PandoraPartyProject

シナリオ詳細

ドラクマに代われ

完了

参加者 : 8 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

オープニング


「……様子は?」
「悪くねえ。あの薬師のジジイ、こんなものを作ってたならとっとと差し出せば良かったろうに」

 ――ざり、ざりざりざり。
 あたまからへんなおとがします。おとこのひとたちがしゃべっています。
 だれでしょう。どこでしょう。きおく、きおくが、おもいだせない。

「症状は?」
「多幸感、痛覚等の一部の感覚の麻痺。あとは筋力の増強あたりか。依存性と中毒性は最悪だがな」
「良いことじゃねえか。多用してもらえば頭がスカスカの家畜が出来る。この女みたいにな」

 しけんに、うかりました。
 きぞくのひとのぶんかんで、たくさん、おきゅうりょうをもらえて。
 びんぼうだったりょうしんを、やっと、らくにしてあげられると、おもって。

「『副作用』がそれか」
「ああ。知性の大幅な低下と臓器の活動低下だな。
 5、6で言われるがままの奴隷、10も使えば間違いなく死ぬ。長期的なビジネスには向いてねえ代物だ」
「……大丈夫か?」
「反動がキツイ分、効果も抜群だ。1か月ほど捌くだけでも相当な収益が見込める。それほどの間なら官憲なんかも気づかねえよ」

 そのあと、きぞくさまに、おしごとだって。
 おくすり。おくすり、を。なんども。

「じゃ、一先ず栄養剤って触れ込みで行くか?」
「ああ。人付き合いして無い奴をターゲットに行こう。
 ……あー、其処のガキは適当に処分しておいてくれ」

 たくさん、べんきょうして。おとうさん、おかあさんのために。
 それが、かなって。
 だから、わたしは、わたしたちは、これからしあわせに。

「やれやれ、面倒くさい――」

 ざりざり。ざりざり。
 おとこのひとが、おおきなほうちょうをふりかぶって。



 がつん。


 ――特異運命座標達が集まりつつある中、情報屋は歎息を吐いた。
 日頃小難しい表情をしている彼女ではあるが、それでも人前でハッキリと不快感を露わにすることは珍しい。少女の方も彼らに気づいた時点で軽く咳払いをして、挨拶もそこそこに依頼の説明を開始する。
「……集まったようなので、依頼の詳細を解説しよう。
 此度の依頼は海洋の港から少し離れた場所に在る廃倉庫、そこに在る違法薬物、並びにその利用者を摘発することだ」
「……それは官憲とかの役目じゃないか?」
 依頼の内容に対して、参加者の一人が挙手をして問う。情報屋もまた、それに対して然りと頷くが。
「尤もな話ではあるが、件の薬物は使用した者に多幸感などを与える他、一時的な身体能力の上昇や痛覚、恐怖心の一時的な麻痺等の効果も見られるらしくてな。
『荒事に慣れている』程度の力量ではこれにあたることは難しいと判断されたゆえ、此方に解決を任されたと言うわけだ」
 質問に答えた後、情報屋は再び解説に戻る。
「敵の数は推定50名。うち薬物の純粋な購買客は10名ほどで、20名は薬の売人やその用心棒、別の組織等に売り捌く仲介人などが挙げられる。
 後者の20名は此度の件に対策して装備などを整えていることだろうし……これらに先の薬物による『強化』が施された場合、間違いなく厄介な手合いとなるだろうな」
「その言い方だと、そいつらはまだ薬物を使ってないと」
「どころか、使うのは最終手段になると思うぞ。例の薬物がどのような効果を持つにしろ、デメリットは在るだろうしな」
 可能なら、その判断を向こうが降す前に片付け終えたいと少女は言った。
「因みに、購買層の人間に関しては」
「……大半が真っ当でない利用者ではあるが、幾らかは売人の男たちに騙された結果、高額な料金や薬物の依存性から抜け出せなくなった『被害者』も存在する。
 そうした者たちをどうするかは貴様らに任せよう。……生き延びたとて、その後真っ当な生活は送れないだろうが」
 其処までを言い置いて後、情報屋は一際大きなため息を吐いた。
「――本来、この依頼に関しては商品である薬物と、顧客たちの取り締まりだけで終わるつもりだった。肝心の売人までは手が回らないだろうとな。
 が、本依頼の説明を先んじて聞いた者たちが先行して彼らの戦力を削っている。それを考慮すれば、或いは彼奴等の捕縛も叶うかもしれん」
「名前は?」
 短く、先行した仲間の名を聞く特異運命座標に対して、情報屋は淡々と告げた。
「……耀英司、並びに李黒龍の二人だ」


