただ盲目的に剣を振るっていた。
「ガ……ア……!!」
 聖獣達の斬撃は剣術と呼ぶ事もためらわれる力任せのモノ。だが、威力はバカに出来ない。ガイアドニスは1体たりとも通さないとう覚悟で聖獣達の前に立ち塞がり、全ての斬撃を受け止めた。
「ッ……! この程度、かわいいものなのだわ!」
 その言葉は強がりではなく、正真正銘ガイアドニスの本心だった。斬られれば痛いが、痛いだけだ。その痛みをカッと目を見開いて抑え込むと、地を踏みしめる。
「遠慮しなくていいわ……おねーさんが全て受け止めてあげる!」
 そして聖獣達をまっすぐと見つめる。ガイアドニスの鼓動が高まる。聖獣達の意識が不思議とガイアドニスに吸い寄せられ、それ以外が目に映らなくなる。
「自己犠牲精神ですか……実に不可思議ですね。そんな事をして何が楽しいのか……」
 シーラは杖を振りながら心底理解できない、という表情でガイアドニスを眺めていた。
「不可思議ね……それを言うならあなたとエクスくんの関係性もおねーさんにしては不思議ね。愛ではないでしょうけど……共犯者といったとこかしら? 或いは共感、かしら?」
「あらあら……困りましたねプリンシバル・エクス。私とあなたの複雑怪奇な関係性を簡潔にまとめられてしまいました」
「知ルカ」
 プリンシバル・エクスは異形の肉体で暴威を撒き散らし、シスター・シーラが呪いと死の魔術を振りまく。2人の間にはきっと愛も友情も絆もありはしないだろう。
「だけどそれでも……バケモノ同士として通ずるものがあるのかしら。切って捨てる関係でも互いにそういうものだと納得できるでしょうね」
「オイ、性悪シスター。あのデカイ女ヲどうにかシロ。不愉快ダ」
「自分で何とかしてください、エクス。私の方が大変なんですから」
 イレギュラーズ達の猛攻を受け続けているシーラ。その表情はさして変わりないが、徐々に傷は増えてきていた。サクラもまた、刀を構えシーラに接近していた
「あなたたちは、このアドラステイアの中でも異質……正義を信じて戦っている訳でもない……このザラリとした嫌な感じ……これはきっと明確な悪意。あなた達はきっとそれだけを原動力に動いている……絶対に、これ以上の非道を続けさせる訳にはいかない……!!」
「ソレ以外の生き方に興味が無いんダヨ、ソレダケダ」
 不意に死角から放たれた毒の棘。サクラはそちらを見る事もせず刀を振るって棘を弾くと、鋭い踏み込みでシーラの胸元に突きを放った。
「クッ……私をサンドバッグにする勢いで仕掛けてきますね……やっぱり最初の段階でしっかり抑えをおかれたのが痛かったです……せめて聖獣を広く展開出来ていればもう少し戦況を乱せたのですけど、まとめて惹きつけられてしまいましたからねぇ」
 他人事の様に呟きながら、シーラが杖を振るう。黒い魔力の壁がせり上がり、イレギュラーズ達の攻撃を防ぐ。
「プリンシバル・エクス。聖獣かアナタが抑えを突破するまで私が耐えれば私たちは勝ちます。それまでに私が倒されれば私たちが負けます。なので死ぬ気で頑張ってください。腐りきった大人達をも超える力を、あなたは手にするのでしょう?」
「フン……いいダロウ……ガァアアアアアアアアアアアッッ!!」
 エクスが猛獣の如く叫びを上げる。全身に生えた禍々しい棘が肥大化し、高温を帯びて赤熱する。
「ソレ、結構厄介そうだよね。悪いけど大人しくしててくれない? ……いや、よく考えたら別にボクは悪くないね。普通に大人しくしていて」
 その直後、エクスの側面からリュビアが強襲を仕掛ける。掌から放った黒い魔力が巨大な大顎の形を成したかと思うと、エクスの身体に喰らいつき、その鋭い棘を弱体化させる。
「邪魔をするなァアアア……!!」
「いやだよ。止める理由がないし」
 あっけらかんと言うリュビアに、エクスが更に咆哮を上げる。
 そしてそのエクスの様子を見ていたルーキスが小さく息を吐いた。
「あれが……あの姿がお前の『教育の成果』という訳か。悪趣味にも程があるな」
 ルーキスの言葉に、シーラは薄い笑みをたたえて返す。
「ええ、その通り……と、言いたい所ですが。残念ながらあの姿は彼が自ら望み、力と共に得た姿です。私はその手助けをしただけ。彼は自ら悪を望み、そう成った。その一点において如何なる他者の影響も受けていません」
「だから私は悪くない、とでも言うつもりか?」
「まさか。その逆ですよ……私も彼も、生まれつきの純粋な悪なんです……安っぽい教育や洗脳の賜物だ、と言われるのが心外だっただけです……それより、いい加減斬られたり殴られるのにも疲れてきました。しばらく放っておいてくれません? 剣士さん?」
 シーラは更に杖を振るう。魔力の壁が更にシーラの前に現れ、イレギュラーズ達の攻撃を防がんとする。ルーキスは刀を構え直し、シーラを見据える。
「自らが悪である事にプライドでも持っているのか? だったら、それこそが何よりも安っぽくて、下らない……見せかけの信仰心、見せかけの愛情……その全てを切り伏せる」
 そしてルーキスは駆け出した。シーラが生み出した魔力の壁が妖しく蠢き、無数の触手が伸びてきた。
「邪魔だ」
 身体を回転させて放った無数の斬撃で全ての触手を斬り捨て、ルーキスは二振りの刀を低く構え直す。
「お前達2人は本当に似ている……ただ殺戮を楽しむだけの、怪物。見た目が異形であるだとか、そんな事は些細な問題だ。同情の余地などある訳もない……この場で斬り捨てる!!」
 ルーキスが放った横薙ぎの一閃。それは立ちはだかる魔力の壁を一瞬にして両断。崩れ落ちる魔力の壁を踏み越え、更にルーキスは刀を振り上げた。
「同情される道理もないですからね。私たちの人生に不幸な事など何一つ起きていませんから」
 シーラも即座に杖を振るう。放たれた赤き呪いの刃がルーキスの全身に突き刺さる。口から血を吐き出しながらも、ルーキスは止まらなかった。
「…………斬る!!」
 そして刀を振り下ろす。鬼の力を宿した一撃がシーラの身体を深く斬りつけ、そしてその反動でルーキスの身体もまた傷付いた。
「ッ……結構痛いじゃないですか……」
「少しは『痛み』というものを理解できたか?」
 口元についた血を拭い、ルーキスはそう吐き捨てた。
「他人に期待も共感もしない事が、私たちの強みなんですよ……お分かりですか?」
 シーラはそう言って、優しくイレギュラーズ達に微笑みを向けた。