 ――――――がつん、と言う音と共に、肉切り包丁を振りかぶっていた男が吹き飛んだ。
 殴りつけたのは仮面の男性だった。表情の伺えぬ面立ちからは如何なる感情が浮かんでいるのか、誰しもにも分からない。
「……誰だ、手前」
「あん? 見りゃわかるだろ、怪しい人だよ」
 くつくつと言う笑い声。黒いスーツ姿の仮面の男性は、『怪人暗黒騎士』耀 英司 (p3p009524)はそう応えて、ゆるりと腰に差した双剣を抜き放つ。
 舌打ちする売人の男性が、小さな身振りで人を呼ぶ。それは合い方であるもう一人の売人であったり、彼らが荒事の為に雇っていた用心棒であったり。
「あ、あ――――――?」
 ……或いは、彼らが売り捌こうとしていた薬物の実験台として、既に「使い潰された」無辜の人間だったりする。
「やれ、こういう手合いは節操ないね」
 英司の影からゆるりと現れ、黒衣の道士……『尸解老仙』李 黒龍 (p3p010263)が、ため息を吐いた。
「使えるものであれば何でも使う。吾輩、このような奴らに商人名乗って欲しくないあるよ」
「気にするな。これから死ぬことに比べれば些末だろ?」
 売人の男性が、手遊びのように懐から注射器を取り出し――それを実験台であった男性に投与する。
「……、あ」
「廃品利用には十分な宛て先だな。……『殺せ』」
「あ、ああ、ああああああッ!!」
 瞳が血走り、傍目にも解るほど身体が膨れ上がり、何よりも廃人同然であった無表情が殺気溢れる狂人のそれへと変化していく。
 それは一人ではない。鎖で繋がれ、恐らくは死を待つばかりであった元実験台の人間達が、売人の投与する薬で死兵そのものとなって黒龍たちを睨みつける様は、正しく狂乱の地獄そのもの。
「……英司、やり辛かったら代わるあるよ?」
「冗談だろ、オードブルで胸焼けするような歳じゃねえさ」
 一触即発の状況下で、悠然と売人たちのもとへと歩みだす二人。
 その背後に、声が一つ。
「おにい、さん」
「………………」
「まっくろなおにいさん。まっくろ、まっくろさん。
 おにいさんたちは、なにをしにきたひと?」
 売人に殺されようとしていた少女が、白痴の表情で静かに問う。
 黒龍は、英司は、それに言葉を返すことなく。
 ただ、誰ともない言葉を、独り言ちた。
「……天網恢恢疏而不失、粉の一粒たりとも残さず地獄に墜とすあるよ」
「ぎっちり目詰まりしちまいそうだ、マダムの網タイツとどっちがそそるかね?」
 救われなかった者たち。救われる機を逸してしまった者たち。
 彼らに報いることは出来ず、また英司たちにはその心算すら持っていなかった。
 
 ――ステュクスの渡し賃に、『善意』などが足りるものかよ。

 蓋し、それこそが彼ら二人の臨む理由であるのなら。

GMコメント

 GMの田辺です。この度はリクエスト頂き有難う御座いました。
 以下、シナリオ詳細。

●成功条件
・違法薬物『死蝶薬』の一定数以上の接収
・購買客、利用者の8割以上の捕縛(あるいは殺害)

●場所
 海洋国の港湾区、其処からある程度離れた廃倉庫です。時間帯は深夜。
 倉庫内部は偽装された『死蝶薬』が各所に散逸して配置されており、倉庫内の障害物としても機能しております。
 破壊して撤去することは可能ですが、その場合成功条件に在る「接収」には含まれないため注意が必要です。
 また、倉庫の壁は老朽化の為脆く、ある程度の攻撃を与えれば破壊することも可能です。
 戦闘開始時、下記『売人』『実験台』『用心棒』と李 黒龍(p3p010263)様、耀 英司(p3p009524)様との距離は3m、残る参加者様との距離は30mです。

●敵
『実験台』
 下記『死蝶薬』の度重なる使用によって知性を喪失し、今は『売人』たちの命令に従うだけの被害者です。数は20名。
 老若男女様々ですが、比較的『売人』達に騙された(=判断力に乏しい)年若な子供たちが多い傾向に在ります。
 能力は完全物理特化型ですが、薬物の効果によって特定の状態異常を幾つか無効化するスキルを有しています。
 攻撃方法は近接単体攻撃のみ。また、彼らが死亡した際一定範囲内に居た参加者様には特殊ステータス『霊魂化蝶』が一定値累積されます。
 このステータス値が特定の値を超えた場合、体力等に関わらず重傷を負うと共に「良くないこと」が起こる可能性が在ります。

『用心棒』
 下記『売人』達の用心棒です。数は18名。
 上記『実験台』が近接方面を担当することを予め考慮されていたのか、中後衛からの攻撃、乃至妨害や援護を行う者が殆どです。
 回避、防御にもステータスが多く割り振られており、倒すことに於いては『実験台』よりもはるかに難しく、時間がかかることが予想されます。

『売人』
『死蝶薬』を量産、販売していた売人です。男性の二人組。
 一応商人と言うこともあって戦闘に関する能力は低い反面、装備や携行品によるバックアップが為されているため、恐らく手強さで言うと本依頼中では屈指であると予想されます。
 戦闘ステータス等は不明、攻撃方法は『死蝶薬』を始めとした消費型アイテムを投擲しての回数限定付きのものが殆どです。
 本依頼に於いて、彼らを捕縛、或いは殺害することは成功条件に含まれません。

●その他
『死蝶薬』
 上記『売人』が或る薬師の老人から強奪し、独自に販路を広げようとしていた違法薬物です。
 投与された人間は身体能力の一時的な上昇や痛覚、恐怖心等の麻痺、多幸感などが挙げられますが、中毒性と依存性が極めて高い上、使用者はに脳と臓器に甚大な被害を受けます。
 また、使用した者は体の末端(手足などの部位)に黒い蝶に似た痣が浮かび上がります。

『顧客』
『死蝶薬』を『売人』から購入、或いは購入しようとしていた利用客です。
 数は10名。ほぼ全員が貴族や軍事組織の上層部の人間であり、当人ではなく自身が飼う奴隷や、若しくは「消費」する予定の兵士などに投与する目的での購入を検討していました。
 戦闘関連に於いてのステータスはほぼゼロ。一部手慰み程度に非戦スキルを有している者も居ますが、皆さんであれば「相手にならない」レベルでしょう。
 シナリオ開始時点に於いて彼らは廃倉庫の中心部に居ります。皆さんと敵対することは有りませんが、状況次第では隙を見て逃走する可能性もあります。

●情報精度
 このシナリオの情報精度はAです。
 想定外の事態は絶対に起こりません。



 それでは、リクエストいただいた方も、そうでない方も、ご参加をお待ちしております。

  • ドラクマに代われ完了
  • GM名田辺正彦
  • 種別リクエスト
  • 難易度-
  • 冒険終了日時2022年12月13日 21時25分
  • 参加人数8/8人
  • 相談8日
  • 参加費100RC

参加者 : 8 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

参加者一覧(8人)

十夜 縁(p3p000099)
幻蒼海龍
志屍 志(p3p000416)
密偵頭兼誓願伝達業
寒櫻院・史之(p3p002233)
冬結
エマ・ウィートラント(p3p005065)
Enigma
アイラ・ディアグレイス(p3p006523)
生命の蝶
ジョージ・キングマン(p3p007332)
絶海
耀 英司(p3p009524)
諢帙@縺ヲ繧九h縲∵セ?°
※参加確定済み※
李 黒龍(p3p010263)
二人は情侶?
※参加確定済み※