 戦いは続いた。イレギュラーズも、エクスも、シーラも、聖獣も。皆が全力で攻撃を続いていた。傷はどんどんと重なっていく。特にイレギュラーズ達とシーラの傷はかなり深くなっていた。聖獣も更に数を減らしていたが、未だ脅威となり続けていた。
 この場で最も余力を残しているのはエクス。しかしシーラや聖獣が倒れてしまえば、戦況が不利となる事は誰しもが理解していた。
「そうは言っても、まだ決定打は生まれないだろう? 聖獣も……全体的にダメージを受けている訳ではないな。なら、『物語閉帖』は十分使える範疇だ……さて、こちらの演出も上手くいくといいのだが」
 そう呟いて、 幸潮は不意に自らの前方の空間に万年筆を突き刺した。『世界』を構成する『ソレ』に突き刺さった万年筆が大きなヒビを入れ、砕け散る。空間の裂け目、その小さな崩壊に巻き込まれた聖獣達の身体が削り取られていった。
「あの人の業はもう見ない様にしましょう……それよりも……私はあなた達を相手すべきですね」
 シーラは理解不能な現象から目を逸らし、目の前に立ち塞がるイレギュラーズ達に目を向ける。
「まだ……倒れませんよ……私は……!!」
 幾度にも渡って呪術や魔術を受け、スティアはかなり追い込まれていたが、ギリギリの所で耐えていた。全身から振り絞った魔力によって自らの傷を癒し、辺りには花弁の如く魔力の残滓が舞い散った。
「フフ……本当にしつこいお嬢さん……こっちはこっちで流石の私も段々イヤになってきました」
 シーラが杖を振るう。呪詛の炎は何度でも放たれ、イレギュラーズ達を襲う。
「そりゃあ、ね。この好機を逃す訳にはいかない。しつこさだけで勝利が得られるんなら、どこまでもしつこくなるよ。それにそっちだって……随分厄介な魔術ばかる使うじゃないか」
 呪詛の炎を浴びながらも、マルクは静かにそう言い切ると、再び指輪を掲げた。シーラの足元が眩い輝きを放つと、シーラを中心とした『銀花結界』が構築され。シーラの『魔』の力を抑え込む。
「ガァアアアアアア!!」
 不意にエクスの咆哮が聞こえた。エクスは肥大化した大腕を力任せに振るうと、構えていた大盾ごとエイヴァンを殴り潰す。
「流石にそろそろ……まずいかもな……なんて、な。弱音なんて俺らしくもねぇ……どうした、エクス。道理をしらない幼稚な子供……俺はまだ倒れちゃいねぇぞ……!!」
 吹き飛ばされたエイヴァンの全身は傷だらけ。しかし盾を杖代わりに即座に立ち上がると、エクスを睨みつける。
「目障りダ……消えロォオオオ!!」
 エクスの猛攻は止まらない。
「……まあ、なんだかんだみんなかなりキテるみたいだけど……それはキミもだよね、シーラ。ボクもそれなりに温まってきたからさ。そろそろ退場してくれないかなって」
 リュビアもまた少なくない傷を受けていたが、淡々とした語り口は変わらなかった。
 しかし、そう語るリュビアが軽く振るった兵装『時果』は第二形態、刀身に纏った保護殻が消え、極薄の真の刃が表れていた。
「それはあなた達の頑張り次第ですね……けど、そうですね。殺されるにしてもあなたに殺されるのは、少し嫌ですね」
「どうして」
「だってあなた、面白みも何もないつまらない殺し方しそうじゃないですか」
 シーラの言葉に、リュビアは小さく眉を上げた。
「まあ、ね。『独創的で面白みのある殺し方をして欲しい』なんてオーダーに応える意味も理由もボクにはないし、みんなにも無い。大体そんな事して何が面白いの?」
「あなたは、人殺しはお嫌いですか?」
 リュビアは一瞬だけ考える素振りを見せ、
「どうであれ、面白くはならないかな」