リプレイ


 倉庫の扉が開かれる。
 その向こう側に見えた更なる六名の特異運命座標達を見て、売人の一人は頭を掻いた。
「……入荷を始めに、下準備で大枚叩いたんだがなあ」
「気にするなよ。地獄に金は持っていけないだろ?」
 いっそ友好的にすら語る『怪人暗黒騎士』耀 英司(p3p009524)の言葉に対し、売人の一人は苦笑するばかりだ。
 一方、英司たちに追いついた仲間のうち、最も義憤を露わにした『絶海』ジョージ・キングマン(p3p007332)が、最初に殺されかけていた実験台の少女を優しく抱き留める。
「また、くろ。くろいひとね。
 まよなかだからかな。おほしさまさんと、おつきさまさんはいないの?」
「――海洋で薬を捌こうとは、それも……」
 実験台となった者たちの年齢層を改めて確認するジョージの口調は、苦い。
「外道の末路がどうなるか、身を以て知ってもらおうか」
「……うん、同感だね」
 言葉に追従したのは、書生服を身に纏った男性――『若木』寒櫻院・史之(p3p002233)である。
 尤も、彼の怒りは実験台となった者たちから受けたものではない。確かに白痴となった彼らを見遣る視線には「後味の悪いものを見た」感触が見て取れるが、それよりも。
「女王陛下のお膝元で薬物を、ね。ふーん。
 誰を敵に回したのか、きっちりわからせてやらないとだね」
『愛する人』と『愛するお方』。また彼女らが重んじるモノを汚した相手に対して、彼の姿勢には一切の躊躇が無い。
「違法薬物の摘発、でごぜーますか。
 本当にどこへ行っても同じ事をするものでごぜーますねぇ、人間というものは」
「ま、廃倉庫で取引されるような薬がまともなモンなわけがねぇわな」
 同様に。『Enigma』エマ・ウィートラント(p3p005065)の呆れ交じりの言葉に、『幻蒼海龍』十夜 縁(p3p000099)の吐露した心中が重なる。
「自業自得で済ませられりゃぁ、話は簡単だったんだが」。そうも続けた縁の言葉は、凡そ特異運命座標達全員の思いでもあったろう。だがその報いを待つには、既に彼の売人たちによる犠牲者は多く出過ぎてしまっている。
「やれやれ。一応聞くが、見逃してくれる気は?」
「……今時分、余計に体を冷やすようなことを言うなよ」
 言外に売人たちの要求を「サムい」と切り捨てた特異運命座標達は、それと共に得物を構えた。
 挙動は、全員が同一。
 但し、ほんの少しだけ――売人たちが、上回る。
「全く、乱暴な商品説明会だ!」
 指示と共に、動く元実験台たち。
 一斉に襲い掛かるそれらを、或いは光で灼き、或いは打ち倒し、或いは薙ぐ。
 取引現場から鉄火場へ。一気に遷移した廃倉庫にて、英司は。
「俺ぁ大喰らいでね。オードブルが多い程かえって涎が湧いてくらぁ。
 ……テーブルマナーは大目に見てくれるかい、黒龍!」
 共に先んじた相方へと、朗朗とした声で問うた。
「良かろう、好きなだけ喰らいつくが良い、”怪人”。但し、一度箸をつけた膳は塵一つ残すでないあるよ」
 敵の数は多数。瞬く間に己の血に塗れ往く彼を、また他の仲間たちを。
『尸解老仙』李 黒龍(p3p010263)が癒し、応えた。その狂奔、止まること勿れと。
「”後片付け”は吾輩に任せるがよろし。こう見えても吾輩、面倒見は良い方あるからな!」
 戦いが、幕を開ける。
 或いは、最早救われぬものを葬る鎮魂儀が。


 初動は、やはり数で勝る実験台たちに軍配が上がる。
 度重なる薬物の投与で知性を失い、命令に従うのみの木偶と大差なくなった彼らが迫りくる中、『彼女』はそれに対し何処までも冷静に躱し、受け、また返す刀を以て攻め落とす。
(――目の前に、壊れていく命があるのに)
 思考は冷静だった。意思は平坦であった。
『生命の蝶』アイラ・ディアグレイス(p3p006523)は、哀れな被害者たちに対して作業のように攻手に転じ、展開した蝶を介して敵の身を拉がせる。
(ボクは今も、立ち止まることしか出来やしない。それどころか――)
 救うためではなく、看取るために。
(見ないふりをすれば傷付かなくたって済む。そんなこと、解ってるけど!)
 そうとしか動けない自分にアイラは少しだけ口惜しんで、それでも「為すべきを為す」ことを止めはしない。
 戦闘は売人、或いはそれらが擁する用心棒や実験台たちの優勢に運んだ。
 敵方は――障害物として機能する資材が要因でもあるが――先んじて手近な位置にいた英司、黒龍の二名を優先的に狙い、その攻勢を集中させる。その只中に残る仲間たちが飛び込むことで一気に混戦状態を形成しているのが現状だ。
 否。より正確に言えば。
「に、逃げろ……逃げろ!」
「安全な取引ではなかったのか!? 聞いておらん! 私達はここで……」
「おや。この状況でまだ猶予はあると思いましたか?」
 この戦場には、所謂『第三者』――発端となった死蝶薬の購入を検討している顧客たちも存在している。
 特異運命座標……正確には『ローレット』の介入に気づき、恐れ、逃げ出そうとした彼らに対して、死神の鎌の如く怜悧な声音で上方から声をかけたのは『遺言代行業』志屍 瑠璃(p3p000416)である。
「既に企ては露見し、対応されています。反省する気があるならば、どうか動かずに」
「……っ!!」
 瑠璃の事実上に於ける降伏勧告に対して、顧客たちはその場に留まり互いに視線を送り合っている。
 隙を見て逃げ出そうと言う企みが手に取るように分かったが、瑠璃の側はそれに小さく鼻を鳴らす程度で済ます。戦力が拮抗か、それを下回る現状で手番を一つ消費してまで彼らの無力化にあたる余裕は今の彼女らには存在しないのだ。
「――おっと、妙なマネはしなさんなよ。少しでも長生きしたいんならな」
 少なくとも瑠璃の呼びかけ然り、このように告げる縁の眼光を絡めた脅し然り、彼らに今のところ反抗の意思が無いことを良しとするしか無いのが現状だった。
「……抜け目がないねえ」
「君たちが言うの、それ?」
 敵を隠すことなく言葉を返す史之に対して、売人は肩を竦めるのみだ。
 戦闘が開始された時点で「それじゃ、お先に」と言いながら逃走を図った売人たちに対して、最初から彼らの足止めを考慮していた史之はそれを寸でのところで止めることに成功していた。
 尤も、その形勢は全体の戦況同様良いとは言えない。持てる能力を発揮して彼らの無力化にあたる史之ではあるが、そもそも与えられた情報の時点で屈指の手強さとされた彼らに単身で挑んでいる現状はジリ貧と言っていいだろう。
 長くは保たない。それを仲間たちの誰もが理解しているからこそ、特異運命座標達に一切の出し惜しみは存在しない。
「ま、こういう薬物が蔓延してしまうのも面白くないでありんすからね」
 他者の意思の輝きを見ることこそ本懐であるエマは、その根幹となる自我を奪い、狂気に陥らせる薬物を、それに関わる者たちを呵責無く責め立てる。
 編み上げたるは神気閃光。幾重に重なる光条が実験台を、また運よく範囲内に収まった後衛の用心棒たちの一部を拉がせ。
「外道共、覚悟はできているだろうな!」
 それを追うように、一手、敵陣に飛び込んだジョージの双拳が実験台たちに畳みかけられる。
 広がせたアッパーユアハート。深夜の廃倉庫に於ける誘蛾灯のように他者を引き寄せたジョージがそれを確認したのち、打ち込んだH・ブランディッシュによって多くの「用心棒たちを」沈める。
「……やはり、そちらは耐性ありか」
 言葉を理解したわけでは無かろうが。
 命中した『鼓動』に対して、しかり怒りの状態異常を受けることなく。実験台たちが殴打し、引っ掻き、或いは噛みつくそれらに対して、黒龍の大天使の祝福がいかんなく発揮される。
「可愛いおなご相手じゃないのが、些か残念あるね!」
 言葉こそ軽いが、戦闘が始まって以降休みなく回復を飛ばし続けている黒龍の気息は休まっているとは到底言い難い。
 敵の数……ひいてはそれにより散逸化している攻撃対象に対して、彼が有する回復が単体のみを対象としている点も拍車をかけている。この辺りは売人たちも狙ったわけでは無かろうが、結果として特異運命座標達全員がじわじわと体力を削られている状況には変わりない。
 無論、そうなれば行きつく先は明らかである。
「――――――!!」
 多くの実験台たちに絡みつかれ、身動きの取れなくなった縁。
 その胴に、後方の用心棒からの砲撃によって、人ひとりが通れるほどの大穴が開いた。