 そう言い捨てた。そしてリュビアはシーラに接近する。構えた刃に宿るのは、激しく迸る蒼い雷。
「それは……ちょっとあまりに痛そうなので。止めてもらえますか?」
 リュビアの一撃を防ごうと、シーラは呪詛が込められた炎と刃を自身の前に展開する。不規則な軌道で迫る刃を次々と弾き、蹴り上げ、スレスレの所で避けると、リュビアが全身から放った黒い呪詛がシーラの炎を掻き消した。
「ま、今日を境にキミは自由気ままな生活は送れなくなるかもしれないけど……これまで楽しく過ごせていたんでしょ? なら、それでいいんじゃないかな」
 そしてリュビアが刃を振るう。シーラの身体を斬りつけると同時に雷鳴が轟き、迸った蒼い雷がシーラの全身を貫いた。
「グ……ゲホ、ゲホ……!!」
「キミが恐らく察している通り、確かに僕は『マトモ側』ではない。もしそう育っていたらどうだったろうと考える時もあるけど……想像の上でも大体面白くはならないんだよね……なんというか、難しいよね。色々」
 鋭い一撃にシーラの全身は激痛に襲われ咳き込んでいたが、リュビアの言葉に小さく笑みを浮かべていた気がした。
「グルァアアア!! シネ、シネ、死ね!! 何故死なナイ!! 何故ジブンの言う通りにならナイ!!」
 エクスは吼え猛る。好転しない戦況に、心底苛立っている様に見えた。
「さあ……? 私たちが強いか、あなたが弱いか。そのどちらかでは? あるいはその両方かもしれませんね。どちらでもいい事ですが」
 ウィルドは攻撃手から自らの役割を変え、エクスの抑えに回っていた。エクスの暴力的な攻撃を正面から受けながらも、笑顔を崩してはいなかった。
「いよいよ大詰め……流石に笑っていられる状況ではない……けどだからこそ逆に笑っちゃう! ヒヒヒヒ! 我(アタシ)達もここまで耐えきったんだ。最後まで通しはしないよぉ!!」
 聖獣達をの攻撃が武器商人に突き刺さり、その度に武器商人は力を増していく。その全身に蒼い煮え炎を纏い、その勢いはどんどんと増していく。笑みを浮かべていた武器商人の表情が一瞬だけ消え――。
「"火を熾せ、エイリス"」
 そんな呟きを零したかと思うと、一瞬にして想像した『魔剣』を振るい、聖獣を斬り伏せていた。
「グ……アアア……!!」
 聖獣達は苦悶以外の如何なる感情も現しはせず。やはり剣を振るうのみであった。
「うーん、おねーさん達も結構中々にピンチかも! でも、聖獣達を加勢に行かせるわけにもいかないわね! さあ、余所見はダメよ、おねーさんだけを見ていなさい!」
 ガイアドニスの身体もかなり限界に近づいていたが、それでも聖獣達の攻撃を受け止め、武器商人の事をかばってすらいた。
「表情は変わらないが……あと少しで押し切れる筈。他者の苦しみも知ろうとせず、懺悔も後悔もしないというのなら……せめて潔く倒れるがいい」
「お断りです。私、しぶといので」
 ルーキスが放つ三連の刺突が、シーラを穿つ。手ごたえは確かにあったが、それでもシーラは倒れない。そしてやはり笑みを浮かべた。
 苛立ちに怒り暴れるエクスに、静かに笑みを浮かべるシーラ。両者はとても似ている。しかし同時に全く似ていなかった。
 サクラは、刀――ロウライト家伝来の刀、『残影聖刀【禍斬・華】覇Ω』を居合の型で構え、シーラとの間合いを測る。
「貴方達がその道を選んだ事に……きっと大した意味なんか無いんだね。自らの欲求をそのまま受け入れた。ただそれだけ。貴方達はそれを選択とすら呼ばないのかもしれないけど……違う。そこに意味が無かったとしても、貴方達は確かにその道を選んだ」
 サクラが凛とした瞳でシーラを見る。シーラはフッと笑みを浮かべた。シスターのものではない、純粋な笑いを漏らした。