 特異運命座標達の作戦は、良く言えば各所に於いて満遍なく戦力が配分されており、悪く言えば力をかけるべき要所がおろそかになっていたとも言える。
 基本的な動きは縁と瑠璃、エマが顧客の無力化や死蝶薬の捜索、確保に回り、可能であれば実験台を主として対応。残る仲間のうち、売人の足止めを担当する史之を除いて残る面々は実験台や用心棒との戦闘にリソースを割くと言った流れであった。
 通常の戦闘であればこれに問題は無かろうが、此処で障害物として機能している倉庫内の資材の存在が活きてくる。
 複数担当すべき対象が居る中で挙動を妨げ、また視界の面でも不利に働く障害物の存在を考慮してなかった点は地味ながら初動で効いた。簡易飛行やそれに類する能力を持たない者は英司たちが先んじて開始した戦場に到着するまでに幾許かの時間を要し、また後衛陣に於いても透視能力などを持たない限り、援護対象の味方、乃至攻撃対象である敵を捕捉できる位置取りに常時苦心することとなる。
 これに加え、先述したように本依頼中で最も実力のある売人の相手が初手から逃走を念頭に於いて行動していた点、またそれの足止めを史之が単身で務め、同様に依頼の達成に必須ではない彼らの逃走に対して「万一の際の足止め・攻撃」と言う余力を残す瑠璃や英司によっても、敵方の手戦力である実験台や用心棒との戦闘が思うように進んでいない要素の一つである。
 依頼に於いて力を入れるべき部分が何処に在るか。その障害として存在するものは何か。
 その代価は、彼らが身を以て証明することとなる。
「……全く、易い仕事じゃないねえ」
 万物の流れを手繰る操流術に、パンドラの加護が載せられる。
 流転する運命。「空いたはずの大穴が出来なかった」可能性へと転じることで状態の修復を図った縁の額には、しかし脂汗が滲んでいる。
 そして、それは「もう一人」に於いても。
「は、――――――っ」
「……凄えな。『三本目』だぜ」
 売人たちから投擲された薬物を、すでに何度もその身に受けた史之。
 その内容が如何なるものかは語るまでも無かろう。酩酊する意識を確固たる信念で打ち払い、平時のそれよりも明らかに強化された膂力の一撃が売人たちの防御を砕く。
「はっは! よくも正気でいられるモンだ! ウチで治験に来る気は無えか?」
「……生憎、俺が仕える相手は決まってるんだよ」
 消費されるパンドラ。撃ち込まれた薬物のみならず、売人たちから繰り返し受けた攻撃は既に史之の身を崩す一歩手前まで来ている。
 戦闘は佳境。順当に、依頼条件を達成するのみを考えれば未だ十分に猶予は在るが、彼ら売人を打ち倒すことを考えるのならば、最早。
 ――それを、分かっていながらも。
「大人しくしては、下さいませんか……!!」
 瑠璃は……特異運命座標達は、実験台たちを倒し切れてはいない。
 彼女の組技にエマの神気閃光、またアイラの祝福蝶やジョージのH・ブランディッシュなど。薬物によって強化された実験台たちは苛烈と言ってなお足りぬ特異運命座標らの攻勢によって確かにその数を減らし続けていた。だがあと一歩が及ばない。
 理由は、後衛型である用心棒による実験台への回復。これもまた戦闘の長期化を助長させている要因の一つだ。
 補正値の少ない神気閃光なども使う人間によっては明確な脅威となり得るが、それとて「倒すためのスキル」に比べれば火力不足は否めない。其処に回復が乗れば尚の事。
 遠からず、史之は崩れ、売人は逃げる。今の状況に甘んじるならば。
「……悪いね、黒龍」
 だから、英司は『それ』を選択した。
「ちょっとばかり、悪食に走らせてもらうわ」
 真変身と、湛盧之雷霆。
 二重の付与を自らに施した英司が、終ぞその手を血に染める。
「……全く。えげつない話あるな」
 痩せ細った少年少女が居た。目を血走らせた女性が居た。枯れ木のような手足に満身の力を込めて疾る老人たちも僅かに居た。
 恐らくは、無辜の者であったのだろう彼らを。英司は最早躊躇いなく血と骨と皮と臓物で構成されたカタマリへと転じさせる。
 黒龍は苦笑した。仲間が死蝶薬の残滓にあてられないよう備えておいたスキルを、度重なる回復の強要によって使う機会を失した彼は、英司が自身に定義した『悪徳』に身を窶す様を、後は見届けることしか出来ない。
「……わかってる。踏みつけた花は。折れた茎は。もう戻ることなんてなくて」
 その様子を、アイラもまた視界に臨み――彼女も心を決めた。
 灰に似た色の蝶が、彼女の持ち上げる繊手の直線状に舞う。それが止まった実験台はその何れもが等しく頽れ、それを己が瞳に収めたアイラは眇めた瞳を少しだけ歪めた。

 ――だから。ちゃんと、終わりをあげなくちゃ。

 或いは、その言葉は。「まだ終わっていない」英司の心を、ほんの少しでも支える意図でもあったのか。
 状況は、彼らによって一気に推移する。元より残る数が少なかった実験台たちが次々に減っていく様を見て、用心棒たちも撤退を考えるが。
「逃す気はない、貴様らの相手は俺だ!」
 ジョージが、咆えた。
 今再びのアッパーユアハートにより、用心棒たちの思考が怒りに染め上げられる。残る実験台たちも含め、迫る敵に対して構えるジョージを、しかし。
「いつもいつも。同じ事をさも当たり前のように繰り返して被害をまき散らしていく。
 いつの時代も人間というものは変わらないでごぜーますねぇ……」
 その直上に出でた『太陽』が、護った。
 二度の神気閃光。二次行動を絡めたそれを一挙に撃ち放ったエマが呟けば、その光に気勢を失った多くの敵が遂に倒れ伏す。
「まあ、そんな事にわっちも興味はごぜーませんけど」
 ――あなたは、そんなご自身をどうお考えで?
 告げなかった言葉の続き。視線を送った先には、既に倒れて動かぬままの史之の姿。
 そして彼の血で書かれたのであろう、姿を消した売人たちによるエマへの「答え」のみが記されていた。

 ――Happily ever after!


 戦闘を終えて後。
 瑠璃は、戦いの過程で生まれた用心棒の死体に手を当て――首を振る。
 死体を介した情報の獲得は上手くいかなかったと言う意味だ。彼らは殆どが然したる情報の与えられていないその場限りの雇用関係だったらしく、瑠璃が得られた情報は本職の情報屋などに比べて雀の涙ほどに過ぎないだろう。
 その一方で。
「は、離せ! 私は……私は何もしていない!」
「あっそう。それじゃこれ吞んでよ」
 捕らえられた顧客に対して、相対するのは意識を取り戻した史之と英司。
「ど、毒か……!?」
「ううん。俺ね。ギフトでアルコール出せるの。これは滅茶苦茶度数高い奴。
 たらふく飲んでみてよ、限界越えてさ。夢心地のまま急性アル中になってみてよ」
「君らが使ってきた薬物の多幸感に比べれば大したことじゃないでしょ?」と言って笑う史之に対して、顧客の面々は震えあがり。
「……まだるっこしいねえ」
「は、っ」
 別の顧客の一人に対して、英司が回収した死蝶薬のアンプルを打ち込んだ。
「舌を噛め」
「……へ? あ、あぁー……」
 ぶつん、と言う音と共に倒れ伏す顧客。恐怖を孕んだ叫び声を前にしても英司は変わることなく。
「………………」
 そうした者たちの顛末を気に掛けることも無く、アイラは既に死した実験台たちの前でしゃがみこんでいた。
「うまれてきてくれてありがとう。どうかゆっくり眠ってね」
 薄っぺらな言葉だと、自分自身でも思う。
 それでも、これ以上のものを与えられないから、アイラは泣きそうな顔で、けれども涙を流すことも出来ず、静かにうたをうたうことしか出来ぬまま。
「……生き残ったやつらは、どうするんだ?」
「大半は瑠璃嬢が引き受けるそうだ。症状が軽度な者などは私の方でも引き取ろうと思う」
 売人たちが去った後。命令する者が居なくなった戦場でただ茫然と座り込む実験台たちを前に、縁が発した問いへ淡々と答えるジョージ。
「彼らを救う意味は……あると思うか?」
「さて。俺の知った事じゃねぇが」
 ――少なくとも、『価値』は在ろうよ。
 そう呟いた彼の視線の先には、黒衣の道士が一人……否。
「いや~しかし英司殿の尋問は相変わらずえげつねえあるな!」
「まっくろ、さん」
「ん?」
 その傍で、彼の服の袖を引っ張る少女が居る。
「ありが、とう」
「………………」
「わかんないけど、なにも。
 ありがとう、って、いいたくなったの」
 小さく笑んだ彼女の頭に手を乗せ、黒龍は静かに呟く。
「――貧者の一灯、あるね」
「?」
 非道は、その枝葉を刈り取り、根を断つことは叶わず。
 それでも。眼前の少女が笑顔を以て自らに臨む今を、黒龍は微笑で以て返礼とした。

成否

成功

MVP

なし

状態異常

寒櫻院・史之(p3p002233)[重傷]
冬結

あとがき

ご参加、有難うございました。

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