「あなたの言う通りね、騎士さん。私たちはアドラステイアの異端。狂った環境がこうさせたんじゃない。最初からこうだった。この狂った箱庭が最初から無かったとしても、私たちは思うがままに悪の道を生きたでしょう……この場所は、私達にとってはとても生きやすい場所だったのだけれど、ね」
 その語り口には一切の迷いも後悔も、悪気も無かった。サクラは大きく息を吐く。
「貴方達の選択を、生き方を……私は認めない。私は私の意志で選んだ天義の騎士としての生き方、人を助けるものとして貴方達を倒す!!」
 シーラは杖を構える。呪いの炎に赤い刃、魔力の壁。あらゆる手段で攻撃を防ごうとするが――サクラの動きは魔術が行使されるよりも、圧倒的に速かった。杖を振るおうと力を込めたその瞬間には、サクラは眼前に立っていた。
「斬る!!」
 居合の斬撃がシーラを斬り、そして打ち上げた。抜かれた聖刀の刀身が一瞬にして解放され、更なる力が付与される。サクラは跳躍した。
 シーラは反応出来なかった。宙に打ち上げられたと思った次の瞬間には、やはり眼の前にサクラが居た。
「斬る、斬る、斬る!!」
 一閃、一閃、更に一閃。宙で放たれた三度の居合斬りが、シーラの全身を斬りつける。
 鮮血が、雪と共に辺りに舞い散った。
「殺すなら……出来れば面白い死体にしてほしいわ……」
「残念だけど、貴方の思い通りにはならないよ……これで――決めるよ!」
 刀身に宿るは神の祝福と、不殺のオーラ。月光を思わせる輝きを纏った刀身が、大きく薙ぎ払われた。
「私は……割と……幸せでしたよ……あなたと…………………………………」
 誰に向けてか最後にそう呟いて、シーラの身体がドサリと地に落ちた。死んではいない。気を失っているだけだ。
「シーラ……クソ、クソ、クソッ!!」
 エクスは苛立ち気に叫びを上げたが……それでも頭の奥底は冷静に戦況を見定めていた。思考時間は数秒。そして。
「次はコロス……………………ソイツの死体は、適当に埋めてオケ。行くゾ、無能共」
 エクスは、シーラが生きていると気づいてはいなかった。イレギュラーズ達に一方的に吐き捨てると、一気に駆け出した。現時点においても最も余力を残しているのは間違いなくエクス。戦いを続けても勝ち目はあったが、確実では無かった。イレギュラーズ達も、彼らを追う事はしなかった。受けた傷は、決して軽いものではなかった。
 戦いは終わった。それでも雪は止むことはなく、しんしんと降り続けている。
 アドラステイア上層。市街地の一角におけるこの戦いは、イレギュラーズ達の勝利という形で幕を閉じるのであった。

成否

成功

MVP

ガイアドニス(p3p010327)
小さな命に大きな愛

状態異常

エイヴァン=フルブス=グラキオール(p3p000072)[重傷]
波濤の盾
スティア・エイル・ヴァークライト(p3p001034)[重傷]
天義の聖女
ウィルド=アルス=アーヴィン(p3p009380)[重傷]
微笑みに悪を忍ばせ
ガイアドニス(p3p010327)[重傷]
小さな命に大きな愛

あとがき

お疲れさまでした。プリンシバル・エクスと複数体の聖獣は撤退という形になりましたが、彼の師匠であり相応の戦闘能力を有するシスター・シーラは捕縛される事となりました。異形の肉体を持つエクスにも劣らぬしぶとさを誇るシーラでしたが、見事追い詰める事が出来ました。
MVPは、奇襲を成功させて有利な状況から戦闘を始め、聖獣の抑えの一角を担ったあなたに差し上げます。

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